【分野別総論】
○問題意識
医療は、これまで国民にとってのセーフティネットとして位置付けられており、医療提供体制の整備とともに、国民皆保険制度により、国民が等しく医療を受けられることが、制度上保証されてきた。それゆえ、提供される医療は、フリーアクセスや均質ということを前提として制度運用がなされてきた。
しかしながら、近年、医療に関する様々な問題点・矛盾が指摘されるようになってきた。例えば、医療の科学性、情報開示とインフォームド・コンセント、QOL、安全対策等の問題点である。その原因としては、一つには、医療に関する国民のニーズの多様化により、医療の質に関してより高いレベルが要求されるようになったという説明も可能であろうが、むしろ、患者の権利意識の高まりと自己責任という概念の一般化、患者の主体性と当事者意識の高まりという変化に伴い、これまで表面化してこなかった問題が顕在化してきたと見ることが妥当ではないか。医療に関する様々な問題点を前にして、現在、より上質な医療の提供を如何に可能にするか、ということが問われている。
現在の医療システムを展望してみると、均質という理想を前提とするシステムであるがために、患者の選択を通した競争による医療の質の改善が促進されなかったのではないか。この点について再検討する必要性に迫られている。医療提供体制の整備については、医療機関や医師の質には差が存在するということを前提とし、量的整備から患者による選択を通じた質的発展へという変化が求められていると言えよう。この観点から、新たな医療システムのあり方を考えていく必要がある。
但し、患者による選択を可能にするためには、医療の特殊性を十分に考慮する必要がある。医療の科学性の向上、医療職の質の向上等、医療の質を支える仕組みと併せ、情報格差の緩和、医療機関の専門家による評価等、患者の選択を支える仕組みが必要である。
医療の特殊性のもう一点は、医療保険システムの問題である。医療は国民のセーフティネットとして機能する必要があるため、これまで、国民皆保険制度の下、フリーアクセスと現物給付を基本とする保険システムを採用してきた。その結果、我が国の医療保険制度は世界的に評価の高い有数の制度となった。しかし、近年の医療費の増大と経済状況の変化等により、この保険システムが危機に瀕している。さらに保険システムに起因するものとして、わが国に特徴的な社会的入院、過剰な投薬・検査といった問題が指摘されている。その一方、新たな治療法の開発、医学の進歩のためにも医療費の重要性が指摘されている。その負担をどうするかという点も問題である。
○検討状況
上記の問題意識の下、当委員会の前身である行政改革委員会規制緩和小委員会の時から、企業による病院経営、広告規制の緩和、病床規制の見直し、薬価のあり方、医療の情報整備、医療法人の理事長要件、医療法人の資金調達の多様化、特定療養費制度の見直し、保険者機能の強化、レセプト処理の電算化の推進、医療費体系の在り方等、幅広く検討を進めてきたところであり、医療法人の理事長要件の緩和やカルテの電子化の推進という点で成果が見られ、今年度においては、病床区分の見直し、広告規制の一部緩和等を盛り込んだ改正医療法が11月に成立したところである。
しかしながら、これまで、大きな改革は一切行われていないのが実情である。上記の問題意識の下、医療分野の規制改革を考えていくと、規制の細目の議論ではなく、その基となる医療システム、制度全体の在り方について議論することが不可欠となる。そのため、今回の見解においては、当委員会の中心的なテーマである競争政策を中心に、単に規制改革の議論に留まらず、あえて医療分野の制度論にまで踏み込んで議論を展開する。
各論(1)においては、上記の観点から、来るべき時代に求められる新たな医療システムを見据え、医療分野における競争政策について体系的に取り上げる。
各論(2)においては、国民から求められるセーフティネットという観点から、救急医療と小児医療、さらに医療事故防止システムについて取り上げる。これらは医療の中で重要な位置付けにあるにもかかわらず、多くの問題が指摘されており、早急な対策が必要と考える。
さらに、各論(3)においては、新たな技術として注目されるITと遺伝子関連技術について、求められる新たな医療システムのインフラとしてとらえ、その戦略的な促進と問題点への対応について議論する。
【各論】
(1)医療分野における競争政策
医療分野においては、これまで、提供される医療は、基本的に均質であるということが前提とされてきた。そのため、提供する医療サービスの質を競うという概念が一般化しているとは言い難い。結果として、医療の質の問題が指摘されるに至っている。
