本日十一月二十一日は、昭和四十四年の佐藤総理とニクソン米国大統領の共同声明により、沖縄の本土復帰が決定した記念すべき日であります。沖縄の方々を含めた国民の全体の悲願でありましたこの歴史的事業が実現した背後には、揺るぎない日米間の信頼のきずなと、これに携わった日米両国の関係者の平和と安定に対する永続した熱意があったものと理解しております。ここに改めて、当時御尽力をいただいた諸先達に心から感謝申し上げたいと思います。
一方、こうした歴史の変化の根底に、美しい自然と文化にはぐくまれた、平和で豊かな沖縄を希求する沖縄県民の皆様の絶ゆまざる努力とエネルギーが、過去幾多の試練に耐え、脈々と流れていることを忘れてはなりません。この流れは、一木一草に至るまで焼き尽くした沖縄戦の焼け跡から人々を立ち上がらせ、本土復帰を実現し、その後の沖縄の発展の大きな原動力となりました。本土復帰後の沖縄経済は、着実な発展をしてきております。政府は、こうした沖縄の発展を支援するため、法制を整備し、三次にわたる沖縄振興開発計画を策定して、様々な事業を展開してまいりました。その結果、この二十五年を振り返ると、社会資本の整備や、経済水準の向上に多くの成果が挙がっております。しかし、もちろん未だ解決すべき問題も少なからず残っております。
私は、「対馬丸事件」の援護事業をきっかけとして若い頃から沖縄に関わり、また政治家としても、「沖縄の復帰なくして戦後は終わらない」と語った佐藤総理に学んでまいりました。そして、昨年一月に総理に就任してからは、沖縄に係る諸問題を国政の最重要課題として、先頭に立って取り組んでまいりました。本土復帰後四半世紀を経て、沖縄のあり方をめぐっては、今また真剣な議論と取組が求められております。次の四半世紀は、二十一世紀の沖縄の発展のために新たな展望を切り開いていかなければなりません。本日の記念式典につきましては、そうした沖縄の力強い新たな出発点を記念する特別の意味も込めて、これを開催することといたしました。
沖縄における米軍施設、区域の整理・統合・縮小は今後とも着実に取り組んでまいります。
昨年十二月には、日米両国が最大限の努力を払った結果、普天間飛行場を始め米軍施設・区域の約二十一パーセントの返還等を内容とした「沖縄に関する特別行動委員会(SACO)」最終報告が合意されました。これを的確かつ迅速に実施することが、沖縄の負担を一日も早く軽減する最も確実な道であり、今後ともその実現に向けて、関係各位の御協力を得つつ、全力を挙げて取り組んでまいります。
その中でも最重要の課題は、普天間飛行場の返還とその代替施設の建設であります。大田知事との最初の会談で、市街地の中に存在する普天間飛行場の危険性に関し知事の強い懸念を伺い、私はそうした状況を一刻も早く解消すべきであると考え、直後のクリントン米大統領との首脳会談でこれを提起し、昨年四月、合意に至ったものであります。安全、騒音、自然環境などを考慮し、現時点における最善の選択肢として、普天間飛行場より規模を大幅に縮小し、必要が無くなった場合には撤去できる海上ヘリポート基本案を、先般、地元の皆様に提示いたしました。
普天間飛行場の返還を一日も早く実現したいという思いと、日米安全保障体制の必要性を考慮し、ぎりぎりの現実的な選択肢として、海上ヘリポート案を提示したものであり、是非、沖縄県民、とりわけ受入先となる地元の皆様にはこの趣旨を御理解いただきたく、お願い申し上げるものであります。
また、先に梶山前官房長官の下で設置された、いわゆる島田懇談会においても、市町村から広範な要望が出されております。逐次予算化を図ってきているところでありますが、さらに地域発展に資する施策を地元とともに考えてまいります。
戦後五十年を経た今日、アジアにおいては、市場経済化への大きな改革の波が押し寄せております。この大競争の時代において、経済構造改革の推進が、我が国全体にとっても必須の命題となる中で、沖縄にあっても、国際的視野のなかで、経済自立化に向けた民需主導型経済への円滑な移行が課題となっております。
以上のような情勢認識に立って、沖縄の持つ地理的、文化的特性と、かって万国津梁(ばんこくしんりょう)の精神のもとでアジアに大交易時代を築いた県民特性を活かし、二十一世紀の沖縄の発展のあり方を追求してまいります。このため、基本的なアプローチとして、第一に、加工交易型産業の振興、第二に、観光・リゾート産業の新たな展開、第三に、国際的なネットワーク化を目指した情報通信産業の育成、第四に、これらを育む国際的な研究技術交流の四点を重視したいと考えます。
