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【キーワード解説】

日本のイラク人道復興支援(日本とイラクとの関係)


[2004/01/22]第125号
 今週は、日本とイラクとの関係についてお伝えします。

 古くはメソポタミア文明が栄えた地であるイラクは、北はトルコ、東はイ
ラン、西はシリア、ヨルダン、南はサウジアラビア、クウェートと国境を接
しています。

 日本との外交関係は、1939年、バグダッドに日本の公使館が設置され
たことに始まります。古代遺跡の発掘やイラクの文化財保護といった文化面
での関係に加え、両国には経済面での深い関係があります。

 両国間の貿易は、アラブ諸国とイスラエルによる中東戦争ののち本格化し
ます。石油の価格高騰やトイレットペーパーの買い占めなどで国内が騒然と
なった73年の第一次石油危機後、日本はイラクからの石油輸入量を増やし、
74年の236万キロリットルから、80年には1979万キロリットルと
総輸入量の7.8%を占めるまでに伸びました。

 一方、石油収入を基に工業化を進めていたイラクは、日本からの重電機器
をはじめとするプラント関連機器や輸送機械などのインフラ整備に関わる輸
入を増やし、75年には、日本はイラクにとって最大の輸入相手国となりま
した。

 両国は、日本がイラクに対し積極的な経済協力を行うこと、そして、イラ
クが原油、LPガス、石油製品を日本に供給することを内容とする経済技術
協力協定を74年に結んでいます。日本政府は75年度から90年度の間に
政府開発援助(ODA)による病院の整備、化学肥料工場や発電所の建設な
どのための資金協力等を行い、日本企業もイラク国内の道路、病院、発電所
などのインフラ整備事業に積極的に乗り出しました。

 しかし、フセイン政権発足の翌年に始まったイラン・イラク戦争(80〜
88年)の影響で、日本からイラクへの輸出は減少し、経済関係は停滞しま
す。

 90年にイラク軍がクウェートに侵攻すると、国連はイラクに経済制裁を
課し、以降、日本とイラクとの貿易は原則として停止しました。また、日本
は国連の経済制裁措置の一環として二国間援助を凍結し、在イラク日本大使
館は昨年5月に再開されるまで閉鎖していました。ただし、この間にも、日
本は人道支援の分野で国連児童基金や世界食糧計画等の国際機関を通じた緊
急援助を実施してきています。

 次回からは、フセイン政権が崩壊して、国民、国土の復興を進めるイラク
に対し、日本が具体的にどのような人道復興支援をしていくのかについてお
伝えします。

※ 小泉内閣メールマガジン第125号への寄稿を転載いたしました。