首相公選制を考える懇談会

第7回「首相公選制を考える懇談会」
議事要旨(速報版)

1 日時 平成14年1月28日(月)13:00〜14:30

2 場所 総理大臣官邸大客間

3 出席者 別紙

4 議事概要

(1)議会からの首相の独立性に力点を置くモデルについて
(資料について説明)
○今後もう一つモデルが出てくると理解しているので、敢えて違いを明確にしてモデルをつくった。天皇制との関係については、後日、別の機会に改めて議論があるものと理解しているので、とりあえず国会の指名を国民の選挙と読み替えるだけで今日は済ませている。独立性に力点を置くモデルとしては、アメリカの制度が一番有名だが、日本では中曽根案があり、それが基本だろうと理解している。その制度の基本は、国民が直接選ぶ、相互の例えば不信任あるいは解散といった制度が基本的にはない、議員も首相あるいは大統領も任期を全うする、というものである。
 ・まず、選出方法だが、国民が首相と副首相を一緒に選ぶというアメリカ型を考えている。立候補の要件は色々な考え方があると思うが、一応最初の案ということで、多分年齢資格はいずれ入ると思うが、思い切って国民なら誰でもよいこととした。但し、色々不安もないわけではないので、とりあえず、最低限の要件として衆議院議員の総数の20分の1程度の推薦を得たものとした。例えば、10分の1ぐらいになると少し厳しすぎで、私案だと第一党、第二党は勿論、第五党くらいまでは多分出られる。あるいは第一党、第二党の非主流派の候補でも選挙に参加することができるだろう。
 任期については、普通4年というのが常識だが、ここでは最初の討議の材料という面もあり、敢えて3年とした。四選は禁止するので、一応9年までになる。4年で2期で8年というのと最終的にはそれほどは変わらない。首相、副首相選挙と衆議院議員選挙と参議院議員選挙も同時に行う。また、衆議院議員の任期も3年にする。短いという批判もあると思うが、これまでの日本の実情からすると戦後の平均が2.1年とか2.2年と聞いている。首相公選制の場合、首相が強力になり過ぎるといけない面はあるが、変に首相の権限を色々な形で縛るよりも、むしろこういった形で3年に1度国民がチェックする考え方もあるのではないか。もともとアメリカの4年というのは1787年にできたもので、必ずしもそれにこだわる必要はない。
 それから、十分な選挙期間を取った方がいいのではないか。これは、候補者の能力、資質が十分テストされる必要があるので、とりあえず少し長目に2ヶ月とした。
 過半数を超える候補者がいない場合は、もう一回投票して50%を超えた方が、当選された候補の正統性もより強くなるであろうし、その後多数派を形成させていくことを考えて、フランス型の二回投票制もよいのではないかと考えた。
 ・多分一番大事なのは議会との関係。行政権は首相に属するということで、首相は直接国民に責任を負うことになり、今の議会と内閣・首相の関係が相当変わることになる。内閣の地位が当然変わり、例えば内閣の連帯責任は多分大分なくなるという意味では閣僚の重み、内閣の重みは大分小さくなる。
 国会の地位も多分変わることになる。つまり、国権の最高機関ということではなく、立法権は国会に属するということで、国会と行政部・首相が並立することになる。
 当然首相は閣僚等を任命できる。アメリカ型だと閣僚の任命は上院の過半数の承認が必要だが、それだと党派的に使われたりする可能性もあり、日本でも地方自治体が時々なかなか決まらないことがある様なので、そこは3分の2ぐらいの方がいいと考えた。アメリカの制度を見ると、とにかく上院で閣僚が適任であるかどうか、公聴会などを開いてテストをするといった関門を設けるという点はあってもよいと思う。
 それから、アメリカだと、議員と行政部(大統領を含む)のポストの兼職は一切認められないが、ここでは少し緩和して認めた。これは、アメリカを見ているとやはり議員が行政部のポストにつかないことのマイナス面、ますます地元中心になって国際的視野を持たないとかもある様な気がしたし、行政部の地位につくのが議員にとって訓練の場、勉強の場でもあるという側面もあるから。但し、国務大臣の過半数は国会議員という要件は外してもいいのではないか。
 アメリカの場合は法律案を行政部が提案することすらできないが、実質的な意味はないのでそこまでする必要はないだろう。
