(場所) 虎ノ門第10森ビル5階会議室
平成12年7月18日付けで内閣総理大臣補佐官に任命された自由民主党の中曽根弘文参議院議員、新たに教育改革国民会議のオブザーバーになった公明党の山下栄一参議院議員、保守党の西川太一郎衆議院議員が紹介された。
第一分科会の審議報告の内容を資料をもとに検討。概要は以下の通り。
(森主査)
教育の目的は、教育基本法の位置付け、性格をどう認識するかにより変わってくる。教育の「目的」と「目標」を分けて考えれば、目標に当たるようなものは学校教育法以下の法律でも規定されている。
(森主査)
「教育基本法の改正から出発する」という立場ではなく、教育改革をする上で、教育基本法に触れることなしに改革は進まないという形で議論が進んできたという認識でよいか。
<委員了解>
(浅利委員)
教育基本法を実際に改正する際は、現行の教育基本法には日本語の表現としておかしい部分もあるので、教育改革国民会議の委員も起案に参加してはどうか。
(河上委員)
学校教育法には小学校、中学校、高等学校の役割が記載されているが、教育基本法にも「義務教育の役割、目的」について言及する箇所が必要である。
(山下委員)
「公共の福祉」の概念が欠けている。この部分を検討して欲しい。
(山下議員)
教育基本法の第1条の「教育の目的」を議論することは大切である。ただ法律に「教育の目的」を規定することは極めて慎重でなければならない。法律になじまいと考える。
(田村委員)
小学校、中学校で2週間の奉仕活動を義務付けるとあるが、現行のカリキュラムに組み込むことは難しい。夏休みのラジオ体操のように、参加した人には、カードに判子を押すような制度のほうが実行しやすいのではないか。
(河上委員)
生徒に奉仕活動を「義務付ける」ことに第1分科会の目的がある。
(森主査)
教育課程の変更や財政面やハード面の整備が必要になる。学校が中心に推進してはじめてできるのではないか。
(今井委員)
共同生活をしながら奉仕活動だけでなく自然体験学習や社会体験学習なども含めての義務化をお願いしたい。そのためには夏休みのあり方も見直して考える必要がある。このようなことは毎年行うことに意味があり、父親や母親が参加することにより、地域、家庭、学校が結びつくという面もある。
(沈委員)
教育は家庭と学校だけで行うものではない。地域の教育力の衰退が今日の衰退につながっている。地域という言葉を入れる必要がある
(森委員)
関連する段落の小見出しを「地域、社会、最後は自己責任」とする。
(河上委員)
学校の教育力が低下する中で、「学校に教育する権限と義務」を与えることを主張してきた。小学校入学の時点で、学校という社会生活に耐えられる子どもに家庭でしてほしい。そうでない生徒は、就学を猶予することも考えるべきだ。
(クラーク委員)
日本は過保護社会である。自然体験、奉仕活動をさせようとすると、万が一事故が起こった時の損害補償の問題で頓挫することが多い。実際、私の大学の学生に森林の奉仕活動させようとしたが、そのような懸念から実行できなかった。
(梶田委員)
兵庫県でも「トライやるウィーク」を開始するにあたっても多くの市町村の教育委員会が反対した。日本では責任のことで臆病になりすぎていた。不安があるかもしれないが、踏み切らないといけない。
(勝田委員)
私の大学では、1回生の学生を1週間から10日間、中国や東南アジアに派遣する。その際には民間の保険に掛けている。学生のレポートを読むと、経済状態の異なる国の文化を体験することは人間性を豊かにするといえる。
(浅利委員)
第1分科会の議論をマニフェスト(声明)としてまとめた上で、具体策をつけるというの形でまとめたら良いのではないか。
(山折委員)
「日本人へ」の部分での奉仕活動の説明に『「公の創出」のためには、「献身」と「奉仕の精神」が必要である』との語句を入れると説得力がある。
(河上委員)
父親、母親がやさしくなっている今日、そういう状況に対抗する意味で家庭の厳しさみたいものを書いたほうが良い。
(勝田委員)
ウィーンでオペラに行ったときに、騒がしい子どもを叱る場面をみた。社会でも子どもをほめたり、叱ることが必要だ。見て見ぬふりをするという戦後の風習を改めようではないか。
(田村委員)
小学校、中学校で2週間、高校で1ヶ月の奉仕活動を現在のカリキュラムに組み込むことはむずかしい。
(梶田委員)
現在の積み上げでコンセンサスを得てから下からやるのでは、昨日できたことしか今日できない。一歩踏み出すためには、大胆に提言して、実施は各学校に任せるしかない。
