教育改革国民会議

教育改革国民会議第2分科会
第3回議事録




教育改革国民会議 第2分科会第3回・出席者一覧(敬称略)
 石原多賀子金沢市教育長
 大宅 映子ジャーナリスト
(主査)金子 郁容慶應義塾幼稚舎長
 河合 隼雄国際日本文化研究センター所長
(副主査)田村 哲夫学校法人渋谷教育学園理事長
 藤田 英典東京大学教育学部長
 今井佐知子社団法人日本PTA全国協議会理事

教育改革国民会議 第2分科会 第3回議事次第
 日 時:平成12年6月9日(金) 16:00 〜18:00
 場 所:虎ノ門第10森ビル5階

1.開 会

2.第2分科会の今後の審議の大枠について

3.具体的な提案についての討議
  ・教員の問題
  ・その他

4.閉 会


【金子主査】それでは、第2分科会第3回になりますけれども、始めさせていただきます。 今日は上島さんは欠席ということで、大宅さんと河合さんはおいおいいらっしゃいます。 一応配付資料について室長からお願いします。

【銭谷教育改革国民会議担当室長】私の方から本日の配付資料について簡単に御説明をさせていただきます。

 資料1は、本日の議事次第でございます。資料2は、主査の方でおまとめいただきました第2分科会のこれまでの議論の大枠、資料3は、第2分科会におけるこれまでの議論の論点、資料4は、委員の皆様方から提出された検討テーマを前回、主査の方で手書きで整理されたものを打ち直したものでございます。これらは事前にお送りをいたしておりますけれども、本日改めてお配りさせていただいております。

 それから、資料5でございますが、これは全体会議でつくっていただきました教育改革国民会議の審議事項のうち第2分科会関係部分を抜粋したものでございます。

 資料6でございますが、前回、第2回会議のときも、教員関係資料ということでお配りをさせていただきましたものに、委員の先生方から御要請がございました資料を付け加えたものでございます。

 ちょっとこれを御説明させていただきます。委員の先生方から、今回は教員の養成・採用・研修等、教員の問題について議論するんだけれども、教員制度の概要について何かわかりやすい資料はないかという要請がございましたので、資料6の最初の方に、現在の公立学校の「教員の養成・採用・研修の制度の概要について」ということで資料を付け加えさせていただいております。

 最初のページから御説明させていただきますと、まず、教員の養成・免許制度でございますけれども、教員は、教育職員免許法により授与される免許状を持っていることが必要でございます。その教員の養成は、課程認定を受けた大学、これは一般大学及び教員養成大学がありますが、そこで実施をされております。いわゆる開放制というシステムでございます。

 教員の免許状自体は、都道府県の教育委員会が授与いたします。そして、免許状には幾つかの種類がございます。まず普通免許状ですが、これは、専修免許状、一種免許状、二種免許状に分かれております。専修免許状は大学院修士課程の修了程度、一種が大学学部卒業程度、二種が短期大学卒業程度でございます。例えば、今、専修免許状が出せる大学院というのは345 校ぐらいで、ほとんどの大学院で出せるということになっております。

 それから、普通免許状以外に特別免許状、臨時免許状というものもございます。いずれにいたしましても、小中高等学校の教員になるには、この免許状が必要であるということでございます。

 2つ目が「教員の採用等」でございます。公立の小・中学校、つまりこれはほとんどすべて市町村立の小・中学校だと思っていただければいいわけでございますけれども、この市町村立の小・中学校の採用等についてそこに記載をしてございます。

 まず市町村立の小・中学校の教員の任命権者は都道府県・政令指定都市の教育委員会でございます。職務上の服務を監督するのは市町村の教育委員会が行います。ただし、市町村立の小・中学校でございますが、給与を負担しているのは都道府県であります。その県が負担する給与費の2分の1を国が負担をするという制度になっております。

 それから、教員の具体的な採用は、任命権者である都道府県、政令指定都市の教育委員会が採用選考試験を実施して行っております。

 その後の教員の任免、分限、懲戒も、最終的には任命権者である都道府県教育委員会が行う。そして、市町村の教育委員会はその場合内申を行って、その内申を受けて都道府県の教育委員会が任免等を行うという仕組みになっております。

 そこに図が書いてございますけれども、例えば、市町村立の小・中学校でございますと校長先生が、市町村教育委員会に教員の任免等について意見具申をいたしまして、市町村教育委員会は都道府県教育委員会に対して内申を行いまして、それをまって都道府県教育委員会が教員を任免をするという仕組みになっております。

 なお、比較の意味で私立学校を申し上げますと、私立学校は、学校法人の理事会が教員の任免を行い、その学校法人が給与もすべて負担をしているという仕組みになっております。

 それから、教員の場合は、採用後、1年間は条件附採用期間となっております。一般の公務員は半年間でございますが、教員の場合は1年間の条件附採用期間となっており、その間、初任者研修を受けることになっております。

 そこで、3番目の「教員の研修」でございますけれども、教員の研修は、都道府県・政令指定都市・中核市教育委員会が実施をすることになっております。それ以外に、国、市町村教育委員会、学校等の各レベルで実施されております。

 教員は採用後1年間は、初任者研修を受けるわけでございますが、採用後、5年、10年、20年といった経験者研修、あるいは教科指導、生徒指導に係る各種の研修などが現在実施をされております。

 最後に「社会人の活用」でございますけれども、特別非常勤講師制度、それから先ほど申し上げました特別免許状制度によりまして、免許状を持たない社会人の学校教育の参加が促進されつつあるということでございます。

 もう一枚めくっていただきますと、少し大きな字で書いた資料がございます。これは教員に係わる最近の動きを示した資料でございます。まず、教員の養成でございますけれども、これは3ページ以下に詳しく書いてございますけれども、一昨年法律改正がございまして、従来、教科主義であった教員養成について、これを転換をして、総合的な指導力を重視をすることに変わっております。したがって、具体的には教員養成課程において教職に関する科目を充実をしている。例えば、指導方法とか生徒指導とか、教育相談とか、そういう教職に関する科目の履修を充実するように制度改正が行われたということでございます。

 次に、教員の採用でございますが、これは14ページから具体的な例をこの資料の中で記載をしてございますけれども、最近の傾向として人物評価をより一層重視した教員採用に転換しつつあるということでございます。

 それから、採用審査の際、面接官へ民間人を使っているというような例も見られております。

 3番目に教員研修でございますが、これは18ページから詳しく書いてございますけれども、研修の体系の整備が行われるとともに、特に、今年の国会で法律改正が行われまして、教員の自主的、主体的な研修活動を奨励、支援するために、いわゆる「研修休業制度」が創設をされております。これは1年間ないし3年間無給で研修のための休業が認められるという制度でございます。

 大きく2つ目に、「教育への民間活力の導入」がございます。昭和63年にいわゆる社会人講師制度が創設をされまして、「特別非常勤講師」といった形で社会人を小・中・高等学校で活用するということが行われております。平成10年度で全国の学校で6,000 人を超える社会人の講師の方が御活躍をいただいております。

 それからもう一つ、教育への民間活力の導入ということで、公務員でございます教員を企業等における長期の社会体験研修に派遣をするということが最近行われるようになっております。例えば、平成11年度では、全国で800 人を超える教員が「長期社会体験研修」を行っております。それで視野を広げるといったような効果も期待をされております。これについては20ページのところに少し詳しく書いてございます。

 最後に、「問題教員への対応」ということでございますが、一番下に書いてございますが、文部省から16県等に対しまして指導力不足の教員の人事管理についての研究を委嘱をして研究を行っていただいております。これが、前回、資料に付け加えた最初の部分でございます。

 次に、資料6の最後に追加した部分についてですが、今、先生は一体どれぐらい授業を持っているのかと、どれぐらい忙しいのかというお尋ねがございましたので、31ページに示してございます。

 これは文部省の調査によります「週当たりの教科担任授業時数の状況」という資料でございます。例えば、公立の小学校の先生は、一体週当たりどれぐらい授業を持っているのかということでございますが、教諭のところをご覧いただきますと、一番右端のところに平均の授業の持ち時数が出ておりますが、週当たりにしまして21.7時間ということであります。これは教科だけでございまして、それに加えて学級担任をやっておりますと道徳の時間とか、特別活動、いわゆる学級活動の時間などもこれに加わるということになります。

 それから、中学校はどれぐらいかといいますと、教諭で平均で16.1時間です。これに学級担任などをしておりますと、道徳とか特別活動の時間が加わるということでございます。

 高等学校がその下でございますが、14.4時間ということでございます。したがって、週当たりの教諭の授業時数では、小学校が21.7、中学校が16.1、高等学校が14.4というような持ち時数でございます。以上が資料6でございます。

 それから、資料7はスクールカウンセラーの関係の資料で、前回、御要請があったんでございますが、提出できませんでしたので、今回お配りをさせていただいております。

 1ページをご覧をいただきたいのでございますが、文部省で、平成7年度スクールカウンセラーに関する調査研究事業を行っております。その事業の中で各学校にスクールカウンセラーを配置をして、その活用効果等に関する研究を行っていただいているということでございます。

 平成12年度で見ますと、スクールカウンセラーが活動している学校が2,250 校でございます。予算的には36億円の予算でございます。どんな方がスクールカウンセラーになっておられるかといいますと、その資格要件というのがございますけれども、臨床心理士の方ですとか、精神科医の方ですとか、心理学系の大学の先生といったような方が委託を受けてスクールカウンセラーをやっておられます。

 どんな仕事をしているかといいますと、4のところに書いてございますように、子どもへのカウンセリングと教職員、保護者に対する助言、援助といったようなことが主な活動でございます。

 その成果でございますが、資料7の2ページ目をご覧をいただきたいと思います。単純比較は難しいと思いますけれども、スクールカウンセラー配置校と、スクールカウンセラーを配置していない学校も含めた全国における学校の状況を比較してございますが、例えば、暴力行為につきましては、スクールカウンセラー配置校は平成9年と10年を比べますと、子どもの暴力行為は減少しておりますが、全国的に見ると暴力行為は23.8%増えている。

 それから、不登校の子どもの数を見ますと、スクールカウンセラー配置校では平成8年と平成10年で10.8%増加をしておりますが、全国的に見ると、それを上回って34.5%増加しているといったようなことであります。いじめの方は余り差はないのでございますけれども、スクールカウンセラーを配置した学校はある程度効果を上げているということがデータ的には出ているということでございます。

 なお、外国のスクールカウンセラーの状況は3ページ目のとのころに、アメリカとドイツの例を記載をいたしております。以上が資料7のスクールカウンセラーの実情でございます。

 それから、資料8でございますが、我が国及び諸外国の学期制に関する資料も欲しいということで、学期についての資料をお配りをさせていただいております。

 普通、学年を幾つかに区切って教育活動をより効果的なものにするために学期というものをどの国でも設けている訳ですが、資料8の一番下にございますように、日本では、伝統的に、1学期、2学期、3学期の3学期制が採用されております。高校では前期、後期の2学期制を採用しているところも若干ございます。なお、学期は、公立の学校については、学校設置をする教育委員会、つまり小・中学校であれば市町村の教育委員会、県立高校であれば都道府県の教育委員会が学期を設定するということになっております。

