官報資料版 平成11年6月30日




                  ▽通商白書のあらまし………………………………………通商産業省

                  ▽法人企業の経営動向(平成十年十〜十二月期)………大 蔵 省











通商白書のあらまし


通 商 産 業 省


第1章 世界経済の現況と日本の経済・貿易動向

第1節 明暗の分かれた世界経済の推移

 一九九四年以降、総じて高い成長を遂げてきた世界経済は、九八年に入りその様相が一転し、特に発展途上国にとって厳しいものとなった。このため、九八年の世界各国の実質GDP成長率をみると、日本及び多くの発展途上国の経済が低迷した一方で(日本:マイナス二・八%、発展途上国全体:プラス二・八%)、好調な欧米経済がこれを支えるという構図が浮き彫りになった(米国:プラス三・九%、EUプラス二・八%)。
 このような世界経済の減速を反映して、九八年の世界貿易量(数量ベース)の伸び率は、前年のプラス九・七%からプラス三・七%へと大きく後退した。
 また、こうした世界経済の減速は、原油等の一次産品価格の下落をもたらし、ロシアや中南米を中心とする一次産品輸出依存度の高い諸国に外貨収入の減少という形で深刻な影響をもたらした一方、一次産品輸入国に対しては、輸入物価の下落からインフレ圧力の緩和をもたらした。
 さらに資金面では、アジア通貨危機以降、エマージング・マーケットの先行きに不透明感が高まり、これまで先進国からこうしたマーケットに流入してきた資金が、急激な流出へと転じ、国際金融市場の動揺という形でロシア、中南米を中心に為替・金融市場への影響がもたらされた(ASEAN4及び韓国への民間資本流入額は、九六年九百三十八億ドル純流入→九七年六十億ドル(推定値)純流出であり、これら五か国のGDPの一割にも相当する額の資金がこの短い期間に流出)。
 こうした経済動向を背景に、これまで世界経済を牽引してきた米国経済や、総じて堅調な景気拡大をしてきた欧州経済にも、アジア通貨・経済危機の影響は少なからず及んでおり、低迷する発展途上国への輸出減少や、これら諸国に展開する企業の収益悪化等が、今後の欧米経済の成長の鈍化・リスクの要因となっている。

第2節 日本の経済・貿易動向とその背景

1 低迷する内需等を背景に黒字が拡大した財・サービス貿易の動向
 九八年の貿易・サービス収支は、金額ベースで九兆六千億円、対名目GDP比で一・九%の黒字となった。これは、それぞれ八六年の十三兆円及び三・九%、九三年の十兆七千億円及び二・三%を下回る水準である。貿易収支黒字(国際収支ベース)は、輸出が四十八兆九千億円(対前年比マイナス一・三%)、輸入が三十二兆九千億円(対前年比マイナス一一・七%)となったため、十六兆円(対前年比プラス二九・九%)と、これまで最高額であった九二年の十五兆八千億円を上回った。
 他方、サービス収支は、九七年に比して受取・支払ともに減少しているが、支払額の減少が受取額の減少を上回ったため、収支では対前年比マイナス二・一%の六兆四千億円の赤字となっている。これは貿易収支黒字(十六兆円)の約四割に相当する水準となっている。
 九八年の輸出入動向の詳細をみてみると、<第1節>でみた世界景気の二極分化を背景に、輸出については、景気が低迷する東アジア向け輸出が減少した一方で、好調な欧米向け輸出の増加に伴い総額では微減となった。これに対して、輸入は、日本の経済低迷による各地域からの輸入数量の減少と、一次産品価格の下落及びアジア通貨危機による輸入価格の低下を背景として、輸入金額は大幅に減少し、これが九八年の貿易収支黒字の拡大をもたらした。
 今回の貿易収支黒字の拡大を、前回の黒字幅が拡大した九一年から九二年と比較してみると、その構成は大きく異なっている。九一年から九二年にかけて膨らんだ貿易収支黒字は、円高と、湾岸戦争の終結に伴う原油価格の低下等を背景とした輸入価格の低下によるところが大きかったのに対して、今回の貿易収支黒字の拡大においては、輸入数量の減少が大きく寄与しており、マクロ経済動向を反映したおおむね数量ベースでの変化を通じて黒字が拡大した(第1図参照)。
景気動向を反映する最近の日米貿易の動向と特徴
 九〇年代を通じて日米貿易の構造は、両国が同程度の成長を達成する限りにおいて、日本の貿易黒字が減少する方向へと変化してきている。これは八五年のプラザ合意以降の急激な円高の進展や、日本国内の好景気等を背景とした、日系企業による米国での現地生産の拡大や、日米間の水平分業の進展によってもたらされたものである。
 このような企業活動の変化が、日本からの対米輸出数量の増減にもたらした影響を定量的にみてみると、直接投資の進展に伴う海外生産の拡大が対米輸出を代替したため、所得弾性値が低下し、直接投資の弾性値のマイナス幅が年々上昇する傾向にあることが分かり、輸出数量の増減が米国の景気に左右されにくくなってきていることを示している。
 また、輸入においても、資本財輸入シェアが拡大し、日米間の水平分業が急速に進展してきたことを背景に、対米輸入数量の所得弾性値は九五年以降、一貫して上昇基調にあり、日本の景気動向に左右されやすくなってきたことを示している。
 しかしながら、九八年の対米貿易動向をみると、米国経済が高成長する一方で、日本経済が著しく低迷したため、前述のような構造変化によってもたらされるはずの貿易黒字の減少傾向はみられず、むしろ貿易黒字の拡大が顕在化することとなった。対米貿易収支の動向をドルベースでみると、九五年以降、縮小傾向にあった貿易黒字は、九七年に反転し、九八年には五百十四億ドルまで拡大した。
 このような対米貿易収支の黒字拡大の背景を輸出入別にみると、輸出の拡大はみられず微増にとどまっており、むしろ輸入数量の減少に大きな原因があるといえる。
 また、米国の対日貿易収支赤字の対米国名目GDP比率は、九八年は九四年に比べると低い水準にとどまっており(九四年:〇・九五%、九八年:〇・七二%)、中国の割合が八〇年代後半以降、ほぼ一貫して上昇しているのとは対照的であるなど、米国経済の拡大の中、米国経済における対日赤字のインパクトは、従来に比べて相対的に低下している。
 他方、九八年の対米経常収支及び貿易・サービス収支をみると、金額ベースではそれぞれ七兆六千億円、四兆二千億円(それぞれ上半期を二倍した値)となり、過去最高を記録した八五年の十兆円、九兆五千億円を下回っている。さらに、対名目GDP比でみると、それぞれ一・五%、〇・八%となり、八五年の三・一%、三・〇%を大幅に下回る水準である。
通貨・経済危機に大きく影響された日本・東アジアの貿易動向と特徴
 日系企業は東アジア向けの直接投資を拡大し、現地での生産活動を進展させたことを背景に、東アジアとの貿易において資本財、機械類部品のシェアが著しく上昇している。生産拠点を東アジアに移転した日本企業が、生産財・部品等を日本から調達することにより、東アジア向け輸出が誘発され(輸出誘発効果)、日本の現地法人の製品の一部を日本に販売することで、日本の東アジアからの輸入を増加させてきた(逆輸入効果)。このように日本企業は東アジアへの直接投資を拡大し、東アジアとの国際分業体制を確立してきた。
 九七年後半から伸びに陰りがみえ始めた東アジア向け輸出金額は、九八年に入り大きくマイナスに転じた。輸出の減少を国・地域別にみると、通貨・経済危機の影響を強く受けたASEAN4及び韓国向け輸出が大きく減少し、品目別ではほぼすべての品目が減少しており、特にこれまでシェアが拡大してきた資本財の落ち込みが大きい。
 こうした中、日本の鉱工業出荷指数伸び率における国内外向け出荷の寄与度において、国内向け出荷の伸び率に追い打ちをかける形で、九七年第四四半期から東アジア向け輸出がマイナスに寄与しており、アジア経済の低迷が輸出の減少を通じて日本産業にも少なからぬ影響を与えている。
 一方、東アジアからの輸入は、九八年に入るとすべての国からの輸入がマイナスに寄与し、総額では一〇%前後の減少となった。財別では、工業用原料の九七年第四四半期以降のマイナス化に加え、これまで大幅に伸びてきた資本財も、九八年にはわずかながらマイナスに転じた。
 通貨・経済危機の影響を受けた国々からの輸入が当初期待されていたように伸びなかった理由としては、@輸入する側の日本が景気低迷に陥っていた、Aアジアの現地通貨の下落が輸入価格の下落に十分反映されなかったこと、等が挙げられる。特にAについては、ASEAN4では輸入に占める部品等、資本財の比率が高いことにもみられるように、製品の生産に要する部品等の多くを輸入に依存しているため、通貨の下落が部品等のコスト増大を招いたことが、製品輸出価格(日本からみれば輸入価格)の上昇につながった大きな理由と考えられる。

