資料6
| 平成12年7月14日 日本医師会 |
(2)「個人の識別が可能な情報」とは、どの程度を指すのか不明確である。個人が識別されないよう加工されている情報は含まれないと思われるが、その情報単独では個人を特定しえないが、他の資料と突合することによって個人を特定しうるといった場合、個人情報として取り扱われるのか、わかり易い判断の基準を示されたい。
(3)死者に関する個人情報の取扱いについては、平成11年11月の個人情報保護検討部会中間報告「我が国における個人情報保護システムの在り方について」のなかで、今後の検討課題として摘示されていたが、今回の大綱案では言及されていない。医療の分野においては、患者が亡くなった後に、その症例を分析検討する機会が多いことから、死者の個人情報の取扱いについても、慎重に検討されたい。
(注1)疾病調査
前回の意見書においても触れたとおり、特定の疾病について患者の症状、生活歴、家族歴等のデータを一括してデータベース化し、その疾病の原因や発生頻度、治療法等に関する医学研究に役立てるという場合がある。その典型的なものが、がん登録事業である。これらのデータベースの基礎となる資料は、個々具体的な患者の診療情報である。これらの診療情報は、当該患者個人の治療という本来の目的を離れて医学研究目的に転用されるのであるから、大綱案が示す考え方にしたがえば、データベース登録について、個々の患者の同意を改めて取得する必要があると考えられる。しかし、たとえば、がん登録においては、場合によっては患者自身にがん病名の告知がなされていない段階で、データ登録の同意を取り付けることは治療上の見地からも絶対不可能である。また、同意が取り付けられた症例のみを登録するという事態になれば、そのデータベースは、特定の疾病の全数調査を通して疫学的な研究を行うという学問上の要請に全く応えることができなくなってしまう。疫学的研究、医学研究は、公衆衛生の維持向上、人類全体の保健・医療の発展という公共の福祉を目的とするものであり、これと個人の権利・利益とを比較した際に著しく公共の利益が優る場合には、個人の権利・利益がある程度制限されることは、憲法第13条の趣旨からもやむを得ないことであると考える。すなわち、将来、極めて伝染性の強い原因不明の疫病が発生し、その原因、治療法を緊急に知る必要が生じた場合などには、個々の患者のデータを本人の同意を得ることなく調査研究に利用しうることが、公益上の見地からも、予め保障されている必要がある。加えて、これら医学研究、疫学研究は、学問の自由として、憲法第23条が保障するところであることも疑いない。したがって、疫学的調査・研究のための疾病データの採取については、大綱案が示す「(1)利用目的の制限」、および、「(2)第三者への提供」の規定の例外とすることが必要である。すなわち、公衆衛生ならびに保健医療上の要請から行われる学問的な調査・研究で患者個人の診療情報を利用する際には、大綱案の原則に対する例外として、「患者本人の利益を不当に侵害するおそれのない限り、本人の同意は不要」と取り扱われるよう要望するものである。
(注2)症例報告、学会報告
(注1)に明示した問題は、疫学的調査以外にも、一般に広く行われている症例報告、学会報告などにも波及しうる。通常、これらの場で患者の症例を報告する場合には、患者のプライバシー保護には十分配慮し、氏名、容貌などは個人の識別が不可能な状態に加工されており、その限りでは、個人情報に該当するか否かの判断は分かれるであろう。こうしたプライバシー保護の十分な措置を講じたうえでなされる患者の症例に関する報告は、それが新しい医学的発見の端緒となった例も、これまで数多く存在する。したがって、医学・医療の発展を阻害することなく、またひいては人類に対する福祉を確保するためにも、このような症例報告は、患者の同意の有無とは無関係に行いうる手当が必要と考える。もちろん、その前提として、患者の識別が不可能な状態に加工されていること、すなわち、「患者本人の利益を不当に侵害するおそれがない」ことが要件とされることは当然である。
なお、近時、ヒトの遺伝子情報(ゲノム)の解析が進むにつれ、個々の患者について、将来発病するおそれのある遺伝子を有するかどうかを比較的容易に知ることが可能となった。こうした個人の遺伝情報は明らかにプライバシー保護の対象となる個人情報である。米国ではこれらの情報をもとにして、いわゆる遺伝子による差別(geneticdiscrimination)をすることを禁止する法案が審議されており、わが国においても、今後同様の議論が展開されるものと思われる。遺伝子検査の実施自体には、被験者の同意が必要であることは当然であるが、その結果の利用については、医学的研究の場合にもすべて被験者の同意を必要とするのか、一定の要件を満たした研究については、同意を得ることなく利用することができるとするのかは、今後さらに慎重な検討を重ねる必要がある。
(2)内容の正確性の確保
現段階では特に意見はない。
(3)適正な方法による取得
現段階では特に意見はない。
(4)安全保護措置の実施
現段階では特に意見はない。