医療の質としては、例えば、医療の科学性、安全性、コミュニケーション能力も含めた医師・医療専門職の技術、医療機関の総合的パフォーマンス等が挙げられる。これら医療の質を高めるためには、医療機関間の競争が重要であり、競争基盤の整備と一層の規制緩和が必要である。と同時に、競争による質の向上を担保し、患者による適切な選択を支える各種のシステムの充実が必要となる。また、優れた医療を提供し、患者に選ばれた医療機関が報われるような医療システムであることも、医療の質の向上にとって重要である。
以下、医療の持つ特性を踏まえた上での競争を通じて医療の質の向上を進めるとともに、効率的な医療を実現するためのシステムの在り方、規制改革の方向性について述べる。
(1−1)医療の質を支えるシステムの整備
医療機関間の競争と患者の選択による医療の質の向上を考える場合、医療の科学性、専門性、安全性等に係る質を担保する各種のインフラ整備が必要となる。
イ 安全対策
医療の質の根本的な部分として安全の確保が挙げられる。近年、医療機関における事故が社会的に注目されているが、これまで、安全の確保を医療専門職の倫理にのみ依存して、プロセス管理、組織論としての安全管理体制の整備が注目されていなかったと言えるのではないか。この観点に立って、今後、医療の安全確保のための院内インフラの整備を進めるとともに、併せて、安全情報の共有等に関する社会的インフラの整備が必要である。安全対策の詳細については、後述する(2−3)。
ウ 人的資源・質の確保
医療の原点は、患者と医療専門職の信頼関係を築くことにあり、それによって必要な医療が適切に得られるようにすることが重要である。そのためには、医療専門職の適正な質と量が確保されることが必要であると考える。
医療専門職の質の確保と維持・向上に関しては、従来、個人の努力に多くが委ねられてきた。これからは、社会的な教育研修システム、各医療機関における組織的研修システムの確立が必要であると考える。さらに、専門的な教育は欧米諸国と比べて不十分である。
医療専門職の量的な配置に関しては、人口当りの医師数については概ね欧米諸国と同程度であり見劣りしないという指摘がある一方、医療専門職、特に医師の専門分野別、地域別偏在が長年指摘されながらも、未だ解決されていないという問題がある。
これらの課題を社会的に解決する仕組みが求められている。
(1−2)患者による選択を支えるシステムの整備
医療が専門性が高いものであるため患者と医師の間に情報の非対称性が存在する。このため、医療機関の競争促進を通じて医療の質の向上を図るためには、情報の非対称性の緩和を含め、患者の選択を支える各種システムが必要となる。
イ 医療機関の広告規制の在り方
医療における情報の格差の下、患者を保護することを目的に、医療機関の広告が厳しく規制されており、医療機関名、診療科名等、一部の項目を除き広告することが禁止されている。医療機関の広告規制の緩和については、平成12年11月30日に成立した医療法改正法案において、「診療録その他の診療に関する諸記録に係る情報を提供することができる旨」を広告できる事項として追加することとされており、医療法改正に併せて、(財)日本医療機能評価機構による医療機能の評価の結果、医師の略歴等についても広告可能とする方向で検討されている。
今後は、医療機関や医療従事者についての事実や客観的な事項、中立的な医療機能評価機関が行う医療評価の結果など検証が可能な事項については、幅広く広告できることとするとともに、診療内容に関する事項など検証が困難なものについては、その広告の可否について慎重な検討を加えた上で、個別に広告しうる事項としていくよう検討すべきである。
ウ 情報開示とインフォームド・コンセント
患者中心の医療という観点から、インフォームド・コンセントの問題が挙げられる。医療の科学性確保の下、患者が自己の病状を正確に理解し、十分な説明と同意の下に、治療がなされ或いはニーズに合った治療法が選択されているかという点が問われている。平成9年の第3次医療法改正により患者への適切な説明を行い患者の理解を得るための努力義務が医師等に課せられたことから、インフォームド・コンセントの概念が一般化した感があるが、医療現場への定着については必ずしも十分な状況とは言えない。
インフォームド・コンセントの普及については、各医療機関における取組、院内の教育システムが重要であることは言うまでもないが、医療資格者の養成システムの段階から教育プログラムに的確に組み込んでいくべきである。また、その結果、医療におけるアカウンタビリディーが十分に果たされるよう、その普及・推進に関する方策について検討すべきである。
また、インフォームド・コンセントの推進において重要なのが診療情報の開示である。インフォームド・コンセントは、セカンドオピニオンの前提でもあり、患者が納得する医療を受けられるためには重要なものである。その一環としての診療情報の開示については、現在、職能団体の自主的な取組が進められている。平成11年7月の医療審議会の報告「医療提供体制の改革について(中間報告)」においては、3年を目途に診療情報開示のための環境整備を進め、さらに医療従事者の自主的取組の進捗状況も勘案しつつ、法制化も含めて検討することとされている。法制化の検討に際しては、現行の取組や患者の側の認識・意向の推移の検証や患者との信頼関係を確立する観点からの検討が重要である。
