東アジア社会保障担当閣僚会議における橋本内閣総理大臣基調演説

平成八年十二月五日 沖縄県宜野湾市沖縄コンベンションセンター


議長、そして
各国閣僚及び代表の皆様、そして
ご列席の皆さん、
本日、東アジア社会保障担当閣僚会議の開催に当たり冒頭お話をさせて頂きますことを、私は大変大きな喜びとして、私からも、ご参加を頂いた皆様に改めて心より歓迎したいと思います。

(世界福祉構想と東アジア社会保障担当閣僚会議)
本年6月のリヨン・サミットの場で、私は、「世界福祉構想」を提唱いたしました。これは、各国が社会保障の分野での知恵と経験を分かち合うことによって、お互いがより良い社会を築き次の世代に引き継いでいけるように貢献しあえるのではないか、そうした考え方に基づいています。本日の会議は、この構想の東アジアにおける具体的な実践の第一歩として、大きな期待と希望を込めて、ここ沖縄での開催を準備してまいりました。
今、私が「世界福祉構想」と日本語で申し上げましたときに、英語の同時通訳では、ケアリング・ワールドという表現が用いられたと思います。本日の会議名も、英語ではケアリングという言葉を用いています。これは、社会保障について私なりにとらえているところの真髄というものを外国の方にお伝えするための一つの試みです。即ち、相互の自立を尊重し合いながら、かつ互いに気遣い合う、ケアリングという英訳には、そのような意味を込めております。

(社会保障と国際的な経験交流の意義)
人生には、病気や心身の障害、また年をとって働けなくなり収入の途がと絶えるなど、様々な困難が起こり得ます。これは人類共通の厳しい現実です。しかし、私達は、そのようなお互いの困難を社会全体で気遣いあい、担いあう仕組みというものを前の世代から受け継いでおり、また様々な課題を乗り越えて次の世代に引き継げるように努力をしている最中です。その仕組みが社会保障制度です。もとよりこれは、もたれあうことを意味するものではありません。個人の尊厳と自立・自助努力を縦軸として確立した上で、社会連帯の精神を横軸に据えて構築していく、これが社会保障の根本だと思います。
なお、日本で社会保障という場合、年金や医療保険、雇用保険などに限らず、生活保護、医療・福祉サービス、公衆衛生や環境衛生など幅広い領域を包含しています。広く国民に健やかで安心できる生活を保障する、そうした大きな目標で貫かれているものとして、一つの括り方でとらえているものです。また、教育も社会保障の目的達成に大変重要な要素であります。
社会保障の具体的なあり方は、国民文化、家族形態や都市化、産業構造などの社会経済状況、また高齢化の動向等に深く関わるために、国によって似ている点もあれば違っている点もありましょう。例えば医療や年金をこれから拡大しようとしておられる国もあれば、既に国民経済の中で社会保障が大きな比重を占めて、苦しみながら大胆な改革を進めておられる国もあると思います。しかし、目前の課題には違いがあるとしても、自立と社会連帯という座標軸に立っていかにより良い仕組みを作り上げるかという点で、極めて普遍性の高い領域であり、国際的な経験交流に大きな意義があると考えております。今回の会議では、このような認識に基づいて、私達の経験をお伝えするとともに、皆様のご経験からお互いに学び合っていきたい、そのように考えています。

(日本の社会保障の歩みと分析の視点)
日本の経験の具体的内容については、私の考えを関係の各省庁に示して、今回配布をさせて頂いた「日本の社会保障の歩み」をとりまとめさせました。私からは、まず、この歩みに考察を加える際の一つの視点をご提示させて頂きたいと思います。
様々な分析の角度がありますが、国政という立場から言えば、人間が社会連帯の精神に立って作り上げていく営みである社会保障を、様々な担い手がどのように連帯して取り組むべきか、そうした視点があります。言い換えれば、公的部門と私的部門がどのように組み合わせられながら厚みのある社会保障を構築していくのか、この点が重要な着眼点として浮かび上がってきます。
日本の公的部門には、国、47の都道府県、3232の市町村などの異なる主体があり、民間部門にも、個人から始まって、家族、地域社会、企業など様々な主体が含まれています。これらの多岐にわたる活動主体が組み合わさり力を発揮します。時代毎、分野毎、国毎に、組み合わせは異なります。自分の国の経験であれ、他国の経験であれ、このような事情に思いをいたしながら考察を加えていくことにより、将来の政策展開に関して、何らかの手がかりを得られるのではないでしょうか。