(5)透明性の確保
後述のとおり、開示・訂正については、慎重な検討をすべきである。
(1)利用目的による制限
(2)第三者への提供
以上については、「3『基本原則』について」(1)項で述べたとおりである。
(3)内容の正確性の確保
医療における個人情報を記載した診療記録等には、前述のとおり、診療従事者の主観的評価、感想、思考過程などを記載した部分があるが、この部分については、内容の正確性の確保の措置は該当しないものと思われる。
(4)適正な方法による取得
現段階では特に意見はない。
(5)安全保護措置の実施
医療の分野においては、前述のとおり、法律により厳しい守秘義務が課せられ、個人情報の保護は励行されている状況にあるので、このうえ医師等に煩雑、過大な負担を課することにならないよう配慮されたい。
(6)第三者への委託
医療機関が個人情報の処理等を行う第三者を監督することは、現実には困難であるので、これら個人情報の処理業者について、個人情報保護義務を十分に遵守されるような仕組みを考えられたい。
(7)個人情報の処理等に関する事項の公表
公表すべき事項については、慎重に検討されたい。
(8)開示、訂正等
日本医師会は、平成11年4月1日、「診療情報の提供に関する指針」を日本医師会会員の倫理規範の一つとして制定し、本年1月1日より実施しているところである。同指針では、開示を求めうる者、開示を求める手続き、費用、苦情処理等について詳細に定めており、さらに理解に資するため解説も付している。
なお、この日医指針は、医学的な見地から一定の場合に開示を拒否しうるとする規定を設けている。すなわち、開示することによって患者本人の心身の状況に著しい悪影響を及ぼしうる場合、開示することによって他の第三者に不利益が及ぶ場合、その他開示が不適当と判断される場合などに診療記録等の開示を拒否しうるとしている。
日本医師会の「診療情報の提供に関する指針」は、会員の倫理規範として制定されたものではあるが、同時に、日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会、日本精神病院協会、日本私立医科大学協会等の諸団体においても、本指針に基づいた取り組みがなされており、会員以外の医師についても、事実上、わが国の医療界全体の標準的な行動規範として位置づけられ、遵守されている状況にある。
次に、大綱案によれば、事業者は、内容についての訂正請求にも原則として応じることとしている。しかし、診療記録等における診断の内容など医学的判断に属する事項については、すぐれて医師の専門的業務に関わることであるので、患者の請求によって訂正すべきものとは思われず、その他、法律で作成・保存を義務づけられている診療記録の証拠文書としての位置づけからしても、訂正については慎重に対処すべきであって、訂正請求権を認めることは妥当ではない。
(9)苦情等の処理
大綱案では、個人情報の処理等に関する苦情を受け付ける窓口を明確にし、また、受け付けた苦情を迅速に処理することを事業者に義務づけている。後述のとおり、全国の医師会には、現在、既に「診療に関する相談窓口」が設置されており、さらに、窓口で処理しきれなかった診療情報提供に関する苦情、相談を処理する機関として、「診療情報提供推進委員会」を都道府県医師会と日本医師会に設置している。なお、「診療情報提供推進委員会」には、弁護士等の公正中立な立場の第三者を委員に加えることとしている。このように、わが国の医療分野における苦情受付、処理の体制は整備されている。
(10)他の事業者との協力
現段階では特に意見はない。
(11)国及び地方公共団体の施策への協力
現段階では特に意見はない。
(2)開示、訂正等の法律上の位置づけについて
診療情報の開示、訂正等について法制化は適当でないことは前述のとおりである。
(3)苦情・紛争処理機関の設置について
前述したとおり、診療情報については、日本医師会、都道府県医師会において、既に苦情・紛争処理機関を設置して、実効的な解決を進めているところである。
平成12年5月現在で、全国475カ所の医師会にこの窓口が設置されており、これらの窓口で受け付けた相談・苦情件数の総合計は、本年1月〜4月末までで773件であった。このうち、診療情報の提供そのものを問題とする事例は130件(約17%)に過ぎず、他方、診療内容に関する相談・苦情が513件にのぼり、全体の66%を占めている。診療情報提供や記録へのアクセスを内容とする相談・苦情の割合は、医療そのものに対する不満と比較して、明らかに少ないという結果となっている。これまでの経緯を見る限り、日本医師会が始めた診療情報提供の取り組みは順調に推移している。
今後の取り組みとして、日本医師会では、これらの相談・苦情の受付体制を引き続き充実させ、その実態把握に努めるとともに、各事例の詳細な分析を通じて、医師と患者との意思疎通における問題点の早期発見とその未然防止の方策を検討し、さらにそれらを会員をはじめとする医師・医療機関にフィードバックすることによって、よりよい医療の実現に資するよう努めていくことを企図している。
以上