エ 患者の意思決定支援
患者が医療機関を選ぶ際、また、インフォームド・コンセントの下、治療方針を選ぶ際に、患者の意思決定支援に着目する必要がある。これには、セカンドオピニオンとしての医療機関の役割の他、NPO等、様々な主体の役割が期待される。そのため、各種の第三者機能の支援等について検討し、患者の意思決定支援を促進する施策を検討し講じていくべきである。
(1−3)新たな選択肢の導入による競争の促進
医療の質を高めるためには、医療機関間の競争が重要であり、そのため新規参入を促進する規制緩和と併せて、医療機関間の適切な機能分化について検討する必要がある。
イ 医療機関の機能分化
医療機関の機能分化については、地域医療支援病院の制度化や、200床以上の病院で紹介状なくして初診を受けた場合には、患者から、一部負担金に加え別途の費用を徴収することを認める等、診療所・小規模病院と一定規模以上の病院との機能分化の誘導が行われている。
地域医療支援病院は、医療機関相互の適切な機能分担及び機能連携を図るため、かかりつけ医の支援を通じて地域医療の確保を図る病院として制度化されたものである。しかしながら、実態としては、その承認が30施設程度に留まっており、理念と実態に乖離があると考えられる。地域医療支援病院の承認要件については、「地域医療支援病院紹介率」を含め、紹介制の普及・定着状況等の実態に照らして、その在り方を見直すべきである。
なお、医療機関の機能分化については、規制的手法や経済的誘導によってではなく、各医療機関の機能や専門性に対する患者の選択の結果として進むようにする施策を検討する必要があると考える。
ウ 株式会社の病院経営
株式会社の病院経営への参入については、通達により事実上禁止されており、また、医療法においては、医療法人等の配当を認めていない。その根拠としては、病院のあるべき姿として、非営利性が強調され、@患者と医療機関との間に情報の非対称性があり、患者は医療機関を適切に選択できない、A企業は利潤追求のため、過剰診療や、収益性の高い分野に活動を集中することにより、医療サービスの質的低下や医療費の高騰を招くおそれが高い、B企業の経営状況によっては突然の撤退や事業の縮小が生じ、患者の安定した受診が阻害されるおそれがあること等が挙げられている。
しかし、医療法人の多くは、解散時の個人の所有権が担保されており、また利益配当は禁止されているものの借入金に対する金利支払や、役職員への報酬の支払は自由である。その意味では、医療法人の形態であれば、株式会社と比べて、より「非営利性」を担保できるという保証はないとも言える。現代の病院はその運営に多額の資本を必要とする組織であり、その資金調達の手段を専ら間接金融方式にのみ限定することは、新規参入や既存の医療法人の経営者交代等に際しての障害となり、地域医療の継続性にも支障が生じるとの意見もある。
医療制度の質的向上と効率化は、今やわが国の緊急改革課題であり、医療分野における競争の促進と患者・利用者の選択肢の拡大が解決策として強く求められている。当委員会は、株式会社の病院経営への参入をその手段の一つとして提起してきたが、その検討は進んでいない。
わが国においては、医療以外の多くの公共的分野(例えば、電力、交通等)に幅広く株式会社が進出しており、その多くが高品質のサービスを効率的に提供していることからしても、株式会社の営利性の持つ欠点を強調することをもって、非営利企業による独占に妥当性を与える論拠にはならないのではないか。
しかしながら、医療が患者・利用者の生命に直結することから、株式会社の参入については、当面、上述の懸念を排除する枠組を設定することも考えられる。当委員会は、株式会社の病院経営への参入の検討に際しては、第1段階として、条件付のものとしての導入を検討すべきであり、例えば、@事業を病院経営及びその周辺事業に特化した企業とする、A利潤の使途の制限について適切な努力義務を課すとともに、配当について適正な制限を設ける、B経営状況・財務状況に関する情報公開を義務付ける、C撤退について一定の条件付けを行う、等の条件を検討し、できるだけ早期に株式会社の参入を実現すべきであると考える。
(1−4)医療保険システムの在り方
医療水準を向上させるためには、優れた医療を提供するものが報われるよう、診療報酬の見直しが必要である。また、患者ニーズの多様化や診療技術の急速な進展により、診療報酬制度の限界が指摘されており、新たな医療費体系の検討の必要性が生じている。