 首相は国会の審議に参加できる。この案では必ずしも首相は国会議員でなくてもいいので、一応こういう表現は必要。
 相互の抑制均衡ということで、かなり強力な権限だが首相に法律・予算について拒否権を持ってもらう。但し、衆議院は3分の2の多数で再可決することによってそれを覆すことができるとする。ここは意図的に衆議院の方に色々な権限を集めてある。
 司法部との関係では、衆議院の過半数の承認を必要とするという様に少し現行制度を変えてある。現在こういう制度はないが、行政部、閣僚の任命とかには首相にある程度フリーハンドを与えてもいいが、司法は少し別ではないか。つまり、もう少し慎重さ、あるいはコンセンサス、あるいは議会との妥協を求めてもいいのではないか。現在も国会が首相を指名して、その首相が判事を指名なり任命するということで、一応国会と行政部の二権が司法部をつくるという形になっている。つまり、一応司法部の構成については行政と立法が協力して任命するということを考えた方がいいのではないかと考えた。
 ・基本的に政治的な不信任はないのがこのプランの特徴だとしても、不適任な人が就いたときに解任する方法は絶対必要。但し、アメリカの制度などを見ると、弾劾が政治的な不信任とかなり近い形で使われる場合もあるが、政治的な不信任との違いをある程度はっきりさせる必要があるのではないか。
 一番の違いは、首相を解任しても副首相は昇格するので、政権ではなく個人を問うということ。アメリカだと、下院が過半数で告発して上院が3分の2で決議すれば有罪だが、ここでは少しそれを変えて最高裁の判事にも関与してもらうことを考えた。これはアメリカの弾劾裁判が不信任と混同してかなり近い形で使われることがあったし、各委員の論点メモにも弾劾は最高裁で行うべきという意見があったので、結果的には立法部と司法部の二権で行政部の長を裁くことがあり得るのではないかと考えた。中曽根案では政治的不信任に近い理由が入っているが、明らかな法律違反、憲法上、法律等の権限の濫用等、あるいは物理的に職務が執行できないときなどに限る方が明確でいいのではないか。
 首相がどんな理由であれ欠けた場合には副首相が昇格する。アメリカの場合、下院議長の後、更にもう少し色々順位が続いていたと思う。衆議院議長も同時に欠けた場合は、あとは国会で残りの任期を務める首相を指名するということがあり得るのではないか。
 中曽根案ではリコールという制度が入っており、国民が選んだ首相は国民に解職、解任する権利があるということで非常に首尾一貫しているが、なかなか大変だし、一応任期を3年と考えたので、3年に1度ある意味で審判を受けるということであれば、リコールはなくてもいいのではないか。
 ・あとは非常に簡単に暫定的な長所、短所をまとめた。
 長所は、国民が指導者を直接決定できること。一応政治的なサイクルの安定、予測可能性があること。
 それから、首相の議会からの独立性は当然だが、特に議員が独立して本当にこの法律がいいのかどうかを考えてもらう。逆に国会は首相を選ぶ権限は失うが、法律をつくるという点ではより大きな力を持つという面もあるのではないか。今の制度だと行政部、立法部全体がどうしても地元利益代表のようなタイプの方が占めるという面があるが、この制度は全く違った経路から選ばれた人を日本の政府の中枢部分に据えるという面もある。本当にその資質があるかどうかをもう少し立ち入ってチェックでき、派閥政治、「気配り」政治等々とは違ったタイプの政治家が登場するのではないか。
 あとは、官僚に対するチェックという点で、つまりこの政権はもう3年あるんだということであれば相当な抑制、チェックになるのではないか、またこういう制度の下では国会からも官僚はかなり厳しくチェックされる。
 短所の方はよく知られているとおり、どういう候補が当選するか不安要素がある。政界で長年もまれた人でない人がいきなり入ってくる可能性がある。
 それから、議会との関係で政治的な膠着状態、これが分割政府という、要するに与野党逆転型の議会が生ずるときにどうやって政治を運営するか。政治がうまくいっていないときに、しかも議会と首相が対立している。どちらに責任があるのか、誰を責めればいいのか分からない。
 それから、政党が弱体化する可能性もよく指摘されている。
 以上、この案はかなりある意味でシンプルで、アメリカ型の制度よりは少し権力の分立状態を緩和した形で考えたもの。

