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小泉総理の演説・記者会見等
 

小泉総理によるアフリカ政策演説
アフリカ − 自助努力の発生地へ(仮訳)



コナレAU委員長、ご列席の皆様、

(はじめに)

 多様性に富んだアフリカ諸国の団結と自助努力の中心であるAU本部を訪れることができて嬉しく思います。アディスアベバは、「アフリカ政治の首都」と呼ばれているとも聞いています。

 2003年10月、日本は、東京でTICADIIIを開催しました。私は、会議への出席と共に、訪日された23ヶ国のアフリカの首脳及びコナレAU委員長と個別に会談し、日本とアフリカとの間の協力について議論しました。私としても、実にこれだけの数の首脳会談を一日で行ったことはなく、ギネスブックに掲載されるべきではないかと思います。

(アフリカの最近の動きに対する日本の評価)

 かつて世界におけるアフリカのイメージは、必ずしも明るいものではありませんでした。アフリカは、紛争、飢餓、貧困、感染症といった多くの困難を抱え、世界はともすれば暗い側面からアフリカを見つめてきました。

 しかし、近年に至り、アフリカでは多くの紛争が終結し、民主的な開発に向けた息吹が感じられるようになりました。アフリカは、「諸問題の発生地」から、「自助努力の発生地」に変容を遂げつつあります。アフリカ統一機構(OAU)からアフリカ連合(AU)への発展的改組や、「アフリカ開発のための新パートナーシップ(NEPAD)」の採択と推進は特に賞賛に値します。アフリカ各国が相互に政治、経済政策を審査し合う制度の構築は、まさにアフリカ諸国のオーナーシップと自律の意志の表れであります。

(日本の対アフリカ外交の哲学〜TICADプロセスの基本的考え方〜)

 冷戦終結時、国際社会の「援助疲れ」がその後のアフリカ支援に暗い影を落としました。そのような中で日本は、1993年にTICADを初めて開催し、アフリカ支援の継続を訴えました。それ以来、日本は、TICADを長期に亘る挑戦としてとらえ、協力の分野を拡充してきており、今や民間部門の活動にも及んでおります。アフリカ諸国が自らの力で経済成長を成し遂げるため、アフリカの貿易・投資の促進も重要です。

 私は、昨年を「アフリカの年」と位置づけ、4月にジャカルタで開催されたアジア・アフリカ首脳会議において、日本のアフリカ向けODAを3年間で倍増することを表明しました。また、12月にはWTOドーハ開発ラウンドが真に途上国の貿易促進に資するべく「一村一品運動」の推進等を含む「開発イニシアティブ」を発表しました。

 日本は、その言葉を着実に行動に移してきております。その際、アフリカのそれぞれの国が本当に必要としているものを支援する、という姿勢を貫いています。日本は、ODAを通じてアフリカ諸国自らが問題を認識し、その解決に取り組んでいく、自律に後押しされた分野における支援を重点的に行っていきたいと考えています。

 TICADの重要な三本柱である、「平和の定着」、「経済成長を通じた貧困削減」及び「人間中心の開発」はこのような考えから生まれたものです。

(日本の具体的支援策)

 平和の定着について日本は、その過程において人間の安全保障が重要概念であることを強調してきており、この観点から、2月にここアディスアベバで発表したイニシアティブに加えて、ダルフールで続く深刻な人道状況へのAUの取り組みを引き続き支援していきます。アブジャで行われていた和平交渉の最終期限が48時間延長されました。全ての関係者が和平合意締結に向けて最大限の努力を払うことを期待しています。また、小型武器対策やテロ対策でも、アフリカ自身の取り組みを後押ししていく考えです。

 アフリカの経済成長を加速させるためには、民間の役割が重要であり、NEPADによる広域的な取り組みにも注目して、貿易・投資の促進や、インフラ整備等の分野で効果的な協力を行っていきます。

 人間中心の開発では、アフリカの人々の脅威となっているHIV/エイズ、マラリア、寄生虫症、鳥インフルエンザに対する対策を強化するため、包括的な「アフリカ感染症行動計画」を策定しました。今後、アジア・アフリカ協力も活用しながら実施を促進していきます。

(改革 〜日本の取り組みから〜)

 私は、5年前に総理大臣に就任して以来、国際社会の大きな変化に日本がより適応するために、構造改革を推進してきました。改革を進めようとすると、現状を維持したいという勢力との摩擦が生じるものであり、平坦な道ばかりではありません。しかし、日本国民は改革を支持し、日本経済は、民需主導により持続的な回復軌道をたどっています。

 歴史の負の遺産に苦しめられてきたアフリカは、AUの取り組みに代表される自律の精神を発揮して、より明るい未来に向かって立ち上がり、前進し始めています。21世紀のアフリカは、政治面、経済面での改革を断行するべき新たな段階にさしかかりつつあると考えます。

 国際社会も、第二次大戦後、大きな変化を遂げました。国際連合が1945年に創設された時、アフリカ独立国は4ヶ国に過ぎず、全加盟国も51ヶ国に過ぎませんでしたが、今やそれぞれ53ヶ国、191ヶ国にまで増加しました。日本も、敗戦後の困難を乗り越え、平和国家として国際社会の平和と安定に向けた主要な役割を果たしています。

 しかし国際連合は、安全保障理事会及びその構成をはじめとして、このような時代の変化に対応できていません。戦後、サハラ以南アフリカで植民地支配から初の独立を達成したガーナ独立の父、エンクルマ大統領は、「歴史の上で、アフリカはあまりにも長い間、他人の声によって語られてきた」と述べました。これからのアフリカにとり、このような現状を改革し、「自分たちの声で語る歴史」を創り出すことが喫緊の課題となっています。安全保障理事会でのアフリカの代表性を向上させるためにも、国連安保理改革を早期に実現しなければなりません。そのためにも私たちは、日本とアフリカ諸国の協力を一層強化していきたいと考えます。

 また、国際社会全体として取り組むべき課題である地球環境問題や、エネルギー安全保障等の新たな挑戦についても、アフリカ諸国と協力を強化していく考えです。

(結び)

 20世紀に植民地支配、冷戦を乗り越えた国際社会は、新しい国際秩序の形成に向け、新時代に入ってきています。私は、先に、アフリカが「諸問題の発生地」から「自助努力の発生地」へと変容を遂げつつあると述べました。21世紀、これからのアフリカが改革を通じ、「自立したアフリカ」へと躍動していくと確信しております。


2006年5月1日
アディスアベバ