2 拡大した日本の経常収支黒字と資本還流の動向
 九八年の経常収支黒字は、対前年比プラス三八・七%増加の約十六兆円、対名目GDP比で三・二%となった。経常収支黒字を過去の水準と比較すると、金額ベースでは八六年の十四兆二千億円、九三年の十四兆七千億円を超えて過去最高水準に達しているものの、対名目GDP比では八六年の四・二%を下回り、九三年の三・一%を上回る水準である。
 次に、日本の経常収支黒字の水準を主要先進国と比較すると、九七年の日本の貿易収支黒字はイタリア、ドイツ、カナダを下回っている。また、国民経済計算(SNA)におけるGDP構成の「外需」に相当する貿易・サービス収支黒字は、上記三か国に加えて、さらにフランスの水準をも下回っており、これら主要先進国の水準と比較しても突出して高いわけではない。
貯蓄・投資バランスからみた経常収支
 経常収支を同期間の貯蓄と投資の差額として捉えると、まず、家計部門の貯蓄・投資バランス(対GDP比)では、貯蓄超過に大きな変動はなく、約七%前後で安定して推移している。部門別にみると、企業部門はこれまでほぼ一貫して投資超過であったが、九〇年代の低成長を反映して近年では投資超過が縮小傾向にある。他方、一般政府(中央・地方政府及び社会保障基金)部門は、八〇年代後半から九〇年代初めにかけて、税収増や財政再建の進捗等により、投資超過から貯蓄超過に転じたが、九三年度以降は景気鈍化と財政出動等を反映して再び投資超過に転落している。
経常収支黒字の海外への還流
 日本の経常収支黒字は資本収支赤字となり、世界へ様々な経路を通じて還流している。本邦資本サイドの東アジアへの資金流出は、東アジア諸国において自国の経常収支赤字のファイナンス分に満たない国が多く、アジアの資金流入は厳しい状況にある。さらに、経常収支に表れる世界のネットの資金フローでは、九二年に日本が最大の資金供給国、EUが最大の資金需要国であったのに対して、九七年の資金供給国としては、資金需要国から転化したEUが最大で、さらに日本、中国と続き、資金需要国としては、米国が世界の半分以上を占めている。
 米国の民間部門の対外・対内投資の収支状況をみると、EUや日本から資金を調達し、一部はアジア・アフリカや中南米といった発展途上国に対外投資を行っていたことが分かる。近年、資金供給国となったEUからの資金流入額が増加しているが、世界の資金が米国に集中する傾向がみられることから、発展途上国の資金繰りは世界的にみても苦しい状況にあるといえよう。

