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21世紀日本外交の基本戦略

− 新たな時代、新たなビジョン、新たな外交 −





平成14年11月28日

対外関係タスクフォース




はじめに

 われわれ9名は、「対外関係タスクフォース」として昨年9月に研究会合を発足させて以来、これまで32回にわたって会合し、長期的な日本外交のあり方について議論を重ねてきた。その結果をこのほど「21世紀日本外交の基本戦略」として、以下のとおりとりまとめたので総理大臣に提出する。
 なお、これまでの当タスクフォースの多くの会合に総理大臣、官房長官、外務大臣に出席いただいたが、本報告書は委員のみで取りまとめたタスクフォースとしての率直な所見である。
 本報告書に盛り込まれた趣旨がわが国の外交政策の指針に反映されることを願ってやまない。

平成14年11月28日


岡本 行夫外交評論家(内閣官房参与)
小此木 政夫慶応義塾大学教授
北岡 伸一東京大学教授
田波 耕治国際協力銀行副総裁
谷野 作太郎前中国大使
張 富士夫トヨタ自動車社長
西原 正防衛大学校長
山内 昌之東京大学教授
渡辺 修ジェトロ理事長
         ( 五十音順 )




目次


本報告書の概要

I.日本を取りまく国際情勢

II.日本の地域別課題

1. 米国

2. 中国

3. 朝鮮半島

(1) 韓国
(2) 北朝鮮

4. 東南アジア、太平洋地域

(1) ASEAN
(2) カナダ、豪州

5. 南アジア

6. 中東、中央アジア

7. ロシア

8. 欧州

9. 中南米

10. アフリカ

11. 国連外交

III.日本の分野別課題

1. 安全保障

2. 世界の中の日本経済

3. 東アジアの経済統合

4. 持続可能な開発と人道支援

5. エネルギー問題

6. 環境問題

7. 学術文化交流

IV.「外交安全保障戦略会議」の創設を(結びに代えて)



1.別添報告書 「中国といかに向き合うか」
2.参考資料  「わが国のODA戦略について」(7月25日公表済み )




本報告書の概要


I.日本を取りまく国際情勢
 現代の国際社会は、第一に経済と社会構造のグローバル化、第二に軍事力の著しい発展と強力化、第三に中国経済の急速な膨張、という大きな変化のさなかにある。いずれの動きの中にも日本やアジア諸国にとって機会であると同時に脅威となりうる側面もあり、日本として十分な検討と対応が必要。
 今後の日本外交の展開には国家としての明確な戦略の策定が必要だが、これまでの日本外交はそれを欠いてきた。戦略の基礎は「国益」であり、その議論なしに日本の針路を定めることはできない。
 日本の基本的な国益とは、第一に日本の平和と安全を維持し続けること。国際平和活動については国際標準に適合できるよう考え直すべきだ。第二に自由貿易体制の維持。WTO体制を補完するものとして、二国間の自由貿易協定(FTA)のネットワークを作るべきだ。第三に自由、民主主義、人権の擁護。これらの価値を一貫して擁護することは日本の義務でもある。第四に学術文化教育を始めとする国民間の交流の積極化と人材育成。
 日本はこれまで十分に外の世界を見てこなかった。世界の現実を直視し、世界と積極的に関わっていくべきだ。

II.日本の地域別課題

1. 米国
 米国は日本にとって最も重要な国だが、日米関係の中核をなす日米安保体制も含めそのあり方を再定義されないままここまで来た。安全保障関係を中心に米国との関係を総合的に再検討すべきだ。再検討作業を経れば日米関係は一層強化されよう。この作業を行わなければ、少しずつ顕在化している日米関係のズレが大きくなって、両国民の同盟関係への信頼感が揺らぐ可能性がある。
 日米の政策の優先順位は異なっても不思議ではない。日米関係が英米関係のようになることは不可能だ。日本は米国と同じ目的を持ちつつも、自らの座標軸を持って米国とは補完的な外交を行っていくべきだ。
 経済面では緊張が緩和している現在こそ、政策協調を図っていくべきだ。

2. 中国
 中国との関係は、21世紀初頭の日本の外交政策の中で最も重要なテーマ。日中両国は「協調と共存」と「競争と摩擦」がおりなす関係。経済の世界に過度に政治を持ち込まないことが肝要。日本は中国の「元気」を取り込むべきだ。対中投資に伴う空洞化は、日本自身が高付加価値の生産活動に魅力的な国になることしか解決策はない。
 中国の軍事力の増強は日本と周辺諸国に深刻な脅威となりうる。中国の軍事予算の増強について中国側にその透明性を強く求めていくべきだ。
 対中ODAは、対象分野を絞り日本国民にわかりやすい援助にすべきだ。
 日中間において、折々波風が立つ問題として歴史問題と日台関係がある。歴史問題は両国が歴史を教訓としつつ、そろそろ「歴史の呪縛」から抜け出し未来志向の関係を目ざすべきだ。日中正常化以来、台湾は大きく変化した。日台関係にも一定の変化が生じるのは自然なことだ。

3. 朝鮮半島

(1) 韓国
 民主主義、市場経済、米国との同盟の3つの基本体制を共有する韓国は日本にとって最も重要な地域戦略パートナー。これら基本体制が共有されれば、日韓の価値観や国益は接近する。ワールドカップ大会で若い世代の間にパートナー意識が誕生したことは特筆されるべきだ。
 日韓関係の次の目標は日韓FTAの締結。これを中核とする包括的経済連携構想を実現すべきだ。ここで醸成される新しい共同体意識は重要。日韓をハブとする民主主義と市場経済のネットワークは東アジアと大洋州に拡大していくだろう。

(2) 北朝鮮
 北朝鮮が引き起こしている拉致、核兵器とミサイルの開発、工作船、覚せい剤密輸等を北朝鮮自身が解決することなしに日朝関係の正常化は不可能。これらの問題が解決され、新しい平和が東アジア全体の繁栄につながっていくことを期待。
 北朝鮮の国際社会への参入のためには、北朝鮮自身の大きな努力が必要。日本の目的は北朝鮮の体制転覆ではなく、その政治経済体制を段階的に変質させること。

4. 東南アジア、太平洋地域

(1) ASEAN
 ASEANの安定化は日本の安全確保に大きな意味を持つ。ASEANは域内の格差が大きく、先ずASEAN5と対話しその結果を拡大ASEANに適用していくべきだ。ASEANとの経済連携は、域内統合を高めるように進めるべきだ。
 日本はシンガポールでの小泉総理演説に基づき、「東アジアコミュニティ構想」を推進すべきだ。日本は教育、人材育成、民主化推進でASEANへの重要貢献を。

(2) カナダ、豪州
 太平洋を挟む日本、カナダ、豪州は、戦略上の共通点を持つ。日本は案件によってはカナダ、豪州とともに三カ国共同政策を打出すことも発想すべきだ。日本はG8とは別にこの両国との関係についても戦略的に把握して日本の外交資産の中に取り組むべきだ。

5. 南アジア
 この地域は世界で核戦争が起こる可能性が最も高いという点で安全保障上の重要地域。インドと日本はITの分野など経済的に補完関係に立ちうる。日本はインドの強い部分を認識し日本経済の活力の浮揚に役立てることができる。
 パキスタンが破綻国家となれば、核・ミサイル技術の拡散やテロ化などが起こりうる。
 カシミール紛争は、世界的影響を有する。日本も紛争解決に向けて何らかの実効的貢献を行うべきだ。

6. 中東、中央アジア
 日本は「中東シルクロード外交」を行い、@イラクの大量破壊兵器の廃棄 A国際テロリズムの脅威の除去 B湾岸諸国からのエネルギー安全保障 Cイスラエル・パレスチナ紛争へのソフトパワーの支援 Dイランとの関係拡大、を推進すべきだ。
 イラク問題の解決のためには、フセインが大量破壊兵器の廃棄を完全に実施し、かつサダム・フセイン体制が自然解体に向かうことが最も望ましい。日本はそのためにできることを行うべきだ。
 中東和平プロセスについては、日本はイスラエルとパレスチナ双方に圧力をかけて関係を融和する試みを。

7. ロシア
 ロシア自身が大きく政治姿勢を転換するなかで日露関係も重要な転換点にある。日本は冷戦期の対ロシア外交を根本的に見直すべきであり、日露関係を動かさないままにはできない。ロシアは日本外交にとって大きな可能性を残している地域。ロシア側も日本との結びつきを求めている。ロシアは世論の強い開放社会になっているので、対話のパイプを思い切って強化し、トラックIIの対話を開始し、領土問題についてもロシア側と種々の角度からの議論を行うべきだ。

8. 欧州
 EUは世界最大級の擬似国家への道を着実に歩んでいる。国際社会のバランスのためにはEUの発展の意味は世界史的に評価されるべきだ。新しい秩序の世界にあって日本外交にとっては案件ごとに強力な連携の相手も必要。いくつかのケースについてそれが期待できる合理的な相手はEU。日本はEUと長期を展望した協力のあり方と戦略について考えるべきだ。

9. 中南米
 中南米は日本が負の遺産を一切持たず、何の制約もなく日本がもてる力を発揮できる地域。しかし90年代以降、中南米における日本のプレゼンスは減少の一方。メルコスールを始めとする中南米諸国とのFTA締結を視野に入れて経済協力を拡大していくべきだ。

10. アフリカ
 アフリカを放置すれば破綻国家群からテロなどの破壊要因が世界に対して輸出される。アフリカに民主主義と良いガバナンスをもたらすことは世界の安定と繁栄のために必要。アフリカ支援は短期的な見返りを期待してではなく、世界秩序を守る国際行動の一環。TICADを発展させることが重要。

11. 国連外交
 国連は加盟国の利害がむき出してぶつかる場。安全保障理事会に日本は6年間参加できない。日本の常任理事国入り戦略も、旧敵国条約削除も進展ない。しかし、国連が世界の平和と安定に果たしている機能はきわめて重要。その平和維持創設機能については主権国家が単独で代替することは困難。日本は国連の将来に希望を託しできる限り協力していくべきだ。
 ただし日本の高額の分担金はいかなる理屈をもってしても説明がつかない。経済力に見合った15%程度の合理的な分担率への引き下げのため強い決意であたるべきだ。


III.日本の分野別課題

1. 安全保障
 北朝鮮の核兵器開発や、中国人民解放軍の急速な近代化は、東アジア地域の不安定化要因。日本が主権と独立のために選択した対米同盟関係は、今後強化する必要性はあっても弱まることは予想されない。日本がテロに対抗する体制を強化することが重要。特に情報収集は国の安全確保の基本。
 沖縄に過重の負担をかける形で維持されている基地問題は、沖縄と本土を対象に全体として再検討して初めて解決が可能。
 集団自衛権論争は、集団安全保障体制に日本が実質的に参加するための現実的議論へと進化させていくべきだ。日本はアフガニスタンのISAFへの非戦闘部隊派遣など、武力行使を目的としない後方支援活動に貢献する国家となるべきだ。

2. 世界の中の日本経済
 日本は、中国の発展により最も直接的な影響を受ける国であり、新しいパラダイムの下での国家経済像を描く責任がある。まず不良債権を早期処理し、同時に経済構造そのものを改革することが不可欠。
 これを実現するためには、科学技術の振興が絶対的な条件。規制改革も避けては通れない。先端産業や研究開発など高付加価値の対内直接投資の誘致を念頭に、高コスト構造の是正、教育施設の充実、留学生受け入れなどを進めていくべきだ。
 また、農業分野の構造改革は不可欠。国内農業への影響を緩和するメカニズムや食糧安全保障について考えていくべきだ。

3.東アジアの経済統合
 わが国経済の最重点正面は、世界経済の成長センターである東アジア。日本は東アジアの一体化の動きを加速させ、その最先端を担い、共に歩むコミュニティの中核国を目指すべきだ。これを具体化していくために経済連携協定を戦略的に活用し、垣根のない東アジア経済圏を創設すべきだ。
 東アジア経済統合の仕上がりの姿は、日、中、韓、ASEANに台湾、香港、更に豪州、NZとの連携。拡大しつつある中国の影響圏とのバランスをとる観点からも、先ず貿易・投資の面で関係が強いASEAN、更には韓国、台湾とのFTAを核とする経済連携から進めていくべきだ。

4.持続可能な開発と人道支援
 厳しい財政事情の下でODAの効率化を進めるために、優先して援助を行うべき地域と分野の重点化を図るべきだ。重点地域としては、ASEAN及び東アジア諸国、インド亜大陸、中東、中央アジア、カスピ海沿岸諸国など。重点分野としては、東アジアの経済統合と成長を支援するための基盤整備、環境・エネルギー、貧困の除去、平和構築、対日理解を増進するための援助など。
 わが国のODAにとって最大の問題は対中ODA。日本の国益に直結するODAへ。
 また、日本国民が個人レベルで国際的な開発・人道支援活動の一翼を担っていくことを支援していくことが重要。
5.エネルギー問題
 アジア地域のエネルギー安全保障問題が顕在化するなかで、中東依存度の低下を図ることが急務。エネルギー供給源多様化を進めるとともに、ロシア原油、カスピ海原油、アフリカ原油に注目すべきだ。
 政府は、わが国の中核的なエネルギー企業の活動を支援すべきだ。また、アジアのエネルギー情勢を考え原子力の重要性を見落とすべきではない。

6.環境問題
 環境問題への対応に際しては、国内政治、経済問題としての視点とともに、持続的成長に向けての国際協調を推進すべきだ。
 米国が当面京都議定書を批准しないことを前提に、我が国戦略の組み立てを考えるべきだ。中長期的には、米国、途上国を取り込んだ地球温暖化対策の国際的枠組みを作ることが重要。日本が国際世論をリードするべきだ。また、最大の潜在的汚染者たる中国の企業等に関してアジアでの環境国際ルールの確立を目指すべきだ。

