教育改革国民会議

教育改革国民会議第1分科会(第3回)・議事概要



(日時) 平成12年6月23日(金)16時〜18時

(場所) 虎ノ門第10森ビル5階会議室

(森主査)
 本日は、前回に引き続き委員の方からペーパーを中心に発表をいただきたい。「生涯学習(特に生涯徳育)の観点から家庭、学校、社会の教育施策について」今井、沈、梶田、山下各委員から発表していただき、議論したい。前回配布した家庭教育手帳についてもご意見をお聞きしたい。

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(今井委員)
 経済優先−商業主義の何でも有りの社会を改める必要がある。子どもを金儲けの手段にしている。子どもの教育やしつけに悪影響を与えるおもちゃや映像は、業界の自主規制ではダメ。保護者や青少年団体を中心にしたNPOを作って厳しくチェックするべき。次に、子どもを性欲の対象にしない。社会全体のモラルの低下につながっている。何らかの歯止めをかけることが必要だが、教育関係者だけでは困難。こうしたことに規制をかけることが必要。また、企業も社会の一員として教育に参加してほしい。父親が休みを取りにくいことが父親の教育への参加を妨げている。総合的な学習の時間に企業が積極的に参加すべき。親の働く姿を子どもは知らない。学校と企業が一緒に取り組む必要がある。

(森主査)
 昔から経済は非教育的、教育は非経済的と言われてきた。出産後の親業教育については、妊娠中からやったほうが良いのではないか。

(山下委員)
 長男が産まれた時ヨーロッパにいたが、日本人の夫が妊婦と一緒に病院に来ないのは理解できない、本当に家族のために働いているとは思えないとも言われた。このとき家族に対する見方が変わった。会社が認める認めないの問題ではなく、個人が自分の判断で妻と一緒に通院しなければいけない。そういう価値観の国にして行くことも必要ではないか。

(河上委員)
 子どもが乳幼児に触れる機会が減ってきているので、親になってから教育しても遅いのでは。

(今井委員)
 そのためにも子育てインターンなど保育園等と連携した体験学習が大事である。

(梶田委員)
 「トライやる・ウィーク」では乳幼児の世話に男子が募集してくることもあり、乳幼児のほうもむしろ男子になつくことが多い。また、子どもの体に鉛をつけて妊婦体験をさせるというような取り組みもある。こういうことを小学校・中学校から積み重ねれば、子どもが自分の子どもを持つときに実感できるのではないか。

(沈委員)
 鹿児島県では、小学校4年生から中学校3年生までの児童生徒が、夏休みなどではなく、普通の日に、身近にある青少年教育施設や公民館等の施設で8泊9日にわたって共同合宿生活をしながら学校に通うといういわゆる異年齢の交流を年2回ほど行っている。これを体験した子どもは変わる。農業体験やボランティアなどという大仕掛なことでなく、身近で小さな取り組みでも効果は上げられる。

(牛尾委員)
 東京でもプライベートでは小さい子どもが外泊したりする取り組みが行われている。東京では地域ぐるみでやるのは難しいようだ。

(森主査)
 プライベートでやると、事故や安全管理の問題が出てくる。オリンピックセンターから自然体験学習での事故・病気の事例をまとめたものが出た。

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(沈委員)
 「家庭教育」は教育の川上だが、法律にその文言が規定されているのは教育基本法のみ。家庭には公権力が立ち入らないということだと思うが、その間テレビ等のマスメディアが家庭に入ってきたので、家庭教育が衰えた。家庭教育手帳は、どうやって家庭教育をしたらよいかわからなくなっている家庭に、文部省の信頼によって指針を示したので評判が良かった。文部省が積極的に家庭教育振興に努める必要がある。地域の社会教育の中核をなす自治公民館を活性化することによって、地域の教育力を回復することが必要。自治公民館には働く人がいない、お金がない等の問題点がある。支援体制を整備するべきである。また、社会教育委員をもっと活用するようその選考や権限を見直す必要がある。

(牛尾委員)
 家庭教育の必要性はみんなわかっているが、コンテンツが足りない。日本の教育のコンテンツは、バッハの音楽がいいとかのバラバラな思いつきにとどまっている。文部省はコンテンツを作っていると思うが民間のものはあるのか。

(森主査)
 そもそも家庭教育学というものがないことが一番問題。家庭教育は私教育であり、公権力は関与しないという建前でこれまでやってきた。家庭教育手帳は毎年更新して配布してはどうか。同じようなものについてアメリカでは、定期的に生後1ヶ月、2ヶ月というように子どもの成長段階に合わせて注意すべき事柄をまとめたものを無料で宅配していた。日本では市販のものがたくさん出ている。

