「21世紀日本の構想」懇談会

「21世紀日本の構想」懇談会メンバー


座長河合 隼雄国際日本文化研究センター所長
 浅海  保中央公論新社編集局次長・前読売新聞社調査研究
本部主任研究員兼『This is 読売』副編集長
 天野  曄日本小児科医会会長
 五百旗頭真神戸大学法学部教授・日本政治学会理事長
 翁  百合日本総合研究所主任研究員
 川勝 平太国際日本文化研究センター教授
 小島  明日本経済新聞社論説主幹
小林陽太郎富士ゼロックス株式会社代表取締役会長
経済同友会代表幹事
 佐々木 毅東京大学法学部教授・同法学部長
 中村 桂子JT生命誌研究館副館長
 船橋 洋一朝日新聞社編集委員
 星野 昌子日本NPOセンター代表理事
 三善  晃作曲家・東京文化会館長・元桐朋学園大学長
 向井 千秋宇宙飛行士
 山崎 正和劇作家・評論家・大阪大学名誉教授
 山本  正(財)日本国際交流センター理事長


「21世紀日本の構想」懇談会
メンバー略歴

(平成11年4月現在)

[座長]
河合隼雄(かわい・はやお)

国際日本文化研究センター所長。京都大学名誉教授。専門は臨床心理学。
1928年生まれ。京都大学理学部卒業。アメリカ、スイスでユング心理学を研究し、ユング派分析家となる。心理療法の体験を通して日本と西欧の文化比較を行い、独自の日本人論を確立した。京都大学教授、国際日本文化研究センター教授を経て、1995年より現職。
主要な著作は『河合隼雄著作集』全14巻(岩波書店、1997-1999年)にまとめられ、最近の主著には『日本人の心のゆくえ』(岩波書店、1998年)、『こころの処方箋』(新潮社、1998年)、『「日本人」という病』(潮出版社、1999年)、『中空構造日本の深層』(中央公論社、1999年)など。

[メンバー](50音順)
浅海 保(あさみ・たもつ)

中央公論新社編集局次長。前読売新聞社調査研究部主任研究員兼『This is 読売』副編集長。
1947年生まれ。1971年東京大学法学部卒業後、読売新聞社入社。79年政治部記者、85〜89年ワシントン特派員、90〜92年モスクワ特派員、92〜95年政治部次長を経て、95年より調査研究本部主任研究員。96年カリフォルニア州立大学バークレー校ジャーナリズム大学院客員講師。97年『This is 読売』副編集長を兼務。99年2月、読売新聞の支援による中央公論新社の発足に伴い、中央公論新社編集統括付書籍編集総務部長。

天野 曄(あまの・あきら)
日本小児科医会会長。天野小児科医院院長。
1930年生まれ。57年東京医科歯科大学医学部卒業。62年東京医科歯科大学医学部内科系小児科学大学院卒業。67年天野小児科医院を開業。84年日本小児科医会常任理事、94年東京小児科医会会長を歴任し、97年より現職。96年中央児童福祉審議会臨時委員、97年中央児童福祉審議会委員、98年公衆衛生審議会専門委員。
小児科医が発達心理学やカウンセリングを学び、いじめや不登校その他について家族や学校に助言、指導することを目指す「子どもの心相談医」制度の発足に尽力し、99年6月から施行の運びとなった。

五百旗頭 真(いおきべ・まこと)
神戸大学法学部教授。日本政治学会理事長。日本国際政治学会理事。専門は日本政治外交史。
1943年生まれ。67年京都大学法学部卒業、69年同大学大学院修士課程修了、86年京都大学法学博士号取得。広島大学政経学部助教授を経て、81年より現職。
この間、ハーバード大学客員研究員、ロンドン大学客員研究員。
主著に『米国の日本占領政策』(サントリー学芸賞受賞、中央公論社、1985年)、『日米戦争と戦後日本』(吉田茂賞受賞、大阪書籍、1989年)、『秩序変革期の日本の選択』(PHP研究所、1991年)、『占領期b首相たちの新日本』(吉野作造賞受賞、読売新聞社、1997年)、『「アジア型リーダーシップ」と国家形成』(編著、TBSブリタニカ、1998年)など。

翁 百合(おきな・ゆり)
日本総合研究所調査部主任研究員。専門は金融論。
1960年生まれ。82年慶應義塾大学経済学部卒業、84年同大学大学院修士課程を修了後、日本銀行入行。同行金融研究所、調査統計局、国際局、営業局を経て、92年に(株)日本総合研究所に移り、94年より現職。
95年金融制度調査会金融システム安定化委員会委員、96-97年行政改革委員会官民活動分担小委員会参与、現在は大蔵省金融審議会委員。
主著に『銀行経営と信用秩序』(東洋経済新報社、1993年)、『情報開示と日本の金融システム』(東洋経済新報社、1998年)など。