7.学術文化交流
 日本にとって、文化力は経済力とならんで外交の重要な柱。反テロや科学技術振興など、世界全体に必要とされる理念を文化的に深めていくべきだ。日本の外国研究の体制は、未だ手薄。現代日本やアメリカ、アジアなどについての研究センターを作ることが重要。留学生についても産官学の提携によって効果的な受け入れを進めるべきだ。

IV.「外交安全保障戦略会議」の創設を(結びに代えて)
 日本外交は、時代の明白な変化や確実に結果が予測される流れに対しても対症療法で済ませる場合が増えている。政治は長期的戦略に基づいて外交のあり方を把握するビジョンを欠いてきた。行政は果断な政策をとって来なかった。
 総理大臣に対しては、外務省からだけでなく異なった視点や選択肢が提示され、官邸によって総合的に調整されていくプロセスも必要。
 このようなビジョンと意見を提示していくために「外交安全保障戦略会議(仮称)」を権威のある形で創設し、総理大臣に中長期の外交指針を建言していくようにすべきだ。
 世界は、米国の極超大国化、中国のダイナミズム、EUの単一国家への流れの中で大きく変化。これから20年間の世界変化は、近代史が経験したどの20年間の変化よりも大きくなろう。新しい世界にあって、日本外交の優先順位も当然再検討されるべきだ。




I.日本を取りまく国際情勢

  

 現代の国際社会は、次のような大きな動きのさなかにある。
 第一は、経済と社会構造のグローバル化である。かつては西側の先進産業諸国、7〜8億人が世界の経済の中心だったのが、いまや中国もインドも旧ソ連圏も含めた40億人が一つの経済圏に入って、世界を舞台とする激しい競争が繰り広げられている。
 そこには、人々にとって競争や参入の大きな機会と共に、危険も存在している。グローバリゼーションは、世界の貧富の差を絶望的なまでに拡大する可能性を持っている。途上国の伝統文化を破壊し、先進国経済の大きな再編成を迫る可能性もある。
 第二は、軍事力の著しい発展と強力化である。主要国の間における古典的な戦争は、予想される被害の巨大さゆえに、ほとんど考えられなくなっている。とくにアメリカの軍事力は歴史上例を見ない圧倒的なものになった。アメリカに向かって正面から挑戦する国家は、当分出現しないだろう。しかし、危険と懸念もある。危険はそうした破壊力の強い兵器が国家以外の集団に利用されてゲリラ、テロといった形で噴出することであり、懸念はアメリカが単独で行動しようとする傾向が強まっていることである。いずれの動きも世界史的な意味を持った2001年9月11日の米国における同時多発テロにより加速化されている。
 日本の周辺に注目すれば、まず安全保障面では北朝鮮の核開発の問題がある。開発がこのまま進めば、それによって最大の影響を受けるのは、韓国と並んで日本である。テロの危険も、もちろん日本にとって無縁ではない。さらに中国の軍事力の増強は、日本にとって中長期的には深刻な脅威となる可能性がある。
 第三は、急速に膨張しつつある中国の経済規模の拡大が世界に大きな影響を及ぼしつつあることである。かつて日本は約20年間にわたる高度経済成長によって世界経済に影響を及ぼしたが、中国の高度成長は、年数においてすでに日本を越えている。さらに中国は先の党大会で2020年までにGDP4倍増という目標を設定した。中国の発展はもちろん中国固有の成果であり多くの好ましい意義を持つが、他方あまりに急速な変化やエネルギー需要の急増といったことが日本を始めアジア諸国に及ぼす影響についても、十分な検討と対応が必要である。

 過去一年半の小泉外交は、概ねこのような世界の変化に対応すべく展開されてきた。
 9.11テロを受けて小泉内閣は内外に向かって積極的に対応し、海上自衛隊艦船をインド洋に派遣して米軍の行動を支援し、世界から高く評価された。その後、1月のアフガニスタン復興東京会議において日本が担った積極的役割は、テロに対して毅然たる措置をとった後に破綻国家を再建するという意味で極めて適切なものであった。NGO出席問題があまりにも大きくクローズアップされたため、この会議の本来の意義と成果の評価が十分国民に伝わらなかったのは残念なことであった。
 今年9月の北朝鮮訪問は、長年にわたって凍りついていた北東アジアの安全保障環境を大きく変化させる端緒を作ろうとするものであった。北朝鮮との関係正常化のためにはいくつもの困難な問題を解決しなければならないが、小泉首相の訪朝は、拉致事件を始めとする日朝間の諸問題についての冷厳な実相を国民に伝えるうえでも大きな役割を果たした。
 この間、小泉首相は今年1月に東南アジアを訪問し、日本シンガポール経済連携協定を締結し、ASEAN諸国との経済提携構想を明らかにした。これまで日本はWT0重視という立場から、二国間ないし地域における自由貿易協定を積極的には進めてはこなかった。しかし、ASEANが中国の発展の影響を受け、また中国がASEANに接近する中で、日本・ASEAN間の伝統的な関係を新しい次元で強化しようとしたものであった。
 以上のように、これまでのところ小泉外交は、日本が直面する短期的課題に関しては相当の成果を収めてきている。

 今後の日本外交の展開には国家としての明確な戦略の策定が必要である。
 これまでの日本外交はそれを欠いてきた。世界が冷戦構造の枠組みの中にあり、米国によって安全を保障されながら順調な経済発展を遂げていた日本にとって、さしたる戦略は不要でもあった。しかし今はそういう時代ではない。
 戦略の基礎は国益である。何が真の国益であるか、判断を誤らないよう不断の検討が必要である。ところが、戦後日本では、戦前戦中における「超国家主義」に対する反動から、国益という言葉と概念を使うことをはばかる雰囲気が続いてきた。その結果、戦後日本には私益や省益や社益など個別利益を優先する風潮が氾濫することになった。国益を論じることなしに、日本の進路を定めることはできない。
 ここでいう国益とは、日本だけの利益をひたすら追求する偏狭で短期的な国益のことではない。偏狭な国益を振りかざせば、必ず他国と対立して行き詰まる。日本にとって真の国益とは、長期的に他国の国益と両立するものでなければならない。かつて小渕内閣が「開かれた国益」を提唱したのは、このような意味においてであった。

 では、日本の基本的な国益とは何か。
 第一に、日本の平和と安全を維持し続けることである。
 いかなる国にとっても、「安全」はもっとも重要な国益である。とくに日本は戦略的縦深性の乏しい国であり、軍備競争にもろい国である。核兵器を有する中国と単独で対抗することは困難である。したがって、日本がアジアおよび世界の安全保障の最終的担い手である米国との安全保障関係を強化していくことは、自然な要請である。
 それだけでなく、日本は世界の安全のために、より積極的な役割を果たすべきである。現代世界の大きな脅威は米国抜きでは対応できない。しかしそれ以外の脅威に対しては、主要国が提携して機動的に対応すること――いわば国際的な警察力のようなものを発展させること――が重要になっている。日本も主要な担い手の一人となるべきである。
 具体的には、国連から国際的正当性を付与された活動に対して、自衛隊を活用した補給・輸送等の後方支援、PKOへの積極的参加、破綻国家再建などに従来以上に積極的に参加することである。こうした面での日本の活動は、諸外国に比べ制約が多すぎる。自衛権を越えた武力行使は避けるべきだが、国際平和活動の際の運用については国際標準に適合するよう見直すべきである。また、対象も拡大して、例えばアフガニスタンにおけるISAF(国際治安支援部隊)のような活動にも参加すべきだろう。このような活動を軍国主義の復活につながるからと反対し、汗をかくことを忌避することは、湾岸戦争の際の経験から明らかなように、むしろ国益に反するものと考える。
 第二に、自由と民主主義、そして人権の擁護である。自由と民主主義は、戦後、いや明治以来の日本の貴重な成果である。また、近年における韓国や台湾での民主化は国際的に評価され、日韓関係の大幅な改善や、台湾に対する親近感の高まりをもたらした。タイについても同様であった。長期的なアジアの安定のためには、一貫して自由と民主化を進め人権を擁護し、人道支援活動に積極的な姿勢をもつことが、アジアの先進民主主義国である日本の義務であり、国益である。ただし、この主張にあたっては、欧米のように声高で直接的なアプローチでなく、日本の場合は静かで穏やかなアプローチをとることが効果的であろう。
 第三に、自由貿易体制の維持が日本の国益の根幹にあることは、改めて述べるまでもない。資源に乏しくエネルギーのほとんどを外に依存する日本にとって、自由な貿易の発展は死活的に重要である。
 グローバルな貿易体制はWTOを中心に形成されていこうが、さらにこれを補完するものとして、多くの国々が積極的に地域ないし二国間の自由貿易協定(FTA)のネットワーク作りに乗り出している。日本もその方向へ進むべきである。そのためには、さらに市場を開放し、労働集約型産業はある程度途上国にまかせ、付加価値の高い産業に重点をおく転換が必要である。農業保護だけを理由として自由貿易協定の締結に反対し続けることは国全体の利益に適うものではあるまい。
 第四に、学術文化教育を始めとする国民間の交流の積極化である。日本はアジアで最初に近代化をなしとげた国である。その際、もっとも力を注いだのは人材育成であった。人と人との交流は極めて効果が大きく、成果が長く残るものである。海外で日本を理解する人々が増えることは、日本にとって大きな利益である。学術文化教育関係の交流は、今以上に思い切って進めるべきである。

 以上に述べた四点は、いずれも日本自身にとって大きな課題である。日本はこれまで十分に外の世界を見てこなかった。世界の現実を直視し、自らをふりかえって、世界と積極的に関わっていく覚悟が必要である。世界の平和構築のためにさらに積極的に行動し、さらに市場を開放し、さらに世界の人権を擁護し、さらに学術文化を発展させることが日本の国益である。


II.日本の地域別課題


1.米国
 米国は日本にとって最も重要な国である。自由と民主主義の最大の擁護者というだけではない。日本が他国から攻撃を受けた時に自らの血を流してでも日本を防衛する国は米国だけだからである。日本が国家にとって最も重要な目的である独立と国土国民の安全を確保していく現実的な手段は、予見しうる将来、日米安保体制しかない。(残る理論的な選択肢は、自衛隊の規模と能力を大幅に増強した上での武装中立か、米国以外の国との同盟関係の締結であるが、何れも現実的ではあるまい。)
 この米国との関係で日本がとってきた戦後の協調路線は、間違いなく日本に安全と繁栄をもたらしてきた。しかし、新安保条約の締結後40数年を経て、両国をとりまく国際情勢はその基本が変化した。日米関係にあって中核をなす日米安保体制にしても、再定義されないままここまで来たが、朝鮮半島情勢の進展に伴い日本を含む極東への前方展開戦略のあり方も当然変わってくる。沖縄の基地のあり方についても、過重負担を軽減するための方策を改めて考え直すべきである。
 当タスクフォースとしては、安全保障関係を中心に米国との関係を総合的に再検討すべき時期に来ていると考える。相手の同意も得なければならない作業だが、この再検討作業の過程を経れば、日米関係はいっそう強固なものになるだろう。逆にこの作業を怠れば、少しずつ顕在化してきている日米関係のズレが大きくなっていって、両国民の間の同盟関係への信頼感が揺らぎ始める危険性がある。
 そのズレとは、第一に、冷戦構造の消失後10年以上を経て多様化している世界の中で、同じ価値を信奉し同じように領土的野心を持たない日米の国家利益は同一の方向を向いているが、全ての点で合致するわけではなくなってきていることである。日本にとって米国は唯一の同盟国であるが、米国にとって日本は40カ国近くの同盟国の一つである。米国が日本とは異なる独自の「議題」を持つのは当然である。特にアジアや中東においては、日米の政策の優先順位が先験的に同じであることはあり得ない。
 第二に、超大国(スーパーパワー)から極超大国(ハイパーパワー)になりつつあるアメリカでは、反対意見や異なる価値体系に対する寛容の精神が弱まりつつある。米国は圧倒的な力をもってこの矛盾を抑えこんでいるが、そのために米外交の道義性が弱まる可能性もある。更に、アフガニスタンでの戦闘に見られたような米国の圧倒的な近代戦闘技術が、今後の国際紛争に対する米国の介入の敷居を低める危険性があることにも留意しなければならない。
 自らの国益追及より先に無原則に国際協調を優先させるきらいがあるこれまでの日本外交とは異なり、米国が自らの外交政策の基礎に置いているのは徹底した「国益」である。米国の外交政策の中には、「自らが一歩譲っても世界全体が上手くいくならば良い」といった発想は少ない。特に経済面での行動にはそれが多い。97年のアジア通貨危機に日本がアジア諸国の要請に応えて積極的役割を果たそうとした「アジア通貨安定基金構想」に対しても、98年の「新宮沢構想」に対しても、米国はアジア諸国への通貨金融外交の主導権をとられたくないという理由で極めて消極的であった。京都議定書の拒否も含めて一連の国際的枠組みからの最近の離脱も、米国が自国の利益を最優先させた現れだろう。
 米国内の知日派には、日本が米国の同盟国として役割をより完全な形で担うことにより、日米関係を米英関係のような緊密な次元に引き上げるべきとの意見がある。先方のこのような発想の背後にある日米関係重視の姿勢は大切にしたいが、日本が米国との関係で「英国並み」になるべきとの発想には無理があろう。日英両国の間には、米国との関係において、また地政学的条件において、大きな違いがあるからである。
 日本は米国との関係で、同じ目的を持ちつつも自らの座標軸を持った強力な同盟国として、米国との間で徹底的な議論行ったうえで新しい時代の政策協力を図り、相互に補完的な外交を行っていくとの道をとるべきと考える。
 経済面での関係について言えば、80年代から90年代の前半にかけて、基本的な方向付けがないままに特定産業の利益に基づく個別の通商案件によって全体が規定されがちな不幸な時期があった。対立的、ゼロサム的なアプローチが基調となったことによって、両国の経済政策の在り方とその世界経済への影響について、広い視野からの議論が失われてきたことは事実である。
 90年台後半以降の日米経済関係は、日本の経済的困難による米国内の日本脅威論の退潮と、中国の米国の最大貿易赤字相手国としての登場により、目立って緊張が緩和した。
 この機会を把え、両国間のチャネルを強化して世界経済の二つの大きなプレイヤーとして政策協調を図っていくべきである。幸いなことに、米側は日本の政策に対して自らの考えを押しつける姿勢を意識的に慎んでおり、「日本対米国」という旧来の形式から脱却し、日米両国の政策責任者とビジネス界の有識者によって、WTO関係等をめぐる対中政策での協力など、新しい取り組みが始まっている。

