首相公選制を考える懇談会

第8回「首相公選制を考える懇談会」
議事要旨(速報版)

1 平成 14年2月28日(木)10:00〜11:30

2 場所 総理大臣官邸大客間

3 出席者  別紙

4 議事概要

(1)首相と議会との一体性を再構築するモデルについて

(資料について説明)

○これまでの案とは違ったものを提示することが最初からの課題であること、統治機構のモデルの構想自体を提示することに意味があると思い、憲法事項と法律事項を特に区別せずに論じていること、議院内閣制の在り方を前提とした構想になっているので、議会と内閣、国会と内閣との関係に触れる限りで両議院の在り方などについても若干の検討をせざるを得ないこと、の三点についてお断りしておく。
・ 基本的な視点としては、安定した立法期を確保することが非常に大事だということ。それと、政府と与党あるいはその会派との関係もできるだけ合理化された透明感のある構造にしようということで、党首あるいは総裁というよりも総理大臣としての地位を確保することが大事だということ。
 立法期とは、普通は下院、衆議院を考えるが、総選挙から総選挙までの期間のことを言い、その間継続的に議会が活動能力を持つシステムであり、日本や韓国を除いたほとんどの先進国で採用されている制度である。それを確保すればある程度安定した期間ができるので、首相と議会という形である面で対峙し、ある面でそれを支えるという意味での一体性が確保される。
・ そのような基本的な視点に立った場合、現状と問題点は一応三点に絞られるかと思う。
 一つは、国政選挙が非常に頻繁に行われることが日本の国政運営の特徴ということができ、議院内閣制であるとまず必然的に安定政権はできない。議院内閣制をとっているところでは、多分3年9ヶ月位はいわゆる立法期が確保されその間は内閣も安泰となるが、日本の場合は参議院組織法も直接選挙であって、それが中間に入るから、大体1年半ごとに国政選挙を行ってきたという実情がある。実質上、内閣総理大臣は衆議院の指名にかかる習律ができているが、憲法制度上ではなく、法律で定める選挙制度上、常に潜在的に参議院議員選挙の結果に脅かされることになっている。これは少なくとも私の方でつかんでいる議院内閣制諸国の国政運用の在り方とは相当違うと言わざるを得ない。制度上の問題として言えば、衆参両院議員の選挙法の在り方が非常に似通ったものになっていることは関係しており、この点について考え直す必要があろう。
 二つ目のいわゆる権力の二重構造については色々言われてきているので、特に細かいことは書いてない。政府と与党、あるいは政党と会派という関係が合理化されていない、整理されていないことから不透明なものになる。政治フシンというのは、「政治不信」の方がよく言われるが、必要なときに必要な権力を発揮することができる構造を持つという意味での「政治不振」もあると思っている。
 もう一つは国務大臣の任命の問題。憲法68条はある意味で奇妙な規定で、大臣の過半数は国会議員でなければならないということは、ぎりぎりまでは民間人、非国会議員を十分用いて、大統領制的な運用ができる側面がある。ところが、そうするとイギリス型の議院内閣制の理念と在り方からはずれ、イギリスの場合にはパーラメンタリーガバメントという場合には、パーラメンタリーという意味は議員、特に下院議員によるということであるので、そことの抵触が出てくる。国政上の習律としてイギリス型の運用も勿論でき、そのような意味で議院内閣制的な要素はあるのだが、率直に読むとその二つの要素が混在している。ただ、それが一概に悪いわけではなく、大統領制的な要素で運用できる措置があるから、民間人の登用は可能であり、むしろ歓迎される傾向にあるのが実情ではないか。それはイギリス型とはかなり違う。なお、フランスはやや変則的な議院内閣制であり、ドイツやフランスも議員であるという大臣の要件はないが、普通は議員が大半を占めている。更に、参議院議員が大臣に就任することも、例えばポストが二つか三つという形で常態化しているのだが、参議院はその選挙の在り方あるいは任期の問題から国民に対して直接の政治責任を負う度合いが衆議院に比べてはるかに弱く、それが大臣に登用されるのは運用実態としてはやはり異例であって、責任の問題という点からはややずれがある。
・ 以上の様な実情のもと幾つかの提案を挙げると、一つは、政府と国民との関係を明確化すること。議院内閣制という場合に内閣と国会との関係だけを見るのではなく、その背景に国民の存在を常に意識する必要がある。従来は国民と議会との関係が言われてきたが、政府と国民との関係を見直すべきだという観点からのものである。「組織上の関係」とは選挙のことを指しているが、それだけではなく国民には国民の一定の権力があり、普通は有権者団とか公民団という言い方をするが、それと議会との権限が対峙する場面も出てくる。レファレンダムなどがそうである。政府と議会との関係では権限上の問題が常々あるが、それ相互のそういう関係でもあるという点を共有することが大事で、責任をそれぞれ明確にすることが大事であろう。
 二番目として、キャビネットが統治するのか、プライムミニスターが統治するのかという問題があるのだが、首相統治制という考え方に立ってリーダーシップを明確化する。これはドイツやその他の国の憲法でも書いてあることなのだが、日本では、基本方針を策定する権限があるということを解釈上、総合調整という形で持ち出してくるが、やはり表に見える形で書くことも大事ではないか。また、人事権と現行は内閣にあるものを首相に属させることで、そのリーダーシップ、責任という関係をしっかりさせていく。
