教育改革国民会議

教育改革国民会議
第1分科会の審議の報告




第1分科会委員 浅利 慶太(劇団四季代表)
 今井佐知子(社団法人日本PTA全国協議会会長)
(副主査)梶田 叡一(京都ノートルダム女子大学学長)
 勝田吉太郎(鈴鹿国際大学学長、京都大学名誉教授)
 河上 亮一(川越市立城南中学校教諭)
 曾野 綾子(日本財団会長、作家)
 沈  壽官(薩摩焼宗家十四代)
(主査)森  隆夫(お茶の水女子大学名誉教授)
 山折 哲雄(京都造形芸術大学大学院長)
 山下 泰裕(東海大学体育学部教授)

平成12年7月26日


日本人へ

(物質的豊かさと平和の中で)

 近年、日本の教育の荒廃は、見過ごせないものがある。子どもはひ弱で欲望を抑えきれず、子どもを育てるべき大人自身が、しっかりと地に足を着けて人生を見ることなく、功利的な価値観や単純な正義感、時には虚構の世界(ヴァーチャル・リアリティ)で人生を知っている、と勘違いするようになった。

 その背景には、物質的豊かさと、半世紀以上も続いた平和があった。
 日本は世界でも有数の、長期の平和と物質的豊かさを誇ることのできる国になったが、その目的に到達すると共に、自身で考える力、苦しみに耐える力、人間社会の必然と明暗を、善悪を超えて冷静に正視する力を失った。
 情報の豊かさは開かれた社会には不可欠のものであるが、同時に人は情報の波に溺れて、自らの存在を留めるべき錨を失った。経済の発展と共に、人間性を伸ばすことはそれほどの困難なことだったのだろうか。
 すべてはまことに皮肉な結果であった。同時にすべて想像されうる変化でもあった。
 

(善と悪の狭間で)

 戦後教育の危険性は、はるか以前から意識されていたが、ここへ来て、教育の欠陥の病状は俄かに明らかになった。
 戦後教育は、人間が希求するものと、現実の姿とを混同した。私たちは自由を求めるが、しかし人間が完全な自由を得るということは至難の技である。私たちは平等を願うが、人間は生まれた瞬間から、平等ではない。運命においても才能においても生まれた土地においても、私たちは決して平等たり得ない。
 しかし私たちが自由と平等を、永遠の悲願として持ちつづけることは、当然である。
 私たちは偶然、日本を祖国として生を受け、その伝統を血流の中に受け、それぞれの家族に育まれ、異なった才能を受けて生きてきた。その歴史を持たない個人はなく、その個性を有しない人もいない。それはまさに二つとない人生であり、存在である。教育はその貴重な固有の生を育て、花を咲かせる以外、最も見事な収穫を得る方法はない。
 実に私たちは、現実のただ中に常に生きているのである。そこには限りなく善と悪との中間に位置する人生が展開するだけである。故にこの瞬間に、悪の姿が見えても、私たちは絶望する必要もなく、次の瞬間に善の輝きが見えても安心することはできない。その葛藤の狭間に、私たちは育ち生きるのである。
 私たちはただ目の前に存在する子どもを、あるがままにいとおしむ。
 母は幼児の間、常に子どもを抱きしめることが自然である。やがて母は目の届く範囲で、子どもを自由に放ち、しかしじっと見守り、初歩的な生きる技術とルールを教える。そこで、子どもは初めて厳しい人生を味わう。やがてさらに成長すると、母は子どもを意識的に離し、その子どもの全人格をかけた自由な決定を承認する。
 

(人生の最初の教師)

 教育という川の流れの、最初の水源の清冽な一滴となり得るのは、家庭教育である。学齢期までの子どもの躾は父母の責任と楽しみであり、小学校入学までに、既に生活の基礎的訓練を終えて社会に出すのが任務である。即ち、家庭においては父や母の愛と庇護とその決定権のもとにおき、団体行動に従えること、挨拶ができること、単純な善悪をわきまえること、我慢することなどの基礎的訓練を終えることとし、それが不可能な子どもに対しては父母だけに任せず社会の叡智を集めて外部から助けるべきである。なぜなら子どもは、一軒の家庭の子どもであると同時に、人類共通の希望だからである。
 通常子どもは誉められることと、叱られることとの、双方に親の愛情を感じる。誉められるばかりの子どもは、しばしば叱られるために悪いことをするようにさえなる。しかし叱る場合にも、親は心理的余裕と、その教育的効果を落ち着いて判断できる状態にいなければならない。
 また子どもは、父と母を本当は尊敬したいのである。故に父が直面している生活の厳しさ、その成功例と不成功例は、共にたいていの子どもが深く愛する話となる。父の職場を家族に見せる気運を社会に望みたい。
 また家庭にあるときの母は、一つの重厚な存在感として子どもの心に残る。父も母も理想ではなく、人間の存在の証として認識されれば、それで家庭教育は成功したのである。両親は、子どもが最も理解しやすい、人生で最初の教師である。
 

