配付資料

2000年7月21日

個人情報保護法制化専門委員会
 委員長 園 部 逸 夫 様

知る権利ネットワーク関西
 事務局長  岡 本 隆 吉
教育情報の開示を求める市民の会
 代表世話人 山 口 明 子

個人情報保護基本法大綱案(中間整理)への意見書



はじめに:

 私たちは今年2月29日のヒアリングで個人情報保護検討部会の「我が国における個人情報保護システムの在り方について(中間報告)」(以下「中間報告」と称する)に対する意見を述べました。その際、私たちは、公的機関と民間機関とを同じ法律によって規制することの問題点を指摘し、情報公開の場合と同様、個人情報に関しても公的機関が収集・保有する個人情報の保護についてまず法的規制を定めるべきであり、それが、今回の、基本法制定のそもそものきっかけである改正住民基本台帳法制定時の懸念にも対応するものであると主張しました。
 しかし、今回明らかにされた「個人情報保護基本法大綱案(中間整理)」(以下「大綱案」と称する)は、先の「中間報告」よりも更に後退した内容となっています。このことを何よりも残念に思います。

T.「大綱案」における「理念」の欠落−「目的」について

 基本法と名付けるなら、それは個人情報保護の理念と基本原則を定めるものであるべきことは自明です。しかるに、この「大綱案」には、その数日前に発表された「中間整理案(以下、「整理案」と称する)」に存在した「理念」の項が削除されています。「整理案」における「理念」の規定に異論がなかったというわけではありませんが、しかしそれさえも削除されたことは、この専門委員会の姿勢に大きな疑問を感じさせます。さらに全体を通じての事務的な規定の羅列からは、個人情報保護に対する熱意が全く伝わって来ません。 この物足りなさは、文章上の問題というよりは、そもそも個人情報保護基本法は何を目指すのかについての明確な表現が欠落しているところから来ており、それが、理念に関する規定の削除をもたらし、全体の構成にも影響を与えたのではないかと考えます。
 例えば、「目的」の項では、文法的には確かに「個人の権利利益の保護」を目的とするとはなっていますが、文章全体の重点はどう見ても「社会情勢の変化のなかで個人情報を利用すること」に置かれており「個人の権利利益の保護」は最後に申し訳のように添えられているだけです。説明要旨では、「個人の権利利益の保護」を主たる目的としたところに特色があるとされていますが、この文章からは「個人の権利利益の保護」の重要性が伝わってきません。
 しかも、「個人の権利利益の保護」という表現は、極めて漠然としています。「個人の権利利益」にはいろいろあります。また、「保護」ということばも、事態を曖昧にする一因と思われます。個人情報保護法制とは、「自己に関する情報を管理する権利を個人に保障する」制度であるべきであり、保障内容と保障主体とをもっと明確に記載するべきです。 ところがこの「大綱案」ではそういう規定はありません。こうして、この「大綱案」全体を通じてのもう一つの特徴が浮かび上がります。それは、権利ということばの使用の徹底的な回避です。
 情報公開法は情報公開を求める権利を国民に保障しました。それによって、情報公開の義務が政府には生じることになりました。ところが、この基本法は、公・民双方の機関を対象としたため、権利・義務という言葉は一切使われず、極めて曖昧に放置されています。基本法という形で民間部門が保有する個人情報をもコントロールしようという意図があることは理解できますが、それゆえにこの法律の規定は曖昧になりました。結局、責任主体がどこにあるかが全く不明です。従って「保護する」と言っても、保護の主体は誰なのか、また、保護できなかったときの手続はどうなるのかが明確でありません。
 基本法の構成の全体像が不明確なのは、「個人情報保護」とは何を指すのかを明らかにせず、従って権利性への言及を回避したという2点から来ていると思われます。

U.基本原則について

 (注)の部分は、「整理案」の「理念」の一部を残したものと見なされますが、案では「個人の権利利益」であったのが、ここでは「国民の権利利益」となっているのはなぜでしょうか。「人格の尊重の理念に関わるような重要な」という文章の流れからしても、ここに「国民」ということばを持ち出すのはいかにも唐突であり、「個人」となるべきだと考えます。

