別紙1
1 明治維新から内閣制度創設まで
(1) 三職の制
慶応3年の大政奉還後、天皇の行う大政を輔弼する職として、「総裁」「議定」「参与」の三職を置き、総裁は「萬機ヲ総裁シ一切ノ事務ヲ決」し、議定は「事務各課ヲ分督シ議事ヲ参議シ一切ノ事務ヲ決」し、議定は「事務各務ヲ分督シ議事ヲ定決」し、参与は「事務ヲ参議シ各課ヲ分務」することとされた。
その後、三職八局制となり、三職のほかに総裁局、神祇事務局等の局が設けられた。
(2) 政体書による行政組織
明治元年、政体書が定められ、これにより、中央政府全体を「太政官」と総称し、太政官の権力を立法、行政、司法の三つとした。おおむね、立法を「議政官」、司法を「刑法官」、行政を「行政官」「神祇官」「会計官」「軍務官」「外国官」がつかさどることとされた。
(3) 職員令による行政組織
明治2年には職員令が定められ、太政官は、天皇を輔弼し、太政を統理する最高機関として位置づけられた。太政官には、その長官たる左大臣及び右大臣のほかに、大納言、参議等が置かれた。さらに、太政官の下に、民部、大蔵、兵部、刑部、宮内、外務の6省が設置され、その長として、それぞれ「卿」が置かれた。
(4) 太政官職制
明治4年、左右大臣及び大納言を廃止し、天皇を輔翼し、庶政を総判する「太政大臣」を置いた。また、太政官を正院、左院、右院に分け、正院には、太政大臣のほか、納言、参議等が置かれた。なお、各省は従前のまま存続。
2 内閣制度の創設
(1) 内閣総理大臣及び各省大臣
明治18年、太政官制を廃止し、内閣総理大臣のほか、宮内、外務、内務、大蔵、陸軍、海軍、司法、文部、農商務、逓信大臣が置かれ、宮内を除く大臣で内閣が組織された。
従来の太政官制の下では、太政官が庶政の全般を総理する唯一最高の官庁で、各省は太政官の下級官庁という位置づけであったのに対し、内閣制度の下では、各省の長は、国務大臣として、直接に天皇の大政を輔弼するものとされた。
また、内閣総理大臣は、「各大臣ノ首班トシテ機務ヲ奏宣シ旨ヲ承テ大政ノ方向ヲ支持シ行政各部ヲ統督」する地位とされた。
(2) 各省の内部組織
行政各部の組織については、その基本として、勅令により、各省官制通則が制定され、さらに各省毎の官制が定められるという、通則と個別官制による法制となっていた。
さらに、各省の内部組織として、大臣官房のほか、省務全体を統轄する総務局及び省務を分掌する各局が置かれた。
(内閣制度による国の行政組織の基本的な形は、その後、第2次世界大戦後の改編を除き、大きな変更もなく、維持、継続された。)
3 戦後の国家行政組織の変遷
(1) 戦後の行政組織体制
昭和22年の「行政官庁法」により、当面の行政組織体制が置かれたが、これは、従来の例を踏襲する色彩の強いものであり、暫定的なものとして置かれ、新憲法下のあるべき行政組織については、行政調査部において、さらに検討が進められることとなった。
昭和22年当時の組織体制は、総理庁、司法省、外務省、大蔵省、文部省、厚生省、農林省、商工省、運輸省、逓信省、労働省の1庁10省であった。
行政調査部の検討結果は、GHQの指示を受け、行政組織の種類や定義を明らかにするという基準法的な性格をもつ国家行政組織法案として、昭和23年の第2回国会に提出され、法案は、国会審議の過程で、省庁の内部部局である局、部等の設置は政令でなく法律事項とすることなど、いくつかの修正が行われた。
国家行政組織法が施行された昭和24年当時の組織体制は、総理府、法務府、外務省、大蔵省、文部省、厚生省、農林省、通商産業省、運輸省、郵政省、電気通信省、労働省、建設省の2府11省となっていた。
(2) 戦後の組織改革
戦後の組織改革の動きとしては、片山内閣の後を受けた芦田内閣における「臨時行政機構改革審議会」の報告や、第2次吉田内閣における岩本行政管理庁長官による行政の簡素化に関する試案、さらに昭和24年2月には「行政機構刷新審議会」答申などが出された。
また、昭和26年8月には、総理の私的懇談会である「政令諮問委員会」から行政委員会の整理、縮小を内容とする行政機構改革についての答申が出され、これを受けた閣議決定により、行政委員会(いわゆる3条委員会)の廃止をはじめとして、行政事務の整理、定員の縮減等が図られた。
(3) 一府十二省体制