さらに、近年の医療費の増大により、また、昨今の経済状況も影響して、医療保険システムが危機に瀕している。国民皆保険制度を特徴とするわが国の医療保険システムは、セーフティネットとして、国民誰しも必要な医療を受けられることを保証する不可欠なものであり、医療システムの効率化が焦眉の急である。この観点から、医療関係当事者の情報公開による資源配分の透明性の確保や保険者機能の強化といった医療保険システムの見直しが求められている。
イ 混合診療の在り方
初診から治療の終了に至る一連の診療において保険診療と保険外診療を併用すること、いわゆる混合診療は、特定療養費制度による場合(選定療養、高度先進医療)を除き、原則として認められておらず、混合診療を行った場合には、保険診療に該当する部分も含めてすべてが自由診療、即ち全額自己負担となる。これは、医師と患者の間に情報の非対称性があることから、保険外診療が行われたとしても患者にはその必要性等が明確に分からず、保険外診療部分について不当な患者負担が生じる危険性や有効性、安全性が確立していない診療行為が安易に行われる危険性があり、それらを防ぐためとされている。
しかしながら、患者ニーズの多様化と医療技術の急速な進歩により、患者にとって様々な治療上の選択肢が存在するようになり、現在の規格化、標準化、定型化された「療養の給付」では、必ずしも患者の需要に応じきれない面もあり、そのようなサービスについては、特定療養費制度において、患者から一部負担金とは別途の費用負担を認めている。このような現行制度を踏まえつつ、患者ニーズの多様化や医療技術の急速な進歩により適切に対応するため、特定療養費制度のより積極的な活用等も含め、混合診療の在り方について検討すべきである。ただし、その検討に際しては、医療の標準化や患者への情報開示等、患者による選択に資する環境整備が行われているかなどについての国民的議論が十分に行われることを前提とすべきである。
ウ 医療機関・保険者の経営分析の充実
医療機関の経営は基本的には公的な医療システムにより賄われており、医療保険システムの効率化を検討する上で、医療機関の経営分析を充実させることは重要である。しかしながら、医療機関の開設主体については、医療法人を初め、国公立病院、国立大学附属病院、健康保険組合等多くの種別があり、それぞれに会計の手法が異なっている。このため、まず公共性の高い医療機関から経営情報の公開を進めるとともにこれら異なる開設主体の経営面からのより詳細な比較が可能となるよう検討を行うなど医療機関の経営分析の充実に努める必要があると考える。
一方、健全な医療保険システムの維持のためには、医療機関のみでなく保険者に対しても健全な経営努力が要求される。保険者の財政状況の全体像が明らかとなる会計の在り方についても検討していく必要があると考える。
エ 保険者機能の再構築
当委員会では、第2次見解でも取り上げたが、競争促進的な医療システムの実現と健全な保険システムの確立のためには、保険者機能の強化・再構築の必要性があると考える。現在の医療保険システムでは、出来高払いを基本とし、患者負担の低さとあいまって、医療費の増大に関して医療提供者側と患者側の双方における問題点や医療費の過大請求等の問題が指摘されている。これらの問題を解決するために、保険者による一次審査の可能性について、当事者の意向も考慮しつつ、引き続き検討し、結論を得るべきである。
(2)安心と安全の再構築
医療を国民にとってのセーフティネット、安心と安全のネットワークとして捉えた場合、特に重要となるのが救急医療体制の整備と医療の質の最も基本的部分としての安全性の確保である。
医療の質の向上や医療機関の機能分化については、医療機関間の競争を通じて促進されることが重要であることは前述のとおりであるが、救急医療体制の整備や医療の安全確保に関しては、セーフティネットの目的に照らして、特に行政の積極的な対応が重要となる。この観点から、今回敢えて、安心と安全の再構築として、これらの点を取り上げる。
(2−1)救急医療の再構築
医療を社会のセーフティネットとしてとらえた場合、救急医療体制の充実は最優先されるべき課題の一つである。しかしながら、夜間・休日における救急医療体制の実態は、充分とは言えない。夜間、休日などにも空床を確保し、24時間診療を維持するための医療スタッフを確保することには多大の費用を要し、医療スタッフの労働環境改善のためにも、財政面を含めた十分な対策が必要である。本年4月の診療報酬改定において救急救命入院料の引き上げを行う等の対応がなされているところであるが、更に、必要な医療費財源を確保した上で、救急医療に関する診療報酬体系を抜本的に見直すとともに、24時間体制で上質な救急医療を提供できる体制を早急に整備すべきである。なお、救急医療の整備については、各地域における初期救急医療機関、二次救急医療機関及び三次救急医療機関の役割分担を基本としつつも、常にその再整理を行い、実効性のある救急医療体制を担保するべきである。即ち、期待される役割を果たしていない救急医療機関については、他の医療機関と役割を交代させる等、救急医療体制が実際に機能するよう、制度の運用管理を行うべきである。
