官報資料版 平成101224




                 ▽ 世界経済白書のあらまし……………………………………経済企画庁

                 ▽ 労働力調査(十月結果の概要)……………………………総 務 庁

                 ▽ 月例経済報告(十二月報告)………………………………経済企画庁










世界経済白書のあらまし


―アジア通貨・金融危機後の世界経済―


経 済 企 画 庁


 平成十年度「年次世界経済報告」(世界経済白書)は、さる平成十年十一月二十日の閣議に配布されて公表された。
 白書の興味深い点は、次のとおりである。

はじめに

 一九九七年七月のタイ・バーツ危機に端を発するアジア通貨・金融危機は、域内の経済収縮をもたらしただけでなく、世界経済全体にも大きな影響を及ぼし、ロシアや中南米諸国等の為替・金融市場にまで動揺が広がった。アメリカは、九一年三月からの長期にわたる景気拡大局面にあるが、九八年八月末に株価が急落し、その後も一進一退を繰り返すなかで、先行きに対する不透明感が広がり始めている。
 このように不安定化した世界経済には様々なリスクが存在しており、全体としてデフレ圧力が高まりつつある。こうしたなかで、世界的同時不況を防止するための政策の在り方などについて様々な議論がなされている。また、急激かつ大量の資本移動がアジア通貨・金融危機の直接の引き金となったことなどから、国際的な資本移動の拡大が世界経済に与える影響に関しても種々の議論がなされている。これらの議論を整理することは、今後の世界経済の展望を考える上でも有益であろう。
 次に、雇用問題に目を転ずると、アメリカ、イギリス、オランダなどで失業率の低下がみられる一方、大陸ヨーロッパ諸国では二桁の失業率が続き、景気が回復しているにもかかわらず、雇用の伸びは緩慢である。このように欧米において雇用情勢の二極化が一段と進んでいる。この背後には各国の労働市場の柔軟性、それをとりまく制度など様々な要因があると考えられる。また、ヨーロッパでは九九年一月に始まる通貨統合と労働市場改革との関連という興味深い論点もある。さらに、東アジアの雇用情勢は通貨・金融危機後、大幅に悪化しており、今後、失業保険などの社会的セーフティ・ネットを整備することなどの必要性が指摘されている。
 本年度の世界経済白書は、このような問題意識に沿って、諸外国の事例の紹介と分析を行っている。第1章では世界経済情勢の年間レビューを行い、地域ごとに主要なトピックをとり上げる。第2章では、アジア通貨・金融危機とそれが世界経済に及ぼした影響について分析する。第3章では、各国の労働市場の動向や、そこで行われている改革の進展状況などについてみる。

<第1章> 世界経済の現況

<第1節> アジア通貨・金融危機の影響広がる

 世界経済は、九四年から九七年まで四%前後の成長を遂げ、全体として順調な拡大が続いていた。しかし、九七年七月のタイ・バーツ危機に端を発するアジア通貨・金融危機は世界経済全体に影響を及ぼし、ロシアや中南米諸国にも波及した。
 九八年の世界経済は、IMFの見通しによると、欧米諸国では引き続き拡大するものの、日本がマイナス成長となるため、先進国全体では二・〇%と鈍化する。発展途上国も二・三%と大幅に低下する。また、ロシアの景気後退などにより、市場経済移行国全体はマイナス〇・二%となる。よって世界全体の実質GDP成長率は二・〇%となる見通しである(第1表参照)。

<第2節> 不透明感広がるアメリカ経済

 アメリカ経済は、九一年三月からの約八年にわたる景気拡大局面にあるが、アジア通貨・金融危機に端を発した国際金融市場の混乱に伴い、九八年八月末に株価が急落、史上二番目の下げ幅を記録し、その後も一進一退を繰り返すなど、先行きに対する不安材料も散見され始めている。
 最近では、連邦準備制度理事会(FRB)が九月、十月半ば及び十一月半ばに利下げした。
<個人消費:株価の上昇による資産効果とそのリスク>
 アメリカでは家計資産に占める株式の割合が比較的高く、この傾向は九〇年代以降さらに強まっている。近年の個人消費の伸びは、株高に伴う「資産効果」によるといえるが、これは逆に今後株価が下落した場合、「逆資産効果」が働く可能性があるともいえる。
 試算では九六〜九七年にかけての実質個人消費の伸びに対する資産効果の寄与率は、株式の直接保有のみの効果で一七・六%、間接保有を含めると一・六倍程度大きくなる。逆資産効果について試算すると、株価が七千〜六千ドルまで低下した場合、成長率の下落幅は約〇・〇五〜〇・五七%ポイント程度と見込まれる。
<個人消費:貯蓄率の低下とバランスシートの悪化>
 アメリカの家計部門の貯蓄率は低下する一方で、低金利を反映し借入が増大している。しかし、消費者信用残高は、九六年以降伸び率が低下している。これは、@残高自体の水準が高いこと、A株高などにより金融資産が膨張した結果、借入によらずに消費が伸びていることのほか、B九四年以降、金利の引上げやC銀行などの審査基準の厳格化等が借入の抑制に資したものと考えられる。そのため、現在、所得の伸び程には借入が大幅に伸びていないが、消費者信用残高は過去最高水準となっており、家計部門のバランスシートが大幅に悪化している可能性がある。
<設備投資:情報化投資の行方>
 情報化投資が設備投資に占めるシェアは拡大しており、設備投資の動向を占う上で重要である。情報化投資は変動が少なく、景気変動から独立的といえる。技術革新が著しいゆえに、投資ストックのビンテージが若いことが主因である。今後の株式市場や企業業績、金利動向によっては、設備投資自体の減速の可能性は否定できないが、情報化投資は引続き設備投資を牽引するであろう。

<第3節> 景気拡大を始めたヨーロッパ

<通貨統合開始に向け、最終準備>
 EUの統合が、新しい段階に入ろうとしている。九〇年七月に始まった経済通貨統合(EMU:EBEconomic and Monetary Union)は、市場統合を行う第一段階、通貨統合への準備期間である第二段階を経て、九九年一月から最終段階である第三段階に入る。第三段階では、実際に単一通貨「ユーロ」が導入され、一元的金融政策が行われ、民間部門においても、金融取引の多くはユーロ建てで行われる。
 EU加盟国がEMU第三段階へ参加するにあたっては、マーストリヒト条約に規定された経済収斂基準を九七年までにクリアすることが要求された。そして、九八年五月の臨時欧州理事会において、十一か国がこれらの基準をクリアしたと認められた。新たに誕生する単一通貨圏は、人口約二億九千万人、名目GDP約六兆九千億ドルとなり、人口規模でアメリカ(約二億七千万人)を抜き、GDP規模でもアメリカ(約七兆三千億ドル)とほぼ同等となる。
 EMU第三段階への参加国が決まるなか、単一通貨を導入し、運営するための枠組みもほぼ整備された。単一金融政策の面では、九八年六月には欧州中央銀行(ECB:European Central Bank)が設立され、マーストリヒト条約では決められていなかった、金融政策におけるターゲットの決定、外貨準備の構成、最低準備制度の導入など、ユーロの運営の枠組みが決定された。
<ルーブル切下げ>
 九八年五月下旬、債券・為替市場において売り圧力が強まると同時に株価も下落し、金融危機に見舞われた。一連の金融危機の背景には、九七年に外国資金(主として短期)が大量に流入していたことが挙げられる。これらの資金が、財政赤字や、ロシアの主要外貨取得源である原油の国際市場価格の低下による貿易収支黒字の大幅な縮小により、ロシア国内から流出し、金融危機を引き起こすことになったと思われる。このようなファンダメンタルズの悪化に加え、アジアの経済情勢の影響や不安定な国内の政治・社会情勢等も要因の一つになったと考えられる。
 八月に入り、短期国債償還のため財源が不足するとの懸念や、政府予算の歳出の削減や徴税強化を柱とした金融経済安定化プログラムの実現性への疑問等により、一層のトリプル安が進み、ロシア政府と中央銀行は八月十七日、ルーブルの実質上の切下げや、民間の一部の対外債務支払いの九十日間の停止、九九年末までに償還期限を迎える中短期国債の新規国債への切り換え等を盛り込んだ共同声明を発表した。
 ルーブル切下げ措置により、政府の緊縮政策で低下基調にあった物価上昇率は急騰した。また、ルーブルの減価傾向はますます強まり、九月初めには、目標相場圏を放棄し、変動相場制に移行した。

<第4節> 景気後退色強まるアジア・大洋州

 通貨危機は、ASEAN諸国、韓国に波及し、タイ、インドネシア、韓国の三か国がIMFに支援を要請した。その後、緊縮政策の実施により、一応の通貨安定と対外収支の改善がみられたが、高金利や金融システムの混乱などから、九八年に入って投資・消費の不振は深刻化し、景気は一層後退した。東アジア諸国の景気後退は、比較的堅調であった中国、台湾等にも影響を及ぼしている。
 通貨危機発生から一年以上経過し、経済状況は悪化している。目下、財政・金融政策は緩和の方向にあるが、当面本格的な回復は望めない状況である。九八年の経済成長率は、ほとんどの国でマイナスとなる見込みである。
 物価上昇率は近年総じて低下傾向にあったが、九八年に入り、通貨減価の影響や食糧価格の高騰などから、ASEAN諸国を中心に上昇している。
 東アジア諸国の輸出(ドルベース)は、半導体輸出の低迷などから九六年に大幅に伸びが低下した。九七年には、年央以降の通貨の急速な減価から回復の動きがみられたが、期待されたほど伸びず、九八年に入ってからは、一部の国を除き前年同期比でマイナスに転じている。一方、輸入は景気の後退から大幅な減少が続いており、多くの国で貿易収支が改善している。
 東アジア諸国の経常収支は、中国、台湾、シンガポールを除き赤字が続いていたが、輸入の大幅な減少を主因とする貿易収支の改善から赤字幅が縮小し、韓国、タイ、マレイシアでは黒字に転じている。

<第5節> 国際金融・資本市場

 九〇年代に入り比較的安定していたドルは、九五年以降、増価基調が続いてきた。九八年に入ってからも、直近八月末以降は減価基調で推移しているものの、総じて増価してきた。
 国際商品市況は、九六年前半を境に調整局面を迎え、九八年に入っても、東アジアの景気低迷等による需要減退から下落基調が続いている。
 原油価格は、九六年以降低下基調だったが、特に、九七年十一月にOPEC総会で生産枠を広げたのを機に急落した。これに対処すべく、九八年三月と六月のOPEC総会では、OPEC加盟国・非加盟国の協調減産が合意され、それ以後の価格への影響が注視されている。