(2)意見交換

○議会との関係で、首相が直接国民に責任を負うというが、その責任追求手段というのは弾劾に限る趣旨か。閣僚に対する不信任決議というのが出てくるが、これは大臣に対する個別問責決議という趣旨か。首相、副首相の弾劾のところで最高裁判事15名というのが出て総計45名になるが、15名最高裁判事がいて、それが全員出席するという趣旨での15名か。

○直接国民に責任を負うというのは、必ずしも法的な狭い意味で考えていなかったが、今の国会に直接責任を負うのとは大分向く方向が違うという趣旨である。多分徹底すると、リコール、国民による解職というのは入れた方がいいという気はする。個々の閣僚について、これは多分用語としては問責決議あるいは閣僚解任決議と言った方がいいのではないかという感じがする。最高裁判事については余り細かいことは考えていなかった。とりあえず15名は一応全員出席するということ。

○これは今の参議院の半数交替はそのまま残して、参議院議員は3年に一遍だけれども6年間固定するということか。その場合、衆議院に解散がないとなると、参議院と衆議院との役割分担あるいは権限をどのように位置づけるのか。

○任期については検討するときりがなく必要最低限ということで、今の参議院の6年で3年で半数ずつ交替するのはそのままと考えてはいる。本当にそれがいいかどうかは問題だが、多分大きな問題になるのでそこは避けた。衆参の権限は、衆議院の方に色々な権限をなるべく集めている。基本的には衆議院が議会の上だということを、例えば参議院ではなくて衆議院議員の20分の1の推薦とか色々な形である程度表現しようとはしている。

○首相の資格としては議員でなくてもいいとなると、大統領と名称はどの様に違うのか。首相も副首相も国民が選ぶというが、副首相がいなくなったときには首相が指名し、衆議院の承認を得るということだが、これは国民から選ばれるという拘束はないということか。

○多分徹底すると副首相だけの国民が全部参加する再選挙をやるということだろうと思うが、これは一応アメリカの制度をかなりまねて、この場合は少し機動的に首相が指名して、国会、衆議院で認めてもらうのでもいいのではないかと考えた。国民が選ぶというのが徹底していない面はあるかと思うが、実際上、副首相が欠けただけで副首相選挙をやるのも事務上、あるいはその意味を考えると、こういう選択肢もあるのではないか。最初の御質問は、つまり議員であれば首相と呼んでもいいが、議員でない場合は大統領ということか。

○選出された者を天皇が任命するというので首相と大統領は違うとの考えかと思うが、国民投票で直接首相と副首相を一緒に選ぶのであれば、それは大統領選挙そのものである。

○選挙としてはそのとおり。多分色々と議論はあると思うが、とりあえずそれは難しい問題なので、天皇の任命を考えている。選び方としては、完全にアメリカの大統領制型の選び方である。そういった形で選ばれた人物は、例えば元首でなければいけない等の御意見があるかと思うが、今日はこの辺で御容赦いただきたい。

○例えば半分は議員が選ぶとか、あるパーセントは国民が選ぶという場合であれば、ぎりぎりという感じなのだが、完全に国民が直接投票で選んでいる場合、主権在民の原理からして国民が完全に選んだ人をその他の方法で任命しなければならないとすると、国民が任命はしていないということになるので、そこを理論的にどう考えるのか。
 2ページのcの法律の提案権だが、この制度だとウルトラ大統領制のような感じもする。拒否権を持ち、かつ法律を提出でき、そして議会との独立性は完全に確保できるという構造なのだが、そういうケースは他国でもあるのか。

○結局アメリカの制度はこれとほとんど同じ。但し、大統領、行政部が直接法案を提出する権限はない。しかし、法案が提出できないということがアメリカではそれほど実質的な意味は持っていないので、首相の法案提出権の有無は本質の問題ではない。拒否権の有無、あるいは、衆議院のみの3分の2の多数で再可決ということの方がもっと大事な問題。
 最初の質問は、天皇制との関係だと思うが、議会からの首相の独立性に力点を置くモデルということで、一応今の天皇制を前提にしながら国民が直接選ぶという一つの典型的な在り方を敢えて議論の資料とした。

○この点については、また機会を見て議論したいと思う。

○首相の不信任はないが閣僚については衆議院で解任できるとしている理由は何か。

○アメリカの様に最初に議会がチェックするという制度はよく機能している。但し、過半数だと非常に濫用されてなかなか内閣が組めずかえって混乱するだろうから、要するに3分の1ぐらいの人がいいと言えばいいということ。これはない方がすっきりするという考えがあることも承知している。

○実際問題としては、国会が首相と副首相以外の閣僚を全部解任決議すれば、実質的に不信任と同じような効果が出ると思うが。

○過半数ではなく3分の2なのでそう簡単には通らない。非常に悪い事態になったときに国会の最低限のチェックをという意味。

○今はまだ議会と首相との関係で不信任決議もあれば、あるいは色々な解散もあるので民意を反映する道があるのだが、この場合は国民の声とは無関係に、3年間は国会と首相とが固定する構造になてっている。弾劾理由となる著しい非行等があれば別だが、そうでない限り政治的にどんな失政があろうと全部固定しているということは、こういう制度をとる以上甘受しなければならないのか。リコールや、国会の3分の2での政治的理由による首相の罷免を考える余地はないのか。又は、一定の更なる要件の下に国会の解散というものを考える余地はないのか。そうしないと、国民との乖離が非常に激しくなるのではないか。
 また、ここまで徹底するならば、首相や国務大臣と議員との兼務はむしろ止める方がいいのではないか。国会議員になることは大臣になることの第一歩と考える傾向が非常に強いと思うのだが、このことがある意味で今の様な政治に結び付いているのではないか。