(沈委員)
 自治公民館等の公民館類似施設を強化できないのか。

(文部省)
 公民館類似施設の設置、運営などの実情は地域によって異なる。実態に応じて活用していただけるよう各県に要請している。

(森主査)
 都会では公民館に行く階層とカルチャーセンターに行く階層が違う。公民館に行きづらいという人がカルチャーセンターに通っていると聞いたことがある。また、空き教室を活用した公民館分室があると聞いた。公民館の活性化策として名称を変えてみてはどうか。

(文部省)
 都市部では公民館は少ないが、コミュニティセンターなどの地域住民が活用できる集会所がある。

(梶田委員)
 大阪では、コミセン(コミュニティセンター)、あるいは○○会館という名称の集会所がある。箕面市でも空き教室を使った公民館がある。住民が気軽に利用できる場がかなり広がりつつある。

(森主査)
 第2分科会では、コミュニティ・スクールが議論されているどうなっているのか。

(銭谷室長)
 住民が学校を自分たちで作っていくコミュニティ・スクールの本格的な議論はこれから。

(梶田委員)
 家庭教育手帳の配布は良いこと。大阪の箕面市でも親を対象とした教育が行われているが、それにも関わらず深刻な状況が広がっている。不登校の問題は30年前は大都市にしか見られなかったが今は全国的。30年前に既に不登校と家庭環境の問題が指摘されており、それなりに対策が実施されたがうまくいっていない。そのことについて考えるべき。

(森主査)
 家庭教育に対する総合的研究が必要。調査だけではダメ。家庭教育手帳も良いが、何が一番大事かがわからない。総合的な研究によって「家庭はこうあるべき」というものが出てくればよい。

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(梶田委員)
 具体的な方策は既に講じられている。一つ一つの施策を評価することも大事だが、現実はそれを超えて深刻になっている。国民運動は、個々の具体的な事象にどう対応するかということを超えた大きな流れの中で考えるべき。気風の一新が必要。現在の子どもは人間としての育ちが弱くなっている。人間が共生するためには自分をコントロールすること必要であるが、今の子どもにはこれができていない。好きなことを好きなようにさせることは改める。我慢することを教えなければいけない。例えば、遠足でバスを使わないとか、お寺で3、4時間座るとかの工夫が必要である。その際、先人がやってきたことを踏まえなければいけない。日本と西洋の美意識は違う。生け花や坪庭などの日本的な感性を社会全体で確認し合って、学校でも家庭でも大事にしてゆくことが必要。それにはマスコミのキャンペーンが不可欠。我慢することの大事さも広く説いてゆくべき。また、基本法そのものは変えてもなんと言うことはないが、基本法を変えるということを打ち出すだけでも「オヤッ」と思われることに意義がある。基本法の改正を打ち出す中で、これからの時代に何が必要かを訴えてゆくこともできる。

(浅利委員)
 この状態を何とかしなければいけないという認識を社会的に共有しなければいけない。そのために、新聞、TV等のマスコミと議論して、誰にでも納得ができるシンプルな合意を形成すべき。我々だけで作ってもマスコミの同意は得られない。

(河上委員)
 学校の大変な状況を知ってもらうために、マスコミや文部省の職員に1、2週間入ってもらうことも一案である。単なる話し合いではなく、現場を見てもらうことも大切。

(森主査)
 自我の形成には定説がない。最近は一人っ子が多いが、いろいろな形態の家庭における自我の形成についての研究をする必要がある。

(梶田委員)
 学校の行事や部活動が集団生活を教えていた。一人っ子やシングルマザーの家庭はこれからも増えてゆくだろうが、一人学びではいけない。地域や学校での集団教育のあり方を考えなければいけない。

(森主査)
 TVゲーム等一人遊びできるものがいけないのでは。

(今井委員)
 TVゲームは子ども同士のコミュニケーションの道具になっているので、持っていないと仲間はずれにされてしまう。良くない物をブロックするため親も努力しているが、限界がある。

(牛尾委員)
 30年前にTVは教育上良くないという議論があったが、ネットの時代に入って、(教育上良くないものが)ますます増えていく状況は避けがたくなっている。これは文明の問題であり、教育の問題として議論するのは限界がある。女性が働きに出るのがいけないという議論も同様である。グローバリゼーションによって外国の文化が流れ込んできている。文化鎖国をすればいいのだが経済はグローバル化で文化はダメというわけにはいかない。

