1 行政改革の理念
21世紀の日本及び世界:「平和な自由貿易福祉社会」の創造を目指すべきである。
20世紀の前半は、二度の世界大戦があり多くの人々が困難な生活を余儀なくされた。後半は、東西冷戦というイデオロギーの対立によって、世界は異なる経済体制に分断されていた。本日解決を見たペルーの日本大使館人質事件のように、地球の裏側の出来事が私たちの生活に影響するようになっている。21世紀においては、歴史や文化の違いに基づく多様な価値観を認め合いつつ、平和で自由な世界を構築していくことが日本及び世界各国の目標となる。過度の国家主義に基づく紛争を抑止し、自由貿易の理念に基づく市場経済のルールを世界規模で確立することが重要である。世界には、依然として、発展段階の違いに基づく所得機会の格差が存在している。地球上のどのような国に生まれた人々であっても最低限の文化的な生活を享受できるように協力することが日本のような先進国の責務である。
現在の日本の行政機構は、20世紀の国家主義の強い時代に形成されたものであり、統制色が強い上に、国家と国民の関係を主従関係のようにみなしがちである。今回の行政改革では、「自由で民主的な社会全体の奉仕者として、諸国民から信頼される簡素で効率的な行政の実現」を基本理念とすべきである。行政改革は、それ自体は目的ではなく、より良いサービスを提供するための手段であり、プロセスである。理想的な社会実現のために、最小の費用で最大の効果を上げることのできる行政機構を作ることが大切である。当然、財政構造改革、地方分権、規制緩和、教育改革などの諸改革と整合的に行われることが望ましい。
2 国家機能の在り方
私が理想とする「平和な自由貿易福祉社会」においては、国家は次の機能を果たすべきと考える。
1 国民が平和で安全な生活を送ることができるように保障する。(安全保障)
2 諸国民との良好な関係を維持する。(外交)
3 社会秩序及び市場経済秩序を維持する。(法務)
4 自由貿易促進のための社会資本を整備する。(交通・情報)
5 すべての国民に最低限の文化的な生活を保障する。(社会保障)
6 すべての国民に教育研究の機会を提供する。(教育・研究)
7 効率的な財政の管理及び運営を行う。(財政)
○ 総理大臣の下でその他の行政課題について企画調整する。(総理府)
3 組織改革のポイント
(基本的な視点)
国民全体の奉仕者として誇りをもって働くことのできる簡素で効率的な組織の実現を目指す。
(国家行政組織の在り方)
上述の七つの国家機能に対応する省及び首相直結の総理府を基本的な国家行政組織にすべきと考える。直接、特定の産業を指導監督したり、補助金を出して振興するような官庁は廃止すべきだと考える。今回の行政改革は、いわゆる経済官庁の廃止及び再編を中心にすべきである。産業政策は、廃止し、保護育成政策をやめることで、官と民の役割分担を明確化する。世界市場における自由貿易の原則と整合的な透明性の高い市場を日本においても形成できると考える。
総理府内の庁についても簡素化を図る。特に、北海道開発庁の場合、北海道における国費による社会資本整備の必要性を明示化できない場合、廃止を含めて検討すべきである。
(内閣機能の在り方)
日本にも民主主義は十分根付いた。主権者である国民の声がより良く行政に反映されるように、内閣機能を強化し、国民の代表である首相のリーダーシップを発揮しやすい形態にすべきである。特に、危機管理体制を強化し、国際紛争や災害が発生した際にも即応できる体制を作るべきと考える。
(関連する行政諸制度の改革)
公務員については、修士号を有する専門的な能力を持った職員を増やすべきだと考える。
また、試験による採用とは別に政治的な任用による期限を限定した公務員の採用方法も検討すべき時期に来たと思う。行政組織と民間企業・研究所・大学などとの間の人事の流動性を高めることが、国際舞台で通用する行政機関の人材育成に資すると考える。
(財政投融資制度)
社会資本の長期的な整備という観点からは、財政投融資制度の有効性は存在すると考える。ただ、費用対効果の観点から、無駄な投資が行われているのも事実であり、特殊法人の整理統合・事業の簡素効率化で対応すべきと考える。
