官報資料版 平成12年2月2日




                  ▽世界経済白書のあらまし……………経済企画庁

                  ▽毎月勤労統計調査(十月分)………労 働 省

                  ▽労働力調査(十月)…………………総 務 庁











世界経済白書のあらまし


―アジア通貨・金融危機後の世界経済―


経済企画庁


 平成十一年度「年次世界経済報告」(世界経済白書)は、さる平成十一年十一月二十六日の閣議に配布されて公表された。白書の興味深い点は次の通りである。

はじめに

 アジア通貨・金融危機から二年が経過し、世界経済は総じて緩やかながら回復に向かっている。アメリカ経済は、株高等がもたらす先行き不透明感は払拭されていないものの、国際金融市場の混乱をも乗り越え、その景気拡大のペースは大方の予想を上回っている。ヨーロッパでは、一九九九年一月、EU十一か国において単一通貨「ユーロ」が導入され、アメリカに比肩する一大通貨圏が誕生した。西ヨーロッパ経済は、九九年春以降、改善の動きが強まっている。東アジア経済にも回復の動きが広がってきている。
 翻って九〇年代の世界経済をみると、改めてアメリカ経済の好調さに着目せざるを得ない。アメリカ経済は、九一年三月に景気回復を始め、九九年十月に至るまで、八年七か月もの長期にわたる安定的な景気拡大を続けている。これまでも、アメリカ経済の長期拡大の要因は何か、生産性は高まっているのか、さらにアメリカ経済に懸念材料はないのかといった問題に関して、種々の議論がなされてきた。九〇年代最後の年に当たり、こうした議論を整理することは、今後の世界経済を展望する上でも有益であろう。
 九〇年代の世界経済において、国・地域を越えて共通してみられた現象は、物価の安定であった。ほとんどの先進諸国で七〇年代には二桁に達した物価上昇率が、今日では数パーセントにまで低下している。先進国以上に高い物価上昇率に悩まされた途上国や市場経済移行国でも、近年総じて物価上昇率は大幅に低下している。こうしたなかで、世界経済の様相は八〇年代あるいはそれ以前と比べ大きく変わってきており、またマクロ経済政策の課題も変化してきている。
 本年度の世界経済白書では、このような問題意識に沿って、諸外国の事例の紹介と分析を行っている。第一章で世界経済情勢の年間レビューを行い、地域ごとに主要なトピックをとり上げる。第二章では、アメリカ経済の長期拡大の要因と課題について分析する。第三章では、物価安定下における世界経済の特徴や、マクロ経済の課題などについて検討する。

第一章 世界経済の現況

第一節 緩やかながら回復に向かう世界経済

 九七年のアジア通貨・金融危機は、世界的な需要の低迷、貿易の伸びの鈍化、一次産品価格の低下等を通じて、世界経済全体にも大きな影響を及ぼし、九八年の世界全体の実質GDP成長率は二・五%と鈍化した。アメリカでは順調な景気拡大が続いたが、西ヨーロッパでは年後半に緩やかな景気の減速がみられ、日本では景気の低迷が続いた。通貨・金融危機の影響から、東アジアの多くの国やロシアでマイナス成長となったほか、中南米でも成長率が大幅に鈍化した。
 九九年の世界経済は、IMFの見通しによると、アメリカは順調な景気拡大が続き、西ヨーロッパでは年前半の景気拡大テンポの鈍化から成長率がやや低下する。日本がプラス成長に転ずることから、先進国全体の成長率はやや高まることが見込まれている。途上国については、中国では景気の減速が続くものの、アジア全体では回復する。一方、中南米では総じて景気が後退する。九九年の世界全体の実質GDP成長率は三・〇%と九八年に比べやや高まることが見込まれている。(第1表参照)。

第二節 戦後最長をうかがうアメリカの景気拡大

 アメリカ経済は九九年四月に九年目の景気拡大局面に入り、その後も、先行きには不透明感もみられるものの、順調に拡大を続けている。この一年間を総括して特筆すべきことは、@九八年秋の国際金融市場の混乱を乗り越えて成長を続けたこと、A大方の予想を上回る高成長を続けていること、Bインフレ懸念が改めて高まってきていること、C株高等がもたらす先行き不透明感が払拭されていないことである。
(実体経済への影響は軽微だった国際金融市場の混乱)
 九八年秋の国際金融市場の混乱が、アメリカ経済に与えた影響は、次のように整理できる。@投資家がリスク回避傾向を強めたため、低位格付けの社債発行の低迷など、金融市場への影響が比較的長期に及んだ。Aしかし、政策金利の引下げ等の迅速な政策対応や、企業の資金調達方法の柔軟なシフト、堅調な所得環境などを背景として、実体経済にはほとんど影響がなく、高成長を続けた。Bむしろ、金融緩和により実体面や株式市場におけるインバランスが高まったきらいがある。
(予想を上回った景気拡大)
 九八年後半以降の景気拡大のペースは大方の予想を越えたものだった。議会予算局(CBO:Congressional Budget Office)やブルーチップによれば、九八年後半の成長率は前期比年率二%程度ないし二%台前半の予測であった。しかし、実際の成長率は、七〜九月期が同三・七%(旧基準ベース、新基準では同三・八%)、十〜十二月期が同五・六%(同五・九%)であり、高成長は九九年に入ってからも続いている。この背景には、低金利が続いていること、株価の上昇が続いていること、インフレの兆候が明確には見られないことがある。
(インフレ懸念の再燃)
 ここ数年来のアメリカ経済の高成長は、潜在成長力を大きく上回っている可能性が高い。これまでのところ、インフレの明確な兆候は見られないが、潜在的なインフレ圧力は、景気過熱に伴う更なる労働需給の逼迫に加え、石油価格の反騰や海外経済状況の好転などにより、高まっていると考えられる。現在のアメリカでは、それが、金融引締めなどを通じて景気のハード・ランディングにつながる可能性は否定できない。
(依然として残る不透明感)
 景気過熱などに伴うインフレ懸念に加えて、アメリカ経済は、割高感の指摘される株価、低下が続く家計貯蓄率、経常収支赤字の拡大など、いくつかのリスクを抱えている。

