防衛庁長官


きゅうまふみお
久間章生

出生長崎県
生年月日昭和15年12月4日(56歳)
出身長崎県南高来郡
衆議院議員(長崎二区 当選6回)

経歴
東京大学法学部卒業後、農林省に入省。昭和45年同省を退職して、長崎県庁に入り、翌年長崎県議に初当選。昭和55年長崎一区から衆議院に出馬し初当選した。平成8年11月に第58代防衛庁長官に就任。平成9年9月の第二次橋本改造内閣発足においても、差し迫った政策課題などのため留任。
政歴
昭和46年4月 長崎県議(〜昭和54年9月)
昭和55年6月 衆議院議員初当選
昭和56年12月 研修局次長(〜昭和61年1月)
昭和59年1月 水産部会副部会長(〜昭和62年11月)
昭和62年11月 運輸政務次官(〜昭和63年12月)
平成2年3月 交通部会長(〜平成2年12月)
平成3年11月 衆議院運輸委員長(〜平成5年1月)
平成5年1月 国会対策副委員長(〜平成5年8月)
平成5年8月 調査局長(〜平成7年1月)
平成5年8月 農林水産委員会理事(〜平成7年10月)
平成7年1月 自由民主党副幹事長(〜平成7年9月)
平成7年9月 衆議院大蔵委員長(平成8年9月)
平成8年11月 防衛庁長官

プロフィール
高校教員の父、中学教員の母という教育者の両親に厳しく育てられ、性格は質実剛健、持論をなかなか曲げない一徹さがある。小学校5年の時には悪戯で首に詫び状をさげ各クラスを回ったことも。
昭和46年、政治の道を志し、30歳で長崎県議に初当選。昭和55年6月、39歳で衆議院議員となり、以降6期連続当選を果たす。「公平な政治」「弱者のための政治」が持論、社会福祉行政には特に熱心で、誕生から人生の終着点までの福祉、生活環境整備、障害者福祉には力を入れている。
昭和57年の長崎大水害や平成3年の雲仙普賢岳噴火災害に際してはいち早く駆け付け、緊急対策や再生・復興に尽力した。
平成8年11月、第2次橋本内閣に初入閣。高校時代、防衛大学校を受験するも、体格サイズ不足で不合格となり、「いつかは防衛庁長官に」と思っていた夢を果たした。
出身地の長崎県加津佐町は、人口9,000人に満たない小さな町であるが、入閣決定と同時に花火が上がり、横断幕を掲げ、町民あげて喜びと感激に浸った。
長官1期目には、在沖米軍の県道104号線越え実弾射撃訓練の本土移転問題で各自治体を回り、その実行力は高く評価された。
風貌から受ける印象以上にスポーツマンで、学生時代から続けている剣道は5段。また、将棋・囲碁は持ち前の凝り性と負けず嫌いが高じ、5段の腕前。
島原弁が時折のぞく答弁は、地元には好評である。

信条
「則天去私」

趣味
ゴルフ、剣道、(5段)将棋(5段)、囲碁(5段)

家族
妻、二男二女