配布資料

資料4添付資料6

「カルテ等の診療情報の活用に関する検討会」報告書に対する意見書

1999年3月

日本弁護士連合会


1 はじめに

 厚生省が1997年7月に設置した「カルテ等の診療情報の活用に関する検討会」は、1998年6月、報告書をとりまとめ公表した(以下「報告書」という。)。この報告書は、カルテ等の診療情報の患者本人への開示を法制化すべきとの注目すべき提言をしているが、この報告書はさまざまな問題を含んでいる。
 当連合会は、この報告書の主要な問題点について意見を述べ、それらの問題点を速やかに克服して、患者の権利の重要な内容をなす、カルテ等の診療情報の開示を実現する法律が早急に制定されることを求める。

2 診療情報の開示等に関する当連合会の基本的立場

 当連合会は、去る1992年11月の第35回人権擁護大会において、「患者の権利の確立に関する宣言」を採択した。この宣言では、「患者の主体的な意思が尊重される権利は基本的人権に由来し、国際人権法もこれを認めるところである。この権利の中核は、患者が自己の病状、医療行為の目的、方法、危険性、代替的治療法などにつき正しい説明を受け理解した上で自主的に選択・同意・拒否できるというインフォームド・コンセントの原則」であるとして、患者の権利の確立のために努力を尽くすことをうたっている。そして、その提案理由の中では、「患者の権利を真に確立するために、われわれは、インフォームド・コンセントの原則、カルテの閲覧・謄写権、患者の権利擁護システムなどを含む患者の権利法の制定やガイドラインの作成などが必要不可欠であると考える。」としている。
 また、当連合会は、プライバシーの権利の内容としての自己情報コントロール権を保障するための法制度として、現行の個人情報保護法の全面的改正を求める「個人情報保護法大綱」を策定し、1998年3月に公表している。大綱は自己情報開示請求権を規定し、これによって自己の医療情報も請求できるものとしている。その解説の中では、医療情報を自己情報開示請求権の例外としない理由として、「医療情報といっても多種多様である。しかも、多くの場合、医者だけでなく、患者本人がそれぞれの内容を知り治療に努めている現実がある。医療情報の内容から考えてみても、たとえば、ガンに関する医療情報の場合でも、患者本人が開示請求し情報を得たため、その本人に多大な精神的負担がかかることになったとしても、それは自己の選択の問題であると考えられ、その是非をめぐっては意見の分かれるところである。他方、たとえば精神医療に関する医療情報については、医者の診断内容が人の自由の拘束につながることもあることから本人への開示の必要性が極めて大きい。ガン告知の場合を根拠にして、診療に関する医療情報を開示の除外とすることは是認できない。」としている。個人情報保護法大綱は行政機関(特殊法人を含む)を対象とするものではあるが、上述の「解説」の考え方からしても、「患者の権利の確立に関する宣言」の趣旨からしても、民間の医療機関についても同様に考えるべきである。
 このように、当連合会は、インフォームド・コンセントを中核とする患者の権利の観点および、自己情報コントロール権の観点から、カルテ等の医療記録の開示を求める権利が確立されるべきであるとしてきた。

3 「報告書」に対する意見

 @法制化の提言
 この報告書の中で何よりも注目されるのは、診療記録の患者への開示を法制化すべきであるとしていることである。診療記録の開示を患者の権利として確立するためにはこれを法定することは当然のことであるが、こうした姿勢を示したことは評価できる。
 医療関係者の中には、法制化が直ちに罰則を伴うといった誤解もあるようである。また、パターナリズム(父権主義)に基づく「信頼関係」を強調して、「権利義務でとらえることになじまない」などという意見も少なくないが、患者と医師が対等の立場であることからすれば、パターナリズムとは異なる発想から開示請求権を確立した上での信頼関係を築くべきである。
 むしろ、医療関係者が求める、患者一人当りの診療時間の確保や財政的裏付けも、診療記録の開示が法制化されてこそ、政策課題として強く要求することが可能となるのである。
 ところで、報告書は法制化の内容として、医療法等の改正により患者の請求があれば原則として開示すべきことを規定することを提言しているが、患者に具体的な請求権を認めることまでは想定していないのであろうか。もしそうであるとすれば問題であり、患者の権利法を制定してその中でカルテ開示の権利を保障するか、カルテ開示に関する単独の法律を制定するか、あるいは医療法等の改正によるとしても、患者に請求権を認めて非開示とされた場合には裁判上の救済を受けられる仕組みにするべきである。