中央省庁の改革案については、昭和27年、当時の橋本行政管理庁長官による、一府九省体制のいわゆる「橋本案」がまとまり、これを基本として調整が図られた結果、一府十一省(自治省を除き、現体制と同じ)の新体制とすることが閣議決定。
その後、昭和35年に、総理府に外局として置かれていた自治庁が自治省に改組され、現在のような一府十二省体制が確立。
(4) 第一次臨調
昭和36年に設置された臨時行政調査会(第1次)においては、中央省庁の在り方についての検討が行われ、昭和39年9月には、行政の統一性の保持の観点から内閣機能の強化を始めとする改革意見が出された。
(5) 総合調整機能の強化
一府十二省体制の確立以降今日までの間、昭和46年に、公害問題に対応するため環境庁が、昭和47年には、沖縄の返還に伴い沖縄開発庁が、また、昭和49年には、国土総合開発行政を担うため国土庁がそれぞれ発足し、その後、第2次臨調の答申を受けて、総合調整機能を強化するため、昭和59年に総理府の一部と行政管理庁を統合し、総務庁が設置された。
4 行政機構改革を巡る最近の動き
中央省庁の再編に関する最近の議論としては、第3次行革審の最終答申における大くくりの再編成イメージをはじめ各方面から多くの提言がなされているが、周知のとおり、先般の衆議院選挙の際の各党の公約の中にも、行政機構改革に関する提言が盛り込まれている。
現在、中央省庁再編は現内閣の最重要課題として取り組んでいるところ。
別紙2
1 行政組織の概要
(1) 行政事務の配分と責任体制
ア 内閣の行政権の行使
イ 行政事務の分担管理

(2) 管理法体系
図−2参照

(3) 国家行政組織法による組織基準
第1条 この法律は、内閣の統轄の下における行政機関の組織の基準を定め、もって国の行政事務の能率的な遂行のために必要な国家行政組織を整えることを目的とする。
第2条@ 国家行政組織は、内閣の統轄の下に、明確な範囲の所掌事務と権限を有する行政組織の全体によって、系統的に構成されなければならない。
A 国の行政機関は、内閣の統轄の下に、行政機関相互の連絡を図り、すべて、一体として、行政機能を発揮するようにしなければならない。
ア 行政機関の種類
(ア) 府、省、委員会、庁(行組法第3条・・・いわゆる「三条機関」)
(イ) 内部組織
(ウ) 行政組織の構成例
図−3参照

イ 組織規制の法形式
行政需要の変化の即応した行政組織の機動的、弾力的、効率的編成及び運営を図るための行政組織規制の弾力化を指摘した、第二臨調答申を受けて、国家行政組織法を改正(昭和58年)
| 官房・局・部 | 課 等 | 審議会等、施設等機関 | 地方支分部局 〔総称〕〔個別設置〕 |
||
| 行組法改正前 | 法 律 | 政 令 | 法 律 | 法 律 | |
| 行組法改正後 | 政 令 | 政 令 | 法 律 又は 政 令 | 法 律 | 政 令 |
| 官房・局 | 施設等機関 | |
| 行組法改正前10年(昭49―58年度) | 5省庁 7、▲3 | 16、▲13 |
| 行組法改正後10年(昭59―平8年度) | 14省庁 33、▲33 | 27、▲33 |
(省庁の設置・省庁再編関連を除く)
2 組織管理の実際
毎年度の予算編成とあわせて機構審査纓ユ調・行革審答申の指摘に沿った改革を推進
(1) 管理の基本方針
ア 臨調答申指摘の行政改革の視点
[変化への対応] [総合性の確保] [簡素化・効率化] [信頼性の確保]
イ いわゆる「スクラップ・アンド・ビルド」の原則
ウ 組織及び事務事業の時限付与、自主的見直し
(2) 組織管理の現状
ア 中央省庁
イ 内部部局(官房・局・部等)
高度成長期には、行政需要の拡大に伴い、局・部の数が増大傾向にあったが、昭和43年の一省庁一局削減により大幅に削減
その後、環境庁、沖縄開発庁、国土庁の新設に伴う増を除けばほとんど増加していない。
国家行政組織法の改正(昭和58年)による官房・局の総数の上限
(128)設定以降純増なし
〔第二臨調答申等の考え方〕
| 省庁名 | 新 設 | 廃 止 | |
| 昭和59年 | 防衛庁 | 教育訓練局 人 事 局 | 人事教育局 衛 生 局 |
| 国土庁 | 防 災 局 | 水資源局 | |
| 外務省 | 情報調査局 | 情報文化局 | |
