教育改革国民会議

教育改革国民会議第2分科会第4回議事録



教育改革国民会議 第2分科会第4回・出席者一覧
(敬称略)
 上島 一泰社団法人日本青年会議所会頭
 大宅 映子ジャーナリスト
(主査)金子 郁容慶應義塾幼稚舎長
 河合 隼雄国際日本文化研究センター所長
(副主査)田村 哲夫学校法人渋谷教育学園理事長
 藤田 英典東京大学教育学部長
(座長)江崎 玲於奈芝浦工業大学学長
 今井 佐知子社団法人日本PTA全国協議会会長
教育改革国民会議第2分科会第4回議事次第
日 時:平成12年6月22日(木) 16:00〜18:00

場 所:虎ノ門第10森ビル5階 会議室

1.開 会

2.具体的な提案についての討議

3.閉 会

【金子主査】それでは、第2分科会の第4回を進めたいと思います。
 今日は江崎先生がいらっしゃっています。今井さんは引き続き御参加していただいています。

 御相談なんですけれども、上島さんから、知り合いの人でこの分科会を傍聴したいという方がいらっしゃるということで、第2分科会としてお認めするかどうかということをお諮りしたい。知り合いの人で、委員の御推薦だからいいという考え方もあります一方で、一応これは原則非公開です。来たい人は多分たくさんいるので、たまたま委員の知り合いだから来られて、そうでない人はダメというのもよくないのかもしれない。あまり杓子定規になるとまずいかなという気もしますが、主査として判断をするよりも、皆さんにお諮りしたい。

【上島委員】多数決で決めて下さい。

【金子主査】原則論から言えば、まずいかなという気もしますし、そんな固いことを言わずにという面もあると思うんですけれども、皆様はいかがでしょうか。

【田村委員】いらっしゃっているんですか。

【金子主査】今いらっしゃっているかどうかは問題じゃないと思う。

【田村委員】来ているなら悪いなという感じで。

【金子主査】我々として、それを抜きにして、まあ、いいじゃないのという御意見もあり得るし、ちょっと厳しいようだけれども、来たい人はたくさんいるんだから、やめておいた方が公平性としていいんじゃないかという、どちらにしようかなということなんですけれども。余り時間かけてもしかたないので、さあっと御意見をいただいて。

【大宅委員】これは完全に非公開ですか。記者会見もしていなくて。

【金子主査】記者会見のみです。それで議事録の概要が出ている。

【江崎座長】一応原則は非公開になっていますから、もし許すとすると何か例外的なものをつくらなくちゃいけない。

【大宅委員】説明できるものがないといけない。

【金子主査】基本はそういうことだと思う。

【江崎座長】多分先例になるに違いありませんから。

【藤田委員】それが不都合でなければ何らかの、要するに例えば、知り合いでマスコミの方が傍聴したいと言ったらどうするのかという話になるとちょっと困るので、そういうことを排除できる理由が立つなら、私は個人的には構わないと思いますけれども。

【上島委員】私と同じ青年会議所の教育担当の委員長なものですから、身元ははっきりわかっております。

【金子主査】一般論として、そういうことを第2分科会で考慮するかどうかという話だと思います。いかがですか。

【田村委員】私、個人的にはなるたけいろんな人に聞いていただいた方がいいと思っているんですが、ただ、先例とかそういうことになってしまうとちょっとめんどうくさいので、考えるのを停止しちゃうんですけれども。

【金子主査】知り合いだけというのもいいんですけれども、それを言った場合に、次から何人の人も見たいと来た場合に、それをお断りできるかどうかということになってしまうんじゃないかと思います。

【河合委員】それと、ほかの分科会もありますからちょっと難しい感じがします。気持ちの上では、別に聞かれたってという気もあるけれども、やはり後で公開するということになるので。

【金子主査】わかりました。上島さん、大変申しわけないんですけれども、原則として非公開ということなので、関心を持っていただけるのはありがたいんですが、選別という問題になってしまいますので、原則お断りするということでやらせてください。

 それでは、資料の説明を簡単にしてください。

【銭谷教育改革国民会議担当室長】それでは、本日の配布資料につきまして御説明を申し上げます。資料1は議事次第でございます。資料2は、教育改革国民会議第2分科会の日程及び進め方の案でございます。資料3は、主査の方でおまとめをいただきました第4回会合に向けての主査提案でございます。資料4は、前回の会議で委員の皆様方にお願いをして、その後委員の皆様方からお出しをいただきました具体的提案として取り上げたいと思われるトピックでございます。委員の皆様方から御提出いただいたものをそのまま記載しております。

【金子主査】前回の会議の後ですね。

【銭谷教育改革国民会議担当室長】会議の後でございます。

 資料ナンバーを打っていない資料は、石原委員から金子主査にあてられたペーパーであります。これは本日石原委員は御欠席でございますので、紙面にて意見を申し述べたいということで送られてきたものでございます。中身は(1) が国民総生産の中に占める学校教育費への財政支出割合の目標値が示されることが必要という御意見でございます。(2) が金沢市議会で議決をされた意見書を踏まえまして、学級規模の縮小、いわゆる少人数学級の実現が必要であるという御意見でございます。(2) のAがスクールカウンセラーの制度化についてでございます。(3) が教職員の多様な転職システムの確立と管理職養成システムの改善についての御意見でございます。

 (4)が校長の在任期間の長期化、(5) が学校評価の推進、(6) が英語教育充実のためのスタッフの充実、(7) が学校完全5日制における学期、長期休業日の在り方についての御意見、(8) が入学試験から卒業資格試験への転換という御意見でございます。

 なお、金沢市議会の意見書も添付されておりますので、ご覧をいただければと思います。

 資料5は、教育改革国民会議第2分科会の第1回から第3回までの議論の論点を整理いたしたものでございます。

 資料6は、教員の評価に関する資料を取りまとめたものであります。これは前回教員の評価、フィードバックの問題を御議論いただいた際に話題になりましたので、事務局で用意をさせていただいたものであります。

 1ページ目は、「公立学校の教職員の勤務評定制度の概要」を示したものであります。市町村立学校、つまり公立の小中学校の教職員については、勤務評定は市町村の教育委員会が行うことになっております。勤務評定の種類としては、定期評定、条件評定、臨時評定と幾つかございますけれども、主に問題になりますのは最初の定期評定でございます。勤務評定の評定者及び評定の調整者について申し上げます。評定者は、勤務評定を行う人でございますが、これは校長の場合は教育長、教頭、教諭につきましては校長が行うことになっております。調整者は、例えば学校が市町村内に何校かありますときに、校長の評定に若干差があったりする場合もあろうかと思いますので、学校間の均衡をとるといったような役割でございますが、これは教育長が行うことになっております。

 勤務評定の具体的なやり方は、そこにございますように、概ね5段階の評点を与える方式が一般的でございます。勤務成績、適性、性格、特記事項、総評といったような評定要素からなっているところが多いようでございます。勤務評定は一般には非公開とされております。

 2ページは勤務評定書の例であります。例えば、「A勤務成績」では職務の状況、特性・能力、勤務状況などについて評定をする。それから「B適性・性格」では、例えば小学校の場合、この先生は小学校低学年の担任は適しているけれども、高学年には適していないといったような評定をする、そういったようなことでございます。その他特記事項、総評というのがございます。大体こんな感じで行われているのが実態のようでございます。

