「21世紀日本の構想」懇談会
「21世紀日本の構想」懇談会
第4分科会「美しい国土と安全な社会」第1回会合 議事概要
- 1.日時: 1999年6月8日(火) 18:30〜20:15
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- 2.場所: 内閣総理大臣官邸大食堂
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- 3.出席者
(分科会メンバー、敬称略)
- 川勝平太分科会座長、浅海保、天野曄、伊東豊雄、植田和弘、如月小春、黒田玲子、浜美枝、本間正明、松井孝典
- (懇談会メンバー、敬称略)
- 山本正
- (政府)
- 小渕内閣総理大臣、古川内閣官房副長官
- 4.議題等
- (1)開会
(2)小渕総理挨拶
(3)川勝分科会座長挨拶
(4)討議
(5)今後の分科会会合について
5.会議の模様
(1)山本幹事が開会を宣した後、小渕総理より挨拶があった。
(2)これを受けて、川勝分科会座長より概要下記の挨拶があった。
- 「富国有徳」は英語ではrich and civil であり、すなわち「富士」である。富士山のように高い志をもち、そのすそ野のように広い視野をもち、国土を品格のあるものにするということである。
- 「21世紀日本の構想」懇談会に設けられた5つの分科会は、小渕総理の施政方針演説の5つの架け橋に応じたものであるが、この分科会では、美しい国土に住む人間の安全の確保、すなわちヒューマンセキュリティーについて担当することとなる。
- 「美しさ」とは一つの価値であるが、理性、悟性に基づくものではなく、感性に訴え、国を越えて感じることのできるものである。そのような美しさを持つ自然景観、生活景観を国土に取り戻し、「住みやすい地域社会」をつくるために日本人の暮らしのたて方を見直すということが必要であり、そうした意味での「文化」が他の国の模範になればと考えている。
- この分科会には各分野の最高の知性が集っているので、皆様の知恵を出し合って大いに議論をしていきたい。
(3)続けて、川勝座長より、懇談会の主要テーマとして掲げられている3点(美しい環境、新たな文明の生態系、安全のためのシステム)について概要下記を説明した。
- 本分科会「美しい国土の安全な社会」は、小渕総理の施政方針演説にある「安全への架け橋」に対応するものであり、さし当たってはその大まかなくくりの中で自由に知見を述べて頂きたい。
- この懇談会を開催するに当たって念頭におかれている大平総理の政策研究会の9つの研究グループのうち、本分科会は「文化の時代研究」、「田園都市構想研究」、「科学技術の史的展開研究」の内容と連関するものと考えられ、メンバーの方々にはこれらの報告書をお読みいただきたいと思う。
- 主要テーマとして掲げられているものうち、「美しい環境」は、暮らしのたて方全体を「文化」として捉え、それをいかに美しいものとするかを考えていくことである。華道や文学だけではなく、衣食住や生活様式そのものが「文化」であり、暮らしのたて方としての日本文化のあり方を考え直すことが重要である。
- 第2の「新しい文明の生態系」は、人間と自然の関わりについて考えることである。世界には約3000の文化があるといわれているが、その魅力により他の文化に影響を及ぼすものを「文明」と考え、人間が自然に対し作為を始めた以降の「文明」のあり方を地球生態系の中で考えるという趣旨である。これには地球的な視野、科学者の知見が必要である。
- 第3の「安全のためのシステム」は、こうしたあるべき「文化」、「文明」を実現していくための制度論を考えていくということである。いかに実効性あるシステムをつくるかが課題であり、特に社会科学者の知見が求められる分野である。
(4)以上を踏まえて、メンバーから以下のような発言が行われた。
- 人間中心主義ではなく人間至上主義の社会の中で、生物としての「ヒト」と文化的背景を持った「人」との間に齟齬が生じている。生態系は水などの無機物や目にみえない微生物など多くのもののバランスの上に成り立っているものである。人間が「美しい」と思っていることも生態系のバランス上良くないこともあり、人間は生物の一種であることの自覚を持つべきである。
- 科学技術の進歩、特に生命科学の進歩により生命そのものの意味が問われるようになってきており、文科系と理科系を融合した考え方が重要になってきている。
- 経済学 economics と環境 ecology は語源が同じであるが、経済学が想定している時間はエコロジーを考える上では短い。エコロジーの尺度に合うような経済や技術の考え方が必要になってきている。
- 経済学では土地は生産の要素として考えられるが、地域固有財(ロケーション・スペシフィック・グッズ)として、芸術とか美しさの源泉として見直すことが重要である。
- 地域によって自然との付き合い方も多様であるので、美しい国土をつくるためには、地域の個性を生かすことが必要である。
- 現在取り入れられているモダニズムの建築は、経済性を追求して工業生産に適した画一的なものであり、また断熱・遮音性、安全性、メンテナンスの容易さを重視し、開口部が少なく、地域や周囲の環境から切り離されたものとなっている。日本の建築物は単体ではレベルが高いが、全体としてはどうかという課題がある。今後は、周囲の環境から完結したものではなく、開放系のものにする必要があるのではないか。
