−速報のため事後修正の可能性あり−
| (有識者) | 清水鳩子 | (主婦連合会副会長) |
| 谷口忠武 | (日本弁護士連合会副会長) | |
| 川津裕司 | (同上) | |
| 北野聖造 | (日本司法書士会連合会会長) | |
| 齋木賢二 | (日本司法書士会連合会副会長) | |
| 村木清司 | (弁理士会副会長) | |
| 波多野久 | (同上) | |
| 春好幸雄 | (日本税理士連合会副会長) | |
| 山田俊一 | (日本税理士連合会サービス自由貿易化及び規制緩和室副室長) |
5 議事内容
「司法書士、弁理士、税理士の訴訟代理等について」の公開討論会が行われた。冒頭、委員長による開会あいさつに引き続き、横断資格分野担当主査である田中委員の進行により、委員会側の基調報告、出席者による意見陳述及び討議が行われた。その主な内容は以下のとおり。
(1)基調報告
(鈴木委員長代理)規制改革委員会では、業務独占資格全般について見直しの作業を行っている。今日の公開討論会で取り上げた司法書士、弁理士、税理士の訴訟代理等についての問題はその中でも特に重要な課題であると認識している。この課題は、今回初めて取り上げるものではなく、1995年に規制緩和小委員会で法曹人口の大幅増員と隣接職種の参入について取り上げて以来、継続的に検討をしてきたものである。隣接職種については、双方参入が可能なように閣議決定を4回繰り返しているが、その趣旨は、規制緩和後の社会では、自己責任の原則が一層重要となることに関連し、司法及びその関連職種の業務にしっかりしてもらいたいということである。過去、行政書士の業務独占資格については1997年に答申を出した。その時に、相互の乗り入れが問題となった。業務独占資格は全部で101あるが、横断的な見直しが必要になってきている。昨年、当委員会で詳細な調査を行い、16の論点を提示し、各省庁に見直しをお願いしている。その中でも重要なものについては当委員会で直接議論をしている。今日の議論はこうした流れの中のものであり、全体の流れの中での象徴的な存在であることを認識願いたい。
独占状態は極めて問題である。独占状態が継続するうちに必ず弊害が生じ、見直しの必要性が出てくるものだ。独占状態の中にいる者からはその弊害も見えなくなりやすい。しかし、独占の外側に位置している国民、消費者の立場に立ち、今日的な観点から見直しを図るべきである。特に、資格者の独占はいわゆる「村」を作りがちになる。他の「村」と衝突するだけではなく、自分の「村」の利益を最優先に図りがちになる結果、供給の制限にもつながる。その弊害を除去するのも当委員会の役割の一つであり、電力、情報通信の分野についても同様の考え方で弊害除去に努めている。この独占という弊害を資格の分野においても見直すということが今日の議論の焦点であり、弁護士と隣接する職種として、司法書士、税理士、弁理士の3資格を取り上げているが、この他にも不動産鑑定士、公認会計士、社会保険労務士、行政書士等の隣接法律関係職種全体の問題として、これらの資格者の資質・能力をどう活用していくかということについて検討する必要がある。本日は4団体の方から忌憚のない御意見を拝聴したい。
(2)出席者による意見陳述
(清水主婦連合会副会長)弁護士の隣接資格である他の資格の訴訟代理等について、利用者の立場から意見を述べたい。
司法書士は、主婦連、他の消費者団体、300を超える消費者センターで、消費者相談を行っている。主な相談内容は契約に関する苦情である。苦情を申し立てる国民のニーズも変化してきており、専門性をますます要するようになってきている。多重債務の相談については、まず弁護士に依頼するのは当然だが、引受け手が少ないという問題がある。地方都市ならばなおさら引き受けてもらえない。消費者相談の窓口では、弁護士に引き受けてもらえないときの対応として、司法書士に協力を依頼し、警察への連絡等にも協力してもらっていたが、弁護士側から苦情があり、取りやめになったと聞いている。
本人訴訟については、本人が好きで一人でやっているのではない。やむを得ずとか仕方なくとの理由が多い。本人訴訟の場合は、司法書士に相談している者が全体の44%いるが、弁護士に相談しているのはわずか16%だ。なぜ弁護士に相談しないかというと、弁護士の地域偏在、全体数不足などの理由による。この点に関しては日弁連でも重視しているようで、法律相談センター等を設置するなどの努力をされていることは評価する。しかし、毎日利用できる法律相談センターがどの程度あるのかということになれば心もとない。
訴訟代理については、弁護士の増員が困難な時代がしばらく続くのであれば、司法書士が書類の作成を業としており高度な試験で能力を担保されていることを考えて、一定の条件を付した上で司法書士に訴訟代理を認めるべきではないかと考える。消費者の置かれている現状を考えれば訴訟代理を法曹資格者に限定する合理的な理由が認められない。例えば、簡易裁判所(以下「簡裁」という。)でのサラ金訴訟では、業者側は許可代理制度を利用している。債務者側は親戚、知人、友人等の素人だ。司法書士に代理させればという声もあるが、裁判所は司法書士に代理を認めるのは困難としている。その結果、債権者であるサラ金業者にとって、一方的に有利な裁判となっている。民事裁判の両当事者の最初の接点になる、簡裁での訴訟代理については、司法書士の代理は認めてもよいのではないか。
弁理士の侵害訴訟代理権については、高度に専門的な知識を要する訴訟であるだけに、弁理士が一貫して最後まで訴訟に関わるべきである。この件については、現在も弁理士は補佐人として一定の役割を果たしているとの考えもあるが、途中で代理人が変ることの無駄の大きさを考えてもらいたい。その無駄を解消するだけでも消費者のためになる。
税理士の出廷陳述権については、裁判官といえども税についての専門教育を受けているわけではないので、一定の範囲で陳述権を認めてもよいのではないかと考える。課税者側では国税庁職員が代理人として出廷することが許されているが、消費者側は弁護士しか代理人として出廷できない。先ほどの例と同様に、消費者側にとっては不利な扱いになっているのではないか。税理士の出廷陳述権を認め、課税者側と消費者側の裁判における不均衡を是正すべきである。
以上の問題を解決するためには、環境整備が重要であり、質が低下することにより損失を被るのは結局は消費者であるとの指摘があるのは十分承知している。しかし、参入への入口を塞いだ上でのそうした指摘は本末転倒である。まず、門戸を開いて選択の幅を広げるべきである。
(斎木日本司法書士会連合会副会長)司法書士は、長い歴史の中で、国民のために働くための職務の拡充を望んできた。現場の状況を踏まえ、現在の不都合を明示し、打開策を示したい。以下資料に基づき説明する。
