海上保安大学校卒業式 内閣総理大臣祝辞

平成30年3月24日
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 本日、海上保安大学校本科卒業式及び特修科修了式に当たり、祝辞を述べる機会を得たことを、内閣総理大臣として大変うれしく思います。
 卒業生・修了生諸君、卒業おめでとう。
 諸君が、この海上保安大学校から錨(いかり)を揚げ、海上保安官として前途洋々たる航海に船出するに際し、一言、はなむけの言葉を申し上げます。
 我が国と世界を結び、恵みの源である海。古来より、我が国は、海を愛し、海に守られ、発展を遂げてきました。
 しかし、先の大戦で、我が国の周辺海域は、灯台は破壊され、沈没船が航路を塞ぎ、大量の機雷が浮遊する暗黒の海と化していました。
 諸君の先輩たちは、再び日本の海を拓くことが祖国の復興につながると信じ、機雷の掃海という極めて困難な任務にもひるむことなく、命を賭して、この危険な海に立ち向かい、恵みの海を取り戻しました。
 海上保安庁が創設されてから70年。先人たちが灯(とも)した光は、今日に至るまで、日本の海路(うみじ)をしっかりと照らし、国民の生命と財産を守り続けてくれています。
 私たちは、四方を海に囲まれた我が国の平和と繁栄が、あまたの人々の身をていした貢献の上に築かれていることを忘れてはなりません。
 現在、我が国の海域を取り巻く環境は、海上保安庁の歴史で類を見ない厳しさを見せています。
 日本海では、北朝鮮漁船が我が国の排他的経済水域の中での活動を活発化させています。昨年、海上保安庁は、2,000隻にも及ぶ違法操業船に退去警告を実施し、300隻以上に放水措置を実施しました。
 北朝鮮からと思料される漂流・漂着船もこの数か月で急増し、昨年11月には、北海道沖、松前小島に多数の乗組員が上陸し、窃盗を行いました。その際、巡視船しれとこが立入検査を行ったときの状況を、大岩主任航海士は、次のように語っています。
 殺気漂う北朝鮮の船に乗り込む際、16年前、北朝鮮工作船から攻撃を受けた事件が脳裏によぎりました。しかし、国民の安全を守り抜く。その使命感が、自然と背中を押し、検査を全うすることができました。
 いかなる状況にも敢然と立ち向かい、任務を全うする。並大抵の覚悟や努力でなし得るものではありません。諸君には、これからも、日々、鍛錬を重ね強靱(きょうじん)な精神力を涵養(かんよう)してほしいと思います。尖閣諸島周辺海域では、24時間365日、そして、今この瞬間も、諸君の先輩たちは、我が国の主権を守るため、絶え間ない緊張感の下、荒波をものともせず、歯を食いしばり、領海警備に当たっています。
 平成24年の尖閣諸島の国有化以降、年間延べ700隻もの外国公船が接続水域を航行し、領海侵入を試みています。近年は、外観上、明らかに機関砲を搭載した公船も出現しています。
 平成28年8月、巡視船みずほの山田船長の全身に、かつてないほどの緊張感が走りました。レーダー画面をびっしりと覆う300隻もの外国漁船の姿、その周囲には15隻の外国公船。これらの船が一斉に領海に侵入してきました。
 実効支配の既成事実を作らせない。何としても活動を阻止しなければならない。だが、巡視船の大きな船体に漁船の網が巻き込まれるだけで、漁船は転覆し、船員の命を奪ってしまうことにもなりかねない。集中力の途切れが、操船ミスにつながり、外交問題にも発展する。
 極度の精神的重圧の下で、5日間、120時間にわたり、保安官たちは、漁船団のわずかな間を縫って公船に近づき、警告を発し、退去要求を続けながら、漁船の侵入を阻止し、領海外へ退去させました。
 培ってきた技能とチーム力で、完遂できると確信を持っていた。
 後に、現場指揮の遠山次長が、語った言葉です。
