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福田内閣総理大臣スピーチ

「太平洋が「内海」となる日へ―「共に歩む」未来のアジアに5つの約束―」
国際交流会議「アジアの未来」晩餐会にて

平成20年5月22日
演説を行う福田総理
 今般は、杉田会長をはじめ主催者である日本経済新聞社の皆様方がこの会議を例年続けてこられた、本年で14回になったそうですが、その継続に対して、心から敬意を表する次第です。また、本日はお招きいただき、なおかつ食事の前にスピーチをさせていただくということで大変恐縮でございますけれども、少しばかりお時間を拝借させていただきたいと思います。

 まず最初に、チュンマリ・サイニャソーン・ラオス国家主席をはじめ、アジアのまた太平洋の各国からお集まりの友人の皆様に、日本政府を代表しまして心から歓迎の意を表したいと思います。

 先月来、アジアでは大変大きな災害が、ミャンマーで大型のサイクロン災害、中国西部では大地震が相次いで起こるという不幸な状況になりました。非常に多くの方々が被害に遭われました。残念なことでございます。この機会をお借りしまして、犠牲者のご冥福をお祈り申し上げ、そして、被災者の方々にもお見舞いを申し上げます。日本としましても、一刻も早い被災者の救援、一日も早い被災地の復旧・復興、これが実現しますよう、できる限りのお手伝いをさせていただいているところです。そしてこの際ミャンマー政府には、国際社会の善意を正面から受け止めて、そして連携して救援、復興に取り組んでほしいと、このように思います。

 本論に入ります前に最近のことについて若干お話をさせていただきたいと思います。

 中国からは今月の初めになりますけども、胡錦濤国家主席がお見えになりました。わたくしとの間で戦略的な互恵関係を強めていくことと、そのため日中は「新しいスタートライン」に立つんだと、こういうことを確かめ合いました。日本と中国の関係が、初めてグローバルな視野を獲得したと、こう申し上げていいと思っております。

 中国という大国が安定して伸びていくことは、これは大変に大事なことでございます。そのため日本としても、できることを一緒に協力してまいりたい。これはアジアの未来のためにもやっていかないといけない、そのように考えています。

 同じような視野の広がりは、いちばん近い隣国であります韓国の李明博大統領とも、「日韓新時代」を築く心意気とともに、確かに共有をいたしております。新時代の日中韓、三国関係の大事な意味は、アジアとさらには世界全体に対し、日本と韓国、中国が責任を共有しているんだというそういう認識ができた点であろうと思います。今年は秋になりますとこの三国の首脳同士、日本で集まっていろいろな話をすることになっているわけでございまして、この勢いは、大事に育てていきたいと思っております。

 以上はごく最近の動きについて申し上げたわけでございますけれども、本日は「アジアの未来」について、少し長期的なお話を申し上げてみようと思います。アジアの過去、来し方、そしてまた行く末というものを、とくに太平洋というプリズムを通して、少し考えてみたいと思います。そのうえで、アジアと太平洋の未来に寄せるわたくしなりの「お約束」を申し上げなければいけないとと思います。

 30年前、1977年、日本の対アジア外交につきまして、後に「福田ドクトリン」と呼ばれることとなる方針が打ち出されました。

 それは、良いことを分かち合い、問題には共同で当たるという同僚同士、そのような関係を、あるべき間柄として打ち出したのであります。わたくしはアジアの国々と日本の間には、それ以外の関係はあり得ない、その意味でこのドクトリンは、今なお生き続けているのだというふうに思っております。

 この「福田ドクトリン」が出たころといいますと、国民1人当たりのGDPがアジアの大方では300ドルとか、よくて700ドルといったような水準でありました。当時のアフリカ諸国と同じか、むしろ遅れて走っていたという時代でありまして、アジア各国はそこから急成長を遂げたのであります。この様子は、まさしくわたくしどもみなに、希望の力、機会の恩恵を、存分に教えてくれたのでありました。申し添えますが、アジアにできることがアフリカにできないはずはないと、こう堅くわたくしどもは信じておりまして、来週横浜において開きますアフリカ開発会議、TICADWでは、アジアの経験を分かち合い、アジアの持てる力をアフリカの開発に役立てていくということを、呼びかけてまいるつもりであります。

