配付資料

意   見   書 

平成12年7月21日

社団法人   日本雑誌協会
編集委員会 取材委員会 編集倫理委員会
「個人情報保護」プロジェクトチーム


「個人情報保護基本法制に関する大綱案」について日本雑誌協会の見解を以下のように示します。すでに昨年の秋それに今春と三度にわたって当協会の「意見書」を伝えておりますが、ヒアリングの場では十分な議論に至らなかったと思われます。そこで今般の「大綱」への意見は、当方が最も重要で、核心と判断する点に絞って行います。

*メデイアは法規制の対象外(枠外)とすべきです

<疑問>
 そもそもメディアの「報道・表現の自由」にこの法制度を関わらせることになったのはどのようないきさつからか?この法制度の主目的は、高度情報通信社会の進展に伴う個人情報の流通、蓄積、利用の拡大によって侵害される個人の権益を保護するというものであるはず、それがなぜメディアの報道の自由を侵害し、情報統制につながる恐れがあるにも関わらずあえて包括して立法化しようとするのか、この一点は全く理解に苦しむ次第です。

<前提>
 「報道・表現の自由」が歴史的に勝ち取られた民主国家の基本理念であることは、憲法を持ち出すまでもなく自明の理でしょう。それは最高裁判例にも明記されている大衆の「知る権利」に応えることがマスメディアの役割のひとつであるし、あらゆる権力の監視装置としてのマスメディアの使命が何ものも侵し得ない民主社会の支柱であることでも明らかです。

<理由>
 この<疑問>と<前提>に立って、まず「大綱」の8その他で「適用対象範囲について、規律ごとに情報の性格等に即して検討する。この場合、表現の自由、学問の自由等に十分留意する」―この一文はメディアを保護法に包摂し「報道・表現の自由」をも対象にしていることを示すもので、このような立場に基本的に反対です。そもそもマスメディアの存在理由は、報道活動を通じて個人情報を公開し、その社会的重要性を国民大衆に伝えることが、国民の利益につながると考えるからです。このような報道機関の集める個人情報は民間業者が扱う個人情報とは全く性格の異なるものでしょう。
 また基本原則5項目「利用目的による制限」「内容の正確性の確保」「適正な方法による取得」「安全保護措置の実施」「透明性の確保」についても、これをメディアに当てはめると、ニュースソース(情報源)、情報入手、取材(本人周辺、関係者、親族、同級生等々)、調査、編集(加工、保存)、公表(開示)等すべてに抵触する事態が想起され、個別特例措置ではとても対応できるとは思えません。たとえば取材現場などで、「『個人情報保護法』に触れるからAのことは話せません」「B個人の離婚歴、職歴が雑誌にどのように書かれるか利用目的が曖昧ですから申せません」「迂闊に他人のことを話せばこちらが罪(「個人情報保護法」)に問われるから一切関係ありません」などの取材コメントが予想されます。特に、内部告発や第三者の証言コメントが入手困難になりかねません。また私人、公人と分けると、特に公人(政治家、高級官僚、著名人等)の個人情報の範囲までがこの法制度で守られるとなると、取材対象となった公人が「個人情報保護法」を楯に、取材に応じない、あるいは取材内容、調査内容の開示請求を行う怖れすらありえます。こうなるとマスコミによる社会正義や国民の知る権利はまさに「絵に描いた餅」になります。
 民主主義の先進国=欧米各国でもジャーナリズム(報道・出版等)は個人情報保護法の枠外だったり、法規制そのものが存在しない現状をみますと、我が国も法制度の枠外にするのが極めて妥当ではないでしょうか。
 報道被害、表現の行き過ぎに対する苦情、批判には、苦情対応の第三者機関、オンブズマン制度等を各社で自主的に設置することも考慮する余地は十分あります。この点でも国家による強制は絶対に避けるべきでしょう。
 また、出版社が事業上集めた一般個人情報、つまりプレゼントはがきやアンケートはがき、愛読者カード、定期購読者リスト、ネット上の顧客情報等は各社適切、厳格に管理するシステムを考案し、実行しつつあります。日本雑誌協会でもこの点、ガイドラインを早急に作成するよう準備を進めつつあります。

以上


「個人情報保護基本法制に関する大綱案」の「意見書」詳説

マスメデイアの「言論・表現・報道の自由」を保障した米国憲法修正第一条「言論・表現の自由を制限するいかなる法律も作ってはならない」を持ち出すまでもなく、およそ民主主義を謳う国家は、自由な言論、報道の自由はあらゆる権力からどのような強制、制限もなされてはならないことが、自明の理=原則とされます。今回の「大綱案」は、基本原則でこの点に直接関わってくると思われます。

社会的な事件(疑獄事件から殺人事件まで)の被疑者やその周辺の人物、組織への調査、直接取材、間接取材、裏付け取材などのケースで考えてみましょう。

個人情報関連項目
住所 自宅写真 氏名 顔写真 年齢 職業 経歴 出身地 係累 賞罰 趣味など
裏付け(裏取り)項目
住民票 契約書 遺書 領収書 会話テープ ファックス 自筆履歴書 書簡 日記 手帳 メモ パスポート 免許証 学籍簿(在学証明書 卒業証書 通知表 答案用紙等) 自動車登録証 車検証  ビデオ 肖像画 携帯電話登録データなど
取材(確認取材)対象範囲
当該人物 親族 友人 隣近所 職場の上司・同僚・部下 学校関係者 関連団体関係者 その他第三者など