 3ページは評定結果の活用でございます。活用状況は各県により様々ですが、人事管理上の手段として活用されている例が見られます。例えば(1) にございますように、管理職の登用、教職員の人事異動の際の資料としての役割を果たす、あるいは研修等の派遣にあたり、勤務評定の結果が活用される場合がある。それから昇給等についても、勤務評定に基づく勤務成績を勘案して行っている例がございます。それ以外に適格性を欠く教員に対する分限免職、条件附採用期間中の教員の正式任用に当たりましても、勤務評定の結果に基づく判断がなされているということがございます。

 4ページ目からは「勤勉手当の成績率導入」についてであります。民間でもそうでございますが、例えば6月と12月にボーナスが出るわけでございます。ボーナスは、いわゆる期末手当といいまして、6か月間の勤務に対して手当が出るという性格のものでございますが、加えて、勤勉手当という要素がございます。ボーナスは通常、6月、12月については期末手当プラス勤勉手当ということで額が決まるわけでございます。その勤勉手当の支給額に成績率を反映させるということが行われております。特に平成9年度、国家公務員につきまして、勤勉手当における成績率運用の幅の拡大ということが言われておりまして、成績率の導入拡大ということが最近行われております。

 例えば(2) の@にございますように、特に優秀な先生は100 分の80というのは、0.8 月分と考えればいいのかもしれませんけれども、0.8 月分を勤勉手当をみる。それから優秀な先生は、0.7 月から0.8 月みる。良好な先生は0.6 月分、それ以外の先生は、もっと下のものをみる。これは幅が県によって大分差がありますが、最大幅は、最高1.2 月までみて、一番悪い場合はゼロの場合もあります。県によりましては、例えば(2) のCにございますように、優秀以上の評価の数というのは全体の1割程度を上限とする。そういうことで先生の勤務状況に応じてボーナスに差をつけるということが行われております。

 最後の6ページは、最近行われました東京都における人事考課制度に関する資料であります。東京都の人事考課制度は、自己申告と業績評価の2つの柱からなっております。この業績評価が、いわゆる先ほど来申し上げております上司による勤務評定というものに概ね該当すると思っていただければと思います。それ以外に、自己申告という評価も最近取り入れたということでございます。自己申告は、校長や教頭との面接を通じまして、教員が自己目標を設定して、目標に対する成果等の自己評価を行うということであります。東京都の人事考課は自己申告と業績評価の二本立てでやって、ねらいとするところは、教育職員の資質向上や、モラールの向上、学校運営の改善、学校組織の活性化ということを図っていこうとするものでございます。

 これが資料6でございます。

【金子主査】4ページのボーナスが成績によって違うというのは、実際に実施されているんですか。

【田中審議官】 これは教員ではございませんけれども、文部省におきましても、従来の成績率というのが、100 分の40から100 分の90であったのが、この改正によってゼロから 100 分の120 までと広がったわけでございます。それに併せまして、文部省といたしましては4段階に分けまして、特に優秀な人は100 分の80、それから優秀な人は100 分の70、普通の人は100 分の60、それからあとは成績不良者については、戒告の処分を受けた者とか、減給を受けた者、それから停職になった者、それぞれによって、それをさらに引き下げております。

【金子主査】教員については実績はあるんですか。

【田中審議官】 県によっては、やり始めておるところはございます。

【江崎座長】人事院が国家公務員について勤勉手当の幅の拡大を求めているわけですか。

【田中審議官】はい。

【金子主査】東大の先生とか。

【藤田委員】始まっています。

【江崎座長】東大の先生も始まっているんですか。

【藤田委員】配分の仕方は違うと思いますけれども、ボーナスには反映しています。つい先日も評定させられましたから。

【上島委員】0.8 ということは4.8 か月分ということですか。

【田中審議官】 そうではございませんで、まさに0.8 か月分ということでございます。

【上島委員】掛けていくんでしょう。月額×期間率。

【田中審議官】期間率というのは、丸々勤めたかどうかという意味でございまして、ここは普通の人は1になりますので、俸給月額等に成績率すなわち100 分の60とか、70とか、80を掛ける訳でございます。

【金子主査】ありがとうございました。

【銭谷教育改革国民会議担当室長】ちなみに、期末手当というのは6月で大体1.45か月分ぐらい、12月で1.75か月分ぐらいです。それにプラスして今の0.8か月分とか、そういうのが加わってくるというふうになっております。

【田中審議官】勤勉手当以外に期末手当がございますので、6月では1.45月分出ます。それに、勤勉手当0.6 月分が足され2.05月分、12月には期末手当が1.75月分で勤勉手当が 0.6月分足され2.35月分になって、3月には期末手当だけ0.55月分出ます。全部合わせますと、通常1年間のボーナスは4.95月分となっております。

【田村委員】0.6 だという話ですね。

【田中審議官】 はい、そうでございます。

【銭谷教育改革国民会議担当室長】他の資料でございますが、藤田先生から先生の講演記録、『教育改革を考える』という資料をいただいておりますので、お配りをさせていただいております。

 それから、今まで国民会議に寄せられました冊子を御用意してございます。御関心のある方は帰りにお持ち帰りいただければと思います。国民の方から担当室に委員数分冊子が送られてくる場合がありますので、御関心ある委員の方はお持ち帰りいただければと思い御用意いたしました。

 なお、本日、文部省からは従来から出席しております寺脇政策課長と徳重高等学校課長のほか、教育助成局の田中審議官に出席をしていただいております。

【金子主査】それでは、議論に入る前に予定の確認と今の我々の位置づけみたいなものを少しお話ししてから議論に入らせていただきます。

 これまで3回比較的自由に議論をしていただいておりますけれども、だんだんと中頃に差しかかって、6回、7回でまとめなければいけないという都合上、少しストラクチャーとある種の方向性をもって、自制心を持ってというと大げさですけれども、少し留意してお話をしていただきたいかなということです。

 A、B、Cとは何かというのをもう一回確認なんですけれども、大ざっぱに言うとAがスローガンのような全体の方向性で、Bが幾つか具体的な提案をしましょうと、Cはそれを実現するための新しい学校というものの提案をしましょうというようなことです。Bの「具体的提案」から始めて、前回はそのうち教員の問題について御議論いただきました。幾つか方向性が出てきたと思います。まだ議論が尽きたということではないと思うんですが、その具体的提案を教員問題だけでいいのか、それとも、それ以外にも幾つかの提案をしていくのかということで、Bについて、教員以外で何か具体的な提案をするトピックが何かあったら言っていただきたい。今日はそれらについて全部やるのか、それとも教員の問題だけでいいのかというようなことを最初に決めていただいて、それで、具体的提案に関しては今日中で議論をして、方向性を出していただきたい。

 次回の7月3日第5回は今日の議論を受けて整理をしながら、もう一回審議の方向を確認して、Cの「新しい学校の試み」、これはほとんど今まで議論しておりませんので、丸一回かけてそれをやろうと思います。そうすると6回、7回はまとめに入らなければいけませんので、5回が終わった段階で、何かしらの概略みたいなものを出して、6回では、それを見ながら全体の方向性について議論をして報告したい。それが大体できた段階で7回目で、改めてその文を見ながら、ああでもない、こうでもないということになっていくのかというふうに思います。

 資料3に、第2分科会のメッセージのイメージとして、報告書はこんなふうになるのかという、これは私の勝手なイメージがあります。違うよというのがあれば、後で意見を言っていただきたい。まず全体の方向性としては、スローガンのような短いもので、例えばですけれども、「魅力ある学校」とかですね。臨教審で個性重視が出て、中教審で生きる力ですから、それに続くメッセージということで、それを上回るようなというか、別に競争ではないんですけれども、そういう形で我々の学校教育についてはこういうことをやりたいということを出したい。