 A開示の根拠
 報告書の特徴は、「医療従事者と患者が共同して疾病を克服するという、より積極的な医療を推進する観点に立ち」などと述べることで、極めて限定的な意味でのインフォームド・コンセントを主たるよりどころに開示を論じていることである。そのためにかえって、開示の範囲がさまざまな意味で限界付けられてしまっている。この点も問題であり、患者の権利の中心ともいうべき、徹底したインフォームド・コンセントと自己情報コントロール権をともに開示の根拠に位置付けるべきである。

 B遺族への開示
 報告書では、遺族に対する開示については「本検討会では医療従事者と患者が情報を共有し、患者の自己決定の尊重および相互の信頼と協力に基づいたよりよい医療を行なうという観点から今回の検討の対象とはしなかった」とする。
 しかし我国の医療の現状は、医師と患者だけの関係にとどまらず、患者家族の協力やその了解を前提として遂行されている面が強い。また、これまでも患者の死後、医師は、遺族に対し慣行として病状経過、死因等を説明してきた実情がある。これは、遺族固有の権利に基づくものとも考えられる。
 しかるに患者本人が死亡すると、医療機関が突如情報開示の義務を誰に対しても負わなくなると考えるのは極めて不自然であるし、特に報告書では、子供の医療情報について親権者父母からの請求を認めるとしているが、子供が死亡すると一転して父母にも開示せずともよいことになり、なおさら不自然・不条理である。
 また、診療契約は、民法上の準委任契約と解され、契約当事者である患者が死亡しても、なお、相続人たる遺族は、医療者側に、その顛末の報告を求めることができ、カルテの開示をその一環として位置づけることは可能である。また、患者が未成年の場合には、親が診療契約の当事者として、子が死亡した場合にも、同様の請求をなしうることは当然であり、遺族への開示は、十分に根拠のあることである。また、患者の自己情報コントロール権ないし知る権利が遺族に相続されるとも考えられる。
 したがって遺族へも医療情報を原則として開示するのが相当である。
 通達により実施している診療報酬明細書(レセプト)の開示については、遺族もできるとしており、これとのバランスからいっても、遺族を検討対象にしなかったことは問題である。
 もっとも、患者の病気、死因はプライバシーに属することであるから、患者本人が、生前に除外する意志を示していた親族がいる場合は、その者への開示は否定されるべきであろう。

 C開示の方法
 報告書は、診療記録の開示の方法として、「診療記録の作成・管理についての体制が整うまでの当分の間診療記録に代えて、診断病名、治療経過、投薬記録など患者の自己決定に必要な診療情報を記載した文書を作成交付することを持っても足りるとすべき」とする。
 しかし、報告書の中でも、このやり方は「それ自体が所要の負担を伴うこと、患者から見て信頼性が確保されるかなどの問題もある」としているし、そもそも診療記録そのものを開示するのでなければ開示制度とは言えない。

 D診療情報の提供の例外
 報告書が、がんや精神病の患者に対する診療情報の提供について、基本的には例外扱いするべきではないとしている点は評価できる。
 開示することによって本人又は第三者の利益を損なう場合には、非開示とする余地があるとしても、その判断には客観性が必要であり、非開示とする事由は限定的なものとなるようルールを設定すべきである。

 E紛争処理のための第三者機関
 報告書では、「診療情報の提供、診療記録の開示をめぐる相談、苦情および紛争については、例えば医師会等に専門家等からなる独立した処理機関を設置することも望まれる」とする。
 確かに、かかる「独立した処理機関」は必要であろう。しかも、相談、苦情受付にとどまらず、非開示とされた場合の救済機関としての機能も持つ必要がある。開示請求を患者の具体的権利とするなら、裁判による救済の道もあるが、より簡易迅速に開示を受けられるために、医師側の意向に傾くことのない、公正中立な救済機関が必要である。かかる機関を医師会に置くのでは、そもそも形式上の中立らしさすらない。第三者機関は文字通り、中立的な機関として設置するべきものであって、その構成も、患者側の代表や法律家を加え、医療関係者は半数以下とすべきである。

 F開示に向けての条件整備
 報告書では、診療情報の開示を実現するための環境整備の問題として、診療記録の作成・管理が不十分であること、その背景として診療情報を扱う部門、専門家の欠如、経済的保障措置の欠如、系統的な教育の欠如、作成についての標準的な指針の欠如等を指摘しているが、これらの問題の解決のためには、まず開示の実現という方針を明示すべきであり、それによってはじめて条件整備を推進することが可能となろう。

以上