 それでは行く末を見てまいることにいたしまして、今から30年先、そのぐらいのスパンで見てまいりたいと思いますけれども、30年後はいったいどんな世界になっておりますでしょうか。思いつくまま申しますと、太平洋を「内海」とする国々の、ネットワークを形成しつつ発展するアジアの姿がわたくしには思い描けるのでございます。わたくしは、太平洋というこの広大な海洋が、今やもう、「地中海」のサイズに縮まってきている、これから30年の間に、さらに小さくなるであろうと思っております。

 まず、太平洋を内海とするならば、これはいったい、誰の内海でしょうか。日本、ASEANはもちろんですが、南北アメリカにとっての内海でありますし、極東開発が進めば、ロシアのものでもあるでしょう。中国からインドシナ、オーストラリアからニュージーランドはもとより、インドを経て中東に連なる内海であると認識をしたいものであります。

 太平洋を内海とするのは誠に気宇壮大、あるいは唐突に思われるかもしれません。しかし、本物の地中海が、16世紀の時代にどうだったかを思い起こしてみたいと思うのでありますけれども、そのころのことをブローデルというフランスの歴史家が地中海を内海として沿岸諸国の交流が活発に行われ、そしてそこを行き来する船舶が人間や物資を盛んに運んでいた様、こういうことを描いています。

 ところでその地中海を端から端まで測りますと、約3700 kmあります。

 皆様が今いらっしゃるこの会場からアメリカ西海岸のゴールデンゲート・ブリッジまでは8300 km足らずですが、今の船舶のスピードから考えますと、当時の3倍でございますから、16世紀に地中海を端から端まで航行するのに要した以内の時間で、このホテルからゴールデンゲート・ブリッジまで行けることになります。

 そのことでお分かりのように、これは船のスピードだけではありません、通信やいろんな手段がございます、地中海が内海であるなら、太平洋はもうすでに、船足だけから見ても16世紀の地中海より小さな内海だということです。

 こう考えると、わたくしたちの心の視野も、大胆に広げることができるということではないでしょうか。21世紀に生きるわたくしども、もう20世紀のあの、太平洋をさらに区切って東西に分けた、そんなせせこましい心の仕切りを取り払ってはどうでしょうか。そう考えると、せせこましくない、心が晴れ晴れとした気持ちにならないでしょうか。太平洋をほんとうの「内海」にしていく人間にふさわしい度量を、わたくしたちは獲得すべきではないかと思います。

 ですからこの際のキーワードは、「開放」です。「開放」。多様なアジア・太平洋、多様な世界に自らを開いていくこと、私たち日本社会が開かれた多様性に生きることを原点とし、アジア・太平洋の友人とともに無限の可能性を求めたいものであります。

 既にして、太平洋の周りには世界全体のGDPの約6割程度、貿易額にして4割以上を占める国々があります。経済規模にして、これから30年後ともなりますと、この「太平洋という内海」の沿岸には、1位から10位くらいの国々が軒を接することになっているはずであります。日本、米国、中国はもとより、韓国そしてインド、統合を進めるASEAN、それからロシアの経済は、30年経ちますとどこまで大きくなっていますでしょうか。

 このあいだわたくしはロシアにまいりまして、メドヴェージェフ大統領とプーチン首相との間で、地域の安定のため一緒に協力していこうという話をしました。最近のロシアは、極東地域に改めて目を向けているようでございます。極東ロシア・東シベリアの開発を進めるために、アジア・太平洋地域との緊密化を模索しております。わたくしが言いましたのは、そのためにも日本と平和条約を結ぶ必要があるでしょう、ということであります。もしロシアが日本との関係を深くし、アジア、太平洋と結び合いますと、ロシアには一段と成長の機会が出てくるでありましょうし、アジア・太平洋全体の繁栄にも寄与すると思います。