第三節 ユーロ誕生を迎えたヨーロッパ経済

 九九年一月一日、EU加盟国のうち十一か国において単一通貨「ユーロ」が誕生し、九〇年七月に取組の始まった経済通貨統合(EMU)が最終段階に入った。九九年一月から通貨統合に参加した十一か国(ユーロ圏)の経済規模をみると、人口が約二億九千万人(九七年)、名目GDP規模が約六兆五千億ドル(九八年)であり、日本(約一億三千万人、約三兆七千億ドル)を上回り、アメリカ(約二億七千万人、約八兆五千億ドル)と比肩する一大通貨圏が誕生した。九九年一月からは、現金を伴わない支払いについては各国の通貨とユーロのいずれでも使用可能となっており、二〇〇二年一月以降は、ユーロの紙幣とコインが実際に流通し始める。
(ユーロ圏経済の動向)
 ユーロ圏経済は、個人消費及び固定投資の拡大をけん引役として、九八年前半まで景気拡大を続けた。しかし九八年後半以降、各国通貨の大幅な増価や、アジア通貨危機がロシアへ波及したことなどにより、外需が大幅に減少し、景気拡大が鈍化した。しかし、九九年一月の発足後、ユーロが総じて減価したことや、アジアの景気の回復、ラテンアメリカ及びロシアにおける金融危機の収拾により外需が回復し、個人消費及び固定投資の好調が続いたことから、景気の減速は一時的なもので収まり、九九年春頃から改善の動きが強まっている(実質GDP成長率は、九八年前年比二・七%、九九年一〜三月期前期比年率一・七%、四〜六月期同二・〇%)。
(ユーロ導入後の課題と取組)
 ユーロは、対ドルレートでみると、九九年一月に導入されて以来、半年間で一六%程度減価した。こうした減価の要因として、九八年末におけるユーロ圏通貨高の反動や、アメリカとの景況格差、コソボ紛争の長期化などが挙げられる。ユーロの短期的な強弱は、ユーロ圏とその他地域との景況格差等に左右されるが、より中長期的な動向は、雇用や財政など、ユーロ圏の構造的な問題に対する取組に大きく依存する。
 EUにおける雇用への取組は、九七年のルクセンブルク臨時首脳会議から本格化し、九九年六月には、ケルン首脳会議において、欧州の経済成長と雇用を強化するために、雇用関係者の意見交換を充実させ、信頼を醸成することを目的として「欧州雇用協定」が採択された。また、九九年三月には「アジェンダ二〇〇〇」が採択され、EU全体の経済的な基盤の安定のための結束基金等の補助金の枠組みを見直すなど、EUでの財政構造改革に関する広範な合意がなされた。
 九二年から始まった欧州単一市場の形成や、ユーロ誕生後のユーロと域内通貨との二重価格表示は、EU域内の価格比較を容易にし、域内の財の価格差は縮小に向かうものと予想されるが、EU域内では依然として価格差が存在する。域内の価格差を生む大きな要因として、税制や規制といった制度的なハーモナイゼーションの未整備が指摘できる。ユーロの導入は、ユーロという共通通貨による価格表示が行われることで、域内各国において価格の比較が容易になることから、取引相手や消費者からの価格の下方修正圧力を生み、価格差を縮小させることに寄与するであろう。
 これまで、法人税などの直接税や社会保障賦課金などについては、EU構成各国の主権事項として、EU内で議論されることは少なかった。しかし、ユーロ誕生を控えた九七年十二月、税率の引下げ競争などの「有害な税競争」に対処するため、EU十五蔵相/経済相会議において、企業課税等に関して検討グループを設置して議論を進めていくこと等、直接税に関して初めての合意を得た。九九年六月のケルン欧州首脳会議においても、議長声明において、企業課税、利子課税への源泉課税等のほか、エネルギー課税に関する検討の必要性に言及するなど、税制に関する条項が盛り込まれ、現在検討が進んでいる。
(EU主要国の経済動向)
 ドイツでは、九九年前半には景気は一時的に減速したものの、後半に入り生産面を中心に緩やかに改善してきている。九八年十月に誕生したシュレーダー政権は、雇用問題と税制改革を重要課題として掲げている。六月には、歳出削減を内容とする「ドイツの再生」計画を策定した。同計画を含め、社会保障費の削減を中心とした財政再建案は重要な争点となっている。
 フランスは、内需の拡大により、九八年には九〇年代最高となる実質GDP成長率三・二%を記録し、九九年に入ってからも景気は緩やかな拡大を続けている。物価の安定に加え、賃金の上昇、雇用者数の増加により消費者の信頼感が改善していることが、個人消費の増加につながっている。雇用対策はフランス政府の重点分野となっており、労働時間の短縮による雇用の創出・確保のため、二〇〇〇年一月から週三十五時間労働制に移行することとしている。
 イギリスでは、九八年後半に景気は一時減速したものの、九九年四〜六月期には、個人消費やサービス業を中心とした設備投資の増加、輸出の回復などにより改善してきている。政府は、欧州通貨統合第三段階への九九年一月からの参加を見送った。その最大の理由は、世論の反対であるが、九九年二月にはブレア首相が「参加移行計画」を発表、二〇〇二年までに行われる総選挙後にも通貨統合に参加したいとの意向を示した。イギリスが今後通貨統合に参加するためには、世論の合意という政治的条件と、ユーロ圏経済との収斂状況等の「五つの経済テスト」という経済的条件を満たすことが不可欠である。
(ロシアの経済動向)
 ロシアでは、金融危機に見舞われ、実質GDP成長率は九八年△四・六%とマイナス成長を記録した。しかし、為替の大幅減価に伴い、国内産業の価格競争力が強まったことから輸入代替が進展し、また燃料などの国際価格の上昇と燃料関連品目の輸出及び生産の伸びが大きかったことなどにより、鉱工業生産は九九年三月以降プラスの伸びとなっている。実質GDP成長率についても九八年十〜十二月期前年同期比七・八%減の後、九九年一〜三月期同二・八%減、四〜六月期同一・四%増となっており、景気は底入れしたとみられる。

第四節 総じて回復の動きがみられるアジア・太平洋

(景気回復局面に入った東アジア)
 通貨・金融危機の発生から二年以上が経過し、東アジア経済に回復の動きが広がってきている。東アジア各国・地域の実質GDP成長率は九九年に入ってプラスに転じており、これを受けて、九九年の経済成長率の見通しは多くの国で上方修正されている。
 景気回復の要因は以下のように整理できる。
 第一の要因は、@内需の大幅な縮小による輸入の激減から経常収支黒字が拡大→通貨の落ち着き→金利の低下、A為替レートの大幅下落→外需の増加といった経済の自動調整メカニズムが働いたことである。
 第二の要因は、財政・金融両面において、緊縮策から景気浮揚策へと政策転換されたことである。公共投資の拡大、減税、公共料金の引下げ、失業対策などにより景気を下支えした。
 第三の要因は、金融機関への資本注入等によって、金融危機の克服に一応の目途がついたことである。金融システムの破綻が回避されたことにより、投資マインド、消費マインドの悪化に歯止めがかかった。
 第四に、インドネシアやフィリピンなどでは、好天候による農業生産の回復も景気回復に貢献した。
 第五に、いくつかの海外要因が挙げられる。欧米諸国の金融緩和により、国際的に流動性が拡大し、アジアへの資金の再流入に寄与した。
 また、IMF等の国際機関や我が国の「新宮澤構想」などによる国際的な支援体制の強化は、各国の財政出動の余地を拡大し、金融部門の再建に必要な資金の確保に寄与している。九九年に入ってエレクトロニクス製品等の輸出が回復し始め、輸出指向型産業を中心に生産が拡大したことも景気回復に寄与した。
(本格的な景気回復への道)
 通貨・金融危機後、東アジア諸国の経済を支えてきたのは、公的需要と外需であった。回復の兆しが見え始めた個人消費は、雇用情勢が依然として厳しいことなどから大幅な増加は期待できない。生産設備の過剰や金融機関の慎重な貸出態度は続いており、実質金利が上昇している国もあることから、設備投資が上向くにはしばらく時間がかかるものとみられる。
 九九年に入って広がってきた回復の動きを本格的な景気回復につなげるには、国内民間需要の回復が必要であり、そのためには、現在行われている金融部門を始めとする構造改革を着実に進展させることが重要である。
(中国:景気が減速し、デフレ傾向に直面)
 中国経済は、七八年の改革・開放後の二十年間で例を見ないデフレ傾向に直面している。小売物価上昇率は、九七年十月以降、二十四か月連続でマイナスを続けている。実質GDP成長率は、九八年七・八%の後、九九年一〜三月期には八・三%(前年同期比)に達したが、これらの高い成長率は、公共投資に支えられたものであり、GDPの六割を占める消費の低迷と物価の下落は、依然として収束の兆しをみせていない。成長率は、四〜六月期には七・一%、七〜九月期には七・〇%となった。
 中国の場合、デフレ傾向の基本的な要因として、所得の伸びの鈍化と先行き不安に伴う貯蓄率上昇による個人消費の低迷、企業の過剰設備と過剰在庫等が挙げられる。他方、国有企業改革に伴う失業の増大や、金融制度改革における膨大な不良債権の表面化といった構造問題が背後に存在し、景気の減速と物価下落は単なる循環的問題を越えた問題となっている。