また、救急医療にとって重要となる救急搬送については、特に第三次救急医療において、効率性の観点から広域をカバーする必要があり、そのための迅速かつ効率的な搬送手段としてドクターヘリが注目されている。
ドクターヘリの在り方については、政府のドクターヘリ調査検討委員会において平成12年6月に報告書が取りまとめられたところである。報告書においては、諸外国の現状と照らし、わが国の対応の遅れを指摘しつつも、導入に必要な財源措置について今後検討することとされている。速やかに財源措置の検討を行い、ドクターヘリを全国的に導入し、救命救急を要する患者が迅速に高度な救急医療を受けられる体制を早急に確立すべきである。
ドクターへリによる救急搬送の場合には、消防、警察、医療機関及び道路管理者の間の密接な連携が重要になる。しかしながら、連絡・調整に際してこれらの各組織間に混乱が生じれば、救急患者が迅速かつ適切な医療を受ける機会を失することにもなりかねない。救急搬送に関する各組織が効果的に連携して業務を行えるよう、諸外国の状況も参考に、その連携の在り方について検討すべきである。
また、現時点では、ドクターヘリによる救急搬送に関して、上記の関連する各機関、医療機関及びドクターヘリ間で円滑に連絡をとる手段が確立されていない。ドクターヘリによる迅速な患者搬送を担保するため、共通無線等の連絡手段について早急に検討し確立すべきである。
(2−2)小児医療(小児救急)の充実
小児医療については、特に小児救急において象徴的に見られるように、小児科医の不足が指摘されている。開業小児科医の高齢化とあいまって、特に夜間の救急に対応できる小児科医の不足が深刻である。少子化が進む中、小児医療の問題は少子化対策としても重要である。現在、厚生省において小児医療施設の整備に対する補助事業等のほか、本年11月に取りまとめられた21世紀に向けた母子保健分野の国民運動である「健やか親子21」においては、「小児保健医療水準を維持・向上させるための環境整備」が主要な柱の1つとなっており、そのための具体的な取組が示されている。これらの施策を含め、小児科医の確保策を積極的に進めるべきである。
また、小児科不足の原因として、小児医療の不採算性が指摘されている。小児は成人と比較して投薬量や検査を最小限に押さえる必要がある一方で、診療に際して人手が掛かるという特徴があり、現在の診療報酬体系では、採算に乗りにくいことが指摘されている。この問題を解消するため、本年4月の診療報酬改定において小児入院医療管理料の新設、新生児特定集中治療室管理料の引き上げ、入院基本料に対する乳幼児加算及び幼児加算の新設が行われる等の対応がなされているところであるが、更に、必要な医療費財源を確保した上で、診療報酬体系を見直し、小児医療の特徴を十分に考慮した技術料を中心とした体系とすべきである。
一方、小児救急の逼迫の一因として、必ずしも救急医療が必要のない場合でも小児救急を受診する事例の増加が挙げられており、その背景として、小児の健康管理に関する親の知識の不足等が指摘されている。現在、妊娠・育児時の保健指導について、市町村において、新婚学級、両親(母親)学級等を通じた母子保健についての知識の普及及び相談指導や妊産婦、新生児等に対する訪問指導が行われており、さらに、「健やか親子21」においても、妊娠・育児時の保健指導、小児の健康管理に関する父母への啓発、情報提供等についての取組が盛り込まれている。適切な小児救急の受診を促すため、これらの取組の着実を推進するとともに、様々な機会を通じて小児の健康管理に関する父母への啓発・情報提供等を実施していくべきである。
さらに、夜間・休日における救急医療体制、小児科医による対応が可能な救急病院について、インターネットによる情報提供等、地域住民への広報活動を推進すべきである。
(2−3)医療事故防止システムの確立
近年、患者の取り違え、誤投薬、医療機器の誤操作等、医療事故が多発しており、特定機能病院を始めとする高度な医療を実施する医療機関における事故が目立っている。多くの事故において医療機関内の体制の問題が一因となっており、早急な医療事故防止システムの構築が必要とされている。これまで、医療事故については、単に医療専門職個々人の倫理の問題、あるいは個人的ミスの問題として考えられてきた。しかし、「人はエラーを起こすものである」ということを前提に、トータルな医療事故防止システムの確立が必要である。
まず、医療事故の要因としては、第一に医療スタッフの単純なエラーが挙げられるが、それを防ぐための医療機関内のリスク管理体制の整備を積極的に促進することが重要である。我が国においては、チーム医療の未発達により、各専門医及び医療専門職間のチェック体制が十分に機能しない状況にあるとされる。この点の改善が医療機関内のリスク管理体制整備の基礎となることを特に指摘したい。