 三番目に、首相の提案によって重要法案に関する国民の表決、レファレンダムを行うことができるようにする。内容についてイエスかノーかの答えを求めるというのが表決の意味で、表決のやり方として投票をするので、結果的には国民投票という言い方をする。それを憲法96条の場合だけに限らないようにしてはどうか。
 四番目に、衆議院の解散の問題がある。憲法70条では、総選挙の後国会が招集されることになる。特別国会などだが、政府与党側が勝ったかどうかに関わりなく辞めなさいという制度になっている。野党対与党あるいは政府対野党との対決になった場合に、与党側が勝てば論理的には辞める必要はなく、それこそ国民の審判だというわけだが、必ず辞めろと書いてある。解散決定をする場合に差し違えをするかどうかを考えてやらなければならないということだが、それは分離した方が望ましい。制度上の説明としては、どうであれ民意が総選挙で示された以上、それに沿った内閣をつくることは国民と内閣との関係だという説明は一応できるが、その対決の場面になった場合に、一方は勝ったのに両方辞めなければいけないのはおかしい。
・ 次に、政府と議会あるいは野党との関係を合理化する。責任ある政府批判を考えなければいけない。国民にその点を明示することが大事で、しかも政治空白を避けるということになれば、ドイツの憲法のような建設的不信任制度というか、不信任案を出す場合には後任の首相候補を選んだ上でやるべきという形で不信任を責任あるものにしたらいいのではないか。
 首相信任決議手続を整備することも大事。憲法69条にある信任決議手続を少し考えたらどうか。要するに、法案の採決と信任の問題をセットにする、あるいは、フランス式に法案議決とその本議決に内閣の責任をかけるという形で判断を迫ることが非常に大事。ある意味での緊張感という問題だが、どちらでもいいという制度ではなくて、ぎりぎりの判断を迫った上で態度決定を行うことが大事だろう。但し、フランスの憲法では、内閣の責任をかけると宣言した場合に信任、議決となれば法案そのものが採決されたのと同じ効果を持つことになるので、そこまで言うかどうかは慎重な判断が必要。実際に、フランスにはそれが制度化されていて何度も使われている。ドイツでも昨年の11月だったか、シュレーダー政権がアフガン派兵の問題と信任決議をセットにして出した。全体として与野党の差はもともと16票ぐらいしかなかった状況でこの手続を出し、与党の結束を図ったという実例である。
 野党の対抗権力を制度化するというのは、ドイツにあるような少数派調査権というか四分の一が要求したら必ず設けるような形での政府批判機能を充実させるとか、本会議での口答質問を活性化させるなど、常々言われているところである。
 参議院の首班指名あるいは法案再議決制は削除する、その代わり人事承認権を付与するという形の改革もあり得るのではないか。ただし、これは参議院議員選挙をどうするかという問題と密接に関連している。
・ 次に、安定した多数派を形成する、あるいは安定した立法期を創出するということが非常に大事だと最初に強調したが、そうすると両議院組織法というか、権限関係のことを論じざるを得ない。
 一つは選挙法の問題で、端的には衆議院のみが国民と直接的な関係を持つような選挙制度がいいので、その場合には二回投票方式の完全小選挙区制ぐらいがいいだろう。第一回投票では多様な民意の分布を知り、しかし、それだけでは政治は立ちいかないし、国民に選択を強いて統合を図ることが大事だから、選挙が持つ統合作用ということから、二回目で決着させるのがいいのではないか。フランスなどでは伝統的にやってきている。
 二番目の両議院の関係と機能分担については、政府形成をする衆議院、与党と、それに対しての野党と、そして全体として衆議院と違った機能の参議院という形で議論をするのがいいだろう。
 三番目に政党と国民との関係ということだが、政党の具体的な在り方をずっと論じていくと、前々回の案と変わりなくなるので、せいぜい(1)(2)と書いた程度である。党首選挙を事前に行うことを義務付ける、それがいいとは思うが、他方では政党の高度な自律性、自主性を考えざるを得ないから、義務付けるというその在り方が論点になろう。各議員の会派の地位が日本では明確でなく、しかも、両議院を通じて政党が全体として議員行動を縛っているから、両院の実際上の自律性がどこまであるかという問題にも発展している。
・ 最後は、政府と与党あるいは与党会派との一元化ということ。
 他の意見書でも出ているように、少なくとも過度の事前審査は廃止する。
 全ての議院内閣制諸国にあるわけではないが、実際上、閣法の比率が非常に大きいことを考えると、その法案を出した段階で全く両議院と無関係、制度上も無関係というのはやはり改めた方がいいだろうということから、国会関係大臣というものをつくることが望ましい。これはフランスなどで現に設けられている制度で、国対機能というか、議運の機能というものに大臣として公式的な関与をする。勿論議院の自律権があるから、それを侵害するような形ではなく、調整をきちんと行うような役職をつくるのがいいのではないか。そうすると、議事日程の問題とか、法案提出者としての内閣の地位をある程度確保できることになる。