第五節 国際金融・商品市場

(為替市場の動向)
 米ドルは、クリントン政権のドル高政策の下、九五年以降、増価基調で推移してきた。名目実効レート(九〇年=一〇〇)をみると、九八年八月に一一六ポイント台の高値をつけた後、ロシアのルーブル切下げに端を発する世界的な金融収縮により、十月半ばには一〇四ポイント台まで下落した。その後は金融情勢の安定化とともに増価基調を取り戻したものの、九九年七月以降は対円で大きく減価したことなどから減価基調となっている。ユーロの名目実効レート(九〇年=一〇〇)をみると、九七年八月以降、増価基調で推移してきたユーロ(エキュー)は、九八年十月以降は総じて減価基調に転じ、今日に至っている。東アジア通貨の対米ドル為替レートの推移をみると、九八年十月頃から円高・ドル安につれて東アジア通貨は総じて増価傾向で推移したが、九九年に入ってからはおおむね横ばいで推移している。
(国際商品価格:二十年ぶりの安値水準で推移)
 十七品目の主要な商品先物価格から算出されるCRB(Commodity Research Bureau)商品先物指数(六七年=一〇〇)の動きをみると、九六年前半に下落基調に転じてからは、一時反発した時期があったものの、ほぼ一本調子で下げ続け、九九年二月末にはほぼ二十四年ぶりとなる一八三ポイント割れを記録した。その後は、緩やかな上昇基調で推移しているが、回復の足取りは力強さに欠けるものとなっている。
(原油価格:九九年に入り上昇基調に転換)
 原油価格(北海ブレント・スポット価格)は、九六年末を境に下落基調に転じ、その後も世界的な需要の減退等もあって下落し続けた結果、九八年末には十ドル/バレルを下回る歴史的な低水準まで落ち込んだ。しかし、九九年三月のOPEC総会で追加減産が合意されることが明らかになると、原油価格は上昇基調に転じ、産油国が比較的減産を遵守していることもあり、九九年十一月上旬には、ほぼ二年半ぶりとなる二十二ドル/バレル前後で推移している。

第六節 国際通貨・金融システムの強化

 九七年後半から始まったアジア諸国における通貨・金融危機は、ロシア、中南米にも波及し、国際通貨・金融システムの脆弱性を明らかにした。
(国際通貨・金融危機と群集行動・伝播効果)
 情報通信をはじめとするハード面に加え、デリバティブ取引をはじめとするソフト面における技術革新の急速な進展により、国際通貨・金融システムは大きな変貌を遂げてきた。具体的には、@国際通貨・金融問題の国内及び各国間の波及速度が高まったこと、A投資家による時差に絡む取引の比重が増加したこと、B外貨準備に比して外貨による短期債務の比率が高まったことなどが挙げられる。こうしたなかで群集行動(herd behavior:例えば、「よい投資かどうか」よりも「他の多くの人がよい投資と思うかどうか」を基準として投資をした方が有利なときに生じる)と伝播効果(contagion effect:@経済構造や経済状況が似ているような国が、共通のショックに対して同じような通貨・株価の反応をする場合、A投資家がある一つの国で損をしたために、他の国で資産を売って損失を埋め合わせようとする場合に生じる)による通貨・金融危機は、グローバル化した金融市場の本質的な特徴となってきている。
(新興市場国における通貨・金融危機から得た教訓)
 近年の一連の通貨・金融危機から、@資本取引の自由化の進め方、A為替相場制度の在り方、B危機に対応した資本規制の在り方に関して教訓が得られた。
 資本取引の自由化の進め方については、順序良く(well−sequenced)、条件が整っているかどうかを見極めながら進めていくべきであるというのが、国際的なコンセンサスである。
 為替相場制度については、経済規模や貿易相手国の構成、貿易・資本自由化の程度などの違いにより、国や時代によって最適な制度は異なることに留意する必要がある。
 資本規制については、新興市場国のそれぞれの実情に応じて、危機管理の手法としてコストとベネフィットを勘案しつつ、どのような場合に資本規制をすることが正当化されるのか、現実的な立場から検討を進めていくことである。
(公共財としての国際通貨・金融システムと市場)
 また、金融市場においては、市場参加者から自然発生的に形成されるチェック・メカニズムともいうべきものが働いている。政府はもはや市場の動きを軽視して効果的な政策を実施することはできない。したがって、国際金融市場の中から自律的・内生的に生まれる規制の機能を最大限にまで引き出すとともに、その限界を補完するための政府ならびに国際通貨・金融システムの在り方が問われ続けることになる。

第二章 アメリカ経済の長期拡大の要因と課題

第一節 九〇年代の景気拡大の特徴

@ 長期にわたる安定的な拡大
 九〇年代の景気拡大の特徴は、良好な状態が「安定」して「長期にわたって」続いていることである。経済成長率についてみると、二〜三%台と、歴史的にはそれほど高くないが、大きな変動もなく九一年以来、約九年の長期にわたって続いている(第2表参照)。
 需要項目別にその背景をみると、個人消費では、耐久財消費の変動が過去に比べて安定していること、民間設備投資では変動の大きな構築物投資や産業機械投資のシェアが低下する一方で、情報化投資など景気変動の影響を受けにくい投資項目のシェアが増加したこと、住宅投資では、金利の安定、所得の堅調な伸び、各種政策による需要の創出、及び八〇年代に購買層に達したベビーブーム世代による高額・大型住宅への買替え需要増といったものが挙げられる。
A 低金利・低インフレ・低失業率
 安定した経済成長の背景としては、低金利、低インフレ、低失業率が並存したことが挙げられる。実質金利は、八〇年代末にかけて低下した後も、低水準で安定的に推移し、物価上昇率も九〇年代初頭に大幅に低下した後、安定して推移している。さらに、失業率も持続的に低下し、三十年ぶりの低失業率で推移している。
B 株高:その要因と影響
 今次景気拡大局面における特徴の一つは、株価の上昇率(年率ベース)が高く、過去最大だったことである。また、こうした中、株と実体経済との結びつきはこれまでにも増して強くなっており、株価の動向が景気に与える影響も八〇年代までと比べて大きくなっている。
 その背景としては、需要側からは、ベビーブーマー世代の老後に向けた資金運用先として、低金利・低インフレ下で相対的に有利な株に対する需要が高まったこと、供給側からは、企業の自己買入れ償却等が盛んであったことが挙げられる。