<第2章> アジア通貨・金融危機と世界経済

<第1節> アジア通貨・金融危機の要因と特徴

<高まる国際資本移動と通貨・金融危機>
 九七年七月のタイ・バーツの大幅下落に端を発する通貨・金融危機は、韓国、インドネシア、フィリピン、マレイシア、タイ(以下では、これら五つの国を総称して、「東アジア五か国」と呼ぶ)を中心とする東アジア諸国に波及し、為替の大幅な減価や金融市場の混乱を引き起こした。
 このアジア通貨・金融危機の広がりと深まりは、国際資本移動が急速に高まるなかで、東アジア諸国のみならず、一部発展途上国経済に対するコンフィデンスの揺らぎを引き起こし、その後、一次産品依存度が高い国等を中心に、中南米や中・東ヨーロッパ、CIS諸国の為替・金融市場でも混乱が発生している。
<アジア通貨・金融危機の要因>
 今回の危機はこれら諸国からの資本流出が直接の引き金になったが、それだけが原因ではなく、@実質的な対ドル固定為替相場制の維持、A大幅な経常収支赤字と短期資本流入の急増、B金融システムの脆弱性といった近年の東アジア諸国における経済上の問題がその背景にあり、それが現在に至るまで、東アジア諸国の経済に対して大きな打撃を与えている基本的要因でもあることに留意すべきである。
 ただし、これら三つの要因については、域内各国すべてに共通して当てはまるわけではなく、程度の違いにより、危機が影響した度合いは大きく異なっている(第2表参照)。

<第2節> 通貨・金融危機後の東アジア経済の現状

<アジア通貨・金融危機の深まりと経済の現状>
 東アジア五か国の危機後の経済状況をみると、これまでのところ貿易収支は大幅に改善し、外需は成長に大きく寄与しているものの、それを上回る内需の収縮から、GDP、鉱工業(製造業)生産指数がすべての国で前年比マイナスとなるなど、総じて厳しい状況にある。
 これら東アジア五か国の成長回復の原動力として期待されている輸出動向をみると、通貨・金融危機で大きな影響のあった東アジア五か国においては、実質ベースでみて相当大きな伸びがみられることは事実である。しかし、こうした実質輸出の伸びも、九四年末に発生したメキシコ通貨危機の場合と比較してみると、相当低いものとなっている(第1図参照)。
<東アジア諸国の内需の停滞>
 東アジア五か国では、輸入の大幅減により外需は大きく成長に寄与しているにもかかわらず、GDPは縮小傾向にある。また、通常は実質輸出の増加に伴って増加する生産も停滞したままである。
 これは、内需の収縮が相当程度に大きなことが原因である。これら諸国では、緊縮的な総需要管理政策がとられてきたことに加え、家計部門では、通貨減価による輸入インフレや雇用情勢の悪化などにより消費が抑制されている。企業部門では、大幅な債務負担が大きな足かせとなっている。
 また、金融システムの混乱により、輸入信用状開設が困難になったり、産業界への資金供給が進捗しないといった理由により、生産の維持・拡大に必要な資金手当てが円滑に進まず、また、資本財や中間財の輸入も困難になっていることが問題になる。
 特に、金融機関の抱える不良債権額が相当程度大きくなっており、これが内需の拡大に対する足かせともなっている。

<第3節> 通貨・金融危機後の東アジアの経済回復
   ―メキシコ危機との比較を中心に―

<メキシコ危機との比較>
 アジア通貨・金融危機の影響を強く受けた東アジア五か国が、メキシコのように輸出を牽引車として、短期間で回復軌道に戻ると考えることは困難である。
 その理由としては、@東アジア五か国において成長軌道回復の牽引車と期待される輸出について、実質輸出の伸びがメキシコほどの伸びをみせていないこと、A危機への対応として、メキシコ、東アジア五か国とも金融引締めに加えて財政緊縮政策が実施されたが、主因が財政赤字にあったメキシコのケースでは、これが問題の直接的解決として有効であった一方、東アジア諸国の場合には、これが危機以降の対策として適切であったか疑問がないとはいえないこと、B東アジア五か国の金融機関は、財務上厳しい状況が続いており、実体経済に大きな悪影響を及ぼしているが、この問題の解決には相当程度の時間とコストがかかるものと考えられることなどが挙げられる。
<回復のシナリオ>
 インドネシアを除く、韓国、マレイシア、タイ、フィリピンの各国の為替レートが、九八年に入ってから回復をみせていること、金利も韓国、タイなどで一月以来大きく低下してきていること、さらに、韓国、タイでは、金融システムなどの分野で構造改革が実施され始めていることなど、外需の伸び以外の明るい兆しもみられ始めている。
 今後の回復のシナリオとしては、以下が考えられる。まず、各国の経常収支の大幅黒字化により、外貨準備が増加し、その結果、投資家のコンフィデンスが高まる。これが資本の再流入を促し、実体経済面で良い影響を与えるとともに、為替への下落圧力を軽減する。その結果、金利を下げることが可能となる。実際、韓国、タイでは既に金利は大きく低下してきており、今後、他国も含め一層低下していくことが期待される。金利の低下は、資本の再流入ともあいまって、個人消費、投資を活発化する。これが外需の力強い伸びとともに、経済を回復軌道に乗せる。
 高貯蓄率や比較的健全な財政運営といった基礎的なマクロ経済環境、高レベルの教育水準に基づく人的資本の蓄積、貿易及び直接投資による域内の経済的相互依存関係がもたらす成長の促進効果といった、これまで東アジア諸国の高成長を長期間にわたって支えてきた諸要因は、今回の危機により大きく変わったわけではない。こうしたことから、数年の調整期間を経た後には、今日の危機に見舞われた国々も高成長経路に戻ることは可能と考えられる。

<第4節> アジア通貨・金融危機の世界経済への影響

 貿易、直接投資や金融面での経済的相互依存関係の深化や情報・通信技術の進歩によるグローバル化の進展を背景に、アジア通貨・金融危機は貿易、金融取引などを通じ、世界経済全般へ様々な影響を及ぼしている(第2図参照)。

1 貿易面を通じた影響
 東アジア諸国との貿易について、日本、アメリカ、欧州三か国(イギリス、フランス、ドイツ)の三地域すべてで、東アジア諸国への輸出(ドルベース)の伸びは減少している。
 最近の一次産品価格の低下については、東アジア諸国の需要減退が重要な原因となっている。九〇年代から東アジア諸国は、その高成長を背景に一次産品の輸入・消費を増加させてきたが、今回の危機による通貨減価、内需の低迷などにより、一次産品への需要は大きく減少し、一次産品価格全体の下落につながっている。

2 資本移動を通じた影響
<銀行貸出の動向>
 発展途上国等の主要先進国銀行への債務残高について、債務の期種別にみてみると、アジア諸国では依然債務残高は大きいものの、特に短期資本である一年以下の債務について急速に残高が減少している。
 貸手別にアジア全体の債務残高をみると、北米及び日本の銀行への債務残高は減少しているのに対し欧州の銀行への債務残高は増加している。
<危機以降の直接投資の動向>
 九八年二月にUNCTADが日本、アメリカ、欧州などの企業五百社に対して行ったアンケート調査によると、各地域の企業とも、東アジアの経済成長に対してコンフィデンスは失っておらず、今回の危機にもかかわらず、直接投資の計画は変更しないとしているところが多い。特に製造業への直接投資については、短期・中期の直接投資計画は不変とする企業が五七%であり、投資を増加させるとした企業が三四%となっている。
<エマージング市場の為替・金融市場への影響>
 中南米やロシアを中心としたエマージング(新興)市場の動揺については、まず、これまで高い成長可能性を評価されてきた東アジア諸国が、今回の危機で急激に成長率が低下し、さらにその回復に少なくとも二〜三年は必要とされる状態になっていることが、エマージング市場全体の先行きに対する不透明感を強めており、このことが、基本的な要因として挙げられる。
 しかしながら、エマージング市場を個別にみれば、動揺が強く現れている国とそうでない国が存在している。このような動揺が強く現れている国については、その背後に財政赤字や経常収支赤字といったマクロ経済面や、輸出における一次産品への依存度の高さといった輸出構造面での問題点が存在している。
<国際的資本移動に対する規制について>
 七〇年代以降、国際資本市場における大きな潮流は自由化であった。しかし、アジア通貨・金融危機及びその後の世界経済の不安定化の下で、国際的資本移動を規制するべきとの議論が急速に勢いを得つつある。
 この点については、IMFを中心とする国際金融システムの在り方も含めて、今後も様々な議論がなされるものと思われるが、とりあえずの留意点として、IMFが指摘するように、資本の自由化は順序良くかつ慎重に行われるべきである。また、長期資本と短期資本との区別が重要であり、国際的資本移動への規制を導入するにしても短期資本を中心に考えるべきであり、長期資本については基本的に自由化を進めるべきである。

3 不安定化した世界経済をとりまくリスクと政策対応
 今日の不安定化した世界経済には以下のような様々なリスクが存在しており、全体としてデフレ圧力が高まりつつある。
 @ アメリカの株価暴落
 A 新興国経済における連鎖的通貨安・株安と世界的信用収縮
 B 先進国金融機関の経営不安と金融システムの不安定化
 C 日本における景気低迷の一層の長期化と金融システム不安のさらなる深刻化
 D 中国・人民元の切下げ
 E アメリカの経常収支赤字の拡大と保護主義圧力の高まり
 これらリスク要因は、ひとつひとつを個別にとらえれば、その世界経済への影響は限られたものであるかもしれない。しかし、これらが連鎖的、複合的に発生した場合には、世界経済全体に極めて大きな影響を与えるものと考えられ、最悪の場合には世界的不況という事態さえ決してあり得ないことではない。
 既にみたように、大量の資本が瞬時に国境を越えて動き回る今日の世界経済では、ある地域における経済状況の変化は、貿易などの実物面での経路を通じてのみならず、資本、金融面を通じて他地域の経済に大きな影響を与える。そして、後者については、心理的側面も含めそのメカニズムには必ずしもよく解明されていない部分もある。ある地域における通貨・金融危機が思いもよらない地域に伝播する可能性も否定できない。
 前述したリスクの顕在化を回避しつつ、世界経済を安定的発展に結びつけていくためには、今日の世界経済の置かれた危険な状況を十分に認識し、各国がリスクを顕在化させないための最大限の努力を行う必要がある。とりわけ、その経済的規模及び他地域への影響度からして、アメリカ、EU諸国、日本の果たすべき役割は重要である。これら地域が良好な経済状況を維持あるいは回復することが、何にもまして重要である。世界的なデフレ圧力の一層の高まりに対して、これら諸国は十分な景気刺激策及び危機に陥った新興国に対する金融支援などにより、適切に対応することが必要である。
 アメリカ、EU諸国、日本をはじめとする主要先進国は、今後とも、前述したリスク要因を含めた世界経済の動向を注意深く見守りつつ、必要に応じて協調しつつ、適宜適切な政策対応をとることが求められる。

