国土庁長官



かめいひさおき
亀井久興

生年月日昭和14年11月8日(57歳)
本籍島根県鹿足郡津和野町
衆議院議員(島根三区 当選2回、参議院当選2回)


経歴
昭和14年11月8日 東京都渋谷区に生れる
昭和27年3月 学習院初等科卒業
昭和30年3月 学習院中等科卒業
昭和33年3月 学習院高等科卒業
昭和37年3月 学習院大学政経学部政治学科卒業
昭和37年4月 日本郵船株式会社 社員
昭和38年11月 衆議院議員 松田竹千代氏秘書

政歴
昭和49年7月 第10回参議院選に自民党公認で当選
昭和53年12月 郵政政務次官
昭和55年6月 第12回参議院選に当選
昭和56年10月 自民党広報委員会副委員長兼文化局長・国会対策委員会副委員長
昭和57年12月 参議院商工委員長
昭和61年9月 国際児童協会会長
平成2年2月 第39回衆議院議総選挙に当選 衆議院農林水産委員
平成3年11月 自民党国民運動本部副本部長
平成5年1月 衆議院逓信委員長
平成5年5月 自民党島根県連副会長
平成8年10月 第41回衆議院総選挙に当選 衆議院逓信委員会筆頭理事 自民党治山治水海岸対策特別委員長
平成9年9月 国務大臣 国土庁長官

プロフィール
父は故亀井茲建(元東北開発(株)総裁)、母方の祖父に戦前近衛内閣の農相をつとめた故有馬頼寧がおり、また戦前社会大衆党のリーダーだった故亀井貫一郎は分家筋にあたる。
こうした家庭環境もあってか、少年時代より政治家を志し果敢に政治家への道を歩き始めた。
一見地味なタイプでおとなしそうに見えるが、信念を曲げずに頑固に筋を通す芯の強さがあり、温和な性格のなかに強い信念と情熱を合せ持った政治家である。
たとえば、昭和51年、政界がロッキード事件で大混乱に陥っている中で、中山太郎元外相をはじめ参議院の有志と相はかり党の再生運動に取り組んだ。国会議員をはじめ自民党の各都道府県支部や、党所属の地方議員に呼びかけて「新しい自民党を作る会」を結成、国民に開かれた政党をつくるために積極的な運動を展開し、総裁選挙に全党員が参加する道を開いた。
また、昭和54年大平内閣で郵政政務次官を努めたときは、全逓が勝負をかけた大闘争の最中であり、年賀郵便が遅配されるという異例の事態となったが、白浜仁吉郵政大臣を補佐して郵政事業を守り抜き今日の健全な労使関係を築くきっかけをつくった。
さらに、平成5年衆議院逓信委員長を努めたとき、小泉純一郎郵政大臣に反発する逓信委員会が、与野党一致して委員会審議を拒否したため委員会が開けず、郵政関係法案の処理が不能になる事態となったが、大臣と委員会との調整に誠心誠意取り組んだ結果、委員会を円満に正常化させることができ、全付託法案を処理した。

座右の銘
「道心に食あり、食に道心なし」 伝教大師のことば