 Bが先般から考えているところですけれども、幾つ提案するのかということですけれども、10も20もあるとインパクトが少ないので、3つとか、4つとかそのくらいかなという気がしております。

 これまで皆様方の議論をお聞きしてきて、教員の問題以外に、教員の中でも校長の任命とか免許制度の緩和とか更新の問題は今まで余り出てきませんでした。それらは、ちょっと棚上げいたしまして、大きな括りでいくと学校の評価、それから授業の内容をどんなふうにやるのか、それからあと、これは藤田さんから送っていただいたもののプラスアルファなんですけれども、分権化というか、地方教育行政の体制を見直しましょうと。この中にクラス編成とか、少人数化なんかもあるのかなと思います。これで全部ということではございませんが、今は4つぐらいのグループに分けております。

 教育方法については、おもしろい授業をしてくれと提案するということもありますけれども、全体としては今はクラスが荒れているとか、問題が多い学校が多い。そういうところに対して我々は何らかのメッセージを発するのかどうか。これは全体会のやることだという御意見もあるかもしれないですが、第2分科会として学校教育の中で、全体としてまさに問題になっているものに対して、前向きの回答だけでなくて、どういうふうに対処していったらいいかという問題も入れるのかどうかということは今日の議論ではないかと思っております。

 あと、石原さんの方で教育に対する国家支出の目標値を定めたいという提案があります。今まで余りお金の話は出てきませんでした。今日具体的な議論に入る前に、Bの中で幾つぐらい我々としてメッセージを出したいのか。もし3つなり4つだとしたら、それらは何なのかということをまず議論いただいて、できたらBの部分は今日中である程度議論を終えていただかないと後々時間的に苦しいと思います。

 前置きが長くなりましたけれども、とりあえずは具体的な提案を幾つぐらい、どんな感じにするか。教員の問題だけに絞るという意見もあるのかもしれませんが、その辺をまず自由に御議論いただければと思います。

【藤田委員】私は石原さんの言われた(1)の目標値を示すというのは、0.4 %とか、0.7 %というのではなくて、1.何%にするというのをこの会としてはぜひ入れた方がいいのではないかというふうに思うんです。

 それとあと、今日の金子先生のまとめていただいたもので、地域教育行政の方に入れていただいた「カリキュラム自主編成権の拡大」とか、「学習集団、時間割、学級編成」、「少人数クラス」ですが、少人数クラスの実現ということだと財政の問題になりますが、むしろ教育方法の上のところに入れる方がふさわしいように思います。各学校が独自の好ましい教育を実現できるように、カリキュラムや教育方法は、学習指導要領を踏まえて、各学校がもっと自由に裁量できるようにする方がいいのではないかと思っています。それから、これは現行制度でもできないことではないと思いますけれども、学習集団や時間割についえては、もっと自由に編成するということを考えた方がいいという意味で書いたんです。ですから、上のところでむしろ問題にした方がいいかなというふうに思います。

【金子主査】これは3番目のところに入るんじゃないかという話ですね。

 藤田さんが出されたテーマが全部ここに入っているわけではないんですけれども、これはどちらかといえば地方行政の制度の問題という形です。

【藤田委員】カリキュラムや学習集団は、むしろ教育方法や授業内容のところに入れて、要するに各学校が独自の学校づくりをできるようにしよう、魅力ある学校づくりができるようにしよう、そのためのフレームワークを考えてみたらどうかということです。それに対して、下の方はもう少し制度・財政に関わることですから、例えば教員配置の問題にしても、少人数クラスを実現するという問題にしても、基本的には財政上の問題かなという気がするんです。

【田村委員】石原委員から出た例の国民総生産に占める学校教育費というか、私は総会で、学校だけではなくて、教育にかかわっての教育文化というものについての科学技術の進展のための研究も入るのでしょうけれども、そういったことに対する、いわゆるエンゲル係数みたいな、あのときは「小渕係数」と言ったんですけれども、そういうものを会議のこういうときに言った方がいいだろうというお願いをしたわけです。その後いろいろ調べていくと、国が出すものと地方自治体が出すものと随分違うんですね。ですから一律にはいかないので、それをテーマとして議論する必要があると思うんです。それは部会というよりは、私は総会でやった方がいいんじゃないかという気がしております。学校教育に限定するというのはどうかなという気がしております。それが一点。

 それからもう一つ、今回いただいた議論のまとめとか、全体の問題点などをいろいろ調べれば調べるほど、基本的に学校というのは教師の問題に尽きてしまうという感じがするわけです。どうやっていったらいいかよくわからないんですけれども、つまり現状を見ていますと、教師は多忙という大きな問題があります。だからうまくいかないんだと。「多忙だ」というのを分析していくと、全員が多忙じゃないんです。要するに多忙の理由のかなりの部分にやる人とやらない人がいるということがあるわけです。

 例えばある資料を見ていたら、私、これもびっくりしたんですけれども、ある地域でのある学校の相当大きな人数の先生方の年間の研修というのを調べたら、多い人は1年間に70回も80回も行っている。少ない人は全く行っていない。それが現実としてあるわけです。多忙というのは、現場の先生に聞いてみると、とにかくどんなに忙しくても定時になると帰っちゃう人がいる。そうすると、みんなあてにしないから、その人には仕事を一切回さないで、残った人が全部やる、そういう仕組みになっている。そういう状況の中で先生を幾ら増やしたって問題は全く解決しないんだろうと思うんです。暇な人が増えるだけではないかという気がしてしょうがないんです。

 そうすると、教員のモラールの問題でやるのか、制度の問題でやるのか、あとは制度の中で評価をしてフィードバックさせるというようなことでやるのか。市場原理を導入するというのは一番はっきりするんですけれども、それはいろいろ難しい問題があるので、そう簡単にいかないわけです。そうなると、どれを選ぶかということをここで議論して、具体的に提言する必要がある気がします。現場の先生方はかなりそれを期待しているようです。これではまずいとはみんな思っているんですけれども、現実には直す人がいない。直せる人もいない。各学校に任せるということなんですけれども、現状では、研修会の回数一つでも、ゼロの人がいて、80回も行く人がいるということを把握している校長がほとんどいなかったということです。だから、したって、しなくたって仕事は済むわけですから、それで済んでしまったのかもしれないですけれども、その辺をかなり書き込んでおかないと、ただ言って終わりということにならないのかということを非常に危惧しております。

【金子主査】田村さんの御意見は、校長の人選なんかも含めて、いろんな問題は人の問題に尽きるんじゃないかと、こういうことですか。

【田村委員】そういうことです。マネージメントを思い切って学校に導入しないと解決しないのではないかという気がしてしょうがないですね。

【金子主査】ほかはいかがでしょうか。

【上島委員】前回いなかったのでわかりませんが、前回は校長先生の話は出ていましたか。

【金子主査】前回、校長の話は余り出なかったですね。

【上島委員】全体的な学校のマネージメント能力というのは高めていく流れでしょうし、逆に開かれた学校ということで、校長先生をはじめ、地域主体で独自性を持っていくという流れは文部省の方も進めたりしているので、その流れはいいと思うんです。あとは具体的に校長先生の、例えばもっと人事権とか、予算編成権とかをどう拡大していくかとか、どういう権限を持たせるかということなども、ひょっとしたら学校評価制度なのか、どこに入るか、教員の問題のところの分野になってくるのかなと思いますけれども、そんなところも大事だと思います。

 あと、これはうちのグループでやるのかどうかわかりませんけれども、例えば教育方法の中に、もっと細かく言えば教科書の採択制度も少し触れていった方がいいんじゃないかと思うんです。これは3つ目に入るのかもわかりませんけれども、この教育方法の中に。