<第3章> 労働市場の動向と改革の進展

<第1節> アメリカの労働市場の特徴と課題

 アメリカの雇用情勢は、失業率が約二十八年ぶりの低水準で推移しており、大変好調である。しかし他方で、実質賃金の伸び悩みなどの構造的問題も抱えている。ここでは、現在のアメリカ労働市場の好調さについて検討した。
<NAIRUは下がっているのか>
 九〇年代のアメリカ経済は、低失業率と低インフレを両立させることによって拡大を続けている。この背景として、NAIRU(インフレを加速させない失業率)やNAWRU(賃金上昇を加速させない失業率)を推計したところ、長期的にはNAIRU(NAWRU)が低下している可能性があるが、足元においては、実際の失業率の方がNAIRUやNAWRUよりも低く、潜在的なインフレ圧力が存在することが分かった。
 さらに、@賃金・報酬以外の雇用コストの上昇が抑制されていること、A雇用コストの上昇分を打ち消す物価下落が存在することが分かった。
 したがって、現時点における低失業率と低インフレの併存は、輸入品物価の下落や雇用コストの伸びの抑制などの一時的な要因によるところが大きいと考えられる。
<産業別雇用者数>
 アメリカにおける九〇年代の雇用動向をみると、九一年に景気が底を打った後も、国際競争の激化などから、大企業を中心に大規模なリストラが継続的に実施されてきたため、製造業では大幅な改善はみられず、サービス業においても、九三年頃まで回復しなかった。
 しかし、その後サービス業を中心に中小企業や新規設立企業において労働需要が強く、また起業家の増加などから、就業者が増加し、全体での失業率は低下した。また、リストラを行った企業は、その後収益や雇用が改善しているところも多い。
 このような新陳代謝の活発な経済構造は、昨今のような急速なグローバル化や情報化に対応した技術革新や経営効率化が常に求められるような状況下、資本・労働・経営資源などの投入についてフレキシブルで迅速な対応を可能にし、大きな雇用創出をもたらしたものと考えられる。
<中小企業・新規設立企業の雇用創出>
 アメリカにおいては、大企業は八〇〜九〇年代にかけ、総じて人員削減をはじめとした効率化を進め収益力を高めた。一方、中小企業や新規設立企業などは、削減された労働力を吸収しながら成長を続けた。八九〜九五年にかけて創出された雇用のうち約九割は、中小企業によるもので、なかでも新規設立企業の雇用創出能力が高かった。
 アメリカでは新規設立企業の開業率が十数%程度と高い。新規設立企業が存続する比率は五年後に約半分となるが、中小企業から大企業へと急速に成長する企業も多い。成功した企業はその後飛躍的に成長し、さらなる雇用を創出する。
 このような、ベンチャー企業の成長要因としては、情報開示が徹底的になされたこと、情報化にいち早く着手したことなどが挙げられる。
<円滑な労働移動を支える人材派遣業の成長>
 アメリカにおける九〇年代の職種間・産業間の労働移動は従来に比べ活発化しているが、失業率は低下している(第3図参照)。
 これは、労働需給のミスマッチが縮小しているためと考えられ、この要因としては、年金のポータビリティといった制度的要因や、人材派遣業の成長が挙げられる。
 人材派遣業は、八〇年代以降、企業のリストラ進展のなか、事務補助などの業務を外部委託することから広がった。その後、対象職種も広がり、九〇年代以降急激に拡大している。こうした人材派遣業の成長が、迅速、柔軟かつ効率的な労働資源配分に寄与しているものと考えられる。

<第2節> 欧州における労働市場改革とその成果

1 欧州労働市場の長期的動向
 ヨーロッパ諸国では、失業率の動向が二極化している。イギリス、オランダでは、九三年からの景気回復・拡大に伴い、九七年まで失業率が低下を続けている一方、多くのEU諸国では、九六年以降の景気回復期に失業率が上昇した。また、イギリス、オランダでは、九三年からの景気回復に伴い求人数が増加すると、すぐに失業率の低下が始まった一方、ドイツ、フランスでは、九七年末までの一年以上、景気回復に伴い求人数が増加していたにもかかわらず、失業率が上昇した。
 これは、ドイツ、フランスには、労働需要が存在するにもかかわらずその職に就こうとしないという構造問題が存在することの表れであり、これが失業率の動向が二極化する一因となっている(第4図参照)。

2 労働市場をとりまく制度とその影響
<各国の最低賃金制度と若年層の失業問題>
 最低賃金と若年失業との関係をみると、中間賃金に対して最低賃金の割合が高い国では若年失業率の割合が高く、最低賃金の割合が低い国では若年失業率も低い。これは、最低賃金制度が企業の雇用コストを増加させるため、未熟練かつ職務経験に乏しい若年層がその影響を受けやすいためと思われる。
 このため各国では、若年層や見習工等には最低賃金を別に設定したり、教育と職業訓練の充実を図るための若年層向け雇用プログラムを設けたりしており、特に基礎的・実用的な職業能力の付与・向上を目的とするプログラムが重視されている。
 また、最低賃金政策とともに、雇用助成や低賃金労働者に対する給与税の減税などの方法により、低技術者の労働意欲を高め、働きながらも貧困から抜け出せないといった状況を解消しようとしている。
<失業給付と失業率>
 失業給付は、それが高過ぎる場合には、失業者の就労インセンティブを阻害し、雇用を減少させる。失業給付の受給割合と失業率の間の関係をみてみると、受給者が多いほど失業率が高くなっており、失業給付を受け取りやすいほど、失業率が高まるということがいえる。
<解雇コストと失業率>
 労働者の雇用を保護するため、一般に、雇用者を解雇する場合には、解雇補償金や解雇予告期間が定められている。解雇にかかるコストと雇用との関係をみてみると、法定解雇補償金の最高額が高い国ほど失業率は高くなる傾向があることがみられる。
 解雇コストが高い場合、企業は解雇することを好まないため、解雇される者は少なくなり、短期的には失業する者は減少すると考えられる。しかし、解雇コストが高い場合には、企業の労働力に対する需要を減少させ、中長期的には雇用のレベルを低下させるため、失業者を増加させる要因になると考えられる。また、解雇コストが低い場合に比べ、平均して雇用のサイクルが長くなるため、新規の雇用が減少する。
<パートタイム労働者増加の影響>
 失業率を低下させるために、労働時間の柔軟化とりわけパートタイム労働の促進が注目されるようになっている。パートタイム労働者の割合が高いほど、労働参加率は高く、例えば子供の面倒をみる必要があるなど家庭の事情によって常勤労働者として働けない者でも、パートタイマーとしてならば就労可能となるなど、パートタイム労働は就労者にとって利用しやすいものであり、自然と労働参加率は高まると考えられる。
 また、パートタイム労働者の割合が高いほど、失業率が低く、労働時間の短い労働者が増加することにより、労働市場全体の需給調整がより容易になることで、結果として失業率の低下につながっていると考えられる。パートタイム労働は、一時的な業務量の増減に対応しやすい労働形態であることなどから経営者の雇用インセンティブが高まること、失業対策としてパートタイム労働を利用するケースが存在すること、職業訓練契約などの多くがパートタイム労働の形態をとることもその要因であろう。
 さらに、パートタイム労働者の割合が高いほど、賃金上昇率が低く、国によってパートタイム労働者の権利にも差があるが、パートタイム労働者が多いほど全体としての労働需給が緩和し、賃金上昇率が低くなっているものと考えられる。

3 八〇年代における欧州諸国の労働市場政策―二極化への分岐点
 いわゆる高賃金促進、過剰な所得補助や失業給付、厳格な解雇制限等、労働者の保護を求める「ソシアル・ヨーロッパ路線」と呼ばれる動きが強まった七〇年代以降、この路線を採用してきたヨーロッパ諸国では、失業者が不況期に増加し、景気回復期になっても、企業が労働者の新規採用に対して消極的になるとともに、労働者の働くインセンティブがそがれてしまうという状況が生じた。この結果、景気サイクルごとに雇用情勢は悪化したが、特にイギリス、オランダは、高インフレと高失業率など種々の経済的、社会的病弊がもたらされた先進国の象徴として、「イギリス病」、「オランダ病」という言葉まで生まれた。
 しかしこの両国では、八〇年代に行った労働市場改革の効果もあり、@高過ぎる賃金上昇率の是正、A労働参加率の上昇を伴う失業率の低下、B労働時間帯の柔軟化やパートタイム労働者の増加などの成果が現れ、九〇年代には構造的失業率が低下している。
<イギリス保守党政権下での雇用対策>
 サッチャーが政権についた当時、事業主が従業員を雇用する際において組合員から採用しなければならない「クローズド・ショップ協定」に代表される硬直的な労使関係があったため、経済の悪化にもかかわらず、生産性を上回る賃上げ要求や争議行為が頻発した。このため保守党は、九〇年までに段階的に、新規にクローズド・ショップ協定の締結を廃止するなどして、当時の硬直的な労使関係の見直しを推進した。また、八二年に合法的労働争議の範囲の縮小を行い、八四年には争議行為前の手続きを制定するなどして組合の弱体化を図った。
 この一方で、八〇年代に失業者の自発的就労意欲を高めるために、失業保険制度の数回にわたる見直しを行う一方で、労働者の質を高めるための職業訓練制度の見直しを行い、失業者の就労促進を図った。また、八九年までに、女性に対する就業時間規制や、雇用、昇進における差別規制を廃止し、年少者の労働時間規制や休日勤務禁止規定も廃止するとともに、不当解雇に対する提訴の権利を得るために必要な雇用者の労働期間を延長した。
<「オランダ病」から「オランダ・モデル」へ>
 オランダは、市場主義路線を採用したイギリスと異なり、八二年の政労使間の合意(「ワッセナーの合意」)をきっかけに抜本的な構造改革が行われた成功例であり、「オランダ・モデル」として注目されている。
 「オランダ病」に陥った最大の原因は、七〇年代における生産性の伸びを上回った急激な賃金上昇であった。この反省から、八二年に労使間で、賃金上昇率の抑制だけでなく、労働時間短縮、早期退職制度を通じたワークシェアリング、パートタイム雇用の積極的創出等についても合意をとりつけた。この合意以降、政府が低めに設定した法定最低賃金をガイドラインに、労使は協議を行い、賃金上昇率の抑制に協力している。
 また、就労可能なすべての者は原則として就労する機会を与えられるべきであるという “Chance for everyone”のスローガンの下、失業給付及び障害給付の削減や、障害保険の見直しが行われた。
 そして、「ワッセナーの合意」は雇用促進策の目玉としてパートタイム雇用の創出を掲げていた。八二年に改革に着手して以来、新規に創出された雇用のうち、三分の二以上がパートタイム雇用である。