2.中国

 先に開かれた第16回共産党大会で、中国は胡錦濤総書記をはじめとする新たな中央指導部のメンバーを選出した。今後中国は、引き続き経済分野での改革・開放を積極的に進めていくことになろう。同時に新しい指導者たちには、三つの重い課題が待ちうけている。@貧富の格差、環境破壊、水不足(とくに華北)、失業問題、不正、腐敗の広がりといった20余年にわたる改革・開放政策が必然的にもたらした「影」の部分への対応、A政治、司法など経済以外の分野の改革・開放への取り組み、BWTO加盟をも受けて迫りくる経済・社会のグローバリゼーションという大波への対応である。より長期的には、すでに始まっている経済発展と政治体制(共産党の一党独裁)との間の「股裂き状態」を調整し、中国を全体として調和の取れた社会に軟着陸させるという大事業に立ち向かわなければならない。
 その中国と如何に向き合ってゆくかは、21世紀初頭の日本の対外関係において、最も重要なテーマである。今後の日中関係は、一方において「協調と共存」、他方において「競争と摩擦」という二つの相反する要素がからんで進むこととなろう。協調とは対中投資、ODA、一部外交事務などの世界であり、摩擦とは、拡大する中国の軍事的脅威、そして経済、通商問題、更に一部の政治問題をめぐる攻めぎ合いの世界である。そのうち、経済、通商問題については、中国のWTO加盟が問題を緩和していくことが期待される。要は、経済の世界に過度に「政治」を持ち込まず、国際ルールに則ってその都度冷静に処理してゆくことにつきよう。日中両国は、もっとそのような対応を身につけていかなければならない。
 日本にとっては、隣りの大国である中国がどのような状態にあることが望ましいのか。経済的に停滞の淵にあり、時として猛々しく、社会的にも不安定な中国か。あるいは経済的に発展し、その結果、社会も安定し、そこに日本も含め豊富なビジネスチャンスも生まれてくる中国か。議論の余地はない。別途のペーパー「中国といかに向き合うか」でも述べた通り、中国が元気であるのならば、これを脅威ととらえるのでなく、むしろこれを好機ととらえ、日本はそのような中国の「元気」をとりこみ、お互いに長所を生かしつつ共栄の道を探るべきである。近年両国をまたぐ規模で、日中企業間の協力の新たな仕組みが芽生えつつあることは注目される。 ただし、中国に進出した日本企業が失敗する事例について見れば、投資する側に甘い姿勢があることも原因であるが、中国側の投資環境に起因するケースも少なくない。なかには先方の官、司法がかかわったケースもある中で、日本は中国側による投資家に対する不当な扱いに対しては政府ベースの介入を機動的に行えるようにしておくべきと考える。
 なお対中投資が早いペースで進んでいることによって、日本国内では地域によって深刻な空洞化問題が生じつつあるのは事実であるが、これは中国を責めるより、わが国の経済構造改革の一つのプロセスとして把え、日本自身が高付加価値の生産活動に魅力的な国になるとともに、広い意味でのサービス化を進める方向でしか解決できない問題である。
 冒頭に述べたとおり、中国の軍事力の増強は日本と周辺アジア諸国にとって深刻な脅威となる可能性がある。特に最近の中国海軍の日本周辺における遊弋は、日本国民に不安を与えるものである。増加の一途をたどる中国の軍事予算に対し、政府は安保対話の場などを通じ中国側にその透明性を強く求めてゆくべきである。
 なお中国の飛躍的な経済成長に伴い、日本が中国に供与しているODAについて種々の議論が高まっている。要は、対象分野も絞り日本国民にも国際的にもわかり易いメリハリのついた援助にすべきということであるが、詳しくは当タスクフォースが7月25日に公表した「わが国のODA戦略について」を参照願いたい。
 別途のペーパーにおいて述べたとおり、正常化以来、日中関係に折々の波風をたてて来た問題として歴史問題と日台関係がある。そのうち歴史問題については、両国が歴史を教訓としつつ、そろそろ「歴史の呪縛」から抜け出し、未来志向の関係を築いていくことが重要である。そのためには、わが国の若い世代に対するこの面での正しい教育、中国の対日理解の増進が重要である。一方中国にあっては各種世論調査からも明らかなとおり、若い世代の間において強い嫌日感情が存在することは深刻である。日中間の真の友好関係は、若い世代が相手をどう思うかが決定的に重要である。政府は、中国若年層の嫌日感情のもとになっている中国国内の教育の在り方について、中国政府と率直な協議を行うべきである。
 日台関係については、日本側は72年の日中国交正常化以来、概ね両国共同声明の枠内でこれを運営してきた。しかしそれから30年が経ち、中国は、改革・開放政策の下で大きな発展を遂げ、他方、台湾においても、@「反攻大陸」の旗を降ろしたこと、A民主化を成し遂げたこと、BAPEC、WTO等国際的枠組みの場への参加を果たしたこと、の三つの大きな変化があった。それらのことが中台関係に変化をもたらしたように、日台関係にも一定の変化をもたらすことは自然なことである。この際、30年の経験を総括し、我が国と台湾との間の実務関係を処理してきた交流協会についても、その強化策を考えるべきであろう。
 両岸関係については、日本政府は一貫して両当事者間の話合いによる平和的解決を求めてきている。統一問題の鍵は、中台経済関係の深まり、中国自体の更なる変化、台湾住民の民意ということであろう。今日、統一問題についてその見通しを語り得る状況にはないが、中国は統一問題の停滞に関するフラストレーションのはけ口を日台関係に求めることがあってはならない。

3.朝鮮半島
 地理的に隣接する朝鮮半島の平和と安定がわが国の安全と繁栄にとって死活的に重要であることは多言を要しない。しかし、韓国が経済発展と民主主義を達成して第一級の国際国家としての道を歩んでいるのに対して、北朝鮮は経済的に破綻し、閉鎖的で一元的な政治体制を却って強化している。とりわけ核兵器や中長距離ミサイルの開発や大規模な常備軍の維持は、周辺諸国に大きな脅威を与え、この地域の平和と安定を脅かしている。

(1)韓国
 民主主義、市場経済、そして米国との同盟という「三つの基本体制」を共有する韓国は、日本にとって最も重要な地域戦略的パートナーである。これらの基本体制が共有されれば、当然のことながら日韓両国の価値観や国益は接近する。21世紀において日韓両国はいずれも先端的な産業技術と自由な市場経済を持ち、自由と人権を尊重しつつ繁栄していく民主的な国際国家を志向している。北朝鮮との関係では安全保障上の利益も共有している。
 もちろん、国民意識の変化はそれほど容易ではない。「過去の記憶」が変化を妨げてきたからである。韓国には依然として反日感情が瞬時のうちに燃え上がる土壌もある。しかし、歴史問題が「負のシンボル」であるとすれば、サッカー・ワールドカップ大会の共同開催はまさしく「正のシンボル」であった。大会を成功させる過程で、日韓双方の若い世代の間に仲間意識と対等のパートナー意識が誕生したことは特筆されてよい。今の日韓両国にとって、これほど大きな財産は存在しない。
 日韓双方にとって、次の目標は今年の7月から両国の産業界、官界、学界の共同研究として始まった日韓FTAの締結である。これを中核とする包括的経済連携構想が実現すれば、両国間には1億7千万人の人口と5兆ドルのGDPをもつ共同市場が誕生する。双方の国民が自由に往来し、関税のかからない商品が交易され、各種の資格や基準が標準化されることの経済的なメリットは計り知れない。また、そこで醸成される「新しい共同体意識」は、歴史問題を含む両国間の懸案の解決を容易にするだろう。
 ポスト金大中の韓国がそのような道を選択するかどうかは未確定であるが、われわれは楽観している。両国は北朝鮮問題を解決するための日米韓の緊密な協調とともに、新しい日韓関係を構築するための努力を倍加するべきである。日韓両国をハブとする民主主義と市場経済のネットワークは、米国というグローバル・センターと接続しつつ、東アジアと大洋州に拡大していくだろうし、そのようなネットワークは、中国の民主化と更なる経済の自由化を促進し日中関係の改善にも寄与するだろう。更にその過程で、米国、中国、ロシア、そして北朝鮮に対する日本の外交的立場も強まることになろう。

(2)北朝鮮
 北朝鮮との関係は、戦争終了後も長期にわたって正常化されていない。冷戦の全期間にわたって、北朝鮮が東側陣営の前哨国家として韓国および西側と鋭く対立したことがその大きな理由であった。冷戦終結後、そのような前提が除去され、十年以上にわたって日朝間で断続的に国交正常化交渉がもたれたが、その度に日本人拉致、北朝鮮による核兵器や中長距離ミサイルの開発、工作船浸透、覚醒剤密輸問題などが大きな障害として立ちはだかった。
 日本側が植民地統治の過去を清算する責務を負っていることはいうまでもないが、北朝鮮が引き起こしているこれらの問題を解決することなしに、両国関係を正常化することは不可能である。逆に、これらの問題が解決されれば、朝鮮半島に誕生する新しい平和は東アジア全域の繁栄に寄与していくだろう。本年9月の小泉首相の平壌訪問が意図したのは、日朝間の過去の問題と現在の懸案を包括的に解決することであり、それによって、平和のうちに繁栄する北東アジアを構築する道を拓くことであった。
 われわれは、北朝鮮が積極的に国際社会に参入することを期待している。しかし、そのためには北朝鮮自身に大きな努力が要求されている。金正日国防委員長による日本人拉致事実の認定と謝罪の表明を土台に、北朝鮮側はまず拉致問題を誠意をもって解決する義務がある。核兵器については開発計画を完全に放棄し、「お互いの安全を脅かす行動をとらない」との合意に基づいて、ミサイルについての規制を受け入れなければならない。
 日本国内には、国交正常化後の経済協力提供について批判的な意見が少なくない。もちろん、経済協力が軍事力強化に向けられないよう細心の警戒が必要であるが、日本が追求する目標は北朝鮮の急激な体制転覆ではない。まず北朝鮮の危険な対外行動を規制して無害化することであり、次にその政治経済体制を段階的に変質させることである。日本から提供される経済協力は、北朝鮮経済の復興や南北経済協力の促進に寄与するだけでなく、そのような目標を達成するための有力な手段ともなるはずである。

4.東南アジア・太平洋地域

(1)ASEAN
 東南アジア地域は、地政学的にはわが国のシーレーンが陸地に近接して通過する唯一の地域であり、マラッカ海峡などでの海賊行為がわが国海運界に大きな衝撃を与えてきたように、この地域の安定化はわが国の安全確保にとって大きな意味を持つ。
 東南アジアを統合するASEANは、10カ国が加盟する大きな機構となったが、構成国間の格差はきわめて大きい(最富国と最貧国の一人当たりのGDPは170対1)。日本がこれに単一組織体として対応していくことは実際的ではないので、当面は、ASEANの原メンバーであった5カ国(インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、シンガポール)と先ず話し、それを拡大ASEANにも適用していくという対応を基本とせざるを得ないであろう。これら5カ国はGDPこそ大きくないものの、人口は3.5億人、日本にとってみれば往復貿易額は12.5兆円で米国との貿易額(22兆円)に次いで第2位の額である。
 ASEANは、構成国別にセグメント化された市場と生産要素に依存するのではなく、既にASEAN内に張り巡らされつつあるネットワークをより強固にしたうえで、域内での適切な分業体制を構築すべきである。そうしなければ、開かれた東アジアでの競争に生き残ることは難しい。ASEANとの経済連携は、域内統合すなわちAFTAの進化を促し、地域全体の競争力を高めるように進めることが必要である。
 当タスクフォースは昨年12月総理の東南アジア訪問に際し、ASEANへの外交原則として、自由と平和及び安全の確保、地域の多様性の積極的評価、平等互恵と共同作業という三点を提言した。こうした観点からも、本年1月にシンガポールで小泉総理が提案した「東アジアコミュニティ」構築の考え方を積極的に評価したい。ASEANとの関係は、この構想を基礎に発展させるべきである。
 また、この構想が目指す経済連携協定は、日本の再生のためにも必要である。日本が経済回復をなし得てこそ、ASEAN諸国との貿易(モノ、サービス)、投資(カネ)、人の流れを太くすることできる。
 日本が行いうる重要な貢献は、教育と人材育成、民主化推進、さらにはASEAN後発国への支援である。つまり、留学生の大幅受け入れ、大学間交流・協力の進展、産業技術者の育成と日本と母国における活躍機会の増大、裾野産業の育成、それらのための行政能力向上と制度づくりなどである。
 日本がASEANに供与してきたODAは巨額なものであるが、これらはこの地域の繁栄と安定化に計り知れない役割を果たしてきた。日本にとって最も成功したODAであり、今後も自信を持って継続されるべきだろう。その際、東アジア開発イニシアティブ(IDEA)会合を開催するなど、一カ国の枠を超えたプロジェクトを支援していくことが、これから重要となろう。
 その他にも、国境を越える問題を含めた安全保障面での協力、海賊対策など海上警備機関相互の協力強化、エネルギー安全保障のための地域協力など、経済的に日本の生命線となったこの地域と協力を強化していかなければならない。
 アジア地域の安定と繁栄のためには、日本、中国、韓国、ASEANの均衡の取れた経済発展が重要である。それぞれが相手の成長をどのように助け活用していくのかのシナリオが必要である。ASEANは、日本の対中国外交における盟友、中国に対するバランサーとなりうる存在である。
 前世紀前半の不幸な歴史から、日本は東アジアの政治・経済の秩序作りに慎重であった。日本の東アジアでのプレゼンスを高め、日中の二大国がバランスをとることで、大中華圏の復活という地域の懸念を和らげることもできる。日本は安全保障面での外交手段を制限されている以上、先ずは実態として進みつつある経済面での相互依存関係を支援し、東アジアの経済発展の基盤を構築すべきである。経済の発展は地域の安定に繋がる。このことは、20億人の地域の安全保障を10万人の軍隊で確保するという米国の負担の軽減にもつながることになる。
 今後、日本がこの地域に対するにあたっては、世界最大のイスラム人口を有するインドネシア、そしてマハティール後にイスラム勢力の伸張もありうるマレーシアについては、イスラム勢力の過激化とテロ発生の抑止と、反動としての民主化後退を招かないよう特に慎重な配慮が必要である。