○いい面も悪い面も含めて、こういう制度をやればそういうものだということ。3年が長過ぎるなら、勿論2年とか1年ということもある。

○国民から全く動かし得ないという状態に政府と国会を置くことは如何かということ。

○リコールについても考えたが、3年だと、この人は失敗だったということがわかるまで1年、書面を集めてリコールをするまで1年、残り1年ということになるので入れなかった。
 それから、議員との兼職についてそういう形で徹底するということもあるかと思うが、先程言った様にアメリカの制度を見ていてマイナス面もあるので、ここではそれを緩和している。独立性を強調するモデルであればそうした方がいいという意見もあると思う。

○法案・予算で膠着状態、デッドロックに陥った場合の処理の仕方は、この案では、何か政治的な妥協を考えろということか。

○どんな制度でも、今の制度でも極端な与野党の対立や、与党の中でまとまらないということがあれば、例えば予算がいつまでも決まらないということはあり得る。それは結局、次の選挙とか世論とかを見ながらどちらかが徐々に、あるいは両者が歩み寄っていくということ。アメリカでも最近95、96年に暫定予算すら決まらないということがあったが、その結果、議会の方、そのときは共和党が傷ついた。やはり最後のチェックというのは選挙。それをにらんで消耗戦でとことんやるか、それともどこかで妥協するかということで、多分それは制度では解決できない問題。どんな制度を工夫してもやはり限度がある。日本の民主主義の成熟などに期待するしかない。

○明治憲法の前年度予算を執行できる様な規定は考えていないのか。

○考えていなかったが、もしいい考えがあれば御教示願いたい。

○ドラスティックに変えるという前提で議論すると、明治憲法71条は評判は悪いのだが、ある意味で先取りしていて、現在のフランスやドイツでもそういう制度はある。憲法を変えるなら、法律で設ける暫定予算などという制度でなく、憲法上手当てしておくべき。

○そういう方法もあるかもしれない。

○首相と副首相を一体とするという問題、二院制の問題、二院制と任期の問題、それから首相の任期、議員の任期、閣僚と議員の兼任制、立候補要件などの問題がある。議員でなくてもいいのなら、泡沫売名候補を防止するという意味で何人程度の国会議員の推薦を要件とするべきなのか。また、天皇制との問題については、今でも首相は大統領的な権限を持っているのだから、問題は選出過程が不鮮明ということだけなのであり、天皇制と大統領制は矛盾しないと思う。不適格な閣僚を選任した場合の議会の拒否権3分の2というのはあってもいいのではないか。副知事などは議会の半分の承認を必要としているが、かえって3分の2がいいかもしれない。

○過半数だと少数与党の場合は非常に苦労するのではないか。

○選挙期間の問題、つまり候補者の資質を見る期間として何ヶ月ぐらいが適当なのか。

○一般論としては長い方がいい。

○選挙の時期というのも結構問題がある。選挙期間と選挙の時期。

○正副セットとしているが。

○首相が病気とかで欠けたときにもう一度国民で選挙というよりはむしろ安定させて、残りの任期を一応次ということで選ばれた副首相がそのまま昇格するというのはそれなりの合理性はあるのではないか。勿論その都度もう一回選挙をやり直すという方法もあるが、3ヶ月間で首相を選び、2ヶ月間政権をつくる準備をすると半年近く空白がある。残任期間との兼ね合いの問題がある。また、一般論として選挙期間は長い方がいいと思うが、余り長いと今度はその期間の政治資金、選挙運動費の問題がある。

○国民投票で選ぶのだから一定の任期を保証する。病気などで首相が辞めなければならない場合、また選挙というのはおかしい。だから、任期期間が3年か4年か決めた場合には、残任期間を誰がやるかというのは順位を決めておくべき。その場合順位をどうするのか。正副を一緒に決めた方がいいのか、あるいは前もって2番目、3番目を決めておくのか。

○選挙方法の問題で、要するに国民の直接投票に基づいて選出するとなっているのに、立候補の要件が、衆議院議員総数の20分の1以上の推薦と非常に弱い。国民の選出と謳っていながら衆議院議員の推薦に限るのがいいかどうか考えるべき。フランスの場合には500人の推薦人が要るのだが、その500人というのは国会議員だけではなくて県議会議員とか、色々な議会の議員とか、合わせて500人いればいい。フランスの場合、下院の国民議会は577人だから、ほぼそれに相当する人たちが推薦する。しかも、その人たちのリストは全部公表する。最初から衆議院に絞り込まずもう少し幅を広く持った方がいいのではないか。