4 通貨統合と欧州労働市場
 九〇年代に入り、EU諸国は徐々にではあるが労働市場改革を始めたが、これは九九年ユーロの導入と無縁ではないだろう。その一方で、比較的労働コストが低い一部のEU加盟国では、通貨統合が投資を自国に呼び込む効果をもたらすと考えられている。しかし、賃金水準が低いというメリットだけで、手厚い社会保障給付や過剰な解雇制限などを続ければ、企業は税制・社会保障制度改革や、解雇制限の緩和など、労働市場改革を進めている他国での生産にシフトするかもしれない。
 したがって、ユーロの導入は、一部の低賃金国では、それ自体が自国への投資を活発化させると期待されているが、実際に企業の立地は賃金コスト以外の諸条件にも依存することから、企業の誘致にあたっては、通貨統合参加国の労働市場改革の一層の努力が重要となろう。また、「最適通貨圏の理論」の観点からも、労働市場を柔軟にすることが重要である。

5 新たな労働市場政策
 イギリスやオランダの労働市場政策では、構造失業率を低下させたが、いくつかの新たな問題を生むことになった。イギリスでは最低賃金制度を撤廃したことにより、低賃金労働者が増加し、八〇年代からの低所得者層と高所得者層の所得格差の拡大ペースは、先進国のなかでアメリカに次ぐものとなっている。行き過ぎた低賃金は労働意欲を失わせ、若年労働者の失業率を高め、雇用訓練などの効果を弱める結果となっている。
 一方、九〇年代に入り、ソシアル・ヨーロッパ路線からの転換を図る動きがみられるようになった。この要因は主に、高齢化に伴う将来の財政支出の増大に対する危機感と、通貨統合によって、域内各国同士の競争がさらに激化するという危機感であると考えられる。ただし、フランスの雇用対策は、こうした改革の方向性とは逆行したものになるのではないかという懸念が表明されている。
 九〇年代における労働市場政策について、イギリスやオランダの動きと、その他の大陸ヨーロッパ諸国の動きをみると、極端な自由主義路線でもなく、ソシアル・ヨーロッパ路線でもない新たな道(しばしば「第三の道」と呼ばれる)を探ろうとしている点で共通している。多くのEU諸国における「第三の道」とは、自由主義路線、ソシアル・ヨーロッパ路線のそれぞれの弊害(所得分配面での不平等と高失業)を回避するために、双方がお互いの長所(低失業と所得分配面での平等)を採り入れる方向性を持つものであるといえる。
 EU各国で採用されている労働市場政策を大別すれば、@労働力を需要する側の雇用インセンティブを高める政策、A労働力を需要する企業自体を増加させる政策、B労働力の供給側の就業インセンティブを高める政策、C労働力を供給する枠を増加させる政策となる。
 これらの政策は、それぞれが失業率を引き下げる効果を持ち得るが、失業率を中長期的に引き下げるには、雇用機会を一時的でなく持続的に拡大させることが重要である。

<第3節> 急速に悪化する東アジアの雇用情勢

 東アジアの労働市場を巡る情勢は、九七年に発生するアジア通貨・金融危機以降、大きく変化した(第5図参照)。
 これまで高成長の下、低失業率を享受してきた東アジアも、危機後は失業率の上昇に苦しめられている。失業問題は東アジア諸国においても重要な政策課題となってきており、不十分な社会保障制度の整備が今後の重要な課題となっている。

むすび

<アジア通貨・金融危機と世界経済>
 この一年間の世界経済の動向は、アジア通貨・金融危機の深まりとその影響の世界大での広がりという点に集約することができよう。危機に見舞われた国では、経済は当初の大方の予想を越えて大幅に収縮し、生産はいまだ底を打っていない。雇用情勢も極めて悪化している。また、アジアの需要減退と為替減価は貿易面を通じて、他地域にデフレ圧力を加えた。特に、一次産品価格は大幅に低下した。
 こうした実物面での影響に加え、アジア通貨・金融危機以降、新興国市場一般の先行きに不透明感が広がり、一部の新興国では資本の流出、為替・金融市場の混乱が生じている。特に、経常収支赤字、財政赤字等、マクロ経済上の不均衡の大きな国、輸出における一次産品依存度の高い国の為替・金融市場で、そのような混乱が生ずる傾向が強い。こうしたなかで、資金が「質への逃避」を起こし、先進国の国債市場等に還流するという現象もみられている。
 こうして、実物面のみならず、金融面からも世界的なデフレ圧力が強まりつつある。
<アメリカ経済―インフレ懸念から景気後退懸念へ>
 アメリカ経済は九一年からの長期景気拡大局面にあり、しかもその間労働需要が強く、失業率が低下するなかで、物価の安定が維持されてきた。こうした極めて好調な経済状況を説明するために、アメリカ経済の生産性は情報技術革新などによりこれまで以上に上昇し、インフレのない、また景気循環もない「ニュー・エコノミー」段階に達したという議論もなされてきた。
 このような議論については賛否両論であるが、ここ数年の状況をみるかぎり、ドル高、一次産品価格の低迷、医療費の抑制といった一時的好条件が低失業と物価安定の両立を支えてきたことも確かである。
 いずれにしても、労働市場を中心とした景気の過熱感は徐々に高まり、九八年夏までの段階では金融政策のスタンスも引締め気味で推移した。しかし、アジア通貨・金融危機が輸出、企業収益に悪影響を及ぼしつつあることなどから、八月中旬には金融政策のスタンスは中立に変更された。
 さらにその後、八月のロシアの通貨・金融危機に端を発する株価の急落、その後の中南米等一部新興国における通貨・金融市場の混乱、さらにはこうした新興国市場の混乱に伴い、大きな損失を被ったとされるヘッジファンドの経営危機などから、景気の先行きに不透明感が一挙に広がり始めた。
 こうしたなかで、連邦準備制度理事会(FRB)は、九月末にフェデラル・ファンド・レートの誘導目標水準の切下げを行った。さらに、十月半ば及び十一月半ばにFRBが追加的利下げを発表している。アメリカ経済の懸念は景気過熱から景気後退へと大きく変化したのである。
<通貨統合目前のヨーロッパ>
 ヨーロッパでは、大陸ヨーロッパ諸国をはじめとして、景気は総じて拡大している。EUでは、九九年一月から始まる経済通貨統合(EMU)第三段階への当初参加十一か国が決定し、その最終準備が進みつつある。EMU第三段階移行後の金融政策を担う欧州中央銀行(ECB)が、物価安定という明確な目標に向かって政策運営を行い、ユーロを安定した信頼できる通貨とすることが国際社会全体の利益ともなる。
 ただし、ECBがインフレファイターとしての定評を確立しようとして、過度に緊縮的な金融政策運営を行うとの見方も一部にあるが、世界的にデフレ懸念が強まりつつあるなかでは、適切な金融緩和が期待される。
 また、EMUの成功のためには、各国の労働市場の柔軟化に向けた構造改革が非常に重要である。なぜならば、EMU第三段階移行後は、参加国間における景気局面の相違や非対称的な経済的ショックを吸収するために、各国独自の金融政策や域内の為替レート変動を用いることができなくなるから、またEU財政における加盟国間の財政移転も限定的なものにとどまっているからである。貨幣賃金の伸縮性や労働移動の円滑性がなければ、加盟国間の経済の調整は極めて困難になる。
 いずれにしても、経済的価値を越えた、統一欧州という理念に向けての壮大な実験でもあるEMUの帰趨が注目される。
<労働市場改革の重要性>
 アジア通貨・金融危機、さらにはその後の世界経済の混乱の大きな背景は、国境を越えた資本の自由な移動の急拡大であった。逆に国境を越えて動くことが少ないもう一つの生産要素が労働であり、そして資本の自由な移動の急拡大は、一般論としては、労働市場改革の重要性、特に先進国におけるそれをますます高めるものである。
 資本はただ単に安価な労働力を求めて移動するわけではない。仮に賃金水準が低くても、賃金外コストが高く、解雇制限が過剰な国や労働争議の頻発する国には資本は流入しないかもしれない。九九年一月からの通貨統合後のEUに典型的にみられるように、資本の国境を越えての動きがますます活発化するなかで、資本の流入を促し、雇用の増加を図るには、労働市場改革を今まで以上に積極的に進める必要がある。
 近年における欧米の労働市場のパフォーマンスを比較すると、従来その柔軟性を誇ってきたアメリカの他に、イギリスやオランダなどでも、雇用が増加し、失業率が低下している。一方、大陸ヨーロッパ諸国では、景気の回復、拡大にもかかわらず、雇用の伸びは緩慢であり、二桁の失業率が続いている。
 こうした二極化が生じた要因は、各国の労働市場政策の違いにあると考えられる。イギリスではサッチャー政権下で行われた市場原理に基づいた労働市場改革の成果が出てきており、オランダでは労使協調路線の下で、特にパートタイム労働の促進が労働市場の柔軟化に大きく寄与してきていると考えられる。他方、大陸ヨーロッパ諸国では、雇用対策が概して近視眼的となり、痛みを伴う構造改革は遅れてきた。逆に、アメリカ、イギリスなどでは、市場メカニズムが機能している分、所得分配の不平等度が高いという問題点が指摘されている。
 こうしたことから、高雇用、低失業と所得分配の平等との両立を目指す「第三の道」と呼ばれる路線の萌芽も、一部ヨーロッパ諸国ではみられ始めている。折しも、九八年九月には、ドイツの総選挙において社会民主党が第一党になり、EU諸国十五か国のうち十三か国において社会民主主義政党(あるいはそれに類似する政党)が政権を担うことになった。
 こうしたなかで、ヨーロッパ諸国が高雇用、低失業と分配の平等との間にどのようなバランスを見いだしていくのか、より一般化していえば、経済的な自由主義と社会民主主義とをどのようにバランスさせていくのか、注目されるところである。
<アメリカの労働市場>
 目をアメリカに転ずると、九一年以降の長期景気拡大のなかで、これまでに一千四百万人程度の雇用が創出され、失業率は約二十八年ぶりの低水準となった。こうした高いパフォーマンスは、基本的には市場メカニズムを活用した効率的な労働市場によりスムーズに資源配分がなされた結果と考えられる。
 特に、今回の景気拡大局面においては、@早めの金融引締め措置の発動など金融政策の成果に加え、好条件に恵まれたこともあり、景気の拡大がインフレを招かず、景気拡大の長期化が可能となり、労働需要が長期にわたり拡大したこと、A製造業における大企業等のリストラによって生じた余剰労働力を、中小企業や新規設立企業などの雇用創出が吸収したこと、B人材派遣業の成長などによって、労働需要に見合った労働力の供給が円滑に行われたこと、などの要因が大きく寄与したものと考えられる。
 しかし一方で、実質賃金の伸び悩みや所得格差の拡大などの諸課題には、改善の兆しがみられていない。
<世界的なデフレ圧力の高まり>
 九八年前半までの段階では、日本を含む東アジア経済では総じて景気は低迷していたものの、欧米では景気は総じて拡大しており、世界全体としてみた場合、デフレ圧力はそれほど大きなものではなかった。むしろ、アメリカ、イギリスなどでは景気の過熱が懸念され、金融政策も引締め気味に推移した。しかし、アジア通貨・金融危機の影響は、実物面及び金融面から世界経済全体に重大な影響を与えた。
 そうしたなか、八月中旬にはロシアで金融危機が発生し、その影響もあって八月末にはアメリカで株価の急落が生じた。その後、中南米などの新興国通貨・金融市場の混乱が一層強まり、その結果、これらの市場で損失を被った先進国の金融機関の経営問題も生じている。こうした状況に対応して、アメリカ、カナダ、イギリスなどで九月から十月にかけて金利引下げが行われた。
 こうして、九八年後半には、デフレはアジアのみならず世界経済全体の懸念となった。
<国際的資本移動の重要性>
 世界各国間の経済状況あるいは景気の伝播経路は、従来、貿易面を通ずるそれが最も強いと考えられてきた。例えば、経済的規模の大きい国の景気後退は、その国の輸入需要の減少を通じて、世界各国の景気に影響を与える。しかし、アジア通貨・金融危機及びその後の新興国通貨・金融市場の混乱などをみると、それと並んで、あるいはそれ以上に、資本移動を通じた伝播が重要になってきていると考えざるを得ない。国際的な資本取引は、モノやサービスの貿易よりも急速に拡大してきており、その重要性を増しつつある。貿易面あるいは実物面の結びつきは、データも比較的豊富であることから、実体が相当程度把握されているが、資本の流出入については、データも不十分であり、実体の把握も遅れている。
 したがって、ある経済的ショックが生起した場合に、その実物面での影響は比較的予測しやすいのに対して、資本移動を通ずる影響は予測が困難である。また、実物面での変化は概して徐々に生じるのに対して、大幅な資本移動は一瞬のうちに起こり得る。したがって、国際的な資本移動の変化は、思いもよらない地域で、思いもよらない大きさの影響を、一瞬のうちに引き起こす可能性がある。
 このように、世界的資本市場の統合が急速に進展するなかで、資本移動を通じた世界経済の相互依存関係の深まりは、二十一世紀を目前に新たな段階に達したと評価することができよう。
<アジア通貨・金融危機の教訓>
 このように今回のアジア通貨・金融危機後、国際的資本移動の重要性が急速にクローズアップされてきている。これに加え、今回の危機は、それが世界の成長センターと目されていたアジアで発生したこと、大方の予想以上の広がりと深まりをみせ、世界経済全体に極めて大きな影響を与えたこともあり、国際的な資本移動に対する規制の在り方、国際金融機関の在り方、国際通貨体制の在り方、各国の経済政策の在り方などについて、以下のような様々な問題提起がなされている。
・危機後のIMFの処方箋は正しかったのか。危機の深刻化を防げなかったのはなぜか。マクロ安定化政策が緊縮的過ぎることはなかったか。逆に、緊縮的政策なくして、経済は安定化し、回復したのか。危機の真っ只中に経済構造調整まで要求することが妥当であったのか。
・資本自由化についてはどのように考えるべきか。国内における金融システム基盤等が脆弱な途上国においては順序良くかつ慎重に資本の自由化を進めるべきである点については、ほぼコンセンサスができていると考えられるが、国内金融システム基盤などが整った国において、例えばチリのような形で、資本流出入を規制することの是非について、どのように評価するべきか。
・巨額の資本が瞬時に国境を越えて動き回る今日の世界経済において、発展途上国が固定相場制をとることはますます難しくなってきており、現実的な選択肢ではなくなりつつあるのではないか。通貨の過大評価や過小評価を防ぐ伸縮性を保ちつつ、過度の変動をも防ぐような、発展途上国にとって望ましい弾力的な為替制度とは何か。
・創設以来、半世紀以上たつ世界銀行・IMFを中心とする国際金融機関についても、見直しの時期にきているのではないか。
 こうした問題提起については、既にG7、IMF、世界銀行などの場で各国間の話合いが開始されており、また本文でも一部議論の整理を行ったところである。今後、世界各国は、互いに協力しながら、これらの問題提起に対する答えを探りつつ、二十一世紀の資本主義像を模索していくことになろう。