 こうした中、漁船団の1隻が、航行中の貨物船と衝突しました。巡視船、航空機がすぐさま現場に向かい、沈みゆく船から投げ出された外国人6名を救助し、行方不明となった8名の捜索に当たりました。
 外国漁船が、対峙する警備の対象から救助する対象に変わった瞬間に、現場のメンバーは迷うことなく、全力で乗組員を救助し、行方不明者を捜索したのです。彼らの行動に、現場及び外交ルートで、相手国側から感謝の意が伝えられました。
 日本が体現した協力と人道主義精神に、賞賛を表明する。
 正義仁愛。海上保安庁創設以来の、このすばらしい理念を、先輩たちは、当たり前のように実践していました。
 初代 大久保長官は、犯罪の取締りに必要な正義の信念と厳しい行動、そして、人命救助の象徴である仁愛の情と献身の勇気、こうした行動と心情が調和したところに、海上保安庁の伝統と精神が生まれると、訓(おし)えています。
 諸君にも、そのような心構えを常に持って、本庁から現場に至る各層の指揮官として、将来の海上保安庁を担っていただきたいと思います。
 今年は明治維新から150年の年に当たります。五箇条の御誓文には、旧来の陋習(ろうしゅう)を破り、天地の公道に基づくべし、すなわち、古くからの悪い習慣をなくして、世界共通の正しい道理である国際法に従うべきこと、が示されています。
 明治の時代も、今も、日本の繁栄は海洋と貿易の自由によってもたらされました。ルールに基づく自由で開かれた海を、次の世代へと引き継いでいかなければなりません。
 私は、就任以来、争い事が生じた際には、国際法に照らして正しい主張をし、力の行使や威嚇に頼らず、平和的解決を図るべきと、国際社会に訴え続けてきました。しかし、この広い海において、我が国一国だけで、これを成し遂げることはできません。
 法の支配が貫徹する公共財として海を保つことに、共通する利益がある。日本がリーダーシップを発揮し、こうした考えを共有し、広めていく必要があります。それを体現するのが正に海上保安庁であります。その白い船体は、事を平和裏に解決する意思を明確に示しています。
 指揮官たる諸君には、このような精神でこの海を守り抜き、志を同じくする国々の仲間たちと共に、法の支配にのっとった自由で平和な海を、後世に引き継いでほしい。
 諸君は間もなく、現場の最前線に出ることとなります。
 我が国の存立基盤たる海の平和の守り人として、人の命を救い、凶悪な犯罪に立ち向かう。海上交通路の安全を守り、領土・領海を守り抜く。海洋権益の確保のための調査や海洋環境の保全も重要な任務です。
 任務は常に危険と隣り合わせで、極度の緊張を強いられます。ときには、その重圧に押しつぶされそうになるかもしれません。ぎりぎりの判断を迫られ、身がちぎれそうになることもあるでしょう。
 卒業生・修了生諸君。そうした苦難に直面したとき、大学校での鍛錬の日々を、思い出してほしい。
 海に頼める日本の、前途を担う我が使命、と、声の限り歌ってきた校歌は、諸君を再び奮い立たすに違いありません。
 同時に、広い視野を持ち、国際感覚を涵養し、自ら考え抜き、従来の発想にとらわれることなく柔軟に事に当たっていってほしい。
 この場から新しい歴史を作り上げるのは、正に諸君であります。
 御家族の皆様。この晴れの日に当たり、心からお祝いを申し上げたいと思います。皆、入学前とは見違えるような、たくましい若き指揮官に成長しました。
 皆様の大切なお子様を、平和な海を次世代につなぐ海上保安官として送り出してくださったことに、内閣総理大臣として、心から感謝いたします。お預かりした以上、しっかりと任務が遂行できるよう、万全を期すことをお約束申し上げます。
 最後となりましたが、学生の教育に尽力されてこられた平田大学校長を始め教職員の方々に敬意を表するとともに、日頃から海上保安大学校に御理解と御協力を頂いている御来賓の方々に感謝を申し上げ、私の祝辞と致します。

平成30年3月24日
内閣総理大臣 安倍 晋三

総理の演説・記者会見など