 一番最後は外国の例でございますけれども、外国にも3学期制の国、2学期制の国がございますが、大体学期制というのは採用しているということでございます。

 最後、資料ナンバーを付していない資料を2つ用意させていただいております。これも先生がどれぐらい本当に忙しいのか、それから、子どもとどれぐらい付き合っているのかという資料が欲しいという委員の先生からの御要請があり、先ほどお示ししたように教えている時間数のデータ以外に、日本教職員組合が1998年と1999年に発表した資料がございましたので、御参考までに用意をいたしました。

 最初の方が小学校の学級担任を対象にアンケートしたものでございます。3ページ目をご覧をいただきたいのでございますが、これは、「授業、校務分掌、学級事務、諸会議、研修などのうち負担が大きいと感じるもの、軽減してほしいと感じるものを1つ挙げてください」と小学校の担任に聞いたという調査でございます。

 ここでご覧いただくとおわかりのように、負担が大きいものとして一番目に挙げられておりますのが、諸会議でございまして、これが23.8%の方が答えている。次いで、校務分掌が22.5%。授業の負担が21.0%、研修、研究が19.5%であり、大体このような感じを学級担任の方はお持ちだというデータでございます。

 5ページでございますが、「あなたは学級担任を辞めたいと思ったことがありますか」という質問をしております。辞めたいと思ったことがあると答えた学級担任の方が34.8%、3分の1ぐらいということでございます。その理由は何かということも聞いておりまして、多いのがやはり子どもとの関係が56.6%、それから、保護者との関係が16.2%、忙し過ぎるという方が15%、この辺が辞めたいと答えた場合の理由ということになってまいります。

 6ページ目は、「学級担任として子どもたちのためにしたいことは何ですか」という質問で、これは2つ選ぶことになっておりますが、圧倒的に多いのが「楽しく学べる授業をしたい」というので、9割の先生がそう答えておられる。それから、子どもたちの話を十分に聞きたいというふうに答えた方が66%という答えが出ております。

 もう一つの調査が、教職員の悩み調査というものでございます。これも日教組で行ったものでございます。これは小・中・高等学校の先生に対するアンケート調査でございます。2ページ目でございますが、「現在、あなたが子どもたちに接する際に感じている悩みを1つだけ聞かせてください」という質問をしているわけでございます。一番多いのが「子どもたちとの関わりに関する悩み」、これが平均しますと4割の先生がそう答えております。つまり、子どもたちへの対応、あるいは世代間ギャップといったようなことで子どもたちとの関わりに関する悩みが一番多い。

 2つ目が「子どもたちの変化に関する悩み」。ここに書いてこざいますように、無気力、無責任、自己中心的とか、そういった子どもたちの変化に関する悩み。

 3番目が「子どもたちの指導や条件に関しての悩み」ということで、子どもと向き合う時間、余裕がない、というようなことを答えている。

 3ページ目は「現在あなたが学校の仕事の中で感じている悩みを1つだけ聞かせてください」という質問でございますが、「時間について」と答えている方が一番多くて、半分近い方が時間がないと答えておられます。

 次いで多いのが「人間関係」とお答えになっている先生でございまして、同僚との人間関係が難しいとお感じになっている先生が多いということが挙げられています。

 最後に、4ページでございますけれども、「現在、あなたが教職の社会的評価に対して不満に思っていることを1つだけ聞かせてください」ということを聞いているわけでございます。「仕事に対する社会の無理解」と答えている方が一番多く4割ぐらいでございます。例えば、教職員の仕事に対する無理解、学校の実態が伝わらない、教職員は楽だ、休みが多いと思われている、学校に責任を持たせ過ぎている、マスコミの過剰報道、教職員に対して厳しい報道の在り方とか、いろいろございます。

 先生はどれぐらい忙しいのか、子どもにどれぐらい接しているのかという委員の先生方からの資料の御要請でございまして、なかなかぴったりというのがなかったものでございますので、これをお付けいたしました。

 資料は以上でございます。なお、机の上にファイルをいたしました会議用資料を用意をさせていただきました。これは今後この会議でお配りいたしました資料をこれに足していきたいと思いますので、会議の際に御利用いただければと思います。ここにずっと置いておきますので、持ち帰りではなくて、会議の際にお使いいただきたいと思います。

【金子主査】次の会議までにまた増えているということですか。

【銭谷教育改革国民会議担当室長】次の回にはまたこれに今日の分を足していきたいと思います。

 なお、本日、文部省の学校教育関係の課長が3人来ておりますので、資料について、あるいは議論の中で御質問等があればお答えするように用意をいたしておりますので、よろしくお願いいたします。

 以上でございます。

【金子主査】ありがとうございました。前回、御欠席のお二方もそろいました。今まで資料の説明をしていただいておりました。議論を始めたいんですけれども、最初は、これまでの2回の議論の様子を私なりにまとめたものでございます。これで決まりとか、絶対これということではなしに、こんな感じかなということで、まず大枠の方から、これでいいのか、もう少しこんなふうに違っているのではないかということをお話しいただいた上で、今日は具体的なトピックということで、まずは教員関係の話を徹底的にやろうではないかということで、時間がございましたら、それから派生した問題についてお話しをいただくようにしたいというふうに思います。

 まず、資料2、3、4のうち、資料4はこの間手書きでもってちょっと走り書きをしたものを表にしていただいたということで、これはほんの参考程度で、これに基づいて資料2、3をつくりましたので、これは参考までに見ていただくということでございます。

 資料2と資料3についてが、今日これから少し議論したいことで、資料2に関しましては、これまでの議論を、こんな感じで1つの枠組みとしては行きつつあるのかなということです。表現に関しては私が勝手に書きましたので、これに関してはこれから議論していただくものでございます。

 全体としては、そこに書いてあるように、いじめ、不登校、学級崩壊などなど、親の不安にどう応えるかということと、それから、何か新しい魅力ある学校づくりをどうするかというようなこと、全体そうなのかなと。二重の枠になっているのは、これも仮にですけれども、スローガンとして一番初め、上島さんの方から出て、私もちょっと書きましたけれども、外に対しては魅力ある、内に対しては楽しい学校づくりというようなことがあるのかなというふうに思いました。

 A、B、Cに関しては第1回で、ここの議論は方法論、精神論より方法論、文句より提案型、そして具体的なものについてやっていこうということで、これは多分合意いただいております。

 前回の議論の中で、実は皆さん方、3つのトピックを出していただいて、それをまとめて幾つかのトピック群に分けようかという話をしておりましたら、議論の中で、トピックに分けるというよりも、トピックを単に分けるのではなくて、どういうメッセージを出すかということで分けた方がいいのではないかというような話になったように私は思いました。

 そして、前回の最後の段階で、仮にA、B、Cといいますと、この第2分科会の中での全体の方向性みたいなのを1つ出していこう、例えばですけれども、全国が画一的過ぎるから、それを是正しようとか、例えば、企業原理を入れていこうとかという、全体の方向性についてのメッセージを1つ出せるのではないかと。

 Bの方は、全体というよりは幾つかの具体的な提案を3つないし5つという話があったと思いますけれども、例えば、教員の採用についてこうしろとか、もっと私立を増やせとかそういうレベルで具体的な提案をしてはどうかということで、これは全般をカバーするというよりは、幾つかポイントをつくってやっていったらどうかという話でした。

 3番目としては、飛び地みたいな形で、全体、全国全部、いっぺんに変えるということよりも、幾つか新しい学校の試みをつくるということをやったらどうかという提案をしたらどうかということで、A、B、C、それでちょっとレベルが違うんですけれども、こんな形で議論をしていったらどうかということが次回の最後になったのではないかと思います。それで、今回はBの方の一つの例として教員の採用から話してみようという話でございました。

 これまでの議論、これは資料3は事務局の方でつくっていただいたんですけれども、A、B、Cに該当するのではないかと思われるこれまでの第1回目、第2回目の発言に関してここにまとめてみました。全体の方向性としては、そこに書いてある「公立学校のあり方」、「競争原理の導入の是非」、「公立学校の『民営化』、『私学化』」、「自己責任」、「ガバナンス」については具体的な発言がないんですけれども、ガバナンスをどうするかということなのかなと、例えばですけれども、具体的な提案に関しましては、教員の問題、評価の問題、授業内容の問題、エリート教育の問題、その他幾つかあるのではないかというふうに思います。

 最後に、新しい学校の試みに関してこのようになっております。

 まず、私の提案としては、まず今日、Bのところに関して、教員から行く。それから問題が派生していけばそれなりに違う話題にも行っていいのではないかと思いますけれども、今後、今日入れて5回ございますので、具体的なところから始めて、A、Cと行くのか、C、Aと行くのかということで、1回1回、集中してやっていけばどうかなというふうに考えております。このような進め方について、最初ちょっと御議論いただいて、いいんじゃないかというふうになれば、具体的な内容に入っていきたいと思いますが、いかがでしょうか。

【藤田委員】私は基本的にこの進め方でいいと思うんですが、今の段階でどこまでこだわる必要があるはちょっとわかりませんので、適当に判断していただければと思うんですが、例えばAの、全体の方向性のところに、「全国画一的にというよりも、努力したところが評価される」とあります。画一的だとみられる側面、あるいは見なさざるを得ない面があることは事実だとしても、前回の議論の中でも、実態は非常に多様性があるということも議論として出ていたと思います。ですから、基本的には、画一的にコントロールするということではなくて、多様な試みを評価し、可能にしようという意味合いであれば問題はないんですが、その点がちょっと気になります。その次の表現も、「努力したところが」ということになりますと、努力した学校がという意味に感じられます。努力が評価されるという微妙な表現なんですけれども、あまりこだわる必要はないのかもしれませんが、その方法として、企業原理とか私立学校とかいうことがセットになってきますと、その意味合いも限定されてくるような気がするものですから。今の時点でこれを変えてほしいということではないんですけれども、今後の議論で、内容については、そういう多様なことを議論しながらつめていくというふうに理解してよろしいですか。

【金子主査】全くそのとおりです。これは一例です。今までの議論をまとめたというよりは、例えばこのレベルの話をしましょうということで、多分ここはいろいろ意見が分かれると思います。

【石原委員】私も「全国画一的」というよりも、「全国的な基準をきちんと確保しながら、地域の実態に応じて努力が評価される」という文言の方がわかりやすいのではないかと思います。と申しますのは、一番初めのいじめ、不登校、学級崩壊などを企業原理を入れたら解決できるかというと、これは極めて難しい話でございますし、そこが合わないので、全体の素直な流れからしましたら、先ほど申し上げたような方がわかりやすいんではないかなと思っております。

【金子主査】Aに関しては表現の問題、どういうふうに言うかという形でかなり意見は分かれと思います。抽象的に言えば、いい学校をつくろうというところはみんなが賛成でしょうが、それではインパクトがない。具体的にすればするほど諸論が出るので、インパクトを持ちながらみんながまとめられるところはどこかを探っていきたいと思います。

 Bの方は、全員がこれと言わなくても、何人かが同意すれば、5項目くらい出してもいいかなと思います。

 Cに関しても同様に、何人かがこういう形でということならもりこみたいですから。

 Aの場合には、全体の方向性ですから、最後にそこを議論をするのでしょう。

【藤田委員】AとCはかなり密接な関連性があるように思うんです。新しい学校の試みということ自体は評価できますし、是非、検討したいと思います。そのために、責任を取れるコミュニティーベースの学校をつくれるように、そのモデルを示すというこですが、それだけなら問題はないんですけれども、金子先生は先ほど、飛び地のような形で、とおっしゃいましたし、前回も最後の方でそういうふうにおっしゃられたんですが、その点には若干疑問があります。例えば既に始まっております研究開発学校のような形、これは現行の学校システムを前提にした上でモデル的なさまざまな試みをしてもらって、新しい学校というものを模索しようということで進められていると思いますけれども、それに対して例えば前回も出ていましたAの企業原理や選択制といったこととこれがセットになりますと、まったく違った意味合いを持ってくると思うんです。