【田村委員】新聞記者に遊軍制度というのがありますね。記者の配置で遊軍という、教員にあれをやったらどうかと思うんです。つまり問題が起きると急に忙しくなるんです。そうすると本来やるべきことができなくなってしまうわけです。だから、教育事務所単位かよくわかりませんけれども、ある地域でもって遊軍制度みたいなものを設けて、何か起きたらパッと派遣する。別にそれはパートでもいいわけですから。在郷軍人みたいな、かつての経験者で、いい人がいたら、それを登録しておいてもらって、必要なときにパッと派遣すれば、お金がそれほどかからないで済む。教員経験者だと現場の抵抗というのは余りないですけれども、そういう仕組みを考えられないものでしょうか。

【上島委員】会社で言えば、雇い入れるとか、人事から、予算から社長が全部持っているわけです。ですから、急にはできないかもわかりませんけれども、校長先生のマネージメント能力について、全部ここできちんとできる準備をしておけば、ここにあるすべての問題は、教員の問題にしろ、教育の方法にしろ、カリキュラムの実践にしろ、少人数クラスの実現にしろ、本来は会社と一緒であれば、校長先生のマネージメント能力があれば、そういう能力がある人がきちんとやっていけば全部入ってしまうんです。基本的には地域主体で独自にやっていいという前提の上で、そこまでのマネージメント能力が高まっている先生がおれば、学校内部の自主編成だとか、クラスが大きいだろうが小さいだろうが、開かれた学校であれば、ありとあらゆることをやろうと思えば、教員の問題とかも全部含まれるんです。ただ、一般社会みたいに、公務員の方ですから首が切れないので、学校間の異動とかそういうふうにどうしてもなってしまうのでしょうけれども、それも地域で校長先生たちがきちんと話しておけば、教員の異動だって、自由に従来していたのが最近急になくなってきて、学校の異動も本来はしてもいいはずなのに、何か知らないけれども異動もできなかったりする。教員の配置替えもしないというのが現状ですから、そういう意味では、すべて校長の権限を入れていくと少しは変わっていくんじゃないかと思います。

【江崎座長】日本は、国立大学を含めて、エンプロイーとエンプロイヤーの差がほとんどない。それは私、筑波大学を6年間経験して最も感じたことです。権限を与えたというような簡単なものではないんです。社長は基本的には非常にたくさんのスタッフを持っているわけです。たとえ、現在の組織で筑波の学長に予算配分権を与えられても、人事権を与えられてもできない。スタッフが与えられていないわけですから。そのスタッフをどういうふうにするかということを考えないで権限を与えるだけではだめです。マネージメントも必要なんですけれども、変なマネージメントでは困るわけですから。立派なマネージメントが必要で、それをするためのスタッフのようなものが必要です。金子さんのコミュニティスクールじゃありませんけれども、アメリカの学校は、エンプロイーとエンプロイヤーの差がありまして、ちゃんとスタッフがいまして、マネージメントをやっているわけです。

 例えば私の知っているコミュニティスクールは、金子さんのおっしゃっているコミュニティスクールとは若干違うんですが、人口が1万4,000人ぐらいのある町で、教育委員をつくって、教育長がおって、大体学生が3,500 人ぐらいいるという中で、先生は大体全部組合員で、ティーチャーズユニオンに入っている組合員です。学校の中では校長と2人の副学長がマネージメントで、しかし、そのマネージメントの上の方にいろんな組織があるわけです。教育委員会とか、教育長とか、そういう組織がマネージメントをやっているわけです。

 そういうコミュニティですから、例えば給料の問題なんかは、アメリカの税金のことはこの前も申しましたように、幾ら税金をあげるかということが町をあげて大きな議論になるわけです。ですから、バジェットといいましても、校長にあげるというだけじゃなしに、コミュニティでどれほどのバジェットとするかということが大変大きな議論になっている。私はこの間、ちょっと参考までにそういうことをしたんですが、バジェットをどれだけあげるかということが、チャパカ・バジェット・ハズ・シックスティナイン・パーセント・スペンディング・ハイクといいまして、ちょうど私が行ったときに、投票日でワイワイガヤガヤ、こういうことがマネージメントで、こういうもののバックアップがあって初めてコミュニティということができるのであって、ただ簡単に校長にもう少し自由にお金を与えてと、そんなものじゃないんです。

【上島委員】私も今の校長先生に急にポンとやっても、何もできないというのをさっき前提で話したと思うんです。それは無理だと思います。当然校長先生のレベルアップ、研修も大事でしょう。マネージメント力も、人材も。恐らく来年東京都で4月から羽田高校は民間の校長を採用します。この民間の人は大いにやると思うんです。楽しみにしているんですけれども、民間の人がやったら恐らく相当変わると思うんです。それで実績が出たら、全国の校長先生はこれではだめという意識になってくれる。だけれども、マネージメント、人事権を与えるということは自分のスタッフを抱えてもいいわけです。校長先生のマネージメント能力さえあれば、自由に自分のところのスタッフを連れてこられる。

【江崎座長】どうしてスタッフを連れてくるんですか。

【上島委員】予算権を持っていますから。

【金子主査】ちょうど同じ考えが私の提案しているコミュニティスクールなんですね。

【上島委員】私の場合は既存の公立の枠組みでやる場合にはそうです。全くゼロからであればコミュニティスクール。

【金子主査】マネージメント・スタッフには多分地域の人がいろいろ入る。そういう新しいのはモデルをつくっていけばいい。全体としてよくするということとモデルをつくるというのが僕としてのBとCと括りなんですね。

【藤田委員】マネージメントのことは私も非常に重要だと思うんです。おっしゃられたように、アメリカの場合はスクールディストリクト(学区)が行財政のユニットになっていますから、予算もみんなそこで決めていますね。

 アメリカのもう一つの特徴として、江崎さんも言われましたように、校長をサポートする秘書的・教務補佐的なスタッフがティーチングスタッフとは別にかなりいます。ですから、そういった方向を検討することも必要だと思いますね。

 とにかく、日本の中央集権的な教育行政と全く違いますから、その場合かなり根本的な検討が必要でしょうね。もう一方で、イギリスのように、いわゆるスクールカウンシルのような方向を検討してもいいように思います。行財政のシステムはわりと日本に近いけれども、校長を含むスクールカウンシルが学校の管理運営について実質的にかなりの権限を持っていて、いろんなデザインをしたり工夫をしていますが、そういう方向ですね。そういったことも含めて、教育行財政の在り方を検討する必要があると思います。

 私は提案の中に予算配分の仕方を含めましたが、配分原理と運用執行面の両方を検討する必要があると思います。例えば生徒をベースに教員の基数を決め、それにプラスアルファの教員を配置するとか、学校の裁量予算というのを決めて、その枠内では、校長あるいはスクールカウンシルなりの権限で非常勤を雇うなり、あるいはマネージメントについて外部の専門の人にパートで委嘱をするとか、いろんな工夫を各学校ができるようにするということを考えるのも一つの方法ではないかと思うんです。

【江崎座長】やはり人の問題で、普通の校長先生はともかくそういうマネージメントするような訓練は受けていませんから、それができません。だから、そういうトレーニングを誰がするかということです。これは大学の話で、我々、文部省の人たちと一緒に考えたわけなんですが、やはり基本的には独立行政法人的なものをそれぞれの学校につくっていかなければいかんわけです。コミュニティスクールは評価されて、独立行政法人的なものでなければいかんわけでしょう。ところが、日本という国は評価できない国です。ですから皆さん評価をしたがらない。個々に評価をしておられるんですが、評価ということについては、できないということは言ってしまったら話にならないんです。やはりこういうものを先生だけの中の評価ではなしに、誰か外部的な人が、外部評価じゃないと余り価値がないんじゃないかと私は思うんですけれども、先ほどのできる、できないというようなことは、公表しないということを言っているんです。