(2)カナダ、豪州
 カナダと豪州は、共に日本にとって不可欠の原材料と農産物の供給先であり、一方、カナダから見れば日本は第2位の、豪州から見れば日本は第1位の貿易相手国である。しかし、この二つの国は、日本にとって別の意味からも重要性を有する。
 太平洋を三角形で囲む日本、カナダ、豪州は、民主主義、市場経済、人権尊重が徹底し、自由貿易体制を強く必要とする先進国である点で戦略上の共通点を持つ。更に、安全保障面では米国との間で、日米安保、NATO、ANZUSとそれぞれ形は異なるが、安定した同盟関係を持つ。カナダ、豪州とも米国との国民的、文化的つながりが極めて近いが、米国とは独自の立場も有している。カナダは多くの外交案件について米国と異なった立場をとる。豪州はアジアに強い関心を向けている。日本としては、案件によっては、この両国に呼びかけて3カ国共同政策を打ち出す発想も持って然るべきである。
 これまでは安全保障面での日本の国際貢献が極めて限定されていたため、三カ国が同じレベルで政策対話を持つことは理念上のものでしかなかったが、テロ特措法の下で海上自衛艦隊がインド洋に展開し、東チモールに700名の自衛官がPKO部隊として派遣される時代にあっては、そうではない。特に、米国による一極支配が続く中、太平洋にあって国家戦略の近似した三カ国が共同して発するメッセージは、国際政治に対しても相当程度の影響力を及ぼすことになるだろう。
 そうした重要性にも拘わらず、これまで日本はカナダと豪州に、それぞれに相応しい関心を払ってきたとは言い難い。この両国との関係を戦略的に把握して日本の外交資産のなかに取り込もうという発想はなかった。カナダ、豪州とも日本との関係強化を求めてきている。両国と内容的に高いレベルの政策討議と対話を行うことは、日本外交に深みと多様性を与えることになる。

5.南アジア
 本年、日本とインド、パキスタン、スリランカは国交樹立50周年、日本とバングラデシュは国交樹立30周年を迎えた。これらの国々を含む南アジア地域は、欧州に匹敵する面積、それに倍する人口と文化的多様性を有している。インドにみられるようにIT産業をはじめとする相当な経済的可能性を有する地域でもある。わが国との交流の歴史も古く、文化的にも深いつながりがあり、いずれの国も親日国家である。
 他方、この地域は、現在の世界で核戦争が起こりうる可能性の最も高いという点で安全保障の面から重要であり、わが国もこの地域と本腰を入れて取り組む必要が生じてきている。

 なかでもインドは人口10億を擁し、その国力と地政学的立場から言って中国と拮抗し得る国である。そのインドの幅広い層と臆することなくしっかり付き合えるようにならなければならない。また、日本企業が得意とするモノ造りとインドが得意とするソフト造りとは補完関係にある。
 アジアの民主主義大国、シーレーンの通過するインド洋の支配国、有望な投資先、高質のIT産業、親日国家、といった日本にとってのインドの重要性は、日本において折にふれて主張されてきた。しかし、現実は、インドは日本において、そして日本はインドにおいて、まだ希薄な存在でしかない。
 インド国民の間には日本が気恥ずかしくなるような親日感情が存在する。しかし、そのことが日本の対印投資、活発な人的交流といった結果になかなかつながらない。原因は日印双方にあるが、特に平均的日本人にとって、いわば正反対のインド人(国際性、明朗性、語学力、社交性)としっかり伍してつきあいを深めることは容易ではない。我々は、この際、改めてインドの強い部分を認識し、これを経済面での梃子、わが国の活力の浮揚、日本外交の幅の拡大に役立てることを考えるべきである。例えば、投資先としてのインドの再認識(ただしインドは、日本からの経済協力支援も得て、インフラの改善など格段の努力が必要)、インドの「ソフトパワー」の活用(森前総理訪印時の合意の推進)、といったことである。

 パキスタンは、インド亜大陸、中央アジア、中東の結節点に位置してインドと軍事的に対立している。インドとの対立に加え、イスラム化が進む社会の中での宗派抗争及び過激主義者による社会の暴力化、民族間の対立、腐敗した民主制と軍部の政治介入、などの大きな問題を抱えている。パキスタンが破綻国家となれば、核・ミサイル技術の拡散やテロ化などの大きな影響が生じる。
 この地域の紛争は世界的な影響を及ぼす。カシミールでは今年の5月から6月にかけてインドが武力行使に踏み切り、それが核使用を含む全面戦争に拡大する危険性が大きく生じたところである。
 カシミール紛争は、両国の宗教上の対立にもかかわる問題であり、両国で同時に強力にして大局的見地に立ちうる指導者が出現しないかぎり解決の見通しは立ちにくい。日本もカシミール問題の解決に向けて何らかの実効的な貢献を行わなければならない立場にある。米国との連携を図ったうえで、インドとの対話、パキスタンを穏健なイスラム国家として安定化させる支援、両者間の危機予防措置の構築、信頼醸成などについて考えていかなければならない。
 一方スリランカでは、20年にも及ぶ内戦終結のための努力が続けられている。先般、明石康元国連事務次長が日本政府代表に任命された。スリランカの復興と平和構築のため、最大の援助国である日本がとして積極的に関与していくことは日本外交の新しい試みである。そのような努力を強く支持したい。

6.中東・中央アジア
 9・11以後の中東と中央アジアにおいては、国際システムの枠組みが大きく変動しつつある。そもそも中東は、パレスチナ問題に象徴されるように、オスマン帝国の滅亡を経ても「帝国の解体と再編」が完成していない不安定地域である。ソ連の消滅による中央アジア諸国の独立とその後のチェチェン戦争、タジキスタン内戦、ナゴルノ・カラバフをめぐるアゼルバイジャンとアルメニアの紛争なども、ロシア帝国の滅亡からソビエト連邦の消滅につづく「帝国の解体と再編」のプロセスが完了していないことを意味する。
 中央アジアのイスラム圏の出現やアフガニスタンの民主化によって圏域の拡がった「大きな中東」において、内部から生じたイスラム原理主義の力は、時にはテロを伴いながら米国に挑戦している。また、ロシアもチェチェンとならんでイラク問題についてはソ連以来の伝統的権益(石油・武器などの輸出入・援助に関わる利益)をめぐって、米国との間に一線を画している。とくにアラブの世論は、米国が世界第二位の産油国イラクを制圧して石油エネルギーの生産と供給でも主導権をとるのではないかと疑っている。ロシアは、チェチェン武装派勢力との対決を米国が反テロ戦線の一環として認知する限りにおいて米国のユーラシア進出を一部黙認しても、チェチェン経由のパイプラインやイラクにおけるロシアの権益を侵害されることは黙過しないだろう。
 他方、日本には、タリバン政権とウサマ・ビンラディンとの結合に象徴されたアルカイーダなどのテロリズム・ネットワークがユーラシア南部から中東に広がる現実を考えるとき、「大きな中東」に関して、国際協調をはかりながら国益を守る新たな「中東シルクロード外交」の戦略が必要となる。実態として日本はすでに、本年1月のアフガン復興東京会議においてこの方向に一歩踏み出している。
 当タスクフォースも3月にアフガニスタンを訪問し、その社会基盤の再建と民生の安定(医療・教育・技術・地雷除去・農業支援など)についても提言した。また、テロ特措法による米国への後方支援は「大きな中東」をめぐる日本外交が地域の安定にも責任をもつ意志を世界に表明したものである。
 そうした新しい外交の要めは、@イラクの大量破壊兵器の廃棄に向けた国際圧力への参加、A中東とくにアラブ・イスラム世界に由来する国際テロリズムの脅威の除去、Bサウジアラビアなど湾岸諸国との友好増進を通した石油・天然ガスなどエネルギー安全保障の確保、Cイスラエル・パレスチナ紛争や地域の貧困や人口問題の解決に向けた「ソフトパワー」の活力への援助、Dイランとの関係拡大と強化、ということになる。油田開発などを通してハタミ大統領はじめイラン穏健派の改革路線を支援することは、米国・イラン関係改善の一助にもなるであろう。
 米国のイラク攻撃は、もし国連決議を踏まえて行われ早期にフセイン大統領を排除できるなら、戦後のイラクを安定化させることになろう。しかし、米軍がサダムを捕捉できずに国内が混乱に陥るなら、イラクは内乱化の道を歩み中東全体も不安定化するはずである。世界第二の産油国イラクの紛争が中東全域に拡大するなら、世界全体への影響は深刻なものとなろう。日本にとって最も望ましいシナリオは、フセインが大量破壊兵器の廃棄を完全に実施することで米国の軍事攻撃がなくなり、サダム・フセイン体制が衰弱から自然に解体に向かうことである。日本はそのために最大限の努力を行うべきである。これは、パキスタンのもつ「イスラムの核」を閉じこめて核・大量兵器の拡散に向かわせないためにも有効である。
 中東の問題は、テロも含めて多くがイスラエル・パレスチナ紛争と密接な関わりをもっている。反テロという地域を超えた普遍的な問題と、パレスチナ問題という地域に固有の個別的な問題は互いに関連しており、双方の解決は不可分に結びつく。
 日本には中東和平プロセスの環境部会議長国、水資源部会共同議長国としての役割もある。イスラエルとパレスチナに圧力をかけて双方の関係を宥和する努力も必要である。アラブ穏健派諸国と連携しながら、パレスチナ国家の独立宣言と民族自決に向けて米国を積極的に同意させる努力も必要となる。そのためにも、イスラム世界内部に改革と民主化の気運を促すNGOや学術機関などの「ソフトパワー」を支援することに大きな意義がある。この動きがネットワークとして拡がるなら、中央アジアから中東にいたるイスラム世界において、アルカイーダのようなテロリズム組織に頼る者は少なくなるだろう。政治的自由の欠如、女性の抑圧、創造力からの孤立を解決するのはアラブ人自身である。しかし、かれらの意志と努力に手を差し伸べ社会や教育の基盤整備を支援する仕事に日本も積極的に参加できるだろう。
 日本外交は、欧米世界がイスラムの歴史や価値観を虚心に理解する場を設定することもできる。そうしたプロセスを通じて、テロを否定する論理を欧米的価値との共存のなかで位置づける哲学や世界観をイスラムの知識人から内外に発信してもらうよう努力することが重要である。9・11の教訓は、対話と交流による繁栄をイスラムと非イスラムが協力して創出することにあるが、この点で日本の新たな「中東シルクロード外交」の果たす役割は大きいだろう。