 そういう意味で、ここについても、コミュニティーを基盤にした学校づくりということは私も個人的には非常に重要なことだと思っていますが、その内容については、当然Aとの兼ね合いも含めて検討されるというふうに理解してよろしいですね。勿論、金子先生のイメージされているもの、まだ詳細は聞いていませんけれども、そういったものも一つの検討すべき案としては当然あり得ると思いますけれども。

【金子主査】大きく分けると、制度内で改良するのか、それとも、制度自体を新しいものを提案するのかという方向性については、グレーエリアはあるとしても、意見の分かれる点ではないかと思います。両方あってもかまわないと思います。どちらかに絞るというのではなく。

【石原委員】「責任をとれる人」と書いてございますが、学校設置をするとき、基本的に責任を取れない人が設置すること自体はあり得ない。「公的に責任を取れる人」とつけ加えて下さい。私学の場合も学校法人が設置するという責任主体が明確であり、具体的には、理事会が責任をとることになります。個人として責任を取って謝って済むという話ではないと思います。教育は私学も含めて、公的な教育という大きな仕組みですので、公的に責任をきちんと取れるということが必要ではないかと思います。

【大宅委員】責任なんか取れないでしょう。責任なんか取れますか。1年や2年で、そのときはよかったけれども、あとになったら全然だめなやつばかりだったという話だったり、責任というのは、私はわからないなと思っていたんです。

【金子主査】人というのは実は間違いで、法人ということになると思うんです。責任をとるということは、校長がかわるとか学校がなくなるということです。

【大宅委員】教育の中身に責任を取るわけじゃないですね。

【金子主査】私が考えていたのは、学校としてなくなるとか、校長や教員がやめるとかいうことです。

【藤田委員】前回、金子先生はコミュニティースクールということはおっしゃったと思うんですが、それ以上のことは余り具体的におっしゃられなかったんで憶測の域を出ませんが、これを見てイメージするのは、アメリカのチャータースクールのような発想なのかなという気がするんです。チャータースクールについては、アメリカでも賛否両論ありますし、日本でも検討は進められていると思いますけれども、そいうことを含めてどちらが好ましいかを検討する、あるいは可能性としてはいろんなものを探っていくという意味で、このCの項目が立てられているというふうに今は理解してよろしいですか。

【金子主査】そうです。

【田村委員】教育というのは、人と人との接触が基本だと思いますので、その趣旨でお書きになっているとすれば、つまり制度ではなくて、人と人とのつながりみたいなことを教育の中に持ち込むという提案とすれば、新しい学校の試みという中身になると思うんです。最近までは制度ということで取り仕切ってきたわけです。勿論、スタートのところは明治維新の頃を考えると、いわゆる公教育というのが整備されていく以前は、人と人とのつながりみたいなことが教育になっていたし、そういうのは徳冨盧花の小説とか、いろんなところに出てきますね。『大島先生』とか短編小説で、ああいうのももう一回考えるという意味でこういう提案は面白いと思うんです。それで人という言葉が入っているんじゃないかなと私は思うんです。

【金子主査】これは深く考えずに入れたものです。

 イメージとしては、ABCに分けた一つのアイデアは、Aはある種全般にわたって何かステートメントを出そう。

 Bは、全国の学校に向けてのメッセージで具体的にこうしようという、又はすぐにでもできるようなもの。

 Cは、教員、ガバナンス、教え方、全部ひっくるめて、こういう学校のイメージというものを提示しよう。それは制度内か制度外かということは、一つじゃなくてもいいと思うんですけれども、そういう意味で飛び地と言ったのは、まとまりとして考えるということと、全国全ての学校がそうするということではないということです。Bはまとまりというよりもポイントで3つでも5つでも、全ての学校で採り入れうるもので、それだけだとちょっとばらばらなんで、Aで全体としてのメッセージ、Cでモデルを提示するということです。

 では、内容としてはこれから議論するとして、大体ABCという形の枠組みでやっていくということはよろしいでしょうか。

(「はい」と声あり)

【金子主査】それでは、今日はBのまず第一段階目として、教員の問題、これは制度だけではなくて、さまざまな教育方法ということもございます。資料3を見ていただきますと、これまではこのような形のものが出てきたということですが、しばらくオープンにディスカッションをして、少し時間が経ってきましたら、何らかのまとめの方向性をお願いすることになると思います。最初はとりあえず自由に、教員という問題に絞って、具体的な提案ということでお話しいただけたらと思います。

【田村委員】問題を提起するという意味で申し上げたいと思うんですが、カウンセラーの学校導入というのは、日本ではなかなか摩擦があってうまくいかない話があります。その話から始まるんですけれども、これは議論をしていただきたい意味で申し上げたいと思うんです。

 今までの日本人のやり方というのは、とにかく何でも自分でやるという発想が基本にあるんです。アメリカ人などと話していると、それは弁護士に聞いてくれということを平気で言うんです。日本人は、そんなこと弁護士に聞かないで自分でやると、うまくいかないと弁護士を頼むという仕組みなんです。

 それで非常に問題かなと思って、これは言っていいかどうかわらないんですけれども、教員の養成に教科を少なくして、教職を増やしていくという養成方法が決まっているんです。最近の変化なんです。日本の学校は教科主義でできていますから、それを無視して教科を減らしていいのかなと。むしろ教科でちゃんと生きる先生と、教職というか、カウンセラーというか、そういう方で生きる先生と、分断しないと教員の資質というのは上がらないんじゃないかという気がしてしようがないんです。

 それは議論していいことかどうかなんです。もう決まってしまっている新しい仕組みなものですからね。あれが決まったときに私はどうなんだろうかなと思っていたんです。大幅に教科をやる部分は少なくして、教職の方を増やしているんです。それはもう決めちゃったことを今言うと困るというならあれなんだけれども、元がそこなんですよ。

【藤田委員】私も教員養成課程で教科のウェートを下げるということには非常に問題を感じます。教科面での指導力がこの何年間かどんどん落ちているということは、特に理数系を中心にして言われてきていますし、勿論、指導力が落ちているだけではなくて、学習観や授業観とか評価観とかみんな変わってきていますから、そういう中で当然そうなってきたんだと言えばそうなんですけれども、しかし、もう一方で教員養成の段階から、それこそ教科のエッセンスと必要なことを楽しく、きちっと習得させていくだけの力を付けるような指導の在り方というか、教員養成の在り方というものをもっと検討する必要があると思うんです。

 ですから、今、田村先生がおっしゃられたように、そういう意味で教科面での養成方法の充実ということは必要だと思います。

 もう一方で、特に小・中学校の段階ですと、カウンセリングを含めて、生徒指導面で、あるいは教職のさまざまな分野で活躍してもらえるような先生も必要だろうと思いますから、そういう意味でのある種の仕事の分担というか、連携、コラボレーションを円滑にできるような分担の仕方、得意な分野を持ちながらの分担の仕方というものがあってもいいように思うんです。ただし、これは実質的に現在すでに行われていると思うんです。もちろん、そうだとしても、それを養成段階でさらに充実することが好ましいか、充実するとすればどういうふうな在り方が適切かということも検討に値すると思います。

 もう一つは、先ほどちょっと御紹介の中にもありましたように、教員の長期研修制度もそうですが、研修制度の充実というのが既に決まっておりますから、そういう研修制度の中でカウンセリングや臨床心理、精神医学方面の修士課程に、その研修期間2年間を利用して行って、また、スタッフとして戻るとかいうようなことはもっと積極的に考えてもいいのではないかと思います。

【河合委員】今おっしゃっていることは非常に大事なことなんですが、日本の今までの方法は、先生がおっしゃるように、私も教員でしたからよくわかるんだけれども、全部俺に任せておけと。俺がやってみせるというふうな。担任になれば、人に触らせないというファイトでやってきていたんですが、今はもうそれではいけないことになっていると思います。本当に一人ひとりを大切にしないとうまくいなかいような子どももおりますので、そういうのは専門のスクールカウンセラーが入っているわけですから、それにまかせる、やはり教師は数学とか算数に関しては、俺ほどうまく教えるやつはいないという、その誇りがまずないと、教師としては困るんで、それはきっちりやってみせる。それでやっていただくけれども、それ以上にどうしようもなく難しい問題が起こったときは、別にこれは専門家がやったって構わないんだと。

 これは現在は、大分現状は変わりつつあります。そして、アンケートを取りましたのでよくわかったんですが、スクールカウンセラーが来るまでは、そういうのが来てもらったら困るとか、養護教員としては困るというふうなことを言っているんですが、実際に行ったところでアンケートを取りますと、来てもらった方がよかった。専門家と協力する意味があると。実際に行っているところと、行っていないところで差が出てきております。日本の学校としては非常に画期的なことが起こったわけで、専門外の者が入ってそれはやると。

 これもよく間違われるんですが、スクールカウンセラーというのは、学校に行っていないのを行かすようにしたり、いじめられている子をいじめられないようにしたりというのを短絡的にやると思われるのは間違いで、もっと一人ひとりを大事に話をしているうちに結果的にそういうことが起こってくるというわけですから、そういう理解は大分進んできていると思います。

 藤田先生がさっき言われましたが、先生の中でちゃんと2年間マスターコースに行って、臨床心理を勉強してカウンセラーの資格を取る人というのはこのごろ出てきているわけです。それは非常に望ましい。

 ところが、余り専門的知識がないのにやると非常に困ったことが起こるというのが現状でして、その辺はカウンセラーシステムというのを上手に使っていけば、これからうまくいくんじゃないかと私は思っています。

 何と言っても先生には、ちゃんと教える力、自分の教えている教科に関しては、上手に教えるんだと、これはやってほしいと思います。

【藤田委員】その点に関して、私も基本的には河合先生のおっしゃられたことにほとんど異論はないんですけれども、ただ、先ほどから出ている、いわゆる教職の専門分化という点については、もう少し複雑な問題があると考えています。例えばアメリカは極端にそれが進んでいると思いますが、スクールカウンセラー、サイコセラピスト、それからディシプリンティーチャー、スクールポリス、それから読み書きのためのリテラシーティーチャーなど、いろんな違ったスタッフがいます。しかも、それぞれが資格要件が違っていて、大体修士レベルの資格を持っていて、一般の教師よりも待遇もいいというような状況にあるわけですが、おっしゃられたように、そういうスタッフが入っていったとき、うまく行っている学校ではほとんど問題がないんですけれども、もう一方で、特に都市部のハイスクールやミドルスクールを中心にして、問題を抱えている学校ほど、この連携がだめだ、うまくいっていないと言われています。その最大の理由はステータスと資格要件が違っているからでして、待遇も違えばいろんなものが違うから、一般の教師の間にそういうスタッフとの連携体制を取ろうという意欲が低下していくということが問題になっています。