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十月の雇用・失業の動向


―労働力調査 平成十年十月結果の概要―


総 務 庁


◇就業状態別の動向

 平成十年十月末の十五歳以上人口は、一億七百五十一万人で、前年同月に比べ六十三万人(〇・六%)の増加となっている。
 これを就業状態別にみると、就業者は六千五百二十六万人、完全失業者は二百九十万人、非労働力人口は三千九百二十四万人で、前年同月に比べそれぞれ七十一万人(一・一%)減、五十四万人(二二・九%)増、八十万人(二・一%)増となっている。
 また、十五〜六十四歳人口は八千六百九十三万人で、前年同月に比べ十万人(〇・一%)の減少となっている。これを就業状態別にみると、就業者は六千四十二万人、完全失業者は二百八十一万人、非労働力人口は二千三百六十万人で、前年同月に比べそれぞれ七十六万人(一・二%)減、五十二万人(二二・七%)増、十三万人(〇・六%)増となっている。

◇労働力人口(労働力人口比率)

 労働力人口(就業者と完全失業者の合計)は六千八百十六万人で、前年同月に比べ十七万人(〇・二%)の減少となっている。男女別にみると、男性は四千三十二万人、女性は二千七百八十四万人で、前年同月と比べると、男性は二万人(〇・〇%)の減少、女性は十五万人(〇・五%)の減少となっている。
 また、労働力人口比率(十五歳以上人口に占める労働力人口の割合)は六三・四%で、前年同月に比べ〇・五ポイントの低下と、九か月連続の低下となっている。

◇就業者

 (一) 就業者

 就業者数は六千五百二十六万人で、前年同月に比べ七十一万人(一・一%)減と、九か月連続の減少となっている。男女別にみると、男性は三千八百六十二万人、女性は二千六百六十四万人で、前年同月と比べると、男性は三十三万人(〇・八%)減と、十か月連続で減少、女性は三十八万人(一・四%)減と、五か月連続で減少となっている。

 (二) 従業上の地位

 就業者数を従業上の地位別にみると、雇用者は五千三百八十万人、自営業主・家族従業者は一千百二十六万人となっている。前年同月と比べると、雇用者は十万人(〇・二%)減と、九か月連続で減少、自営業主・家族従業者は六十一万人(五・一%)減と、九か月連続の減少となっている。
 雇用者のうち、非農林業雇用者数及び対前年同月増減は、次のとおりとなっている。
○非農林業雇用者…五千三百四十五万人で、十一万人(〇・二%)減、九か月連続の減少
 ○常 雇…四千七百二十三万人で、三十八万人(〇・八%)減、十か月連続の減少
 ○臨時雇…四百九十五万人で、二十六万人(五・五%)増、平成八年九月以降増加が継続
 ○日 雇…百二十七万人で、二万人(一・六%)増、三か月連続の増加

 (三) 産 業

 主な産業別就業者数及び対前年同月増減は、次のとおりとなっている。
○農林業…三百二十八万人で、十五万人(四・四%)減、五か月連続で減少、減少幅は前月(三十一万人減)に比べ縮小
○建設業…六百四十八万人で、三十九万人(五・七%)減、平成九年十一月以降十二か月連続で減少、減少幅は前月(四十五万人減)に比べ縮小
○製造業…一千三百七十三万人で、六十一万人(四・三%)減、平成九年六月以降十七か月連続で減少、減少幅は前月(八十三万人減)に比べ縮小
○運輸・通信業…四百十五万人で、五万人(一・二%)減、五か月連続で減少、減少幅は前月(一万人減)に比べ拡大
○卸売・小売業、飲食店…一千四百七十九万人で、二万人(〇・一%)減、四か月ぶりの減少
○サービス業…一千七百五万人で、四十七万人(二・八%)増、平成八年十月以降増加が継続
 また、主な産業別雇用者数及び対前年同月増減は、次のとおりとなっている。
○建設業…五百三十三万人で、二十二万人(四・〇%)減、五か月連続で減少、減少幅は前月(二十九万人減)に比べ縮小
○製造業…一千二百四十七万人で、四十八万人(三・七%)減、平成九年六月以降十七か月連続で減少、減少幅は前月(六十五万人減)に比べ縮小
○運輸・通信業…三百九十二万人で、六万人(一・五%)減、四か月連続で減少、減少幅は前月(一万人減)に比べ拡大
○卸売・小売業、飲食店…一千百九十二万人で、十三万人(一・一%)増、四か月連続で増加、増加幅は前月(十八万人増)に比べ縮小
○サービス業…一千四百五十六万人で、四十八万人(三・四%)増、昭和六十年七月以降増加が継続、増加幅は前月(三十三万人増)に比べ拡大

 (四) 従業者階級

 企業の従業者階級別非農林業雇用者数及び対前年同月増減は、次のとおりとなっている。
○一〜二十九人規模…一千七百六十四万人で、二万人(〇・一%)減少
○三十〜四百九十九人規模…一千七百五十三万人で、二十九万人(一・六%)減少
○五百人以上規模…一千二百六十五万人で、十三万人(一・〇%)増加

 (五) 就業時間

 十月末一週間の就業時間階級別の従業者数(就業者から休業者を除いた者)及び対前年同月増減は次のとおりとなっている。
○一〜三十五時間未満…一千三百六十七万人で、二十八万人(二・一%)増加
○三十五時間以上…五千五十五万人で、九十三万人(一・八%)減少
 また、非農林業の従業者一人当たりの平均週間就業時間は四三・〇時間で、前年同月に比べ〇・二時間の減少となっている。

 (六) 転職希望者

 就業者(六千五百二十六万人)のうち、転職を希望している者(転職希望者)は六百四十八万人で、このうち実際に求職活動を行っている者は二百四十二万人となっており、前年同月に比べそれぞれ七十万人(一二・一%)増、二十三万人(一〇・五%)増となっている。
 また、就業者に占める転職希望者の割合(転職希望者比率)は九・九%で、前年同月に比べ一・一ポイントの上昇となっている。男女別にみると、男性は九・八%、女性は一〇・一%で、前年同月に比べ男性は一・三ポイントの上昇、女性は〇・九ポイントの上昇となっている。