(2)意見交換

○首相候補者を直接国民が選ぶことについての制度化という点については憲法上、相当無理があるという判断か。

○それは憲法を変えれば可能だが、そうすると、結局前回の会合で提示された様な形の方に移行せざるを得ないことから、前回と違うという趣旨で、この様な考え方にした。専ら政党に対する呼び掛け、精神訓示にはならないような形で、制度として一応構想を示すということは大事だろうという認識。憲法改正まで行くのか、法律事項なのかは、ひとまずは捨象している。

○この場合、権力分立の議論との関係はどうなるのか。行政府がいわば法案の提案者として国会にも相当深くコミットしている。私は勿論この方がいいと思う。

○権力分立と言っても、例えば憲法制度上こうでなければならないというようなユニバーサルな仕組みは各国にもない。基本的には立法権そのものを行使するのは議会であり、行政権、執政権は政府の役割なのだが、議院内閣制の場合どれほどお互いに関わっていくかは割合フリーハンド。フランスでは国会関係大臣を創設し、専ら国会との交渉に当たらせているが、だからといって必ずしも権力分立違反という議論はしなくてもいいのでないか。

○「基本的視点」の(2)の政府与党一元化のところに「官邸機能の強化」とあるが、これはやはり一つのポイントであり、例えばどこをどの様に強化するという考えがあれば御教示願いたい。

○官邸機能の強化は既に行革以来ずっと議論があり、一応それを念頭に置いている。その上で、例えば官邸機能を強化したとしても依然として二重権力構造だったら意味がないことから、そこを一体化する様なものを考えるということ。