 (1)について。利用目的が明確にされるべきなのは当然ですが、それが法的強制による場合以外は、収集される側の同意が必要です。また、個人情報の中には、収集してはならない情報があるはずです。「必要な範囲」というのも判断の分かれる可能性があり、誰が最終的な決定権を持つのでしょうか。範囲についても、収集される側の同意が必要だと思います。

 (3)について。「適正な方法」として、「法令に違反しない」というのは当然であり、このような規定は意味がありません。具体的には本人からの直接収集と、それ以外の場合の条件を明示する必要があります。

 (4)について。目的外利用や流出・漏洩を禁じる規定が必要と考えます。

 (5)について。「可能性の確保」という表現は曖昧です。権利としての規定を求めます。 なお、この基本原則について、「説明要旨」ではそれぞれOECDのどの原則に対応しているかを述べておられますが、8原則のうちの「責任の原則」についてのみ触れられていません。これはつまり、「責任の原則」に対応する規定はないということでしょうか。それはなぜでしょうか。

V.政府の措置及び施策について

 (1)について。「既存の法令の見直し等、必要な措置を講ずるものとする」とされていますが、この表現では、その見直しの方向は全く不明であり、現存の個人情報保護法の欠陥が見直されるかどうかも不確実です。まして、「この基本原則に従って」ということになれば、必ずしも見直しの方向が好ましいものとなるという期待も持てません。例えば、文部省はこの専門委員会のヒアリングにおいて従来通りの主張を繰り返しており、地方自治体で進んでいる教育情報の開示実態に眼を塞いでいます。また、医療情報に関しても、地方自治体立の病院等においてはカルテ等の開示が進んでいますが、医療関係者はヒアリングにおいて直接収集や開示を忌避する態度を変えていません。
 この基本法が自己情報の開示請求を権利として認めることを躊躇し、明確な態度を打ち出さないとすれば、結局、現在の個人情報保護法の欠陥がマニュアル処理情報にまで拡大されることになり、我々は一層大きな権利侵害を受けることとなるだけです。そして、このような現在よりも国民の権利を後退させる基本法の制定を以て、改正住民基本台帳法施行の条件が整ったとされるのは、国民を愚弄するものです。
 また、後段の「特別な法制上の措置その他の施策等の措置を講ずる」とあるのは、個別法の制定を指すものと考えられますが、全体系の中での個別法の位置づけがよくわかりません。全体の構成としては、基本法の下に政府の保有する個人情報の保護についての規定(個人情報保護法)と事業者の保有する個人情報の保護についての規定を置き、それは個人情報の取扱い主体による区別と考えられます。ところが、ここに言う個別法は、それとは別の基準−取扱い分野によって定められることになりますが、保護法の下位法とすれば、政府機関の保有する個人情報にのみ適用されることとなるのか、それとも、いくつかの分野については、公・民の区別なくすべて個別法に委ねることになるのでしょうか。あるいはまた、個別法の内部で再度公・民の区別が設けられるのでしょうか。信用・通信の分野ではほとんど民間機関が扱うと思われますが、保護の有効性は確保されるのでしょうか。

 (3)(4)について。基本法の精神が極めて曖昧なものである以上、この基本法制に沿って
 「個人情報の保護の推進に関する方針」が策定されたり、事業者や地方公共団体が取組を行ったりすることは、個人情報を取り扱われる側にとっては、非常に迷惑です。特にこれまで個人情報保護を進めてきた地方自治体の施策が後退する惧れがあります。この点は後述します。

 (5)について。「事業者による個人情報の処理等に関する個人からの苦情」の受け付けや処理が政府の役割とされていることは、政府の処理に関する苦情についての規定は個人情報保護法上に設け、それに含まれない民間機関等による取扱いについての苦情も政府が受け付けるという意味と解されます。従って、苦情については政府は民間任せにせず、自ら積極的に関与する姿勢を示したものと評価できますが、具体的内容が不明です。後述するように事業者についての規定の規制力が極めて曖昧であるため「適切に処理」とは具体的にどういう手続を保障するのでしょうか。(注)2には「勧告を行うという仕組みも考えられる」と書かれており、現在の地方自治体の条例にも同様の規定がありますが、拘束力には疑念があります。規定がはっきりしなければ、政府が関与しても結局うやむやにされる惧れがあります。