○フランスの500人というのは個人でもいいのか。

○全くの個人は駄目。国会議員、県議会の議員などを合わせて500人あればいい。

○確かに、国会議員だけではなくて県会議員、市町村会議員、地方議員を入れるかどうかという問題もある。

○どうして参議院が入っていないのかというと、これはなるべく衆議院が優先ということをはっきりさせていこうという趣旨。

○そこに力点を置くと、衆議院と政府との関係という、いわば議院内閣制的な議論の延長みたいなことになる。

○議院内閣制のそういう要素を全く排除するというのも少し難しい気がする。出口か入り口か、どこかで制限は必要で、候補者の方にこういう議員でなければいけないという形でやるか、あるいは推薦人の方でやるかということ。アメリカの制度も、もともとは選挙人で過半数取る人がいなければあとは下院が選ぶ。上位5人を下院で選ぶ。つまり大統領制のようで実はかなり議院内閣制的な要素は考えられていた。どこの国もそれほど首尾一貫しているわけではなく、どうやってチェックし合うかということ。

○弾劾制のcのところで欠員が出た場合に議長というのがあるが、この議長は総理が選ぶのではないと思うが。

○そのとおり。ここまでは法律で決めておく。

○そうすると、首相と議長の党派が違う場合もある。また、三権分立の制度から言うと、立法府の議長がいきなり行政府にくることについて何か特に考えはあるか。

○モデルにしたアメリカの制度は、大統領、副大統領の次は下院議長。4番目、5番目をどうするかという議論をしても余り仕方がない面はあると思うが、テロなどを考えると、これからの時代、首相、副首相が今は一緒にいなくなることもあるので、機動的な対応としてある程度まではしっかり順位を決めておいた方がこういう制度ではいいのではないか。最初は次は官房長官と書いたのだが、それはここで余り議論しなくてもいいのではと思い3番目ぐらいにした。衆議院議長というのはそれなりの重みはある。

○テロの時代、2、3人決めておいても、飛行機とか会議場で爆破されたら全部死ぬ場合もある。順位を決められた人が全部亡くなった場合どうするのかということ。

○一対の立候補ということだが、アメリカの場合、表現しにくいが、副大統領に任命する人は一般的に次期大統領になるようなタイプではない。つまり、自分と同じチケットに乗る人というのは自動的に次期大統領になり得るような、いわゆる万民がナンバーツーと認める人ではないということ。例えば、ブッシュ大統領のお父さんの場合はクエール議員という非常に若い方で、今度子どもの方になったら非常におじいちゃんを持ってきて、ナンバーツーでは絶対ない人をチケットに乗せる。あくまで事故があるときは非常事態だから、そこは若くても、すごく高齢者であってもその資質は理解して認めてくれということで、ナンバーツーを自動的に持ってくるということではない。

○確かにアメリカの場合は大統領選挙で勝つということが優先される可能性はあるが、それは結局大統領の個性の問題で、自分がいなくなっても大丈夫な人を選ぶか、あるいは勝つことを優先して選ぶかということ。しかし、どういう人が選ばれるかというところまで制度で細かく規制することはできない。

○アイゼンハワーのニクソンのときは、ニクソンは大統領候補と思われていなかった。ところが8年間やっているうちに非常に手腕があるということで大統領候補と目された。むしろケネディよりは安定感があると言われた。ケネディのときのジョンソンは大統領候補とは全然目されなかった。ところが、暗殺されて大統領になってみて非常にいい大統領になった。が、途中で失脚した。本人が大化けする場合があるからこればかりはわからない。

○副首相と首相が仲違いし始めるとか、そういうことを考えると欠点と言えば欠点。

○フランスのように大統領と首相が一緒に争うというのも困る。

○これは、例えば衆議院議長が臨時代理みたいになっても、もともとの首相だった人の3年間の任期の余りをやるという思想。要するに全部を3年間で固定しようというそもそもの発想からきている。だから、参議院選挙も衆議院選挙も全部一緒に行い3年たったら任期が終わる。こういうやり方をしようというのは一つの考えだと思うが、これに固執することが本当にいいのかという問題がある。

○期間というよりも固定することについての問題か。

○そのとおり。だから、例えばリコールを入れて、再選挙を行ったら、今度は再選挙して当選した首相はそれから3年でも4年でもいいのだが自分としての任期を全うするという考え方もあるのではないか。しかし、今、政局が不安定なのは参議院選挙と衆議院選挙とのずれがあって、途中でもう一遍、事実上、首相の信任を問われるという機会があるからなのであり、そこには矛盾が出てくるのだが。