第二節 九〇年代の安定した景気拡大の要因

 長期にわたる安定的な景気拡大の背後にある要因として、@適切な経済運営、A経済構造における柔軟性の高まりが重要であった。他方、九七年以降における低インフレと低失業率・高成長率の両立は、B一時的な要因によってもたらされていた部分も大きかったと考えられる。
@ 政策の効果
 アメリカ経済は、平時における景気拡大の最長記録を更新し続けているが、その特徴である安定した景気拡大は種々の適切な政策によってもたらされた面が大きい。
 すなわち、予防的かつ機動的な金融政策が過度の景気過熱を抑え、物価の安定をもたらした。九〇年代におけるアメリカの金融政策運営の特徴は、市場との齟齬をきたさないようなコミュニケーションの重視、ラグの存在を念頭に置きつつ景気の行方を先取りした予防的な運営姿勢、政治的圧力から独立したFEDの政策運営環境、ということに大きく現れている。一方でグリーンスパンFRB議長に対する過度の信頼から株価が強い上昇を続け、割高感が高まっている。
 また、軍事費削減などの歳出抑制努力や好況に伴う税収増が財政赤字の縮小を可能にし、その結果として国債の需給改善が長期金利を低下させ、投資や消費を刺激した。
 さらに、七〇年代から行われてきた通信、エネルギー、運輸業などにおける規制緩和などが物価の下落や雇用の創出、効率的な市場の形成による安定成長などをもたらした。
 このような一連の政策による低インフレ、低金利等によって消費や投資の拡大が長期にわたって安定的に続く素地が形成された。
A 経済構造の柔軟性の向上
 アメリカ経済がもともと有している経済構造の柔軟性の高さが、七〇年代以降の規制緩和や市場開放等により一層強化されたことも、安定した景気拡大に貢献したと考えられる。つまり、経済構造の柔軟性が高まることで、さまざまな構造変化に対する調整速度が速くなり、経済環境の変化に対する耐性が高まり、景気の安定的な拡大がもたらされるようになっていると考えられる。
 例えばアメリカの高い開廃業率及び企業増加率は、経済環境をめぐる諸条件の変化が速い昨今においては、労働資源や資本の効率的な配分を行う上で適している。
 また、人材派遣業の隆盛や年金などのポータビリティの向上などによる労働市場の柔軟化は、NAIRU(インフレを加速させない失業率)を低下させ、低インフレと低失業率の両立を可能にしていると考えられる。九六年までのデータを用いてNAIRUを推計すると、九〇年代初めは六%前後であったものが、九一〜九三年以降に低下し、四%台となっている可能性があることが分かった。
B 一時的要因が大きく寄与した低インフレと低失業率の両立
 しかし、九七年以降の高成長・低失業率と低インフレの両立は、一時的要因によってもたらされた面が大きいと考えられる。この一時的要因としては、@ドル高や輸入原材料価格の下落に伴う物価下落及びコスト減少があったこと、A輸入品の増大に伴う価格競争の激化により物価が下落したこと、B医療費等の抑制が雇用コストの伸びを抑えたことが挙げられる(第3表参照)。
 このように一時的要因は、九二〜九六年から九七〜九八年にかけての消費者物価指数(総合)上昇率の低下の全てを説明している。したがって、現在の低インフレ状態には、為替や原油をはじめとする一次産品価格等の動向いかんによっては、容易にインフレ圧力が加わる可能性が高いといえよう。

第三節 アメリカ経済における生産性の向上

(労働生産性の推移)
 ここ数年、経済成長率が高まる中で、九六年以降は労働生産性上昇率の高まりが観察される。労働生産性上昇率は、物価統計の改訂や短期的な景気変動の影響を受けるが、それらの要因を取り除いても高まっていると考えられる。
 まず、物価統計の改訂の影響については、九六年以降GDPデフレータは〇・二一%ポイント下方修正されており、同じだけ労働生産性上昇率も押し上げられている。
 次に、需要の拡大に労働投入が追いつかないため生産性が加速しているようにみえるという、短期的な景気変動の影響を計算すると、九六年以降年〇・三〇%ポイントだけ労働生産性上昇率を押し上げたと見込まれる。
 九六年以降の民間非農業部門の上昇率一・九四%からこれらの影響を取り除くと、真の上昇率は年一・四三%程度であったと考えられる。この上昇率は、それまでの上昇率(一・一二%)よりも高いことから、真の労働生産性は、九六年以降、高まっていると考えられる。
 次に、労働生産性上昇率の高まりがどの産業で生じているのかをみてみると、九〇年代に入り、耐久財製造業において高い労働生産性の伸びが続いていることが分かる。特に電気機械などのハイテク産業で生産性の伸びが高い。
 一方、非製造業全体では、サービス業におけるマイナスの伸びに相殺され、労働生産性の上昇はみられない。ただし、サービス業については、生産量の計測の困難性などから生産量が過小評価されている可能性があり、実際は、真の労働生産性がみかけほど低くないとも考えられる。
(生産性向上の要因)
 生産性向上の要因として、データの制約から不確定な部分も多いものの、九〇年代における投資ブームなどによって資本ストックの質が向上していると考えられることや、情報通信革命によるプラスの効果、経営革新による効率性の向上などが挙げられる。
 サービス業を除いた八〇年代と九〇年代の産業別の労働生産性上昇率と情報関連ストック比率(情報関連資本ストック/資本ストック総額)との間には、明らかな正の相関関係がある。しかし、経済全体の五分の一を占めるサービス業において、情報関連ストックの伸びと労働生産性の伸びとの関係が明確でないことなどから、経済全体でみると、必ずしも情報化投資の比率を高めることで生産性がより向上するという関係はみられない。
(生産性向上の持続可能性)
 労働生産性の向上は、今後も続くかどうかは不確定な要素が多く、一概には断定できない。しかしながら、以下のような理由で、今後の労働生産性の高い伸びが持続しない可能性がある。すなわち、@情報化投資などによる資本ストックの質の向上が、今後も続くかどうか不明瞭である、、A情報化投資による代替が可能ではない労働や、資本ストックを必要としている業界もある、Bサービス業における労働生産性の向上が適切に計測できず、今後の労働生産性を見通すことが困難である、という三点である。したがって、情報化と労働生産性の関係に関するより精緻なデータ収集・分析や、サービス業などにおける付加価値生産額の適切な把握などに努め、今後を見極めるのに十分な材料を用意することが重要である。