(地方行財政制度)
現行の都道府県制を抜本的に見直すべきだと考える。地方自治は、基礎的自治体である市町村を基本とし、都道府県の機能は縮小し、21世紀のしかるべき時期に廃止すべきであると考える。広域の地方行政は、市町村が対等の立場で、広域都市圏を形成し、そこで実施するのが望ましい。行政需要に応じて地方交付金を再分配する現在の仕組みでは、自治体の側からのコスト削減のためのインセンティブが働かないので、仕組みを改めるべきだと考える。自主財源を増やし、各自治体において財政の健全化を図るべきである。
以上
T 行政改革の理念・基本的視点
1 内外の環境変化に対する認識
多くの課題は一国のみでの対応が不可能であり、国際的相互依存性は否応無しに高まっている。今後、地球環境問題を抜きに各政策は考えられない。環境をキーワードに、エネルギー(産業)、食糧、人口問題等を検討することが必要不可欠である。
2 日本型社会経済システムの制度疲労に対する変革の核心
変革の核心は、二つ。一つは、縦型社会の閉塞感を打破するため、老から若へ、中央から地方への思い切った権限の移譲。もう一つは、地球の限界が見え始めた今、社会経済システム自体をゼロ・エミッション・システムヘ転換することである。また、市場システムにおいては、「汚染者負担」を原則に、環境を汚染する産業活動、生活活動に対して環境保全のための目的税(緑の消費税)を導入し、地球に優しい生産技術と生き方の構築を基本コンセプトとする。
3 21世紀の日本社会の目指すべき姿・方向性
国際社会への積極的寄与を前提に、地球規模での共生を推進するべく、世界経済の炭素サイクルを改善し、環境と調和のとれたゼロ・エミッション社会の実現を通し、森林破壊、地球温暖化、食糧危機等を防ぐことが日本の役割。
4 今回の行革の理念
21世紀の我々の子孫に緑豊かな日本を、地球を残す改革であるべきだ。また、国家機能の大胆な再編と市場原理の導入による国家機能の一部民営化を積極的に推進し、小さな政府を作ること。
U 国家機能の在り方
1 国の本来果たすべき役割
国民の生命の安全と財産を守るのが国家の基本的機能。阪神大震災に際し多くの人々は苛立ちを感じ、その危機管理能力の無さを痛感した。一方、エイズ問題で浮き彫りにされた産業保護、市民無視の姿勢、企業に対しては効率よく利益を保護し、産業を育成してきたが、生活者重視の視点が欠けていたことは否定できない。今後は従来の市民的権利・人権に加えて、環境的権利・人権を明確にし、環境的人権の擁護者としての国家機能の強化を図るべきだ。
2 官・民、国と地方の役割分担と地方分権
国家の機能を時代に合わせて峻別し、企画、立案、総合調整等の政策機能や外交、国防、食糧政策等のように国が一元的に執り行う方が有効な機能は国が分担し、実施機能は市場原理を大幅に導入し、民営化を積極的に図る方向が考えられる。一方、生活に密着した諸機能は地方が分担すべきだ。一極集中化の歪みを是正するために、首都移転と地方分権の強力な推進が必要で、地方への思い切った権限と予算の移譲を行うべきだ。
3 新時代の行政が取り組むべき重点課題
日本が、国連の下に世界共通の炭素税(緑の消費税、環境税)を作り、各国の放出炭素量に合わせて課税し、一人当たりベースで世界に再配分することを提起すべきだ。一方、国内では各地方に、緊密に横の連携の取れた産業群(クラスター)を育成し、社会生産システムからも一極集中化を排除すること。
V 組織改革のポイント
1 基本的視点
誰のための行政改革かを国民に分かるように進めてほしい。行革の分かり難さの一つが官僚言葉と専門用語。是非庶民の言葉で。その上、改革の成果を分かるようにするため、目標を数量化し、結果を評価できるようにしておくこと。その際、情報公開を積極的に行う視点が必要である。
2 中央省庁の在り方と再編基準
企画、立案、調整機能は総合調整機能として強化し、積極的に政策の一体化を図るべきで、総合調整省庁の強化と内閣、総理官邸機能の強化を図るべきだ。一方、実施機能は民営化を積極的に検討すべきだ。さらに、科学立国、技術立国を目指し、研究機関の科学技術会議(司令塔)を総合調整機関の下に設置し、横断的な研究・技術開発を促進する体制の強化が望ましい。