 そういうスタッフは専門家として学校に入ってくるわけですが、その入り方について、アメリカの場合にしばしば誤解があるように思います。アメリカのハイスクールにおけるガイダンスカウンセラーというのは、100 年の歴史を持っているわけです。ところが、サイコセラピストや治療的なカウンセラーや、あるいはディシプリンティーチャーとかは、70年代以降に学校の秩序問題が大きくなってから専門家として入ってきたものですから、それだけに、うまくいかない学校では問題が大きいということがあります。ですから、私は日本でそれが意味がないというつもりではないんですが、可能性としては、そういうこともきちっと踏まえておかないといけないと思うんですね。

 前回も言いましたけれども、バージニア州などをはじめとして、治療専門家としてのスクールカウンセラーも教員組合に入って、一般教師と同じ資格で仕事をするというような環境整備をし始めているということがありますので、私はそういうことを含めて、将来的に考えていかないとまずいと思います。今はたかだか2、3千人で、入っている数が少ないですから、そういう状況とこれが広まった場合とでは、問題は違ってくると思います。しかも入っている数が少ないということは、かなりの経験を積んだ人が入っていると考えていいと思いますが、今、スクールカウンセラーはある意味ではバブル的に粗製濫造される傾向がありますが、そういう若い人たちがどんどん入って行った場合、実際にどの程度その人たちが専門性を持って関われるかということを考えますと、私は河合先生がおっしゃられるほど楽観視はできないと思います。

 そうは言っても、精神医学なり臨床心理学の、河合先生がおっしゃるような専門的な知識を持っている人が入ってくれば、教師にはやはり頼りになるでしょうし、相談もしたい、そういうニーズが高いことも事実です。そういう意味で、本当に質の高いスタッフを何らかの形で配置するということは必要だとは思うんですが、本当にそれが今のようなカウンセラーの導入の仕方でいいのかどうかということは、既に進んではいますけれども、検討する必要があると思います。

 あと個人的な見解で、これは国民会議とはあまり関係ないことかもしれませんが、文部省の委託事業だから検討する必要があると思いますのは、臨床心理士認定協会の認定資格を得た臨床心理士が、この委託事業で学校に配置されているという現状は、これもちょっと問題があると思うんです。

 例えば、日本心理学会や教育心理学会などの学会が学校心理士という資格を設定したり、日本カウンセリング学会がカウンセリング資格を認定して広めようとしたり、医師会がやろうとしたり、そういういろんな団体の間で勢力争いが起こっている状況の中で、特定の団体に対する文部省の委託事業として行われているということが一つ。

 もう一つは、臨床心理士の受験資格が特定の大学に制限されているという問題です。5人以上臨床心理士資格を持っているスタッフのいる大学院研究科の専攻課程でなければ受験資格を与えないという、こういう在り方に乗っかってスクールカウンセラーが配置されているということ、これは私は非常に問題があると思っています。ここではふさわしい発言かどうかはわかりませんけれども。

【河合委員】その問題をここで話しするのはと思います。私が思いますのは、根本はちゃんとできる人がスクールカウンセラーになってほしいということです。力のない方が行かれると常に問題が起こっていますので、本当に一人ひとりの人間を大切にするようなことができる人であってほしい。そのことが根本ですので、あとの細かいことはここで余り話をするよりも、別のところでやった方がいいんじゃないかと思います。

 ただ、ちょっと申し上げたいのは、自分は教育をやってきたからカウンセラーになれるという簡単なものじゃなくて、どうしても教えるというのはみんな好きですから、なかなか一人の人を本当に大事にして聞くというのは、よほど専門的に訓練しないとできないので、そういうところは根本的には相当な訓練を経ていないとだめだということは申し上げたいと思いますが、今のいろいろな制度の問題とか、勢力争いとかは、ここで話をすることではないと思いますので、避けたいと思います。

【藤田委員】ただ、スクールカウンセラーを全校へ配置することに意味があるという議論が、そういうコンテクストの中で起こっているというところに、目的と手段が転倒するという事態が起こっているというふうにさえ思うものですから、そういう意味で、本当に河合先生がおっしゃられるような、有効性のある、そして学校や、子どもの生活や発達の改善に本当に寄与するような専門家の配置ということを考えるなら、その在り方として、今のようなやり方が好ましいかどうかというと、一概には言えないという気がするんです。

 例えば17歳の問題がこのところずっと言われてきましたけれども、非行、犯罪、暴力等の問題について、これにカウンセラーが対応するということはほとんどないんです。勿論、できるというふうに期待すべきでもないかもしれないけれども、重要なことは、そういった問題に対して学校をあげてどう取り組むのか、教師や地域の人たちや親たちがどう対応していくのか、その取り組みや対応のカルチャーなり、トータルな構えなりをつくり上げていくうえで、今のようなカウンセラーの導入の仕方がいいのかどうかということです。カウンセラーが入ることでそれが促進される場合ももちろんあると思います。先ほどの調査の中でも出ていましたように、不登校や暴力の発生率・増加率が比較的低いと。しかし、いじめの問題は必ずしもそうではなかったですね。これはそういうカルチャーの形成が十分にできていないところではあまり効果がないのではないかとも読めますので、その辺のところは具体的に進める場合に十分検討することが重要だと思います。

【金子主査】ちょっと事実関係を知りたいんですけれども、先ほどの資料7の2ページで、スクールカウンセラーを配置したところで暴力発生等々が全国に比べて少ないというデータがございますね。統計学的に言って、これだけではわからないのは、スクールカウンセラーを配置した学校自体が、もともとそういう発生が少ない学校だったという可能性もあるわけです。要するに、スクールカウンセラーがなかったときの全国平均との平均がないと、一概にカウンセラーが配置されたからと言って、よくなったとは言えないですね。そういうデータはありますか。

【徳永財務課長】私の方の直接の担当じゃないので、詳細なデータを持っていませんけれども、基本的にスクールカウンセラーを配置するに際しては、都道府県教育委員会が選定をして配置をしていますので、そんなに客観的なデータがあるわけではございませんが、今まで、いじめとか校内暴力とか、児童・生徒に対する指導上の問題が多い学校から優先的に入れておりますので、そういった効果があると。

【金子主査】ということは、多少問題発生が多いところに行っているからということですね。減っているということは効果があったということですか。

【石原委員】配置するときには、今、スクールカウンセラーは非常に数が少ないもので、課題がある学校を最優先でやっています。しかも、今は調査研究中ですので、それが終了し指定されなくなりますと困るという学校の要望が強いです。

 私は20世紀には体の健康診断ということで校医さんが学校に入っておられますが、21世紀、今の時代の心の教育や、親の子育ての不安、心身症等も含めまして、カウンセラーの配置は子どもたちの現況、親の子育ての不安を考えますと、要望の強い領域であります。全校と言いましても、小さい学校、大きい学校とありますので、例えば生徒数や教員数等をもとに、きちんといい形で制度化し、学校スタッフの充実ということで支えていければいいのではないかと思っております。

 ついでですが、Bの具体的な提案でございますが、教員の問題と書いてありますが、第2分科会、学校教育のところ、1234という中で、ここで全然出ていないのが、3の「子どもの目の届く教育環境の整備による基礎・基本の徹底」というところが抜けていますが、これは恐らくほかの分科会では協議なさらない、例えば少人数クラス、同年齢、同一学年の見直し、教員補助員の弾力的配置、カウンセラーの配置ということも、現場の保護者の問題の中には非常に大きいウェートを締めている。なぜなら、それはいじめ等の問題を具体的に解決するときの大きい一つの手立てということで、ここでも議論していただければと思います。

【大宅委員】Bの中に入るんじゃないですか。

【金子主査】ここには、今まで出たものを入れているだけです。実情を御存じの方にお聞きしたい。私この1年小学校の校長をして、慶應でも心理面のトラブルを持つ子どもは少なくないわけです。

 ただそのときに、私がいつも思うのは、やはり相性の問題がすごくあるんです。少し語弊があるかもしれないんですけれども、心理学系統というか、カウンセラーの方と、小児科の医師の方と、精神科の医師の方、あと保健婦さんが精神のことを勉強している場合など、幾つかの系統がある、勿論個人差にもよるんですけれども、その系列の中で必ずしも意見の一致がなかったりがあって、勿論専門家はいないよりいた方がいいというのは確かなんですが、子どもなり親が行ったときに、そこで相性が悪いと、そこで逆効果がある可能性がある。専門家がいるために逆にほかに行きにくくなるっていうようなこともあるんです。カウンセラーがいいのか、小児科医がいいのか、保健婦さんがいいのかというのは議論があると思います。

 カウンセラーを配置するのが悪いといっているんじゃ全然ないんですけれども、それで終わりじゃなくて、カウンセラーも小児科医も精神科の医師も全部配置するというと財政的に無理ですから、どういう形で、必要に応じて、いろんなチョイスでもって専門的なアドバイスが受けられるかということを考えるべき。お金の問題もあるんで大変だと思うんですけれども、それをトータルにやらないと、単にカウンセラーを配置したから、それで問題が解決したということでは多分ないと思うんですね。

【河合委員】そのとおりです。みんなすごくオープンにするように言っています。実際は、小児科の先生とか、保健婦さんとか、一番大事なのが養護教員の方ですが、養護教員の方と協力しなかったらカウンセラーは仕事にならないです。

 そして、今おっしゃたように、外へ行った方がいいものは、外へ行った方がいい。これは、場所によって違うんですけれども、大学なんかでもはっきりそういうことを言っている学生相談室があります。学生相談室に来る必要はありません、ほかに行きたい人は紹介しますというぐらいやっております。それもさっきの担任の話と一緒で、自分だけで何でもするというのはだめです。

【大宅委員】カウンセラーの話もあれなんですけれども、要は一人ひとりの先生が、楽しく教えられればいいんですね、根っこは。でも、さっきのこのいろんなアンケート見ますと、楽しく授業をやりたいと、楽しく学べる授業をしたいと、子どもたちの話を十分聞きたいと、「たい」ということは今できてないということですね。それで、私は何で今の先生が忙しい、忙しいというのかっていうのが、ずっと疑問だったわけです。私たちの頃はクラスに55人もいたわけですね。先生が忙しいとかって言って、学校にばっかり責任を押し付けるなとか言ったのは、聞いたことがないんですけれども、私は学校に子どもに関わる以外のことに、例えば文部省から何とかのアンケートがきて書かなきゃいけないとか、そういうことがいっぱいあって、手が回らないのかと思ったら、そうでもないわけです。これ見るとね。ゆとりがない。多忙。だけど、子どもに関わる以外の仕事や雑務が多いって言っているんじゃないんですよ。ということは、与えられた何か、課目も授業数も多過ぎて、内容が多過ぎて、つまり手に負えない。ということは基本的に先生としてやれない人が先生になっているとしか思えない。どうなっているんですか。私それがわかんないの。このアンケートを、ずっと私なりに解釈すると、普通国民なり文部省なりがこのぐらいのことは教えられるでしょうといってつくったことが、もうあっぷあっぷで、子どもにゆとりを持って楽しく教えるなんてことはとてもできませんと、余計なことがあるからではなくて、できないんですということを書いてある。