○議院内閣制を前提として、具体的に二回投票式完全小選挙区制とか、衆参の在り方とか色々な提案をいただいているが、この案によれば、首相公選をしたと、国民が自分がダイレクトにボスを選んだという様な気持ちになれると考えていいか。

○勿論そのとおり。選挙制度の問題はやはり大きい。権力の問題から言うと、選挙によって正統性を確保している。文字通り首相公選もそうである。その正統性の源泉をどの様な形で見出し、調達しながら、他方でいわゆる選挙で表れた民意だけに左右されず将来を見据えて大きな決定をしていくかというのが政治の役割。正統性の源泉は勿論国民にあるのだが、政治の中身、強いリーダーシップの形成は選ばれた者の義務だから、それをどう組み立てるかというときには、裁判所との関係もあるのだが、全体として非常に大きな組替えの必要があるだろう。

○官邸機能の強化、あるいは首相のリーダーシップの責任の明確化などに時間を使うのも大事だが、限られた時間の中で、かつインパクトをもって国民に対してアナウンスメントしなければならないことを考えると、結局首相と議会との一体性を再構築するモデルを考えるときに、やはり一番首相公選をしたのだという様に国民が思えるためにはどこをいじったらいいと考えているのか。

○やはりそれは選挙制度がかなり大きいというのが実感。議院内閣制だと安定した立法期の確保がないと駄目であり、それなしに他の議論を進めても、全て元のところでやられてしまう。だから、ある期間安定した立法期というものがあって、例えば3年とか4年ぐらいの立法期はまるまるずっと続くという前提の中で何をどう進めるかを提示できることが非常に大事。
 それと、やはり完全小選挙区制で、多数派の論理で、国政の権力をつくらなければいけない。正統性を備えた権力をつくらなければいけない。勿論少数意見の切り捨てはいけないのだが、それは審議の場とか、対抗権力という力で確保するということをやりながら強い権力をつくることを志していかなければならない。憲法の今までの議論は大体権力は弱い方がいいという議論だけだから、コンストラクティブな組立てをしない。それに向けての議論をやろうというのがここでの構想であり、思い切ったことを言えば、国民が直接選ぶのであればそこにもっと権力を与えなければいけないということにも当然なる。しかし、今回の案は、そこには至らないというところで提案している。

○「幾つかの提案」1の(2)と(3)の、首相統治制・大統領的首相の明確化なり、レファレンダムについて担保すればかなり進むと考えるか。

○その進むという中身だが、要するにある種のぎりぎりの判断を迫るということをやらなければいけない。それで、その判断を迫らないでずるずる行くのが問題なのであり、基本的にはその角度から書いてある。緊張感を持って判断を迫る。その判断した結果については国民自ら責任を取る。イスラエルが駄目だったのは、要するに投票が二つあって選択肢が広がりぎりぎりの判断を迫らなかったということ。

○今日の提案には色々とあるが、非常に乱暴に言うと、一つは衆議院が徹底して民意を反映するということ。それから総理のリーダーシップを徹底して強くすること。但し、総理といえども万能ではないから、参議院の性質をきちんとすることによってそういう個人としての総理を全体的にチェックするシステムをきちんとつくること。以上そういう三本柱の提案だと理解しているが、その上で質問をする。
 総理のリーダーシップを強化するということの説明の中に、憲法68条ただし書きの運用、これは国務大臣の半分までは民間人から選ぶことができるということだが、これについては私はやはり疑問。公選制でもないのに総理の意思一つで民間の直接信任を受けていない方が半分の大臣になる。今回の案では議院にサポートされる内閣でなければいけないので、この憲法の規定というのはやはり問題なので変えなければいけないのではないか。
 それから、参議院から大臣を出すということは、こういう論法からいけば全くおかしいと思う。今の参議院議員がおかしいと言うのではないのだが、将来の話として、やはりここはきちんと衆議院を中心にした形にしていかないと今回提案の内容は徹底しないのではないか。
 それから、総選挙のときには事前に総理になる候補を決めて闘うべきではないか。ただ政党の中に少し干渉し過ぎるように思うので、少なくともそのときの党首を立てて闘うか、それができないなら、与党が勝ったときに総理が辞めなければいけないという規定だけは廃止し、今の総理が総選挙に勝ったのだということぐらいは担保しないと、国民のぎりぎりの総理信任の気持ちが表れないのではないか。