【田村委員】これは公表しなかったら意味がない。内部チェックリストだけになってしまって。

【江崎座長】内部チェックリストは余り意味がないんです。

【田村委員】ほとんど意味がないですね。

【上島委員】学校自体の内容をもっと情報公開するという、これはひょっとしたら法律でも決めてもいいぐらいかもわかりません。今の行政は情報公開法と言っていますから、こういうのがもっと特別に学校の情報を公開する学校情報公開法みたいなものを法律で決めてしまって、内側からも全部オープンにする。片や外部からも評価する、両方要るでしょう。

【藤田委員】私は大学については評価は必要だと思っていますけれども、初等中等教育で評価というのを実際にそういう形でやり始めますと、やはり問題の方が大きくなると思うんです。ですから、例えばスクールカウンシルのようなところできちんとした自己評価をしながら改善していく方がいいと思います。もちろん必要な部分については保護者や地域などに公表するということは必要ですけれども、基本的にはプロフェッショナルなエシックスというものを尊重しないと、小中学校の教育というのはうまくいかないと思うんです。ですから、そういう意味で評価は必要だけれども、やり方は少し具体的に検討して、本当にセンシブルな評価の方法を考えていくことが重要だと思います。

 もう一方で、先ほど私、マネージメントのためのいろんなスタッフが必要だということを申し上げたんですが、アメリカの学校教育でもう1つ問題になっていますのは、ティーチングスタッフよりも、実はそういうマネージメントスタッフの方が相対的には多い。そのために膨大な予算が費やされていて、それよりもティーチングスタッフを増やすべきだという議論がずっと続いてきているわけです。ですから、トータルなバランスとしてはその辺のところもよく考えないといけない。そうなりますと、校長の資質というか、力量というものが問題になってきます。これはフィラデルフィアの例ですけれども、最終的な資格付与の前に校長研修に10週間かけているんです。その10週間に2つの学校に入って、5週間ずつ校長の候補者として研修をするわけです。4日間は学校で、現職の校長の指導を受けながら、この学校を改善するにはどうしたらいいかを考えたり、PTAや教師と、あるいは生徒たちとやりとりしながら研修し、残りの1日は教職研修センターでマネージメントのトレーニングとか、カウンセリングのトレーニングとかいろんなものを受けて、そして最後にその報告書と学校の改善案を出し、それに校長の評価と試験官の面接で最終的に合否を決めるということをやっているんです。これは現場の先生方に校長の任用のプロセスが全部見えていますから、それだけに、そこを通過して資格を得た人は、それなりの評価を得ているということになりますし、リーダーシップも発揮しやすいということになりますから、そういうような方法を検討するのも一つの方向だと思います。

【江崎座長】日本で今おっしゃるようなことをするんだったら、そういうトレーニングが校長に必要なんですね。独立行政法人にするには、学長に対してもそういうトレーニングが必要なんです。

【田村委員】そのために給料が全然違うんですよ。

【河合委員】それを私は言おうと思ったんですけれども、それだけトレーニングされて、月給が安かったから誰もならないと。

【田村委員】給料がもともと違うんです。それが日本でできるのかどうか。

【河合委員】校長先生にそこまで期待するんだったら、校長先生の給料というのは考えるべきだと思いますね。それは大学の学長さんもそうだと思うんですけれども、日本の場合も、先生がおっしゃるように、学長になるようなトレーニングというのは皆無ですよね。しかしそれは両方で、そこまで厳しくするから月給を高くしているとか、そうしないとただ上げるだけではだめです。

【江崎座長】アメリカの学校の例を言いますと、校長は年俸12万5,000 ドル、普通の先生は4万ドルから最高が8万ドルで、ただし、それは10か月のアポイントメント、校長は12か月のアポイントメント。そのくらいの違いです。

【河合委員】日本は社長さんだって月給が安いんですよね。日本のカルチャーがあるんですよ。ここが難しいんです。

【藤田委員】私もそれを言いたいと思っていました。つまりアメリカやイギリスの制度や改革は参考にはなるんですけれども、絶対そのまま日本には持ってはこれないんです。それではどうしたらいいかというと、例えば今の話の延長線で言うとすれば、これは今ヒントをいただいたことですが、日本では設置基準があって基本的には国がすべてを決めているわけでしょう。大学は、大学設置基準などがあって、大綱化されたとはいっても、諸規則にしばられている。高等学校もありますよね。でも小中は、学校教育法施行規則等で一応の水準は定められていますが、独自の設置基準というのはないんですね。

【田村委員】ありますよ。

【藤田委員】でも具体的なところは県単位で決められるでしょ。

【田村委員】国としてないんです。ですから、ヨーロッパ、アメリカ、イギリスと違って、幸い日本は全体の組織がきちんとできているわけですから、全部の学校制度に国として設置基準を決めて、その中に評価システムを入れたらどうでしょうか。それを提案したらどうでしょうか。国がそういうものを各県に示す。そうすれば仕組みとして評価が学校に入りますよね。その仕組みの具体な内容についてはいろんなことがあると思うんです。基本的には評議員会制度とか、大学で言えば運営諮問会議ですね。あの仕組みだと思うんです。それを設置基準の中に入れてしまう。それをやっているのが学校だ。ただ、その場合はコミュニティカレッジもそうですよ。コミュニティスクールもそれをやってくれなければ学校には認められないということなりますね。

【金子主査】僕が頭の中で描いているコミュニティスクールが何かということは、次回かその次に少し詳しく言いますけれども、基本的には学校と地域がガバナンスのユニットとして、地域の評議会なり、スクールカウンシルなりを作ってが予算の配分権とか、人事権を持ち、年限を切って、それでちゃんと結果評価をしていくというようなものです。日本中全部そういうふうにしろというのではなく、飛び地を幾つかつくれるようにしようということです。多分全国で何百か所かできればと思うんです。一方で、そういうことができないようなところをどうしたからいいかということに対して、第2分科会は何かメッセージがあれば、それをBでやるのはどうかというのが僕の括りですね。

【田村委員】それはやり方として設置基準です。

【金子主査】それも含めて。

【藤田委員】わからないではないんですが、私は、やはり全国的に、個々の学校に自分たちの学校づくりを積極的にできるだけの自由度を与えなければいけないと思うんです。総合的な学習の時間のアイディアだってそうであって、カリキュラム面でそういう自由度を与えようということだと思うんです。必ずしも私はあれに賛成ではないんですけれども、でも、基本的にはカリキュラム編成にしても、スタッフの採用にしても、あるいはその他の活動の組織にしましても、もう少し各学校が自由に組織でき、工夫できるような余地を拡大するということが重要だと思うんです。

【田村委員】最低条件は評価するという条件とか、それは入れておかなければ。

【上島委員】自由度をあげたらできるでしょうか。

【今井委員】それに制度として今の学校評価とか、それから学校評議員制とか、どういうふうにすれば魅力ある学校づくりになるのかということをとらえた中で、学校の自由裁量というのがないといけないと思うんです。

【田村委員】これだけはというのがないと。

【今井委員】学校評議員制度とかがなかなか進まないんです。今、PTAでも一生懸命働きかけているのですが、学校側が表ではいいよと言っているけれども、実際には入ってほしくないというのが実態ですから、もう一歩進めて設置の方が導入しやすいんじゃないかと思います。