(公衆衛生・環境衛生)
このような視点を念頭におきながら、まず日本の公衆衛生・環境衛生の分野について振り返ると、公的部門が先頭に立って走りながら、地域住民も積極的に関与して、大きな成果をあげてきました。
50年前には、劣悪な衛生状態の中で、コレラ、腸チフス、赤痢などの急性伝染病、寄生虫病、そして国民病とも言われた結核などの様々の疾病の患者発生率は非常に高く、1945年の人口10万人当たりの罹患率でみて、赤痢は134.0、腸チフスは80.5に上っていました。また乳児死亡率も、1947年の出生千人当たりで76.7と、高率でありました。その後、60年代の頃から、急性伝染病の罹患率が急速に低下するなど、これらの問題は著しく改善しました。
この背景には、確かに、経済成長により一般的な栄養状態や住環境などが向上したことがあるでしょう。同時に、検診、予防接種、保健教育などの各種の施策につき、国がリーダーシップをとり全国的な事業展開を行ってきたことが大きな原因でした。これらを担う行政組織として、保健所という専門機関を全国の都道府県に合計約800箇所設置し、国の指導下での衛生活動の拠点といたしました。また、これらの活動を担う人材を養成する、あるいは学校給食や農村の生活環境の改善、例えば「かまど改善」を進めるなど、国のイニシアティブによるシステムづくりを進めたのでございます。
ここで注意することは、この過程は地域住民の積極的かつ自発的な参加と協力によって支えられていた、ということです。住民参加が不可欠であることは、昨日多くの皆様にご覧を頂いた映画「孤島の太陽」の例でも明らかですが、他の例をあげれば、1950年頃に、害虫やねずみなどの駆除のための地域活動が住民の自主的活動として始まりました。この活動は、その後本格化し、国が地方公共団体と協力をして「蚊とハエのない生活実践運動」として全国に展開していったのです。
また、飲み水を介して感染する水系の消化器伝染病との戦いにおいては、水道整備が大きな効果を発揮しました。日本の水道普及率は1955年以降の20年間にめざましく上昇し、3割程度から8割以上へと大幅に改善をしました。この間、特に、簡易水道、即ち給水人口5000人以下の小規模水道に対する国庫補助の導入を通じて、農山漁村にも水道普及が進み、これと呼応して感染症は大きく減少してきたのです。
なお、近年、一時は完全に制圧してきた、そう考えていた感染症が再び勃興したり、新たな感染症が発生するなど、いわゆる新興・再興感染症の問題が、世界的な大問題になっています。日本でも、例えば、今年、大腸菌O−157の患者が大量発生するという経験をしました。また、薬剤耐性菌の発生も問題となるなど、人類は国境を越えて移動する微生物の反撃に直面をしています。こうした事例は、我々に、感染症は克服したというおごりがあったのではないかと反省を促しています。今後、原点に立ち返って対策を進めると同時に、国際的な連携をさらに強化して対応していかなければならない分野だと考えています。