 南アジアへいきますと、ハイテク分野を中心に若くて有能な人材の宝庫であるインドも間違いなく、アジアの未来を支える柱になると、わたくしはそう思いますし、皆さんもそう思っておられると思います。

 こう見てまいりますと、わたくしたちはみな、立地条件に恵まれていることを喜ぶべきであろうと思います。ご近所がどんどん豊かになり、ヒトやモノ、資金や知識が太平洋を内海とする勢いで縦横に行き来する、そういう時と、ところに我々はいるのであります。わたくしはこの際経済連携を進め、域内の分業ですとか、生産や流通のネットワークをもっと勢いあるものにする方法を、アジアの国々や米国などと一緒になって、日本はしっかり考えるべきだと思います。

 アジアは、世界史の主役へと躍り出てまいりました。わたくしたちのこの地域は、海を通じて世界とつながる、拡大と発展をやめないネットワークであります。

 しかし、そのようなネットワークも自然に生まれるわけではありません。視野を太平洋にしっかりと広げた上で、アジア諸国がこのネットワーク構築に参加していくための体力をつけるとともに、必要な環境を整えて行かなくてはなりません。そのためには何をなすべきでしょうか。

 私は、これから、具体的な行動についてお約束を5つほど申し上げたいと思います。

 まずが第一にお約束申し上げますのは、共同体実現に向けスパートを始めておられるASEANの努力を、断固として支持するということであります。

 ASEANは、太平洋というネットワークの鍵を握る地域に位置しているばかりか、東アジアと太平洋における地域協力の要としての役割を、過去30年にわたって果たしてきました。ASEAN諸国は日本、中国、韓国といった国々に、協力と統合のメッセージを発し続けてきたのであります。ASEANの皆様はただいま、域内の経済格差を埋めようと奮闘中でありますし、普遍的価値に立脚した、憲章を打ち立てようとしている最中です。

 ASEANの安定と繁栄は、日本の利益であるとわたくしは思います。ですから2015年をメドに「共同体」を実現しようとなさっているASEANの努力に、今まで以上に協力していきたいと思います。ASEAN憲章が整いましたあかつきには、日本はASEAN担当大使を置きたいと思いますし、遠くない将来には、ASEAN代表部を設けることにもなろうと思います。

 日本とASEANの関係では、ひとつ最近の進展がありました。「日ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP)」です。これは間違いなくASEAN域内に単一市場をつくる推進力となると思います。

 しかし、単一市場がしっかりとした発展を遂げるためには、ASEAN域内の格差解消が重要だと考えます。わたくしは、これからの30年間を「アジア格差解消の30年」とこう宣言し、皆様とともに取り組んでいくことを提案したいと思います。

 特に、メコン地域への支援として、域内格差の是正とともに、インドシナを東西に貫く回廊に対する支援を進めております。これは言ってみれば、ASEAN内陸国をいま申し上げております太平洋のネットワークにつなぐという営みでございます。東西の回廊はミャンマーを経てインドに届くもので、そうなれば一層躍動的な発展をこの地域にもたらすに間違いありません。

 環境保護と経済成長の両立ですとか、省エネ、食料安全保障の備えですとか、日本がASEANと一緒にやりたい課題はたくさんあります。鳥インフルエンザの蔓延を食い止める体制づくりなどは格好の例です。

 この30年、日本とASEANの関係は極めて奥の深いものになりましたが、日本とASEANは「将来ビジョンを分かち合い、共に考え、共に行動するパートナー」でありますし、あり続けるものだということをお約束したいと思います。