◇完全失業者

 (一) 完全失業者数

 完全失業者数は二百九十万人で、前年同月に比べ五十四万人(二二・九%)の増加となっている。男女別にみると、男性は百七十一万人、女性は百二十万人で、前年同月に比べ男性は三十二万人(二三・〇%)の増加、女性は二十三万人(二三・七%)の増加となっている。
 また、求職理由別完全失業者数及び対前年同月増減は、次のとおりとなっている。
○非自発的な離職による者…九十四万人で、三十八万人増加
○自発的な離職による者…百十二万人で、十二万人増加
○学卒未就職者…十一万人で、一万人増加
○その他の者…六十五万人で、三万人増加

 (二) 完全失業率(原数値)

 完全失業率(労働力人口に占める完全失業者の割合)は四・三%で、前年同月に比べ〇・八ポイントの上昇となっている。男女別にみると、男性は四・二%、女性は四・三%で、前年同月に比べ男女ともに〇・八ポイントの上昇となっている。

 (三) 年齢階級別完全失業者数及び完全失業率(原数値)

 年齢階級別完全失業者数、完全失業率及び対前年同月増減は、次のとおりとなっている。
 〔男〕
○十五〜二十四歳……三十五万人(七万人増)、八・一%(一・八ポイント上昇)
○二十五〜三十四歳…四十二万人(十万人増)、四・七%(一・〇ポイント上昇)
○三十五〜四十四歳…二十三万人(五万人増)、二・九%(〇・六ポイント上昇)
○四十五〜五十四歳…二十五万人(五万人増)、二・六%(〇・五ポイント上昇)
○五十五〜六十四歳…三十九万人(三万人増)、五・八%(〇・四ポイント上昇)
 ・五十五〜五十九歳…十四万人(四万人増)、三・五%(〇・九ポイント上昇)
 ・六十〜六十四歳…二十五万人(一万人減)、九・一%(〇・三ポイント低下)
○六十五歳以上…八万人(二万人増)、二・六%(〇・七ポイント上昇)
 〔女〕
○十五〜二十四歳……二十七万人(一万人増)、七・一%(〇・七ポイント上昇)
○二十五〜三十四歳…三十九万人(六万人増)、六・八%(〇・八ポイント上昇)
○三十五〜四十四歳…十九万人(六万人増)、三・六%(一・二ポイント上昇)
○四十五〜五十四歳…二十万人(七万人増)、二・九%(一・一ポイント上昇)
○五十五〜六十四歳…十三万人(三万人増)、三・一%(〇・七ポイント上昇)
○六十五歳以上…二万人(一万人増)、一・一%(〇・五ポイント上昇)

 (四) 世帯主との続き柄別完全失業者数及び完全失業率(原数値)

 世帯主との続き柄別完全失業者数、完全失業率及び対前年同月増減は、次のとおりとなっている。
○世帯主…七十九万人(十一万人増)、二・九%(〇・四ポイント上昇)
○世帯主の配偶者…三十九万人(十万人増)、二・七%(〇・七ポイント上昇)
○その他の家族…百二十七万人(二十四万人増)、六・九%(一・三ポイント上昇)
○単身世帯…四十六万人(十一万人増)、五・七%(一・一ポイント上昇)

 (五) 完全失業率(季節調整値)

 季節調整値でみた完全失業率は前月と同率の四・三%で、比較可能な昭和二十八年以降で最高となっている。男女別にみると、男性は四・二%で、前月に比べ〇・二ポイントの低下、女性は四・三%で、前月に比べ〇・一ポイントの上昇となっている。





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月 例 経 済 報 告(十二月報告)


経 済 企 画 庁


 概 観

 我が国経済
 需要面をみると、個人消費は、全体としては低調である。これは、収入が減少していることに加え、消費者の財布のひもが依然として固いからである。住宅建設は、マンションの不振もあって低水準が続いている。設備投資は、大幅に減少している。中小企業の減少が著しいが、製造業を中心に大企業の減少傾向もより明らかになってきた。公共投資は、過去最高のペースで前倒し執行が進み、十年度第一次補正予算の効果も現れてきている。
 十年七〜九月期(速報)の実質国内総生産は、前期比〇・七%減(年率二・六%減)となり、うち内需寄与度はマイナス〇・九%となった。
 産業面をみると、鉱工業生産は、減少傾向が緩やかになってきたが、最終需要が低調なために、低い水準にある。在庫は前年を下回る水準にまで減少してきた。しかし、在庫率が依然高水準であり過剰感は強い。企業収益は、全体として減少している。また、企業の業況判断は、中小企業を中心に厳しさが増している。
 雇用情勢は、依然として厳しい。雇用者数の減少テンポは緩やかになってきたが、勤め先や事業の都合による失業者が増加して、完全失業率はこれまでの最高水準で推移している。
 輸出は、アジア向けに下げ止まりの兆しがみられるものの、欧米向けの伸びが鈍化しているため、全体としては横ばい状態となっている。輸入は、減少テンポが弱まり、おおむね横ばい状態となっている。国際収支をみると、貿易・サービス収支の黒字は、緩やかに増加している。対米ドル円相場(インターバンク直物中心相場)は、十一月は、月初の百十五円台から下落し、百二十三円台となった。
 物価の動向をみると、国内卸売物価は、内外の需給の緩み等から、弱含みで推移している。また、消費者物価は、基調として安定している。
 最近の金融情勢をみると、短期金利は、十一月はおおむね横ばいで推移した。長期金利は、十一月はやや上昇した。株式相場は、十一月は上昇した。マネーサプライ(M2+CD)は、十月は前年同月比三・九%増となった。また、民間金融機関の貸出が低調なことから、企業は貸出態度に対する懸念を持っており、手元流動性確保に向けての動きを続けている。
 海外経済
 主要国の経済動向をみると、アメリカでは、景気は拡大しているものの、先行きにやや不透明感がみられる。実質GDPは、四〜六月期前期比年率一・八%増の後、七〜九月期は同三・九%増(速報値)となった。個人消費、住宅投資は増加している。設備投資の伸びはマイナスとなった。鉱工業生産(総合)の伸びは鈍化している。雇用は拡大しているものの、製造業等では輸出減の影響もあり減少している。財の貿易収支赤字(国際収支ベース)は、拡大している。連邦準備制度は、十一月十七日に公定歩合を〇・二五%引き下げ四・五〇%に、またフェデラル・ファンド・レートの誘導目標水準を〇・二五%引き下げ四・七五%にする金融政策の変更を発表した。十一月の長期金利(三十年物国債)は、月上旬に上昇し、その後は総じて低下した。株価(ダウ平均)は、総じて上昇し、月下旬には最高値を更新した。
 西ヨーロッパをみると、ドイツでは、景気は拡大しているものの、そのテンポに鈍化懸念がみられる。フランスでは、景気拡大のテンポは緩やかになってきており、イギリスでは、景気拡大のテンポは緩やかになっている。鉱工業生産は、ドイツでは拡大しているが、そのテンポに鈍化懸念がみられる。フランスでは拡大テンポが緩やかになってきており、イギリスでは伸びは鈍化している。失業率は、ドイツ、フランスでは高水準ながらもやや低下している。イギリスでは低水準で推移している。物価は、安定している。なお、イングランド銀行は、前月に続き十一月五日に政策金利(レポ金利)を〇・五%引き下げ、六・七五%とした。
 東アジアをみると、中国では、景気の拡大テンポは鈍化している。物価は、下落している。貿易収支は、輸出の減少から黒字幅が縮小した。韓国では、景気は後退している。失業率は上昇している。物価の騰勢は鈍化している。貿易収支は、輸入減少により大幅な黒字が続いている。
 国際金融市場の十一月の動きをみると、米ドル(実効相場)は、総じて増価した。
 国際商品市況の十一月の動きをみると、上旬はやや強含んだものの、その後は下落基調で推移した。原油スポット価格(北海ブレント)は、緊迫していたイラク情勢が緩和したことなどから、月を通じておおむね弱含みで推移した。

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 我が国経済の最近の動向をみると、個人消費は、全体としては低調である。これは、収入が減少していることに加え、消費者の財布のひもが依然として固いからである。住宅建設は、マンションの不振もあって低水準が続いている。設備投資は、大幅に減少している。中小企業の減少が著しいが、製造業を中心に大企業の減少傾向もより明らかになってきた。公共投資は、過去最高のペースで前倒し執行が進み、十年度第一次補正予算の効果も現れてきている。
 輸出は、アジア向けに下げ止まりの兆しがみられるものの、欧米向けの伸びが鈍化しているため、全体としては横ばい状態となっている。
 生産は、減少傾向が緩やかになってきたが、最終需要が低調なために、低い水準にある。在庫は前年を下回る水準にまで減少してきた。しかし、在庫率が依然高水準であり過剰感は強い。
 雇用情勢は、依然として厳しい。雇用者数の減少テンポは緩やかになってきたが、勤め先や事業の都合による失業者が増加して、完全失業率はこれまでの最高水準で推移している。
 また、民間金融機関の貸出が低調なことから、企業は貸出態度に対する懸念を持っており、手元流動性確保に向けての動きを続けている。
 こうしたなか、経済の先行きに対する金融市場などでの不透明感はやや薄らぎつつあるものの、依然として強い。
 以上のように、景気は低迷状態が長引き、極めて厳しい状況にあるものの、一層の悪化を示す動きと幾分かの改善を示す動きとが入り混じり、変化の胎動も感じられる。
 このような厳しい経済状況の下、政府は、十一月十六日に、総事業規模にして十七兆円を超え、恒久的な減税まで含めれば二十兆円を大きく上回る規模の緊急経済対策を取りまとめたところであり、これを始めとする諸施策を強力に推進する。