報道ニュース記事、報道特集記事の場合、事件や犯罪現場、および被疑者周辺への取材調査をして、その事件(犯罪)の真相に迫ろうとするわけです。そこではありとあらゆる情報がもたらされます。取材者は「何が真実で、何がうわさか」また「誰が何のために真相を隠そうとするのか」などを検証、裏付け取材を重ねることになります。その上でプライバシーや少年法、名誉・肖像権等不法行為責任に配慮して(実名か仮名か、顔写真を出すか否か、住所や職歴は出すか伏せるかなど)雑誌記事を作成します。この一連の取材過程では「大綱」の原則案を踏襲していてはすべてが個人情報保護規定に抵触し、まったく取材活動、裏付け調査活動が機能停止に陥ると思われます。記事報道されるのは膨大な取材蓄積データのごく一部に過ぎない場合が往々にしてありえます。「報道の自由」とはまさにこの膨大な「取材過程の自由」にほかならないのです。この段階での自由な取材活動、調査活動が制限されるとなると、「言論・表現・報道の自由」は真の意味で全うされるとは思えませんし、結果的に情報の国家管理、国家統制社会の到来が危惧されます。

たとえば企業不正の内部告発、政治家がらみの怪文書、編集部への内幕通報・投書の類、これらはすべて「どこの誰と誰がいつ何時何のためにどのようにして何を行ったか」といった情報で、この情報の真偽を確かめるべく取材を開始したとしても「個人情報保護」の名のもとに第三者や関係者が口をつぐんでしまえば、真偽どころかまったく情報遮断状態になります。「事の真相はすべて闇の中」といった“言論暗黒の時代”を招きかねません。

<最近の報道記事の実例から「個人情報保護」との関わり合いを考える>

* 商工ローンの「日栄」「商工ファンド」の商道徳追及のケース。国会喚問で各議員が手にしていたのは「写真誌」や「週刊誌」でした。そこには元社員の「取り立て」ノルマや「取り立て裏マニュアル」が記されていて、「根保証」した保証人から毟り取る実際が細かく記されていた。社長の指令や命令書の内部情報が決めてになって、刑事告訴にまでいたる。これらはすべて社長の個人情報や幹部の固有名詞があがり、そこから追跡取材が行われることとなり、「取り立て」のあくどさ、指示の実際が明るみに出た。

* 新潟少女誘拐監禁事件。直接保護した保健所の保健所長から警察の不手際が判明、このような事件がなぜわからなかったのか?警察の初動捜査ミスやその後の容疑者の母への対応のまずさが明るみに出た。少女の人権への配慮から雑誌も少女の周辺取材は抑えて、あかさず、犯人の周辺聞き込み取材や、過去の同様な犯歴、性癖などを取材、大衆の関心事である「なぜ、どうして、こんな犯罪が放置された」のかを明らかにした。

* ミドリ十字のエイズ製剤による血友病患者へのエイズ感染疑惑。帝京大学・安部教授と厚生省担当官の製剤使用決定の内幕取材。厚生省の承認委員会での会員の声、決定に至る真相を探り、血友病エイズ感染者の病院での処方の実際、告発者の告発文から関係した個人個人への直接取材を通して、この犯罪の全貌が明るみに出ることになった。

* オウム真理教の一連の犯罪。麻原教祖の下で何が行われたのか、その真相を内部告発者や周辺関係者から文書や証拠写真、テープなどから明らかにした記事。この反社会的カルト集団の秘密を、警察情報に頼らず独自の内幕取材で明らかにした写真誌、週刊誌記事が社会的に多大な影響を与えた。このケースも「個人情報保護法」の壁があれば突破できたかどうか疑わしい。教団幹部の個人情報や内部情報から裏取りをおこなった。

* 埼玉桶川ストーカー殺人犯罪事件。これも埼玉県警や桶川警察署が手をこまねいているうちに女子大生が犯人グループによって、駅前で刺殺された事件。事件後は被害者の周辺から聞き込み取材でプライバシー侵害のような報道のケースもあったが、写真誌が犯人グループの関係や誰がどのような嫌がらせや実行を行ったかを知人、友人、裏家業(風俗営業)関係者の取材でつきとめ、その犯行の実行犯をキャッチした。そこに至る過程こそがまさに「個人情報保護」の網をくぐらねば不可能だったと思われる。

* その他、リクルート事件と政界不正献金ルート。イ・アイ・イと長銀融資の不透明。法の華三法行の詐欺行為。相次ぐ17歳高校生の殺人事件の真相取材。また警察の「民事不介入」で、マスコミ各社の報道が被害の拡大を防いだオレンジ共済組合事件や経済革命倶楽部事件など、捜査権も特別調査権もないマスコミ取材の重要性を強調したい。

以上