こうしたアプローチから、政府として次に申し上げる五点の沖縄経済振興策を講じてまいりたいと考えます。まず第一に、国際的な産業交流が活発に展開されることを期して、新たに特別の自由貿易地域制度を設けることとし、その地域に設立される法人の地域内で生じた所得につき、相当程度、税負担を軽減する措置を講じることといたします。
第二に、これまでの工業等開発地区などとともに、新たに地域や事業者を特定して、中小ベンチャー企業、観光産業及び情報通信産業について、沖縄経済の発展に資する内外の投資を促進する観点から、所要の税制措置を講ずることといたします。また、ビジネスサポート機能の強化などソフト面の施策についてもその充実を図りたいと考えます。
第三に、観光・リゾート対策の一環として、沖縄型のデューティーフリーショップの設置を支援するとともに、かねてより懸案とされていた査証手続の簡素化・合理化を図ってまいります。
第四に、こうした経済振興の側面支援措置として、通信、空港、港湾等インフラの効率的かつ効果的な整備、亜熱帯特性を活かした研究開発及びアジア・太平洋諸国との交流を加速化させるために、先般の沖縄・ハワイ会合が先導的に示したような国際交流拠点沖縄の形成を積極的に支援してまいりたいと考えます。
第五の観点として、以上のような対策が所期の成果を挙げるうえにおいても、人材の育成こそが百年の計として重視されなければなりません。国立高等専門学校の設置、沖縄職業能力開発短期大学校の大学校化を着実に実現するとともに、さらなる対応について検討を加えてまいりたいと考えます。
沖縄の地域振興を考えるに当たり、県土の均衡ある発展に目を向ける必要があります。豊かな自然を有し、大いなる発展の潜在的可能性を有する北部地域の振興は、政府にとっても積極的に取り組むべき課題であります。市街地再開発、港湾などの基盤インフラ整備や、女性の社会参加への支援、北部の水と緑と観光の地域づくりの促進などが重要な課題であり、地元とご相談しながら真剣に検討を進めてまいりたいと考えております。
以上のような考え方を骨子として、沖縄経済振興のあり方についてさらに検討を深め、来春を目途に、沖縄経済自立化に向けて重点的施策の具体的体系化を図り、仮称ではありますが、「沖縄経済振興二十一世紀プラン」をとりまとめたいと考えます。新しい全国総合開発計画においても今後の沖縄振興の基本的方向を明らかにしてまいりたいと考えます。また、二十一世紀に開始される中央省庁の改編においても、沖縄の重要性に鑑み、沖縄振興に係る特命担当大臣を置き、予算の一括計上を認めることといたします。
二十一世紀の沖縄のあり方を考える上で、私は、八月に当地を訪れた際に、沖縄の美しい自然や今も躍動する独自の伝統文化、広がりと包容力を持った優しい気風などについて、これらは、本土にはない、あるいは失われつつある文化と言えるのではないかと申し上げました。そしてこうした文化を大切にし、経済の発展や産業の振興と調和していくことは、これからの二十一世紀の社会を考えていく上で、非常に重要なことだと考えます。
今、沖縄は、その地理的特性と国際交流の歴史的伝統に根ざし、開かれた交流と世界への貢献を目指して発展していかれる道を選択しようとしています。他を排斥する文化ではなく、他を包容する文化を育て、自他の交流を通じて自らも発展し、豊かになるあり方。それは、沖縄県民の平和と発展を希求する努力とエネルギーに根ざす道であろうと思います。私は、この道筋が決して容易なものであるとは思いません。次の二十五年は、発展の希望に満ちたものであると同時に、また、乗り越えなければならない幾多の試練を抱えているでしょう。しかし、この沖縄の挑戦が、やがて沖縄独自の価値を生み出し、それが、日本の社会、経済、文化の不可分の特色として、日本全体を豊かにしていくことを期待し、またそのお手伝いをさせていただこうと思っております。
今日、沖縄が様々な形で議論されることにより、私たちは、かつて無いほどにお互いのことをよく知り、理解するようになってきたのではないかと思います。ここに芽生えた信頼のきずなを、二十一世紀に向けて益々強固なものとしていかなければなりません。そして、こうした信頼のきずなで結ばれた国民全体が、希望に満ちた明日の沖縄を、一緒に作り上げていく決意を、本日の式典により改めて確認したいと思います。そうした意味で、本日は、単に過去の二十五年を振り返るのみではなく、未来に向けて、意義深い、重要な一歩を記すものであることを確信し、沖縄の今後の力強い発展を重ねて祈りながら私の式辞といたします。
平成九年十一月二十一日