川勝平太(かわかつ・へいた)
国際日本文化研究センター教授。専門は比較経済史。
1948年生まれ。72年早稲田大学政治経済学部卒、75年同大経済学研究科修士号取得。85年にオクスフォード大学より哲学博士号取得。早稲田大学助教授、教授を経て、1998年より現職。
主著に『日本文明と近代西洋』(日本放送出版協会、1991年)、『富国有徳論』(アジア太平洋賞特別賞受賞、紀国屋書店、1995年)、『文明の海洋史観』(読売論壇賞受賞、中央公論社、1997年)など。

小島 明(こじま・あきら)
日本経済新聞社論説主幹。
1942年生まれ。1965年早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社に入社し、69-70年ブリティッシュ・カウンシル招請により、マンチェスター大学大学院経済修士課程留学、78-82年ニューヨーク特派員、編集委員兼論説委員、編集局次長、国際第一部長、論説副主幹を経て、97年3月より論説主幹。
東京工業大学非常勤講師。総合研究開発機構(NIRA)理事。
主著に、『昭和の歩み・日本の経済』(日本経済新聞社、1988年)、『調整の時代』(集英社、1989年)、『グローバリゼーション』(中央公論社、1991年)、『21世紀の日米関係』(日本経済新聞社、1998年)など。

小林陽太郎(こばやし・ようたろう)
富士ゼロックス株式会社代表取締役会長。経済同友会代表幹事。
1933年生まれ。1956年慶應義塾大学経済学部卒業。1958年米国ペンシルバニア大学ウォートン・スクール修了(MBA)後、同年富士写真フイルム入社。63年富士ゼロックスに転じ、70年取締役販売部長、72年常務取締役営業部長、76年副社長を経て、78年社長に就任。87年ゼロックス・コーポレーションの取締役に就任し、92年より現職。
(社)経済団体連合会常任理事、(社)経済同友会副代表幹事、太平洋経済委員会副委員長、国際大学副理事長を兼任。経済審議会委員、大学審議会委員なども務める。

佐々木 毅(ささき・たけし)
東京大学法学部教授・法学部長。日本政治学会前理事長。専門は政治学・政治学史。
1942年生まれ。65年東京大学法学部卒。68年東京大学助教授、教授を経て、98年より現職。この間、ドイツ、米国に留学。
世界政治学会執行委員。民間政治臨調主査なども務める。
主著に『現代アメリカの保守主義』(岩波書店、1984年)、『いま政治に何が可能か』(吉野作造賞受賞、中央公論社、1987年)、『政治に何ができるか』(東畑記念賞受賞、講談社、1991年)、『政治はどこに向うのか』(中央公論社、1992年)、『アメリカの保守とリベラル』(講談社、1993年)、『政治家の条件』(講談社、1995年)、『現代アメリカの自画像』(日本放送出版協会、1995年)、『プラトンの呪縛』(和辻哲郎文化賞受賞、講談社、1998年)など。

中村桂子(なかむら・けいこ)
JT生命誌研究館副館長。大阪大学連携大学院教授。専門は生命科学、生命誌。
1936年生まれ。東京大学大学院卒。国立予防衛生研究所、三菱化成生命科学研究所人間・自然研究部長、早稲田大学人間科学部教授を経て、93年より現職。
主著に『女性のための生命科学』(中央公論社、1987年)、『生命のストラテジー』(岩波書店、1990年)、『生命科学から生命誌へ』(小学館、1991年)、『自己創出する生命』(哲学書房、1993年)、『あなたのなかのDNA』(早川書房、1994年)、『ゲノムを読む』(紀伊国屋書店、1996年)、『生命のストラテジー』(早川書房、1996年)、『生命科学』(講談社、1996年)、『科学技術時代の子どもたち』(岩波書店、1997年)、『生命誌の窓から』(小学館、1998年)など。

船橋洋一(ふなばし・よういち)
朝日新聞社編集委員。
1944年生まれ。68年東京大学教養学部卒業後、朝日新聞社に入社。北京特派員、ワシントン特派員、本社経済部次長/編集委員を経てアメリカ総局長を務め、98年より現職。75年ハーバード大学ニーマン・フェロー、87年に牛場フェローとしてワシントンの国際経済研究所客員研究員。92年慶應義塾大学より法学博士取得。86年にボーン・上田賞、92年石橋湛山賞、94年に日本記者クラブ賞を受賞。
主著に、『経済安全保障論−地球経済時代のパワー・エコノミックス』(東洋経済新報社、1978年)、『内部−ある中国報告』(サントリー学芸賞受賞、朝日新聞社、1983年)、『日米経済摩擦−その舞台裏』(岩波書店、1987年)、『通貨烈烈』(吉野作造賞、朝日新聞社、1988年)、『アジア太平洋フュージョン』(アジア太平洋賞受賞、中央公論、1995年)、『同盟漂流』(新潮学芸賞受賞、岩波書店、1997年)など。