第2章 深化する世界経済のグローバル化と通貨・経済危機の広がり

第1節 経済活動のグローバル化と多層的相互依存を深める国際経済

 <第1章 第2節>でも論じたように、直接投資の増大は日本の貿易構造の変化に大きく影響している。UNCTADによれば、世界の対外直接投資は増加傾向をたどり、九七年には過去最高の総額四千二百億ドル超に達したと見込まれている。
 このような近年における直接投資の増大と、それに伴う貿易構造の変化の背景としては、企業の国際的な事業展開の動きが活発化してきたことが大きいと考えられる。世界経済は貿易を通じて相互の関係を深めてきたが、近年は多国間にわたる企業活動の活発化に伴い、貿易のみならず直接投資、証券投資の増加、国境を越えた人の移動も増加し、相互依存関係はさらに深化している。世界の多国籍企業について、九七年の売上高上位五百社の総売上高を、その本拠を置く国・地域(資本国籍)で分類し、各国の九七年のGDPと比較してみると、米国企業(百七十五社)、EU企業(百五十五社)、日本企業(百十二社)の売上高の合計は、米国、EU及び日本のGDPには及ばないものの、他の主要国を上回る規模に達している。
 特に先進国を本拠とする多国籍企業の海外展開は、従来は対先進国が多くを占めていたが、最近の世界的な貿易・資本自由化の動きや社会主義国の市場経済への移行等を背景に、東アジア、中南米、ロシア・中・東欧といった発展途上地域・移行経済地域(エマージング・マーケット)への展開も活発となってきている。こうした先進国企業のこれら諸国における展開には、二つの特徴が指摘できる。
 第一に、進出先に地域的な濃淡がみられることである。世界規模で展開する先進国企業も、世界の様々なエマージング・マーケットに一様に展開しているわけではなく、日本からは東アジアへ、米国からは中南米及び東アジアへ、そしてドイツからはロシア・中・東欧へというように、特定の地域に集中して展開する傾向がみられ、相当程度地理的な近接度を反映した形となっているといえよう(第2図参照)。
 第二は、企業活動の海外展開が単なる「多国籍化」でなく、「グローバル化」という色彩を強めており、投資企業の本拠である先進国と投資受入国との間の多層的な相互依存関係を深める役割を果たしていることである。
先進国の対エマージング・マーケット直接投資の増加と相互貿易の深まり
 日本の地域別輸出の推移をみると、東アジア向けの輸出は八〇年代後半以降、拡大を続けて、九五年から九七年は世界全体の四割を超えており、輸出相手国・地域としては米国、EUをしのぐ最大の輸出先となっている。こういった輸出のシェアの増加や直接投資の増加は、日本にとって東アジアの重要性が増していることの表れである。
 一方、日本は東アジア諸国の多くにとって、九〇年以降、最大の投資国となっており、米国がこれに次いでいる。また、輸出面においても、日本のシェアは一割強で、東アジア域内向けを除けば米国に次ぐ二番目の輸出相手国となっている。
 また、こうした傾向は米国と中南米・東アジア、ドイツとロシア・中・東欧の貿易や直接投資の動向にも同様にみられる。
 このように先進国とエマージング・マーケットは、直接投資と貿易の拡大を通じて次第に相互の依存関係を深化させており、その際にも前項でみた企業の国際展開における特徴と同様に、主に日本と東アジア、米国と中南米、ドイツとロシア・中・東欧というように、米国と東アジアの関係を除いては、近接する地域同士の結びつきが特に強くみられるようになっている。
 ここで、貿易面で特に相互依存関係が強い日本と東アジアに着目してみると、日本企業の東アジア現地法人(製造業)と日本、そして東アジアと日本の製品貿易は、現地法人による貿易が輸出入ともに共通して東アジアとの製品貿易に比して大きく伸びている。
 一方、日本の海外現地法人(製造業)の売上高と利益の状況をみてみると、九六年度の売上高については北米(十八兆円)、欧州(十七兆円)、そしてアジア(九兆円)の順となっており、アジア現地法人は全地域での売上高(四十七兆円)の三六%を占めるにすぎない。しかし、税引き後利益の水準はアジア、北米、欧州の順になっており、アジアでの利益(約四千二百億円)は全地域での利益の五割を超えている。すなわち、アジアは売上高の面では北米よりも小さいものの、利益率が高く、かつ、絶対額でみても最も利益を上げている地域であり、在アジア現地法人が日本本社にとって重要な存在であったことを示唆しているといえよう。
 このような企業内貿易の増大は、投資国と投資受入国との間の経済的なつながりを深化させ、多層的な相互依存関係を形成する要因になっている。
活発化する資本取引と国際金融市場の連動の高まり
 国境を越えた企業活動の活発化等、経済活動のグローバル化が進展するに伴い、世界的な資金の流れも活発になっている。例えば、八〇年代後半以降の主要外国為替市場における一日平均の出来高の推移は増加を続け、主要市場の出来高の合計は八九年の七千億ドルから九八年の二兆ドル弱と約十年間で三倍近く増加している。
 また、先進国からエマージング・マーケットへの与信残高をみると、東アジア、中南米、ロシア・中・東欧ともに、増加傾向がみられ、近接する地域への比重が重くなってきている(日本→東アジア、米国→中南米、ドイツ→ロシア・中・東欧)。

第2節 通貨危機の拡大と実体経済の悪化

1 アジア通貨・経済危機の要因と特徴
 今次のアジア通貨・経済危機は、九七年中の通貨危機とその伝播、九八年以降の経済危機への発展という二つの段階を経て深刻化したが、その背景・要因については様々な議論が入り乱れた。
 その大きな理由は、八〇年代前半の中南米、九〇年代の一部EMS諸国やメキシコなど、過去の代表的通貨危機にほぼ共通する背景として、過剰消費、財政赤字、経常収支赤字、インフレの昂進等のマクロ経済上の不均衡が指摘されるにもかかわらず、今次危機に見舞われた東アジア諸国では、経常収支赤字の水準こそやや高かったものの、高い貯蓄率、健全な財政、低いインフレ率など、むしろマクロ経済の健全性が従来より強調されていたからである。
 他方、国際的な短期資金の大量流入と大量流出こそが問題であるとの議論も強調された。
通貨危機の発生
 そこで、一般的にファンダメンタルズと呼ばれる諸要因のいずれが、通貨危機発生と関係しているかを明らかにするため、フランケル&ローズ型モデルを用い、過去の代表的通貨危機、約百ケースについてのプロビット分析を試みた。これにより八〇年代の通貨危機は、経常収支の赤字や為替の過大評価等の伝統的な経済ファンダメンタルズ要因が、九〇年代の通貨危機は、短期債務、外貨準備高及び内外金利差等の資本移動に関する新たな要因が、それぞれ有意との判定結果が導かれた。
 次にそれぞれの要因について、東アジアにおける今次の通貨危機前後においても観察されるかどうかを検証した。この結果、すべての国において九〇年代型の「短期負債割合」「外貨準備高」「内外金利差」が、また一部の国において八〇年代型の「直接投資割合」(フィリピン、タイ及び韓国)、「為替の過大評価」(フィリピン及び韓国)、「経常収支赤字」(タイ)の要因がみられた。したがって、アジア通貨危機は、全般的に九〇年代における平均的な通貨危機に類似している。
 また、今次の通貨危機における経常収支赤字の規模は、タイを除き過去の通貨危機平均と比較すれば大きいものではなかったが、財政収支が黒字で推移しており公的部門の対外債務依存度が低いことを考慮すると、民間部門の対外債務依存度は過去の通貨危機と比較しても顕著に大きい水準であったことが今次の危機の特徴として指摘できる。
金融危機の併発と経済危機への拡大
 アジア通貨・経済危機が日本経済界の注目を広く集めた背景として、当初の予想をはるかに上回る深刻な金融危機と経済危機に発展したことが挙げられる。過去の事例をみると通貨危機は必ずしも金融危機を併発しているわけではない。しかし、金融危機を併発したケースについて危機前後七年の平均実質GDP成長率の動きをみると危機時に大きな落ち込みがみられ、「金融危機を併発した通貨危機の場合には、実体経済の低迷(=経済危機)を引き起こしやすい」ことが分かる(第3図参照)。その意味で、厳しい信用収縮が発生した今次危機が深刻な経済危機に発展したことは、過去の事例からみる限り不思議ではないといえよう。
 次に、今次の危機はなぜ経済危機が深刻で、過去の金融危機を併発した平均的通貨危機のように翌年には回復できなかったのかについて考察する。既にみたように、今次の経済危機を引き起こした信用収縮や不良債権問題が解決すればおのずと回復が期待できるはずである。しかし、今次の危機の場合、権利関係が錯綜しがちな民間債務の規模が大きく、企業部門の銀行依存度が高く、しかも財務基盤や情報開示の不足等の問題も大きいという状況の相違がある。
 そこで「金融危機を併発した通貨危機」の中から、対外民間債務の多い(対外民間債務/GDPが一〇%以上)ケース及び銀行依存度の高い(M2/GDPが四〇%以上)ケースを抽出してみると、
@ 「金融危機を併発した通貨危機」のうち、対外民間債務が多いケースについて、危機発生前後の七年間の実質GDP成長率及び輸出伸び率の推移をみると、平均的ケースに比し通貨危機時の経済成長率の落ち込みが激しく、さらに経済成長率がプラスに回復するまで二年を要している。また、輸出伸び率については、平均的ケースに比し伸び率が低くなっている。
A 「金融危機を併発した通貨危機」のうち、銀行依存度が高いケースについて@と同様の推移をみると、これもまた経済成長率の落ち込みが激しく、かつ経済成長率がプラスに回復するまで三年を要している。また、輸出伸び率がプラスに回復するまで二年を要している。
 以上のように、過去の例からみると、通貨危機が金融危機を併発し、さらに対外民間債務が多く銀行依存度が高い場合には、産業部門への資金供給の途絶や内需のみならず、輸出伸び率の落ち込み等の要因も重なり、通貨危機発生時の経済の落ち込みが大きく、かつ回復にも数年を要するのが一般的である。
 さらに、今次の危機の影響を受けた東アジア諸国においては、ミクロ的視点からみても、コーポレートガバナンスの不備、倒産法制の未整備、財務会計基盤の脆弱性、資本市場の未整備(特に小規模な国債市場)等の制度面においてのソフト・インフラの不足も指摘されていることから、経済構造改革や金融システム改革を早急に断行しなければ、危機の回復にさらに長期間を有する可能性もある。