3 再編についての基本的な考え
省庁間の壁を取り払った柔軟で機動的な組織作りと併せ、国家機能の峻別を基に行政の簡素化が図れるような大胆な再編を期待する。
以上
1 行政改革の理念
明治以降、西欧のキャッチアップを目指してきた日本は、その集団性、中央集権性をてこに発展してきた。おそらくその表層では、目標に達したかのように見える。しかし根元的な資本の蓄積、市場経済性において、欧米諸国に比べて進んでいるとは思えない。その市場の閉鎖性、行政の画一性、前例踏襲主義がボーダーレスな世界において、相対的高コスト社会を現出させ、大競争時代に即応できない社会を到来させてきた。
欧米では、多かれ少なかれこのような時代を経験し、大胆な行政改革を断行し、それなりの成果を上げてきた。
戦後政財界と内務省は解体されたが、その他の多くの行政機関は温存されてきた。そのため日本の多くの法体系や行政的手法は何ら変わることなく新しい時代に突入しようとしている。現在可及的速やかに行財政改革に着手しなければ、アジアの一員として日本の立場は相対的に低下してくるであろう。香港、台湾、シンガポール3国のGNPが日本に迫る勢いを見せていることからも、アジアでの日本の相対的影響力が低下していると観てもいいのであろう。
2 国家機能のあり方
国際的ボーダーレス社会において、高コスト社会を是正し、自由な発想とそれに結びつく企業運営ができる機能を持たさなければならない。国家は個人の自由を保障し、自由な個人が行う経済形態を是認し、発展できる社会を目指さなければならない。そのため国家は、最低限の権力構造を持った緩やかな統治形態にしていかなければならない。また国際的大競争時代に突入している時代とはいえ、最低限の食料とエネルギーの確保と国際的リスクの分散化が必要である。自由競争とはいえ、食料やエネルギーは自由競争の同じ土俵とはいえず、安全保障の観点からもある程度の保護政策は必要といえる。
国家は地方に権限を委譲し、その結果地方間格差は広がるおそれも考えられるだろうが、ドイツのように中央政府を小さくした緩やかな連邦制に移行すべきである。
3 組織改革のポイント
国の基本は民間活力であり、行政は民間活力を助長することであり、企業が活動しやすい環境を作ることによって税収を確保すべきである。それには、民間ができることは民間に任せ、行政しかできないことのみを行政が行うべきである。
このため中央省庁は、国家の意思を反映した企画調整、安全に限定した機能に留め、実施機能としては、十分ではないとしても縦割りではない総合的事業執行機能を備えた北海道開発局のような、事業実施機関に移行すべきである。地方にとって現在必要な事業は何かといった、プライオリティを持った機能が必要であろう。北海道は戦後50年間社会資本の投資がなされてきたが、いまだその投資に対する効果が見えてこない側面があるが、欧米では100年200年の資本の蓄積があって今の反映があることからすると、北海道に対しての資本投下が今失われてしまうと、新たに芽生えつつある産業の芽を摘んでしまうおそれがある。北海道が自立するまでもう少しのところまで来ていることから、北海道の持つ優位性を生かした産業群の生成に理解をいただきたい。北海道は、戦後、引揚者や増大する人口のバッファとして、また日本の食料基地としての位置づけで開発が行われてきたが、食料においてはその位置づけは動じていない。気候的にも、地理的にも住環境、交通など先進欧米に最も近く、世界的スタンダードといえよう。域際収支3兆円の赤字の北海道ではあるが、国際的に見ると日本で一番の可能性を持つ地域と言え、今後極東ロシアとの交易も含めて期待できる地方である。
以上
1 全体基調
国の行政機能と機関の再編問題に限定して、地域・地方の立場から改革のポイントと配慮すべき事項について開陳する。
2 国家(中央政府)の機能改革のポイント
中央集権体制から地方分権社会へ
縦割り行政、重複行政から総合行政へ
公正・透明・国民参加を基本とする簡素・効率的な行政システムへ