1)現在、一般の国民が日常生活のトラブルを身近な裁判所で手軽に解決することは、非常に困難である。なぜなら、ア)弁護士人口は少なく、かつ、都市部に集中している、イ)弁護士は報酬が高く一般国民には敷居がまだ高い、ウ)弁護士は少額事件をほとんど扱わない、からである。
2)簡裁での本人訴訟率は91%に上る。
3)日本の弁護士1人当たりの国民数は、日本では7,496人となっており、国民1人当たり利用できる弁護士の数は、米の25分の1、英の11分の1、仏の3.7分の1となっている。弁護士と司法書士の所在状況を比較すると、市区町村では弁護士の15%に対し司法書士は65%、簡裁レベルで比較すると弁護士の63%に対し司法書士は99%となる。
4)和田九州大学法学部教授および横浜弁護士会会員弁護士の意見は、弁護士が簡裁の事件を扱わない理由を裏付けている。
5)判例タイムズによれば、現場の裁判官が、本人訴訟では本人の守るべき権利が守られていないとの指摘をしており、法社会学者も本人訴訟における訴訟手続における当事者の疎外感を指摘している。
6)過去5年間、司法書士が裁判官の要請又は本人の要請を裁判官が了承する形等で傍聴席から書類の説明を行った件数は、2,527件に上るが、このような当事者のために行うささやかな司法書士の活動も、弁護士法72条に違反するおそれありとされている。
7)司法書士試験では、実務的な試験を行っており、法的思考能力を問う出題がされている。
8)弁護士の増員により、国民1人当たりの弁護士の数を国際的な水準まで引き上げる場合、例えば現在の仏の水準に到達するためには、毎年1,000人の司法試験合格者を出したとして45年、1,500人で25年掛かる。
9)弁護士過疎の問題は、週に1回や月に1回程度の法律相談の開催では、抜本的に解決できる問題ではない。
10)簡裁の訴訟代理等を司法書士に認めた場合の国民の利益は、ア)司法手続へのアクセスポイントが拡充する、イ)依頼者本人の選択によって、従来どおりの書類作成業務から新たな法廷代理業務に至るまでの費用に応じた様々なサービスの選択が可能になる、ウ)様々な法律問題に関わってきた実績を基にして、司法書士が国民の権利実現のためのホームドクター的法律家になる、である。
11)簡裁の訴訟代理を司法書士に認めて大丈夫かという懸念もあるが、ア)司法書士は高度な試験に合格し、訴訟代理等に必要な法律知識と実務能力を有している、イ)法律実務家としての新たな判例や法令の修得のため、自主的な研修制度を設け、土日も含めて毎日3〜4か所で研鑚に励んでいる、ウ)今までも国民に対して多様な法的サービスを実施しており、高い評価を得ている、エ)諸外国の例と比較しても特異なことではない、などの点から大丈夫であると考える。
以上、司法書士の簡裁での訴訟代理などを認めることに関しては、司法書士側の準備は既に出来ており、国民の側に立って考えれば、司法書士の業務の拡充が必要なのは明らかであると考える。
(村木弁理士会副会長)新しい特許のバイオテクノロジーや電子マネー等の審決訴訟での審議時間が長い。このようなことで外国との競争に勝てるのかという問題意識がある。そのような問題意識を踏まえ、以下資料に基づき説明する。
1)弁理士会からの提案は、ア)弁理士単独での訴訟代理を認めること、イ)弁護士との共同訴訟代理を認めること、の2点である。
2)現在の補佐人という立場を一歩進めての単独代理、共同代理を認めよとの主張は、700社に対するアンケートの結果、84%以上の企業が弁理士が侵害訴訟の場において訴訟代理を行うことを望んでいることによる。
3)弁理士の侵害訴訟の関わりでは、相談に乗ったが88%、補佐人になったが72%、調査、検討したが66%、準備書面の作成に協力したが60%となっている。
4)知的財産権関係の民事訴訟件数は、地方裁判所レベルで平成元年の331件から平成10年の559件と、この10年で約80%増加している。
5)通常の裁判の審理機関は1年以内が75%を占めるのに対し、知的財産権関連訴訟では37%になる。
6)訴訟時間が長引く理由として、弁理士登録している弁護士が258人しかいなく、そのうちの10%、30名しか理科系出身者がいないことが挙げられる。米国の場合は、日本の30人の弁護士に対応するパテントアトーニー(技術系の資格を持った上で弁護士の資格を取得した者)は、1997年の時点で約16,000人いる。
以上のような状況の下、日本では知的財産権訴訟になる可能性があるというと、審理が遅い等の理由で訴訟を断念することもあり、結果的に不適切な結論となることもある。そのような場合でも、弁理士は補佐人であるので、訴訟提訴に関してはイニシアティブが採れない。また、紛争は訴訟の何十倍もあるが、弁護士法72条の絡みで弁理士が紛争の解決に乗り出すこともはばかられている。裁判内外でのこのような状況は、決して日本のためになるとは考えられない。弁理士側の環境整備を当然に実施した上で、日本の窮状を救うべきであると考える。
(春好日本税理士会連合会副会長)納税者の立場から意見を申し上げたい。税理士も裁判所の許可を得ることなく、裁判所に出廷し意見を述べることができるようにすべきである。年間6,000件の納税者からのクレームが課税庁に上げられる。そのうちの2,400件が請求棄却される。本来ならば更なる権利救済を求めて、裁判所に提訴すべきであるが、実際は400件程度しか裁判所には持ち込まれない。税に関する訴訟は、国と民との間での訴訟であり、和解はなく判決で白黒を明確に付けなければならない性格のものである。そのような性格の訴訟であるからこそ、原告被告は訴訟上対等でなければならない。国側には税務執行官が裁判所を補佐する裁判所調査官制度や法廷の同意の下に国を代理する指定代理人制度がある。民側は費用を自ら負担して弁護士に弁護を依頼することになっているが、納税者の立場を代弁できる弁護士は数が少なく、税務に精通しているものは更に少ない。このような状況では、税に関する訴訟において、国側と民側で対等となっているとは言えない。補佐人は許可制度なので身体的な欠陥があることなどが補佐人をつける前提条件になっており、税理士が補佐人として許可される例は少ない。
税に関する訴訟では、弁護士と裁判官は税の専門家以上に税の専門家であることが必要になる。上述のように裁判所は国税庁から補佐人を雇い入れている。その結果として国側の勝訴率は95%にもなっているのではないか。このような状況では、原告側は日本一の法律事務所を相手にして、税金をいったん納めた上で戦っているのに等しい。税理士に出廷陳述権が与えられれば、ア)税務を熟知している専門家の協力により迅速な裁判進行が可能になる、イ)専門家として弁護士と協力し訴訟に参加することにより法廷での不平等が改善される、ことになると考える。