【田村委員】学校評議員制度を先生方は何て言っているかというと、「のぞき見趣味を満たす」と言っているんです。それでは絶対に広まらないですよ。

【上島委員】内側から情報公開するというような、公開法みたいなものを決めつけてしまった方が早いです。

【田村委員】それは制度としてやってしまった方がいいですから。

【金子主査】学校評議員は学校管理規則の中にあって、学校長の推薦で、教育委員会が委嘱するとあるんですけれども、実際これだけのことで、本当に地域の代表がどんどん物を言うような評議員が得られるかというと、すごくすばらしい校長でガンガンやる人だったらいいでしょうけれども、普通の校長ではなかなかできないかもしれない。そのときに、もう少しそれができやすいようにするにはどうするかという話をしないといけないかなと。

【藤田委員】今はその前提条件も整っていないわけですから、まずその条件を整えるべきだと思いますね。今のは評議員制度であって、評議会じゃないんです。ですから、私はスクールカウンシルなり、スクールボードというものにすべきだと思います。評議員という形ではなくてね。

【金子主査】教育委員会とは別にそういうものをつくれと。

【藤田委員】教育委員会とは別に、各学校のスクールカウンシルですね。そこがそれなりの各学校の運営、企画について責任を持つということに踏み込むべきではないかという気がするんです。もちろんその場合に、それは有識者で固めるというのではなくて、校長、教員も入って、それから社会教育関係者や有識者、地域の代表や保護者も入る。自らがその経営に積極的にかかわっていくということですが、今そういう機運は世間一般に盛り上がっていると思うんです。ですから、それが一度動き始めれば、それをちゃんとやらないところは、むしろ、いろんな意味でそのうち圧力がかかってくるんじゃないかという気がするんです。

【田村委員】藤田先生のお考えはよくわかるんですけれども、普通民間ですと、やらないと生徒が行かないからやるんですよ。だけれども、公立の場合はそれがないんですよ。絶対につぶれないんですから。

【大宅委員】何かプラスのことをやって失点になるよりは、何もやらないでじっとしていようということでずっときているわけです。学校選択の自由というのもやろうといってやったときに、新しい規制をつくるつもりですかと文部省の人に言われた。全部地方の教育委員会に落としているので、やれるようになっているんですよと。だったらどうして進まないのと言ったら、やっぱりやって得をしないからです。少なくともやったのだけを推進するように何か出してくださいというところでやるしかなかったんです。

【藤田委員】だけど、例えば予算の20%から30%が各学校で自由に裁量できるという状態になったら、それでスタッフを採用するかもしれない。何かの機器、たとえばティーチングマシンを導入するかもしれない、あるいはマネージメントを部分的にお金を出して委託するということもできるということになれば、お金の使い方を考えないわけにいかなくなるでしょう。その使い方を学校カウンシルが企画の承認を含めてきちんと監督する。そして教育委員会なりなんなりに報告をするということがあれば、これは動かざるを得ないと思うんです。何も自分たちで自由にできるものがなくて、やれと言ったって、やっぱり無理です。

【田村委員】ですから、制度で最低限これだけは用意してくれたのが学校ですよという、その最低限の中身が評価という問題だと私は思っているんです。評価の制度はもうビルトインしておかないと今の公立学校は動かないと思っているんです。最終的にはそういうふうにしたところで、それぞれの先生の力で効果が出るか決まりますけれども、とにかく導入のところから任せたらまず入らないだろうと思います。

【江崎座長】評価というのは何の評価ですか。

【田村委員】学校の評価です。

【江崎座長】学校全体のパフォーマンスを評価するの。

【田村委員】いろんな面で評価するわけです。例えば、僕はその場合、評価というのは、けなすんじゃなくて、褒めることだと思っているんですけれども、この学校はこういう特徴があるということを学校として認識する。その作業です。それを学校というものは全部それをやるんだというふうに決めておかないと、これは公立だって私立だって、そういうふうにしておかないと。私立の場合はつぶれてしまうから必ずやりますよ。いい評判を持ちたいですから。その結果は公表するということにしておけば、だから私立は黙っていたってやると思うんです。だけれども、公立はつぶれないんですよ。となると、藤田先生は、任せておけば必ずなるとおっしゃるけれども、そうだったら、今までにそういうことは起きていたはずなんです。だって、それをやることはいいことに決まっているんですから、だけれども、実際はほとんど行われていない。それで評価だって、学校評価の議論は昭和50年代から延々とやって、現場は今は何もやっていないという状況です。この間の調査では、それを小中校でやっているのは東京都と大阪だけです。それ以外に7つの府県がやったのがあるんです。それは高校だけとか、中学だけです。すべてに共通しているのは一切公表していない。内部チェックなんですよ。

【金子主査】少し参考になるかなと思っているモデルがあります。有機農産物の認証制度というのが今年の6月から始まっています。何が有機かということは、グローバルスタンダードに基づいて基本は国で決めるわけです。それが実施されているかどうかを確かめるために実際に農地に行ったり、お百姓と話したりするのは地域のNPOとか、農協なんか地域の団体がやります。どういう団体が認証するかということの、認定(アクリディテーション)は県がやることになっている。国はそこには手を出さない。教育水準の最低限度はこれだとか、誰でも行けるようにとか、そういうことは国が決めるけれども、実際の評価はスクールカウンシルみたいなものに委嘱をする。そういう枠組を作らず行政の裁量に任せると、すばらしい校長がたまたま行っているところはできるけれども、そうでないところはできないことになる。内容的なことは地域に落とすけれども、枠組みは国で決める。そういう仕組みをつくらないといけないかと思うんです。

【藤田委員】私も評価ということに絶対反対ということではないんです。評価というのは非常にセンシティブな問題で、その冊子にも書いておりますけれども、例えばイギリスのオフステッドというのはものすごい権限を持っていて、4年ごとにすべての学校を評価しているわけです。1、2週間かけて詳細なチェックリストに基づいてやっていますが、あれはひどいやり方だと思いますよ。

【田村委員】私の学校はやってもらいましたから。そんなひどくはなかったです。非常によかったです。結果がいい人はいいと言うし。

【藤田委員】それでだめな学校は公表して、そこにも書いてありますけれども、ネーミング、シェーミング、ブレーミングの政策だと言われているんです。

【大宅委員】その後、どうなったか知りたいなと思ったんですけれども、改善の努力というのは当然するわけでしょう。

【藤田委員】そうです。そして特別改善プランを出して、それに基づいて1年後に評価を受けて、それでもだめだった学校は廃校になるわけです。廃校になるというのは実際に生徒がいるわけですから全く廃校というわけにはいかないので、スタッフ総入れかえという形になるわけです。

【田村委員】現場は緊張すると思います。

【藤田委員】これは1つの考え方だと思いますが、そのために起こってきたことは問題児を放り出すということです。追放です。問題児を抱えていたらその学校はよくならない。先生はそうした生徒への対応に追い回されるし、ですから、その評価制度が始まってから、小中学校段階で追放される子ども一挙に1万何千人にまで増えるということにもなったんです。

【河合委員】それが怖いんです。

【金子主査】 センシティブにということは評価をしないということではないということですね。

【藤田委員】ですから、基本的に、ああいう形の評価は教育には馴染まないと思うんです。だけど、何も評価なしでいいということではないんです。

【金子主査】 先ほど来、大宅さんから出てきたこと、それから上島さんが言ったこと、田村さんの言ったことをピックアップすると、私立の場合にはつぶれるとか生徒が来ないというのがありますけれども、公立の場合には、結局何もしないのが一番いいということになってしまう。個人レベルでも、よくやった人にはちゃんとそれにある種のメリットがある。学校レベルでは隣はいいけれども、うちはだめということで緊張感を持つというようなことは必要です。そこら辺のインセンティブというか、やる気を出すとか、努力に報いるというのは、例えば公立だったらどういうことが考えられるんでしょうか。それが結構鍵になってきますね。それは選択制にするとか。