第四節 アメリカ経済のアキレス腱

 アメリカ経済は、近年大変良好なパフォーマンスを誇ってきたが、そのようなアメリカ経済も景気の先行きに課題を抱えており、@割高感の指摘される株価、A低下し続ける家計貯蓄率、B経常収支赤字の拡大、Cインフレ懸念の高まり、の四つの懸念材料を挙げることができる。
@ 割高感の指摘される株価
 ここ数年来、繰り返し株価の割高感が指摘されている。九九年四〜六月期の株価は、企業収益と長期金利から説明される水準からは、さまざまな尺度を使用しても二〇〜五五%ほど割高であると考えられる(第1図参照)。それならば、株価が割高であるにもかかわらず、なぜ高水準の株価が持続するのか。その理由の一つとして、当局への信頼の厚さが株価を上昇させているため、割高ではあるが調整が先延ばしになっているという見方がある。もし株価が急落するようなことがあれば、実体経済や海外市場への影響は大きいと考えられる。
A 低下が続く家計貯蓄率
 九〇年代に入り家計貯蓄率の低下が続いている。家計貯蓄率の大幅な低下の背景には、株価の高騰による家計部門における資産効果、失業率の低下と将来の期待所得の向上、また、これらを反映した消費者コンフィデンスの高まりなどが挙げられる。そのなかでも、金融資産/可処分所得の比率と貯蓄率の間には強い相関があることから、株価の高騰による資産効果が大きいといえる。したがって、株価の上昇が持続しない限りは、このような低水準の貯蓄率は持続しないと考えられる。
B 経常収支の赤字
 旺盛な消費と投資により経常収支の赤字は非常に高い水準となっており、九九年四〜六月期の経常収支赤字額は名目GDP比三・五%と過去最高の水準に達した。経常収支の赤字拡大が続けば、@ドル安圧力をもたらす結果、海外からの資金流入が減少する可能性があること、A保護主義的な圧力が高まること、という問題点がある。
C インフレ懸念の高まり
 景気の過熱感からくる労働需給の逼迫や、原油価格の反騰およびドル安、海外経済の好転による需要増などから、インフレ懸念が高まっている。今後のインフレ動向いかんでは、強度の金融引締めを余儀なくされ、景気拡大に終止符が打たれる可能性もある。

第三章 物価安定下の世界経済

第一節 世界的な物価安定の現状

 物価の安定は近年の世界経済の大きな特徴である。ほとんどの先進諸国で、インフレ率は、七〇年代には二桁に達したが、今日では数パーセントという極めて低い水準にまで下がってきている。先進国以上に高いインフレ率に悩まされた途上国や市場経済移行国でも、近年総じてインフレ率は大幅に低下してきている。
(先進国:ディスインフレの進行)
 七〇年代に物価高騰に見舞われた先進諸国は、八〇年代に入ると物価安定を重要な政策課題として掲げた。金融政策を中心とした政策努力は、原油等一次産品価格の下落とも相まって、総じて成功し、先進国の平均消費者物価上昇率は八六年には二・六%まで低下した。その後も、八九年から九〇年にかけての時期を除き、物価上昇率は低下傾向を示しており、九八年の平均消費者物価上昇率は一・四%と、約三十年ぶりの低水準を記録している(第2図参照)。
(中南米:九〇年代にはインフレの収束へ)
 中南米における八〇年代は、累積債務の重圧の下、大幅な財政赤字や高インフレを抱えた低成長の時代であった。しかし八九年、九〇年の物価高騰後、九〇年代には、財政赤字削減などによりインフレは収束している。
(市場経済移行国:価格の自由化)
 九二年の価格自由化により、ロシアの物価は一挙に数倍に上昇した。改革開始当初は財政・金融の引締めが徹底できず、インフレの収束が遅れたものの、IMFの指導による緊縮財政により、九五年以降ロシアの消費者物価上昇率が低下した。ただし、九八年のルーブル切下げ後、九九年に入り消費者物価上昇率は前年比一〇〇%超と急騰している。
 ポーランド(九〇年)、チェッコ(九一年)とも本格的な改革の導入に伴い価格が高騰したが、緊縮財政政策の取組などにより、九五年以降、物価上昇率は低下傾向にある。

第二節 世界的なディスインフレの要因

@ 金融政策
 物価安定という目標を達成するには、政策当局への信頼性を獲得することが何よりも重要である。そのための一つの方法は、金融政策に何らかの明示的なノミナル・アンカー(物価安定のための錨のような役割を担うもの)を設定することによって、期待インフレ率を低下させるとともに、金融政策当局の裁量の余地を小さくすることである。
 多くの国が変動相場制に移行した七〇年代半ば以降、先進国を中心に、貨幣数量をノミナル・アンカーとした政策がとられた。しかし、八〇年代に入り、金融市場の技術革新などによって、貨幣数量とインフレ率の関係が希薄化した結果、貨幣数量のみを目標とする政策の有効性が低下し、貨幣数量のほか、金利、物価、経済成長率、雇用など、さまざまな指標を勘案した金融政策の必要性が認識されるようになった。現在、アメリカ、日本などでこうしたさまざまな指標を勘案した金融政策がとられている。
 さらに、九〇年代に入ると、物価安定の目標を明示的に設定し、金融政策をこの目標に向かって運営する国が増加している。それらの国においては、インフレ・ターゲティング採用後におけるインフレ率の低下が観察できる(第3図参照)。ただし、インフレ・ターゲティングを採用していない国でもインフレ率は概して低下傾向にあり、インフレ・ターゲティングの有効性について判断するには、もう少し経験の積み重ねが必要であろう。
A 一次産品価格の下落
 七〇年代には物価を押し上げる要因であった一次産品価格は、八〇年代前半には大幅に低下し、その後は、ならしてみれば、ほぼ横ばいで推移している。その結果、八〇年代以降、先進国の工業製品価格との相対価格は、大幅に低下している。
 代表的な一次産品である原油の価格下落の要因としては、供給側の要因として、@非OPEC加盟国の生産量の増加、A探査・探鉱技術の進歩などによる原油の確認埋蔵量の増加が挙げられる。また、需要側の要因として、@実質GDP一単位当たりの一次エネルギー消費量が八〇年代半ばから緩やかな下落基調で推移していること、A代替エネルギーの堅調な伸びに支えられ、一次エネルギー全体に占める原油依存度が引き続き低下していることなどが挙げられる。
B 供給サイドの構造的要因
(グローバリゼーションの進展)
 グローバリゼーションの結果、各国間の貿易、直接投資は飛躍的に拡大した。特に近年の伸びにはめざましいものがある。貿易の拡大は、各国が比較優位の生産に特化することにより資源配分を向上させることなどを通じて、また直接投資の増加は、途上国への技術移転を促進し、途上国における生産性を向上させることなどを通じて、ともに物価の安定に寄与している。
(規制改革の進展)
 規制改革は、市場メカニズムを有効に機能させ、競争を促進することにより、価格を低下させる機能を持つ。OECDの規制改革レポート(一九九七年)によれば、規制改革の結果、例えばアメリカの航空業界では料金が三三%低下している。
(技術革新)
 技術の進歩は新しい商品を生み出したり、従来からある商品の性能を高めたりするほかに、商品の生産コストを低下させることによって商品の価格低下に寄与する。例えば、アメリカの「コンピュータ及び付属装置」の設備投資デフレータは、基準年の九二年から九八年にかけて七三%低下している。
(労働市場の変化)
 労働市場における変化を反映して、先進国で賃金上昇率が低下したこともディスインフレに貢献した。例えば、イギリスでは硬直的な労使関係の改善や、最低賃金の廃止などによって賃金が抑制された。
C 需要要因
 九七年七月のタイ・バーツ危機に端を発するアジア通貨・金融危機により、東アジア六か国(インドネシア、韓国、シンガポール、タイ、マレイシア、フィリピン)では、六か国合計のGDP総額に対して約一〇%程度のマイナスのGDPギャップが九八年に生じた。これが先進国の物価引下げ要因として、大きく働いたものと考えられる。

