教育改革国民会議

教育改革国民会議第1分科会(第4回)・議事概要

(日時)平成12年7月7日(金)16時〜18時
(場所)東海大学校友会館三保の間


○教育改革国民会議担当室長より配布資料の説明があり、その後資料「一人一人が取り組む人間性教育の具体策(委員発言の概要)」をもとに議論がなされた。
 概要は以下のとおり。

(浅利委員)
 「読む・書く」に対して「話す言葉」の重視を言いたい。敬語の問題も「話す言葉」の問題だ。話し言葉の教材としては、和歌や平家物語の冒頭など長くない古典を利用するのがよい。

(梶田委員)
 日本では、今まで古典を軽視してきた。藤原俊成もいい歌を数多く知らないと桜を見ても深い感動ができないということを言っている。

(曾野委員)
 敬語を使う時間が学校の部分に入っているが、これは家庭の責任で行うことだ。しかし、今の親は敬語を使えないので、読書をもっと強力に勧めることにより敬語を身につけさせるべきだ。皿洗い、料理、掃除、洗濯も男女を問わず家庭での義務である。コンビニで買ってきただけの食事は駄目であるという意識をつくる必要がある。またテレビを消す時間がないと、家庭で会話をする時間がない。学校の役割と家庭の役割をお互いになすり合うような形にしてはいけない。

(田村委員)
 今の親と子は、非常にマニュアルに頼っている。学校と家庭との間で何かを決める際、学校で決めて下さい言われる。現在の中高生の親の世代はマニュアルに頼ることを始めた世代である。言われたことをやるという感じがある。
 料理を親子で一緒に作れば、その際に会話が発生する。共同作業でもあるし、コミュニケーション活動しても良い。コンビニを利用して料理の効率化を図ったことが、このような作業をなくしてしまった。

(田村委員)
 子供の教育における親の考え方は「明るく、朗らかに育って欲しい」であり、「正義」、「正直」、「弱い者いじめをしない」ということが親から子供に伝わっていない。行動の基準は「損か得か」であるので、マニュアルに頼れば生きていけることになっている。

(森主査)
 あらゆる組織には、責任者がいる。しかし家庭では、父親か母親なのか責任の所在がはっきりしない。

(田村委員)
 遅刻をよくする生徒の親を学校に呼び注意したところ、子どもと相談するといって帰った。これは相談することではなく、親が躾けることだ。

(梶田委員)
 家庭教育ノートを読んだり、父親学級に出てくる人々はすでに立派な親である。問題は、家庭教育ノートを読まなかったり、父親学級に出てこない人々をどうするかである。与件と変数を分けることが必要だ。教師もマニュアル化しているが、採用活動、研修活動を通じて再教育することが可能であるので変数といえる。変えられる物と、問題を引き起こしている原因の連鎖とを分けて考えないといけない。

(森主査)
 親は人生最初の教師であるという自覚が親にない。

(梶田委員)
 親にそのように思わせるには、ショック療法により親にハッと思わせる必要がある。

(曾野委員)
 昔の電休日には建設現場が見学できた。役所でも父親の働く姿を見せる日を創ればよい。その際には、働いている父親のみがえらいのではなく、病気で寝ている父親もえらいという両価性を常に同時に教えないといけない。そうすれば父親に対する尊敬が子どもに生まれる。母親の職場も同じ。

(浅利委員)
 子育てに苦労している母親も多い。非難するだけでなく、一緒に頑張っていこう、苦労を分け合っていこうという提言が必要なのではないか。

(浅利委員)
 累計で1000万人の全国の小学6年生にミュージカルを見てもらっている。テーマは「愛」、「信頼」、「連帯」、「自己犠牲」である。今の子どもは30年前に比べて開演前は騒がしいが、ミュージカルが始まると静かになり、「信頼」が生む感動を感じている。子ども心というのは昔と変わっていない。作文も募集しているが、選ばれる作文の素晴らしさは30年前も今も変わっていない。