(谷口日本弁護士連合会副会長)基本的に、全体について、弁護士は法律事務を独占しているという立場にあるので順次申し述べていく。基本的なスタンスであるが、新しい社会へ転換が進められようとしている。自己責任を基調とする事後チェック型社会に移行するということを前提に考えると、司法の役割は新しい社会を支えるためにますます重要になると考える。私たちも、この課題には積極的に取り組まなければならないと考えている。弁護士法72条は、業として行う法律事務を全面的に弁護士に託しているが、私たちは、この規制が弁護士のギルド的利益を保証するものではない、国民社会の安全で適正な法的生活を保障する公益的規定として歴史的に生れてきたものであることを十分に認識、確認して、その責務を今後とも果たし続けたいと考えている。
本日の公開討論のテーマとして、司法書士、弁理士、税理士に対して訴訟代理権等を認めてはどうかということが提案されているが、今までの説明に出ているように、提案の背景に、私たち弁護士が弁護士偏在問題を抱えて、過疎地の法的ニーズに応えてきれていないこととか、少額事件、クレ・サラ事件(クレジットやサラ金問題に関する事件)等に対する対応が不十分であること、知的財産権訴訟、税務訴訟など専門分野の裁判について対応できる弁護士の数及び質が不足しているとの指摘については、十分、その指摘を謙虚に受け止めている。これについての日弁連の考えについては後で述べる。
訴訟代理権という業務は、国民の権利義務についての最終的判断である司法の一役を担う部分として、国民の個々の権利義務に重大な影響を及ぼすだけでなく、判決を通して具体的な法を創造せるものとして国民の法的生活一般の安定に影響を及ぼす重大な職責であると考えている。こうした職責の重大性にかんがみて、訴訟代理権を付与するための資格要件については、慎重な検討が必要である。私たちは、訴訟代理に関する資格要件については、2つの要件が必須であると考える。1つは訴訟法及び実体法についての十分な知識及び素養があることであり、それが制度としての資格試験等によりしっかりとテストされなければならない。もう1つは、司法権の一翼を担うものであることから、職務を行うについて、制度的に強い独立性がなければならない。これは三権分立等の観点から出てくる要請でもある。これら2つの要件が資格法により保障されて初めて訴訟代理人としての資格が認められてよいことになるものと考えている。
現行法における弁護士は、訴訟法と実体法について、高度な知識と素養をテストする司法試験に合格して所定の司法修習を修了した上で弁護士登録をして、その上で厳格な職業倫理を課している弁護士法の下に規律されることで、厳格な資格要件が定められている。また、自治権を認められていることを背景として、職務の独立性が完全に保障されている。このような厳格な資格とか規律の維持は、国民の権利保護の観点から不可欠であって、こうした制度的な担保がないままに隣接資格者に訴訟代理権を付与することは、かなり困難なことではないかと考えている。
弁護士の数が不十分なことは認識している。1990年から3回にわたり自己改革をしてきたが、まだ十分ではなく必死の取組を続けている。法律扶助制度の改正、公設事務所や法律相談センターの設置などを積極的に行うつもりである。これらを総合的に推し進め、社会、国民の法的需要に適切に対応できるよう万全の努力を払い、弁護士法72条の負託に十分に応える覚悟である。
先に触れた弁護士に対する批判に対する私たちの考えと覚悟について申し述べる。現在不十分なものがあるということについては、先程述べたとおりである。日弁連は、1990年以降、司法改革宣言を行って、自己改革を含めてその改善に務めてきたが、いまだ十分ではない。しかしながら、私たちは、今必至の取組を進めているところである。具体的には、法律扶助制度の抜本的改正への取組、公設事務所の設置や法律相談センター拡充等の過疎対策の実施、これについては、近く総会を開催して特別会費を徴収してこの部分を手弁当で拡充する覚悟をしている。そのほか、弁護士広告の自由化、弁護士事務所の法人化、総合的法律経済事務所に対する取組などの業務改革努力を強力に進めている。また、併せて考えなければならない弁護士人口の増加については、国民が必要とする弁護士の数と質の確保について積極的に取り組むという方針を表明している。こうしたことを総合的に押し進めて、社会、国民の法的需要に適切に対応できるよう万全の努力を払って弁護士法72条で私たちに託された付託に十分に応えていきたいと考えている。
法曹人口の問題と弁護士法72条の問題は互いに関係し合う問題であって、両者の関係を抜きにして一方だけで結論を出せる問題ではない。この2つの問題は、規制改革委員会だけではなく司法制度改革審議会でも検討されている。両者の検討が整合性を保つよう慎重に検討いただきたい。弁護士法72条の問題は、各隣接資格者に対して、共通の問題として共通の理念に基づいて解決されるべきである。その理念は、規制改革委員会、司法制度改革審議会、各士業団体等において十分に検討すべき問題である。そうした共通理念を確認することなしに、特定の資格者が見切り発車的に事を解決することになれば、後に禍根を残すことにならないかと心配している。その点については、規制改革委員会及び各士業団体にも慎重な配慮をお願いしたい。
主婦連合会の清水副会長のご意見の中に、今後の反省、努力に関わるものがあったが、御指摘として十分に持ち帰りたい。弁理士と税理士については、それぞれの資格の専門分野においては専門家ではあるが、訴訟代理の部分については専門家ではない。法律事務の取扱い、特に訴訟代理については弁護士が専門家であることをよく考えていただきたい。
(房村法務大臣官房司法法制調査部長)国民の利益が重要である。紛争解決に当たり国民がどれだけの利益を得るか、またそれをどうやって保障するかが重要である。他人の権利義務を左右するので、そこで誤った選択がされた場合には国民に直接被害が及ぶ。本日の議題はそういった観点から考えるべき問題である。訴訟とは法的紛争の実際的な解決方法であり、同時に専門的技術的性格も強い。そのことから、訴訟に関与する者は訴訟法の知識と、高いモラルを持っている者に限る必要がある。その一方で簡裁で弁護士の助力が得られない、特許裁判において専門知識が欠如している等の問題もある。それぞれの専門資格制度はその専門性を十分に果たすべく整備されており、現在の資格制度を前提とした慎重な検討が必要になる。一般的には権限の範囲が広くなれば求められる能力や試験を含めた養成制度は難しくなり、狭くなれば易しくなる。そのような前提で資格制度が出来ている以上、関連する分野に知識があるだけでは他士業の業務を認めることはできない。各士業の方々が努力し、能力がある者が多いのもまた事実ではあるが、制度的に担保されていないままに国民の権利義務を左右する訴訟代理を認めるわけにはいかない。
(3)意見交換
(規制改革委員会)貴重なお話を承って感謝している。問題がすべて弁護士法72条に関わってくることから、弁護士会に火の粉が降り掛かる形となっているが、事の性質上やむを得ないということで御了承いただきたい。弁護士会からも、今後、足らざるは十分認めて努力していきたいという御発言もあり、期待するところ大である。