- これまでの高度経済成長の陰で、育児する機能が崩壊してしまった。母子をめぐる様々な事件をみると、親の心の中に問題があるのではないかと考えられる。子供を育てる上で大切なのは、3歳までの間にできるだけ母親が子供と接し、1歳児でも持っている理屈が分かる能力を育てるべきである。また、妊娠中の母親の離婚や飲酒、喫煙についての研究を見ると生まれる前の対応も大事である。美しい国土や安全な社会をつくるのは人である。日本は知育、体育はよいが徳育が劣っているという意見がある。こころを直すのには50年かけても困難であり、子供を大事にすべきである。
- 「美しい」ことは良いことであるが、「美しい」とは何か、どうやって作るのかが問題である。
- 戦後、「美」を忘れて経済一辺倒になったといわれるが、経済成長を機に汚染された東京の河川はその後再びきれいになり、レインボーブリッジなど現在のウォーターフロントの景色も美しいといえるのではないか。それは、経済活動によって失われた美しいものを取り戻すといったことではなく、汚れというものの不経済が意識された結果なのではないか。
- 戦後の効率重視により美しさを失ったといわれるが、当時の日本人には「志」があった。今後何に必死になれるのかが言えなければ「美しさ」を語れないのではないか。
- 21世紀において活力を維持しながら安全な社会を作っていく必要があるが、少子化の中で活力を維持するには、アジアを含めて多様なものを取り入れる、混沌をビルドインすることが必要である。そうした社会ではこれまでのように安全が確保されないことから、自らが安全でないこと、危険に強くなることが必要である。
- 今年生誕100年に当たる川端康成氏のノーベル文学賞受賞時のスピーチ「美しい日本の私」では、自然と暮らし方と表現としての芸術が一体となって日本文化が生まれたとされている。日本では一人一人のライフスタイルの積み重ねが無意識のうちに身体の中に叩き込まれ、自然との共存の文化が可能となったが、現在の大量の廃棄物を生む暮らしは美しい日本の暮らし方ではない。美しい居住まい、立ち居振舞い、始末の良い「居」方、「居」ごこちのよさ、といったものが失われている。これを取り戻すことは、もはや一人一人に任せては無理であり、社会のシステムとして考える必要がある。公共性の意識が重要であり、地域社会に美意識を共有させることが必要である。
- 高度経済成長の過程で、開発により日本の農村が失われていった。日本の民家や田の美しさは日本人としての美の意識に訴えるものである。柳宗悦は日本を「美の国」、「浄土の国」にすべきだといっており、こうした理想を追求するべきである。
- 農村のアメニティを支え、中山間地域対策やグリーンツーリズムを支えているのは女性である。また、農村の青年は新しい価値観で農業に取り組んでおり、期待が持てる。
- 農業は単なる一つの産業ではなく、いのちのもとである。食料の自給のできない国には21世紀に大きな危機に直面することになる。
- 経済を重視して「美」、「品格」を失ったとの指摘があるが、経済学は人間の心も豊かになるように財の配分を行い、welfare を高めるためのものである。こうしたことを実現するためのシステム、プレーヤー、ルールとしてのガバメントが障害となっているのか、役立っているのかを実践的に検討するものである。
- 21世紀においては、集権から分権、規制からデレギュレーションといった開放度、自由度の高まりの中で、ガバナンス、市場と政府の問題が逆説的に問われている。官に頼り、官に問題の責任を転嫁するのではなく、どのように個人の責任を問い、どのように個人の水平的なネットワークにより官に拮抗するシステムを作っていくかが重要であり、強靭な自立した個人を確立していくことが大きなテーマである。例えば、美しい国土や安全な社会を作るためには垂直型の社会では困難であり、平時に水平的な社会システムを作っていくことが必要である。
- 人間は地球というシステムの中で人間圏という構成要素を作って生き始め、その生き方が文明である。こういう視点からは、自然と人間の時空スケールを可変的に見る必要がある。例えば、このままの速度で人口の増加が続くと、2千数百年で人間の重さと地球の重さが等しくなり、人間の100年は地球の100万年に相当する。
- 人間圏の安定性をシステムとしてどのようなユニットを考えるかが重要である。個人を主体とする社会はカオスであり、国家という枠の中で地域などのユニットが必要であり、またユニット間の関係性を重視する必要がある。
- 江戸時代には美しい国土と安全な社会が達成されていたのではないか。江戸時代は、1年間に降る雨と日照に依存する閉じたシステム、フロー依存型文明といえる。英国から始まる産業革命以降の文明は、他の大陸のストックに依存したストック依存分明である。
6.最後に、川勝分科会座長より、次回以降メンバーそれぞれの知見に基づき議論を深め ていくこととし、今後会合の日程等については、事務局がメンバーと調整の上決定する 旨の発言があった。
(文責:「21世紀日本の構想」懇談会担当室。なお、速報のため事後修正の可能性があります。)