【藤田委員】選択制が入ってしまうと、途端に利用される評価の指標というのは、学校がいいか悪いかという序列的なものに集中すると思うんです。進学に有利かどうかとか、問題児を抱えて荒れていないかとか、それぞれ序列性の基準、安全性の基準と、私は呼んでいますけれども、悪い学校、問題を抱えた学校は嫌われて、そしてポジティブな指標を持っている学校は好まれるという、そういう方向に拍車をかけることになるだけです。ですから、公表するとしたら、むしろ現行のシステムを前提にして、いい学校は公表するほうがいいと思うんです。公表の仕方も、こういう点で優れていたというようなことを公表する。各学校の先生方は、そうしたことを公表されれば、うちも頑張らなきゃいかんということになるでしょうし、それに予算面の自由度が20%、30%ぐらいあれば、それをどういうふうに使っていくかということを考えざるを得なくなるでしょう。

【金子主査】 選択制についてはいかがですか。僕は選択制をしなきゃおかしいと思いますけれども。

【大宅委員】いい学校というのは、この間も出たけれども、進学率がいいのがいい学校という一つの物差しにとらわれている。逆にたくさんの新しい評価、違う評価、この学校は国語のすごい先生がいて、本をたくさん読ませるものだから、みんなこんなに文章がうまいとか、あるところでは、すごく運動ができていろんなことをやっているとか、それぞれのよさが出てきて、別に進学率だけじゃないよねと国民の方の意識も揺すぶりたいんです。そのためにそういうのがあった方がいい。

【田村委員】それは選択制がいいという以前に、評価をするというのは、いい点を出すということでしょう。そのことで学校が元気づくわけです。その元気づくということが選択制に結びつくというふうに私は思うんです。

【上島委員】優劣をつけるというんじゃなくて、違いを出す。

【大宅委員】上下じゃないの、違いを出す。

【田村委員】あの学校はああいう特徴があるという材料を父兄に示すということが評価なんです。親がそれに対して選ぶ。

【金子主査】 例えば、うちの学校は問題児を受け入れますよ。例えば車いすの人でも受けて、そのことで全体として子どもたちに大切な経験をしてもらいますよということをポリシーにして、しかも実績があるということになれば、それをいいと思う人も出てくるでしょう。そういうことを積極的にやるということで、例えば予算の配分が20%増える。そうすると、それでもって非常勤の人を採ったり、保健婦さんを採ったりというようなことが可能になる。それは学校の品質というか、あそこは行かないというチョイスがあればいいんじゃないですか。

【藤田委員】私は、ほとんど確実に、そういうふうにいかないと思う。特に中学校では、そうはいかない。それは、例えば高校は現にあれほどカリキュラムが多様で、専門学科は違うわけじゃないですか。それでも、この30年間の経験では、専門学科は明らかに特色を持っていたにもかかわらず、底辺校に追いやられてきたわけでしょう。特色を売り物にすることで、人々がそれを買っていくなんてことが、高校で実現しているのなら、私は小中学校でもやってみてもいいと思いますけれども、これまでの日本の経験では、それが実現してこなかったわけです。それから、これはイギリスでも今起こっていることですけれども、オフステッドの評価を導入してから選択をする親が明らかに増えたんです。それ以前も選択はできたんだけれども、選択してまでほかの公立学校へ行くということは多くはなかったわけです。どうしてもいい教育を受けさせたいという人はパブリックスクールのようなところに子どもをやっていたわけです。ところがオフステッドが入って、それからナショナルアセスメントテストが入って、それが全部公表されるようになったら、人々は何をやり出したかというと、その成績、ナショナルアセスメントの成績で学校を選ぶ、オフステッドの査察でいい評価を受けた学校を選ぶといった傾向が強まってきたんです。それから、問題を抱えた地域の学校を嫌うという選択行動も拡大してきているわけです。私はそれが一般の、多くの人たちのビヘービアだと思います。

【上島委員】それはそうだと思うんですけれども、ただ、今の公立の学校を評価したら、そんなに今の学校は選択されるのが困る内容なんですか。本来はきちんと最低限の評価基準、例えば学校評議員制度をすぐに導入しましたか。この学校はしている、していないとか、仮にそういう評価があったとするじゃないですか。それをされるのが困る学校の方が、中身を見られたら、評価されたら困る学校の方が問題でしょう。

【金子主査】藤田さんの言っているのは、全国一律の評価が出ると弊害の方が大きいんじゃないかということですね。

【藤田委員】全国一律でなくても、地域レベルで学校が比較されるようになれば、特に中学校段階では確実にそうなると思います。大きな差である必要はなくて、微細な差でも、選べるということになると、日本の教育熱心な親御さんたちは必ず序列をつけて選ぶようになると思います。

【金子主査】それをなくすために選択させないというのはおかしいですね。別の方法を考えないと。

 今井さんいかがですか。親の立場で。

【今井委員】これは前もお話ししましたけれども、やはり都会の状況と地方の状況と少し違っていて、今の学校選択が割に密集していて可能なところと、地方は地域がしっかりしている場合は、それをやることによって、せっかく今ある地域が崩壊していく方向に進むというのもあるので、この件については全国一律選択がいいかどうかということはちょっと難しい。

【大宅委員】また、それぞれのところで組み入れてやればいいわけで、一律にやらねばならぬということではない。

【今井委員】はい。そして学校の評価というのは、親の立場、納税者の立場ということからしますと、やはりいろんなことをオープンにしてほしい。私たちが手伝ったこと、目標に対して一生懸命やったことがどうなのかという結果を学校が話されない。今は情報公開と言われていますが、1年間の教育目標とかそういうことは結構話されるんですが、1学期を終わったところでどうだとか、2学期終わったところでどうだとか、例えば細かい話でいくと、小学校であいさつ運動を奨励していきましょうといったときに、地域で子どもたちはそういうことを実際に行っているかという地域の人の声を聞くこともないですし、そのあたりの「つながり」が、まだまだ十分ではない。支えていこうと意識を共有するシステムにならなければ、連携はできない。

【金子主査】 そういうことを全国一律しなさいという制度をつくっても、表面的にはともかく実際はやるところとやらないところとでてきますね。うちの学校はそういうことを徹底的にやりますよという学校があれば、やはりそちらに行きたくならないんですか。

【今井委員】それはすごく思います。

【金子主査】 選択制がないとそうはいきませんね。

【今井委員】というか、もしうちの方の場合だと、ちょっと離れたりしているので、そこまでなかなか行きにくいというときには、多分親はこういう仕組みが今あるんだからと、それをプッシュすると思います。

【金子主査】両方要りますね。

【藤田委員】実際、既に「通学区域の弾力的運用」の通達以来、実質的には自由化の動きは出ています。品川区のようにもう導入している地域もありますし、各教育委員会の判断でやろうと思えばできるわけですから、私は国民会議として、それを促進した方がいいということは言わない方がいいというふうに思うんです。言えば、一挙にそういったことを意味もなく、問題点を余り深く考えずに、そちらの方向に流れていって、せっかくこれまで育んできた地域制のよい側面がどんどん崩れていくということになりかねないと思いますから、私はそれは言う必要はないと思う。むしろ、学校づくりをどうやってよくしていくのかというポジティブな提案だけをすればいいのではないかと思います。