(浅利委員)
 小学校の現場を見学した際に、2、3人の特別な生徒の対応のために先生が時間を使い、まともな教育ができないという現場に遭遇した。30人学級も検討の価値がある。特別な子どもは、別の枠組みで教育するか、拒否できることが必要だ。また、一般的に先生が非常に高齢である。父親より年上の先生に子どもが心を開かないのは、無理もない。加えて先生は非常に疲れている。若い先生を採用できる工夫をして教師の年齢の若返りが必要だ。

(森主査)
 感動は一時的なものである。感動だけでは教育できない。日常的に感化することが必要だ。感化をするためには、模範を示すような人がいないといけない。

(梶田委員)
 地方教育委員会に実質的権限を与えるだけで随分変わってくる。長野県では、町のお金で若い先生を雇っている場合がある。大阪の北部は地方教育委員会の自主性が強いので校長は、1年〜2年で早く勇退してもらうことがある。そうしなければ20代の先生を入れることができない。このようなことを町の責任でやる気風の醸成とそれを支える地域の草の根のサポートが必要だ。

(河上委員)
 40歳代より上の先生の方が外で遊ぶのが好きである場合がある。若い先生だから外で遊ぶのが好きであると考えるのは間違い。学校の役割によって教師は採用されているので、自然体験を重視するならばそれを軸に先生を採用しなければならない。

(田村委員)
 会社員は採用されて後、職種が変わっていく。しかし教員は採用されたら最後まで教員である。だから若い時はよくても、年齢が上がると駄目になる人も多い。そこで分限転職という教員でない職種に道を開くことが必要だ。忙しい先生は、忙しいし、そうでない先生はそうでない。現場ではそれを誰も監督していない。

(河上委員)
 どの組織でも、一生懸命働く人とそうでない人がいる。仕事を余りしないでマイペースでやっている先生が仮にいても、生徒もいろいろいるので救われる生徒もいる。先生が疲れているのは事実だが、仕事が多いから疲れているのではない。私も部活動の関係で夜遅く、朝が早い時期もあったが、意味がありそうだということと先が見えていたことにより疲れなかった。しかし自分のやっていることの意味がわからないと自信を持てずに疲れる。苦しい状況において、どのように対応するのかという生き方の問題がうまくつかめていない人、若い人ほど疲れが激しい。

(梶田委員)
 長野県には活き活きしている先生が数多くいる。それは、月に1回学校で古典の読み合わせ、輪読を通して自分の生き方を考え、論議しているからではないか。

(曾野委員)
 今は騒音により沈黙を守ることができない。小学校1年生からしゃべっていい時といけない時を厳重に決めるべきだ。

(今井委員)
 今輝いている先生は少ない。先生は勇気を持って自分を出す必要がある。目立つ先生は同僚の理解を得ることができない。学ぶ姿を先生が見せることが大切である。

(沈委員)
 5歳の子どもが、テレビをまねて鹿児島県では使われない言葉を使っている。年齢、性別をかまわず影響を与えるテレビについて論議する必要がある。テレビやゲームのために家族とも話をせず社会性を失っていく子どもがいる。テレビの番組を作る方と話す機会を設けて、テレビと共存する社会の在り方を考えなくてはいけない。
 また手仕事こそ文化の創造者であり、職業に優劣がないことを親が語らなくてはいけない。

(勝田委員)
 三重県の教育ビジョンの委員会に関わったことがある。委員長としてその意見のとりまとめをしたが、今議論していることと非常に似ている。そこででた具体案としては、教師という同じ職業を続けると視野が狭くなるので、分限転職や10年に一度1年間か半年間、別の職種に就かせること、規範意識を高めるために郷土の偉人の伝記を小学校から教えること、定年になった教師でも立派な人格者と見なされた先生に非常勤の講師になっていただいてモラルの教育をさせることなどがあった。また、地域に住む陶芸家、画家などの芸術家に週一回程度学校で教えていただくことが、情操教育につながるとの意見もあった。