2 アジア通貨・経済危機下における日系企業の対応
 アジア通貨・経済危機により、日系企業は総じて、生産、販売、財務、収益といった様々な面で大きな影響を受けた。九八年末実施のアンケート調査では、ASEAN4及び韓国でアジア通貨・経済危機により悪影響を受けたと回答した企業は七割近くに上り、悪影響の主な内容として、「収益の減少」「外貨建債務による為替差損」「内需向け販売の減少」「輸入部品価格の上昇」等が指摘されている。
 こうした影響は、業種によってその度合いにばらつきがある。内需志向型の輸送用機械では、一〇〇%が悪影響を受けたと回答した一方、輸出志向型の電気機械では悪影響を受けたとする回答が五割を超す一方で、約四割は逆に好影響を受けたとしている。好影響の主な理由としては、現地通貨の下落による輸出の増大、悪影響の理由としては、輸送用機械では現地経済の景気低迷による「内需向け販売の減少」(八八%)、電気機械では販売先の景気の低迷による「外国向け輸出の減少」(五九%)が挙げられている。
 また悪影響の内容として、「外貨建債務による為替差損」との回答が多かったが、その背景としては、八割を超える企業が「為替リスク管理対策をとっていなかった」、あるいは「とっていたが十分ではなかった」ことを挙げており、その理由として「現地通貨の安定した対米ドル為替レート」を挙げている企業が七割近くに上った。
 こうした影響に対しASEAN4及び韓国の日系企業がとった対応は、生産面では八割以上の企業が何らかの対応を施しており、その内容としては、「新規投資の削減・凍結」「現地調達比率の引上げ」「生産調整」及び「雇用調整」が多い。
 他方、販売面では「製品価格への転嫁」、次いで「国内向けから輸出へのシフト」「親会社の引取り」となっており、特に対応していないとの回答は三割に上った。
 また、危機の悪影響として為替差損を挙げた企業が多いが、企業の財務面の対応としてはその後の為替リスク管理対策については合わせて七六%の企業が「引続きあり」「充実強化」「新たに導入」と回答している。具体的な対応策は「現地調達比率の引上げ」「先物為替の予約」「外貨建債券・債務の縮小」がそれぞれ三〜五割の回答率となっており、為替のリスクヘッジ対策を充実させていることが分かる。
 アジア通貨・経済危機を受けて、現地の景気が低迷し、ASEAN4やNIEsの現地法人からの利益回収が大きく減少しているにもかかわらず、現地法人の多くが撤退せずに現地にとどまっている背景には、日本企業がアジアを引き続き重要な投資先であるとみなしていることがある。実際、アジアに対する戦略の見直しはないと答えている企業は六割に上り、ASEAN4及び韓国の重要性が上昇あるいは引き続き重要と答えた企業は九割近くになっており、ASEAN4及び韓国が今後も生産拠点として(八二%)、また将来の消費地として(三二%)期待されている。

3 マレイシアにおける為替・資本取引規制の導入と貿易投資への影響
 九七年アジア通貨危機において、IMFはタイ、インドネシア、韓国に対し緊急融資の条件(コンディショナリティ)として、緊縮財政・高金利政策・金融システム改革・包括的構造改革を柱とする政策処方箋を示した。しかし、他方で高金利政策の長期化は、副作用として信用収縮による景気後退と自国通貨建て債務の利払い負担の増加による不良債権問題の深刻化をもたらし、国内経済の深刻な低迷を招いた。
 こうした中で、IMF型の緊縮的財政・金融政策を採っていたマレイシアは九八年九月、為替・資本取引規制及び固定相場制への移行という一連の措置を発表した。長引く高金利による実体経済の悪化と不良債権問題の深刻化に耐えきれず、自由な資本移動を犠牲にして、国内金融政策の自由度を確保しようとしたこうした措置は、アジア通貨・経済危機におけるIMF型処方箋を批判し、国際金融システムのあり方を巡る国際的な議論に一石を投じるものとして世界の注目を集めた。
 国際金融のトリレンマ論とは、「国際金融システムの設計に当たり、為替の安定、自由な資本移動、金融政策の自由度の三つを同時に達成することは不可能」という基本的制約を意味する。この視点からみると、IMF型処方箋の基本的考え方は、自由な資本取引を維持しつつ、為替相場の安定を図るために、金融政策の自由が犠牲になることはやむなしとするものであり、この結果、景気後退の加速や不良債権問題の深刻化という多大な副作用を引き起こしたと理解できる。これに対し、マレイシアが導入した規制措置は、自由な資本取引を犠牲にし、金融政策の自由(金利引下げによる景気刺激)と為替相場の安定化(固定相場制)を選択したものといえる。
 また、マレイシアによる為替・資本取引規制の導入は、海外投資家等金融資本市場関係者からは当初極めて否定的な評価を受けたが、現地に進出している日系製造業企業の見方は異なっており、当初の混乱と動揺が収束した後は特段の悪影響はみられず、むしろ為替の安定による好影響が評価されている。