 第二の点は、日本は米国との同盟関係を、アジア・太平洋地域の公共財として強化してまいるというお約束であります。

 米国は、アジア・太平洋地域の最も重要なメンバーの一つでありますこと、言をまちません。わたくしは常日頃、「日米同盟の強化と、アジア外交の共鳴」ということを申しております。アジアには、北朝鮮問題のような、不安定・不確実な要素がまだ残っています。朝鮮半島の問題を解決することは、北東アジア全域の安定的な発展にとって不可欠です。日米同盟は、いまや日本の安全のための装置である以上に、アジア・太平洋の安定装置としての役割を、意味を帯びています。それによって、アジアは未来を見通しやすい場所となり、言い換えますとリスクの少ない、安心のできる場、交易や文化交流を心おきなく進めることのできる場となるのであります。そしてそのことは、アジア繁栄のいしずえであろうと思います。

 続いて第三の約束というものは、日本は「平和協力国家」として自らを鍛えつつ、アジア・太平洋と、ひいては世界の平和実現に、労苦を惜しまず汗をかいていくということであります。

 マラッカ海峡を中心とするシーレーンを、海賊がいない、テロリストに利用されない海にするために、ASEANをはじめとする各国との協力を一層進めたいと思います。テロとの戦いはいま、インド洋の給油活動で頑張っているところですけれども、これは続けていかないといけません。

 それからカンボジアで東ティモールで経験を積んできた平和構築の仕事では、日本は最近、平和構築の専門家を育てる教育コースを始めたところです。近い将来、ここを巣立った日本とアジア諸国の専門家が、アジアの外にも出かけていって平和構築の仕事で一緒に汗をかくという、それが目標であります。

 加えてわたくしは、「防災協力外交」を追求してみたいと思います。津波やサイクロン、激烈な地震と、アジアにはこのところ大規模な自然災害が立て続けに起きました。災害への対応力を強くするため、日本はいまODAも活用しつつ、まずはASEAN、ひいてはアジア・太平洋各国との「防災協力」を進めようとしております。

 アジア各国にある緊急援助機関同士でネットワークを結び、大規模災害が発生した時すぐさま連携して緊急援助に当たることができる体制づくりを、アジア各国とともに検討していきたいと思います。これに鳥インフルエンザへの備えなども勘案しまして、「アジア防災・防疫ネットワーク」と呼ぶに値するものを、急いで築いていくべきだと考えております。

 第四は、若者の交流に力を入れていくということです。あらゆる協力に必要な前提として、アジア・太平洋の知的・世代的交流のインフラを育成し、強くしていくということであります。日本は留学生30万人計画に着手しました。毎年アジア各地から6000人の若者を日本に呼んでくる「21世紀東アジア青少年大交流計画」というものも進めております。

 わたくしは、アジア・太平洋域内の大学間交流を飛躍的に拡大していきたいとも考えておりまして、年末の東アジア首脳会議までに結論が得られるように、内外の方々と知恵を絞っていきたいと思っております。ここでは1980年代以来欧州で続いてきた「エラスムス計画」というものがありますけども、そのアジア版とでも呼ぶべきものを目指しております。

 それから、先般設立されたERIA、すなわち東アジア・アセアン経済研究センターは、アジア・太平洋がダイナミックな発展センターとなるだろうという期待を持ち、ゆくゆくはこの地域においてOECDのような役割を果たす機関として、育ててまいりたいと思っております。

 そして最後に、第五の点は、気候変動との闘いであります。ただしこれは、ひとり日本だけでお約束できるものではありません。

 わたくしどものアジア地域は、間違いなく世界最大の成長センターになりますけれども、同時に世界最大の温室効果ガス排出センターともなることが、ほぼ確実であります。気候変動問題は、1カ月半後に日本が北海道洞爺湖で主催いたしますG8サミットで主要議題となるものでありますが、ポスト京都の枠組みについて早く合意を成し遂げ、低炭素社会を実現するようみんなで努力しなくてはなりません。

 またこの点、胡錦濤・中国国家主席が訪日の折、積極的な意向を示されたことに、わたくしどもは意を強くしているところです。日本には気候変動との闘いにおいてお手伝いできることがいろいろとありまして、ぜひアジア・太平洋の各国に協力をしてまいりたいと、そう思っております。

