平成九年十二月二十五日(木)
本日は、経済団体連合会第五十一回評議員会にお招きいただき、ありがとうございます。経済界を代表される皆様がお集まりの機会に、今日の最大の課題である金融システム安定化と経済対策について、私の考えを申し上げたいと思います。
私は、昨年の秋以来、行政、財政構造、社会保障、経済構造、金融システム、そして教育の六つの改革を総合的にやり抜いていきたいと訴えてまいりました。
これは、高齢化に伴う人口構造の変化が、社会保障のみならず、我が国の経済社会の在り方に大きな影響を及ぼす、加えて、少子化という現象、さらには、いわゆる東西対立の終焉などに伴い、経済のグローバル化、ボーダレス化が進み、企業が国を選ぶ時代になっている。
そのような中で、我が国が従来のシステムをそのままにしていたら、日本は、世界の流れに取り残されてしまうのではないかという危機感でありました。
私どもの次の世代、さらには、次の世代に、少しでも良い、この国を引き継ぎたい、そのためには、産みの苦しみに耐えながら、六つの構造改革を断固として実行していく考えであります。
同時に、構造改革を円滑に実施していくためには、当面する金融システムの安定と景気の回復に向けて、目に見える対策をひとつひとつ講じていかなければなりません。
金融システムの安定と円滑な資金供給のためには、大きく分けて、二つの対策を実行することといたしました。
第一に、金融システム安定化のための緊急対策です。この秋、金融機関の破錠が相次いで発生するという状況の下で、我が国の金融の機能に対する内外の信頼が低下いたしました。金融の根本は信用であります。それを断固として守らなければなりません。そこで、時限的な緊急の特例措置として預金保険機構に、これまでの勘定に加え、金融危機管理勘定を設けます。特別勘定は、破錠金融機関の処理のための勘定であり、不良債権の買取りなどを行います。金融危機管理勘定は、そこに置く基金を用いて、金融機関の優先株などの取得を行います。金融機関の信頼の最後の拠り所である自己資本の充実をするためです。これは、破錠金融機関を引き受けるいわゆる受皿金融機関の他、きちんとした銀行を対象としたものです。対象となる銀行自体のためではなく、金融システムの安定を目的としております。それだからこそ、きちんとした銀行を対象としているのです。いわば、銀行と政府が協力して金融に対する信頼の低下という状況を克服する旨の強い意思を宣言するものといえましょう。
以上のような対策のために、十兆円の国債と二十兆円の政府保証、合わせて三十兆円の資金を活用することができるようにいたします。我が国の金融システムの信用の確保と預金者の保護には、文字通り万全を期さねばならないとの考えから、この対策を行うことにしたものであります。皆様に安心していただきたいと思います。
昨日、党から立派な提言をいただきましたので、政府として、早急に法案を作成し、通常国会に提出します。大蔵省で大臣以下直ちに取りかかってもらいます。
第二に、現下の貸し渋りという問題があります。これは、金融システムの安定確保により解決されるものですが、即効的に、かつ、直接に問題に対処するために、二つの対策を行います。一つは、政府系金融機関の活用です。いわゆる貸し渋りによって、民間の金融機関から貸し付けを受けにくくなった中小企業、中堅企業に対して、日本開発銀行を含め、政府系の金融機関が貸付けを行います。平成九年度分の十二兆円と、平成十年度分の十一兆円を合わせ、二十三兆円の資金を用意します。二つ目は、民間金融機関の融資対応力の確保であります。来年四月に導入が予定されている早期是正措置などに備えた自己資本比率引き上げの動きが、いわゆる貸し渋りにつながっているとの見方を踏まえ、早期是正措置の弾力的運用や自己資本比率向上のため、措置をとることといたしました。勿論、国際的に活動する銀行については、BISの合意を守ることは当然であります。
これらの措置により、健全な経営を行っている企業は、必要な資金を供給されるものと考えております。
また、金融・資本市場の究極的な安定化対策は、我が国経済を回復軌道に乗せることであると考えております。政府としては、企業・消費者の経済に対する信頼感を回復し、景気の先行き不透明感を払拭するため、十一月には、大規模な規制緩和パッケージを中心とした緊急経済対策を発表しました。しかし、先週クアラルンプールにASEAN非公式首脳会談に出席したおりに、アセアンプラス1やアセアンプラス3での意見交換や議論を通じ、アジアの経済状況が、思いの外に深刻であることを痛感し、二兆円の特別減税を行うことを決心いたしました。今、我が国の世界における責任ある立場を踏まえれば、我が国発の金融恐慌・世界恐慌の引き金は絶対に引いてはならないという思い、我が国が先頭となって雁行し、成長してきたアジア経済という歴史と現実を踏まえれば、アジアのリーダー国として責任を果たさねばならないという思い、これらをクアラルンプールで二日間、考えに考え抜いた結果、二兆円の特別減税を決断した次第です。こうした私の景気回復に向けた決意、また法人税の実質減税、有価証券取引税の税率半減、地価税の課税停止などを内容とする平成十年度税制改正、さらには先ほどの金融システム安定化対策などの全てが相乗効果をもって、我が国経済の回復基調を力強いものとすることができると確信しております。