W.事業者が遵守すべき事項について

 事業者については、法令ではなく自主規制、業者団体によるガイドライン等による規制を想定していると思われます。従って法による規制が当分見込まれない以上、この基本法が事実上、事業者にとっては一般法的役割を果たすことになるとの認識の下に規定は具体的かつ広範に亙っています。しかし、体系という点から見れば、それによって構成に歪みが生じているように思われます。
 また、逆に、事業者についてこのような形を採るのであれば、公的機関についても具体的な規定を基本法に盛り込むことが可能だったのではないかと思われますが、それをされなかったのはなぜでしょうか。

 (1)について。事業者には原則として法的権限はないと考えられますから、個人情報の収集は基本的には収集される個人との契約に基づくと解されます。とすれば、ひとつの契約によって付随的に個人情報が収集されることになる場合、どれだけの個人情報がどういう目的で収集されることになるかを契約前に明らかにすることを義務づける必要があります。「具体的な利用目的の通知」は契約前に行われるべきです。また当然のことながら、契約は自由意思に基づくものであり、強制・強要は排除されなければなりません。

 (2)について。第三者への提供が「個人の権利利益を侵害するおそれの無いことが明らか」な場合などはあり得ません。個人情報が利用目的を超える場合は、そのことがすでに個人の権利利益を侵害しています。このような表現をされると、「個人の権利利益」ということばを専門委員会がどのように理解されているかについて疑念を持たざるをえません。具体的な身体・財産上の損害がなければ権利利益の侵害はないと考えられるのでしょうか。しかし、個人情報についてその解釈は通用しません。個人情報についての権利利益というのは、個人が自己の情報を管理する権利ですから、自己の情報が本人の知らないところで第三者に提供されるというそのことがすでに権利利益の侵害に当たります。従って上掲のような表現は、個人情報保護の意味を軽視していることを示すものであり、個人情報保護法に関する表現としては全くふさわしくないと言わなければなりません。

 (3)内容の正確性を期することは当然ですが、次項との関連で「必要な措置」の内容が強制を伴ったり思想信条の自由を侵すことのないよう、規制を設けるべきです。

 (4)について。基本原則と同じ表現が用いられていますが、「適正な方法」の内容が明らかでありません。また「個人の権利利益」の理解の不適切さについても前項と同様です。 ?について。「安全保護措置」の実効性を担保し、それが作動しなかった場合の罰則規定を設けるべきです。

 (5)について。開示を求められたとき、「一定の場合に、開示すること」とありますが、「一定の場合」とはいかなる場合でしょうか。むしろ原則として開示し、非開示とする場合は理由を明らかにすることとすべきです。また訂正を求められたとき、「原則として、必要な訂正等を行う」となっていますが、これも訂正を拒否する場合は理由を明らかにすることとすべきです。さらにそれぞれの場合、不服申立てができるのか、それともこれは苦情の部類として政府が関与することになるのか、苦情を受け付けて政府はどう対処するのか、明確にしておくべきだと思います。

X.地方公共団体の措置

 これについては先にも触れましたが、個人情報の利用を認めている基本法の趣旨に沿って地方自治体における個人情報保護法制が進められることとなれば、現在の個人情報保護条例によって進められている地方自治体における個人情報保護制度は大いに後退するでしょう。
 地方自治体の個人情報保護条例には、個人情報の利用などという文言はありません。条例は個人が自己の情報をコントロールする権利を認め、また自治体に、個人情報を保護する義務を課しています。そのような構成を持った条例が、個人情報の利用を認め、また開示請求権や不服申立権の規定がない基本法に従うことを求められれば、条例の精神は変質してしまいます。これは、個人情報保護を進めてきた自治体にとっても屈辱的な事態であり、個人情報保護の精神に反するだけでなく、地方自治の精神にも反するものです。このような、地方自治体の住民の権利を縮小するように政府が強制するに等しい規定は、基本的人権擁護の視点からも、地方自治の精神からも、容認できません。