(教室で道徳を教えるのにためらう必要があろうか)

 個性は、学校で受け入れられる場合と拒否され理解されない場合とがあるが、それは人生の如何なる時点にもあり得る矛盾である。それゆえ理解されない苦難にいかに耐えるか、ということも、一つの学習である。もちろんそれには、別の角度から、家庭や友人などの支持が大きな助けになるのは言うまでもない。
 人格のできていない人間は本来高等教育を受ける資格がない。善悪をわきまえる感覚が、学問に常に優先して存在するべきものであろう。
 そのために、私たちの先人は実に豊かな遺産を残している。日本語を駆使して、複雑な心情の表現を可能にする、読み、書き、話す技術はもっと大切にしたい。芸術・文化も古来論理と感性の双方に火をともす手段として、また時には人間を超える観念にまで私たちの想念をかき立てることを可能にする。なぜなら、人と心を通わすことが、人間性を保ち、豊かにし、生きるに値する人生を作るのだから、そのためには、コミュニケーションの方途が必要なのである。それゆえ、テレビだけでなく古典、哲学などの読書も、必須のものとして再確認したい。
 教室で道徳を教えるのに、なんでためらう必要があろうか。基本的な道徳は、普遍性、明快性、単純性を持っている。小学校においては「道徳」、中学校においては「人間科」、高校においては「人生科」として、専門の教師だけではなく、経験豊かな社会人も協力して教える。そこでは、肉体的な生と、精神的な生との双方の充足が、人間を満たすことを知らせる。また成長に従って人間は確実に訪れる生の完成の果てにある死を認識できるようになる。その時、自他共に生はいかに大切であり、あらゆる失敗は補填できるが、自ら命を絶ったり、人の命を奪ったりすることだけは、取り返しのつかない行為だということを、改めて教えなければならない。
 

(教師へ)

 学校は個人の所有物ではない。多数が共存することは、時に喜びであり、時に苦悩である。共存は、強制と自由、規律と寛大の、苦悩の歴史を編みつづける。
 故に一人の子どものために、他の子どもたちの多くが学校生活に危機を感じたり、厳しい嫌悪感を抱いたりするような事態にしてはならない。当然のことながら、極めて個性的な子どもには、個別の配慮がなされるようにする。

 教師は、改めて徳と知識の双方を有して欲しい。そのために、教師自身が絶えず勉強を続けることが望まれる。生徒と保護者は、その結果として、教師に人格的権威を自然に感じるようになるのが理想である。
 

(地域、社会、最後は自己責任)

 地域と社会は、教育にまことに冷たくはなかったか。テレビは偉大な影響を持つが、視聴率に迎合して、理想を失うことが多くなった。テレビだけを責めるのは、気の毒かもしれない。子どもも大人ももっとも手近なストレス解消の手段として、テレビに依存している。
 社会は子どもたちに嫌われ、憎まれることを欲しなかった。社会は子どもたちに迎合し続けた。しかし教育はしばしば嫌われ、憎まれることによっても、その機能を発揮するのである。社会は必要なときに子どもを叱る勇気を持つべきだろう。
 地球上の多くの土地で、子どもも大人も生きるために働いている。働かなければ食べられないのだ。自立して生きることは人間の基本である。できるだけに早くから子どもには、精神的、経済的、生活技術的独立を可能にしておかねばならない。
 教育は本来、父母、当人、社会が共同して行うものであり、そのすべてが効果に責任を有する。親だけが悪いとか、社会が自分を裏切ったから自分はだめになった、などと言うのは口実に過ぎない。
 自分の教育に責任があるのは、まず自分であり、最終的に自分である。
 各家庭も、それぞれに個性のある教育のスローガンを持ったらどうだろうか。「人のいやがることはしない」「甘えるな」「自分を抑える力を持つ」「自分のことは自分でやる」「いじめをするな」、どのようなことでもいい。進歩を前提とすれば、スローガンは毎年変わることもあるだろう。人は変化して生きるすばらしさを持つ。
 「教育の日」を制定することも考えられる。個人も家庭も学校も地域も、新鮮な思いで改めて問題点を発見するためである。地方公共団体はそれぞれの選択により毎年教育目標を定めることが可能になる。
 