なぜ他の士業に対して業務を開放できないのかということに関しては、2点挙げられた。第1点は、他の士業の方は、専門分野では十分な知識を持っているかも知れないが、訴訟手続については必ずしも十分な知識を持っていないということ。しかし、この点については、「それは仕方がない、やらせなかったらできないのは当たり前である」としか言いようがないのではないか。やってもいないことに関して力がつくわけはない。やっていないのだから、今は仕方がない。ただ、これからは、主体的な自己責任を持った消費者なり依頼者が、自分の責任でどなたを選ぶか決める、ということが時代の基本原則であると考える。そうは言っても力のない資格者がいたら迷惑をする、という主張に対しては、どういう力があってどうなんだ、というところを国民が的確に知っておく必要がある、これがディスクロージャの問題であり、弁護士その他の士業の方から見れば、広告の自由という問題である。基本的な職業倫理の建前としてディスクロージャーをしっかりすべきであり、国民に知っていただいて、あとは国民の選択に任せる、ということではないか。この点についてお話を承りたい。
第2点は、弁護士自治というものがあって、弁護士は独立している、時には公権力に対抗することもある存在であるが、しかるに例えば税理士は大蔵省から監督を受けている、その税理士が大蔵省相手に訴訟を仕掛けるということが本当にあるのか、そんなことをしたら大蔵省の監督権の下で不利益を被りかねない、そんな人たちに権利が守れるのか、という議論である。これは、一昔前、つまり弁護士法が出来た昭和24年から戦後の混乱期であれば、この話も分かるが、今日はそのような大蔵省の裁量による支配の時代ではないし、なくしていかなくてはならない。要するに、法に基づいて物事は処理されていくというのが基本である。その中で、行政指導的なものの介在は、透明性を持ったものでなくてはならないし、しかも拘束力はないということが原理原則である。したがって、監督官庁と被監督者というものは法に基づいての関係に於いては対等である、ということになってくれば、監督を受けている者が国家権力に対抗できないのではないか、という議論は、実態的及び論理的根拠を欠いているのではないか、また欠かしていかなくてはならない。職業的に自分の職業に忠実であって、それに対して独立して力を発揮することは、どの士業にとっても全く同じ問題である。そんな環境にはないという御主張については、先程も言ったように、既に昔のことではないか。そうなると、弁護士と他の士業には、何ら選ぶところがない、と私は思うが、この点についても、弁護士会及び他の士業団体はどのようにお考えか、お伺いしたい。
(弁護士会)なかなか厳しい御指摘であるが、考え方にかなりの違いもある。私たちが理解するところでは、資格制度というものは、特に業務独占資格については、国民の危険防止が出発点になって組み立てられているのではないかと考える。また、自己責任の問題にも触れられたが、最終的な権利義務の救済の場という部分においては、資格者の取扱いを自由競争的にすることが、国民の権利保護のために有用であるかどうかということが問題である。選択の許される部分もあるかも知れないが、やはり、考え方の問題である。委員の先生のお話を押し進めると、むしろ、各資格者が名称独占となって、あとは消費者の自由選択に任せる、という考え方に結びついていくのかと思われるが、私たちは、最終的な権利を実現したり守ったりする場については、自由に競争させて規制を緩和するが、その後に出た事後チェックの場ということについては、しっかりした資格制度が構築されて、そこで最終的な判断を得ることができる場にするということが、とても大切だと考えている。したがって、そこにおける資格というものは、かなり慎重に組み立てるべきであろうと考えるし、国民の自由な選択に任せるという考え方でよいかどうかについては、私は疑問に感じている。
国民の自由な選択に任せると言われているが、本当にその国民は自由に選択する能力があるだろうか、多く言われるのは一生に一度か二度しかない訴訟の場で、選ぶことができるかというと、やはりそれは難しいのではないかということが述べられていることも指摘しておきたい。それから、次に、弁護士自治ということを盾にして、他士業の者が訴訟をしたときに、監督官庁との間に訴訟ができないという主張をしているという御指摘であるが、そこまで申し上げているわけではない。制度的なものとして違憲立法審査権等も存在し、それも1つの要素として訴訟をやらなければならない、というのが訴訟代理人の職責であある。訴訟代理をするというときに、今の弁護士の実情で言うと、その独立した弁護士自治を背景として、独立して、常に国家権力の間違ったところについてはチェックをしていこうという体制、気概、またそれについての職責が我々にはあるのだということを基本とした弁護士の世界、それらが保障されていて初めて、行政の間違ったことについての訴訟代理人としての取り組み方、噛みつき方、態度、そういったものができるのではないか。例えば、他の士業団体と監督官庁のつながり方、それから各職務の性質、扱い方、そういったものを総合的に考えると、自治を背景とした独立性が認められた者に訴訟代理権等は与えられるべきであり、その上で初めてしっかりした独立性のある裁判活動ができるということが制度的に保障されているということである。
(規制改革委員会)お話を聞いていると、日弁連・法務省と、その他の出席者の方々との間で、法律を必要としている現状に対する認識が、基本的なところで異なっているのではないかと感じる。日弁連・法務省は、現実にどれだけの人が訴訟を必要としているのか、あるいはこれからどれだけその人数が増えていくのであろうかということについて、過小評価しているわけではないのであろうが、それにしては、これは私の感想であるが、そのような現実よりも「まず弁護士法72条」という風にしか聞こえて来ないのはどうしてか、と自問しているところである。
一つには、規制緩和の目的の一つとして、競争を導入して効率性を図っていくという委員長代理の話もあったが、もう一つ私が考えているのは、情報の非対称性という話である。経済学でよく使う言葉であるが、競争原理による効率化と同時に、市場の失敗というのがあり、この市場の失敗の一つに情報の非対称性がある。本来、法律関係の訴訟が必ずしも市場の話になじむとは思っていないが、公正な裁判を受ける、公正な情報を提供をし合って判決を受けるという立場から考えたときに、両方できちんとした情報をシェアする、あるいは基本的な認識のところは一致する、ということは非常に重要だと思う。それが、今の裁判で果たされているのかと考えたときに、そこがどうも果たされていないからいろいろな規制緩和の訴えが出てくるのではないかと受け取れられた。そうしたときに、情報の非対称性が浸透してこれを放置すると、経済学では簡単にいうと、悪貨は良貨を駆逐する、ということになる。つまり、情報を持っていない方が、市場においては退いてしまえばよいが、訴訟においては退くわけにはいかず、結局負けになる。その良い例が、税金関係の訴訟で95%が官の勝利である、という形に出てきているのではないか。これは素人目には異常としか思えない裁判である。