3 中央政府の機能・目的
(1) 国際調整機能の向上
(2) 国民生活の質の整備
(3) 東京一極集中の是正
(4) 公正さと透明性の実現
4 国と自治体の役割分担
現行の3層政府(市町村、都道府県、国)の基本的枠組みを維持しながら分権改革
5 北海道の将来と北海道開発体制
地理的・歴史的・社会的事情を踏まえ、新しい北海道の国土の創造・建設
(1) 我が国の食糧供給基地
(2) 自然、空間を生かした国民リゾート基地
(3) ゆとりある生活環境などを生かした新産業・研究開発の活動
(4) 北の国際交流拠点
北海道の役割・可能性を引き出し、経済的自立を図り、均衡ある国土、多極分散型の国土形成のため、地方分権の具体的進展と総合的・一体的なブロックの振興とその体制は必要不可欠
改革に留意すべき事項(例 郵政三事業、バスの規制緩和など)
過疎地域の問題
社会的弱者の問題
関係労働者の問題
不採算分野の問題
以上
・ 行革は単純な省庁統廃合やスリム化や効率化だけで論じられるべきではない。そこでは、未来において、どのような国や社会の在り方を目指すのかを見据えなければ、結局は再び<肥大>への道を繰り返すことになる。
・ 行革の理念を考える上では、来るべき「社会」に対する見通しが大切になるが、明らかに21世紀の社会的価値観は「水平」、「開放」、「自律」の三つに置かれていく。これは、既にインターネットの中に築かれつつある<新社会>の中に発見できる。
・ これに対して、日本の既存の行政理念はいまだに「垂直」、「閉鎖」、「規制(誰かが律してくれる)」の価値観にあると言える。これが行政が今日的に抱えた構造的・理念的課題だと思われる。
・ 行政が政策(国家としての戦略)を、具体的に(戦術的に)展開・執行する機能と考えるならばそこにおいて、最も重要になるのは執行者(行政)と国民(市民・生活者・企業など)との間にしっかりとした、実質的なコミュニケーションの存在が保証されなければならない。
・ つまり、行革が本気で行われるとするならば、日本の社会(同時に世界)が向かおうとしている新しい価値観を伴った社会、つまり「水平」、「開放」、「自律」を規範とする社会にふさわしいコミュニケーション体系の確立が優先されるべきだ。
・ 例えば、「言葉の行革」である。いわゆる行政言語の氾濫が、行政と国民との間を断絶し、権限を固定化し、結果として施策の検証を曖昧にする「閉鎖型」の仕組みを生み出してきた。この一つの要因には、行政の世界では一貫して「男性(又は父権とも言うべき)」の視点による運営とコミュニケーションが支配してきたことがあるだろう。行政の広報や公聴(各種の審議会の在り方なども含め)の在り方ですら、未だに国民(市民・生活者・企業など)との「閉鎖」性を招いている。
・ また、水平ではなく「垂直」型(言い換えれば国家行政から地方行政に至る幾重にも重なるピラミッド型)の行政機構は、各々の行政機関のピラミッドが下方に向かって「施策分野の拡大」という無秩序な増殖を招き、これがいわゆる施策の重複を生み出している。
・ さらに「規制」を主とする行政の価値観は、戦後の混乱期や集団を画一的に動員するスタイルとしての経済システム確立が要請された局面下では有効な側面もあったが、いまや創造性とグローバル性を喪失させる元凶ともなっている。
・ このように、これまでの行政がもっていた「垂直・閉鎖・規制」を最も象徴するのが“情報の過剰な管理”にも表れている。施策の企画・展開・検証という循環過程の多くが“闇”に閉ざされながら進んでいくことによって、国民による検証を保証しないばかりか、社会にある有益な「知恵の結集」と、その「知恵の体系化、つまり技術化」の道を阻み、時には「継続の為の継続」とも言われる、硬直した行政施策を生み出している。
・ もちろん、この背景には日本の政治が「政策立案能力を欠く」ことにも大きな原因があり、結果として、行政が政策立案機能をも代行する(いわゆる官僚政治)という問題を招き、異常な権限と責任のシステムを生み出した。政策の戦術的な執行機関である行政が、結果として政策決定機関へと変質したとき、権限の過剰な拡大を生み(権益の温床と化す)、戦略と戦術がないまぜとなることによって、施策も組織も客観的検証を不可能な仕組みに変質させていったと考えられる。正に、この点において行政と政治の改革は不可分のものと考えなければならないと言える。