 以上がわたくしからの、アジア・太平洋の未来に寄せた5つの約束であります。第一に、ASEANの統合・発展を断固支持する、第二に、日米同盟を一層強化していく、第三に、平和協力国家としての責任を果たし、第四に、若者の交流によってこの地域の未来を支えていく知的・世代的インフラをつくっていくとお約束申し上げました。そして第五として、経済成長と環境保護、気候変動対策の両立という問題に、みんなの力で対応していかなくてはならないことを申し上げました。

 30年前、こんにちを見通すことが誰にもできなかったのと同様に、今から30年後にどんな世界となっているか、これを予想することは困難です。物事には明るい面、暗い面の両方があります。今後アジア・太平洋地域を襲う変化の荒波は、時として秩序を不安定にすることがあるかもしれません。

 中でも気候変動に備え、これを緩和していく試みは、誰しもが努めてまいらなければならない事柄であります。水の問題、エネルギーや食料の問題、またしかりです。そしてこの先に待ち構えている深刻な挑戦といいますと、人口の爆発と、その都市への集中でありましょう。このとき、よりよい統治の仕組み――すなわち、透明で民主的な、法の支配に基づくといったような、言葉にすればありきたりのものでありますけども――そういうことを確立できておりませんと、社会の混乱を吸収し、問題を未然に摘んでいくことができません。

 そんなとき、困ったときに、わたくしは日本が同僚として、仲間として頼ってもらえる国、あるいは一緒に協力しようと思ってもらえるような国であればよいと思います。

 わたくしどもの日本という国には、過去いろんな問題がありました。東京オリンピック、今から44年前でございますけれども、あの頃の日本で起こっていた公害はひどいものでした。15年前にはバブルが崩壊し、そのあとのデフレ不況も深刻なものでした。しかし35年前の石油ショックを契機にエネルギーの効率を高めるのに成功したり、公害も大方解決してまいりました。日本はいくつもの問題を抱えている問題山積国家でありますが、なんとかそれを乗り越えてきた問題解決国家でもあります。

 日本は、これだけ物質的に豊かな社会になっても、「もったいない」という心は失っておりません。日本は新たなチャレンジ、低炭素社会に必要な暮らしぶりを実現していく上で、基礎になるような風土をもっていると思います。ですからアジア・太平洋の国々が、何かと問題にぶつかったときに、日本はどうしただろうと、経験を語り合える仲間のように思える、わたくしは日本は、そういう国であればいいと思います。

 学びあい、触発しあう関係こそは、今日のアジア・太平洋に最もふさわしい間柄だろうと思います。日本には、この先解いていかないといけない問題もたくさんでございます。女性の社会進出、日本は遅れています、直接投資の受け入れ、これは少ないです、アジアの優秀な人材をどう活用するか、そういった分野では、日本はアジア・太平洋の国々から、少なからず学ぶことができるのではないでしょうか。またアジア・太平洋諸国の人たちも、日本が今直面している少子高齢化の問題をどう解こうとしているか、大いに関心をもって見てくれていると思います。日本も、より開かれた国へと変わらないといけません。まさしく相互に学びあい、励ましあう関係をもちたいものです。豊かな多様性を誇るこの地域の国々、人々が一緒に悩むなら、解決策はその分早く見つかるかもしれません。

 日本は、アジアが躍動し、そして太平洋がひとつの内海となるような、大きな成長の動きの中で、その一翼を担い、安定・発展の中核として、活躍の場を広げていきたいものだと思います。

 大切なことは、アジア・太平洋諸国の人々が相互の信頼関係を築いていくことであります。「共に歩む」ことであります。

 海を大きな媒介として、ひとつの躍動するネットワークとなって伸びていくアジア・太平洋圏にありまして、そこに生きる人たちとの間に、心と心の信頼をさらに強く通い合わせながら、日本と日本人は「共に歩む」絆をつくってまいらなければなりません。ということを申し上げまして、私はこのスピーチの結びとさせていただきたいと思います。

 御静聴、ありがとうございました。
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