高度な医療を行う特定機能病院については、医療事故が多発していることを踏まえ、平成12年4月に厚生省令の改正が行われ、管理者の責務として「安全管理のための体制の確保」が加えられたところである。今後、特定機能病院における安全管理のための取組を徹底するため、実効性ある制度運用が期待される。
また、病院内の医療事故のうち、薬剤の誤投与によるものがかなりの部分を占めている。こうした事故を防止するためには、医師の処方から、処方チェック・調剤、患者への投与までの一連の行為が適正に行われることが重要であり、こうした観点から各医療専門職がそれぞれの職能に応じて、医療事故防止の取組を進めるとともに、組織全体での安全管理体制を確立することが重要である。さらに、現在対策が進められているが、医薬品に関わる事故防止のためには、製品名や形状等、製造段階からの安全管理の取組を一層進める必要がある。
一方、医療事故を予防するための社会的なインフラとして、第三者機関によるアクシデント/インシデント・データの収集から原因分析に基づく再発防止対策までをカバーする一連の体制、医療事故の外部評価・監視体制等の整備も重要である。
これらの点を踏まえ、医療事故防止対策としては:
(3)医療システムの新たな展開に向けて
技術革新は、経済・社会全体に大きな変革をもたらす。ときに新たな技術は、新たな時代を開くと言えよう。近年、目覚しい発展を遂げているIT(情報通信技術)及び遺伝子関連技術については、今後の医療に大きな変革をもたらすポテンシャルのあるものとして注目されている。
これらの技術革新については、単なる技術論としてではなく技術に裏打ちされた制度論を論じる視点でとらえ、また、単に時流に乗るのではなく来るべき時代における医療システムのあるべき姿を見据え、その活用に関する戦略的な検討を行い、その普及を通じて新たな医療システムの実現を目指すべきものと考える。
当委員会では、こうした観点から、医療分野におけるIT革命の推進及びゲノム医療・オーダーメード医療への積極的対応について取り上げる。
(3−1)医療分野における「IT革命」の推進
近年、経済の各分野においてITの活用、特にネットワークの活用によって、サービスの質の向上、新たな付加価値の創造と効率化が飛躍的に進んでいる。これにより、各分野において(あるいは分野を越えて)サービスの在り方そのものに大きな変革が起きつつある。IT革命と言われるゆえんである。
医療分野においてもITの活用による質と効率性の改善が期待される。以下、戦略的IT化の推進について取り上げる。
イ IT化のインフラとなるコード体系等の整備
医療の各種IT化を統合的に推進する際には、疾病、処置、医薬品名等の各種コード体系が標準化されていることが必須条件となる。これら各種コード体系の標準化を早急に行うべきである。なお、標準コードの体系については、医療の国際的な標準化を促進する観点から、国際疾病分類(ICD)コード等の国際的なコード体系を参照できるような構造を併せ持つことが重要である。また、各種コード体系の信頼性の担保と汎用性の確保のためには、その更新、改定等、維持管理が明確な手続きに基づき行われる必要がある。各種コード体系の整備に際しては、その維持管理に関する手続とそれを担保する体制、さらには、更新・改定時の新規コードの配布方法・手続等についても併せて整備するべきである。
ウ 病診連携・病病連携・遠隔医療の推進
現在、廉価な高速データ通信サービスの普及が期待されており、ネットワーク化に関する環境が大きく変わりつつある。病病連携や病診連携と併せて、遠隔診断等の遠隔医療について検討・推進し、高度な医療サービスを効果的且つ効率的に提供できるようにすべきである。特に、医療提供体制の整備が不十分な地域において、その効果が期待される。既に厚生省の研究班においてデータ項目セット(患者基本情報等、診療に関する情報の項目)の標準的な集合が作成されているが、さらに、各種データ交換の際のフォーマット、電子的情報交換手順、情報セキュリティー技術等の標準について早急に検討・確立し、積極的な普及策を講じるべきである。
エ 薬局機能の高度化
近年の医薬分業の進展に伴い、国民や関係者の医薬分業への理解が進んだ一方で、患者が医療機関と薬局の双方に出向く必要が生じ、かえって不便になったという指摘や、医薬分業の費用対効果に関する指摘も見られる。薬局の在り方とその機能が問われている。
薬局の重要な機能に処方チェックがある。医療機関における診療情報の開示の進展と併せて、患者の同意の下、ITの活用により医療機関の診療情報へのアクセスを可能とすれば、病院内のチーム医療において薬剤師が果たすのと同等な高レベルの処方チェックを実現することも可能であろう。