第3章 グローバル化した世界経済の安定的発展に向けて

第1節 アジア経済の安定的発展に向けた課題

 今次のアジア通貨・経済危機の影響を受けたアジア諸国の早急な経済回復を実現し、再び中長期的な成長軌道に乗せていくためには、今回の深刻な経済危機への拡大を引き起こした諸要因を克服するとともに、中長期的な潜在成長力を高めていく努力が必要である。
 まず、<第2章 第2節>で分析されたように、アジア通貨危機は全体的に大量の資本移動が端緒となる「九〇年代型通貨危機」の特徴により近く、従来型の対応のみでは再発防止には不十分と考えられる。このため、先進国に比べ十分な強靱性と柔軟性に欠ける途上国の実体経済の安定的発展が可能となるような新たな国際金融システムの改革(流出入税、等)に向けた検討の促進が期待される。
 次に、今次のアジア通貨危機が深刻な経済危機に発展する過程で、産業金融及び貿易金融の両面における厳しい信用収縮が生じているが、これは主に通貨危機と国内バブル崩壊により不良債権を膨らませた金融機関が、その処理負担から自己資本を著しく低下させた結果、新たな信用供与が不可能となった状況や危機後の金融機関の閉鎖に起因している。
 そして、日本の海外現地法人ですら事業資金の確保が困難となっており、早急に正常な産業金融機能を回復することが必要である。このため、資本注入や、不良金融機関の国有化を含む金融システム改革や、収益力のある企業のリスクが適正に評価されるような金融機関側の能力向上とともに、借り手側の財務情報の整備と公開の促進も重要である。
 さらに、人材養成、インフラ整備、中小企業・裾野産業の育成等を通じた経済構造改革の推進が緊要である(第4図参照)。特に、部品輸入比率が高いために為替下落のメリットを輸出産業が十分に享受できず、本来期待される輸出競争力の回復が遅れている状況にかんがみれば、今後の輸出拡大による経済回復を図っていくためにも、現地企業の育成等による裾野産業の育成は緊要な課題である。
 また、外資導入と輸出主導によって高い経済成長を遂げてきたASEAN4においては、高成長と比較的高い物価上昇を背景に失業率の低下と賃金の急速な上昇が同時に進行した結果、多くの国で実質賃金の伸びが労働生産性の伸びを上回っており、現地従業員の低い定着率とともに人材の能力開発の遅れがかねてより問題視されており、人材養成対策の緊要性も極めて高いといえる。
 こうした課題の克服をより強力に促進するため、日本としても民間企業活動の支援及び貿易金融の円滑化や経済構造の改革に向けて、新宮澤構想をはじめとした各種アジア支援を実施している。
求められる投資環境の整備と円の国際化
 また、これら諸国においては、これまでの成長の原動力であった直接投資の受入れが減少傾向にある。アンケート調査によると、直接投資阻害要因として、本社企業において多く指摘されている問題点としては、「政治的不安定性」「法制度の未整備・突然変更の懸念」「インフラの未整備」等、さらに、東アジア現地法人の現地における事業環境の問題点としては、「法制度の未整備、政策の不透明性」「規制」「産業インフラの未整備」等が高くなっている。
 このように、法制度が未整備であることや政策が不透明で突然の変更が懸念されること等、予見可能性を低下させるような事項が投資を阻害する要因となっており、今後、予見可能性の向上に向けた取組が重要である。
 また、今次の通貨・経済危機の反省に基づき、アジア諸国の間に過度のドル依存からの脱却を求める声が強まり、このため円の国際化推進の必要性が高まっている。
 他方、日本にとっても円の国際化は、為替リスクの軽減等、実体経済に適合した通貨システムの構築を可能とすることに加え、最近の経済状況下において、貸し渋り拡大リスクの軽減や個人貯蓄の海外での運用の円滑化等の新たなメリットが生じている。しかしながら、決済通貨、資産通貨又は外貨準備通貨としての利用状況のいずれをみても、円はドルやマルクと比較して、日本の実体経済に即応したものとなっているとは言い難く、「円の国際化」に向けた利用環境整備としては「円相場の安定性」「円の運用・調達利便性」「円の(アジアローカル通貨等との)交換利便性」を高めることが重要である。
重要な日本経済の再生
 <第2章 第1節>でみたとおり、アジア経済と日本経済との貿易、投資等を通じた多層的かつ密接な相互依存関係にかんがみれば、アジア諸国がいち早く輸出主導の景気回復を果たし、二十一世紀において、再び日本との好循環の形成による一体的な経済発展を果たしていくためには、日本経済がいち早くこの不況から脱出し、世界のフロントランナーとしての道筋を見いだしていかなければならない。
 そのためには、短期的な需要喚起策とともに、新規事業活性化策、企業の買収・合併・整理の円滑化策及び人材移動の円滑化策等、日本産業の再生のための諸環境整備を通じた日本経済の再生が緊要の課題である。