(奉仕の志)

 今までの教育は、要求することに主力をおいたものであった。しかしこれからは、与えられ、与えることの双方が、個人と社会の中で温かい潮流を作ることを望みたい。個人の発見と自立は、自然に自分の周囲にいる他者への献身や奉仕を可能にし、さらにはまだ会ったことのないもっと大勢の人々の幸福を願う公的な視野にまで広がる方向性を持つ。
 そのために小学校と中学校では2週間、高校では1ヵ月間を奉仕活動の期間として適用する。これは、すでに社会に出て働いている同年代の青年達を含めた国民すべてに適用する。そして農作業や森林の整備、高齢者介護などの人道的作業に当たらせる。指導には各業種の熟練者、青年海外協力隊員のOB、青少年活動指導者の参加を求める。これは一定の試験期間をおいてできるだけ速やかに、満1年間の奉仕期間として義務付ける。
 そこで初めて青年達は、自分を知るだろう。力と健康と忍耐する心を有していることに満足し、受けるだけではなく、与えることが可能になった大人の自分を発見する。障害者もできる範囲ですべての奉仕活動に加わるから、彼らもまた新しい世界を発見し、多くの友人を得るだろう。

 私たち人間はすべて生かされて生きている。
 誰があなた達に、炊き立てのご飯を食べられるようにしてくれたか。誰があなた達に冷えたビールを飲める体制を作ってくれたか。そして何よりも、誰が安らかな眠りや、週末の旅行を可能なものにしてくれたか。私たちは誰もが、そのことに感謝を忘れないことだ。
 

(道は厳しいが)

 変化は、勇気と、時には不安や苦痛を克服して、実行しなければ得られない。
 私たちは決して未来に絶望していない。
 道は厳しい。しかし厳しくなかった道はどこにもなかった。だから私たちは共通の祖国を持つあなた達に希望し続ける。
 
第1分科会の議論をもとに
文責 曾野 綾子

第1分科会において出された具体的方策の例

父母へ

家庭はあらゆる教育の原点。

学校へ

 学校は、子どもの社会的自立を促す場。社会性の育成を重視し、自由と規律のバランスの回復を。教師も信頼される教師に。

広く社会へ

 社会の参画なしに教育改革は実現できない。


教育基本法について

 今日の教育の深刻な状況は、戦後教育の原点にまで遡って、教育の在り方を再検討することを私たちに迫っている。戦後の教育の歴史は、昭和22年に制定された教育基本法の歴史でもある。したがって、戦後教育の在り方に関して根本的な議論を行う際に、教育基本法について議論することは避けて通れない。
 もちろん、教育基本法を改正したらいじめが直ちに減少するとか、青少年の凶悪犯罪が発生しなくなるとか、そのような短絡的な観点から議論しようとするのではない。
 教育基本法とは、教育の理念を示す、いわば道しるべとなるべき性格の法律であろう。あるいは、日本という国が目指すべき教育の基本像・全体像を示す法律であると言ってもよいだろう。日本の教育のおかれた厳しい環境を考えたとき、教育の道しるべである教育基本法に触れることなく改革の議論を行うことはもはやできない。
 それとともに、戦前の教育理念の反省のもと、空襲による焼け野原の中で求められた教育基本法と、新世紀を控え、飢えとは無縁の豊かな時代に求められる教育基本法とは異なったものになるのではないか。
 私たちはこのような考え方のもと、我が国の教育の在り方に関する論議の一環として教育基本法について議論を行った。その中で出された主な意見を掲げれば概ね以下のようなものである。

(基本認識に関係する意見)

(各条文に関係する意見)

 以上のような議論を踏まえた場合、第1分科会としては教育基本法の改正が必要であるという意見が大勢を占めたと考えている。なお、上述したように、教育基本法は教育の理念・目指すべき方向性を示す法律であり、その改正が教育をめぐる諸課題の解決に直ちに結びつくものではない。教育基本法の改正が真に意味のあるものとなるためには、教育内容や教育行財政制度の改善など、具体的な改革方策をあわせて実現することが不可欠であることに留意する必要がある。
 私たちは、はじめに教育基本法の改正ありきの姿勢に立つことなく、教育の厳しい現状と教育の再生に寄せる保護者、国民の皆様の思いも踏まえながら、率直に議論を重ねてきた。そして、これからの時代の教育の基本像にかかわる教育基本法に関しては、第1分科会のみならず、今後全体会においても議論を行うことが必要である。また更に、国民的な合意が得られるよう、検討していくことが必要である。