(山折委員)
 60代以上の世代の人々は、「人間性教育の具体策」の内容に共感すると思う。しかし問題は50代以下の世代にその内容をどう伝えていくかということだ。

(曾野委員)
 教師にも「サバティカル・イヤー」を導入し、1年間教育の現場から離れることが良い。

(河上委員)
 教師に身体性、体を使う仕事をさせることは大切だ。生徒をどうするかということと同時に、教師も同じような身体性の部分を重視して採用することが必要だ。

(浅利委員)
 具体的にどのようにするかということが問題だ。テレビなどのマスコミを通じて国民への呼びかけをすることが必要だ。子ども達には、国民投票で選ばれた「日本人の心」を暗記させるのが良い。イギリスにはスピーチの授業がある。日本でもドラマを利用した教育方法も是非活用して欲しい。

(梶田委員)
 この具体策の表には宗教的な部分がない。我々の世界をどう生きていくかかということも大事だが、自分きりの世界をどう生きるかが大切だ。このことを小さい時から考えることが必要だ。

(曾野委員)
 中学までの適当な時期に「死」の準備教育をしていく必要がある。

(浅利委員)
 宗教心を涵養するという言い方には抵抗がある。「生」とは何か、「死」とは何かという生命の根源について子どもに考えさせるアプローチが良い。

(森主査)
 満18歳で全ての国民に1年ないし2年の奉仕活動を義務づけるという案については皆様ご賛同されているとして良いか。

[各委員了承]

(勝田委員)
 「しつけ三原則」は短い言葉が良い。

(曾野委員)
 「甘えるな」という言葉は、子どもだけでなく老人にも当てはまる。

(勝田委員)
 「しつけ三原則」は子どもに言っているだけではなく、我々おとなを含めた全国民に言っている。

(田村委員)
 「他人に迷惑をかけるな」と教えると援助交際をしている子に注意ができない。今の親は子供に「他人に迷惑をかけるな」とは教えるが、それよりさらに踏みこんで「生きるとは、他の人を生かすことである」というところまでいかない。

(梶田委員)
 「美意識」の問題として、後で自分で「醜い」と思うことはやってはいけない。

(森主査)
 三原則は国民にとってわかりやすいものである必要がある。また原則にはブレーキ型の原則とアクセル型の原則がある。

(河上委員)
 家庭教育手帳では、あまりにも人間とか家庭を楽天的に見ている。人間とは、良い面だけではないというのが第1分科会の共通認識であると思うので、「しつけ三原則」は、それが前面にでるものでなくてはいけない。

(沈委員)
 鹿児島県の青少年教育では、「うそをつくな」、「負けるな」、「弱い者をいじめるな」を三原則としている。

(浅利委員)
 授業の邪魔をする生徒を別のところで教育することには賛成である。しかしモラルも間違っていないし、頭も悪くないけど秩序に合わない子どもがいる。このような中から、芸術家やスポーツ選手は良く出る。このような生徒を教える先生は、生徒の能力を引き出せる人、人格者でなくてはいけない。

(河上委員)
 1兆円かけて30人学級をつくるより、2,3千億円かけて現在ある学校のクラスで教育を受けることができない生徒たちを引き受ける教育の場をつくる必要がある。

(田村委員)
 岡山の事件の少年が秋田で捕まったことに対する一般的な教師の感想は、「あの子は千キロの道のりをどのような気持ちで自転車で走ったのだろうか」ということである。子どものことを心配するのが教師という職業である。このことから、授業の妨害する生徒を外に追い出すとの提案を実際に行うのは非常に大変であると思う。

(河上委員)
 荒れている学校では、この制度ができると内心ほっとするのではないか。しかし教師がそのようなことを実際にできるかというと、それはまた別だ。「義務」という言葉を入れたのは、先生が第三者機関に行き相談した上で生徒に勧告ができる形にしたかったからである。現在の学校制度をこのまま存続させるためには必要な制度である。

(今井委員)
 1年〜2年間別のところで学んだ生徒が、普通の学校に戻って来たときに心の傷が癒えていないとなかなかうまくいかないという話を聞く。このような子ども達の心的なケアも慎重にやって欲しい。

(梶田委員)
 教育は、今大きな曲がり角にきている。それを何とかしなければという提言にしなければならない。

[文責は教育改革国民会議担当室]

(注)本議事概要の内容については、今後変更の可能性があります。