第2節 グローバル化の下での日本の産業金融の現状と課題

 既にみてきたように、米国が好調な株価と良好な実体経済の好循環により景気拡大を持続しているのに対して、アジアでは脆弱な金融システムが通貨危機を経済危機に発展させ、金融システムの崩壊による信用収縮がその回復を遅らせている。
 一方、経済再生に取り組む日本においても不良債権問題による金融システムの機能低下が実体経済を悪化させ、その悪化が銀行の貸し出し態度をさらに厳しくするという悪循環に陥っている。
 このように近年の世界経済においては、総じて金融システムのあり方が実体経済に大きな影響を及ぼす結果となっているが、これは金融システムが企業活動の最大の基盤であるとともに、グローバル化の進展が最も顕著にみられる分野であるためと考えられる。このような観点から、日本がいち早く現下の不況から脱出し、世界のフロントランナーとして再び飛躍していくための課題として、特に産業金融を取り上げ、米独との国際比較を通じて日本の現状と問題点を分析する。
米独両国の産業金融の現状
 米国の産業金融の特色は信用力(リスク)に応じて、資本市場を通じた多様な資金調達手段が存在することにある。これは@家計の資産運用のリスク・リターン選好が高く、Aそれを請け負う投資信託、年金等の機関投資家が積極的に分散投資を行っていることにより、幅広いリスク・リターンが市場に受け入れられていることを背景としている。
 このようなシステムは、八〇年代の米国において、@MMMF等の金融商品の発生等により、個人の金融資産が銀行預金から投資信託や年金等の機関投資家へと大きくシフトし、金融仲介における商業銀行の役割が大きく低下したこと、A信用リスクの数量化技術・ポートフォリオ理論・セキュリタイゼーション等の金融技術革新によって、機関投資家の運用能力の向上と企業の資金調達の多様化がもたらされたこと、等を通じて実現した。
 また、こうした銀行以外の金融仲介機関である投資信託や年金はベンチャー・キャピタル・ファンドを通じて、新規産業の発展にも大きな役割を果たしている。また、銀行の不良債権問題によりクレジット・クランチが起こったとされる九〇年代前半には企業の資金調達において、社債、CPによる調達や、ファイナンス・カンパニーからの調達の割合が増加し、銀行以外の資金仲介機能がうまく機能したといわれている。
 現在、米国企業の資金調達構造は、総じて借入の割合が低く、自己資本比率が高い。これを企業規模別にみると、短期借入については総資産十億ドル以上の巨大企業は八〇年代を通じてCPによる調達を増加させ、CPを主な調達手段にしているが、それ未満の会社ではCPの利用は限定的である。
 他方、長期借入については企業規模を問わず、銀行借入以外の調達も多く、ジャンク債市場やファイナンス・カンパニーの発達により、多様な資金調達が可能になっていることが分かる。
 これに対してドイツの産業金融は、間接金融が中心であることや「ハウスバンク制」と呼ばれる銀行の企業支配構造の存在など、日本と類似した構造を持つとされてきたが、昨今ではグローバル化の進展に伴って変化がみられる。例えば、厳しい国際競争に直面するドイツの大企業がユーロ市場からの資金調達を拡大させるとともに、案件に応じて取引銀行を選択する傾向があることを反映し、ドイツの大手銀行は収益性を高めるために米銀の買収等を通じて投資銀行業務を拡大させるとともに、ハウスバンク制の源泉となる持ち株まで放出する動きがある。
 ドイツは日本と同様に、中小企業が経済のインフラを支えている。中小企業は引き続き銀行借入に依存しているものの、融資に当たってはリスク・プレミアムを考慮したレートが設定される等、信用リスク管理が堅実に行われている。この結果、ドイツの銀行の信用力(格付け)は、日本の商業銀行とは対照的に非常に高い水準を維持している。
日本の産業金融の現状と今後の課題
 日本の産業金融は現在、フリー、フェアー、グローバルの理念の下、「日本版ビッグバン」と呼ばれる金融システム改革の具体化が進行しているが、同時にバブル崩壊による不良債権問題、金融システム不安等の困難に直面しており、日本の産業金融は現状においても明確な将来展望が見いだせないでいる。特に、銀行の貸出態度が慎重となることによる、いわゆる「貸し渋り」といった金融仲介機能の不全は企業、特に中小企業の資金繰りを八〇年代以降、最も厳しい状態にさせている。
 日本の民間企業の金融負債をみると、八〇年代を通じて経済成長を上回る伸びを示し、九七年でも八〇年代前半と比べ高い水準を維持していることが分かる。このような財務構造の変化を規模別、業種別によってみると、製造業・大企業が八〇年代以降、急激にその自己資本比率を上昇させ、安定的な財務体質を確立させていったのに対し、非製造業・中堅・中小企業は借入比率を大幅に上昇させており、対照的な変遷がなされてきたことが分かる。
 バブル期には、企業は設備投資を活発化させていったわけであるが、九〇年代に入ると、設備投資効率、労働生産性ともに八〇年代のトレンドを大きく下回り、生産性が大きく低迷していることが分かる。一方で企業のバランスシートの貸方には、設備資金調達のためにバブル期に活発化させた借入が残っているが、その返済能力は生産性の低迷により、九〇年代に入り急激に悪化している。
 業種別にみると、製造業・大企業についてはバブルの崩壊の影響をさほど受けていないが、卸売・小売業、不動産業、建設業は債務返済所要年数が他業種に比べて長く、バブル崩壊後に過大な債務負担を抱えている姿がうかがえる。今後そうした企業の経営効率の改善が円滑に進むように「産業再生計画」の具体化をはじめ、経営資源を効率的に調達、活用できるような事業環境整備を速やかに実行していくことが重要である。
 米独との国際比較を通じて明らかとなった日本の産業金融の問題点は、次の三点に集約される。
 第一に、資金の出し手である家計と受け手である企業を仲介する資金ルートが間接金融に偏り、他方、資本市場を通じた多様な資金仲介ルートも充実していないことから、銀行の貸し出し態度が慎重になり、いわゆる「貸し渋り」という形で金融仲介機能の機能不全が生じた場合、企業の資金調達が困難となる可能性が高い(第5図参照)。
 第二に、それぞれの資金仲介ルートにおいて、リスクに応じた金利設定などの厚みのある資金供給が行われていないために、物的担保能力に乏しい中堅・中小企業や新規産業・新規事業分野等、一定以下の信用力の企業への資金供給が円滑に進まない。
 第三に、バブル期における企業の過剰な資金需要とそれに応じた安易な銀行貸出やエクイティー・ファイナンスの増大が、金融機関の不良債権と借り手側産業界の過剰債務の蓄積をもたらし、双方の企業体力の低下を招来していること。
 これらの問題を解決していくためには、以下の取組が重要である。
 第一に、資金仲介ルートを多様化するため、直接金融を充実する観点からの資金借り入れ側の情報開示の徹底、CP・社債・資産流動化等の資本市場制度の改善、投資信託や年金・保険等の市場プレーヤーの充実を図ることが重要であり、現在進められている金融システム改革を着実に推進していくこと。
 第二に、資金仲介機能を充実するため、金融仲介機関の審査能力の向上及びリスクに見合った多様な金利の設定(自らのリスクに見合わない低コスト借り入れを当然とする安易な銀行依存姿勢の見直しを含む)等を推進すること。
 第三に、銀行及び事業会社双方の財務体質の改善やコーポレート・ガバナンスの強化等を図ること。