第三節 物価安定下の経済の特徴

(低い名目金利)
 物価安定下では、期待インフレ率が低い分、概して名目金利も低くなる傾向にあると考えられる。実際に主要先進七か国の物価上昇率と名目金利との関係をみると、八〇年代から九〇年代にかけて物価上昇率が低下傾向を示す中で、名目金利も低下傾向を示していることが分かる。しかし、実質金利にはそうした長期的低下傾向はみられず、逆に高インフレ下の七〇年代には実質金利はマイナスになるなど、インフレ率との逆相関がみられる時期もある。
(名目賃金の下方硬直性とその実質賃金、失業率への影響)
 物価安定下では、名目賃金上昇率は概して低くなりがちである。実際に主要先進七か国の名目賃金上昇率の推移をみると、物価上昇率の低下を反映して、七〇年代から八〇〜九〇年代にかけて大きく低下してきている。これに対し、実質賃金上昇率には長期的な低下傾向はみられない。名目賃金には下方硬直性があるため、物価安定下では、本来需給を均衡させるのに必要な水準まで名目賃金(及び実質賃金)が下がらない可能性がある。そして、その結果、自然失業率が高まる可能性がある。
(財政)
 各国の租税構造をみると、ほとんどの国において個人所得税を中心に累進構造が組み込まれているため、物価安定下では高インフレ下のような自然増収は望みにくいことになる。一方、物価安定下では概して名目金利が低いことから、利払い費は高インフレ時代と比べ、その分低くなるものと考えられる。
(分配面)
 物価安定下では、インフレによる債権者から債務者への恣意的な富の再分配(arbitrary redistributions of wealth)が生ずることが少なくなる。そして、物価が下落する場合には、逆に債務者から債権者への所得移転が発生することになる。

第四節 物価安定下の金融政策

 物価安定を達成した九〇年代のマクロ経済政策は、景気後退局面でのデフレの可能性の高まりと資産価格の大幅な変動という新しい困難な課題に直面している。すなわち、低インフレないしゼロインフレを通り越して物価下落(デフレ)が景気後退期に生じるような場合、あるいは、財・サービスの価格が安定する中で、資産価格が大幅な変動を示す場合にどのような対応をとるか、これが物価安定下における新しい政策課題として重要となっている。
(デフレ懸念と金融政策)
 八〇年代及び九〇年代の前半においては、より低い水準へと物価上昇率を下げていくことが先進国における金融政策の、あるいは経済政策全般の目標であったが、数パーセントという物価上昇率が実現され、逆に景気後退期にはデフレの可能性も高まっている今日においては、物価上昇率が過度に下落することに対しては、それが過度に上昇することに対してと同様に警戒すべきと考えられる。ある意味では、前者の方が問題が大きいともいえる。なぜなら、物価安定下では、金融政策の効果は非対称的となる可能性があり、過熱する経済を引締めにより抑えることに比べ、収縮している経済を緩和によって回復させることのほうが困難な場合もあるためである。
 需要面からの要因によってもたらされたデフレに対しては、一般論として、拡張的な金融政策及び財政政策を採るべきであり、それによってデフレスパイラルに陥ることのないよう最大限の努力を傾注すべきである。また、こうした拡張的な金融・財政政策をより実効あらしめるためには、金融システム上の問題や労働市場の硬直性等の構造問題への取組も重要と考えられる。
(資産価格変動と金融政策)
 政策当局、とりわけ金融政策当局は、物価の安定のみならず、資産価格の動向にも注意を払う必要がある。九〇年代にいくつかの国で起きた金融危機の経験をみても、資産価格の大幅な変動が、マクロ経済の変動を引き起こす、あるいは増幅するということがしばしばみられた。金融政策は資産価格の安定化そのものを目標とすべきではないが、それと同時に、資産価格の動きが経済及び金融の安定性にどのような影響を与えるかということを無視して、金融政策の運営を行うことはできないであろう。中央銀行は、資産価格が大きく変動している場合には、その変動がどのような理由によって生じているのかをつきとめるよう努力すべきである。
(ゼロインフレと低インフレのコストとベネフィット)
 数パーセントという低い物価上昇率を達成した先進国にとって、低インフレとゼロインフレはどちらが望ましいのであろうか。ゼロインフレよりも低インフレが望ましい根拠としては、名目賃金の下方硬直性、物価安定下での犠牲率の高さ、名目金利のゼロ下限等が挙げられる。逆に、低インフレよりゼロインフレが望ましい根拠としては、インフレの持つ資源配分撹乱効果、所得分配歪曲効果、税制の歪み等が挙げられる。また、別の観点として、公式の物価指数は、多くの場合、真の物価上昇率よりも高くでる傾向があるということも考慮する必要があろう。これらを総合して、どちらが望ましいかについては、一概に言うことはできない。各国は、経済の置かれている初期条件、特にインフレ率の状況や、各種経済制度の在り方を考慮しながら、検討していくことになろう。

おわりに

 物価安定という新しい状況下で、政策当局も、各経済主体も、長らく続いた高インフレ時代の行動様式をそのまま踏襲するのではなく、新しい時代にふさわしい行動様式に切り換えていくことが肝要である。経済全体でみれば、インフレは恣意的な富の再分配を行うに過ぎず、経済的問題の解決は、基本的には経済成長によってなされるべきである。そして、富・所得の再分配は、明確な意図を持った経済政策によってなされるべきであろう。




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賃金、労働時間、雇用の動き


毎月勤労統計調査 平成十一年十月分結果速報


労 働 省


 「毎月勤労統計調査」平成十一年十月分結果の主な特徴点は、次のとおりである。

◇賃金の動き

 十月の調査産業計の常用労働者一人平均月間現金給与総額は二十八万六千五百二十二円、前年同月比は〇・一%減であった。現金給与総額のうち、きまって支給する給与は二十八万一千七百九円、前年同月比〇・一%減であった。これを所定内給与と所定外給与とに分けてみると、所定内給与は二十六万三千五百八十円、前年同月比〇・二%減、所定外給与は一万八千百二十九円、前年同月比は二・六%増であった。
 また、特別に支払われた給与は四千八百十三円、前年同月比は二・六%減であった。
 実質賃金は、〇・六%増であった。
 きまって支給する給与の動きを産業別に前年同月比によってみると、伸びの高い順に鉱業二・八%増、電気・ガス・熱供給・水道業一・〇%増、金融・保険業及びサービス業〇・七%増、製造業〇・二%増、建設業〇・四%減、運輸・通信業〇・六%減、卸売・小売業、飲食店〇・七%減、不動産業八・七%減であった。

