資料3
| 平成12年3月17日 日 本 医 師 会 |
今回、個人情報保護法制化専門委員会に対して意見書を提出するにあたり本会が示す意見は、基本的に前記意見書を踏まえたものであり、その趣旨に変更はない。
そのうえで、今回の意見書では、予め専門委員会から意見を求められた点、すなわち、個人情報の管理の現状、自主規制等取り組みの状況、中間報告に対する意見の諸点について回答を示し、とりわけ、医療分野における個人情報を適切に利活用する機会を保障することの重要性に焦点を絞って意見を述べることとする。
医学・医療の世界においては、個人に関連するデータ・情報の分析から、これまで多くの医学的・疫学的発見がなされ、重大な疾病の予防・治療を通じて、人類に多大な恩恵を与えてきたことは周知の事実である。こうした発見は、個人に関する医療情報を分析することなしに成し遂げることは不可能である。したがって、個人に関する医療情報を、調査・研究・統計等、予め想定していた目的以外の目的で利用するという状況が生じることもありうる。これを、個人情報の保護の要請とどのように調和していくかは、極めて重要な課題である。本意見書においては、上記の問題点を十分に認識したうえで、医療分野における個人情報の積極的な利活用の重要性を、強く訴えるものである。
前者@の情報の中には、看護記録のように、法律上必ずしもすべての医療機関に作成が義務づけられていないものもあるが、実態としてはほとんどの医療機関において、これらの記録類が作成・保存されている。これらの個人情報は、現状では大部分が紙媒体、フィルム現物等の形態で保存されているが、一部の医療機関においては、いわゆる電子カルテ、マイクロフィルム、磁気ディスク等の媒体を用いた電子的な保存も行われているところである(平成11年4月22日厚生省健康政策局長・医薬安全局長・保険局長通知、健政発第517号・医薬発第587号・保発第82号参照)。
これらの個人情報に関する記録の法定保存期間は、その種類に応じて区々である。すなわち、診療録は5年間(医師法第24条第2項、なお、社会保険診療に関する診療録にあっても、保険医療機関及び保険医療養担当規則第9条により同じく5年間)、その他の記録類は医療法第21条によれば2年間、保険医療機関及び保険医療養担当規則第9条によれば3年間の保存がそれぞれ義務づけられている。しかし、多くの医療機関では、これら法定の保存期間に関わらず、患者の記録について、相当長期にわたり管理・保存しているのが現状である。
また、上記記録類の内容となる情報の秘密保持については、前記平成11年9月21日の意見書でも明示したとおり、医師、薬剤師、助産婦等については刑法第134条(秘密漏示罪)の規定により、また、その他の職種についても、ほとんどの身分法により、守秘義務が課されているところである。さらに、電子媒体による記録類の保存については、前記平成11年4月の厚生省通知において、電子媒体保存を実施する各医療施設ごとに「診療録及び診療諸記録の電子保存に関する運用管理規程」を作成し、保存の適正化、秘密保持等に特段の配慮をするよう義務づけている。
後者Aの情報については、医療機関、研究機関、行政機関などにおいて調査・研究を目的として収集される情報や、疾病統計、分析など、公衆衛生上の必要性から収集される情報などがある。これらの情報はいずれの場合においても、統計的処理に便宜なように、電子的保存がなされているケースがほとんどである。
たとえば、がん疾患の罹患率やがん検診の成果の把握、有効ながん対策の研究等を目的に都道府県の事業として行われる「地域がん登録」を例にとれば、各医療機関から集積されたがん患者に関する情報は、統計的な利用を目的としてコンピュータ処理されることになる。その際、患者の二重登録等による精度の劣化を防ぐため、患者同定に必要な、氏名・生年月日等の情報を疾病情報とともに収集することが不可欠となる。したがって、これら統計的な調査・研究においても、個人に関連する医療情報を収集・管理することが、その性質上、必要となる。
さらに最近においても、日本医師会は会内の「会員の倫理向上に関する検討委員会」において、前記「醫師の倫理」を改訂し、新たに「医の倫理綱領」を作成した。同綱領は、本年2月の理事会承認を経て、目下、4月の代議員会において正式に採択されるのを待つという状況にある。同綱領「3」の案文によれば、「医師は医療を受ける人びとの人格を尊重し、やさしい心で接するとともに、医療内容についてよく説明し、信頼を得るように努める。」とあり、その「注釈」において、患者の秘密やプライバシーの保護について言及している。
個人情報保護検討部会が平成11年11月にとりまとめた中間報告は、結論として個人情報保護に関わる基本法を整備すること、その内容は基本的にOECD8原則を踏まえたものであること、併せて個別分野における法制度の整備も検討すること等の考え方を示すものとなっている。
日本医師会としては、個人情報の保護を目的とする基本法が制定されることについては、基本的に賛成の立場をとるものであるが、同時に医学研究や公衆衛生の維持向上の観点から、医療分野における個人情報を一定の条件のもとに目的外に使用することを認めることが、立法の際の不可欠の条件であることを強く主張するものである。
先の中間報告の趣旨に従えば、個人情報の収集は、その目的を明確にしなくてはならず、また収集された情報を目的外に利用することを禁止するものとなっている。しかるに、たとえば先に触れた「地域がん登録」においては、情報主体たる患者本人に対して、自己の情報が「地域がん登録」のデータベースに収載されることを医療機関側が予め説明することは、がんの病名告知が進みつつある現状においても、未だ極めて困難なものと想定される。仮に、患者本人の同意が得られた場合にのみ登録が許されるという事態になれば、発見されたがんの中の極く一部のみが登録されることになり、データベースの学術的価値は著しく損なわれることが明らかである。したがって、かかる疾病調査においては、患者についての診療情報が、本人の諾否にかかわらず、治療という本来の目的を離れて収集されることを認める必要性が生じるのである。
「地域がん登録」をはじめとする各種の疾病調査においては、有意義な研究成果を得るうえで、基礎となる情報の信頼性(精度)の確保は必須の条件である。そのため、各標本の同一性を判別する指標として、患者の氏名、生年月日等の情報は、疾患に関する情報に付随して扱われる必要がある。
また、診療によって得られた個々の症例の報告から、これまで数多くの医学上の発見、進歩が導かれたという事実も忘れてはならない。歴史的に有名な煙突掃除人の陰嚢がんも、現在、世界の脅威となっている後天性免疫不全症候群(エイズ)も、はじめは数例の症例報告がなされ、それに対して各方面からの研究が行われた結果、発見された病気である。症例報告が必要な症例かどうかは、ほとんどの場合、前もってわかるものではない。したがって、症例報告という目的をあらかじめ患者に伝えて、その同意を得ることはほとんどの場合不可能であると言える。
このような医学研究や公衆衛生の維持向上の観点から、医療分野における個人情報については、
(1) 個人に関する情報であっても、特定の個人を識別できない場合
(2) 個人を識別できる情報であっても、本人の権利、利益を不当に侵害するおそれがない場合には、個人情報保護に関わる基本法の適用除外とすべきである。
個人情報の保護は、秘密の保護に配慮しつつ、公共の福祉のための適切な利活用とを両立させることによって実効をあげるものである。したがって、個人情報保護に関わる基本法を制定する際に、公共の福祉のための医学研究や公衆衛生の維持向上の観点に鑑み、プライバシーの保護に関する厳格な自主基準をもつ医療分野に関する個人情報について、同法の適用除外とすることは、個人情報の保護と矛盾はないものと考える。
以 上