○憲法68条の話だが、今の68条の下では一般の誰でも国務大臣になれるわけだから、参議院議員だけはなれないというのは実際法律的になかなか難しいと思うので、そういうことであればきちんと68条を全部なくして衆議院議員だけにするとか、あるいは、憲法をどうせ改正するのであれば行政府には国会議員は入らないような三権がきちんと分立できるようにするとか、そこまでの議論をしないと非常に矛盾が多過ぎる。
 特に一番最後の国対の国会関係調整大臣が議運に入るということについては少し疑問。国対というのは国会の中では何の位置付けもない。そういう機能と、議運という正式な機能を誤解していると思うし、三権分立から言うと、少し中途半端過ぎるのではないか。割り切るのならば全部割り切った方がいいのではないか。

○今の制度で参議院議員が入閣することが問題と言ったのではなくて、将来憲法を変えてもし制度をきちんとするのならば、やはりここだけはせめて衆議院中心に変えないとおかしいのではないかということ。

○現在の憲法下で制度上、参議院議員を排除するというのは、それ自体憲法違反。今は国会議員の中から過半数ということだから衆参両院入る。そこをしっかり制度上改めようというのが勿論こちらの真意であり、余り憲法改正がこうだから、ハードルが高いからということなしに一応の議論をしようというのがここの案。

○今回の案でも憲法59条、60条、61条、65条、66条、67条、73条、74条を変えないとできないものだから、これだけ変えるのであればもう少しすっきりした方がいいのではないか。

○先程の国対の話だが、少なくとも議事日程等に実質的に内閣そのものの代表者が出て、内閣から議会にいったらもう議会の話だということにならないような形にしていこうというのがその趣旨。

○そうすると、制度的にそれは議運。

○私も各党の国対が正式な機関でないということは勿論承知している。

○大臣という行政府のメンバーが議院運営委員会という全く議会の運営をするところに入って意見を言うのは、三権分立に抵触しているのではないか。オブザーバーとかならいいと思うのだが。

○フランスの場合は憲法48条という非常に強い規定があって、政府案を担保するためにそういう大臣をつくってやっている。当然に参加権があると言っているのではなくて、一応モデルとしてそういう形があるので、どうだろうかという提案。

○現状でも、法案を提出するときは官房副長官が衆参議運に行って実際はそういうことをやっている。

○表に書いてあるということがやはり意味を持つ。具体的にこういう運用をしてきてこうなっているからということで済むのであれば、第六回会合の議論で十分なのであり、ここで求められているのは、もう少し違ったものを明示するということ。

○今の二点は三権の行政と立法というものの基本的なところに関わると思うので、こういうところはむしろ曖昧にしないできちんとした方がいいのではないか。

○議事日程のところに参加するのが三権の現状として問題があるということならば、原理的には隠れた形で加わることも本当はおかしい。あのフランスですらそういうことが可能だということは一つのヒントなのだと思う。

○今日の話は、要するに国民が国政に関して意思表示をするのは衆議院総選挙のみに一本化する、そのことによって国民の意思で総理を選ぶことにつながるというふうに理解してよいのか。そうだとすれば、それに対する反論としては、色々な機会に国民の意思が表明できる方が民主主義ではないかという議論も当然出てくるだろう。それに対しどう反論されるか伺いたい。