◇労働時間の動き

 十月の調査産業計の常用労働者一人平均月間総実労働時間は百五十四・六時間、前年同月比三・三%減であった。
 総実労働時間のうち、所定内労働時間は百四十四・九時間、前年同月比三・五%減、所定外労働時間は九・七時間、前年同月と同水準、所定外労働時間の季節調整値は前月比〇・七%減であった。
 製造業の所定外労働時間は十三・〇時間、前年同月比五・七%増、季節調整値の前月比は〇・七%減であった。

◇雇用の動き

 十月の調査産業計の雇用の動きを前年同月比によってみると、常用労働者全体で〇・二%減、常用労働者のうち一般労働者では一・二%減、パートタイム労働者では四・二%増であった。
 常用労働者全体の雇用の動きを産業別に前年同月比によってみると、前年同月を上回ったものは建設業一・九%増、電気・ガス・熱供給・水道業一・七%増、サービス業一・六%増、不動産業〇・一%増であった。運輸・通信業は前年同月と同水準であった。前年同月を下回ったものは、卸売・小売業、飲食店一・三%減、製造業二・一%減、金融・保険業二・二%減、鉱業七・四%減であった。
 主な産業の雇用の動きを一般労働者・パートタイム労働者別に前年同月比によってみると、製造業では一般労働者二・五%減、パートタイム労働者は二・九%増、卸売・小売業、飲食店では一般労働者四・六%減、パートタイム労働者四・六%増、サービス業では一般労働者一・一%増、パートタイム労働者三・五%増であった。










◇    ◇    ◇

◇    ◇    ◇



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十月の雇用・失業の動向


―労働力調査 平成十一年十月結果の概要―


総 務 庁


◇就業状態別の人口

 平成十一年十月末の十五歳以上人口は一億八百二万人で、前年同月に比べ五十一万人(〇・五%)の増加となっている。これを就業状態別にみると、就業者は六千五百万人、完全失業者は三百十一万人、非労働力人口は三千九百七十九万人で、前年同月に比べそれぞれ二十六万人(〇・四%)減、二十一万人(七・二%)増、五十五万人(一・四%)増となっている。
 また、十五〜六十四歳人口は八千六百七十六万人で、前年同月に比べ十七万人(〇・二%)の減少となっている。これを就業状態別にみると、就業者は五千九百九十八万人、完全失業者は三百二万人、非労働者人口は二千三百六十五万人で、前年同月に比べそれぞれ四十四万人(〇・七%)減、二十一万人(七・五%)増、五万人(〇・二%)増となっている。

◇労働力人口(労働力人口比率)

 労働力人口(就業者と完全失業者の合計)は六千八百十一万人で、前年同月に比べ五万人(〇・一%)の減少となっている。男女別にみると、男性は四千四十二万人、女性は二千七百六十九万人で、前年同月と比べると、男性は十万人(〇・二%)の増加、女性は十五万人(〇・五%)の減少となっている。
 また、労働力人口比率(十五歳以上人口に占める労働力人口の割合)は六三・一%で、前年同月に比べ〇・三ポイントの低下と、二十一か月連続の低下となっている。

◇就業者

(1) 就業者

 就業者数は六千五百万人で、前年同月に比べ二十六万人(〇・四%)減と、二十一か月連続の減少となっている。男女別にみると、男性は三千八百五十七万人、女性は二千六百四十三万人で、前年同月に比べると、男性は五万人(〇・一%)減となっており、女性は二十一万人(〇・八%)減と十七か月連続で減少となっている。

(2) 従業上の地位

 就業者数を従業上の地位別にみると、雇用者は五千三百七十三万人、自営業主・家族従業者は一千百八万人となっている。前年同月と比べると、雇用者は七万人(〇・一%)減となっており、自営業主・家族従業者は十八万人(一・六%)減と二十一か月連続の減少となっている。
 雇用者のうち、非農林業雇用者数及び対前年同月増減は、次のとおりとなっている。
〇非農林業雇用者…五千三百四十一万人で、四万人(〇・一%)減
 〇常 雇…四千六百九十六万人で、二十七万人(〇・六%)減、二十二か月連続の減少
 〇臨時雇…五百二十一万人で、二十六万人(五・三%)増、平成八年九月以降増加が継続
 〇日 雇…百二十五万人で、二万人(一・六%)減、四か月連続で減少

(3) 産 業

 主な産業別就業者数及び対前年同月増減は、次のとおりとなっている。
〇農林業…三百十四万人で、十四万人(四・三%)減
〇建設業…六百七十八万人で、三十万人(四・六%)増、三か月連続で増加、増加幅は前月(十四万人増)に比べ拡大
〇製造業…一千三百四十万人で、三十三万人(二・四%)減、二十九か月連続で減少
〇運輸・通信業…四百十六万人で、一万人(〇・二%)増、三か月連続で増加
〇卸売・小売業、飲食店…一千四百七十七万人で、二万人(〇・一%)減
〇サービス業…一千七百五万人で、同数(増減なし)
 また、主な産業別雇用者数及び対前年同月増減は、次のとおりとなっている。
〇建設業…五百六十万人で、二十七万人(五・一%)増
〇製造業…一千二百二十四万人で、二十三万人(一・八%)減、二十九か月連続で減少
〇運輸・通信業…三百九十三万人で、一万人(〇・三%)増、三か月連続の増加
〇卸売・小売業、飲食店…一千百九十六万人で、四万人(〇・三%)増、二か月連続の増加
〇サービス業…一千四百五十三万人で、三万人(〇・二%)減

(4) 従業者階級

 企業の従業者階級別非農林業雇用者数及び対前年同月増減は、次のとおりとなっている。
〇一〜二十九人規模…一千七百五十五万人で、九万人(〇・五%)減少
〇三十〜四百九十九人規模…一千七百三十五万人で、十八万人(一・〇%)減少
〇五百人以上規模…一千二百六十九万人で、四万人(〇・三%)増加

(5) 就業時間

 十月末一週間の就業時間階級別の従業者数(就業者から休業者を除いた者)及び対前年同月増減は、次のとおりとなっている。
〇一〜三十五時間未満…一千四百十五万人で、四十八万人(三・五%)増加
〇三十五時間以上…四千九百七十七万人で、七十八万人(一・五%)減少
 また、非農林業の従業者一人当たりの平均週間就業時間は四三・一時間で、前年同月に比べ〇・一時間の増加となっている。