・ 先述の行政における“情報の公開”について特に述べておきたい。求められるべきは「情報の開放性」ということであり、決して“隠し事をするな”という倫理の問題ではない。行政が情報の開放性を持つという意味は、外に向かっては「検証を仰ぎ」、内に向かっては「知恵の結集を促進」するという点にあるのだ。
・ 行革にとってもう一つ重要な問題として<国民の痛みを伴う>ことへの理解を高めることに関して言及しておきたい。行政の構造的な改革とは、国民(市民・生活者・企業など)が「為すべきことは自ら為し、自ら律するべき点は律し」、行政が行うべきは必要・不可欠な最小限にとどめるという理念にあると考える。先述の「自律」であるという価値観こそ、自らの「責任」を基本にする社会であり、国民が国・行政からの恩恵を受けるだけの受「益」者の発想から、自らもまた受「責」者の発想に変わらなければならないと考える。
・ そのためにも、行革を「お役人の世界を斬る」という断罪の視点だけではなく、私自身も含めて、自らが築き上げるべき社会像をしっかりと考える立場にあることを自覚しなければならない。最後に、私たち国民が行革について、どうあるべきかを自問するとき、国民は既存の行政に関して余りにも知らされていないことに気付く。早急に各省庁の役割と権限、責任について周知させるべきであることを指摘して、意見を終わりたい。
以上
私は、地方自治体の首長を務めております関係から、要望だけでなく、自分たちにも責任があるとの立場から発言をさせていただきます。
まず、地方分権と行政改革に対する私の基本理念を申し述べます。
今、地方分権は、中央から地方へと大きく変革しようとしております。地方分権は、基本的に地域住民の自己決定権の拡大であり、民主主義の基本であります。
国も地方も財政が逼迫しており、国と地方の借金が500兆円という深刻な状況となっております。その中で地方自治体としてどう対応していくか悩んでいるところでございます。
地方分権の推進に当たっては、国の財源を大胆に地方に下ろしていただくことが基本であり、いかに無駄を無くしていくかは現場の発想で解決できるものと考えております。縦割り行政の無駄があることは誰もが認めざるを得ない事実であります。しかしながら、今現在、すべての地方自治体に国からの権限を受けるだけの力量があるのかと言われると難しいのも事実であります。
現在うちの町では、近隣町の協力も得ながら保健・医療・福祉の連携を始めとする広域連携についてあらゆる検討をしております。公的介護保険が大きな課題となっておりますが、これも一町の単一では対応することは困難でありますので、昨年から隣町と連携をし、共通の目的として共同研究の取組を始めたところです。地方自治体も国に要望するだけでなく、基礎自治体として自立する必要があります。「受皿論」ではすぐに市町村合併ということが言われますが、これにもネックがあります。特に広大な面積を有する北海道では、逆に行政サービスの低下にもつながりかねません。合併という前に広域連携により、力量をつけることが最優先されるものであろうと考えております。
うちの町では、開業医の先生と一体となって、町立国立健康保険病院の「病診連携開放型共同利用」を行っており、高度医療機器も共同利用し、「かかりつけ医」制度を徹底しております。住民本位の地域医療の推進により、確実に重複診療、重複投与が減り医療費の抑制効果が出てきています。地方自治体は、多元的・多面的な取組をして行政効率を上げていかなければなりません。地方分権をただのスローガンで終わらせない努力を国も地方も共にしていかなければならないと考えます。
北海道開発庁の統廃合問題について触れさせていただきますが、中央省庁の統廃合は大切な問題でありますが、それが単なる数合わせとならないようにしていただきたいと考えております。北海道開発庁が今日まで果たしてきた役割への正しい評価と今後の北海道開発をどう展開していくかという視点はなくてはならないと考えます。