(今井委員)
 生き方や価値というものについて根っこがあれば変化を見つめることができる。世の中に流されない自分を作ることが重要。

(牛尾委員)
 そのような人間を育てることを制度として対処することは無理。個人の努力によるもの。

(河上委員)
 社会の変化の大きな流れの中で、合宿や社会奉仕活動などを義務としてやることによって、行き過ぎた流れを何とかしようというのがこれまでの第一分科会での議論。

(藤田委員)
 欧米と比べて日本の消費文化が子どもをターゲットとしているのは、世界的に発信していることを見ても明らか。経済の活力の源泉であり、制度としてどうこうするような性質のものではない。これに対抗する大人の文化が充分に豊かに育っていないことは問題。これも制度でどうこうするものでもない。学校教育でできることは、言葉と努力の文化を育むこと。言葉の文化を育むために学校、家庭などでどうしたらよいのか議論する必要がある。また、日本ではこれまで努力を評価し、尊重してこなかったため、モラルを維持できなかったのではないか。

(浅利委員)
 この会議では現状分析・問題指摘ばかりしている。具体的な方策がでない。例えば、最近の日本人は言葉が乱れている。挨拶をするにもきちんと発音ができていない。単純なことであるが、「敬語を使う時間」を家庭や学校でつくってみてはどうか。

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(山下委員)
 臨教審以降の教育改革の方向は基本的に正しいと思うが、それにもかかわらず、何故このような状況になっているのかを考えるべき。日本人の生き方を考えずに教育改革をしていいのか。「お金万能」「唯物論」が社会全体での道徳・モラルの低下に結びついている。「生きること」「学ぶこと」の意味を考えていない。思想無き生き方をしていることが戦後教育の欠点。子どもの教育を考える前に、大人の生き方、あり方について考えるべき。アメリカでも人格・道徳教育が成果をあげつつあると聞いている。家庭、地域、学校で徳育をしっかり教えるべき。子どもに生き方を教えるためには担任が担当する現在の道徳では限界がある。道徳を専門の教科にしてはどうか。小学校で道徳科、中学校で人間科、高校で人生科という形で、哲学や宗教学を専攻した専門の教師が指導にあたるというのも一案である。また、基本法については、もっぱら個人の尊重が謳われることにより利己的な個人主義が生まれている。公共の福祉の概念が欠けている。民族・国家・伝統文化が否定されている。家庭教育、地域・生涯教育の視点での記述を増やす必要がある。

(浅利委員)
 人生を教えるには学校の教師だけでは無理。1年間に何時間かボランティアとして、我々自身が教育現場に行って人生を教える国民運動を行ってはどうか。

(河上委員)
 学校の中で教師が道徳を説いても、世間一般ではそうなっていないと言われてしまう。学校の外から人が入ってきて人生を説いてもらうことによって、本当は世間でも道徳が必要であることを生徒に気づかせることができる。学校が救われる。

(牛尾委員)
 東京都にそういった制度があるが、講師に行った人自身にもメリットがある。講師をした経営者が教育されている。時代の流れが大きく変化している以上、いかに生きるかについて正面から議論しなければこの問題は解決しない。国民会議はそれをやる最大のチャンス。

(山折委員)
 人生には人間の力だけではどうにもならないこと感覚的に知っているのは60代以上。今の40代、50代は人間の力を信じているので、人間を超える力を認識できない。このジェネレーション・ギャップを埋める方法としては芸術、特に人情論が大事。理屈や言葉、制度に頼るとうまくいかない。第2次世界大戦以降価値観が逆転したのは日本だけであるが、今になってその深刻なところが出ていると感じている。個々の事象についてはアメリカほど憂慮すべきものではない。

(森主査)
 アルビン・トフラーが学校で教員以外の地域の人が教えられるような制度について本に書いているが、子どもにも、大人にも相互にメリットがあるという。なんとかこういったものを制度化できるとよいが。

(梶田委員)
 まだシステマティックになっていないが、生活科や総合的な学習の時間において地域の人の話を聞くというような取り組みも出始めている。

(文部省)
 全国の学校で取り組むまでにはタイムラグがある。地域の学校に免許がなくても特別非常勤講師という形で教えられるよう制度を緩和している。また、文部省では教育ボランティアのデータベースを作るなど、ボランティアを育成する施策をやっている。

(森主査)
 道徳の頽廃については、文明論という面もあるが、これを作り出したのは人間。教育改革国民会議では、それを乗り越えるための議論をしている。次回はもう少し具体策を詰めてみたい。

[文責は教育改革国民会議担当室]

(注)本議事概要の内容については、今後変更の可能性があります。