防衛政務次官

鈴木 正孝

すずき まさたか

鈴木 正孝

生年月日昭和15年6月22日(60歳)
出  身静岡県
参議院議員静岡選挙区 当選1回)


経歴
 中央大学法学部卒業(昭和39年3月)。昭和41年4月 防衛庁入庁。その後、警察庁交通局等を経て防衛庁通信課長、広報課長、教育課長、防衛審議官、内閣審議官(PKO法案準備室次長)、防衛医科大学校副校長等を歴任し、平成6年7月 防衛庁退職。

その他の職歴等  
昭和39年 3月中央大学法学部法律学科卒業
昭和41年 4月 1日防衛庁入庁
昭和49年11月警察庁出向(交通局交通企画課課長補佐)
昭和50年 4月千葉県警察本部交通部交通企画課長
昭和55年12月防衛庁防衛局計画官付システム分析室長
昭和56年 8月自衛隊福島地方連絡部長
昭和58年 7月装備局通信課長
昭和59年 7月人事局人事第二課長
昭和62年 1月長官官房広報課長
昭和63年 6月教育訓練局教育課長
平成 元年 6月防衛大学校総務部長
平成 3年10月長官官房防衛審議官
平成 4年 4月内閣審議官(内閣外政審議室兼任)
平成 5年 8月調達実施本部副本部長(総務担当)
平成 6年 7月 1日防衛医科大学校副校長
平成 6年 7月 8日防衛庁退職
平成 8年10月29日平成会参議院政策審議会副会長就任
平成10年 8月 6日自由民主党参議院国会対策副委員長就任

政歴
平成7年7月 参議院議員初当選(静岡県選挙区)
 予算委委員、内閣委理事、行財政改革・税制等特別委委員、地方行政・警察委委員、行政監視委理事、災害対策特別委理事、法務委理事、日米防衛協力指針特別委理事、外交・防衛委理事(筆頭)、金融・経済活性化特別委委員。
 自民党においては、参議院国会対策副委員長、総務会総務、国防部会副部会長、安全保障調査会副会長、基地対策副委員長、司法制度調査会事務局次長、安全保障関係団体委員長、商工・中小企業関係団体副委員長。
 平成12年7月 防衛政務次官に就任(第2次森内閣)

プロフィール
 平成7年、国家・社会の危機管理体制の確立、深刻さを増す景気対策などを公約に掲げて立候補し、初当選。現在に至る。
 21世紀を前に、国民が安全で安心のできる平和で豊かな社会を実現し、国際的には世界から尊敬と信頼を得られるよう、相応の責任を果たすことが重要と考え、幅広く政治活動を行っている。
 全欧安保協力機構会議(OSCE)、列国議会同盟会議(IPU)に参議院から代表として出席、また日本側議員連盟の事務局長をつとめるNATO議員評議会にオブザーバーとして数次にわたり出席。
 北朝鮮のミサイル発射後、情報衛星問題について日米間の調整、さらに重要さを増すコンピュータ・セキュリティ(サイバー攻撃)問題について、米国防省等のIT最先端技術を視察し、意見交換。また深刻な食糧事情にある北朝鮮の農業事情などを視察(平成9年)した。
 平成11年5月の日米防衛協力「ガイドライン関連法案」、同8月の「組織犯罪対策三法案」の審議に国会対策副委員長、各委員会理事として各委員会運営をリードし、可決成立にこぎつけた。
 政府の危機管理体制の確立、米軍基地問題、地震、台風等の災害対策、地方分権や行財政改革、金融システム安定化、景気対策、経済活性化対策、男女共生の理念の下、教育、福祉、年金問題、環境、農業問題、道路などの社会的インフラの整備等、国民生活の安定と向上のために真剣に取り組んでいる。

座右の銘
和気致祥

信条
初心忘るべからず

趣味
散策、読書、ゴルフ、映画鑑賞等

家族
妻 テイ子、2女