道産米は、かつては厄介米とさえ言われておりましたが、今では全国レベルに達するキララ397などの良食味米の生産ができるようになってきております。これも土地整備基盤整備など北海道開発庁の努力によるところが大きいのです。
行政改革・地方分権の推進に当たっては、発想を大きく変えて、中央だけで考えるのではなく、地方から地域の発想を積み上げていくことを大切にしていただきたいということを要望し、私の発言を終わらせていただきます。
以上
行政改革会議に意見を述べさせていただきます。
国家機能の在り方を考えるとき、その視点はどちらに向いているかということです。
1)中央だけを見ているのか。2)中央から地域を見るのか。3)地域から中央を見るのか。それぞれの視点によって大きく見方が違って来ますが、私は3)の視点から考えます。
私たち青年会議所は、全国754の地域にそれぞれ独立した組織があります。それぞれの地域の組織が自主独立でそれぞれの地域の個性を尊重し、自らのまちに住む誇りを持って、地域のまちづくりを行っております。それぞれの地域でできないこと、それをいくつかの地域をまとめたブロック単位で行います。次に都道府県単位です。そして最後にくるのが国の単位です。すなわち、私たちの組織の基本は地域なのです。それは、行政サービスも同じことではないでしょうか。基本は地域が主体であるべきです。地域でできないことを補完するのが都道府県、また、それを補完するのが国ではないでしょうか。国家は国家として取り組まなければならない最小限度の範囲にとどめ、後はすべて地域に任せるべきです。自主性を持たない自治体も確かにあるのも事実ですが、今までそのことに取り組んでいなければ当然です。しかしながら、それを実行すべきです。そして、それは、当然のごとく財源も同様です。そして国が地域に委譲するとき、国の行政窓口は縦割りの解消が絶対不可欠です。縦割りを解消する方法の一つとして公務員の一括採用が考えられます。
予算執行について、国も地方自治体も予算イコール決算という現状があります。行政執行も同様ですが、事後チェック型に改めるべきです。国においては予算執行に対し、会計検査院という独立した機関によってある程度のチェックができておりますが、行政執行に対しても、行政監察を分離独立させ、より権限を持たせチェック機能を確立させることが必要であると思います。その報告も議会報告、官報掲載ということだけではなく、もっと国民に分かり易く情報を公開することを望みます。それを地方においても行うことによって、その地域に住む住民にとってより身近な行政サービスを通して税金の使われ方など、行政に対して関心を持つことにつながるでしょう。また、業務委譲したり縦割りを解消しても、そこにある権力に対して利権がつきまとうのも事実です。改めて、政治家、公務員に対する倫理規定とより明確な罰則規定を確立することも必要です。
省庁の再編成について、現在のところ特殊法人の整理統廃合が議論の対象となっておりますが、前述のとおり地域を視点においた中で、国家として機能させるべきものを最小限にとどめ、その上で省庁、特殊法人を含め、再編という概念ではなく、いったん白紙の状態から新たな省庁を作るくらいの気持ちで取り組むべきだと思います。そのことによって公務員の数も減るでしょう。規制緩和による大競争時代に突入し職を失う人も出てくるでしょう。大きな改革を断行するときには、一時的な歪みが生じることはやむを得ないと思います。また、歪みのない平らなものでは改革にはなりません。しかし、その歪みも最小限に押さえるために、時限立法などにより一時的な救済処置も必要であると思います。そこで、一人でも多くの国民に改革の重要性を理解してもらうためには、国家としての明確なビジョンを分かりやすく提示することです。現在、これらの改革によって将来どんな国に、どんな暮らしになるのか、ということを。メリットとデメリットを。具体的に、分かり易く。役所の使う意味難解な言葉ではなく、小学生でも理解できるような言葉で分かり易くすることが必要です。国家としての広報専用メディアを持つことも必要ではないでしょうか。