第3節 国際通商システムを巡る新たな動向と課題

世界経済のグローバル化を支えた国際通商システム
 第二次世界大戦の要因の一つにもなった主要国の保護主義、ブロック化への反省に基づき、戦後の多角的通商システムが発展していった。GATTの枠組みの下での各ラウンドは、世界的な景気低迷の懸念される時期における各国の保護主義的動向に懸念を抱いた自由貿易を推進する国々の主導により開催された(例えば、一九六四年のケネディ・ラウンドは、欧州経済共同体(EEC)等の動きに、ブロック化への懸念を抱いた米国の提唱によって開催された。また、七三年の東京ラウンドは、米国内の保護主義圧力の高まりに懸念を抱いた日本等の提唱によって開催された)。こうした各ラウンドは、貿易等の自由化を大きく進展させるとともに、世界的な貿易額の拡大につながり、ひいては世界経済の順調な発展に寄与してきたといえる。
 こうした中、近年、以下のような特徴的な動向がみられる。第一に、主体的交渉プレーヤーの多様化(圧倒的経済力を有する米国のみならず発展途上国も含め多様化)であり、第二に、地域連携・統合が多角的な自由化進展を側面から支援する役割を果たす例が見られるようになったこと(NAFTAがサービスや農業といった分野における自由化ルールの先鞭をつけ、APECがウルグァイ・ラウンド合意へ向けた宣言を発出)である。
 また、戦後の多角的通商システムを巡る動向を振り返ると、一部の国・地域における保護主義的動向は、他の国・地域の報復的な保護主義を誘発する懸念が常に存在するが、世界経済に果たした役割の大きさにかんがみれば、自由化の進展に対する取組の重要性は依然として高い(アジア通貨・金融危機の深刻化・長期化においても一部の国で関税引き上げや特定国に対する集中的なアンチ・ダンピング提訴等、保護主義的動向がみられる)。
多角的通商システムを巡る最近の動向と課題
 多角的通商システムの発展に伴う経済のグローバル化進展の背景には、国際的な経済取引の方法の多様化によって生じた新しい課題も多い。こうした課題のための新しいルールの整備に関しては、多数の国が同時に交渉に臨み、効率的なルールの策定が可能となるWTOの活用が有効と考えられる。最近の主要な議論としては、以下のような事項が挙げられる。
 第一に、サービス貿易については、近年財貿易を上回る貿易額の伸びを示しており、ウルグァイ・ラウンドにおいて、サービス貿易に関する多角的なルールであるGATSが作成された。しかし、現行のルールにおいては、規定の範囲が最恵国待遇、内国民待遇といった基本的枠組みのみにとどまっており、財貿易におけるGATTのような詳細な規定とはなっていない、等の課題があり、WTOの次期交渉におけるさらなる議論の進展が期待されている。
 第二に、投資政策については、経済のグローバル化に伴い、投資家の予見可能性の向上や企業の新規参入・事業拡大の機会増大等のため、多角的かつ包括的なルールの整備が求められている。しかし、ウルグァイ・ラウンドにおいて合意された多角的ルールであるTRIM協定等は、その規律する内容・範囲の面で限定的なものとなっている。
 また、OECDにおいて、投資の自由化及び保護に関し法的拘束力のある多数国間の協定(MAI)の策定に向けた交渉が行われていたが、現在は交渉が頓挫した状態となっている。WTOにおいては「貿易と投資に関する作業部会」において議論が進められており、次期交渉に向けて議論の進展が見込まれている。
 その他、@世界的な競争激化の進展を背景に、海外からの技術導入が拡大していることに伴う、知的財産保護に関するルール整備、A国内における反競争的な政府措置、民間商慣行等による貿易阻害を巡る問題の顕在化に伴う、競争政策の国際的な協調、B発動に際し各国の裁量に委ねられる部分が多く、保護主義的な利用がなされる懸念が強いアンチ・ダンピング措置発動の規律強化、Cインターネット技術の発展等、情報化の進展を背景に、著しく取引量が拡大している電子商取引に関するルールの構築、等について議論の進展が期待されている。
多角的通商システムの構築と並行して進む地域連携・統合の動向
 グローバル化が急激に進展した九〇年代の世界の通商システムにおいて、WTOに代表される多角的通商システムの抜本的強化が行われる一方、地域連携・統合と呼ばれるグループの活動が世界的に活発化したことが特徴的である。
 このような地域統合・連携については、従来日本は地域統合の域内外へのマイナスの経済効果とGATT整合性を重視し、多角的通商システムと並行して地域統合(自由貿易地域又は関税同盟)を進める世界の大多数の国と一線を画してきたが、地域統合には、以下に述べるような積極的側面も観察され、多角的通商システムの強化にも貢献しうるものとして、より柔軟かつ建設的に対応していく必要性が高まっている(第6図参照)。
 第一に、NAFTAやメルコスールなどをみると、ネットでの貿易投資の拡大効果が観察されるほか、地域統合の理論によれば、近年東アジアで観察される域内貿易比率の上昇や国境を越えた企業活動の活発化により、一般的に地域統合のマイナス効果の減少とプラス効果の増大がもたらされる。
 第二に、今後整備が求められる国際経済ルールもグローバル化の進展を反映し、より国内制度のハーモナイゼーション的な色彩が強まり、経済社会状況の類似した近隣地域での先行的整備メリットが顕在化しやすいことも指摘できる。
 第三に、戦後ラウンド交渉の歴史の中で地域連携・統合を背景とするグループがシステム強化に果たす積極的役割も増している。
 日本としては、従来、多角的通商システムの強化に向けた努力を積み重ねてきており、WTO次期交渉に向けた一層の貢献が重要であることは言うまでもないが、これに加えて多角的通商システムを補完する観点から、世界の中で唯一地域統合・連携の動きの乏しい北東アジア地域等において、域内の相互交流・相互理解を深めつつ、より積極的に地域連携に取り組み、多角的通商システムの強化に積極的に貢献するモデルを示していくことが必要である。




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法人企業の経営動向


法人企業統計 平成十年十〜十二月期


大 蔵 省


 この調査は、統計法(昭和二十二年法律第一八号)に基づく指定統計第一一〇号として、我が国における金融・保険業を除く資本金一千万円以上の営利法人を対象に、企業活動の短期動向を把握することを目的として、四半期ごとの仮決算計数を調査しているものである。
 その調査結果については、国民所得統計の推計をはじめ、景気判断等の基礎資料等として広く利用されている。
 なお、本調査は標本調査であり(計数等は、標本法人の調査結果に基づいて調査対象法人全体の推計値を算出したもの)、標本法人は層別無作為抽出法により抽出している。
 今回の調査対象法人数等は次のとおりである。
 調査対象法人    一、一六六、〇二六社
 標本法人数        二三、五〇八社
 回答率            七九・七%
 当調査結果から平成十年十〜十二月期の企業の経営動向をみると、売上高については、製造業、非製造業とも減収となったことから、全産業ベースの対前年同期増加率(以下「増加率」という。)は△四・九%となった。営業利益については、製造業、非製造業ともに減益となったことから、全産業ベースの増加率は△二一・二%となった。また、経常利益についても、製造業、非製造業ともに減益となったことから、全産業ベースの増加率は△二四・〇%となった。
 また、設備投資についても、製造業、非製造業ともに減少したため、全産業ベースの増加率は△一八・七%となった。

一 売上高と利益の動向第1図第2図参照

 (1) 売上高第1表参照

 売上高は、三百二十一兆七千三百六十二億円であり、前年同期(三百三十八兆三千二百五十億円)を十六兆五千八百八十八億円下回った。増加率は△四・九%(前期△五・三%)と、六期連続の減収となった。
 業種別にみると、製造業の売上高は九十五兆三十八億円で、増加率は△七・二%(同△六・七%)となった。また、非製造業の売上高は二百二十六兆七千三百二十三億円で、増加率は△三・九%(同△四・七%)となった。
 製造業では、「電気機械」「食料品」等多くの業種で減収となった。一方、非製造業では、「卸・小売業」「運輸・通信業」等多くの業種で減収となった。
 資本金階層別にみると、資本金十億円以上の階層は百二十二兆八千八百五十一億円で、増加率は△七・一%(同△六・八%)、資本金一億円以上十億円未満の階層は五十三兆四千五百四十四億円で、増加率は一・七%(同△一・九%)、資本金一千万円以上一億円未満の階層は百四十五兆三千九百六十七億円で、増加率は△五・二%(同△五・一%)となった。