上記により、医療分野におけるIT化の推進に際しては、ITを活用した薬局機能の高度化についても検討すべきである。その検討に際しては、医療の中における薬局の位置付けとその在り方について併せて検討することが重要である。
オ レセプト電算化の推進
レセプト電算処理システムについては、平成11年4月からは、各都道府県単位で審査支払機関が磁気媒体化したレセプトを受け付けることとなり、また平成11年12月より、光磁気ディスクに収録したレセプトについても受け付けることとなっている。しかしながら、このシステムは、医療機関、審査機関及び保険者の業務の効率化に資するものと期待されながら、現状ではあまり普及していない。
レセプトの電算化については、医療機関からの磁気媒体によるレセプト提出を一層普及・推進するため、その普及状況を見つつ、必要に応じて普及方策について検討すべきである。また、併せて、保険者におけるレセプトの保管について、電子媒体での保管を認める方向で検討すべきである。
カ 「IT革命」を支える医療費体系
医療のIT化については、その促進のためにシステム整備に関する支援・助成が重要である。また、現在の診療報酬体系においては、例えば遠隔医療におけるITを活用した診断等に関する配慮がほとんどなされておらず、早急な整備が望まれる。ITについては、医療の質の向上と効率化を促進するインフラとして捉え、医療分野の「IT革命」を推進する支援・助成、医療費体系の整備の在り方について、総合的・体系的に検討していくべきである。
(3−2)ゲノム医療の積極的推進と国内治験体制の充実
遺伝子関連技術の分野では、過去数年間においてヒトのDNA塩基配列の解読が進み、ヒトの遺伝子情報を用いたいわゆるゲノム医療、特に個々人の遺伝子情報の違いに応じて最適な治療を選択するオーダーメード医療がいよいよ現実味を帯びて語られるようになった。現在、ゲノム医療を巡り、各種の企業が国際的な激しい競争を繰り広げていることは衆知の事実であろう。
ヒトの遺伝子情報とその機能解析については、新たな医薬品の開発にとって極めて重要なツールとなる他、特に従来の医学では十分に対応できなかった予防医療の領域に新たな展開を約束するものとして期待されている。個々の疾病に関する個々人の遺伝子情報の違いに応じて疾病の予防策を講じるオーダーメード医療を確立できれば、患者のQOLの保持と効率的な医療資源の投入が可能となるため、極めて大きな期待が寄せられている。また、遺伝子情報は、医薬品の有効性や副作用の発現に関する個人差の予測等にも有用と考えられており、そのため通常の疾病の治療においても個々人に合った適切な薬剤・治療法を選択するオーダーメード医療を可能にするものと期待されている。
これらゲノム医療を我が国において進展させるためには、ヒトの遺伝子の機能解析に関する研究と併せて、日本人の遺伝子多型に関する研究が必要となる。さらに、疾病の予防策・治療法の確立に際しては、それぞれの遺伝子型に対する予防策・治療方法の効果の検証が必要となる。このため、国内における基礎研究・臨床研究が重要な役割を演じることとなる。オーダーメード医療、予防医療の発展により医療システムの新たな発展が期待されることにかんがみ、ゲノム医療に関する研究促進とそのための体制の確保について積極的な方策を講じていくべきである。
ゲノム医療を含めた医療の発展には、医薬品が重要な役割を演じることとなるが、その開発に際しては、治験により有効性と安全性を確認する必要がある。しかしながら、わが国の治験については、データの質の問題が指摘されており、従前より国際的に通用する治験の質の確保が課題とされてきた。そのような状況下、医薬品の承認に関する日米欧の調和作業が進展し平成9年に国内の治験に関する基準(GCP:Good Clinical Practice)が欧米並みに厳格化されたことやその基準が定着していないこと等から、「国内治験の停滞」が懸念されるとの指摘もある。
優れた医薬品をより早く国民に提供するためには、国内における基礎研究の促進と併せて、治験について、その質の向上を含め、総合的な体制整備・推進策を講じていくべきである。
この点に関して、厚生省の平成11年6月「治験を円滑に推進するための検討会報告」に基づき、治験コーディネーターの養成、治験実施医療機関における治験実施体制の整備促進等の施策が進められているが、さらにその取組を進めるとともに、医療機関における治験管理事務の代行組織であるSMO(Site Management Organization)の育成、被験者及び治験実施医師等の治験に関するインセンティブの在り方、治験実施医療機関の治験審査委員会の機能強化に関する方策等についても検討していくべきである。
治験薬については、薬事法により、承認前の医薬品の広告が禁じられているが、平成11年6月、治験薬の名称を特定しない範囲での治験の情報提供が可能である旨明確化されている。今後、治験実施医療機関による被験者募集に関する広告の自由化について検討すべきである。