Y.国民の役割について

 「整理案」にあった「理念」を削除し、そこに存在しなかった「国民の役割」を入れることで、この「大綱案」の規定はより曖昧になりましたが、そのことが逆に基本法の性格を一層明確に示すこととなりました。
 個人情報保護基本法というからには、個人情報を取り扱う者の義務、取り扱われるものの権利を明確に規定するべきです。しかしこの大綱案は処理するものと処理される者とを峻別することを避け、従って処理する者の義務と処理される者の権利を明示することも避け、すべて「お互いに注意しましょう」というレベルの問題に還元しようとしています。これは、繰り返すように、改正住民基本台帳法の施行の前提条件としてこの個人情報保護法制整備が始められたという了解に反します。改正住民基本台帳法で危惧されるのは、政府による個人情報の収集・管理です。個人情報が本人の知らないあいだに収集され、一括管理されるという危惧を解くために個人情報保護法制整備が始められたはずです。それゆえ、個人情報保護法は、政府のそのような行為を阻止し、個人の自己情報を管理する権利を保障するものでなければなかったはずです。しかし「大綱案」には、改正住民基本台帳法で危惧された個人情報結合禁止についても全く触れるところがありません。「大綱案」は、前提条件を無視し、互いに個人情報保護に気をつけようという、言わば雰囲気の醸成程度の役割を果たすことを目指しているようです(しかも、それさえも効果のほどはあまり期待できません)。そのこと自体は悪いとは言えませんが、事態の経緯から見れば、これは全くのすり替えであり、国民の期待を裏切るものです。
 政府の権限の過剰を排するという、法制定の最初の目的に沿った法律が策定されるべきです。

Z.その他の検討事項について

 (1)適用対象範囲について。事業内容の相違によって、少なくとも収集の原則についての緩和は認められるべきではないかと考えます。
 情報伝達を事業とする者は、不特定多数の消費者に対して商品即情報を提供するわけですから、商品の品質について生産者責任が生じます。従って商品の品質、即ち「正確性の確保」について他の業種における情報収集の場合よりも重い責任が課せられることになり、その責任を果たすために、つまり収集した情報の品質を検証するために、二次的に、直接収集以外の収集形態が認められてもよいのではないかと考えます。しかしそれは無制限に範囲を広げてよいということではなく、また、収集した情報の管理や利用については他業種と同様の規制に従うべきでしょう。
 また、それだけの特権を与えられることから逆に、正確性に欠ける場合、即ち商品に欠陥があった場合には、誤った情報を流布したという点からも、情報主体の人格を侵害したという点からも、他の業者よりも厳しく罰せられるべきです。
 ところで、情報の伝達そのものを業務とする事業といえば、いわゆる名簿業者と報道事業者ということになると思いますが、前者は、個人情報そのものを売買する、即ち個人情報の目的外利用そのものですから、事業自体が個人情報保護に反する疑いがあり、事業内容を厳しく規制すべきです。しかし、後者は、国民の「知る権利」を具体化するという責務を果たしているかぎり、その責務を果たすための条件が認められるべきであろうと考えます。

 (2)について。個人の自己の情報を管理する権利を認めれば、事業者が持っている情報についても、当然、開示・訂正等を請求する権利が生じると思います。

 (3)について。刑事法制との関係についてはわかりませんが、収集される者としては、情報というものの性質上、漏洩された場合の被害回復は不可能であることに鑑み、重罰を以て臨むべきであると考えます。

 (4)について。まず、不服申立てが権利として認められるべきであり、それを処理するための第三者機関の設置を望みます。その一部に、不服申立てとして処理できない苦情を受け付ける部門を設けてはいかがでしょうか。

 (5)何度も繰り返すように、これまでの地方自治体と住民の努力を水泡に帰せしめることのないよう、配慮を求めます。

おわりに:

 個人情報保護検討部会の中間報告、専門委員会の中間整理案、大綱案と次第に内容が後退している現実を見ると、このヒアリングにどの程度期待してよいのか、疑念を持たざるを得ません。しかし、やはり与えられた機会は活用すべきだと考え、意見を申し述べました。専門委員会におかれては、実効性のある個人情報保護法制整備のために最後まで尽力されることを切望します。

以  上