7.ロシア
 1956年の国交回復以来の数十年間、日露関係には見るべき大きな進展がなかった。ロシアは経済力こそ小さいが、その地政学的重要性と国際政治における影響力を考えれば、日本がロシアとの関係をこのまま放置しておいてよい筈はない。ロシア自身はG8のメンバーとなり、米国との緊密な関係を築き、その対外姿勢は大きく変わりつつある。そうした中で、日ロ関係も重要な転換点にある。
 日ロ関係の問題は、お互いにとって相手国との関係が外交上の優先課題となっていないことにある。領土問題についても、内政上の困難が生じると政治的決断を先延ばしにしようとの政治力学が働くことになる。
 1956年の日ソ国交回復は、鳩山内閣が最重要課題として取り組んだからこそ可能となった。日本側では、多数のシベリア抑留者が帰国できず、北方漁業の円滑な実施が妨げられ、また国連加盟もソ連の拒否権によって阻まれているという状況を何とか打破する必要があった。ソ連側では、日本を西側に追いやってしまったサンフランシスコ講和の失敗を是正する必要があった。しかし国交が回復されてしまうと、日ソ関係の発展には冷戦の枠がはめられ、双方にとっての優先課題ではなくなってしまった。
 1991年のソ連邦崩壊以降も、領土問題の存在もあって、日本政府は対ロシア外交を根本的に見直していない。米国の対ソ連政策を些かも困らせてはならないとの冷戦時代の意識がそのまま続いているかの如くである。当の米国はロシアに対する基本姿勢をとっくに変えているというのに、である。
 政治関係の雰囲気は経済面にも影響を与える。わが経済界も、ロシアの主要資源であるエネルギーに対する日本国内の需要が切迫していないこともあり、G7諸国のようにロシアに目を向けることなく中国及びアジアの市場に専ら関心を払ってきた。
 しかし時代は変わった。経済・軍事両面での中国の興隆、北朝鮮の問題、中央アジアの重要性の上昇、中東原油に対する将来の中国の大量需要などを考えれば、日露関係を動かさないままにしておくわけにはいかない。今後、北東アジアの安定のためにロシアの役割を重視し、ロシアとの協力を強めていくことを日本の優先的な外交課題とすべきである。そのために、日本は冷戦時代とは異なった外交政策をロシアに対して持つべきである。ロシアは日本外交にとって大きな可能性を残している地域である。
 ロシア側にも日本との結びつきを求める事情がある。ロシアは、いずれはユーラシア国家としての特性を生かした大国に復帰したいとの願望を強く持っているが、その際、太平洋へ進出するカギは日本との友好関係である。またロシアには人数の上でも経済力の上でもシベリアで影響力を強めつつある中国に対する強い警戒感がある。日本との関係を改善し、シベリアへ招き入れることができれば中国の勢力をバランスすることができると考えていよう。
 経済的には、さらに切実な理由がある。700億ドル弱の財政規模で2003年から181億ドルの水準の対外償務返済を続けていかなければならないことに加え、最低生活水準以下の人口の割合が3分の1も存在する現状、2003年には若年人口が高齢者人国の比率を下回る高齢化が加速すること、社会インフラの耐用年数が限度にきていることなど、日本の経済面での協力が不可欠である客観的状況にある。
 日本にあっては、これまでの歴史を見れば日露関係推進のイニシアティブは民間ではなく政府がとらざるを得ない。その際に心すべきは、ロシアが世論の力の強い開放社会になった事実を認識することである。従って、首脳間の個人的関係のみに頼って案件の解決を図ることなく、多岐にわたる交流の枠組みを整備することが必要になる。対話のパイプを思い切って強化することによって、日本との関係が内政上も課題となるという状況が作り出されていくのである。
 外交面では、特に中国、朝鮮半島、中央アジアなどについてトラックIIの対話(政府間の正式交渉チャネルの外にあって、双方の有識者や政府関係者が個人の資格で自由な意見交換を行うこと)を抜本的に充実すべきである。そのような重層的な関係改善に努めることが、結局は領土問題の解決にも資する結果になる。
 領土問題については、ロシア側にあって現状を大きく打開して何とか日本と平和条約を締結しなければならないとの意識と条件が整うことが必要である。当タスクフォースとしては、遠くない将来にそのような時期が到来すると考えるが、交渉が本格的に動き出した時の進展を確保するためには、トラックII対話も含め現段階からロシア側と種々の角度からの議論を尽くしておくことが重要である。ロシアとの幅広い交流と信頼関係がないところで政府間の厳しい交渉を続けるだけで展望を開くことは容易ではない。
 トラックIIの意見交換の場では自由な議論が可能である。例えば北方4島の大統領直轄地化の是非や住民問題についてのロシアの「ボトムライン」など、政府間では機微に過ぎて口にできないようなことについても、ロシア側と率直かつ大胆な議論を行っていくことが可能である。ロシアの民主化のレベルと知的水準は、必ずやこのような作業を意味あるものにするであろう。

8.欧州
 ヨーロッパで再び戦争を勃発させないとの強い決意と明確な目的の下で、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の発足から始まった欧州統合の流れは、50年かかってついに通貨を統合するところまできた。EUは、世界最大級の擬似国家への道を着実に歩んでいる。加盟国は、経済統合の進展を梃子にして、更に外交・安全保障政策など政治面での統合を深めつつある。再来年には新たに東欧やバルト諸国など10ヶ国をメンバーに迎え入れ、遠からずローマ帝国の版図を上回る人口4.5億人の巨大な統合体として、国際社会において米国と並ぶ最大のプレイヤーになるであろう。
 もとより、EU各国の社会・経済構造や文化は一様ではなく、最近の一部諸国における極右の台頭に見られるとおり、狭隘な国家主義への内向き志向も消えていない。また対外政策も、イラク問題への対処の仕方を巡ってフランスが独自の立場を見せているように一枚岩ではない。
 しかし、EUはこうした多様性を内包しつつも、というよりむしろ多様性を活かし、お互いに競い合い激論を戦わせながら、協調できる部分では協調しようと努めてきている。いわば国際社会における多様性の存在を前提として、その調和のためのメカニズムを追求し自ら実践してきたところに、欧州の独自性と強みがある。
 欧州諸国は、そうした積み重ねの上で対外政策においてもEUとしてまとまれる場合には共通の立場をとり、連帯して国際社会に対処しようとする。明確な共通利益がある場合のみEUとして行動するのだから、その結束力は大きい。逆にまとまれない場合、あるいはまとまる必要がないと判断する場合には、各々の国益に従い独自の政策を追求する。その外交政策は巧妙である。
 米国がユニラテラリズム的傾向を強め中国の力もやがて巨大化してくるなかで、国際社会がバランスをとりながら進んでいくためには、EUの発展とその力の伸長は、必然の流れというばかりでなく、世界史的にその意味が積極的に評価されるべき出来事であろう。日本にとっても極めて重要な対話の相手である。率直に見れば、シラク仏大統領のような個人的例外を除いて決して欧州諸国は日本に対して温かい感情を内包しているとは言い難く、日本にとっては米国と比べて緊密なパートナーとはなりにくかった。しかし国民感情は後からついてくるものである。これからの新しい秩序の世界の中にあって、日本外交にとっては案件毎に強力な連携の相手も必要である。いくつかのケースについてそれが期待できる合理的な相手は欧州であろう。
 これまで言われてきた日米欧三角形構造の強化という命題の中で、日米、欧米の二辺に比し日欧という一辺が弱いという事実は今も変わっていない。日本は、EUと戦略的な連携ができるように、そしてEUを味方として引き付けておくため、首脳レベルを始めとして緊密な政策対話を行っていくべきである。その場合、欧州側が問題によってEUや各国独自の対応を使い分けるのと同じように、日本側も問題に応じてEU(欧州委員会、理事会議長国など)を相手にしたり、各国政府と直接折衝するなど、外交のやりかたを使い分けることが必要になる。
 幸い日欧間ではかつてのような貿易摩擦が姿を消す一方、相互間の投資は拡大するなど経済面では明るい進展が見られる。こうした良好な経済関係を政治協力に結びつけていかなければならない。昨年12月に小泉総理がブラッセルでEU側と共同発表した「日・EU協力のための行動計画」を先ず実行することはもちろん大事だが、その先を展望した長期の思想と戦略が必要である。例えば、アジア太平洋地域における安全保障について欧州との協力の余地があるかといったテーマも重要である。必要なのは歴史を長期に見通すことである。
 欧州との関係はEUの枠内がすべてではない。当然ながらEUを構成する諸国との二国間関係は引き続き存在する。日本にとっては、特にイギリス、フランスと協調していくことが重要である。

9.中南米
 日本は欧米と異なり、中南米で「負の遺産」を一切持っていない。逆に中南米諸国は移住者や日系人の精励刻苦ぶりと国づくりへの貢献を目の当たりにし、日本と日本人のあり方に対して深い尊敬の念と期待感を持っている。日本が何の制約もなくその持てる力を発揮できる世界で数少ない地域である。
 この地域は豊富な天然資源や広大な農牧地に恵まれており、資源の供給源、輸出相手、生産拠点として、極めて大きい潜在力を持っている。それだけではない。民主体制と市場経済が他の途上地域に比べれば根づいており、長期的な発展のための条件がある。ここ数年、一部の国は政治経済面で困難に見舞われているものの、中南米には宗教紛争や民族紛争が存在しない。民主主義と市場経済に立脚して日本と共通のルールで話ができる地域でもある
 域内では地域統合化も進んでいる。特に南米人口の3分の2をカバーするメルコスールは関税同盟として成熟しつつあり、EUと史上初めて関税同盟間の自由協定を結ぶところまで来た。米国も米州自由貿易地域(FTAA)創設に向けて中南米諸国との交渉を進めている。しかし、90年代以降、中南米における日本のプレゼンスは欧米との比較において減少の一途をたどっている。
 今の日本は世界中の潜在力ある地域が提供する機会に目を向けなければならない。メキシコとのFTA締結交渉を先行モデルとして、メルコスールを始めとする他の中南米諸国とのFTA締結も視野に入れて経済関係を強化していく具体的方途を考える時期である。
 中南米の能力を米欧が独占するに任せることなく、太平洋を挟んで日本が活発な交流を行っていくことは、日本に新たなフロンティアをもたらすものである。

10.アフリカ
 日本はアフリカ支援にどの程度の力を注ぐべきか。アフリカへの支援の必要性は、ひとり人道主義だけではない。貧困、債務、エイズそして紛争。これがグローバリゼーションの恩恵から取り残されたアフリカの偽らざる姿である。現状を放置することは、こうした破綻国家群からテロも含めた破壊要因が世界に対して輸出されることにつながる。アフリカ支援を「開発とODA」の切り口のみでとらえることは正しくない。アフリカに民主主義と「良い統治」をもたらすことは、世界の文化秩序の防衛のためでもある。アフリカ支援の主体は、基本的には欧州が担うべきであるが、日本もこうした理由から、規模は相対的に小さくともアフリカを支援していくことが必要なのである。
 悲惨な現状とは裏腹に、国際社会でのアフリカの存在感は増してきている。国連安保理で費やされている時間の6割はアフリカに関連している。G8サミットでもアフリカ問題が長時間をかけて議論された。
 日本外交はこれまでアフリカや中南米については、戦略的側面より、国際機関での票を集める対象としての側面を重視してきた。国際社会での選挙やルール作りにあたってアフリカ53ヶ国の数の重みは軽視できないが、アフリカ支援は、短期的な日本への見返りを期待してのものではなく、世界の秩序を守るための国際行動の一環として認識しなければいけない。アフリカ各国との二国間の連携の基盤は、こうした哲学の下での人作りや民主化支援の実績の積み重ねの中で、自ずと形成されてくる。幸い日本が主導するアフリカ開発会議(TICAD)のプロセスは、国際的に認知されている。これを発展させ、開発を超えた日本のアフリカ外交を展開していくことが重要である。

11.国連外交
 かっての日本の国際復帰の象徴である国連は、日本の世論の好感度が高い機関である。世界の善意と良心が結集すると思われている国連は教育の格好の教材であり、「国連外交」は日本が国際社会と関わる無難な窓口の役割を果たしてきた。
 他方、実態としての国連は、加盟国の利害がむき出しでぶつかる場所である。米英仏露中の戦勝国がかなり恣意的に支配する機関である一方、地図で見つけるのが難しいような小国にとっては超大国と同じく一票を有し世界のガバナンスに参加できる唯一の場でもある。
 国連諸機関の中で圧倒的に重要なのは安全保障理事会である。平和と安全にかかわる問題はすべて安保理が専管している中で、日本はこの場に98年以降参加できていない。次の機会は2005年から2年間であり、実に6年間もこの国際政治の最重要舞台から離れていることになる。国連加盟国数は当初の51ヶ国から191ヶ国になったが、安保理事会のメンバー国の数は現在に至るまで40年近く拡大されていない。日本の常任理事国入り戦略は、今も10年前と同じところで足踏みをしたままである。日独伊を対象とする国連憲章の旧敵国条項も、日本の強い働きかけにも拘わらず、削除に原則同意した総会決議から10年経って何の進展もない。(今後の安保理改革議論にあたっては、この問題を忘れてはならない。)
 国連は、日本を決して公平に扱っていない。しかし、この有史以来最大規模の国際機関が世界の平和と安定に果たしている役割は極めて重要である。米国の単独行動を抑止できるのも国連である。特に、憲章第6章及び第7章の下での平和維持・創設機能については、これを主権国家が単独で代替することは困難である。この意味で、国連は国際平和のために日本が貢献できる最も重要な場でもある。日本にとっての国連の制度的限界を十分わきまえつつも、国連の将来に希望を託し、できる限り協力していくべきである。
 また、グローバル化が急速に進展している今日、国際社会が必要としているルール作り(サイバー犯罪、国際組織犯罪、児童買春、児童ポルノ等)に国連が取り組んでいることを評価したい。
 ただし、日本の高額の国連分担金はどのような理屈をもってしても説明がつかない。日本のGDPが横這いを続けた8年間に日本の国連分担金率は1994年の12.5%が20.6%にまで上昇した。その後、日本側の努力もあり算定方式が僅かに変更されたが、現在も19.7%の高水準にある。主として米国、中国、ロシアの3安保理常任理事国が払うべき分を日本とドイツが肩代わりさせられている格好である。高額分担金は発言力増大のためという説明も実態を考えれば説得力をもたない。日本は、現在この国連分担金率を基礎として1千億円以上の金額を支払っているが、経済力に見合った15%程度の合理的な分担金率への引き下げのため、強い決意をもって臨むべきである。