○要するに任期途中で何か国民の意思を問う必要が出てきたときにどうするかという問題は、国民投票みたいなことで政策ごとに民意を問う形で補完しないと、やはり3年間何もなしというのでは困るのではないかという感じがする。

○同時に選挙を行うというのは、やはりかなり強い意味があるのか。一応全部考えて投票しろということだと思うのだが。

○そのとおり。出来るだけ分割政府でない方がいい。政党の方でも首相候補をよく考えれば議席の増加にもつながるので、議会の多数派と食い違わないという配慮ではあるのだが、それがうまくいくとは限らない。

○これは、首相も衆参両議院もほぼ同じときに投票するのか。

○とりあえず同じ日。

○その場合、一つ懸念されるのは有権者のバランス感覚。その辺は、かなりマイナスに働くことも懸念される。

○同じ日にしても有権者の方が同じ党に入れることは必ずしも期待できないということはよく分かる。ただ、それはどういう候補者を政党が選ぶかということで魅力が増してくるのだろうと思う。

○今なぜ公選制を考えるかというと、小選挙区制を導入し二大政党制に持っていく、あるいはダイレクトに僕たちのリーダーを選べないというフラストレーションを解消しなければいけないというような幾つかの課題の中で出てきている。そういう状況の中で、今ある自民党とか、野党各党がこの制度を導入することによってどの様に変遷していくとお考えか。

○別に二大政党制になるか分からない。例えば立候補要件で20分の1を10分の1にすると、出せる政党は結構限られていく。一応第五政党ぐらいまで出せる方がいいだろうということだが、二回投票制ということを考えたので、少し二大ブロックと言うか、右派、左派になるか、あるいは改革派、反対派になるかはわからないが、そういうことはある程度予想できるのではないか。
 ただ、このメリットというのはフラストレーションの解放というよりは、行政権の安定、つまり派閥あるいは官僚等々からの安定性、独立性の方が大事ではないか。

○結局何をやろうというアイデアを出しても現行のデシジョンメーキングプロセスを握っている人達にとって、制度として取り入れられないだろう。先日の二段階理論ではないが、取り入れられるところで何を変えたいかということをかなり色濃く出し、かつその先にもうちょっと違う第二段ロケットを発射して違う国づくりにいく制度を考えると、例えば、議員でなくてもいいという形で、もっと議員の中で国会議員あるいは衆議院議員に選ばれた中で20分の1か、あるいはもっと数を多くして、そこを国民が投票する。全く今までと変わらないのだが、その中に乗っかって、そこに国民投票を入れるというようにするとか、色々な現実性を帯びた改革の入り口議論みたいなことが必要なのではないか。

○もう少し議院内閣制等を加味した案というのは多分次回以降も出ると思うので、ここで余りそれと同じようなものにすり寄ってしまうと、我々が敢えて違う案を出す意味がない。この場合どの程度実現性があるかどうかということは、とりあえず余り考えずに、あり得るとするとこういうことではないかということ。
 実現性があるかどうかは分からないが、今の制度を相当大幅に変えることなので、ショック療法みたいな問題。

○兼職は認める、議案審議に首相、大臣も参加する、それから提案権もあるということになると、3枚目の「長所」として掲げられている議会の自律性というところとどういうふうに結び付くと考えたらいいのか。

○議院内閣制だと、特にこれは与党の議員の場合だと思うが、提出法案には討議拘束がたいていかかり、かなり自動的に賛成票を入れると思うが、そこが外れるということ。与党議員が反対投票を出しても別に内閣がつぶれるわけではない。そういう意味では政変ということにはならない。そこが微妙な違いのようで大きな違いでもある。それはもちろん短所でもあり、与党の統治責任みたいなものを与党一体として問うことは逆にできなくなる。短所に書いてある様に、この膠着状態が誰が悪いのか、あるいはこの経済失政は議会なのか、首相なのかということが常に出てくる。そういう両面あるかと思うが、一応ここでは、与党を支える責任などから解放された議員の独自の判断を重視してこういう表現をした。実際どうなるかはなかなか予測できない面もある。

○もしこういうことをやったらどういう選挙になるのか。

○今、衆参が似たような選び方で、それですら問題があるのに、ここにまた首相の投票も一緒に入ってくると、これは衆と参を少なくともかなり違ったような選び方をしないと問題が出てくると思う。

○立候補要件について、年齢資格とは下限の方で、上限ではないと考えてよいか。

○そのとおり。上限は余り考えなかった。今、参議院は30か35、40というのはちょっと高過ぎるかなという気が若干したが、どうか。

○知事も30。

○中曽根案は35。

○国籍条項についてはどうか。

○日本国籍を持つ者だと思う。

○20分の1という案だが、これについては、今様々な案があると思うが。

○二回投票制みたいなことを考えると、ある程度たくさん出てくれた方が二回投票制の趣旨は生かせると思う。最初は予備選挙みたいなもので上位二人を決める。勿論そうならずに二回目で決まる可能性もあり、それとの兼合いはあると思うが、10分の1と減らしていくと二回で決まる可能性も大きくなるということはある。