 それと、もう一つ私この前からいろんな人に聞いて気になったんですが、教え方というのは習ってないという話を聞いたんです。そんな、私は教職っていうのは、教え方を教えてるんだと思ったんですよ。例えば、子どもに分数っていう概念を教えるってすごく難しいと思う。それで、僕こういうことやったらわかったよって、ああそういうやり方がありましたかって、つまり学校の中の切磋琢磨ね、企業原理っていうといやらしくて、いやがられるから、切磋琢磨みたいなものがない。みんな個人商店のように運営されている。そういうことやる方が先なんじゃないですかって。河合先生の話を伺うと、みんなそれぞれ自分に自信を持ってらっしゃるらしいけれども、でも個人、一人ひとり到達していないというのが事実だとすれば、そしたらその中でみんなの一番いい方法とか、こういう切り口にすると、わかったよって、ああそれはやってみましょうっていうのが、先なんじゃないのかなって思うんですけれども。

 学力低下というのは、これは事実なのかしら。というのは、大学生で分数ができないのがいると言いますが、私たちの頃は、分数ができない人は大学に行かなかったです。行けなかったですね。数からいっても。どうなんですかね、その辺は。

 ただ、授業数も何も単位も、どんどん減ってますね。それで、3.14を3にするっていうところまできてるっていう話を聞くと、これはやはり落ちているんだろうと。

【田村委員】それは、意見が分かれているんですけれども、私の考えと藤田先生とは違うんですけれども、基本的に、私は下がってないという判断なんです。それは、TIMSSという、国際教育到達度評価学会の調査がありまして、それでいうと、知識を持っている、あるいは計算力という分野では全然下がってないんです。ただ、明らかに違うのは、興味をなくしているんです。そこを、これは市川先生の言い方を借りて言えば、学力を「学んだ力」と解するか、「これから学ぶ力」と解するか。

 前半の「学んだ力」ということでいえば、全然下がってないんです。ところが、「学ぶ力」というと、明らかに低いんです。

 だから、OECDの調査でも全く同じ結果が出るんです。あれは記述力と計算力というような感じで出て、記述力が低くて計算力が高いと、こういうのが日本の特徴だって出るんですけれども、実はこれOECDの諸国を見てもみんなこうなんです。やはり記述力が低いんですね、計算力が高いんです。それは、教育というものの一つのやり方であって、共通の問題なんですね。

【大宅委員】日本の方が少しずつ早く教えてるんで、同じ年でやると日本の方がよくなるのは当たり前だっていうのを聞きましたけれども。

【田村委員】だから、現実にはOECDの諸国でも日本の方が高いです。そういう意味では、下がっているというのは、何を基準にしておっしゃるのかよくわからないというのが我々の感想です。

【藤田委員】それは、意見が分かれていることも事実ですから、今後更に学問的には検討する必要がありますし、政策的にも検討する必要があると思うんですが、TIMSS調査が行われたのは1994年、1995年ですから、既に6年経っているわけです。それで、学力が低下しているというふうに言われ始めたのは、この10年間、特にこの2年ほどですね。90年前後から、中学校の現場なんかで頻繁に言われるようになったのは、学級崩壊もそうですけれども、学業態度、努力の二極分化・多様化ということです。学力そのものの低下ということもさることながら、学業や学習に対する構えそのものの多様化、低下が起こっていると。この問題は重大だと思います。田村先生は「学ぶ力」が低下していると言われるけれども、これこそが学ぶ力を低下させている元だと言ってもいい。知識詰め込みだからどうこうっていうことでは必ずしもなくて、そういう学ぶ構えや努力の低下の方が重大だと思うんです。学力低下それ自体については、私も事実として本当に低下しているのか、それとも変化する知識社会の中で、知の在り方そのものも変わっていますから、必要とされるものも変わっていますから、そういう意味でも、子どもたちの身に付けている学力が低下したと判断すべきかどうかも、必ずしも定かではない。

【大宅委員】それが、必要ないかもしれないですね。その、やっていることが。

【藤田委員】ただ、部分的なものですが、いわゆる達成された学力、パフォーマンスとしての学力、知識としての学力など、言い方はさまざまですが、これが低下しているというデータは今いろいろ示され始めていますね。例えば、個別的な例ですが、東京大学では2年生を対象に、数学の同じような問題で、80年代からずっとテストやっているんですが、その平均点が大体十数点落ちてきています。

【田村委員】それは、また反論がありまして。

【金子主査】学力低下の話は今日はやめましょう。

【田村委員】一つだけ言わせてください。センター試験の得点は全然変わってないんです。つまり、問題はそんな難しくなっているわけじゃない、易しくなっているわけじゃない、同じような問題で。だから、大学入って下がったっていうのは、それは学力の剥落の問題であって。

【大宅委員】東大が悪いんですね。

【田村委員】それは大学の責任じゃないですかっていう意見もある。

【藤田委員】必ずしもそうじゃないですよ。

【金子主査】基本的には、まずどんな人が先生になるかと、それからどういうふうに経験の中で、自分を改善していくかということですね。

【大宅委員】何が忙しいかっていうのが、これ見てもわかんなかったんです。済みません。

【徳永財務課長】基本的には、忙しい先生と忙しくない先生が極端に分かれております。世界各国との比較で申し上げますと、アメリカ、イギリス等では、授業の持ち時数は大体25時間でございます。日本の場合は、先ほど資料で示しましたように、小学校で22、中学校で16でございますが、これは1時間という意味ではございませんで、コマ数としての22と16でございますから、45分、50分で換算をいたしますと、小学校では週40時間の勤務時間のうち16時間強、中学校では13時間強ということになります。その中で、特に諸外国で比較しますと、諸外国は大体25時間持っておりますから、日本はかなり少ないということになりますが、一方では、それに対する反論としては、諸外国の場合は部活動がないじゃないか、あるいは生徒指導してないではないかという反論がございます。したがって、日本の場合は部活動というものがあるということがひとつございます。

【大宅委員】部活が負担というのは少ししかなかったですよ。

【徳永財務課長】ところが、先生の中には、はっきり申し上げれば、早く授業が終わったら、さっさと帰り支度をする先生もいらっしゃいますけれども、一方では、優秀な先生ほど生徒指導主事をやらされて、全体の生徒指導の対策を立てなければいけない、それが終わったらもう一回部活の指導をするということで、かなり先生方は個人で忙しさが違っているということがございます。

【河合委員】大学の先生も一緒ですよ。

【藤田委員】その点で、今、多分、数字的には確かにそのとおりだと思うんですね。ただ、実は私たち4年前に、東京都内の公立の小学校と中学校に1年間、私自身は1、2週に1回しか行けなかったんですが、職員室に机をもらって、朝8時頃から夕方5時頃までフィールドワークをずっとやりました。最後までいた日もありますけれども。日によっては、特定の先生に1日中大学院生が付いて歩いて、分刻み、秒刻みで先生がどう行動するかということを調べたんですね。そうして見ますと、本当に分刻みの仕事が多いんです。例えば校内研修があるとか、PTAの会合があるとか、保護者会があるとか、会合もいろんなものがありますし、そのための準備、そのための資料づくり、そういったことに随分時間が取られるわけです。

【大宅委員】そういうのを本末転倒というんじゃないですか。

【藤田委員】本当に本末転倒です。ですけれども、それが実態です。

【大宅委員】子どもに教えるのが大事なんで。

【藤田委員】そうです。ですから、それが、1970年代あたりから、そういったものが増えてきたんだと思います。例えば、年間行事予定表に書き込まれていた行事の数を調べてみましたら、274 ぐらいありました。だから、学校日数よりも多い行事予定がある。勿論全員がコミットする行事とは限らないわけですが、今日は身体検査がある、今日は何とかの会合がある、勿論先生方の研修会なども含めてですけれども、そういういろんな行事や、ここで言う会議ですね、そういったもの、それから校務分掌の仕事、そういう仕事はそれ自体に費やしている時間だけではなくて、そのための準備の時間、そういった時間をトータルに入れますと、本当に忙しい状況です。なぜ、こんなことをそのまんまにしておくのか。それを変えようとしないで、他の関係のないような改革を進めるのか。

 ですから、削れるものはばっさり削る工夫をすべきだと思うんです。それは学校や教育委員会レベルでもできるんでしょうけれども、文部省でも検討してもらう方がいいと私は思います。60年代まで日本の学校はもっとゆとりがあったと思います。学校の先生方も会議や、そういったものの準備で費やす時間はまだまだ少なかったと思いますけれども。

【田村委員】でも、ある意味ではこれは、現場にいる人間として言いますと、悪貨が良貨を駆逐したという感じなんですね。つまり、暇にするとさっと帰っちゃう先生が多いわけです。

【大宅委員】いいじゃないですか、帰ったって。やるべきことやったら。

【田村委員】やるべきことやってじゃなくて、暇ならさっと帰っちゃうっていう人が多いから、わあわあ、わあわあ言うわけです。結局、今の問題点は、根っこを言うと日教組と文部省の争いになっちゃうんですけれども、つまり日教組が勝手なことやるから、文部省がこれは困るからこうやってくれって、それがだんだんエスカレートしていっちゃうんですね。それと同じようなことが先生の全体を忙しくしちゃっている。

 もうこれ以上言いませんけれども、根幹から、これは全部やめちゃうっていうと、やる人とやらない人がはっきりしちゃって、やらない人はもう本当に楽になっちゃって、終わったらさっと帰っちゃうとか、時間になったらさっといなくなるとか、そういう現象が起きてくるわけです。それを認めるかどうかの社会の問題なんですけれども、現実に、具体的に言うとまずいんですけれども、ある学校なんか、4時ぐらいに行くと職員室だれもいないですよ。どうしてそうなるかっていうと。

【大宅委員】すばらしいじゃないですか。

【田村委員】それで生徒はいるんですよ。そういうのは、やはり学校騒動がありましてね。残っていると、吊るし上げられるからっていって、みんな定時になったらぱっと帰っていうふうなことになるんです。それで、問題が起きると、それどうだっていうんで、わあわあやると、また忙しくなっちゃって、帰れなくなるというようなことが現実としてはあるんですね。

【今井委員】PTAの立場から言いますと、先ほど藤田先生の方から、PTAの行事とかが非常に忙しいというお話があったんですが、今ほとんどPTAは先生が入ってないんですね。なぜかというと、なかなか入っていただけないんです。例えば、活動とかでも、先生たちとお話ししようと思うと、今ですと第2土曜日と第4土曜日は休みで全然いらっしゃらないんで、例えば何か一緒の行事を子どもたちと親と先生でやろうとすると、絶対に第1土曜日と第3土曜日で組んでくださいと、先生が出られているときじゃないと絶対にそういう活動行事はやめてくださいと。先生方は言われません。教頭先生とかが窓口になられるんですが、そこの辺ものすごくコントロールしてくださいってことを言われるんですね。

 そしてPTAの集まりとかでも、本来だったら昼間というのは、PTAの人たちは仕事を休んで来なくちゃいけないですね。先生たちは学校時間内だから、その時間内にやってくれって言われるんですけれども、みんな終わって、そのフリーの時間を使ってやるわけです。だけど、その時間を使おうとすると、もうその時間は先生たちを拘束できない。だから先生たちの労働時間から言うのか、それとも学校教育を支えるという部分の立場から見るのかということで、先生の協力というのは、随分違ってくる。だから、例えば文部省は先生と協力して連携してやりましょうって言うんだけれども、やればやるほど一方で先生方のそういう労働条件ですか、その辺のところからいうと酷使している部分もあるのかもしれませんし。