1 国内需要
―個人消費は、全体としては低調―

 実質国内総生産(平成二年基準、速報)の動向をみると、十年四〜六月期前期比〇・七%減(年率二・九%減)の後、十年七〜九月期は同〇・七%減(同二・六%減)となった。内外需別にみると、国内需要の寄与度はマイナス〇・九%となり、財貨・サービスの純輸出の寄与度はプラス〇・三%となった。需要項目別にみると、民間最終消費支出は前期比〇・三%減、民間企業設備投資は同四・六%減、民間住宅は同六・二%減となった。また、財貨・サービスの輸出は前期比一・六%増、財貨・サービスの輸入は同〇・四%減となった。
 個人消費は、全体としては低調である。これは、収入が減少していることに加え、消費者の財布のひもが依然として固いからである。
 家計調査でみると、実質消費支出(全世帯)は前年同月比で九月一・五%減の後、十月は一・〇%減(前月比〇・九%増)となった。世帯別の動きをみると、勤労者世帯で前年同月比〇・二%減、勤労者以外の世帯では同二・〇%減となった。形態別にみると、耐久財等は増加、サービス等は減少となった。なお、消費水準指数は全世帯で前年同月比〇・六%減、勤労者世帯では同〇・〇%となった。また、農家世帯(農業経営統計調査)の実質現金消費支出は前年同月比で九月七・〇%減となった。小売売上面からみると、小売業販売額は前年同月比で九月三・八%減の後、十月は五・五%減(前月比〇・七%減)となった。全国百貨店販売額(店舗調整済)は前年同月比で九月五・四%減の後、十月四・七%減となった。チェーンストア売上高(店舗調整後)は、前年同月比で九月二・三%減の後、十月二・三%減となった。一方、耐久消費財の販売をみると、乗用車(軽を含む)新車新規登録・届出台数は、前年同月比で十一月は二・七%増となった。また、家電小売金額(日本電気大型店協会)は、前年同月比で十月は一三・六%増となった。レジャー面を大手旅行業者十三社取扱金額でみると、十月は前年同月比で国内旅行が九・三%減、海外旅行は一四・二%減となった。
 賃金の動向を毎月勤労統計でみると、現金給与総額は、事業所規模五人以上では前年同月比で九月〇・七%減の後、十月(速報)は〇・一%減(事業所規模三十人以上では同〇・五%増)となり、うち所定外給与は、十月(速報)は同八・一%減(事業所規模三十人以上では同八・二%減)となった。実質賃金は、前年同月比で九月〇・五%減の後、十月(速報)は〇・三%減(事業所規模三十人以上では同〇・三%増)となった。
 住宅建設は、マンションの不振もあって低水準が続いている。
 新設住宅着工をみると、総戸数(季節調整値)は、前月比で九月三・二%減(前年同月比一四・〇%減)となった後、十月は一・七%増(前年同月比一二・九%減)の九万七千戸(年率百十六万戸)となった。十月の着工床面積(季節調整値)は、前月比〇・七%減(前年同月比一一・一%減)となった。十月の戸数の動きを利用関係別にみると、持家は前月比二・〇%減(前年同月比二・〇%減)、貸家は同七・八%増(同一〇・一%減)、分譲住宅は同五・四%減(同三〇・二%減)となっている。
 設備投資は、大幅に減少している。中小企業の減少が著しいが、製造業を中心に大企業の減少傾向もより明らかになってきた。
 当庁「法人企業動向調査」(十年九月調査)により設備投資の動向をみると、全産業の設備投資は、前期比で十年四〜六月期(実績)〇・五%増(うち製造業六・四%減、非製造業三・九%増)の後、十年七〜九月期(実績見込み)は五・一%減(同二・八%減、同五・九%減)となっている。また、十年十〜十一年三月期(計画)は、前年同期比で八・七%減(うち製造業一四・二%減、非製造業五・六%減)と見込まれている。
 なお、年度計画では、前年度比で九年度(実績)〇・六%増(うち製造業七・六%増、非製造業二・八%減)の後、十年度(計画)は六・〇%減(同七・八%減、同五・〇%減)となっている。
 先行指標の動きをみると、当庁「機械受注統計調査」によれば、機械受注(船舶・電力を除く民需)は、前月比で八月は三・五%減(前年同月比二五・〇%減)の後、九月は九・二%増(同一四・五%減)となり、基調は減少傾向となっている。
 なお、十〜十二月期(見通し)の機械受注(船舶・電力を除く民需)は、前期比で六・三%減(前年同期比二〇・〇%減)と見込まれている。
 民間からの建設工事受注額(五十社、非住宅)をみると、弱い動きとなっており、十月は前月比一二・四%減(前年同月比一八・八%減)となった。内訳をみると、製造業は前月比二四・一%減(前年同月比五〇・一%減)、非製造業は同九・〇%減(同六・六%減)となった。
 公的需要関連指標をみると、公共投資は、過去最高のペースで前倒し執行が進み、十年度第一次補正予算の効果も現れてきている。
 公共工事着工総工事費は、前年同月比で八月一・二%減の後、九月は三七・〇%増となった。公共工事請負金額は、前年同月比で九月二三・八%増の後、十月は二二・六%増となった。官公庁からの建設工事受注額(五十社)は、前年同月比で九月一九・五%増の後、十月は二・九%増となった。実質公的固定資本形成は、十年四〜六月期に前期比三・〇%減の後、十年七〜九月期は同三・六%増となった。また、実質政府最終消費支出は、十年四〜六月期に前期比〇・二%増の後、十年七〜九月期は〇・九%増となった。

2 生産雇用
―依然として厳しい雇用情勢―

 鉱工業生産・出荷・在庫の動きをみると、生産・出荷は、減少傾向が緩やかになってきたが、最終需要が低調なために、低い水準にある。在庫は前年を下回る水準にまで減少してきた。しかし、在庫率が依然高水準であり過剰感は強い。
 鉱工業生産は、前月比で九月三・三%増の後、十月(速報)は、化学等が増加したものの、電気機械、一般機械等が減少したことから、一・二%減となった。また製造工業生産予測指数は、前月比で十一月は機械、鉄鋼により一・五%減の後、十二月は化学、軽工業等により〇・六%増となっている。鉱工業出荷は、前月比で九月四・一%増の後、十月(速報)は、資本財、生産財等が減少したことから、一・四%減となった。鉱工業生産者製品在庫は、前月比で九月一・五%減の後、十月(速報)は、輸送機械、金属製品等が増加したものの、電気機械、一般機械等が減少したことから、一・〇%減となった。また、十月(速報)の鉱工業生産者製品在庫率指数は一一〇・二と前月を一・一ポイント上回った。
 主な業種について最近の動きをみると、電気機械では、生産は十月は減少し、在庫は三か月連続で減少した。一般機械では、生産は十月は減少し、在庫は四か月連続で減少した。鉄鋼では、生産は十月は減少し、在庫は増加した。
 第三次産業活動の動向をみると、七〜九月期は前期比〇・三%減と4四半期連続で減少し、低調に推移している。
 雇用情勢は、依然として厳しい。雇用者数の減少テンポは緩やかになってきたが、勤め先や事業の都合による失業者が増加して、完全失業率はこれまでの最高水準で推移している。
 労働力需給をみると、有効求人倍率(季節調整値)は、九月〇・四九倍の後、十月〇・四八倍となった。新規求人倍率(季節調整値)は、九月〇・八五倍の後、十月〇・八六倍となった。雇用者数は、減少テンポが緩やかになってきた。総務庁「労働力調査」による雇用者数は、十月は前年同月比〇・二%減(前年同月差十万人減)となった。常用雇用(事業所規模五人以上)は、九月前年同月比〇・三%減(季節調整済前月比〇・〇%)の後、十月(速報)は同〇・四%減(同〇・一%減)となり(事業所規模三十人以上では前年同月比〇・七%減)、産業別には製造業では同二・一%減となった。十月の完全失業者数(季節調整値)は、前月差三万人減の二百八十九万人、完全失業率(同)は、九月四・三%の後、十月四・三%となった。所定外労働時間(製造業)は、事業所規模五人以上では九月前年同月比一六・三%減(季節調整済前月比一・一%減)の後、十月(速報)は同一四・八%減(同〇・一%増)となっている(事業所規模三十人以上では前年同月比一五・〇%減)。
 また、労働省「労働経済動向調査」(十一月調査)によると、「残業規制」等の雇用調整を実施する事業所割合は、七〜九月期は引き続き上昇した。
 企業の動向をみると、企業収益は、全体として減少している。また、企業の業況判断は、中小企業を中心に厳しさが増している。
 大企業の動向を前記「法人企業動向調査」(九月調査、季節調整値)でみると、十年七〜九月期の売上高、経常利益の判断(ともに「増加」−「減少」)は、それぞれ△三十一、△三十四と、いずれも「減少」が「増加」を上回った。また、十年七〜九月期の企業経営者の景気判断(業界景気の判断、「上昇」−「下降」)は△五十と「下降」が「上昇」を大きく上回った。
 また、中小企業の動向を中小企業金融公庫「中小企業動向調査」(九月調査、季節調整値)でみると、売上げD.I.(「増加」−「減少」)は、十年七〜九月期は「減少」超幅が拡大し、純益率D.I.(「上昇」−「低下」)は、「低下」超幅が縮小した。業況判断D.I.(「好転」−「悪化」)は、十年七〜九月期は前期と同水準で推移した。
 企業倒産の状況をみると、件数は、高い水準で推移している。
 銀行取引停止処分者件数は、十月は一千百七十件で前年同月比五・三%減となった。業種別に件数の前年同月比をみると、小売業で一〇・五%、建設業で一七・九%の減少となる一方、製造業で一六・三%の増加となった。

3 国際収支
―輸出は、アジア向けに下げ止まりの兆しがみられるものの、欧米向けの伸びが鈍化しているため、全体としては横ばい状態―
 輸出は、アジア向けに下げ止まりの兆しがみられるものの、欧米向けの伸びが鈍化しているため、全体としては横ばい状態となっている。
 通関輸出(数量ベース、季節調整値)は、前月比で九月三・三%増の後、十月は二・四%増(前年同月比六・四%減)となった。最近数か月の動きを品目別(金額ベース)にみると、電気機器等が減少したが、輸送用機器等が増加した。同じく地域別にみると、アジア等が減少したが、中東等が増加した。
 輸入は、減少テンポが弱まり、おおむね横ばい状態となっている。
 通関輸入(数量ベース、季節調整値)は、前月比で九月三・五%増の後、十月三・七%減(前年同月比八・四%減)となった。この動きを品目別(金額ベース)にみると、製品類(機械機器)、食料品等が減少した。同じく地域別にみると、アジア、EU等が減少した。
 通関収支差(季節調整値)は、九月に一兆二千六百三十二億円の黒字の後、十月は一兆四千五百四十五億円の黒字となった。
 国際収支をみると、貿易・サービス収支の黒字は、緩やかに増加している。
 九月(速報)の貿易・サービス収支(季節調整値)は、前月に比べ、貿易収支の黒字幅が縮小するとともに、サービス収支の赤字幅が拡大したため、その黒字幅は縮小し、八千八百六十三億円となった。また、経常収支(季節調整値)は、貿易・サービス収支の黒字幅が縮小し、経常移転収支の赤字幅が拡大したものの、所得収支の黒字幅が拡大したため、その黒字幅は拡大し、一兆六千七百八十六億円となった。投資収支(原数値)は、七千百四十八億円の赤字となり、資本収支(原数値)は、一兆六千百六十五億円の赤字となった。
 十一月末の外貨準備高は、前月比七億ドル増加して二千百四十七億ドルとなった。
 外国為替市場における対米ドル円相場(インターバンク直物中心相場)は、十一月は、月初の百十五円台から下落し、百二十三円台となった。一方、対マルク相場(インターバンク十七時時点)は、十一月は、月初の七十円台から一時七十三円台まで下落したが、その後一進一退で推移し、七十二円台となった。