○リコールという制度はどうか。国民投票という話もあったが、いわば一種のエネルギーの回路をつくっておくというか、リコール制というのは中曽根案にあったのか。

○選挙期間は長い方がいいと言うが、2ヶ月、3ヶ月と与党の中で決めたり、政党の中で候補者を決める期間を入れるともっとかかるかも知れず、リコール、再選挙は、それを実現する期間もあるので、3年ぐらいの任期では入れなかった。非常に意外なのは、3年なんて中途半端で短過ぎるという御意見が多いかと思ったら、3年も長いということだった。確かに日本の実情でいくと平均が2年強なので、思い切って3年としてみたが、確かに論理的一貫性という点ではリコールを置いておくのはすっきりしている。

○議員でなくていいという制度づくりをするのかしないのかというのは、制度論的に決定的に重要。しかし、それは選挙をやってみないと議員になるかどうかも分からないので、一緒に選挙を行うことになれば、分からないと言えば分からないのだが。

○一緒に選挙をやる前に、国会議員と首相と両方立候補するということか。

○それでもいいし、この場合は国会議員の方には立候補せず首相の方だけでもいいし、次の案では多分国会議員ということになると思うので違うものにした。

○議院内閣制から完全に脱却し切り離すことを強調するモデルということであれば、その方が徹底するのではないか。内閣総理大臣の名前はどうするかとして、別にそれ以外の外務大臣なり、総務大臣なりは外務長官でも総務長官でもいい。今はいわゆる国務大臣としては同列なのだが、首相、副首相と他の任命される人間とは全然違うわけだから、何々長官にしてもいいのではないか。勿論、認証官では変わらないが。

○実際今の辺りを最終的にどの様にまとめていくかということについては、今日だけでは少し難しいかもしれない。

○要するに最大の問題は変な人が出てこないようにするということで、リコールが必要なのではないか、あるいはもともと議員職である必要があるのではないかという議論になっていると思う。そこで選挙期間が長いことが重要だが、時間の長さだけではなく、その間に何をやるかということ。アメリカの場合、予備選挙があれだけあるから、事実上、選挙期間中にリコールしている。1ヶ月ぐらいで沢山の候補が選挙期間中にリコールに遭っているのと同じ。だから、予備選挙を入れないと駄目だと思う。予備選挙にはデルファイ調査と同じような効果がある。デルファイ調査は、幾つかの選択肢の中から何がいいかと皆に聞き、その調査の結果を明らかにする。何回もこの調査をしていくと、皆の意見に自分も影響を受け、最終的に必ず一つの案に収れんする。予備選挙のシステムというのはそのプロセスの中で他の人がどう考えるかということを段階的に知ることになるから、最初のうちは第三の党が出ても、必ず淘汰される。デルファイと同じような効果があるから。だから、この期間を2ヶ月とか3ヶ月とかだけではなく予備選挙を入れなければならない。この案を真剣に検討するのなら一番重要な点だと思う。予備選挙を入れるなら、2ヶ月や3ヶ月ではできないので、結局半年とか非常に長期戦になる。その間に事実上リコールが起こっているので、例えば知事しか経験していない人がなり得るが、そういうことでも別にまずくはない。

○そうすると、逆に3年では短いのではないか。

○もう時代が早いのでそんなことはない。

○その場合、リコールして、非常に長期の予備選挙からやり始めるということになるが。

○リコールはその場合は要らない。

○予備選挙の場合はどうしても政党法というものが必要になり、政党に対してかなり義務づけをすることになるから、少し別の意味の難しさがあると思うので、ここではそこまでは立ち入らない。予備選挙というのはアメリカを見ていると、有権者の党員の裾野が相当広くないとそれほど意味がない。余り形だけ義務付けて投票日の前に数ヶ月党員をかき集めればいいということになると、かなりインチキで党員が沢山集まるということもあるので、そういう上辺だけ予備選挙をやればいいかというと、そこもまた結構難しい面があるのではないか。アメリカの場合、大体6割ぐらいの人が有権者登録をし、その中で3分の1ずつ民主党、共和党、無所属に分かれていて、党員の裾野がものすごく広い。だから、予備選挙も一定程度の信用性、正当性というのを持っているということを若干考えた方がいい。

○私が思った予備選挙とは、政党ごとのでは必ずしもない。日本的な予備選挙があってもいいと思う。一度やってみるということだ。それで、一定割合取った人しか次の投票までいかれないという感じのある種の予備選挙であるが、政党ごとの予備選挙ではない。