したがって、情報の非対称性を、今の弁護士制度の中で、担保できるとお考えなのか、つまり、それぞれが専門性をきちんと認識した上での裁判にすることができるということを、弁護士会はどうやって担保しているのか、また、資格に関しては、逆に、弁護士は、税法のことを勉強していなくても、税理士と同じ業務ができるという非対称性はどうお考えなのか。この2点について伺いたい。
(弁護士会)冒頭の、事実認識が私どもと他の士業の先生と違うのでないか、という御指摘であるが、私どもとしては、1990年以来、司法改革宣言の中で、司法の容量を圧倒的に増やさなくてはならない、国民により身近な司法を実現する必要があるということを強調している。これはとりも直さず、私どもが、弁護士法72条の責務を十分に果たし得ていなかったということの重大な自己反省であるということを御理解いただきたい。冒頭で清水先生がおっしゃった国民・利用者の間に弁護士に対するアクセス障害があるということ、また、国民・利用者の中に利便性を求める声があるということを十分理解しており、非常に重く受け止めている。最近、私どもで公表している司法改革に向けての提言の中でも、更なる自己改革が必要だ、その自己改革の内容は、アクセス障害をどうやって除去していくのか、弁護士法72条の問題は、私どもはこれを特権ととらえているのではなく、むしろ、制度趣旨から見て、弁護士に対する責務を決めたものであり、弁護士に対する責務を決めたものだと認識しており、その責務に今まで十分に答えられていなかったものを、どうやって今後急速に克服していくかということについて全力を上げているということを御理解いただきたい。私どもは、弁護士法72条を絶対に死守するんだということを考えているわけではない。しかし、法務省からも指摘があったように、資格制度には制度の意義、制度が定められた趣旨というものがあるし、資格制度の趣旨を壊さないように、弁護士法72条の問題について利用者の方々を保護する必要がある。そのために弁護士には司法試験が課せられ、司法修習の厳しい訓練を受け、また付託されている自治を実行するために、相当完成された懲戒制度を含む自立制度を長年構築してきた。そういう下で私どもは訴訟代理権を与えられてきたということを申し上げている。仮に、他の士業者の方に訴訟代理権を認めるとすれば、やはり、国民・利用者の保護の観点から、制度的な担保が必要であるということを申し上げている。決して、弁護士が法律事務の独占を認められていることを、ギルド的な立場からこれを保護しようということは、かつてはともかくとして、今はない。1990年以来司法改革宣言を3度に渡って出してきた背景には、弁護士法72条を私どもに課せられた責務として捉えてその責任を果たすべく努力しているというのが経過であるので、誤解のないように御理解いただきたい。
(弁護士会)2つの点についてお聞きいただいた。第1点は、税務訴訟についての納税者の勝訴率が非常に低いという問題であるが、これが、弁護士が、十分な知識なしにやっているからだと言われるとすれば、認識として残念であって、我々は、国に対する裁判の結果の現状については、非常な不満を持っている。努力しても努力しても勝訴率が非常に小さい。これについては、裁判の問題、行政訴訟の制度の問題として、我々も中心的な問題として取り上げたいとして、司法制度改革審議会にも伝えたい問題であると思っている。これは、裁判あるいは裁判官に対する批判ということになるが、現実としては、刑事事件で言えば無罪率は0.01%であることと合い通ずるものだと思う。国対民ということについての裁判の中での関係に非常に問題があるということが、税務訴訟に限らず、その他一般の行政訴訟についても、民の方の勝訴率が非常に低いということと一連の問題ということを御理解いただきたい。
それから、我々は、専門的知識がないままに、専門的分野を訴訟代理を権利としてやっていくということは考えていない。現実の裁判を知識なくしてやるということは非常に難しいことである。我々は、現在でもそうであるし、できる限りその知識の専門家との共同作業を現実にやっている。知的財産関係訴訟でも必要な場合は大抵、弁理士の方の知恵を借りたりチームを組んだりするし、税務訴訟においても税理士さんが関与されている先の件については、当然、訴訟段階でその主張準備、立証準備など、あるいは具体的な立証については税理士の協力を得て、協力関係の下に行うものであって、何ら知識なくして訴訟代理活動を行うということでは決してないし、できるものではない。私たちの考えは、資格制度については先程申し述べたが、国民に良質なサービス、それから司法に対してちゃんとした情報を提供するということについては、関連業種との協力関係、協働関係、あるいは総合的法律経済関係事務所、こういったことは是非進めたい、ということで、いろいろ研究をしている体制にあることを、是非御理解いただきたい。
(税理士会)先程の意見陳述の中でちょっと誤解があるのではないかと思うのでお話ししたい。法務省と日弁連の方は、訴訟代理訴訟代理と言っているが、税理士は訴訟代理は要求していない。資料を御覧になっていただきたいが、「出廷陳述権」を認めてほしいということを主張しており、その中で、「弁護士が紛争処理の専門家であることをまず尊重する」ということをはっきり言っている。なぜそうなのかというと、税理士には現在、法的紛争処理手続を行う資質の制度的な、あくまで制度的なであるが、担保がないことは承知しているからであり、したがって、民訴法でいう補佐人と違って、職業専門家として裁判所に許可されることなく届け出るだけで補佐人となるという制度を望んでいる。それから、税務訴訟に関しては、自治権の問題では、私も税務訴訟の経験はあるが、例えば税務訴訟をしたことにより、国税庁から何かされるかということは全くない。したがって、そういうことはずいぶん昔の話だと思うし、自治権がないからといって、訴訟上で何か問題があるかというと、そういうことはあり得ないということが言えると思う。それから、95%も国が勝っている点については確かに弁護士会の方のおっしゃるとおりであると思うが、それではなぜ税理士が出廷陳述権という主張をしているかというと、これは官と民の訴訟であり、司法書士、弁理士は民と民の訴訟である。税務訴訟では「スーパー法律事務所」のような相手と争う状態であるから、その中ではやはり訴訟代理人の方と協力体制を組みながら、出廷陳述人として意見を述べたい、という意向である。弁護士会のお話は訴訟代理のことばかり指しているようであるが、税理士としては、出廷陳述人として弁護士と協力しながら、95%をせめて80%位にしたい、と思っている。ただ、税務の特殊性に関しては、毎年毎年申告をしなくてはならない、人口も多く、法人は230万社、個人の申告者は2千万人である。これだけの数の申告を行うわけであるから、協力しながら訴訟体制を組んで行ければ、という主張であるので、その点は御理解いただきたい。