我が国経済が民需主導による内需中心の成長を続けていくためには、こうした短期的な対策に加え、中長期的な構造改革も着実に進めていかなければなりません。バブル崩壊以降、低成長が続き、倒産も相次ぎ、八十年代後半には世界から羨望されていた我が国経済システムに対し、今や国民の多くが将来に不安を覚えるという事態に至ってしまいました。冒頭申し上げましたように、経済社会のシステムの大改革が必要であり、実行してまいります。ただ、誤解なきよう申し上げれば、私は、我が国経済に未来がないかの如き悲観論にはくみしません。
我が国ほど、高い教育水準と勤労モラルを有する国民はありません。我が国には、ベンチャー型人間が少ないとか、革新的技術は生まれないという巷間言われていることも、正しい理解とは思えません。先日お亡くなりになられた井深大さんや本田宗一郎さんを始め、我々の先輩の中には多くの偉大なる起業家が存在します。また、今日の先端産業たる半導体も、シリコンダイオードは一九五八年に東北大学で開発されたものですし、今日世界を席巻している米国インテル社のマイクロプロセッサーの原型となった製品の開発も、嶋正利さんの頭脳なくしてはありえなかったものです。さらに、バイオの世界でも、花形医薬品のインターフェロンは、一九四九年に東大伝染病研究所で発見されたものです。資金面でも、我が国には千二百兆円規模の個人金融資産、八千億ドルを超える対外純資産が存在しております。即ち、我が国には、経済社会を支える、ヒト、カネ、技術、の要素それぞれには非常に卓越したものが存在しており、それらは未だ失われてはいない、私はそう思っています。
その上で、今、改革が求められるのは、こうしたそれぞれの要素を結びつけるシステムであり、これを時代環境の変化に即したものとすることであります。特に、産業の空洞化に対応しながら、質の高い雇用機会を確保していくため、創造的で付加価値の高い新規産業を生み出すシステムを作り上げなければなりません。そのためには、社会全体を「企業を多く生み出す」システムへと変えていく必要があります。新規産業が生まれにくい、「一見さんお断り」の時代においては、既存の産業が可能な限り時代の変化に対応する方が、全体のコストは少なかったと言えるのかもしれません。しかし、今や、時代の変化が加速化し、既存の企業だけでは、社会全体として小回りがきかず、変化に即応するのが困難となってきています。我々としても、発想を転換し、競争を促進させ、新しくても競争力のある企業には市場で活躍することのできる社会を作り上げていかねばなりません。同時に、いままで我々の社会が、ややもすると、新規参入者に厳しい社会、一度失敗するとなかなか復帰できない社会であったことを改めていかねばなりません。
具体的には、新規事業の育成のために、ヒト、カネ、技術の各側面にわたる総合的な施策を講じていくこととしております。ヒトの面では、これまで画一的になりがちだった教育制度を見直し、創造的・個性的人材が育つように、十八歳未満の学生の入学拡大などの大学教育改革を行います。また技術の面においては、大学に埋もれている知的財産の活用促進、産学連携を進めてまいります。先ほど例にあげたシリコンダイオードもインターフェロンも我が国の大学において発明されながら、我が国企業が見向きもしなかったために、欧米企業に先に特許化され、事業化されてしまったものであります。こうした「大魚を逃す」ことのないよう、我が国の知的リソースを最大限活用し、新規事業の育成を図るべく、産学連携の促進策を講じていくこととしております。
また、我が国全体として、新規産業のみならず、既存の産業も含めて、企業経営を行う上で魅力ある事業環境を整備していかねばなりません。そのためにも、我が国が、国民生活の安全や経済の安定的な発展を実現するために導入されたはずの規制が、いつの間にか国全体として世界にも例を見ない高コスト構造というものを作り出しているという状態を改めなければなりません。このため、期限切れとなる規制緩和推進計画を引き続き策定することなどを通じ、規制緩和を強力に進めてまいります。また、企業税制についても、平成十年度改正において法人税の基本税率をアメリカの税率を下回る三十四.五%に引き下げました。引き続き検討を進めていくこととしております。
以上、時間も限られており、経済運営に対する私の考えを中心に申し上げてまいりました。
これまでも申し上げてきたと思いますが、こうした改革によって実現される経済社会は、パフォーマンスが悪ければ、容赦なく市場からその責任を問われる社会であり、今まで以上に経営者のビジョンや手腕が企業の命運を左右するものとなるでしょう。このような社会では、常に時代を先取りし、経営効率化に努め、市場に企業情報を晒していく透明性が求められます。総会屋などとのつながりを断ち切っていくことなどは無論のことであります。こうした改革が「痛み」を伴うことは十分認識しております。しかし、二十一世紀において、我々の子供や孫が豊かで安心できる暮らしを実現していくためには、我々の世代が、今、改革を決断し、痛みを分かちあいながら改革を実行しなければならない、そう私は確信しております。
我が国経済社会全体が大きな転換期を迎えた今日、経済界を代表される皆様の活動は、一層その重要性を増してきております。皆様が、これまで以上にその指導力を発揮されることを強く期待しております。
最後になりましたが、経団連の一層のご発展と会員皆様のますますのご健勝、あわせて来る平成十年が皆様にとりまして飛躍の年となることを祈念いたしまして、私のご挨拶とさせていただきます。