○例えば、国会議員プラス都道府県知事とか、そういう形で、国会議員に限らない資格要件を考えるというのは十分あり得るかとも思う。そこは今日は直接は書かなかったが、十分あり得るということで考えてはいた。

○テストをどういう格好でされてきた人が出るかということと期間との関係とか色々相関的。余りどこかにプレビリッジを与えるのは問題かもしれない。ただ、何もやったことがない、白紙みたいな人の方がいいという議論も片方であるのでその辺はどうか。

○知事までという場合に、例えば国際機関で大きな仕事をした人は知事よりもずっと資格がないのかという難しい議論になると思う。あるいは、どこかの社長をやって日本経済復興のために決定的な役割を果たした人は駄目かとか、理論とすると難しくなると思う。その場合は非常に理論的な整合性を考えなければいけない。

○知事選など、政党の中から出さずにむしろ学者を担ぐというのが今まで多かった。その人達は行政的な手腕があるかどうかというのは関係なく、これは議院内閣制と違う形にやはり踏み込むわけである。国民が直接選んだかもしれないが、議会の支持というのは直接はない。ただ、司法については今度は逆に国会の承認ということになっているが。

○結局、今の制度も国会が首相を選び、その首相が司法のトップを選ぶ。そういう意味では二権が関与する形の方がいいのではと考えて、つまり行政部の閣僚を選ぶのは直接選ばれた首相にフリーハンドを与えてもいいけれども、最高裁の判事についてはもう少し違った形、議会との妥協型ということを要請してもいいのではないかと考えた。

○日本の最高裁判事あるいは長官は国民審査だけだから、理屈の上ではあれで国民の不信任ではないということにしているが、確かにそれでいいのかということは反省すべき事項。
 ただ、いわゆる政争の中に巻き込むことがいいのかどうか。日本の最高裁判所の使命、在り方はアメリカの最高裁と違い、確かに憲法裁判所の機能を兼ね持っていることは間違いないが、アメリカの最高裁がどちらかというと非常に政治的な動きをするのに対し、日本の最高裁はできる限り政治的な動きはしないということを基本としている。その違いが駄目というのならば政治に巻き込んでいいが、その方が国家の機構としていいんだ、政治からクールな立場に立っていればいいということならば、これはしない方がいいのではないか。これこそ国民の判断するところ。
 弾劾裁判所に入ることは、むしろその方がいい。政治的責任を問う場は別にあった方がいいと思うが、これは専ら例えば某知事の選挙中に問題があったとき、あるいは心身に故障があったときの備えだから、そういうことについては中立な者が入った方がいいのではないか。むしろ極論すれば、そちらの方だけでもいいのではないか。

○アメリカは判事でも検事でも立候補して選挙でやるから日本と土壌が全然違う。だから、国会で承認をすることになれば、かなり人選で政治的なものになるのではないか。

○私が心配したのは、首相が国民から直接選ばれ、首相が最高裁の判事も全部指名してしまうということ。内閣一体として選ぶこともないし、与党からの牽制もないとなると、首相は司法部の人事をかなりフリーハンドで握ってしまう。

○しかし、あれは内閣決定すればできる。首相だけで決められない内閣の決議が今と性格は違うけれども、あるわけだから、内閣で決めることにしておけばいい。
 それから、総理は国民に基盤を置いているわけだからもうその理屈は通らないということにはならないと思う。

○独裁、強大な権限を持ち過ぎるということを色々考えると、少し他の部門をかませた方がいいのかなということ。

○アメリカの場合、裁判官が終身制でいいけれども、日本みたいに定年が決まっていると、大量に退官したりして大変は大変だ。

(3)閉会
(座長)
○次回は、第三のモデル「首相と議会との一体性を再構築するモデル」について、大石委員から具体的な提案をいただいた上で、議論を行う。日程については、別途お知らせする。


(別紙)

第7回「首相公選制を考える懇談会」出席者
(政府側)
小 泉 純一郎 内閣総理大臣
上 野 公 成 内閣官房副長官(政務・参)
古 川 貞二郎 内閣官房副長官(事務)
津 野  修 内閣法制局長官
(委員)
佐々木  毅 座長・東京大学総長
浅 川 博 忠 政治評論家
猪 口 邦 子 上智大学法学部教授
大 石  眞 京都大学大学院法学研究科教授
鎌 倉  節 財団法人全日本交通安全協会理事長
久 保 文 明 慶應義塾大学法学部教授
野 中 ともよ ジャーナリスト
三 好  達 前最高裁判所長官
山 口 二 郎 北海道大学大学院法学研究科教授