【藤田委員】私は、必ずしもPTAの活動が先生を忙しくしていると言っているつもりじゃないんで、先ほどの資料の3ページでも、結局諸会議が23.8%、校務分掌22.5%、そして研修、研究19.5%でトータルしますと70%ぐらいになっちゃうわけですから、7割ぐらいの先生方は、こういったものがやはり負担だと感じているということでしょうね。勿論先ほどの説明にもありましたように、二極分化していて、忙しい先生とそうでない先生、コミットしている先生とそうでない先生の違いがあることも事実ですが、実際、この会議、校務分掌、研修、研究、こういったことに費やしている時間というのは、非常に多いというのが私たちの1年間の観察でも得られた結果です。いろんな調査も類似のことを報告していると思いますけれども。

【今井委員】私たちが、先生方と接していると、やはりそういう一生懸命やってくださる先生方とは、割に連携が取れてて、先生も大変なんですけれども、でも保護者はそこでいろんな掛け合いをしながら一緒にやっていこうということで、そういうクラスではトラブルが起こっても、逆に保護者がみんなで一緒にやっていこうという形のスタンスが取れているんです。だけど、何かもう、杓子定規に物事をぱんぱんと切られる先生に対しては、保護者は支援しにくいというか、そういうときに何か疑心暗鬼になって、連携が取りにくいというのがすごくありますね。

【田村委員】イギリスなんかは、もうその手の会合は全部夜です。

【今井委員】でしょう、夜なんだけれども、でも夜すると、とっても教頭先生が悩まれて大変なんです。

【田村委員】それは、本当にイギリスでは、ブリティッシュスクールが私のところにあるんですけれども、夜やっているんですね。

【大宅委員】親の方もボランティアなんだから、先生もボランティアにならないとね。

【田村委員】それは、夜やらなきゃだめですよ。

【今井委員】それでもって、私たちは忙しいって言われたら。親たちはみんな仕事休んで行っているのに、何なのって。

【藤田委員】それは私も検討すべきだと思います。ただ、私は、日本の学校は非常に活動の密度というかレベルが高いと思うんです。高いだけに、うまくいっているときは活気があって、そしていろんな問題も支えることができるし、処理していく力もあるんですけれども、一旦歯車が狂っちゃうと、活動密度と水準が高いだけに、個別的な問題をフォーローできなくなっちゃうんですね、みんな忙しいですから。それでどんどん混乱していくということにもなるんです。河合先生がおっしゃられたように、個別的に本当にケアしなければいけないとか、時間をかけてしなければいけないこととか、そういうことをできるようにするためには、活動のレベルはもう少し下げないと。こんなにいろんなことをやっていたのでは、という気がします。

【大宅委員】学校で何を最低限やっていただきたいかっていうことについて、やはりコンセンサスが必要だと思います。私は学校の先生に人生教えてもらいたくないんです。全然。

【藤田委員】それは、いろんな考え方があると思いますが。

【大宅委員】だから、読み書きそろばんと、団体生活というのを教えてもらう、そのために最低限必要なことはこれで、それを最低限やってらっしゃる方は、クリアーしたと思ったら私は早く帰ってかまわないと思うんです。それを、何か善意の上に乗っかって、やっとうまくいくっていう形は、私は異常だと思う。

【田村委員】それは、今、議論されているのは、実は教養教育の問題で言われていることなんですけれども、日本の学校というのは教科中心だから、教養という時間はないわけです。ところが、ヨーロッパやアメリカの小学校、中学校、高校を見ると、もう小学校1年から教養、もし宗教でできている学校なら宗教という時間があるんです。それは、その専門の先生が教えているんです。教科を教えている先生じゃない先生が教えているんです。そういう考え方が、なかなか日本には定着しないんですね。だから、教科を教えたら、それは教養につながるっていうふうになったり、教科をちゃんと教えている人がカウンセラーやるとかね。だから、そういうふうにまず分けるということを試みるということが一つある。

 それから非常に大宅先生のおっしゃることよくわかるんだけれども、じゃ暇にしたらどうするかっていうと、忙しい人はいよいよ忙しくなって、暇な人はさっさと帰ってしまうという、現場ではそれが起きると思いますね。

 要するに、やらないやつはこんな忙しくたって、本当にやらないんですから。私は悪貨が良貨を駆逐するというふうに申し上げたのはそういう意味なんです。だから、そこのところができるかどうか。それができさせないための方法としては、唯一その職場が潰れればやりますよ。みんな一生懸命になって、だけど公立学校というのは絶対潰れない、だったら楽な方がいいっていうふうになっちゃう、それをどうやってチェックするかっていう話になっちゃうんです。極端な話するとそういうことです。

【藤田委員】田村先生そうはおっしゃるけれども、勤務時間はどの先生方もちゃんといるわけですから、そういうことはないと思いますね。ただ、私は大宅さんが言われる、人間性なんて教えてもいらたくないというのも、わからないではないんです。私もその人間性、こういう人間でなきゃいけないなんて、学校が教えるのはおこがましいと思います。だけど、人間性を育む契機は至るところにあふれていますよね。教科の授業でもそうですが、その内容をきちっと修得していく中に、実は人間性の教育も含まれているはずで、そのための時間を十分に確保して、それを豊かなものにするという発想をすべきだと思うんです。勿論、その中にどういう人間になるようにっていうメッセージを入れるということではなくて、それこそ算数の授業やっていたって、人間性の教育は実は付随的に行われているんだと思うんですね。そういうところを、みんな削ぎ落としてしまって、知識だけを伝達するというようなことになっても困るし、かといって、特別に人間性を教育するためといって道徳の時間を特設するとか、何とかの時間を特設するとかいうようなことでも、やはり歪んでしまうかもしれない、十分なことにはならないんじゃないかというふうに思います。

 ですから、私も教科の時間を中心にして、学校が本当に伝達しなければいけないものを主軸にして、それを十分にやる中にこそ、いろんな副次的なものが豊かに組み込まれていくのだということを、もっと考えた方がいいのではないかと思うんです。

【大宅委員】勿論そうだと思います。それで、それだけの幅がある先生だったら、例えば授業の数は限られているから、ここはこれしか言わないけれども、数学にもっと興味持ったら、0の発見というこういう本があるよとか、こういう本読んでごらんとかって、やっていけばどんどん興味のある子はそっちへいくわけですね。そういうサジェスチョンができればそれで十分だろうと思います。

【藤田委員】そうだと思います。

【田村委員】ただ、それでやってきた戦後教育の結果が、諸外国と比較して、教養がある日本人ができたかというと、問題があるというのが今の議論ですね。だから、私は制度として本当にそういうことを考えた方がいいんじゃないかと。教科は教科として、やるべきことはちゃんと。

【大宅委員】だけど、家で本読みませんもん、子どもたち。私たちは、暇だから本読むしかなかったからね、今はもう時間泥棒がたくさんあって、テレビだとか、ゲームだとか。

【田村委員】それか、藤田先生は勤務時間とおっしゃるけれども、例えば職員会議でも勤務時間が終わったら、もうさっとやめて帰っちゃうんですね。議論している最中に、勤務時間になりましたって言うんで、こういう現場を知っているから私は暇にしていいのかなと思っちゃうんですね。現実にそうなんですよ。

【大宅委員】普通の日本の会社だったら、そういう人は昇進もしないし。

【田村委員】いや、潰れちゃいますから。潰れないから、職員会議の時間の設定も勤務時間をオーバーしたらもう拒否するんです。

【藤田委員】田村先生、そうだとしても、それを潰れる潰れないというところにまで飛躍させる必要はないんじゃないでしょうか。

【河合委員】それは、やはり教員の評価の問題というのが非常に難しい。我々は本当はしていただきたいと思いますけれども、言ってみれば非常によく働いている方と働いておられない先生がある。非常に上手に教える先生もあるし、できない先生もあると。そのときに、例えば評価があって、そこで給料が違うのかなどということになると、これはすごく問題です。

 本当は、私の考え方だったら、いっぺんに教師になる方がおかしいと思っているんです。大学出てすぐ教師になるのは無理な話で、本当は教師補になって、そして教師補である程度訓練を受けて、だれが見てもこれは先生だと、だから教師にするというふうな考え方の方がリーズナブルなんですけれども、日本人の今までの平等概念で言うと、みんな一緒なんです。もうそれこそ、主任というのをつくるんでも反対という、これは日本的民主主義ですね。これは、やはりもうちょっと変えて、先生の中で本当にやっていく先生と、そうでない先生を分けて考える。これは大学も問題で、我々今、大学の方が自ら考えているんです。大学の中で何もしない先生も、いろんなことをする先生も同じ月給もらってやっているわけでございますけれども、大学の評価というものが問題になってきているんです。それと同じことで、先生の方もちょっと考えていいんじゃないか。そのときに、頭からやるからいかんので、そもそも組合の人は、本当にそれはどう考えているのかと聞いてみたらどうでしょう。

【大宅委員】これを外してできないでしょう、学校の問題は。

【河合委員】自分が教師してたからわかりますけれども、上手に教えるというのは、これは大変なんです。ものすごい勉強が要るんです。何も単に分数の割算知っているということと、分数の割算を子どもに納得するように教えるというのは全然別の話で、そうすると子どもに分数の割算を納得するように教えようと思ったら、先生がものすごい勉強しなきゃいけないわけです。そういう勉強をして教えている先生と、何もわからんとひっくり返して掛けるんだと言ってやっている先生と、それ同じ給料でいいんだろうかと。そうするとやはり数学教科の、それを教える上手な主任とか、その主任さんに教えられて新しい教員は、どんどん教え方を学んでいくのだという場合に、そこを差付けたらいいということを、また頭からやると問題になるんだったら、いっぺん日教組の先生方がどう思うかというのを、投げ掛けてみたらどうでしょうね。

【金子主査】あと30分なんで、どうしたらいいかというのに入りたいんですが、一委員として、意見を述べたい。会議に関しては、本当にやり方次第です。幼稚舎は去年までは教員会議というと、3時半から8時ごろまで延々とやって、みんな疲弊していたらしい。私は今1時間半程度でやめましょうといってます。勿論議論すべき問題があればもっと長くやるのですけれども、大体今そのぐらいでもって終わっています。あとは必要に応じて、あらかじめテーマを決めた大きな問題についてのディスカッションの時間というのをやることがあります。このように時間が短くなったことで、みんな非常に喜んでいます。会議を短くするというのはやり方の問題というような気がするんです。

 評価というのは、どうしても必要です。ただ教室に行って話すだけじゃこれは仕事じゃないんですね。やはり、みんなが喜ぶとか効果が上がっているとかっていうのが、しかも父母の意見をちゃんと聞いて、それが仕事なんです。勿論、極端なことを言ってくる父母も人もいますけれども、それも含めて満足してもらうのが仕事です。好きなことしゃべって、どうなっているかわかんない、それだけで金もらっているのはおかしい。

 ただ、今いる人に向かって、評価だけして、差を付けるということだけじゃやはりうまくいかない。根本的には、どんな人が教員になるかっていうことがまずある。

 それから、あとは途中で勉強する、例えば心理学をやるとか、教授法を勉強するというような機会が沢山あって、それでもだめな人はやめていただくなり配置を換えるなりというようなこと、そういうプロセスをつくらないといけない。その中には評価が当然入ってくるけれども、今のままにして評価だけを入れるとなったら、これは難しいですね。