(弁理士会)現在、弁理士法の改正準備を行っており、早ければ来年にも改正される見通しである。この準備として実態調査を3年程やってきて、その中から考えがまとまってきた。やはり1番問題となるのが、弁護士法72条、それから訴訟の独占という問題である。現状でも我々弁理士は審決取消訴訟をやっており、これは行政訴訟ではないという話もあるが、審決取消訴訟では特許庁長官が相手であり、四六時中、国を相手にしている。侵害訴訟においても、補佐人という形で、事件の7割に関与しており、弁護士のやり方をOJTのような形で眺めている。弁護士法72条について、例えば昭和62年に、「警告はいかん、契約はいかん、ライセンスはいかん」、といろいろな「いかんいかん」という、日弁連の業務対策委員会の見解が出た。我々は非常に心配していたが、外国の情況を見ると、どこの国でも弁理士に相当する資格者が訴訟代理以前の知的財産における紛争解決というものをやっている。なぜ日本だけがユーザーのニーズに応えられないのか、ということが第1番の問題である。
第2番目の問題としては、アメリカは、パテントアトーニーが1万6千人位いて、「特許弁護士」と言うが、これが法律と技術の両方の学位を持っていると考えていい人達である。彼らがアメリカの知財制度を支えている。日本の場合は、本当に技術的なバックグラウンドを持って知財(知的財産権問題)を扱っている弁護士は、30人程である。これで日本は本当によいのであろうか。改革についていろいろ話は聞くが、知財に関しては、「船が沈没しそうなのに船室を塗装している」という印象である。訴訟代理に限らず、弁護士法72条が、いろいろなところに弊害として出てくるので、これをクリアーにしておかないと、特許、知財の今後に禍根を残し国際競争に負けてしまうのではないか、という認識を持っている。弁理士は、現在でも技術と法律と両方をやっていると思っているが、さらに別の試験形式があっていいと思うが、訴訟技術を身につけながら、弁護士と協働していきたいと考えている。自治の問題は、弁理士法の改正内容いかんであるが、日弁連の主張を聞いていると、弁護士並みの自治・独立性がないと訴訟代理を認めるべきではない、という話だが、外国を見ると、皆、国あるいは裁判所が監督している。日本の弁護士会が特に世界で一番強い。そういう風になれ、と言ってもそこまではいかないだろう、と。しかし、他の国で弁護士が活躍していないかというとそうではなく、十分に処理をしている。もう一つ、現在、弁護士の増員が言われているが、30人しかいない技術的なバックグランドを持った弁護士を、どうやって、1,000人、2,000人、5,000人と増やすのかについて、具体的な提案がおありならこの際是非お聞きしたい。
(司法書士会)弁護士法72条に関連して、訴訟手続に関し十分な知識がない、それから自治に関すること、の2点の問題が出た。しかし、第1点目については、司法書士はそれに当たらないと考えている。
先程来お話しているように、簡易裁判所から最高裁に至る、裁判所に提出する書類の作成業務を、司法書士は120年来やってきている。本人訴訟に対する支援であるから、当然、依頼者には、手続の内容を十分理解してもらう必要があり、事情聴取から証拠の処理の確認、現場に行って確認すること、さらに手続選択、つまり支払い命令なのか調停なのか、即決和解なのか本案なのか、ということについて様々な助言をしており、司法書士が行っていることのごく延長線上に、訴訟代理もあると理解している。
もう1点であるが、私どもの意見は、簡易裁判所の訴訟代理権等を認めてほしいということであり、行政訴訟、刑事訴訟に関する訴訟代理を主張しているわけではない。したがって、国家権力と対峙するという部分については、それほどの必要性がないと考えている。また、訴訟手続に関して、現在でも、裁判所に提出する書類の作成作業をしているが、そのような業務について、国家権力からの干渉を受けた、という事実はない。
(規制改革委員会)弁護士会の話によれば、弁護士法72条は、ギルド的なものではない、ということであるが、非常に気になったことを、一つはコメント、あと一つは質問として発言したい。
まずコメントであるが、委員長代理の説明にもあったが、国民が自己責任を持って代理人を選ぶことが必要だ、ということについて、「そうではない、国民は選ぶ資格がない」、と言われたと私は伺ったが、もしそうだとすると、これは、弁護士法72条に立て籠もったエリーティズムだという風に私は解釈する。それから質問であるが、非常に詳細に説明されて感銘を受けたが、私が30年間、アメリカ企業の日本における営業に携わって言われ続けてきたことは、「どうして日本の弁護士は高いのか、それからアベイラビリティが少ないのか」ということである。それをいろいろ説明する必要がたくさんあった。まず、どんなに素晴らしいサービスがあったとしても、それが、顧客にすぐに提供される状態にない、ということはお認めだと思う。人口当たりの弁護士数が世界一少ないという事実、他にもアベイラビリティがない、というデータがいろいろ出ているが、どんなに優れた方がおられてもアベイラブルでなければ、これは意味がない。これに対して、具体的な案があるのなら伺いたい。要するに、2050年までは待てない、と私は思う。
(規制改革委員会)今の質問にも関連するが、先程、非常に新しい御発言を弁護士会からいただいた。弁護士法72条は、弁護士の利益を守るための独占的な排除規定ではなく義務規定なのだ、という点であり、これは、以前、電力会社が地域独占をやっているのに対して質問をしたことがあったが、その時に同じ回答が返って来た。要するに、我々は独占的に供給する義務を課せられているのであって、地域「独占」の権利ではない、と言ったのを思い出した。何が言いたいのかというと、それは、独占的に供給する義務をお持ちなのだ、と理解してよいのであれば、なぜ少額訴訟から逃げているのか、医者には応召義務があるが、弁護士に引受け義務というものはなく、プラクティスとしても、紹介がないとクライアントは取らない、ということをやっている。それがなぜ弁護士法72条は義務だ、というところまで飛躍することができるのか、ということを併せてお聞きしたい。また、1990年以降非常に増やしてきた、とおっしゃるが、過去のことは言いたくないが、私には、「1999年以降努力しようとされている」という風にしか理解できない。現に、当委員会は、1,000人あるいは1,500人以上への増員というのを、1995年以来、4回の閣議決定を経てやってきたが、政府はついぞそれを実現することができずに今日に至っている。隣接職種の問題も同様であり、これも1995年以来の宿題である。