(6) 転職希望者

 就業者(六千五百万人)のうち、転職を希望している者(転職希望者)は六百三十万人で、このうち実際に求職活動を行っている者は二百四十四万人となっており、前年同月に比べそれぞれ十八万人(二・八%)減、二万人(〇・八%)増となっている。
 また、就業者に占める転職希望者の割合(転職希望者比率)は九・七%で、前年同月に比べ〇・二ポイントの低下となっている。男女別にみると、男性は九・五%で、前年同月に比べ〇・三ポイントの低下、女性は一〇・〇%で、前年同月に比べ〇・一ポイントの低下となっている。

◇完全失業者

(1) 完全失業者数

 完全失業者数は三百十一万人で、前年同月に比べ二十一万人(七・二%)の増加となっている。男女別にみると、男性は百八十五万人、女性は百二十五万人となっている。前年同月に比べると、男性は十四万人(八・二%)の増加、女性は五万人(四・二%)の増加となっている。
 また、求職理由別完全失業者数及び対前年同月増減は、次のとおりとなっている。
〇非自発的な離職による者…九十四万人で、同数(増減なし)
〇自発的な離職による者…百十一万人で、一万人減少
〇学卒未就職者…十二万人で、一万人増加
〇その他の者…七十八万人で、十三万人増加

(2) 完全失業率(原数値)

 完全失業率(労働力人口に占める完全失業者の割合)は四・六%で、前年同月に比べ〇・三ポイントの上昇となっている。男女別にみると、男性は四・六%で、〇・四ポイントの上昇、女性は四・五%で、〇・二ポイントの上昇となっている。

(3) 年齢階級別完全失業者数及び完全失業率(原数値)

 年齢階級別完全失業者数、完全失業率及び対前年同月増減は、次のとおりとなっている。
 [男]
〇十五〜二十四歳…三十七万人(二万人増)、九・四%(一・三ポイント上昇)
〇二十五〜三十四歳…四十三万人(一万人増)、四・七%(同率)
〇三十五〜四十四歳…二十三万人(同数)、二・九%(同率)
〇四十五〜五十四歳…二十八万人(三万人増)、三・〇%(〇・四ポイント上昇)
〇五十五〜六十四歳…四十六万人(七万人増)、六・六%(〇・八ポイント上昇)
 ・五十五〜五十九歳…十九万人(五万人増)、四・六%(一・一ポイント上昇)
 ・六十〜六十四歳…二十七万人(二万人増)、九・八%(〇・七ポイント上昇)
〇六十五歳以上…八万人(同数)、二・五%(〇・一ポイント低下)
 [女]
〇十五〜二十四歳…三十万人(三万人増)、八・二%(一・一ポイント上昇)
〇二十五〜三十四歳…四十万人(一万人増)、六・八%(同率)
〇三十五〜四十四歳…十七万人(二万人減)、三・三%(〇・三ポイント低下)
〇四十五〜五十四歳…二十万人(同数)、二・九%(同率)
〇五十五〜六十四歳…十五万人(二万人増)、三・五%(〇・四ポイント上昇)
〇六十五歳以上…一万人(一万人減)、〇・五%(〇・六ポイント低下)

(4) 世帯主との続き柄別完全失業者数及び完全失業率(原数値)

 世帯主との続き柄別完全失業者数、完全失業率及び対前年同月増減は、次のとおりとなっている。
〇世帯主…八十六万人(七万人増)、三・一%(〇・二ポイント上昇)
〇世帯主の配偶者…三十八万人(一万人減)、二・六%(〇・一ポイント低下)
〇その他の家族…百四十万人(十三万人増)、七・七%(〇・八ポイント上昇)
〇単身世帯…四十六万人(同数)、五・九%(〇・二ポイント上昇)

(5) 完全失業率(季節調整値)

 季節調整値でみた完全失業率は、前月と同率の四・六%となっている。
 男女別にみると、男性は前月と同率の四・六%となっている。女性は四・五%で、前月に比べ〇・二ポイントの低下となっている。












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特別陳列
「東大寺二月堂とお水取り」

●お水取りのいわれ

 奈良の東大寺大仏殿の東方にある小高い丘陵の上、若草山の山麓に当たる所には法華堂(三月堂)や、良弁僧正像を安置した開山堂などの主要な堂宇(どうう)が立ち並んでいます。
 二月堂は、大仏や大仏殿よりもさらに古い歴史をもつ、この上院と呼ばれる地区の、最も高い場所に建っています。「お水取り」はこの二月堂で行われます。
 二月堂の「お水取り」は正しくは「修二会(しゅにえ)」といい、二月堂での十一面観音に悔過(けか)をする行法です。悔過とは仏に過ちを悔いること。奈良時代には悔過をし、その功徳によって除災招福を祈る法会(ほうえ)が盛んに行われました。
 二月堂の修二会は心身の穢(けが)れを払った練行衆(れんぎょうしゅう)と呼ばれる僧侶たちが二月堂に籠(こも)り、十一面観音の前で観音の宝号を唱え、五体投地などの荒行を行って罪過を懺悔(さんけ)し、あわせて天下安穏(あんのん)・五穀成熟・万民豊楽を祈願する法会です。千二百年以上もの長い間休むことなく続けられてきました。
 旧暦の二月に行うことから「修二会」、井戸から水を汲(く)んで本尊に供えることから「お水取り」、大きな松明(たいまつ)が二月堂の欄干で振られることから「おたいまつ」とも呼ばれ、奈良に春を呼ぶ行事として広く知られています。「お水取り」の期間は三月一日から十四日まで(旧暦の二月一日から十四日まで)です。

●展覧趣旨

 お水取りの時期に合わせ特別陳列が行われます。
 二月堂と「お水取り」に関連のある彫刻・絵画・書跡・工芸品・考古遺品を集めたもので、すぐれた美術工芸品によって、「お水取り」を理解してもらおうとする試みです。この特別陳列をできるだけ多くの方々に鑑賞していただき、修二会(およびその舞台である二月堂)の長い歴史と奥深い内容を伝え、単なる観光イベントの枠を越えた真の魅力を味わってもらうことを目的としています。

●会期

 平成十二年二月二十二日(火)から三月二十日(月)まで。三月二十日を除く月曜日は休館です。

●会場

 奈良国立博物館 東新館

●観覧料金

 一般
    四百二十円(個人)
     二百十円(団体)
 高校・大学生
     百三十円(個人)
      七十円(団体)
 小・中学生
      七十円(個人)
      四十円(団体)

●無料観覧日

 三月十二日(日)

●ギャラリートーク

 三月八日(水)午後二時
 東新館展示室
 「東大寺二月堂とお水取り」
 資料管理研究室長 西山 厚

●主な出陳品(◎は重要文化財)

 ◎二月堂本尊光背(こうはい)、類秘抄(るいひしょう)、◎香水壷、香水杓、◎二月堂練行衆盤、◎二月堂修中練行衆日記、◎金銅鉢、二彩陶器片、二月堂曼茶羅(まんだら)など多数。(文化庁)



    <2月9日号の主な予定>

 ▽我が国の文教施策のあらまし……………………文 部 省 

 ▽平成十年度 体力・運動能力調査の結果………文 部 省 




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