改革はその時代によって見直しもあるかと思います。時代の変化に即座に対応すること、危機管理体制など、官邸機能を強化すべきです。官邸機能の強化の方法の一つとして首相公選制があると思います。1年間で何人もの首相が交代、政権が変わったり、1年や2年で本当に責任ある国家運営が可能でしょうか。直接、選ばれたリーダーとして強い指導力のもと国家の諸問題に取り組むことができます。その反面、常に国民のチェックも受けることになります。そして、選ぶ側、すなわち国民も政治、行政に対して関心が高まり、選ぶ方の責任、すなわち自己責任の意識も醸成されてくるものと思われます。
戦後1981年より本格的な行政改革について議論を重ね実行されておりますが、このたびの6つの改革を必ず実行していただきたいと思います。
以上
消費者の立場から以下の二点について意見発表する。
第一は、食品の安全をめぐる行政の縦割り排除についてである。
その一つは、消費者の関心が強い食品の安全の確保については、厚生省、農林省など縦割り行政の弊害がともすれば現れがちであることである。
例えば、食品の期限表示は、5日以内の消費が適当(消費期限表示)な食品以外の相当長期に保存がきく食品は、賞味期限、品質保持期限のどちらでもよいことになっており、統一されていない。
このため、消費者に混乱を招いているが、これは、「賞味期限」を主張した農水省と「品質保持期限」を主張した厚生省との折り合いがつかなかったためと言われている。消費者の混乱解消のためには、分かりやすい「品質保持期限」に早く統一してほしい。また、消費期限表示には製造年月日表示の併記を認めて欲しい。
また、食品の安全基準は国際的に統一される方向にあり、WTO(世界貿易機構)下のコーデックス委員会(食品安全規格委員会)の役割が重大になっている。CI(世界消費者機構)は各国に、消費者を参加させた国内コーデックス委員会をつくるよう呼び掛けているが、日本ではまだ出来ていない。この委員会を早く設置し、縦割りを超えて国が食品行政を一本化し、その声を世界に伝えるべきと考えるが、この点についても諸外国に比し日本は遅れていると思う。
第二は、国民生活庁をつくるなどして、消費者行政の一元化を図って欲しい。
国の消費者行政は、経済企画庁が窓口になっているが、実態は、上述のとおり、厚生省や農水省等が実権を握り、生産者や業界の立場が先行し、必ずしも消費者は重視されていない。この際、思い切って産業保護などの部門を整理し、代わって、消費者行政について総合調整機能を有する例えば、国民生活庁といった組織を設置し、消費者行政の充実・強化を図るべきと考える。
以上
我が国の農業は、担い手の喪失・弱体化を余儀なくされるとともに、洪水のような輸入農産物に「食」の供給の場を奪われてきた。
結果、食糧自給率はたったの42%。
農業の衰退はまた、一連の農業環境問題も引き起こしている。耕作放棄地の増大、食の安全性に対する不安、農村社会の崩壊など。
しかし、今こそ農業を国民的視野に立って、再生すべきではないか。
1)耕作地の利用権、所有権については、国民に食を供給するための公共的財産として有効かつ計画的に利用できる制度、仕組みを考える必要がある。
○ 離農者への農地所有を優遇しない。
2)補助金行政を中心にした中央集権ではなく、主体性と自己責任の原則に基づく地域づくり。
○ 役場・農協・農業委員会・普及センターのそれぞれの機能を一つにまとめる。
3)国土の維持・保全など環境にかかわる問題と農業の在り方、農法、農業技術、農業経営、生活様式などとの関連をどのようにとらえるか。
○ 農業が環境の破壊者になっていないか。
4)食の安全とコストという矛盾を市場と、非市場のメカニズムのバランスによって成立させ得ることができるような方策がないものか。
○ 有機農産物の適切な評価。
今、「農業基本法」を本当に必要としているのは農村、農家と言うより都市や都市住民かもしれない。
最後に、国家に力を与え、耕している土地に価値を与えるのは、そこに住む個々人の体力や気力に他ならない。土地の価値は、そこに住む人の価値によって決まる。
以上