 (注)
 世界GDP構成比(99年、%)国連分担金率(02年、%)
日 本14.419.7
ドイツ7.09.8
   
米 国30.322.0
ロシア1.31.2
中 国3.31.5


III.日本の分野別課題


1.安全保障
 日本周辺には依然として深刻な不安定化への要素が存在する。最近明らかになった北朝鮮の核兵器開発は、日本国民にとっての大きな脅威である。日米ミサイル防衛協力は研究段階から開発段階への移行を図ることが必要だろう。また、中国人民解放軍の急速な近代化と特に海軍力の著しい増大は、意図の問題は別として、台湾海峡の海上封鎖も可能とするものであり、長期的な東アジア地域の不安定化要因になる。
 こうした日本の周辺情勢に加え、軍事技術体系が急速に進化しつつあること、わが国のシーレーン防衛の重要性が高まっていること等を考えれば、わが国が主権と独立の維持のために選択した対米同盟関係は、今後強化していく必要性はあっても弱まることは予想されない。そのため日本の自衛能力は、単独あるいは米軍との共同行動に備え、より効果的に対応できるように更に向上させていく必要があるだろう。
 その一方で米国に関する部分で述べたように、外交面では日本自身の判断に基づいた自主的な政策が求められている。このバランスの維持は必ずしも容易ではないが、例えば日本がミャンマーやインドなどのシーレーン沿いの国々を支援して開放体制に進ませることは、地域の安定化に資することにもなる。こうした相互に補完的な役割を日米双方が担っていくことが望ましい。
 冷戦構造は消滅したが、世界は新たなテロの脅威に晒されている。日本にとっても非国家主体によるアルカイーダ型テロに対抗しうる体制の強化、特に原子力発電所、港湾施設、交通通信網などの国民生活の重要拠点やシステムの防護、サイバーテロ対策、東南アジア諸国に対する警察捜査活動への技術的支援などは重要な課題である。こうした新たな脅威に対応する上でも、できるだけ早期に有事法制が国会で可決されることを期待したい。
 国家の安全確保にとっての基本は情報収集である。北朝鮮の工作船の動き、核及びミサイル開発の疑惑施設などの隣国に関する情報を米国だけに依存するのではなく、日本が主体的に判断できる情報源を持つことが必要である。
 日米安保体制の中核的部分は、在日米軍の存在である。現在沖縄に過重の負担をかける形で維持されているこの体制は、国内世論との関係で脆弱性も有している。沖縄問題は、同県内の米軍基地の整理統合だけでは解決できない。本土の米軍基地についても多くの課題が存在する。在日米軍の駐留については、本土・沖縄を一体として考え、新たな包括的検討を加えるべきである。
 従来の安全保障論議の中でこれまで大きな位置を占めてきたのは、集団的自衛権問題である。集団自衛権は日本が主権国家として当然に有する権利であるが、日本は憲法の平和精神に則ってこれを行使しない政策をとっているものである。当タスクフォースとしては、専ら日米安保体制運用の文脈で観念的にとらえられがちであったこの論争を現実の国際平和維持の場に移し、国際社会が指向しつつある「集団安全保障体制」に日本が実質的に参加するための現実的議論へと進化させていくことが、より実際的であり有益と考える。
 武力行使を目的とした自衛隊の海外派遣は憲法上許されないが、日本はこれに抵触しない後方支援活動、国際的な警察活動に対しては機動的に貢献できる国家となるべきである。例えば、現在のアフガニスタンが最も必要とする治安の維持には21カ国から構成される国際治安支援部隊があたっているが、国連決議の有無に拘わらず、こうした国際活動に日本が非戦闘部隊(例えば自衛隊の医療部隊)を派遣するようなことは、憲法の精神と些かも背馳しないどころか、日本が国際社会で「名誉ある地位」を占めるために大事なことだと考える。
 安全保障政策にとって短期的に最大の問題は、米国のイラク攻撃があった場合のわが国の対応である。具体的行動計画を提示するのは本タスクフォースの役割ではないが、日本が対米支援を行う是非とは別に、優れて日本自身の課題として生起してくる基本的な問題に触れておきたい。
 1986年のイラン・イラク戦争の時にも、90年の湾岸戦争の時にも、民間タンカー群のペルシャ湾の安全航行を確保するために多国籍艦隊が組織された。日本は最大の受益国でありながら米国の要請を拒否しタンカー警護の国際行動に参加しなかった。今回も同じ事態が予想される。日本の民間船舶を守るために、海上自衛隊が自衛隊法82条に基づく海上警備行動を国内政治上の考慮を過度に優先させることなく、純粋に国民の生命と財産を保護する観点からのみ判断できるようになった時こそ、日本は通常の国家になったというべきであろう。

2.世界の中の日本経済
 日本の高度成長の背景となった諸条件は、人口の高齢化、冷戦構造の終結によるモノと資金の移動の急速な拡大、中国をはじめとする豊富で良質な労働力の市場参加などにより失われることとなった。一方で、飽和状態になった旧来型の消費需要の減退等が設備投資の減少を招き、財政による需要創出も限界点に達した。
 日本の生産年齢人口は1995年を頂点に減少局面に入り、13億の人口を抱える中国が巨大な「世界の工場」として稼動し始め、日本経済は低成長とデフレからの脱却に苦しんでいる。
 日本は、先進国の中で最初に本格的な高齢化に直面する国として、また、中国の発展により最も直接的な影響を受ける国として、新しいパラダイムの下での国家経済像を描く責任を負っている。
 そのためには、まず不良債権の早期処理を進める必要があるが、同時に経済構造そのものを改革することが不可欠である。物づくりについては付加価値のより高いものに出来るだけ特化するとともに、広い意味でのサービス化を進め、医療、福祉、住宅、環境等の「生活の質」の水準を高めることによって、世界に先駆けて安全で快適な国家を建設しなければならない。日本が生存していける道はこれ以外にない。
 これを実現するためには、科学技術の振興が絶対的な条件である。IT、バイオ、ナノテクノロジー、材料物理、燃料電池等の分野における技術開発促進に向け、予算の重点的な配分、産官学の連携、内外の頭脳を活用するための環境整備などを進めるともに、日本の技術を世界のデファクトスタンダードにして優位性を守っていく戦略的な視点での取り組み(国際的な基準・規格づくりでの指導力の発揮、知的財産保護の強化)が必要である。
 こうした技術進歩は、生産性の向上を通じて経済全体の力を押し上げるとともに、福祉や環境の新しい需要を開拓することになる。こうして、需要と供給が拡大均衡の過程に入る時、日本経済は世界の中で再び名誉ある地位を回復することができるはずだ。
 避けて通れないのは規制改革である。規制改革によって、資源配分を適正化するとともに、福祉サービス等を出来るだけ市場化して経済のメカニズムに組み込んでいくことが、今後の経済を活性化する途である。但しこうした経済の活性化は、世界中の秀れた研究者や資本や技術、ノウハウ等が積極的に日本に集まってくる流れをつくることによって、はじめて達成されることを銘記すべきである。
 日本は、世界第二位の経済大国であり、高い購買力を持つ消費者が存在しながらも、欧米と比べると対内直接投資が著しく少ない。 世界では、国家間で戦略的に外資誘致競争が進められているなか、日本でも先端産業や研究開発など高付加価値の誘致を念頭にアジアにおける企業活動の拠点としての魅力を高めていく必要がある。そのためにも、高コスト構造の是正、海外の優秀な人材を吸収するための在日教育施設の充実、留学生受け入れと国内就職の円滑化、外国人向け医療の改善等、外国人に優しい生活環境の整備を進めていく必要がある。
 また、日本の市場や事業環境の魅力を効果的に発信するため、一元的に情報提供・相談を行う機能(ワンストップ・サービスセンター)を強化し、外資系企業の進出段階に応じたきめ細かい対応を行わなければならない。国・地方公共団体に対する認可等の手続や、日本の法制度に対する改善要望等に対応していくべきである。
 世界の中の日本経済を考えるにあたって、農業分野の構造改革は不可欠である。ただし、農業は食糧安全保障など人々の「安心」に関わる重要な分野であり、各国が共通に抱えるセンシティブな部門である。経済交流の深化がもたらす不可避的な摩擦を農業との関連でいかに管理していくかが重要な課題となる。例えば、自由化のもたらす国内産業への影響を緩和するための調整メカニズムや、食糧安全保障について、備蓄、緊急時対応などを関係国とともに考えていくことが有意義だろう。

3.東アジアの経済統合
 わが国経済の活性化は、従前にも増して海外の成長市場に日本人と日本企業が進出し、内外一体となった戦略的なネットワークを構築していくことを意味する。つまり、日本の発展は相手国の発展と共に達成されていくこととなる。内向き経済に陥ることなく、国内・海外市場からの収益の総力で国富を拡大していく道を基本としなければならない。
 わが国経済の最重点正面は、我が国と地理的にも近接し世界経済の成長センターである東アジアである。東アジアは、いわゆる「海のアジア」(日本列島や朝鮮半島から中国北東部、上海を中心とする長江デルタ、香港や深?などの珠江デルタ、台湾、ASEAN諸国、更には大洋州)を中心に、実態として一つの経済圏を形成しつつある。
 東アジアの一員として日本が進むべき進路は、漸く芽ばえてきた東アジアの一体化の動きを加速させ、その最先端を担い、共に歩み共に進むコミュニティの中核国たることを目指すという点にある。このような構想の下に、本年1月以降「自らを開き、アジアとの連帯を求める」という決して平坦ではない道を歩みだしたのである。
 これを具体化していくために経済連携協定を戦略的に活用し、「人、モノ、カネ、情報」の自由な流れや知的財産権の保護を始め、幅広い分野における各国の事業環境の向上を制度面で確保し、垣根のない東アジア経済圏を創設しなければならない。
 また、それを加速するため、域内共通のインフラの整備や制度・標準の共通化など、経済統合を後押しする分野へODAを重点的に活用し、ODAと経済連携協定との連携や複数国を対象とした広域的なODA手法の導入も考えるべきである。
 アジアに進出した日本企業の技術移転はASEANなどの途上国の産業経済の発展に大きな貢献をしてきた。開発、設計、生産準備(設備、治工具)、製造、さらには、品質管理、生産物流管理にいたるまでの多岐にわたる技術をきめ細かく現場で教え込むことによって、日本に対する感謝の気持ちと信頼感を得ることができる。同時に、人材育成のためのハード・ソフト両面での援助も重要である。
 さらに、東アジアの成長の制約要因になりかねない金融・環境・エネルギー問題などの分野における協力において、日本は構想力、実行力の面で、強いイニシアティブを発揮すべきである。
 最終的な東アジア経済統合の仕上がりの姿は、日、中、韓、ASEANに台湾、香港を加えた地域であり、更に豪州、NZといった大洋州地域との連携も視野に入れていく必要があろう。当然のことながら、そこに至るまでの道筋については我が国の国益を最大化する道順を選択することが重要である。

 以上のとおり日本は、拡大しつつある中国の影響圏とのバランスをとる観点からも、先ず貿易・投資の面で既に日本との関係が強いASEAN、そして隣国である韓国、更には台湾とのFTAを核とする経済連携から進めていくべきだろう。ASEANとの経済連携は、ASEANの統合すなわちAFTAの進化を促しASEAN全体の競争力を高める方向で進めることが重要である。韓国との関係については、過去の不幸な歴史もあって近接する先進国が両者の経済力を活かしきれていない。日韓FTAの締結には両国の新しい未来の扉を開けるという象徴的な意味があるのである。
 東アジア経済統合は、台頭する中国を自由主義的な経済システムに取り込み(経済の民主化)、東アジア地域の更なる安定と繁栄の土台を作るという大きな戦略である。経済面では中国を脅威と捉えるのではなく、我が国の隣に世界最大の成長軸があることを積極的に評価し、市場、人材などの成長要素を活用していくことが重要になる。同時に、わが国はWTO等の場を通じ中国等に対して自由で公正なビジネス環境の整備、外為市場の自由化など資本取引の自由化を要求していくべきである。そのためにも、農業の自由化品目の拡大などの日本側の国内改革は必要なのである。
 東アジアの経済統合は、決して平坦な道ではない。ただし、日本にとって数少ない選択肢のひとつでもある。本年11月のカンボジアにおける日・ASEAN首相による共同宣言を評価し、10年といわずその早期実現を期待したい。

4.持続可能な開発と人道支援
 当タスクフォースは去る7月25日にODAについての考え方をまとめ、これを総理に報告した。われわれの考えは今も同じである。要点を記せば、以下のとおりである。

 日本のODAは、特にアジア諸国を貧困削減と経済社会開発を通じて自立的な産業国家へと発展させてきた。その結果、これらの国々には繁栄への過程を通じて健全な市民層が形成され民主主義が定着してきた。こうしたアジアの政治的安定は日本の安全にも大きく寄与してきたが、この点こそが日本自身にODAがもたらす最大の意義である。
 資源の少ないわが国は、それだけ各国との協力関係が必要であり、また世界の経済と福祉の向上に大きな貢献をすべき立場にもある。同時に、ODAは貿易と投資の流れを増やし、わが国の経済的利益につながっていく。
 2000年9月の国連総会において採択された「ミレニアム開発目標」を念頭に、米国・EUはODA水準の大幅な引き上げを発表している。このような中で、ひとりわが国が昨年に引き続いてODAを減額することは、国際信義の上からも好ましくない。十分慎重たるべきである。
 一方、厳しい財政事情の下でODAの効率化を進めるためにも、わが国が優先して援助を行うべき地域と分野の重点化を図るべきである
 重点地域としては、アジア諸国との経済連携を進める等の観点から、インドネシア、ベトナム、カンボジア、ミヤンマー、モンゴルといったASEAN及び東アジア諸国が先ずあげられる。また、インド、パキスタン、バングラデシュへの支援を通じてインド亜大陸の安定化を図ること、中東和平プロセスの推進とエネルギー確保の観点から中東、中央アジア五カ国、さらにカスピ海沿岸諸国への支援も、二国間関係の部分で記述してきたように必要である。
 重点分野としては、東アジアの経済統合と成長を支援するための基盤整備、環境・エネルギー問題等わが国に直接的な影響を及ぼす事項への対策、紛争・テロの温床となりやすい開発途上国の貧困の除去、選挙監視・ガバナンス支援等の平和構築、文化・学術交流など対日理解を増進するための援助が特に重要である。
 また、我が国の国際的役割として紛争予防や平和構築の重視がますます求められてきており、治安維持や非軍事化活動への支援など、従来の開発協力の枠組みでは対応できない協力が重要になってきている。ODAは、こうした平和構築に資する援助にも使えるようにすべきである。
 わが国のODAにとって最大の問題は、中国に対する経済協力である。この点について我々は上記報告の中で、対中ODAは、@知的財産権関係等の法整備や執行体制の整備など「良い統治」の強化に資するものや、わが国産業の技術を活用するもの、A環境保全・エネルギー分野であってわが国の国益に直結するもの、B中国の対日理解増進に役立つような援助等に重点化すべきし、と訴えたところである。