4 物 価
―国内卸売物価は、弱含みで推移―

 国内卸売物価は、内外の需給の緩み等から、弱含みで推移している。
 十月の国内卸売物価は、加工食品(焼ちゅう)等が上昇したものの、非鉄金属(銅地金)等が下落したほか、電力・都市ガス・水道(大口電力)も夏季割増料金の終了から下落し、前月比〇・六%の下落(前年同月比二・一%の下落)となった。輸出物価は、契約通貨ベースで下落したことに加え、円高から円ベースでは前月比六・〇%の下落(前年同月比三・〇%の下落)となった。輸入物価は、契約通貨ベースで上昇したものの、円高から円ベースでは前月比五・七%の下落(前年同月比七・九%の下落)となった。この結果、総合卸売物価は、前月比一・七%の下落(前年同月比二・八%の下落)となった。
 十一月上中旬の動きを前旬比でみると、国内卸売物価は上旬、中旬ともに保合い、輸出物価は上旬が〇・二%の下落、中旬が一・七%の上昇、輸入物価は上旬が〇・三%の下落、中旬が一・三%の上昇、総合卸売物価は上旬が〇・一%の下落、中旬が〇・三%の上昇となっている。
 企業向けサービス価格は、十月は前年同月比〇・八%の下落(前月比〇・一%の下落)となった。
 商品市況(月末対比)は非鉄等は上昇したものの、木材等の下落により十一月は下落した。十一月の動きを品目別にみると、亜鉛地金等は上昇したものの、ヒノキ正角等が下落した。
 消費者物価は、基調として安定している。
 全国の生鮮食品を除く総合は、前年同月比で九月〇・五%の下落の後、十月は一般食料工業製品が下落から上昇に転じたこと等により〇・四%の下落(前月比〇・二%の上昇)となった。なお、総合は、前年同月比で九月〇・二%の下落の後、十月は〇・二%の上昇(前月比〇・七%の上昇)となった。
 東京都区部の動きでみると、生鮮食品を除く総合は、前年同月比で十月〇・二%の下落の後、十一月(中旬速報値)は繊維製品の上昇幅の縮小等の一方、一般生鮮商品が下落から上昇に転じたこと等により〇・二%の下落(前月比保合い)となった。なお、総合は、前年同月比で十月〇・四%の上昇の後、十一月(中旬速報値)は一・〇%の上昇(前月比〇・一%の下落)となった。

5 金融財政
―民間金融機関の貸出が低調なことから、企業は貸出態度に対する懸念を持ち、手元流動性確保に向けての動きが続く―
 最近の金融情勢をみると、短期金利は、十一月はおおむね横ばいで推移した。長期金利は、十一月はやや上昇した。株式相場は、十一月は上昇した。マネーサプライ(M2+CD)は、十月は前年同月比三・九%増となった。
 短期金融市場をみると、オーバーナイトレート、二、三か月物ともに、十一月はおおむね横ばいで推移した。
 公社債市場をみると、国債流通利回りは、十一月はやや上昇した。
 国内銀行の貸出約定平均金利(新規実行分)は、十月は短期は〇・〇〇四%ポイント上昇し、長期は〇・〇四七%ポイント上昇したことから、総合では前月比で〇・〇一六%ポイント上昇し一・八五五%となった。
 マネーサプライ(M2+CD)の月中平均残高を前年同月比でみると、十月(速報)は三・九%増となった。また、広義流動性でみると、十月(速報)は三・〇%増となった。
 企業金融の動向をみると、金融機関の貸出平残(全国銀行)は、十月(速報)は前年同月比三・三%減となった。十一月のエクイティ市場での発行(国内市場発行分)は、転換社債がゼロとなった。また、十一月の国内公募事業債の起債実績は一兆二百四十五億円となった。
 また、民間金融機関の貸出が低調なことから、企業は貸出態度に対する懸念を持っており、手元流動性確保に向けての動きを続けている。
 株式市場をみると、日経平均株価は、十一月は上昇した。

6 海外経済
―アメリカ、追加利下げ―

 主要国の経済動向をみると、アメリカでは、景気は拡大しているものの、先行きにやや不透明感がみられる。実質GDPは、四〜六月期前期比年率一・八%増の後、七〜九月期は同三・九%増(速報値)となった。個人消費、住宅投資は増加している。設備投資の伸びはマイナスとなった。鉱工業生産(総合)の伸びは鈍化している。雇用は拡大しているものの、製造業等では輸出減の影響もあり減少している。雇用者数(非農業事業所)は九月前月差一五・七万人増の後、十月は同一一・六万人増となった。失業率は十月四・六%となった。物価は安定している。十月の消費者物価は前月比〇・二%の上昇、生産者物価(完成財総合)は同〇・二%の上昇となった。財の貿易収支赤字(国際収支ベース)は、拡大している。連邦準備制度は、十一月十七日に公定歩合を〇・二五%引き下げ四・五〇%に、またフェデラル・ファンド・レートの誘導目標水準を〇・二五%引き下げ四・七五%にする金融政策の変更を発表した。十一月の長期金利(三十年物国債)は、月上旬に上昇し、その後は総じて低下した。株価(ダウ平均)は、総じて上昇し、月下旬には最高値を更新した。
 西ヨーロッパをみると、ドイツでは、景気は拡大しているものの、そのテンポに鈍化懸念がみられる。フランスでは、景気拡大のテンポは緩やかになってきており、イギリスでは、景気拡大のテンポは緩やかになっている。実質GDPは、ドイツ四〜六月期前期比年率〇・四%増、フランス七〜九月期同二・一%増、イギリス四〜六月期同二・三%増(要素価格、なお、市場価格では、七〜九月期同一・五%増)となった。鉱工業生産は、ドイツでは拡大しているが、そのテンポに鈍化懸念がみられる。フランスでは拡大テンポが緩やかになってきており、イギリスでは伸びは鈍化している(九月の鉱工業生産は、ドイツ前月比二・六%減、フランス同〇・六%減、イギリス同〇・七%減)。失業率は、ドイツ、フランスでは高水準ながらもやや低下している。イギリスでは低水準で推移している(十月の失業率は、ドイツ一〇・六%、フランス一一・六%、イギリス四・六%)。物価は、安定している(十月の消費者物価上昇率は、ドイツ前年同月比〇・七%、フランス同〇・四%、イギリス同三・一%)。なお、イングランド銀行は、前月に続き十一月五日に政策金利(レポ金利)を〇・五%引き下げ、六・七五%とした。
 東アジアをみると、中国では、景気の拡大テンポは鈍化している。物価は、下落している。貿易収支は、輸出の減少から黒字幅が縮小した。韓国では、景気は後退している。失業率は上昇している。物価の騰勢は鈍化している。貿易収支は、輸入減少により大幅な黒字が続いている。
 国際金融市場の十一月の動きをみると、米ドル(実効相場)は、総じて増価した(モルガン銀行発表の米ドル名目実効相場指数(一九九〇年=一〇〇)十一月三十日一〇八・五、十月末比二・二%の増価)。内訳をみると、十一月三十日現在、対円では十月末比六・〇%増価、対マルクでは同二・四%増価した。
 国際商品市況の十一月の動きをみると、上旬はやや強含んだものの、その後は下落基調で推移した。原油スポット価格(北海ブレント)は、緊迫していたイラク情勢が緩和したことなどから、月を通じておおむね弱含みで推移した。
 

脱税は社会公共の敵


 所得税や法人税などには、自分の所得の状況を最もよく知っている納税者が、自ら税法に従って自分の所得と税額とを正しく計算して申告し、納税するという申告納税制度が採用されています。
 大部分の納税者は適正な申告と納税を行っています。しかし、申告しなければならないのに申告しなかったり、誤った申告をしたり、あるいは故意に過少な申告をする納税者も見受けられます。
 そのため、国税局や税務署では、的確な調査を行い、申告に誤りや不正がある場合には正しい申告に改めてもらうなど、適正公平な課税の実現に努めています。
 また、特に悪質で大口な脱税者に対しては、不足している税金を納めさせるだけでなく、刑事罰をも科すことを目的とした査察調査を行っています。
1 査察調査
 査察調査とは、悪質で大口な脱税をしている疑いのある者に対し、犯罪捜査に準じた方法で行われる特別な調査です。調査に当たる国税査察官には、裁判官が発行する許可状を得て事務所などの捜索をしたり、帳簿などの証拠物件を差し押さえたりする強制調査を行う権限が与えられています。この調査は、脱税した税金(本税といいます。)や重加算税等を納めさせるだけでなく、脱税が犯罪であるということから、懲役刑や罰金刑といった刑事罰を科することを目的としたものです。
 脱税者がいかに巧妙に脱税を企てても、国税査察官のち密で系統だった調査により、その脱税は必ず発見されます。
 査察調査により脱税の事実が判明すると、刑事事件として検察官に告発します。そして、検察官によって裁判所に起訴され、裁判により有罪になると、懲役や罰金の刑罰が科されます。この刑罰は、五年以下の懲役又は五百万円(脱税額が五百万円を超える場合は、脱税相当額)以下の罰金となるか、あるいは懲役と罰金の併科となります。
 平成九年度の査察調査の結果は、次のとおりになっています。
 @ 査察調査に着手したもの  二百三十二件
 A 査察調査を終了したもの  二百二十五件
 B 検察官に告発したもの    百六十六件
          (告発率 約七三・八%)
 C 脱税総額        三百六十三億円
 D 告発した脱税額(加算税額を含む。)
               三百二十六億円
2 脱税は社会公共の敵
 脱税をしていた納税者Aの場合を例にとってみます。
 @ 脱漏所得       七億九千七百万円
 A 脱税額(加算税額を含む追徴税額)
              五億五千六百万円
 B 罰金(一審判決)       九千万円
 C 懲役(一審判決)   一年六月(実刑)
 このほかAには、延滞税、更には地方税もかかることになります。

*     *     *

 このように、脱税をすると本税はもちろんのこと、重加算税や延滞税などを納めなければならないほか、裁判により懲役刑や罰金刑を受けます。
 脱税は犯罪です。国民一人一人が所得に応じて負担しなければならない税金を不当に免れることは、正しい申告と納税を行っている善良な納税者を裏切ることになります。脱税は、いわば社会公共の敵というべきものです。
 このようなことから、近年、脱税事件の裁判では、執行猶予の付かない実刑判決が増えています。 (国税庁)


 
    <1月6日号の主な予定>
 
 ▽運輸白書のあらまし………………運 輸 省 

 ▽家計収支……………………………総 務 庁 
 



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