 そういう意味でトータルに、私はどんな人が入るかということに関しては、もっと多様な人が、最初はとりあえず免許とかそういうことをあまり言わずに、とにかくやってみて、やはりそれはどういうことになっているかは調べて、それで何か必要ならば学ぶ、それをネットでやってもいいし、休んでもいいんですけれども、それで切磋琢磨して、自分でこうならずに、だめな人はやはり配置を換えるなり、やめさせるなりということは、これは当然のことだと思います。そのトータルなものの中で、評価が入ってくるんであって、唐突に評価するというと、これは勤務評定反対という話になっちゃううんですね。だから、そういうプロセスが必要かなという気がして、そういうトータルな提案をしないと、ひとつだけとらえるとなかなか難しいような気がします。

【藤田委員】今、金子さんがまとめられたことで、研修とか、教員の異動とか、そういったことを含めてトータルに考えなきゃいけないというのは、そのとおりだと思うんです。そういう提案をできればと思いますけれども、もう一方で、評価については、私も個人的には入れるべきだと思いますが、やり方は簡単ではない。教育活動というのは、コラボレーションというか、協同の作業ですから、責任も重複しています。例えば3年生のときに受け持ちでなかった生徒を、4年生のときに受け持つようになって、問題を起こすようになると、責任は4年の担任にあるとは言えないかもしれない。それまでの問題がみんな送り込まれて、それを抱え込んだらそれこそ大変になるという、そういったことがいくらでもあります。あるいは中学校だと教科担任制ですから、ある教科の弊害が別の教科に出てくるということもあるでしょう。そういったことを一つひとつ考えると、協同作業ですから、評価するといっても単純ではない。そういう協同的な部分についての評価と、個々の先生方の力量とか、コミットメント、超過勤務とかいろんなことを含めて、個人的な資質や力量についての評価は、やはり区別して考える必要があると思うんです。

 それから、作業としてどれだけのことをやったということについての評価と、基本的な資格や何かについての評価をどうするか、基本給と力量的な部分をどういうふうに考えるかといったことについてもそうです。ですから、これはやはり当事者たちが最善の方法を考えて、そして自分たちの案としてつくり上げていくっていうことをやってもらう方がいい。そういう意味では、日教組に提案してもらうことも含めて、当事者に考えてもらった方がいいですね。

【大宅委員】企業も随分進んでいますからね。営業と広告と社長室にいる人じゃ評価が違うに決まっているわけで、それをどうやるかっていうのは今かなり進んでいるんで、その手法なんかも取り入れてやったら。

【金子主査】絶対正しい評価ってあり得ないですからね。だから、ある意味でプロセスの中でひやひやしながら、やはりまずいんじゃないかと思ったり、徹底的にまずいと思ってたら休むとか、勉強するとかということをしないと、評価したとたんにまた裏をかかれますね。でなければなれあいになります。企業だって人事評価はそう簡単にできているわけじゃない。結構いいかげんにやるけれども、それをどんどん改訂していくというプロセスですね。今は、全くそういうふうなのをやらないっていうことですが、そういうことをやろうということで大分変わってくると思うんです。

【河合委員】違いますね、それをそういうふうにやれと言うんじゃなくて、先生も言われるような評価について、それで日教組も一緒になって考える委員会をつくるなり、何かそういうこともやっていいんじゃないでしょうか。評価についてもっと考えていただきたい。

【田村委員】東京都は自己申告を始めましたね。7、8割の先生が出しだしたと。だからそういう時代にはなっていると思うんですけれども、その際大事なのは、やはり公表なんですね。税金でやっている以上は公表しなきゃいけないわけです。その公表の仕方は難しいと思いますよ。しかし一切公表しないでやった評価なんていうのは、何の意味もないんですよ。

 その公表をどうするかっていうことまで含めて、議論をした結果を書かないと、はっきり公表しない評価なんて何の意味もないってまで書いておいた方がいいと思うんですね。

【藤田委員】一般的な評価結果の公表はともかく、個人のプライバシーまで公表する必要はまったくないわけですから。

【田村委員】そこは議論してやる必要があるんですけれども、しかし公表するということが前提にあって評価に取り組まないと、一切公表しませんよって言ったら、それは評価にならないです。それは、すべて本人の自覚に任せるっていう話でしょう。

【藤田委員】だけど、リウォードというか、報酬配分には反映されるわけでしょうから。

【田村委員】それが一番難しいと思いますよ。私は給料には差別付けないで、そのかわり結果を公表するというのが一番いいと思っているんです。だって、文句言えないんですから。

【金子主査】そこはいかがですか、普通ですと、給与とか、役柄とか、企業でしたらどこか回しちゃうよみたいな話ですね。あとプライドみたいなものもありますね。大学だと発言権とか、そういうもので、あとペナルティーとリワードを実際どう付けていくかということがなければ。公表するということも一つのリワードないしペナルティーだと思いますけれども。それに、内部でやってよって言えば、なあなあでもって終わってしまいますね。だから、評価をだれがするかっていう主体の問題と、それからその評価の結果をどういうふうに実行するかということについて、何かございますでしょうか。どういうのがいいか。

【田村委員】給料に差を付けるのは難しいと思いますけれどもね。

【藤田委員】東京都の人事考課について、11年度に導入しましたね。もう既にかなり広まっているわけですから、そういう流れにあることは事実だと思うんですね。ただ、確かにそれがどういうふうに入って広まっていくかによって、日本の教育の、これまでの協調性やコラボレーションのよさというものが失われることにもなりかねませんから、私はやはりこれは一律に導入するのがよいとは思えないんです。だから、県の教育委員会レベルで、あるいは市町村の教育委員会レベルで検討する方がいいのかもしれませんけれども、とにかく当事者たちが集まって最善の評価の導入の仕方を考えてもらう方がよいと思う。それで自分たちなりのシステムをつくってもらう。それは勿論、必ずしも生の当事者が話し合うというわけじゃないですよ、フレームワークは都道府県の教育委員会レベルで考える方がいいんじゃないかなという気がしますけれどもね。

【河合委員】前回、まさに先生が言っておられるCの「新しい学校の試み」の中に入れてもいいんじゃないですか。そういうことをやる学校がパイロットとしてできていく。そして、うちはこういう評価システムをとっておりますと。

【金子主査】それを売りものにしたらいいんですね。

【河合委員】そして、それはこういうふうになっていますと。だから、本当にそういうのをやっていただくと、非常にありがたいですね。

【田村委員】ただ、勤評闘争のときに、神奈川県がその方式を取っているんです。つまり、これはもうはっきりしていることですから、歴史の事実としてあるんですけれども、神奈川県は教員組合と妥協して評価システムを、教員組合と手を組んでやったんですね。結果的に何もならなったという事実があるですね。

【今井委員】評価される人たちがつくると、何となく逃げ道ができるような気がして。

【藤田委員】いや、まず一般的なフレームワークをつくるわけですから。ただ各学校でそれできるかというと、そういうものではない。教員は都道府県教育委員会、あるいは政令指定都市の教育委員会で採用されていますから、フレームワークが学校によって変わるというわけには多分いかないと思うんです。ですから、やはり教育委員会レベルで、大枠を決めて、具体的な評価の仕方は、学校単位とか、もう少し小さいユニットで考えるということもあるかもしれませんけれども、基本的なフレームワークは教育委員会レベルで決めるのがいいんじゃないかと思います。これは文部省で決めるよりも、その方がいい。それで、では東京都のようなやり方がいいかというと、やはりあれはトップダウンだという気がしますけれどもね。

【河合委員】そういうことを考え出したということを言うだけでも、先生方の姿勢は変わると思いますよ。やはり大学の先生が今そうですね。みんなちょっと慌てて頑張り出したね。

【今井委員】でも、それが、保護者にまでわかると、どこのどういうところを選択すればいいのかなっていうのが、はっきりわかってくるんですね。今はそれがわからないから、偏差値だとか、何だとかっていう基準でしか見られないわけだから。

【金子主査】我々はこういうフィードバックシステムを持っているんですということを、ひとつの特徴にしてやっていけばね、それは私たちはしませんよというところと、するというところだとしたら、やはり親としては、そっちの方を選びますね。それが面倒臭いと思えばこちらに行くかもしれないですけれども、そのぐらいはしないといけないですね。

【田村委員】フィードバックという言い方がいいかもしれないですね。

【今井委員】フィードバックがいいと思います。

【田村委員】評価っていうととにかく抵抗があるんです。

【藤田委員】フィードバックは、だれに対する、どこへのフィードバックですか。

【田村委員】親に対するフィードバック、社会に対するフィードバック。

【金子主査】本人に対するフィードバック。

【藤田委員】本人に対するは、基本的にいいですよね。

【河合委員】しかし、これは参考のために言いますけれども、私の知っている先生で、学年の終わりに全部生徒に通知簿を配って、先生の点を付けさせている先生がいるんです。

【今井委員】それで、先生の中には、保護者にもそれから生徒にもそれをやって、そしてまたそれを学級便りで返すという先生もいますから、そうすると、何かすごくオープンになっている感じがして。

【河合委員】それは非常に面白いですよ。

【大宅委員】それは自信があるからでしょう。

【今井委員】だから、それをやっぱり基準に。

【田村委員】私の学校は学校としてそれをやっていますよ。授業評価とそれから親の意見ですね。

【河合委員】そして、その先生がおっしゃいましたけれども、生徒は非常によく見ていて、つまり、先生に怒られるから意趣返しに厳しく付けてやろうというのは全然ないそうです。やはりものすごくちゃんと見ているそうです。そして、ほとんどの生徒が書いている、つまり、先生は机の上の整頓が悪いとか、そういうのは当たっているわけであって、なかなか子どもはよく見ているということがわかると。

【田村委員】第一、それは先生に緊張感が出ますよ。

【金子主査】これは幼稚舎のことなんですけれども、今まで英語は成績評価していなかったんですね。評価するとみんな英語が嫌いになるのではないかということで。私はそれは先生がサボっているのだと言いました。評価というのはA、B、C、D付けて、それで区別というのではなくて、その子どものどこが弱いか、何がいいかというのを担当の教員がフィードバックするのです。英語は非常勤の人が多いので、一人ひとりの生徒を3人ぐらいが教えるので、担当の先生がみんな書いて、それでリスニング、スペリングなど花マークを付けたりして、どこを頑張っているとか、ここはだめだねということをいって、最後に全部私が見てサインをして、そして親がコメントし、サインをして返ってくるということにしたんですね。

 そういうことによって先生たちが話し合い出したんですね。今までは、変な話、ばらばらに授業しててもよかったのかもしれないです。今は全体で花マークを3つとか1つとか決めなければいけないので、複数の先生が話し合わないとこれはしようがないわけですね。しかも私が見ますから。その程度のフィードバックというのをしなければ。LとRの発音がまだねとか、よくできたねというようなことは先生が書かなければ分からないと思うんですよね。だから、その辺はやり方で、勿論、藤田さん言うように、本人が納得しなければ何をやってもだめなんですけれども、やはり何かそういうものの結果を表すということは、励みにもなる。