 ODAと並んで重要なのは、日本人が個人レベルで国際貢献に関わることである。紛争と貧困が支配する地域に、国際機関職員やNGOの要員として人道支援活動に携わっている日本人の姿がある。惜しむらくはその数は他の先進諸国に比べて少ないが、そうした日本人の献身が、どれほど世界の恵まれざる人々の支えとなっていることか。彼等の活動は世界の中での日本の役割を高めている。こうした世界に通用する人材が日本で数多く育つような教育制度を確立するとともに、現に国際機関に働いている日本人がそれぞれの立場で担当しているプロジェクトを日本政府としても支援していく、といった政策をとっていくべきと考える。

5.エネルギー問題
 世界の石油需要は、アジア地域、特にアジア全体の需要増の約半分を占める中国の需要の急速な伸びに伴い、急速に増加(2020年には2000年比4割増加)すると予測される。
 アジア地域のエネルギー安全保障問題が顕在化するなかで、日本の石油の中東依存度は近年上昇の一途をたどり、現在では約9割と歴史的な高水準になっている。この中東依存度の低下を図ることが急務であるが、世界における石油埋蔵量の約3分の2が中東地域に存在していること、アフリカ、カスピ海などの産油地域と比べると日本からの距離が近く石油の輸送に要するコスト等の観点でより経済性に優れること等から、その引き下げは簡単ではない。従って、中東依存度の低下を図りつつも、同時にイラン、フセイン後のイラク、カタールなど、中東域内での供給源多様化を進めることが現実的であろう。
 また、環境面での対応の要請の高まり、中東情勢の不安定化を背景とした石油供給リスクの高まり、技術の高度化を通じたガス利用コストの低下等により、近年、天然ガス利用の余地と重要性が同時に高まっている。日本はこの面で技術先進国であり、アジア・太平洋地域(インドネシア・豪州等)に豊富に賦存する天然ガス資源の利用を拡大することが重要である。
 中東への依存度の引き下げのためには、北海原油、メキシコ湾原油が減退する一方で戦略的重要性が高まっているロシア原油、カスピ海原油、アフリカ原油に注目すべきである。
 特にロシアは、潜在供給能力の高い主要産油産ガス国として我が国に最も近い。ロシア資源を巡るアジアにおける競争は激化しつつあるが、ロシアにおいて石油天然ガス権益を確保し我が国に安定的に供給するルートを確保することは極めて重要である。また、「第二の北海」とも呼ばれるカスピ海(カザフスタン、アゼルバイジャン等)における資源開発への参画と、供給ルート(アゼルバイジャン=トルコ・ルート、アゼルバイジャン=イラン・ルート等)の確保を図ることも考えるべきだろう。
 なお、21世紀に於ける我が国の資源エネルギー確保にあたっては、政府はその情報収集・分析能力を含む外交力を全面的に活用して、我が国の中核的なエネルギー企業の活動を支援すべきである。
 中期的に石油依存度、中東依存度が高まらざるを得ない日本及びアジアのエネルギー情勢を考えると、原子力の重要性を見落とすべきではない。21世紀には水素エネルギーの時代が到来するとみられるが、水素供給能力の点からも有利なのは原子力である。日本は、安全が確保され国民に受け入れられる原子力を推進する上で率先して国際的モデルを示すとともに、国際的枠組みの下で安全が確保され平和利用が担保される形で、アジアの適切な原子力の普及に向けて技術、ノウハウを提供していくべきである。

6.環境問題
 日本の安全と繁栄を確保するためには国際社会の安定化が前提となる。日本はそのために、地球規模の諸課題の解決に向けて積極的に取り組んでいく必要がある。その最重要課題の一つである環境問題の対応にあたっては、欧州、米国、中国をはじめとする各国は、それぞれの自国の政治・経済的利益を反映し、単なる環境保護の枠を超えて戦略的に対応している。日本も環境問題に対応するにあたっては、持続的成長に向けての国際協調を推進する視点と国内政治・経済問題としての視点を共に考慮しなければならない。
 地球温暖化問題に関しては、現状では、国際社会からの非難を受けても国益を優先的に追求する米国が京都議定書の批准に当面コミットしないことを前提に、我が国も戦略を組み立てていかざるを得ないと考える。その際に、日本の産業の競争力を極力損ねることのない形で義務履行を実現していける枠組みの確保が最大の課題となる。
 中長期的には、米国、途上国を取り込んだ形の地球温暖化対策の国際的枠組みを創造することが重要であり、環境と経済の両立をもたらす現実的かつ実効的な温暖化対策に関し、日本が国際世論をリードする必要がある。
 また、最大の潜在的汚染者たる中国の大気汚染は地域全体の懸念事項である。中国を含む環境基準が確立していない途上国の企業等が環境投資を無視して競争力を確保すること(環境ダンピング)を防ぐために、環境に関するアジアでの国際ルールの確立を目指すべきと考える。特に、我が国の産業が高い環境技術を有する自動車、電子部品等の分野において、高いレベルの環境基準をルール化する戦略を検討すべきであろう。
 さらに、「持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)」での議論を受けて、水問題、森林問題について積極的に取り組んでいく必要がある。

7.学術文化交流
 外交を動かす手段として軍事力を拒否している日本にとって、文化力は経済力とならんで外交の重要な柱である。国際交流基金、学術振興会などを通して進められている学術文化交流であるが、政府は交流の体制と予算を一層拡充する必要がある。今後は、反テロや科学技術振興など、世界全体に必要とされる理念や人類に共通する価値観を文化的に深めていくべきであろう。日本の政府とNGOは、米国型の価値や経営形態の輸出や人権の強制ではなく、例えば世界のイスラム国家の市民が有権者として政治参加する道筋などについても、各種の文化交流事業のなかで語ることができる。
 かつてソ連や東欧の市民と雰囲気を変えたのは、「ソフトパワー」の進展であった。アジア、中東、アフリカにかけて、「ソフトパワー」をたちあげる日本の支援を待つ国々は多い。実際に、欧米でなく日本に安心感をもつ人びとも少なくない。NGO、インターネット、学校などがネットワークとして拡がるなら、テロ組織に頼る者も少なくなるだろう。
 一方、日本の外国研究の体制は、未だ手薄である。 諸外国には、有力大学の付属施設あるいは独立の機関としてアメリカ研究センター、アジア研究センター、日本研究センターといった研究所が存在する。ところが日本には、現代アメリカを総合的に研究する機関さえ存在しない。産官学の提携が必要なのは、自然科学の分野だけではない。これまで日本の各方面で蓄積されてきた知識を総合して活用するため、アメリカや中国やアジア研究のセンターを政府が支援して、もっと大規模かつ開かれた形のものにすべきである。
 もうひとつ重要なことは、伝統的な日本についてだけではなく現代の日本についての研究所や研究センターを作ることである。こうした研究所に積極的に世界の専門家を招聘し日本研究の最先端センターとすることによって、世界の日本研究も発展することになろう。
 留学生についても、言い古されたことであるが、産官学の提携によってより効果的な受入を進めるべきである。奨学金については、日本はかなりの金額を出しているが、優秀な学生を留学させるために日本についての関心を喚起し、受け入れた学生をより温かく効果的に生活させる体制の整備に、格段の資金とエネルギーを投入しなければならない。


IV.「外交安全保障戦略会議」の創設を(結びに代えて)


 吉田内閣の軽武装高度成長路線と岸内閣の日米安保体制によって形成された日本外交は、冷戦構造下では大筋においてその方向性を間違えることなく進んできた。しかし、ここ10年間ぐらいは、日本外交は、時代の明白な変化や確実に結果が予測される流れに対して正面から立ち向かうことなく、その時点ごとの対症療法で済ませる場合が増えてきているように見える。事実とすれば、それは政治と行政、双方の責任である。
 政治は長期的戦略に基づいて外交のあり方を把握するビジョンを欠いてきた。政権担当政党が何度か交代し、総理大臣の平均任期も短くなったことも影響していよう。政治は、冷戦構造消滅後の新しい世界で日本がどのような道をとるべきかを行政に指示してきていない。
 行政にあっては、外務省をはじめとする関係省庁の前例主義、漸進主義、縦割り行政などが災いして、果断な政策を取らない場合が多かった。特に不祥事をかかえた外務省は、一時期は外交にあたる当事者能力さえ失っていた。

 冒頭の「日本を取りまく国際情勢」で述べたように、現在の外交環境にはいくつかの基本的特徴がある。最大の要因は、91年末のソ連邦崩壊をもって完成した冷戦構造の崩壊により世界が基本的に変わってしまったことだ。今やロシアを除く旧ワルシャワ条約機構国家群がEUに加盟せんとし、ロシア自身はNATOに準加盟を果たした上にG8のメンバーになり米国の最大の政治的パートナーのひとつになろうとしている時代である。市場経済体制に参加する国家の人口は10年前に比べて4倍近くにもなった。こうした時代認識を的確に持ち、国内の諸要請に適合させながら太い線で日本外交の行く道を指示していくのが政治の役割である。
 行政は政治がその指示を下すために必要な情報と政策選択肢を提示する役割を担う。特に外交の最終責任者である総理大臣に対しては、外務省だけでなく、他の立場からの意見も提示され、これらの異なった視点や選択肢が官邸によって総合的に調整されていくプロセスも必要である。心すべきは、特定の方向に向かって転換の舵をきらなければならないことが明らかである場合にも、外交がともすれば短期の「マイクロマネージメント」に終始しがちでないかということである。つまり、外務省とは別の立場から国内の異なった政策要請も総合して長期的ビジョンを作り、それに外交を合わせていくための建言機能が必要と考える。

 当タスクフォースとしては、このようなビジョンと意見を総理大臣に提示していくために「外交安全保障戦略会議(仮称)」を、権威のある形で創設することが必要と考える。この会合は保秘義務を課された有識者によって構成され、内閣官房に事務局を持ち、関係閣僚とも随時懇談しながら、総理大臣に中長期の外交指針を建言していくものである。
 冷戦後の世界に起こっている事象を一言で形容すれば、「多様な価値の流動化と再統一」である。独立した25ケ国が擬似国家としてまとまっていくEUの動き、地域を越えたイスラム勢力の台頭、民族問題で苦しみ続けるロシア、市場経済体制と一党独裁政治体制という本来は相容れない二つの仕組みをなんとか調和させながら成長を続けている中国・・・。しかし、国内に人種問題や文化の対立軸を抱えず、単一の価値構造と強い官僚機構支配で国を統合してきた日本には価値の再統一という命題は認識されにくい。
 世界は、米国の極超大国化、中国の驚くほどのダイナミズム、EUの単一国家への流れの中で大きく変わろうとしている。これから20年間の世界変化は、近代史が経験したどの20年間の変化よりも大きいものになるだろう。この新しい世界にあって、日本外交の優先順位も当然再検討されるべきである。外交安全保障戦略会議はそのための場となろう。




(別添報告書)

中国といかに向き合うか


1.21世紀のアジアと日中関係
 これまでの30年の間、日中関係は、折々の困難な問題に逢着しながらも、日中双方の努力によって、それらを乗り越え着実に発展し、今日の如き広がりを持った日中関係を実現した。我々は、このことに自信を持ってよい。
 他方、近年における経済を中心とする中国の抬頭は、従来の日中関係の文脈では捉えられない変化、いうなれば、アヘン戦争以降150年の間出現することのなかった「強力な中国」にわが国がいかに向かい合うかという新しい問題を提起していることも事実である。そのような状況の下、わが国経済が長期にわたり低迷を続ける中で、(我々は決してそのような議論に与するものでないが)国内の一部からは中国脅威論も聞かれる。
 いずれにせよ、今や我々は、いたずらに感情論にはしることなく冷静な心情で日中関係のあり方について国民的コンセンサスに向けての議論が求められているといえよう。
 21世紀の東アジアの行方を決める大きな要素は、域内諸国(地域)の動向とともに、日米中の三国がこの地域の平和と発展のために如何にプラスサムの関係を築きうるかにかかっている。その間にあって、いまだに過去のしがらみから完全に抜け出ることができないでいる日中両国が、今後、より心を開き、お互いに建設的な関係を築きうるか否かという点は、東アジアの行方を占う上で、ことのほか重要である。
 良好にして安定した日中関係と、改革・開放を通ずる中国の発展は、ひとり両国の利益に副うのみならず、この地域、ひいては世界の平和と安定のため重要である。国交正常化30周年に当たり、日中両国は、いま一度、この原点に思いをいたすべきである。

2.相互理解をすすめよ
 そのように考えるとき、近年、日中間において彼我の国民の間の親近感が低いレベルで推移していることは看過できないことである。この際、両国ともに、日中両国の間の相互理解の増進に向けて意識的な努力が必要である。その観点から、別途とりまとめた「我が国のODAのあり方」において指摘した"対中ODAのあり方−日中相互理解促進のためのODAの活用"という視点は大変重要である。なお、すでに日中両国関係者の間で検討が始まっている中国(北京)における日本交流拠点の開設は、中国側関係者の強い要望でもあり、是非とも実現したい。
 また、一昨年からスタートした中国人の日本への集団観光旅行も、中国の幅広い層の間に、よりバランスのとれた対日理解を促進する上で、極めて有用である。現在のところ、本件実施は北京、上海、広州に限定されているが、いずれ東北地方(大連等)等へ拡大すべきである。他方、多発する在日中国人がらみの各種犯罪は、放置できない問題である。この際、この問題についてのより一層強力な取組みが強く期待される。具体的には、現在行われている治安当局間協議、司法共助等を更に拡充するとともに、将来的には、受刑者移送、司法共助取扱、犯人引渡協定の締結などが考えられる。
 両国の真の和解と友情の任務は、結局双方の若い世代がもっともよくなしうるところである。対中ODAの議論がどうあろうとも留学を含めた双方の青少年交流には思い切った額の予算をふり向けるべきである。