星野昌子(ほしの・まさこ)
日本NPOセンター代表理事。敬愛大学国際学部教授。
1932年生まれ。53年慶應義塾大学文学部社会学科卒業。65年日本青年海外協力隊(日本語教師)としてラオスへ派遣され、次いで在ラオス日本大使館に勤務。79年日本政府派遣医療チーム通訳としてインドシナ難民救済に従事。80年に日本国際ボランティアセンター(JVC)を設立し、事務局長に就任する。88年よりJVC特別顧問、91年神奈川県立かながわ女性センター館長。日本NPOセンターの設立に尽力し96年より初代の代表理事。(社)神奈川人権センター理事長も務める。
共著に『NGOの挑戦b日本国際ボランティアセンター(JVC)10年の記録』(めこん、1990年)など。

三善 晃(みよし・あきら)
作曲家。東京文化会館長。全国公立文化施設協会会長。元桐朋学園大学長。
1933年生まれ。幼少からピアノ、作曲などを学び、東京大学文学部フランス文学科在学中に毎日コンクール作曲部門第1位を受賞し、55年フランス政府給費留学としてパリ国立高等音楽院に留学。63年東京芸術大学講師、66年桐朋学園大学教授、74年から95年まで同大学学長。尾高賞(計6回)、毎日音楽賞、イタリア賞、芸術祭賞、NHK作曲賞、芸術選奨文部大臣賞、東京都文化賞、モービル賞、フランス政府学術文化賞パルム・アカデミーク、同文芸オフィシエ賞、日本芸術院賞など受賞多数。
主な作品に、合唱と管弦楽のたのめの三部作、オペラ「遠い帆」(99年3月初演)、「オーケストラのための焉歌・波摘み」(99年尾高賞受賞)など。
主著に『遠方より無へ』(白水社、1979年)、『現代芸術視座を求めて』(音楽之友社、1989年)ほか。

向井千秋(むかい・ちあき)
宇宙飛行士(宇宙開発事業団搭乗部員)。専門は心臓血管外科学・生理学・宇宙医学。
1952年生まれ。77年慶應義塾大学医学部卒業、88年同大学博士号取得。77年から87年まで慶應義塾大学医学部外科教室助手。85年、宇宙開発事業団の第一次実験(「ふわっと'92」)ペイロードスペシャリスト(搭乗科学技術者)に選定され、87-88年、宇宙開発事業団の科学宇宙飛行士として、NASAジョンソン宇宙センター宇宙生物医学研究室にて心臓血管生理学の研究に従事。94年、米国スペースシャトル「コロンビア号」に搭乗し、日本人で初の女性宇宙飛行士となる。98年、スペースシャトル「ディスカバリー号」に再び搭乗し、生命科学及び宇宙医学などの分野の実験を実施。また、短歌の公募など大きな話題を呼んだ。
92年より米国ベイラー大学の非常勤講師、慶應大学医学部外科学客員講師も務める。

山崎正和(やまざき・まさかず)
劇作家。評論家。大阪大学名誉教授。東亜大学大学院教授。
1934年生まれ。京都大学文学部卒業。エール大学留学、コロンビア大学客員教授、関西大学教授、大阪大学教授などを歴任。兵庫現代芸術劇場芸術監督も務める。
主著に『山崎正和著作集』全12巻(中央公論社、1982年)、『柔らかい個人主義の誕生』(吉野作造賞受賞、中央公論社、1884年)、『近代の擁護』(PHP研究所、1994年)、『脱亜入洋のすすめ』(TBSブリタニカ、1995年)、『世紀末からの出発』(文芸春秋、1995年)、『文明の構図』(文芸春秋、1997年)、『二十世紀(戯曲)』(中央公論社、1998年)、『大分裂の時代』(中央公論社、1998年)など。

山本 正(やまもと・ただし)
(財)日本国際交流センター理事長。
1936年生まれ。上智大学哲学科を経て米国留学、セント・ノーバート大学を卒業し、マーケット大学院より経営学修士号取得。70年に日本国際交流センターを設立し、73年に財団法人化して理事長に就任。日米下田会議、日米欧会議等の政策対話やグローバル・シンクネット等の政策研究からなる知的交流の推進、議員交流の推進、日本におけるシビル・ソサエティ確立のための地域交流・NPO交流などを推進。日米欧委員会日本ディレクター、日英2000年委員会・日独対話フォーラム、日韓フォーラム等の幹事委員、日韓歴史研究促進に関する共同委員会委員、国際文化交流に関する総理懇談会委員等も務める。
主編著にEmerging Civil Society in the Asia Pacific Community(Japan Center for International Exchange and the Institute of Southeast Asian Studies 1995)、The Nonprofit Sector in Japan(Manchester University Press 1998)、『「官」から「民」へのパワーシフト』(TBSブリタニカ、1998年)など。