(3−3)個人情報の保護とデータの科学的利活用の在り方
医療分野のIT化により、情報の流通性が高まり医療情報の管理の在り方が問われることとなる一方、ゲノム医療の進展により、個々人の医療情報により高い機密性が求められることとなる。
個人情報保護に関する法整備については、政府の高度情報化社会推進本部で検討が進められ、その後、情報通信技術(IT)戦略本部に引き継がれ、平成12年10月にIT戦略本部個人情報保護法制化専門委員会において、「個人情報保護基本法制に関する大綱」が取りまとめられたところである。当大綱において、「政府は、個人情報であって、その性質、利用方法等に照らし、特に厳重な保護を要する等、別途の措置が必要なものについては、法制上の措置その他の必要な措置を講ずるものとする」とされており、その際の罰則規定の整備についても触れている。
医療分野における個人情報保護に関しては、現在の法体系では、医師等の医療関係者には、資格法等により罰則付きの守秘義務が課されており、厳格な情報保護措置が取られているが、医療機関の事務職員や外部委託機関における医療従事者等には、守秘義務がかかっておらず、患者情報の保護について制度的な不備が指摘されている。今後、ITの活用により情報の流通性が高まることが予測されることから、医療分野における個人情報保護に関して早急に検討すべきである。
一方、個人情報の保護については、機密保持と併せて、自己情報のコントロール権の重要性が指摘されている。上記大綱においても、本人からの要請があれば事業者は原則として情報を開示しなければならないことが明記されている。医療分野における個人情報保護は、上記大綱の趣旨に沿って検討されるべきである。
さらに、診療情報については、診療情報開示の流れの中、医療機関において、情報開示に耐えられる適切な管理体制の重要性が増している。電子カルテの普及促進と併せて、医療機関における診療情報の適切な管理体制の整備を促進する方策について検討すべきである。
また、病病連携・病診連携・遠隔医療の進展に伴い、診療情報の保管場所についても他の医療機関あるいは医療機関外のデータセンター等への保管の必要性が生じるものと思われる。データの保管の在り方について、個人情報の保護に留意しつつ、医療法上の解釈を明確にすべきである。
その一方で、医学の進歩や、EBMの推進等のためには、プライバシーに十分な配慮をした上で、診療情報を有効に利活用することが不可欠である。上記大綱においても、個人情報の取扱いについて、公衆衛生等の公益上の必要性から特別の配慮が求められる場合があることを指摘している。疫学研究等について、医学全体の発展を通じた公益の実現を図る観点から、個人情報の保護を図りながら、情報の適正な利活用を可能にする仕組みについて検討し、早急に整備すべきである。
○今後の検討のために
今回の見解においては、医療の質の向上と効率化を実現する新たな医療システムの構築を視野に、医療分野における競争政策導入の必要性、救急医療と医療事故防止システムの整備、更に、新たな医療システムを見据えた新技術への戦略的対応について指摘した。
新たな医療システムの構築のためには、開かれた国民的な議論が必要であり、関係者の利害対立を超えた大局的な議論が求められる。そのため、検討体制の在り方が重要となる。国民各層の幅広い意見を取り上げる必要があるとともに、それらの意見を集約することが求められる。したがって、特に関係者の利害から中立な立場で意思決定できる仕組みが必要であり、併せて、検討体制、検討のプロセスに関する透明性が求められる。
また、新たな医療システムにおいては、医療の科学性の担保が不可欠である。医療の基礎である医学の科学性は当然のこと、医療システムの各領域において、社会科学の成果を如何に反映していくかが重要となる。特に、安全対策におけるシステム論、医療の質と効率性を向上する医療機関の組織論、医療保険システムに関する経済分析等の領域については、そのような視点からの議論の発展が期待される。
さらに、医療制度の改革に当たっては、患者・利用者の立場に立った見直しが肝要である。欧米諸国においては、NPO等の成長にもより、人権や患者・消費者の権利を高める制度的な取組が進展している。我が国の医療制度の改革においても、このような海外の動きも正確に把握しつつ、広く情報を共有する中で、規制の合理性と透明性の確保を旨として、患者・利用者の立場に立った制度の見直しを行うことが重要である。
今後、更なる医療費の増大が予想され、公的医療保険のカバーすべき範囲についての議論が避けられないと考えられる。その際には、「ナショナル・ミニマム」としての公的医療保険の範囲を明らかにし、政府が一定の健康で文化的な生活のレベルを確実に保障するとともに、それ以上の水準に関しては、患者・利用者の選択肢を確保できるようにすることを旨として、新たな医療保険制度が議論される必要がある。