(山折委員)
強制力に基づく教化の機能が学校の本質的な機能であったが、戦後教育においては、それが消えてしまった。基本的にそのような機能があることをアピールすることが必要だ。
(クラーク委員)
第3分科会で議論されているように大学の入学を欧米のように9月にすれば、奉仕活動の提案は現実的になる。
(浅利委員)
「子どもへの対応を曖昧にせず、他の子どもたちの教育を守る措置をとる」という語句だけにすればどうか。
(今井委員)
この考え方は単なる排除の論理につながるのではないか。条件や手続きを十分に検討する必要がある。排除されて戻ってきた生徒が、また学校になじめるのかという議論がある。排除するだけでなく、社会的な支援やフォローが必要である。
(山下委員)
授業を妨害する生徒と障害者等の弱者を混同するおそれがある。このことに注意することが必要だ。
(田村委員)
義務教育は、強制的に学校に行かすところが根源にある。現実には日本の義務教育に絶望して、国際学校、インター・ナショナル・スクールを選択する人が東京では増えている。このことは反省する必要がある。
(河上委員)
非常に個性化した子どもたちを全部受け入れて、秩序を保つことが不可能になってきている。過去にそのような子どもは、出席停止にすれば良いとの意見もあったが、現実にはそれは難しい。弱い子ども達が、学校を出ていかなければならない状況はおかしい。いじめの加害者や授業を混乱させる生徒への対策を考えないといけない。
(クラーク委員)
学級崩壊という現象は、外国人の対場からみれば非常に不思議だ。海外では、卒業試験があるので、まじめに勉強するインセンティブがある。日本でも卒業試験を行えば良い。
(勝田委員)
センター試験を卒業試験にすればどうか。
(中曽根補佐官)
現在の高等学校での試験、単位の認定を厳しくすれば同様のことができる。
(河上委員)
現実的には高校で生徒を落第させると、「教師の教え方が悪い」という論理になる。そのため、実際に落第させるのは難しい状況にある。
(森主査)
センター試験を卒業試験にしても、結果が悪い時に学校の先生の教え方が悪かったと言われたら困る。だから、子どもの意識や国民の意識を変えないといけない。教育の最後は「自己責任」である。
(森主査)
日本の教育の欠点は、「横」の転学ができないことである。接続の問題でも「縦」の接続だけを問題にして、水平レベル、「横」の統合を問題にしていない。
(田村委員)
問題がある学校があれば公立学校でもつぶれる方向になれば、教育委員会が学校の在り方について真剣に考えること、ひいては「学校の選択制」につながる。
(河上委員)
現在の学校で起こっていることに対する認識に大きなずれがあるのではないか。優秀な教師がいて学校の管理能力が高ければ問題が解決するとは思わない。
(江崎座長)
もし本当に18歳で1年間の奉仕活動を義務づければ、120万人近い人々の活動の場が必要なる。実際に行うという観点から問題があるのではないか。
(梶田委員)
兵庫県で「トライやるウィーク」を始める時も同じような問題があったけれども、全員の中学2年生がどこかで1週間奉仕活動的なことをしている。老人ホームで、本当に必要な人数が3人の仕事でも10人でやってもいいのではないか。
(今井委員)
この提案は奉仕の大切さを教えるものである。まず小・中・高で導入し、その後18歳に1年間奉仕活動を義務付けることについては、国民全体で話し合う場をもって欲しい。
(沈委員)
「マスコミの協力を得た国民運動の推進」とあるが、マスコミを通してどれだけ教育という難しい問題を扱うこの会議の意思が国民まで届くかを考えることが必要だ。地方での実際の活動を担う公民館などで活動をしている組織を支援することが求められる。
(森主査)
法務省の人権救済の活動では、人権救済機関の責任者に各地域のテレビ局、新聞社の社長がなっている県がある。教育改革の国民運動を推進する際にも、同じにように各地域のテレビ局、新聞社の社長に各地域の責任者になっていただいたらいいのではないか。
(中曽根補佐官)
問題の子どもを更正させるという部分で、問題のある子どもとそうでない生徒の両方に対応するという趣旨をいれて欲しい。
(山下委員)
柔道界でも指導者の意識改革を行い、どんどん小学校、中学校で問題ある生徒を呼び込んでいきたい。いろいろなスポーツで、このような生徒を受け入れることが必要である。
[文責は教育改革国民会議担当室]
注)本議事概要の内容については、今後変更の可能性があります。