3.「歴史問題」と「日台関係」と
 日中両国関係が前進する中で、時折これにブレーキをかける形で頭を持ち上げるのが、日中の不幸な過去に起因するいわゆる「歴史問題」と「台湾問題−日台関係」である。
 そのうち、「歴史問題」については、我々は、たじろぐことなく一時期の日中間における不幸な過去と対峙し、そこから未来に向けての教訓をくみとり、より確かな両国関係の発展につなげていくということであろう。その意味において、しばしば指摘される若い世代の教育の問題は重要である。歴史の歪曲、これに対する開き直りは、わが国としてとるべきところではない。
 他方、中国の人たちには、軍事大国への道を排しつつ、持てる余力をアジアの発展に向けてきた戦後日本の生きざまを、教育を通じてもっと理解する努力をしてもらいたい。
 台湾問題は、台湾の人々の民意を見きわめつつ、あくまでも両岸の当事者間の対話を通じ平和的に解決されなければならない。日本政府は、このことをくり返し中国側に強調していくべきである。
 日中国交正常化以来、日台関係は、概ね72年の日中共同声明の枠内で正常に運営されてきた。その間にあって、個別問題をめぐっての折々の中国政府側の主張は、時として過度に硬直的なものとなり(例えば、昨年の李登輝氏の訪日問題をめぐる中国側の主張)、その結果、却って日中関係において大きなものを失う結果となっているのは残念である。大国らしい落ち着いた対応を望みたい。
 なお、我が国が台湾と国交を断って以来、我が国と台湾との間の実務関係は、交流協会を通じて処理されてきたが、この際、30年の経験を総括し、その間の台湾側の変化、それに伴う日台関係の発展も踏まえ、交流協会については、その強化策を考えるべきである。

4.今後の日中関係
 今後、日中関係において強めるべきは次のようなことと考える。

  • 日中の間に存在する「共通の部分」を広げ、それでも存在する「違う部分」については、お互いにこれを認め合う度量が必要である。
  • 日中両国は、そろそろ「歴史の束縛」から抜け出し、未来志向の日中関係を構築すべきである。そのためには、日本で指導的な立場にいる人々は、この面で中国国民を含め近隣アジア諸国の人たちの感情を大きく刺激するよう乱暴な言動は控えるべきであろうし、中国側においても、未来の日中関係に目を向けた各般の努力(教育、メディア)を強く期待したい。
  • 日中両国の当局は、世界の中の日中関係という意識を一層高めるべきである。具体的には、環境協力、PKO分野での協力、北朝鮮問題への取組等である。
  • 両国の間の安保対話の活発化、制服組の交流、艦船の相互友好訪問の実現などは重要である。また、中国の軍事費については、この面での中国側の透明性の向上に向けて、日中間において、より突っ込んだ議論が必要である。

5.日本も早く活力を取り戻せ
 日中関係強化のために当面なすべきことは、日本自身が早急に各方面において、活力を取り戻し、中国にとっても頼りがいのある日本に立ち帰ることである。その際、なかんずく、我が国の教育の質的向上は、中国の若い世代との交流を考える時に重要である。
 政治の面では、強い政治基盤を備えた安定政権の存在が、いずれの国との外交においても必要であるが、特に中国との関係においてはこのことが重要である。また、江沢民主席訪日(1998年)時にせっかく開設につき合意した両国首脳間のホットラインは、もっと活用されるべきである。
 経済の空洞化の問題は、時の経過とともに規模が大きくなっている。基本的な対策は我が国自身が規制やインフラコストの面を含めて企業活動にあって魅力的なものになるようにすることであり、いたずらに中国に対する被害意識を強調しても意味がない。むしろ「元気な中国」を、我が国に取り込み、中国との共存共栄への道、更には、東アジア経済統合に向けての日中協力の推進をこそ目指すべきである。

(終わり)




(参考資料)


わが国のODA戦略について



平成14年7月25日
対外関係タスクフォース


 最近の対外援助活動における不祥事や疑惑により、ODAに対する国民の不信感が高まっている。国内の厳しい財政事情もあって、ODAの更なる削減を求める声が強い。当タスクフォースとしては、この際内閣が基本に立ちかえってODAの在りかたについて議論して、国益を踏まえたODAの基本政策を策定し、同時にODAプロセスの大胆な改革により高度な透明性と有効性を確保することが不可欠と考える。

1.ODAは極めて重要
 ODAは単なる「人助け」ではない。わが国にとって安定した国際環境を確保するためにとり得る最も重要な政策手段である。
 わが国のODAは、特にアジア諸国を貧困削減と経済社会開発を通じて自立的な産業国家へと発展させてきた。これら諸国には繁栄のプロセスを通じて健全な市民層が形成され民主主義が定着してきたが、こうしたアジアの政治的安定は日本の安全にも大きく寄与してきた。

 高度に相互依存関係の発達した現代の世界の中でも、わが国は特に世界の経済と福祉の向上に大きな貢献をすべき立場にある。資源の少ないわが国はそれだけ各国との協力関係が必要である。また、ODAは最終的には貿易と投資の流れを増やし、安定化させ、わが国の経済利益につながっていく。

2.ODA削減論は慎重に
 近年のわが国の危機的な財政状況は、かっての高い水準のODAの維持を困難にしている。平成14年度のODA総額は前年比で10%削減されたが、この背景となった財政事情は本年も改善されていない。未曾有の財政逼迫の中でODAだけを例外扱いにできないとの国民感情は自然なものである。諸外国にあっても財政事情を理由に国際公約の実行が停止されてきた例は多い。

 とはいえ、1980年以来、国際社会にあって日本を含めたドナー国は経済規模に比例した援助を約束してきた。従って、現在わが国のGNPが例えば10年前に比べて3.5%増大しているのに対してODA総額が逆に4.4%減少していることは、いわば国際約束からの逸脱である。
 ただでさえ日本のODAの対GNP比率は0.23%と決して高くない水準にある。理論的に言えば、わが国の財政危機は国内の官民のバランスシートの問題であり国際約束は国際約束として遵守すべし、というのがGNP比例原則である。この意味ではODAと公共事業費の削減を同列に論じることは適当ではない。

 現在の国際社会の流れは、援助水準の大幅な引き上げにある。2000年9月の国連総会において採択された「ミレニアム開発目標」を達成するためには、年間援助額を400〜500億ドル追加する必要がある。
 米国は2006年度までに現在のODA水準を50%増額することを表明し、EUもODAの対GNI(国民総収入)比を現在の0.33%から0.39%に引上げることを発表している。このような中で、ひとりわが国が昨年に引き続いてODAを減額する事態が好ましくないことは明白なところである。

 財政危機と国際義務の各々から生じる異なった要請を同時に満足させる解答はない。ODAとて財政危機の下での「聖域なき行政改革」の例外とはなり得ないが、それを減額することについては、上記理由から特に慎重な考慮が必要である。

3.ODAの基本戦略の策定とプロセスの透明化
(1)ODAの基本的考え方や課題などについての基本戦略は、内閣を中心に策定すべきである。
(2)ODAに対する国民の信頼を取り戻すためには、事前調査からフォローアップに至る各段階について、外部専門家の意見を聞きつつ可能な限り公開するとともに外部機関による監査を導入することが重要である。特にJICAの無償・技術協力事業について専門家の単価見直しなどを含め十分な透明性を確保すべきである。

4.ODAの全体戦略
 わが国のODAは、(A)国益に直結した援助、(B)国益に直結するとは言い難いものの国際社会の一員として引き受けるべき応分の負担、とに大別されよう。

当タスクフォースとしては、(A)の援助について次のように考えている。

 第一はわが国にとって重要な地域であり、わが国の援助供与対象になじむ国への援助である。第二は地理的範囲に拘わらずわが国にとって重要な分野への援助である。
 両者の重なり合ったところを第一優先援助、重なり合わないが両者のいずれかに属するものを第二優先援助として考える。

(1)わが国が優先して援助を行うべき重点地域は次の通りと考える。
(イ)アジア
シンガポール、マレーシア、タイ等のめざましい発展は明らかにわが国の国益に直結した。今後は潜在能力の極めて大きいインドネシアへの支援継続、フィリピンはもとよりベトナム、カンボジア及び(最近の状況変化を踏まえ)ミャンマーといった一部ASEAN及びモンゴルといった後発東アジア諸国への支援等が重要である。
また、インド亜大陸にあって、インド、パキスタン、バングラデシュへの支援を通じた安定化を図るべきである。
(ロ)中東・中央アジア
中東和平プロセスの推進とエネルギー確保の観点から中東及びカスピ海沿岸諸国、更にアジア大陸に力のバランスを維持するうえで重要な中央アジア5カ国との関係強化が必要である。
(2)わが国が優先して援助を行うべき重点分野は次の通りと考える。
(イ)わが国とアジア諸国の経済連携を進める目的で、東アジアの経済統合と成長を支援するための基盤整備
(ロ)以下の分野であって、わが国の国益に直結するもの
@世界が一体化する中で相手国の状況がそのままわが国に直接的な影響を及ぼすものへの対策。例えば、伝染病・大気汚染・麻薬等への対策、森林保護、エネルギー資源確保、省エネルギー技術等。
A紛争・テロの温床となりやすい開発途上国の貧困の除去
B選挙監視、ガバナンス支援等の平和構築
(ハ)留学生(私費留学を含む)の受け入れや支援体制の拡充。
文化・学術交流など相手国内における対日理解を増進するための援助
(3)アフリカの貧困支援は、カナナキスサミット及びWSSDにおいて世界の重要課題となった。わが国は、他の欧米諸国が冷戦終了後に援助疲れを口実にアフリカへの関心を失っていた時期にその重要性を世界に向って説きつづけてきた経緯がある。この点を想起しつつ、一定レベルの援助は行うべきである。

5.中国に対するODA
 ODA政策の策定に際して、あらためて議論し見直すべきは、中国に対するODA供与の問題である。そのような見直し作業は、日中関係の基本を考えることと無関係であってはならない。

(1)日本の対中ODAは、78年末ケ小平が始動した中国の改革・開放の動きを支援することが日本のみならずアジアと世界のためである、という明確な政治的意志をもって開始された。そのような政策は正しかったし、日本からのODAはその後の中国の経済発展と社会の安定に明らかな貢献をしてきた。われわれはこのことについて自信を持ってよい。
(2)対中ODAは、開始されてから20余年、その時々の事情で増額されて、中国が受け取る二国間ベースの援助の6割が日本からのものになっている。
こうしたわが国の支援も与って、中国は1980年代から約9%の年平均成長をとげ、改革開放政策が揺らぐ懸念はなくなっている。
(3)今後、日本の対中ODAは、以下のようなものを重点対象とし、国民にも国際的にも分かり易いメリハリのついたものにすべきと考える。
(イ)わが国とアジアの経済連携関係を一層緊密にし、「東アジアビジネス圏」の活性化を図るための基盤整備。
特に、知的財産権関係等の法制度や執行体制の整備など「グッドガバナンス」の強化に資するものや、わが国産業の技術を活用するもの
(ロ)環境保全、エネルギー分野であって、わが国の国益に直結するもの
(ハ)中国の対日理解増進に役立つような援助
(留学生、研修生の受け入れ、青年・学術文化交流など)
(4)中国には発展する沿岸部に対して貧困のうちに取り残された内陸部が存在する。両地域の格差是正は基本的には中国自身の資源配分の問題ではある。
 しかし、中国全体のバランスのとれた発展と社会的安定は日本及び世界にとっての利益であり、欧州及び各種国際機関の対中援助は内陸部地域に集中的に向けられている状況において、応分の協力は継続する。
(5)新しい対中ODA戦略は、日本にとっての対中基本戦略の構築と並行して実施されなければならない。本年は日中国交正常化30周年であり、2005年には終戦60周年を迎える。今後3年間に日中間のわだかまりを除去し、真に新たな関係を築くことを目指すべきである。

6.平和構築への活用
 わが国のODAは、92年のODA大綱四原則のもとで「軍事的用途及び国際紛争助長へのODAの使用の回避」が決められたが、この文言が極めて制限的に解釈され、日本が世界から要請される平和構築作業に必要な支援まで排除されてきた。
 他方、我が国の国際的役割としては、紛争予防や平和構築を重視するものがますます求められてきており、治安維持や非軍事化活動への支援など、従来の開発協力の枠組みでは対応できない協力が重要になってきている。

 わが国は国連PKOへの参加等、平和構築へ参加するための懸命の努力を行ってきているが、経済協力面では逆にこうした安全保障に関連する活動が避けられてきた。わが国はこの際ODA大綱に言う「軍事的用途」の解釈を適切なものとし、明らかにわが国の政策に合致し平和構築に資する援助(例えばカブール空港への救急車の供与など)が可能になるようにすべきである。東チモールのような緊急支援に緊急援助隊を使えない事態も解消する必要がある。

7.その他の重要な点
(1)日本の産業力を生かしたタイド援助を活用する円借款を拡充し、無償資金協力の使途を拡大すること。
(2)無償資金協力と技術協力の一層の融合を図ること。
(3)いわゆる南南協力への支援や、地域の卒業国と共同で他の途上国を支援する等の有機的な方策を推進すること。

日本のNGOや国際機関の邦人職員が行っているプロジェクトを支援することにより、援助に際して日本人の顔を見せていくこと。

(5)国際交流基金及び文部科学省の留学生事業をODA政策の中できちんと位置づけること。
(6)「第2次ODA改革懇談会」の提言どおり、ODAの意義と実態を国民に広報し、開発教育を充実し、国民の参加の裾野を広げ、NPOとの連携を図ること。

(以上)