【河合委員】そうですね。

【金子主査】全然やらないというのではおかしくなる。

【河合委員】フィードバックということは、何か評価することだから。

【田村委員】評価は私はやめた方かいいと思うんです。

【藤田委員】今までの議論では、考え方として二つ出ていますよね。評価をして、それを給与面等の待遇上のリウォードに結び付けるという考え方と、先生方の努力、自己啓発を促進するためという考え方です。例えば、生徒に先生の評価をやってもらって、それを先生にフィードバックするとか、学校によってはそれを親にもフィードバックするということもあるかもしれないけれども、そういうように、教師の自己改革を促すための手段として評価を入れるというやり方、大学がやっている授業評価のようなものですね。これは必ずしもリウォードに結び付ける必要はないわけですね。勿論この二つを一緒にしてもいいわけですが、別に考えるということも可能なわけですね。後者の方は各学校でそれぞれに工夫できるわけですから、そういったことを含めて、いわゆる教師の自己啓発や学校の自己改革を促進する仕掛けを導入することは重要なことですから、そういう意味で評価とそれをフィードバックすることの重要性をアピールすることは必要なことだと思いますね。

【田村委員】マネージメントという観点からしますと、最近のはやりでは、科学的マネージメントというのは、要するに、給料で差を付けるということでやる気を出すというのは今終わっちゃっているんですね。こういうやり方をやっている会社はあまりないんですね。マネージメントの今の再先端というのは、組織影響力とか、本人がやる気を出せる、いわゆる自己実現です。自己実現の欲望が満たされるかどうかということを鍵にして、経営のマネージメントを立案するというのが、今の基本的な発想ですから、そういう意味で言えば、私は個人的には、やはりお金でつると言うと教育の場ではうまくいかないと思っているんですよ。

 それで、よく言うんですけれども、教師というのは、一番いいのは誰にでも合う先生なんです。一番いけないのは誰にも合わない先生なんですね。大体その中間にいるんですよ。だから、どんな先生でも誰かには合っているんです。だから、それを給料で差を付けるというのは実際にできないんですね。だから、リワードでやろうとするからうまくいかない。そうではなくて、フィードバックさせて、それを本人の自己実現の意欲に反映させる。公表しなければ意味がないというのはそういう意味なんです。だから、どうしてもそれを知らせる。そして、うまくいった人は自分のあれで、うまくいかない人は、もうちょっと頑張ろうと思うという、それに頼るのが一番いいんじゃないかと思うんですけれどもね。これだってものすごく反対すると思いますよ、やっていない先生は。

【河合委員】それから、もう一つは、そうなると、先生の悩みも迷いも増えてくるので、それを支えることは考えておいていただきたい。大阪市とか京都市などは、先生が相談に行ける場所がつくってあります。それは別に何も心の悩みだけではなくて、教え方のことでもいいし、生徒との関係でもいいし、何でもいいから、それで、先生方が相談に行かれるところは教育委員会とは全然別棟の全然違うところにありまして、自由に行っていただく、これは相当効果を上げています。それをうまく考えていただかないと先生方も気の毒ですから。

【大宅委員】何か励みになるといいですね。

【金子主査】実は励みなんですよ。

【大宅委員】ただ、何となくみんなからほめられるかもしれないというのと、幼稚園なら花まるマークのステッカーの数が増えるとうまくいくけれども、何かないですかね、勲章というわけにもいかないし。

【田村委員】教員というのはみんな基本的にはやはり平均値で言えばすごくまじめな人種なんですよ。

【大宅委員】だから困るんです。

【田村委員】困るんだけれども、だからこそ、教えていることに評価が高いといったらそれはみんな喜びますし、低かったらやはりやる気になりますよ、普通の教員だったらみんな。

【藤田委員】でも、なかなか難しいとは思いますよね、実際は。

【金子主査】プレッシャーを与えるということとか、励みになるというレベルでいいと思うんですよ。

 ただ、繰り返しプレッシャーとか励みを与えても、それで改善しない人に対しては、やはり処遇をしないと。そこを持っていないと、いつもすぐ処遇するのではなくて、励みとか、ちょっと君、評判悪いよというようなのがあって、こっちに比べてやっぱりだめよというのはいつもあって、ひやひやしながらやって、それからよくできたらフィードバックに喜ぶとか。ただ、それにしても応じない人というのは、それはもう仕方がないと思うんですね。税金で雇っているわけですから。親の立場から言ったら、駄目な人をずっと置いておくというのはとんでもないことです。最終的には、厳しい手段はあるけれども、普段はそれは通用しないということです。そういうことを留保しながら、普段はいつも情報が流れているというシステムをつくらないと、どうしても先生というのは一人で抱えてしまいがちだと思うんです。

 あと5分になりました。

【石原委員】各都道府県の勤務評定の中で、公務員の中の教育公務員という一つの大きい枠がありますので、教員だけということも難しいのかなと思います。

 先ほど多忙感というお話がございましたけれども、学校運営システムが全員一致主義ですから、これは確かに時間がかかります。そういう意味では、学校が一つの大きな組織としてきちんと運営ができる、その仕組みを作っていくことが大切です。一つのことを決めるのに、決めるときの議題からまた会議をし、その後の反省会まで会議していることが、多忙感につながっているのではないでしょうか。そういった管理運営システムに関わることの改善は、大事なことです。

 それから、これは何も教員だけでなく、最近は、公的な部門でいわゆる「説明責任」が言われ、会議をしても全部会議録をつくります。ここもつくっていますが、かつては会議したという概要だけでよかったものが、今は会議の話を全部テープ起こしからしています。その作業はものすごい膨大な時間を要していることも事実です。つまり質が違ってきたという意味の理解と、それをどのように遂行するかということが大切です。説明責任や開かれた学校づくりの中で先生が子どもに直に向き合う時間をどう作るかを考えることが大切だと思います。

 もう一つ、やはり現場の教員は、教育の実践者であって、スポーツで言えば選手なんですね。そうすると、スポーツ界で選手は一生選手ではなくて、コーチになったり監督になったり別の仕事についたりしています。そういう意味では、教員の中にも実践が非常に得意な先生と、組織運営の得意な先生など多様です。ある一定の年齢になったら、地域活動の指導で活躍したい、管理職としてもっと大学院で勉強して、マネージメントの勉強をしたい、教科指導のプロでありたい、あるいは教員相談やカウンセリングの現場で仕事をしたいという希望に応えていく転職システムやコースを考えていくことも大切です。今は単線的で、教員を現役選手で一生走り続けさせるという仕組みの、ある意味の厳しさと硬直性を21世紀に向けてもっと柔軟に多様化することができたら、先生の方も生き方においてゆとりができるし、社会もそのゆとりと多様な転出システムをもっと受容的に、前向きに認めることが必要だと思います。一生、選手で働き続け、子どもの感性や体力など世代ギャップにも直面している中で、先生の資質や得意分野などをもっと生かす方向で様々な仕事や職を選択できる仕組みを作ることも必要ではないでしょうか。

 先ほど、先生の勤務時間のことが話題になりましたが、教育という職務の性質上、子どもあっての仕事ですので、決められた勤務時間で終わりとはなりません。

 現状の問題点は、いい先生ほど校務分掌をはじめ多くの仕事をやらなければならないということです。

【金子主査】それはどの組織もそうなんですね。

【石原委員】どの組織もそうですけれども、学校は特にそうです。

【金子主査】どちらもそうなんですけれども、ただ、今言ったように、自分が不慣れなものをずっと一生やり続けて不幸になるというのはやめた方がいいですよね。

 今の話の中で、一つは、終身雇用というのではなくて、やはり有期とか契約とかというのを組み合わせながら、その人の人生ですから、ずっと一生先生ではなくて少しやってみるというようなことも組み合わせる。

【田村委員】大学が、パートタイム学生をこれから増やしていきますね。アメリカでは非常に多いんですけれども、日本ではパートタイム学生というのはこれから積極的に入れていこうという考え方ですから、そういう意味でパートタイム先生を積極的に導入したらどうでしょう。そうすると随分違います。

 確かに、石原さんのお話をお伺いしていて、幼稚園の先生などを見ていて、本当に思いますね。だって、60近くなって子どもたちを追い駆けているわけですよ。見ていてかわいそうだと思うけれども、結局ほかの職種がないんですよね。

【金子主査】わかりました。時間になりましたので。

 今日は、教員のことでかなり突っ込んだ議論ができたと思います。あと2、3分いただいて、次回なんですけれども、チョイスとしてはA、B、Cとあって、AかCを次にやるというチョイスと、それからBの具体案を教員以外のところでもう一回ぐらいやるという、そうなると回数からしてぎりぎりになってまいります。勿論もっとやりたいということになれば集まることもあるんですが、時間的に言って無理かと思います。

 一番最後は、全体的なまとめのレビューをしたいので、基本的にはあと3回です。今日入れると4回。最後はまとめのチェックですので、3回のうち、次回A、CまたはC、Aとやって、最後の時間で少し返ってきて具体的なものを含めてもう一回考えるか、それとももう一回、次回、具体的提案を続けるか。

【田村委員】この中で言うとやはり柱はBなんですね。そして、AとCは一緒に1回やれば十分ではないですか。そして、Bをきちんとやるというのがすごく大事なような気がするんですが。

【金子主査】では、もう一回Bをやりますか。

【石原委員】やはり学校教育は、教員が、直接にかかわりますので、資質をどう向上させるか、問題教師をどうするか、親の強い願いは基本的にそこにあるのではないかと思います。

【金子主査】そうすると、次回もう一回Bをやる、Bというのは教員まわりでやるということですか、それとも別の問題を。

【石原委員】教員も含めてやるということですか。

【田村委員】具体的なことを。

【金子主査】Aはある意味で幾らやってもきりがないですね。

【田村委員】きりがない。議論百出になってしまうから。

【金子主査】わかりました。では、次回はもう一度今日の続きというか新しい視点で、教員をどうするかも含めて具体的な提案を想定しながら議論を進めるということでよろしいでしょうか。事務局の方、何かございますか。

【銭谷教育改革国民会議担当室長】次回でございますが、6月の22日木曜日でございます。時間は同じ4時で場所も同じ会場でございます。

 それから、ちょっと先ほど御質問があって御説明していなかった点が一つあります。大宅先生から、先生に教え方を教えていないのかというお尋ねがありましたけれども、この教員関係資料の3ページのところで、例えば教員養成課程で、どういうことを教えているのかというのをちょっと文部省から説明してもらいます。

【徳永財務課長】大学の教員養成の中で教科というのは知識体系の中の教科でございまして、算数をどう教えるかというのが教職に入っておりますので、教職重視というのは、教え方を重視するということになります。

【銭谷教育改革国民会議担当室長】3ページのところに、教職に関する科目のところに、指導法に関する科目というのがありまして、ここで教えているわけです。

【徳永財務課長】研修という中で、校内研修がございまして、学校の校内では大体水曜日校内研修を行いまして、テーマを決めて、教え方に関する研修も校内ではやっております。

【藤田委員】いわゆる教え方は、教科教育法でやっていることですね。ところが、私たちの大学でも、例えば数学の教科教育法を担当している先生がいつもこぼしますのは、理Tや理Uの学生と、文T、文U、文Vの学生とでは全く知識量が違うということなんです。この全然違う学生に数学教育法をどうやって教えるか、一方は非常に高度な数学を知っていて、もう一方にはそれこそ四則演算ができないことはないにしても、基本的な知識に乏しい学生も少なくないわけですから。

【銭谷教育改革国民会議担当室長】やはり教員養成過程で指導法を教えることになっているんですけれども、それを実際大学で、どのように教えているのか、今のまさに藤田先生のお話のような課題はあると私は個人的には思っています。

【金子主査】ありがとうございました。
 それでは、次回、もう一回Bをやるということでよろしくお願いいたします。ありがとうございました。