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第37回 野口英世賞平成18年5月20日放送
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| こんにちは、小泉純一郎です。 |
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総理、今日もよろしくお願いいたします。
総理は、連休中にアフリカと北欧の国々を歴訪されましたけれども、いかがでしたでしょうか。 |
| アフリカは、まずエチオピアを訪問して、それからガーナへ行こうということで、最初のエチオピアというのは、あのオリンピックマラソンで優勝したアベベ選手って御存じですか。 |
| ─ | はい。 |
| 裸足で走った人という。オリンピック、2回連続金メダルなんですよね、すごい選手でしたよ。そのエチオピアを訪問してメレス首相と会談したんです。エチオピアは、昔から日本と友好関係があるんですけれども、今、アフリカで53か国あります。アフリカ・ユニオンというAUの本部がエチオピアにあるんです。そのAUの委員長のコナレ委員長ともエチオピアで会談しました。 |
| ─ | そうなんですか。アフリカには53か国もあるんですね。 |
| アフリカは大きいですし、国も53もあるし、国連ができた60年前は国連加盟国が全部で51か国だったんです。そのうちアフリカは4か国しかなかったんです。それが今は、アフリカで53か国でしょう。だから、国連全体の191の加盟国のうち約四分の一がアフリカの国々なんですね。 |
| ─ | そんなに多いんですか。 |
| 私も、今回アフリカがそれほど面積が大きいとは知らなかったんですけれども、アメリカ、中国、インド、そしてヨーロッパを全部合わせたより広いんです。 |
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それはかなり大きいですね。意外でした。
それから、総理はガーナにいらっしゃったんですね。 |
| はい。ガーナというと、まず思い出すのは、野口英世博士ですよね。野口博士は、ガーナで黄熱病を研究している最中に命を落とされたんです。今でも野口英世博士の記念研究室が残っていてですね、そこを訪ねました。 |
| ─ | そうなんですか。 |
| 80年ぐらい前ですから、よく遠くあのガーナの地に渡ったなと感心しているんです。あのころ野口博士はアメリカでも名声を博して、そして日本に凱旋将軍のごとく帰国して、各地区で歓迎をされ、講演をされたんですけれども、なお研究熱心だったんでしょう。黄熱病を研究したいということで、アフリカに行って研究していたんですね。50歳でガーナに行ったんです。それで、51歳で研究中にガーナで亡くなってしまったんです。幼いころにやけどをして、手の指がくっついてしまった。そういう話でも有名でしたよね。そういう病気を克服して、博士になって、多くの業績を残したんです。 |
| ─ | ガーナまで行かれたということですけれども、今でも遠いですから、当時はやっぱりとても大変だったんでしょうね。 |
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それは、あそこの遠いところによく行ったなと。日本から飛行機でも24時間以上かかるんです。当時船で渡ったんですから、野口博士は。その上陸したといわれる海を見てきましたよ。研究室には、野口博士のお母さんが書いた手紙も残っているんですね。アメリカに行っていた野口博士に、早く帰ってきてくださいと、もう切々と訴える手紙が、今も原文のまま残っているんです。
それから、野口博士の奥様はアメリカ人ですからね。その奥様からの手紙なども残っておりまして、当時使っていた顕微鏡、これも残っていますし、胸像もガーナの人が建てて、やはりガーナでも野口博士というのは尊敬され、有名ですね。非常に心を打たれました。 |
| ─ | 総理は野口英世賞というものをつくると発表されました。 |
| これはガーナのクフォー大統領との会談の中でも、私は野口英世賞を今考えているんだと、共同記者会見の場で発表したんです。これは、アフリカの医学や医療に貢献した人々に対して与えたいと。受ける人はアフリカの人に限らないと。ただし、アフリカの医学や医療に貢献している人、だからアジアの人でもアメリカの人でもヨーロッパの人でも構わない。そういう功績のある人に対して野口博士の名前を冠した賞、いわゆる野口英世賞、こういうものを考えているんだといったら、もう大賛成だと。 |
| ─ | すばらしいお考えですね。 |
| これから具体的な内容を詰めていきますけれども、この野口英世賞はノーベル賞に匹敵するような賞にしたいと思っているんです。 |
| ─ | ところで総理は、いつごろからこの野口英世賞のことを考えていらっしゃったんですか。 |
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実は、日本を発ってアフリカに行く飛行機の中で考え始めたんです。ですから、外務省の人もほかの人も全然知らなくて、現地で言ってびっくりしてしまったんです。
しかし、これに反対する人は、今、いませんね。日本は、今、いかにノーベル賞を取ろうかということで熱心でしょう。ギブ・アンド・テイクという言葉がある。ノーベル賞を取るのも結構ですけれども、日本もそういう研究者にギブする、与えるということを考えてもいいんではないかと。 そして、この野口博士の志を継いでこれを生かしていきたいと。 |
| ─ | よろしくお願いいたします。 |
| 何か今回の出張は、なぜエチオピアとガーナに行ったかというと、考えてみると、野口博士が私を呼んだような気がしているんですね。 |
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そうなんですか、お疲れ様でした。
ところで、総理は先日ワールドカップ日本代表のジーコ監督、宮本選手とお会いになっていらっしゃいましたけれども。 |
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ジーコ監督が官邸を訪問されまして、頑張るから応援してくれというから、喜んで応援するよと。
それで背番号10番の付いた、日本代表のユニフォームをいただいたんですよ。着てみましたけれども、思ったより生地が厚かったですね。だから、これじゃあね、汗をかくだろうなと思ったんですけれども、キャプテンの宮本選手も一緒に来ていて、途中でシャツを替えるから大丈夫ですとか言っていましたけれども、是非頑張っていただきたいですね。 日本にとって、今やサッカーも非常に人気がありますから、まあ優勝は無理でもね、挑戦しなければいけませんから、できるだけいい試合をして、みんなを興奮させ、熱気を持ったいい試合をしてもらいたいと。 4年前は、カナナスキスのサミットでシュレーダー首相が決勝戦で、日本でやるから見たいと言って、日本の政府の専用機に乗せてくれと言って、私と一緒に日本に帰ってきたんですけれども、もしも日本が決勝戦に出るというんだったならば、ドイツに行かなければいけないかなと思っているんですけれどもね。 |
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是非活躍を期待したいと思います。
総理、そろそろ今日も時間になってしまいました。 |
| 来月は、もう6月ですね。17日の土曜日にお目にかかりましょう。さようなら。 |
| ※このメッセ−ジは、全国38局のラジオで5月20日(土)に放送されたものです。 |
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