○国民の意思の表し方として、一つの大きなルートとしては選挙、もう一つはレファレンダム、また別にイニシアチブという制度も考えられる。選挙に限って言えば、総選挙という形で一本化して判断をぎりぎり求めた方がいい。ただし、やはり色々な意思があるから、レファレンダムも一つの方法だし、イニシアチブという制度もある。頻繁にレファレンダムを行うとスイスのように30%ぐらいの低投票率になってしまうが、大事な時期に大事なことを国民に直接問うのは重要だと思う。ただ、レファレンダムは、ある法案を用意して国会なりの方からの働きかけで行うが、そうではなく、要するに望む立法がなされなかった場合に国民の方から有権者として何か行動を起こせる仕組みとしてイニシアチブがやはり大事だと思う。したがって、多様なルートをつくるということは勿論考えている。

○衆参の役割分担や選び方を明確に区別するとすれば、将来的に参議院の選挙はどういう形でやればよいと考えているのか。

○この場で参議院議員選挙の在り方についてどこまで具体的に突っ込んでいいのかという悩みはずっとあり、迷っているところである。

○「幾つかの提案」の1の(2)の基本方針策定権限については、官邸機能と絡むのだが、実際に一総理の周辺でこれだけの権限を与えるとなれば、その権限でこうやろうという方針を作るまでと、それを実際にフォローアップするのに一個人では能力の限界があると思う。すると、官邸機能を強化して、官邸の中にスタッフを入れてやるか、それとも審議会とか総理直轄のものを増やすようなことが必要になる。ある度を過ぎるとかえって実際に総理の取りまとめがかなりきつくて、結局いろいろ報告を聞いてという形になる。この方針の権限をどんな形の実像で描かれながらこの言葉にされたのか、また、その辺の実態について少し説明をいただきたい。

○従来から言われている官邸機能の強化、あるいは補佐機構の強化を一応前提にした上の話である。しかも、その上で内閣そのものよりもむしろ首相が統治するプライムミニスターのガバメントだという形にして、目に見える合理化された形で首相のところに一元化する。
 現在でも例えば内閣法改正で明記された発議権と連動することも可能だろうが、スタッフ機構を充実させた上で責任を首相が取るというのを制度上明確化することが前提である。その場合に、色々な形の審議会というのはあろうが、私はある意味で参議院に審議会の機能を期待したい。ただし、政治の主導力というところではやはり官邸あるいは首相の方で一元化するという方式を漠然と考えている。

○実際の制度以上に現実の面においては、その時の首相の置かれた環境とか指導力がやはり半分近く影響すると思う。また制度の運営は国によっても違う。首相公選制で大事なのは国民が自分達で選んだという認識を持ち、3年なり4年なり5年なりの一定の期間、自分達が選んだ首相に責任を持ってやってもらう。その後、議会がどう判断するか。これが新しい民主主義の形として国民が責任を持つというので望ましいのではないか。
 運営しているうちに制度を柔軟に運営するのはいいが、実際は国会対策でも、表に出ている正式な委員長とか閣僚よりも、運営面の裏の国対の力がある場合もある。あるいは、首相よりも党内の運営で首相でない人が力を持っている場合もある。これはそのときの実態でその人によって変わってくる。ここがまた制度の面白いところだと思う。首相公選だから議院内閣制よりもいい首相が出るとは限らない。国民に責任を持って選んでもらわなければいけない。首相が10年間に10人近くも変わるのも余り好ましいことではない。
 そういうことで、首相公選制を新しい形態として考えてもいいのではないか。現に日本は市長も知事もそうやっているから、首相公選というのはそんな異質な形態ではない。その点はいろいろな意見の中から結論を出していただきたい。

