『日本料理』の心を世界に伝える料理人 (2017年春夏号)

小山裕久

徳島県の老舗日本料理店「青柳」に生まれる。大阪にある日本料理の名門「吉兆」で修行した後、家業を継ぎ、「青柳」3代目店主となり東京にも出店。フランスの名門ホテル、プラザ・アテネやリッツ、プリストルなどの招聘で日本料理フェアを手がけた実績と、長年の日仏食文化交流の功績を評価され、2010年にはフランス農事功労賞オフィシエを受賞。2017年2月、パリ商工会議所(CCIP)フェランディ校で、ジョエル・ロブション氏が委員長を務める戦略委員会の委員に、フランス人以外では初めて就任した。

 2013年12月、「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録された。これを契機に、ほとんど油を使わない健康的な日本料理が世界各国で注目を集めている。ヨーロッパで日本食ブームを牽引しているのはフランスだ。フランスでの日本料理の普及には、25年にわたってフランスの名門調理師学校フェランディの講習会で日本料理の真髄を伝えてきた小山裕久氏の貢献がある。彼は日本を代表する料理人の一人で、食材を美しく、おいしく切る片刃包丁の匠の技と、独創的な発想を伝統的手法で組み合わせた調理技術で知られる。

 フランスでの普及活動は1992年、フェランディで最初の日本料理講習会を開いたことから始まった。そのときの思いを小山氏は「日本の料理人たちがフランスでフランス料理の極意を学び、日本で活躍している。今度は日本の技術もフランスに伝えたいと考えた」と語る。当時、彼が日本から持ち込んだのは包丁と醤油のみ。著名シェフたちに送った講習会への招待状には「フランスの食材だけを使って、紛れもない日本料理をご覧に入れます」という文章をしたためた。まだフランスでは無名だったが、講習会場にはあふれんばかりの86人の一流シェフたちが集まった。講習会に参加したフランスを代表するパティシエ、ピエール・エルメ氏は、小山氏の包丁の技について「包丁の使い方ひとつで刺身の味がここまで変わるのか、という衝撃は生涯忘れられない」と言う。小山氏もまた、料理の世界で頂点を極めんとするシェフたちの食に対する探究心の強さに感銘を受けた。

 フランス人に日本料理の技術を伝える長年の経験は、小山氏にとっても日本料理を見つめ直す貴重な機会になった。文化も言語も異なる相手に自身の技術と心を伝えるには、ロジカルな説明が欠かせないからだ。

 フランス料理と日本料理は、ともに数世紀にわたる長い伝統のなかで調理技術を磨き上げ、伝統的な食材や器を作る職人たちとともに、芸術的な料理文化を今の時代に伝えてきた。小山氏は言う「フランス料理は、食を美しく彩る極めて高い技術がある。一方、日本料理は片刃包丁で切る技術に真髄がある。両国の料理人たちが互いに切磋琢磨しあいながら双方の技術の真髄を取り入れ、料理の高みを極める。それがフランス料理と日本料理、双方の一層の発展につながり、本当の意味での“文化交流”になると私は考えている。国籍やジャンルの垣根を越え、伝統的な料理の裾野を広げ、健康的でおいしい日本の食文化を世界に広げていくこと、それが私の願いです」

一流料亭の青柳、吉兆、天一、そして和菓子の虎屋から得た食材を使い、フランス有数のシェフ、アラン・デュカス氏と協力して小山氏が行ったコラボレーションディナー「Haute Cuisine(高級フランスコース料理)」の一皿。小山氏がデザインしたこの「文箱(ふばこ)」は、この後デュカス氏のレストランに正式採用された。

「鳴門鯛のへぎ造り」と呼ばれる一品。鳴門鯛はほかの鯛よりも身がしまっていることで知られる。この一品は小山氏の創作、命名によるもので、鯛の身を繊維と平行に、厚くスライスすることでおいしさを引き出したもの。それまでは、刺身の切り方は平造り(長方形にスライス)と薄造り(薄くスライス)が主流であった。

日本の伝統的な片刃包丁で鯛を刺身にする小山氏。包丁の入れ方ひとつで食感が変わり、同じ素材からより豊かな風味を引き出せる。

フェランディ料理学校内で上級料理学校の特別授業として、最終学年の学生へ日本料理の焼き魚の勘所を指導する小山氏。

フェランディの日本料理講習会にて、参加していたフランスを代表するシェフたちと。

2017年2月に、フランス人以外で初めてパリ商工会議所(CCIP)のフェランディ戦略委員会の委員に任命された小山氏。一緒に写真に写っているのは、フェランディの校長ブルーノ・デ・モンテ氏。

 

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