(規制改革委員会)今回の論点公開のテーマは、労働市場の問題と似ている。労働市場における職業紹介は、従来、国が業務独占していた分野である。2年前に、まず有料職業紹介事業の規制緩和が行われ、事実上国の業務独占ではなくなった。今年の12月にほぼ全面的に自由化されることになる。
私達が労働省とやりあっていたのは、参入規制はすべきではないという点であった。労働省は、当初、国家独占する理由として、ほぼ日弁連と同じことを言っていたが、結局決断し、今日に至っている。それと同じことが、なぜ、弁護士の世界でできないのか疑問を持った。
また、私は、兵庫県の地方労働委員会の公益委員をしている。労働委員会というのは、不当労働行為事件の審査を行うという準司法的機能を有しており、ほとんどの場合、申立人である組合と被申立人である会社当局は、弁護士を代理人として立てている。ごくまれに、申立人組合がエージェントとして行動し、ごくまれに弁護士などの代理人を立てずに本人訴訟に近い形で審査に対応する例もある。労働事件の特性として非常に専門性が高いと感じられるが、その場合であっても、不都合は生じてはいないと感じている。一方、会社当局側が、労働問題に不慣れな弁護士事務所に代理の依頼を行うような場合、専門性に欠けるために、ぎくしゃくしてしまう例がある。私の経験にかんがみると、少なくとも、もう少し参入の機会を認め、競争の中で事件が処理されるのが望ましいと考えている。
(規制改革委員会)弁護士については、応召義務がないにもかかわらず、業務独占であることが問題である。さらに、将来予測される訴訟の件数について、量的にどう対応していくのかという見通しが必要である。弁護士法72条については、本日議論されている一部の問題について、例外規定で扱えるのかということについて検討する必要がある。
(弁護士会)私が、先程、国民に訴訟代理を誰に依頼するのか選ぶ資格がないと言ったというのは誤解である。自己責任と言って、訴訟代理について複数の選択肢を提示し、自由に選びなさいとすると、企業等であれば、選択肢の中から取捨選択して適切な相手を選択できる。しかし、個人の場合、訴訟代理を依頼するのは、通常、一生に一度か二度しかなく、しかも最終の紛争処理の場面である裁判において、いわゆる事件屋的な者に訴訟代理を依頼したような危険な選択をした場合、国民にとって決定的なデメリットとなる。個人の依頼者が、本当に適正なものを比較し、ピックアップして適切な者を選ぶのは事実上無理である。それを個人の自己責任とし、選択を誤ってしくじった場合、仕方がないとしてあきらめなければならないとするのはおかしい。
国民の安全な法律生活を保障するのが資格制度の根本であり、その要請が特に強く働く分野が裁判の訴訟代理資格の分野であるということを言いたかったのである。国民に選ぶ資格がないとは、決して言いたくはない。
(弁護士会)弁護士法72条について私が述べたことに対する委員からの指摘の中に誤解があるので付言する。私が言ったのは、独占を振りかざすべきではなく、内なる反省としては独占を認められていながら、今までそういう自分たちが独占を認められていたことに伴う責務を果たしてきただろうかという反省を見せているということを申し上げたものである。
日弁連は、弁護士法72条を盾にあらゆる参入を認めないということを言う立場にはなく、利用される方々が、国民的な議論の中で決めていただくことであると考えている。私どもは、先程申し上げたアクセス障害が現実にある、弁護士が近寄りがたい、弁護士がいないというような声があるということを重く受け止めている。弁護士法72条の問題が、国民の司法に対するアクセス障害のための、あるいはそれの克服のための障害となったり、国民あるいは利用者のためのアクセスの促進をブロックするようなことがあってはならないという私どもの認識を申し述べている。
また、先程指摘のあった弁護士法72条の例外については、法曹人口の議論と同様、弁護士会が決めるものではないと考えている。そういう意味で、最近の弁護士会での提言の中でも、国民が必要とする数の法曹人口が確保されなければならないことを公にしている。弁護士法72条は、立法論を含めて議論していただいており、その際、利便性の問題、アクセス障害の問題、弁護士の数が少ないことについては、弁護士会としても率直に認めざるを得ない。ただし、資格制度においては、利用者の保護のための要件をお考えいただく必要があるということを強く希望している。
(規制改革委員会)他士業に訴訟代理権を認めない弁護士会の理屈は、国民はよく分からないからということであるが、独占であればあるほどディスクロージャが必要である。広告規制の緩和を検討されているとのことであるが、どの程度まで踏み込むつもりなのか教えていただきたい。その前に、主婦連から御意見・御質問がありますか。
(主婦連)アメリカのように訴訟の多い社会が良い社会とは、私は思わない。しかし、最近、国民各層各分野で法律を必要としている事実があることは、日弁連も含めてお考えいただきたい。例えば、税金の訴訟は、非常に難しい。税金の使い方、納め方等が社会問題となっている。訴訟を起こしていく過程で、税金の在り方、使われ方を民主的にディスクローズしていく意味はすごく大きい。さらに、裁判が、一生に一度しか経験できない社会が問題であり、もっと自由に皆が裁判に関わることができるようにすることが、これからの社会の在り方として重要であると思っている。
また、弁護士法72条において、一部の例外が認められないかということであるが、まだやっているのかという思いである。オールオアナッシング、すべて良い又はすべて駄目という議論を繰り返していても駄目であって、国民は違う観点から司法を見ている。私は、今まで法曹人口の増加により解決が可能と考えていたが、法曹人口増加問題だけではなく、弁護士法72条の考え方そのものが国民とかなり乖離してしまっていると強く感じた。法曹人口が増えても、弁護士法72条の問題が解決しないと、新しい司法というのは望めないと考える。
最後の砦は弁護士が守るというのも時代錯誤の感じがする。ディスクローズを前提として、費用の面も含めて、国民が選べる道をもう少し広げてもよいのではないか。電気用品についても、今まで国は電気用品取締法でマークを付けた電気用品は安全といってきたが、法律がすっかり変わって、マークは誰が付けてもよく、後は消費者が選ぶというところまで来ている。国民が法律をすごく必要としており、法律を使うことによって民主主義が変わってくるのではないかということを感じた。