○「幾つかの提案」の1の(2)にある首相統治制の強化というのはやはり一つの道だろうと思う。議院内閣制を取るか、あるいは首相公選制を取るかは別にしても、この方向は私は非常に大事だと思う。
 それはそれでよいが、国民が衆議院選挙を通じて、多数の党で掲げた党首ないしそのときの総理大臣を国民が選んだと思うかという問題になると、幾つか前提があるような気がする。というのは、現在の国民の意識は非常に多様化していることを前提にすると衆議院選挙で小選挙区にして一つの政党が多数を占められるかという問題が一つ。そして、多数を占められなければ連合政権になり、それを前提にする以上、衆議院で指名された総理大臣の地位というのはどうしても不安定にならざるを得ない。もう一つは、一つの大きな政党には間違いなく派閥ができる。すると、派閥均衡ということがどうしても起きる。それらを前提とする限り、総理がその時に公約したことなど実行できなくなるのではないかという感じがする。もしどうしても国民が選んだということに非常に固執する限りにおいては、私は首相公選制に賛成か反対かはともかくとして、首相公選制を選ばざるを得ない問題になって来るのではないかという感じがする。
 それから、衆議院の組織法で、完全に小選挙区にする場合、国民が納得するだろうか。少数意見を反映するような制度を作れという要求が必ず出てきて、これは無視できないと思う。したがって、どうしても過半数を一つの政党で占めるような衆議院組織法は非常に国民の気持ちから離れたものになってしまうのではないかという感じがする。
 もう一つは、参議院の方の問題であり、これは非常に難しい。参議院をどう組織するかということは将来の問題だということだったが、それは、最初の参議院発足以来どうにもならない問題である。例えば一部を任命制にするとか色々なことが言われるが、現下においては到底実現できる問題ではない。
 そういうことを考えると、その全体が非常に困難であるという感じがしている。

○完全小選挙区になった場合に、連合政権になる可能性は無ではないが、そんなに高くはないと思う。

○ただ、それを完全小選挙区にすることを国民が納得するのかということ。

○その点は取りあえず捨象するという前提。どう制度化すれば少数意見が反映されたことになるのかについては、大事な問題だと思うが、詰めていない。

○例えば、二回投票の過程で、その候補者が誰を総理として支持するのかということが、非常に大きな判断の材料として入ってきていいのではないか。テクニカルな工夫をして、やはりこの人を選んだらこの総理を選ぶということにつながるというような形にして、そこで選べばよいのではないか。議会制を前提にする限り、直接選ぶということは制度的に非常に無理があると思うのでどうしても間接化せざるを得ない。ただし、チケットを割らないようにするためには何かそこでもう一つ考える余地がありはしないだろうか。
 というのは、少数党が候補者になった場合に、誰を首相として推薦するのかという情報がほとんどなくて二回投票制に入っていったら、それ自体かなり焦点が絞れなくなってしまう。そうすると、少なくともどこかの段階で首相として誰を自分としては選ぶのかということを示すこと自体がオブリガトワルなものにならないと、二回投票式完全小選挙区にするという話は完結しないのではないか。

○理論的にはそういうことになると思うが、そういう選択が我が国でできるだろうか、そういう選択をすることを提案できるだろうかということがそもそも議論になると思う。とにかく国民というものを基礎に置かないと、制度論を論じても本当に机上の空論になる。

○「幾つかの提案」3(3)の「政党と国民との関係」で、(1)で「首相候補者たる党首選挙を事前に行うことを義務付けることが考えられるが、政党の組織・運営上の自律性も考慮する必要がある」といい、(2)で「政党と会派との関係を整理し、各議院における会派の地位を明確化するとともに、政党が両議院を通じて議員の行動を拘束することを排除する」といっているが、首相公選ということで政党が推す首相候補があるときにはこの人だということで選挙をやって、しかしながらその政党あるいは会派では議員の行動を拘束することを排除するという、この関係はどうなるか。
 もう一つは、「排除する」というのは法律上、何か拘束することができるかどうか。それともそのように運用するということか。