| 文部省 | 教育助成局 高等教育局 | 管 理 局 大 学 局 | |
| 厚生省 | 健康政策局 保険医療局 生活衛生局 | 医 務 局 公衆衛生局 環境衛生局 | |
| 運輸省 | 運輸政策局 国際運輸・観光局 地域交通局 貨物流通局 海上技術安全局 | 船 員 局 海 運 局 自動車局 鉄道監督局 船 舶 局 | |
| 郵政省 | 通信政策局 電気通信局 放送行政局 | 電気通信政策局 人 事 局 電波監理局 | |
| 労働省 | 婦 人 局 職業能力開発局 | 婦人少年局 職業訓練局 | |
| 建設省 | 建設経済局 | 計 画 局 | |
| 昭和61年 | 科学技術庁 | 科学技術政策局 科学技術振興局 研究開発局 | 計 画 局 振 興 局 研究調整局 |
| 昭和63年 | 文部省 | 生涯学習局 | 社会教育局 |
| 平成3年 | 運輸省 | 鉄 道 局 自動車交通局 海上交通局 | 国際運輸・観光局 地域交通局 貨物流通局 |
| 平成4年 | 厚生省 | 社会・援護局 老人保健福祉局 | 社 会 局 援 護 局 |
| 平成5年 | 外務省 | 総合外交政策局 国際情報局 | 国際連合局 情報調査局 |
| 通商産業省 | 環境立地局 | 立地公害局 | |
| 平成6年 | 警察庁 生活安全局 情報通信局 |
警務局 通信局 | |
| 平成7年 | 農林水産省 | 農産園芸局 | 農蚕園芸局 |
| 平成8年 | 公正取引委員会 | (事務総局) 官房 経済取引局 審査局 | (事務局) (官房、経済部、 取引部、審査部 ほか) |
ウ 地方支分部局、附属機関等
行政の簡素合理化を積極的に推進する等の観点から地方支分部局、附属機関等を廃止・縮小・整理統合するとの第二臨調答申に基づき、下記のとおり実施
3 総合調整について
(1) 総合調整の必要性とその仕組み
〔第二臨調第三次答申(抄)〕
「行政組織は、いついかなる場合でも、変化への対応力に富み、総合的、効率的かつ公正に運営され、国民の信頼を確保し得るものでなければならない。高度に発展した我が国の経済社会においては、行政需要は複雑多岐にわたり、各省庁による行政の機能分担(いわゆる「タテ割り」行政)が余りに高度化して、タテ割りの壁が固定化し、行政の総合性が失われがちである。・・・したがって、行政組織の在り方を検討するに当たっては、総合調整機能の強化の視点・・・がとりわけ重要・・・」
(2) 第二臨調及び行革審答申等の実施状況
第二臨調及び行革審答申で提言された総合調整機能強化については、次のとおり実施されている。
| 総合管理機能 第二臨調第三次答申 | ○総務庁の設置(昭和59年) ・人事管理、組織・定員管理、行政監察機能の一体的、総合的運用 |
| 国土三庁の統合 第二臨調第三次答申 | ○国土開発行政関係3庁連絡会議の開催(昭和58年〜 ) |
| 内閣機能 第一次行革審 「行政改革の推進方策に関する答申」 | ○内閣官房の組織の再編成(昭和61年) ・内閣内政審議室、内閣外政審議室、内閣広報官室、内閣安全保障室 ○安全保障会議の設置(昭和61年) ○閣僚会議の機動的開催 ○内閣総理大臣補佐官3人以内の設置(平成8年) 等 |
| 科学技術 第一次行革審 「行政改革の推進方策に関する答申」 | ○科学技術庁内部部局の再編成(昭和61年) ○ 「科学技術政策大綱」(昭和61年) ○ 研究交流促進法の制定(昭和62年) ○ 「科学技術基本計画」(平成8年) |
(参考)
総合調整の基本的仕組み(例)
内閣官房、内閣法制局、安全保障会議、事務次官等会議
複数省庁の緊密な連携が必要な重要施策について、関係機関間の連絡の場として開催
内閣法や国家行政組織法に基づく組織ではなく、閣議決定等で機動的に設置・改廃
会議・本部の庶務は、内閣官房や関係省庁により処理
総合調整権限を有する国務大臣庁を設置し、内閣総理大臣のトップマネジメント機能や特定政策に関する総合調整機能を補佐(戦後新設された、総務庁、経済企画庁、科学技術庁等の総理府外局の多くはこの性格を有する。)
これら外局には、総合調整権限を実効あらしめるため、計画策定、基準設定、調整費の計上、報告徴集、勧告等の権限などが与えられていることが多い。
別紙3(石原信雄氏説明資料)
平成9年1月29日