 (2) 営業利益第2表参照

 営業利益は、六兆九千二百六十八億円であり、増加率は△二一・二%(前期△二一・七%)と、五期連続の減益となった。
 業種別にみると、製造業の営業利益は二兆四千三百六十九億円で、増加率は△三七・七%(同△三四・四%)となった。また、非製造業の営業利益は、四兆四千八百九十八億円で、増加率は△七・九%(同△一二・四%)となった。
 資本金階層別にみると、資本金十億円以上の階層は三兆二千三百四十七億円で、増加率は△二七・九%(同△一五・五%)、資本金一億円以上十億円未満の階層は八千二百八十四億円で、増加率は△一六・五%(同△一九・六%)、資本金一千万円以上一億円未満の階層は二兆八千六百三十七億円で、増加率は△一三・四%(同△三四・五%)となった。

 (3) 経常利益第3表参照

 経常利益は、五兆七千四百四十億円であり、前年同期(七兆五千五百七十八億円)を一兆八千百三十八億円下回り、増加率は△二四・〇%(前期△二一・〇%)と、五期連続の減益となった。
 業種別にみると、製造業の経常利益は二兆一千七百一億円、増加率は△四二・五%(同△三四・七%)となった。また、非製造業の経常利益は三兆五千七百三十九億円で、増加率は△五・六%(同△八・八%)となった。
 製造業では、「輸送用機械」「食料品」等が増益となったものの、「電気機械」「化学」等で減益となったほか、「一般機械」等で赤字となった。また、非製造業では、「卸・小売業」「電気業」等が増益となったものの、「運輸・通信業」「建設業」等が減益となった。
 資本金階層別にみると、資本金十億円以上の階層は二兆三千百七十三億円で、増加率は△三六・三%(同△一七・七%)、資本金一億円以上十億円未満の階層は六千六百一億円で、増加率は△二三・五%(同△二八・七%)、資本金一千万円以上一億円未満の階層は二兆七千六百六十六億円で、増加率は△九・五%(同△二四・三%)となった。

 (4) 利益率第4表参照

 売上高経常利益率は一・八%で、前年同期(二・二%)を〇・四ポイント下回った。
 業種別にみると、製造業は二・三%で、前年同期(三・七%)を一・四ポイント下回り、非製造業は一・六%で、前年同期(一・六%)と同水準であった。
 資本金階層別にみると、資本金十億円以上の階層は一・九%(前年同期二・七%)、資本金一億円以上十億円未満の階層は一・二%(同一・六%)、資本金一千万円以上一億円未満の階層は一・九%(同二・〇%)となった。

二 投資の動向第3図参照

 (1) 設備投資第5表参照

 設備投資額は、十兆六千四百五十五億円であり、増加率は△一八・七%(前期△一二・〇%)と、4四半期連続の減少となった。
 業種別にみると、製造業の設備投資額は三兆四千四百六十九億円で、増加率は△一五・九%(同△六・六%)の減少となった。また、非製造業の設備投資額は七兆一千九百八十七億円で、増加率は△二〇・〇%(同△一四・九%)となった。
 製造業では、「電気機械」「化学」等の業種で減少となった。一方、非製造業では、「サービス業」「卸・小売業」等多くの業種で減少となった。
 設備投資額を資本金階層別にみると、資本金十億円以上の階層は六兆七千五百三十九億円、増加率は△八・七%(同△一〇・二%)、資本金一億円以上十億円未満の階層は一兆六千八百八億円、増加率は△二〇・七%(同△一四・一%)、資本金一千万円以上一億円未満の階層は二兆二千百八億円で、増加率は△三八・一%(同△一四・九%)となった。

 (2) 在庫投資第6表参照

 在庫投資額(期末棚卸資産から期首棚卸資産を控除した額)は、六兆一千二十二億円であり、前年同期(六兆五千八百九十七億円)を四千八百七十五億円下回った。
 在庫投資額を業種別にみると、製造業の投資額は七千五百四十三億円で、前年同期(二兆五百八十一億円)を一兆三千三十八億円下回った。一方、非製造業の投資額は五兆三千四百八十億円で、前年同期(四兆五千三百十六億円)を八千百六十四億円上回った。
 在庫投資額を種類別にみると、製品・商品が一千三百七十二億円(前年同期一兆六千二百八十九億円)、仕掛品が六兆一千二百十四億円(同四兆六千八百八十二億円)、原材料・貯蔵品が△一千五百六十四億円(同二千七百二十六億円)となった。
 また、在庫率は一一・二%であり、前期(一〇・六%)を〇・六ポイント上回り、前年同期(一〇・九%)を〇・三ポイント上回った。
 在庫率は、季節的要因により変動(四〜六、十〜十二月期は上昇する期)する傾向がみられる。

三 資金事情第7表参照

 受取手形・売掛金は二百十八兆一千九百五十四億円で、増加率は△五・九%(前期△六・二%)、支払手形・買掛金は百八十兆九千七百九十三億円で、増加率は△九・八%(同△一〇・五%)となった。借入金をみると、短期借入金は二百十六兆七千九百六十五億円で、増加率は△七・一%(同△四・四%)、長期借入金は二百八十一兆三百八十一億円で、増加率は〇・九%(同△〇・三%)となった。
 現金・預金は百二十九兆百二十二億円で、増加率は五・二%(同一・九%)、有価証券は三十五兆九千三百五十一億円で、増加率は△四・一%(同△五・〇%)となった。
 また、手元流動性は一二・六%であり、前期(一二・一%)を〇・五ポイント上回り、前年同期(一一・七%)を〇・九ポイント上回った。

四 自己資本比率第8表参照

 自己資本比率は二二・六%で、前年同期(二一・三%)を一・三ポイント上回った。
 自己資本比率を資本金階層別にみると、資本金十億円以上の階層は二九・二%で、前年同期(二九・〇%)を〇・二ポイント上回り、資本金一億円以上十億円未満の階層は一六・一%で、前年同期(一五・三%)を〇・八ポイント上回り、また、資本金一千万円以上一億円未満の階層は一七・三%で、前年同期(一四・六%)を二・七ポイント上回った。

     *     *     *
 なお、次回の調査は平成十一年一〜三月期について実施し、法人からの調査票の提出期限は平成十一年五月十日、結果の公表は平成十一年六月中旬の予定である。





    <7月7日号の主な予定>

 ▽防災白書のあらまし………………国 土 庁 

 ▽月例経済報告(六月報告)………経済企画庁 




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