(国民皆年金・皆保険)
次に、日本の社会保障制度の基本骨格ともいうべき、生活保護制度と国民皆年金・国民皆保険の体制について述べたいと思います。
貧困との戦いという文脈において、日本は、半世紀前の大変厳しい時期に、対象者を限定していた従来の救護制度を抜本的に改めて、生活保護制度を創設しました。これは貧困に陥った人に対して無差別平等に緊急援助を行う仕組みであり、社会保障制度体系の中で最後の拠り所ともいうべきものとして、公的部門、特に国が重い責任を負っています。
この基盤の上に、1961年には、全国民が社会保険方式による年金保険と医療保険に加入する体制を実現するにいたりました。この国民皆年金・皆保険体制の確立こそ、今日の日本の長寿社会を築いた最大の貢献要因の一つであったと考えています。
まず、公的年金制度についてみると、当初は被用者から制度化が進みましたが、1961年に自営業、農業などに従事する人々も国民年金という名称の公的年金制度の対象として、皆年金体制を整備するにいたりました。
公的年金は、現在では、高齢者所帯の平均的な所得の55%以上を占めるなど、老後の所得保障の主柱として大きな役割を果たしております。このしっかりとした基盤の上に、企業年金などの上乗せ制度があり、さらに個人年金や貯蓄をこれに重ねて老後の所得保障体系を構築するという公民の組合わせを採用しています。
この公的年金制度を、急速な高齢化と少子化の進行の中で、いかに長期的に安定したものとして次の世代に受け継いでいくかが現在の私達の大きな課題であります。現在、高齢者1人は働く世代5人弱で支えられておりますが、20年後の2015年になりますとその半分の2.5人で支えなければならなくなります。公的年金の役割が老後生活の基本部分を確実に支える点にあることを踏まえると同時に、将来の現役世代の負担が過重なものとならないよう給付と負担の適正化、公私の適切な組み合わせを検討するなど、そうした取組みが必要になっています。
そしてこの少子高齢化、この進展は、社会全体の仕組みの変革を必要とする基本的な変化といえます。わずか60年程前の時点では日本人の平均寿命は男女とも50歳に満ちませんでした。しかし、その後、特に初期には乳幼児死亡率の低下が強く寄与したわけですが、様々な要因によって日本人の平均寿命は大きく伸び、いわゆる人生80年時代というものを迎えています。このような変化の下で、例えば一、二世代前の65歳と、今日の65歳の方とでは、その位置づけは大変大きく異なっております。被用者年金制度でも、一昨年、年金の支給開始年齢を段階的に引き上げていくことにしました。同時に、定年制のあり方やいわゆる部分就労など、就労と退職の境界の問題を探ると同時に、引退後も様々な形での社会参加を果たしながら、生き甲斐をもって生き抜ける社会としていくことが今求められていると考えております。
次に、医療保険制度についてみると、皆保険の実現によって、国民は、貧富の差に関わらず、医療費負担というものをあまり気にしないで、保険証一枚で誰でもいつでも全国どこの医療機関でも受診できることになりました。また、医療費のうち患者の自己負担の割合は平均で2割未満と低く押さえられております。これによって、医療へのアクセスが保障され、治療費のために貧困に陥るという不安は解消されるとともに、健康水準の向上に資するところは大であったと考えられます。
ただし、その反面、コスト意識の希薄化が、はしご受診とか、あるいは過剰な薬剤の投与とか、検査などに象徴される日本の医療の非効率性につながっているのではないかという懸念もあります。医療提供体制の面でも、かかりつけ医と専門病院、急性期と慢性期の医療などに応じた医療機関の機能分化が不十分であること、へき地と都市部での格差が大きいことなどの課題が残っています。また、入院中心の医療に比重がおかれて、入院の長期化や、主として介護のサービスを必要とする人が継続して長期入院していることなどの問題が生じている一方、在宅医療や訪問看護の活動が不十分という問題もあります。高齢化の進展に伴って医療費の増大が今後とも見込まれる中で、構造的な赤字体質に陥っている医療保険の現状を直視しながら、医療機関の機能を明確化し体系化を進めるとともに、医療保険における給付の重点化と負担の公平化を図っていくことが今大きな課題となっております。
なお、医療の関連で薬害の問題にも触れたいと思います。科学の粋を集めた知識集約製品とでも言えるような医薬品、これは人類と疾病との戦いにおいて、なくてはならない重要な道具でありますが、一方でサリドマイド事件、スモン事件、さらには近年の非加熱血液製剤事件と、大きな被害をもたらした事件があったことは痛恨の極みです。再発防止に向けて、治験から承認審査、副作用情報の収集分析等にいたる各段階の体制の強化に今取り組んでいます。

(医療・福祉サービス)
次に、医療や福祉のサービス提供体制における公民の関係をみてみましょう。
医療サービスでは、現在、日本の病院病床総数に占める民間部門の比率は約7割と、民間が大半を占めております。国立病院・療養所の病床数の比率は全体の5%程度で、その担うべき役割は質的に高度な医療、専門的な医療、広域的な医療などであり、これを適切に果たすため、現在、その国立病院・療養所の再編成を推進しています。
福祉サービスでは、身体障害者福祉や老人福祉のいずれの分野においても、施設サービスが当初主力でした。その費用は基本的には税金でまかなわれる仕組みです。これらの施設は、この半世紀の歩みの中で、当初は公立を中心としていましたが、その後、民間立の割合が次第に増えてきています。これらの民間立施設は非営利が主体ですが、今後は、さらに多様な国民の需要に応えられるよう、民間事業者の積極的な参入が求められています。
なお、福祉サービスでも、施設中心の展開を図ってきたことは、時代の要請であったとはいいながら、結果として今大きなゆがみをもたらしている、そう考えています。一例をあげますと、日本ではかつて各地で障害者のための大規模な居住施設が作られました。これは入所している方々の地域社会とのつながりを弱める方向に働いたのではないだろうか、そうした批判があります。心身の障害があったとしても、それを社会参加の妨げとしないための様々な施策を講じ、可能な限り自立を支援し社会参加を促進していくことが基本ではないでしょうか。人間社会には病気や障害のある人も常に存在していることがむしろ自然なことだという認識の下に、お互いに排除するのではなく、共に生きる地域社会を築いていくことが求められています。そのためには、心の中の壁を取り除くことも重要であり、教育の役割に大きく期待しなければなりませんが、物理的にも、建物や交通機関自体をできるだけ障害者にとっても障壁のないものにしていく、また福祉機器などの開発普及の支援といった施策も推進する必要があります。
これは高齢者福祉でも同様であり、今後は、できるだけ住み慣れた家庭や地域で自立した生活が送れることを重視するという観点に立って、在宅サービスの一層の拡充をはかりながら、在宅と施設のバランスのとれたサービス体制を整備することが大切です。