(規制改革委員会)弁護士会の発言の中で、資格制度については一定のレベルを保つ必要があるということは、特定の業として必要だと思うが、そのことと独占ということがどこで結び付くのか非常に分かりずらい。資格制度と言いながら、この前まで500名しか定員を認めなかった。それが、750名、1,000名となり、さらに14年から1,500名の議論をすることについては、まだ合意されていない。資格制度、定員、独占の3つの関係について、どう考えているのか今日の議論を聞いている限りでは、まだ分かりにくい。もう一つは、社会の司法に対するニーズは、専門家が考えているよりも、ものすごく大きなものであるという点である。専門家の認識が、ずいぶん変わってきたとは言いながら、まだまだ十分ではなく、2割司法が3割司法になった程度であり、やはり日本は、三権のうちの一つが欠けている状況になっている。社会のニーズと専門家の考えているギャップはまだ埋もれていない。
(法務省)私共としても、日本の司法制度の中で、訴訟代理権を考える場合には、これを利用する国民の立場をまず念頭に置くことが重要であると考えている。その意味で、使いやすい司法を目指して、多くの人を選べるようにするというのも一つの考えであると理解している。しかし、同時に、資格制度として国民に損害が生じることがないような仕組みを考えることも我々の責任であると考えている。
訴訟制度は、技術的に専門性も高く、国民の権利を直接左右することから、これに関与する者については、十分な知識を持ち、責任を持って協力してくれる人達に限るという公益的な要請もある。国民の保護、公益的な要請に基づいて、どのような方にどのような能力についての制度的な担保を設けた上で訴訟代理人として活動していただけるか、あるいは、補佐人等訴訟への一定の関与を認めるかについて検討する必要がある。弁護士と隣接する資格を有する方の中に、訴訟代理で活躍できる能力を有する方がいることは疑わないが、制度的な担保として考えると、現在の資格をお持ちの方一律に訴訟代理権あるいは補佐人となる資格を与えるかということについては、相当慎重に考えていかなければならない。提起された問題を含めて、法務省としても検討してまいりたい。
(規制改革委員会)資格と人数の問題がある。本来、資格であれば、毎年合格者が動いて当たり前のはずであるが、それはどうなのか。また、税理士については、弁護士はアプリオリにできるが、弁護士は、必ずしも税務には詳しくない。それについて、弁護士会から、弁護士も税務関係の裁判を行う場合には、一生懸命勉強するし、他の専門家と共同して訴訟遂行も可能であるとの発言があった。そうであれば、司法書士、税理士、弁理士にしても、しっかり訴訟制度の勉強をして訴訟代理が可能であるとの見方も可能である。これについて、御意見のある方はいらっしゃいますか。
(規制改革委員会)弁護士法72条は独占権を与えたものではなく、アクセス障害になる場合には、同条は主張しないと、弁護士会は非常にフランクに意見を述べられたが、簡裁のようなケースが起こっているのであれば、もはやアクセス障害であるから、すべての分野について誰がやってもよいこととするのではなく、制度をつくっていくというのであれば、少なくとも入口は、開けてもいいのではないか。
また、私どもも資格制度全体を否定するとは言っていない。ただ、他の人達はその世界に入ってきてはいけないということを資格制度の本質であるとおっしゃるのであれば、その部分については変えるべき時期であると言っているのであり、そのことについてどう考えるのか、お聞きしたい。
(規制改革委員会)自己責任と言っているが、何でもオープンにしてしまえとは言っていない。今日お集まりいただいた隣接職種3分野の方も、今ある制度を手直しして、訴訟代理等を認めてほしいと言っているだけである。誰が入ってきてもいいという議論はしていないという認識をきちんとする必要がある。消費者の選択も同じである。たくさんの金を払っても弁護士に訴訟をやってもらいたいという人は残るはずである。今議題になっている論点は、弁護士の手が回らない部分であり、逆に、弁護士の方から手を貸してくれという話が起こってもよいぐらいであると思うが、そういうことはなく、この点に違和感を感じる。また、税務訴訟について、裁判においては、弁護士の的確な訴訟遂行が担保されているかもしれない。しかし、本当は裁判をしたいが、税務と訴訟の知識を有する人が少なく、裁判まで至らない事例が多いのではないか。これは、情報が与えられていないのと同じであり、潜在的裁判を含めて非対象性が存在している。これでは、弁護士法72条により、公正な法律生活の営みが阻害されていると判断せざるを得ない。
(弁護士会)弁護士法72条を金科玉条にしているのではない。利用者からの要請、社会的要請があることは理解している。利便性という観点から考えれば、利用者が安い・早い・うまいものを自由に選ぶということになるであろうが、選ぶのは食べる人であるが、中毒にならないという衛生面の問題を考える必要があるということである。
また、独占だから入ってきてはいけないと説明したつもりはない。資格の性格に基づいて、各士業の法律を改正するという場合であっても、これらのことを十分検討していただかなければならないし、それが必須の要件であることを述べたつもりである。
広告規制の緩和については、規制緩和項目にも入っているが、日弁連として、最大限のスピードで検討を進めているところである。ただ、措置するためには、日弁連の会則改正が必要であり、日弁連内部の事務手続を踏んでいるところである。基本的な考え方は、広告について原則禁止、例外解除、媒体の制限、特定事項のみ可能という現在の規制を、国民に対ししっかりした情報を提供するという観点から、180度転換し、原則自由、例外禁止という形にすることとしている。その際、例外となる禁止の場合を広げ、原則禁止と変わらないようにするのではないかと憶測される向きもあるかもしれないが、決してそんなことはない。媒体についてもすべて制限をなくすが、国民に迷惑は掛けない、国民にうそはつかない、弁護士の品位をおとしめないという点について、一定の表現をもって禁止することとしている。現在、最大限の努力を行っているところである。
(4)閉会
(規制改革委員会)この問題は、ともすれば、異なる士業間の業務領域の奪い合いとして捉えられてしまうことが多いが、そうではなく、現状において、国民生活にどのような支障が生じており、それを解決するためにはどのような方策・手段を講ずるべきかという問題であり、その際、それぞれの資格者に依頼を行う国民の立場に立って考える必要がある。本日の公開討論の内容を踏まえ、12月の見解を取りまとめていくこととしたい。今回の公開討論では、7月の論点公開で例示した3資格のみを取り上げたが、弁護士と隣接職種の垣根の問題は、国民の法的サービスの充実を図るための社会保険労務士、行政書士等を含めた隣接職種全体の問題であり、今後とも調査審議を続けていきたいと考えているので、引き続き御協力をお願いする。
(以上)
(文責規制改革委員会事務室)