○後の点は、両議院を通じて、しかも早い段階から党議拘束をかけるのはやめようという話で、制度上これを担保せよと言われてもやはり難しいと思う。
 もう一つは政党と会派の関係だが、我々は政党と会派とを漠然と一緒にして議論をするが、いわゆる党議拘束をそれ自体として政党による拘束と考えると憲法違反の疑いはある。そうでなくて会派の決定に従うという構造だと理解するから、それは憲法違反とは思わないわけである。普通政党は誰でも外部からでも参加できるので、ある時期のある政党がそうであったように、トップが議員でなかったという時代もある。それが、会派の形をして会派としての決定ならばいいが、政党という形で議員の行動を縛るのはやはりおかしいので、会派ならば会派という形できちんと整理したらどうかというのがこの趣旨である。

○先程スイスの話があったが、レファレンダムの制度をよく使うスイスにおいて政治のリーダーシップが強いとは一般的に理解されておらず、むしろある方向性を取ろうとするときにそのとおりにはいかない場合も多いかと思うので、両方の側面がレファレンダムにはあると思う。だから、首相と議会の一体性の中でのリーダーシップ強化ということにレファレンダムを大きく位置付けることについて、少し別の観点の方が重要かもしれない。色々制約を付けた上で可能かもしれないと思うが、あとはどういうテーマでレファレンダムをやるか、安全保障などが関わってくるかについては少し気になる。
 あとは、例えば以前提案したことがあったが、余り他国に例がないと思うので少し難しいかもしれないが、首相の準公選制のような形で議会が指名において全ての権限を持つのではなくて、何らかの形で選ばれた国民がそこで何%か、2割とか3割ぐらいの部分については直接参加できるような制度というのも、理念的には考えられるのではないか。
 もう一つは、これも以前提案申し上げたことだが、首相というよりも首相候補者の準公選制で、首相候補者たる党首の選挙をもう少し政党法などをかなり強化して、公選的な、広く党員を超えて呼び掛けるとか、あるいは党員になることを一時的に非常に簡単にするとかで、国民を動員した形で首相候補となる党首を選ぶようなモデルもあろう。これは、この大きなモデル案の範疇に入ってくるのか、別なのか。そういうことも理論的に非常に難しくなければどこかで御検討いただいた方がよい。直接国民が選んだという部分が何%かでもあるのを根拠にして任期を保障することをしないと難しいのであって、レファレンダムとかの手段ではないような気がする。

○後の二点については、私も漠然とそういうことは考えており、可能性としてはあり得ると思う。具体的に組み立てるときに、そのうちの第一点は必ずやるというのではない。要するに、レファレンダムに付す権能があるということは大事なので、そのテーマは大体どこでも絞るが、いつどうやるか、あるいはやることが望ましいかということは首相の判断でいい。要するに、そういうことができるという権能を付与するということ。どちらに転ぶかというのは非常に難しい問題で、薄氷を踏む思いでやることもあるし、ミッテランみたいに失敗するときもある。

○議論を聞いているうちに、実に難しい大きな問題だということを実感しているが、最終的には集約し、具体案を提示することに意義があるのではないか。

(3)閉会

(座長)

○本日のモデルについて、また皆さんの議論を経た上で今後どの様に扱っていくのかについて意見を集約してまいりたい。
 私のメモにこだわるわけではないが、幾つか個別の問題が残っている。この中で既に扱われたものもあるが、これらを含め、改めて議論をお願いしたい。
 次回の内容については検討の上、御連絡をさせていただく。


(別紙)

第8回「首相公選制を考える懇談会」出席者
(政府側)
小泉 純一郎内閣総理大臣
福田 康夫内閣官房長官
上野 公成内閣官房副長官(政務・参)
古川 貞二郎内閣官房副長官(事務)
津野  修内閣法制局長官

(委員)
佐々木 毅座長・東京大学総長
浅川 博忠政治評論家
猪口 邦子上智大学法学部教授
大石  眞京都大学大学院法学研究科教授
鎌倉  節財団法人全日本交通安全協会理事長
久保 文明慶應義塾大学法学部教授
坂本 春生財団法人2005年日本国際博覧会協会事務総長
野中 ともよジャーナリスト
三好  達前最高裁判所長官
山口 二郎北海道大学大学院法学研究科教授