(当面する課題と方向)
最後に、日本の社会保障の当面する課題と今後の方向について触れたいと思います。日本で社会保障が国民経済に占める比重は高まっており、多くの局面で社会・経済に大きな影響を及ぼしております。社会保障給付費の国民所得比でみると、1994年度には16.21%にのぼっておりますが、高齢化の進展とともにこれは今後上昇を続け、現行の制度のままで推移した場合に、西暦2025年度には30%を上回ることが予測されています。
このような中で、極めて大きな課題は、低経済成長の下で、少子高齢化の進展に対応するために、給付と負担の関係を見直していくことであると考えております。
また、医療や福祉のサービスについては、情報開示を進めながら、利用者自身が良質なサービスを適正な費用で自由に選択できる、利用者本位の仕組みを整備する必要があります。その上で、サービス提供者間の競争を活性化させるなど、効果的で効率的な提供体制を築き、国民の社会保障制度に対する信頼を確保しながら、必要な改革を行っていかなければなりません。
このような考え方からも、地方分権を進めて、住民に身近な行政は住民に最も近い自治体である市町村をより重視するとともに、規制緩和を進めて民間活力の一層の導入を促進する必要があると考えています。
また、高齢化と家族形態の変化などを通じて明らかになってきた高齢者介護の問題についても、こうした観点に立って、介護を受ける方が自由にサービスを選択し、できるだけ自立した生活ができることを目指しながら、民間の創意工夫を最大限に活用しながら保健、医療、福祉にわたるサービスを一体的に提供できる仕組みに再編成していく必要があります。このため、介護保険制度を導入する関係法案を先月末に国会に提出をしたところであります。介護保険制度の創設は、医療、年金、福祉を通じた横断的な見直しを行って、21世紀にふさわしい社会保障を実現する契機でもあり、社会保障構造改革の具体化の第一歩であると言うことが申せましょう。

(社会保障分野の国際協力への取組み)
さて、社会保障について述べるにあたって、私は、個人の自立と社会連帯が軸である、そう申し上げました。この個人を各国におきかえれば、各国同士の関係についても同じことが言えると思います。
振り返れば、日本が、この50年の間に経済の基盤を築いてきた道のりにおいて、一人一人の国民の計り知れない努力がありましたが、同時に世界銀行から多額の援助を得てインフラ整備などを行うことができたという事実があります。特に、この社会保障の分野においても、半世紀前には、厳しい衛生状態、食料事情の中で、多くの子供達は栄養失調と病気に苦しんでおり、日本政府の保健・衛生分野での自助努力と並行して、国連児童基金―ユニセフ―からの資金援助を頂いていた他に、国際NGOからも援助を受けておりました。
このような視点からも、私は、世界福祉構想の具体化の一環として、国際協力も重要な柱の一つだと考えています。世界の人々の生活の向上を目指し、保健医療や生活環境の改善、これらの担い手づくりを含めて、広い意味での社会保障分野の開発援助に私達は今、積極的に取り組んでいきたいと考えております。

(おわりに)
以上、皆様が本日の引き続くプログラムに参加されるに際してのいわばリードオフとなることを願いながら、様々な担い手がどのように力を合わせ、社会連帯の仕組みを作り上げていくべきかという問題の意識から社会保障の歩みを考察する視点などについて述べさせて頂きました。しかし、もとより社会保障はたいへん幅の広い分野であり、またこれまでの歩みは長期間にわたる奥行きのある経験です。したがって、さらに多様な視点から見ていくことによって、一層お互いに参考になることを見いだしていけるに相違ないと思います。
私は、社会保障こそ、私達が人間の尊厳を守り、自助自立の考え方に立って生き抜いていくことを社会連帯の精神で支援していく人類の英知であると確信しています。障害の有無などに関わらず、誰もが人として尊厳をもって生き抜くことができるように支援をしていく。この社会保障の基本理念を実現していくために、公的部門がその役割を果たすとともに、あわせて競争原理の長所を持つ民間部門と適切に組み合わせながら、この人類の財産を世界各国がそれぞれに守り育てていくことが大切なことだと思います。そのためにも、この分野での国際的な知恵と経験の交流の一層の拡充が求められていると考え、世界福祉構想を提唱するにいたりました。来年のデンバー・サミットやOECDなどの国際的な場所においても取り上げていくテーマとしたいと考えておりますが、本日ここ沖縄の地で始められる歩みが、今後一層発展していくことにも強い期待を寄せております。
最後に、本日のこの後のプログラムの成功をお祈りをし、あわせて遠路からのご参加に改めてお礼を申し上げるとともに、会議開催に惜しみないご協力を頂きました知事はじめ沖縄県民の皆様方にも、厚く御礼申し上げます。

ありがとうございました。