【田村委員】じゃ、評価はよろしいんですね。

【藤田委員】評価ということ自体はいいです。ただ、やり方については慎重に、自分たちが責任を取れるような形ですべきだと思います。

【金子主査】藤田さんのご意見の主旨はよくわかるんですけれども、そうならイギリスで失敗したものを乗り越えるための方法を提案すべきであって、どこかでうまくいかないものは絶対にやらないというよりは、もうちょっと前向きになってもいいんじゃないですか。

【藤田委員】選択制についてですか。

【金子主査】例えば地域で独自に決めていいとか。

【藤田委員】もう既に決めていいことになっているわけですから、地域で決めていいと、ここでさらに言うことは、ポジティブにそれを推進した方がいいというメッセージが入りますから、私はそれを提案に入れることには反対です。小中学校を選択制にすると日本の教育は混乱し、もっと歪んでいくと思います。

【金子主査】 その混乱するもとを除去すればいいんじゃないんですか。

【藤田委員】戦後50年間、高校入試、大学入試、序列がいかん、序列と入試の弊害を除去しなければならないといって苦労してきたのに、変わらないわけでしょう。構造的に変わるはずがないわけです。それが中学校にまで降りてくるということでしょ。たとえ学力入試をしなくたって、学校選択競争が起こると思いますよ。

【田村委員】藤田先生の御心配はよくわかるんですけれども、ひとつ状況が変わってくるんじゃないかと思われるのは、大学入試が劇的に変わりますね。本当に競争がある大学というのはごく一部になりますね。恐らく600 ぐらいある大学の中で、まともな試験をやっているのは100 あるかどうかというふうになりますね。その100 残った大学が、従来のような、ただ偏差値でもって輪切りにされるという道を大学が進むのか、あるいは、それぞれが特徴を持って、それを主張して、そういう特徴を訴えることで学生を集める。だからできるできないの偏差値は関係なしに、こういう方向を持っている子はうちへ来なさいとか、そういうふうになるということになりますと、小中までそのことが生きてくるんです。ですから、今まで一番具合いが悪かったのは、要するに偏差値というような、子どもの能力の一つの要素でしかないものがすべてだったということが一番まずかったと思うんです。そうじゃなくて、大学がそういう状況を踏まえて、それぞれの大学の特色を出して、偏差値を無視して、自分の学校は研究だから研究に向いている人をとるというのは、それはそれでいいし、うちは行動力のあるベンチャーをやるような人を集めるんだといったら、それで集めればいいわけでしょう。そういうように変わってきてくれれば、下まで全部いけるんです。それを書き加えて選択したらどうだろうかと思うんです。僕は選択は入れないと何にもならないと思うんです。

【大宅委員】我々が言うと、推進するということでみんなドドッとそっちへ行ってしまう可能性があるとおっしゃった。そこが問題なので、日本はお仕着せ思想にびっちり染まっているんです。それを打ち破るためにも、教育権は親の方にあって選べる、選んだ上で前と同じところかもしれないけれども、選んで入るのと、決まっているんだから、ここなんだから、ここに住んでいる人はこのラーメン屋に入って食いなさいと言われるのと同じで、黙っていても客が来るというシステムじゃなくて、選ばれるかもしれないというだけで変わる。学校側も変わる。親の側も自分で選んだんだから自分で責任があるんだという思想になれば考えるという作業が入るじゃないですか。今、先生がまさにおっしゃったのは、考えないでやらなきゃいけないのかとみんな行ってしまう。そこを変えるためにも選ぶという動作を入れたい。

【藤田委員】でも、世界的な経験では、選ぶという行為は基本的に小中学校では親がする。この点は事実だと言っていいですね。親の選ぶ権利だというふうに皆さんおっしゃっているわけだから、それはいいとしても、親の選ぶ権利を適切に行使する人としない人の違いがある。その結果は子どもが責任をとるわけです。小中学校で、その責任を子どもにとれと言うことになりますが、それでいいんでしょうか。

【大宅委員】そんなかわいそうな学校がいっぱいできるんですか。

【藤田委員】いやいや、そういう問題じゃない。

【大宅委員】子どもがたまたまそこへ行っちゃったおかげで、人生が目茶苦茶になるような学校が山のように日本国はできるわけですか。

【藤田委員】たぶん、そんなことはないでしょうね。

【大宅委員】そんなに違わないでしょう。そんなにかわいそうと思わなきゃいけないんですか。

【藤田委員】でも、そうしたことを問題視する必要がないと言うなら、これまでの教育改革論で変える必要があると言われ続けてきた日本の学校教育の特徴を問題にする理由もないんじゃないですか。高校には、底辺校とか問題校とか教育困難校とか言われる学校があって、それをこの何十年間かずっと問題にしてきたわけでしょう。その弊害を除去しなきゃいけない。序列・格差をなくさなければいけない、と。校内暴力をはじめ、中学校で起こったいろんな問題にしても、この何十年間か入試のプレッシャーのせいだ、学校性ストレスのせいだと言ってきたわけでしょう。基本的には、高校の序列、格差によって中学生の生活が押しつぶされていると言い続けてきたわけですよ。すべて元凶は高校の序列と格差にあると言ってきたんじゃないんですか。それが中学校段階でも広まってもいいと、どうして言えるんでしょうか。差異というのは、何も大きな差異だけが問題になるわけではない。微妙な差異、微細な差異でも、その差異が相対的な比較に基づくかぎり、そこに序列意識や格差意識が生じることになりますよ。そして、そうなれば、それが深刻な問題に発展する可能性は、私は非常に大きいと思うんです。中学校段階でも、日本ではほぼ間違いなくそうなると思いますよ。ですから問題は、実質的に本当に重大な差かどうかということではなくて、子どもたちがそういう序列意識・格差意識に絡め取られてしまうことが怖いんです。

【大宅委員】そこの何でも序列化して、どっちが上等と思ってしまう。存在としては平等で、単なるディファレンスだということを意識改革するのが一番大事だと思っているんです。

【藤田委員】そうだったら、むしろ学校の中で、地域のいろんな子どもたちが入っている学校で、いろんな差異があって当然なんだという意識を子どもたちが持てるようにするほうがいいんじゃないですか。そういう教育をしよう、そのために何をしたらいいかということを考える方が理にかなっていると思いますよ。つまり、学校間で差異(制度的な差別化に通じるような差異)をつくるというよりも、学校の中にいろんな違いがある子どもたちがいて、一緒にやっていくんだという、そういう学校づくりをしていく方が正道だと思うんです。

【上島委員】おっしゃることはわかります。親が選んで子どもはその責任はない。だけれども、今、親も子どもの教育に対して意識がなければ問題になるわけです。ですから、自由に選択した中で、親が自分で選んで、自分の子どもに責任を持ちながら、その学校に行かす。そこの親としての自覚、責任だってあるわけです。これは子どもの人権と親の人権をどう見るか。これまた人権の問題とか、平等の問題とか言い出すときりがないですけれども、あくまでも選択の自由を持たせて、従来の身近な学校に親が行かすのも親の選択ですし、また違うところに行かすのも親の選択だし、親の責任として子育てをしていくという、それは自由にさせてもいいんじゃないですか。

【金子主査】 さっきのお話で、東京周辺なんか多分そういう競争が起こると思うけれども、実際小学校へ2時間も3時間もかけて行かせようとする人は多分いないから、1時間以内に2つしか3つしかないとしたら、そんなに悲惨な競争は起こるでしょうか。

【河合委員】それでも行く人はいます。

【大宅委員】そっちの方が悲惨かもしれない。24時間しかないのに1時間もかけて行かした方が私はおかしいと思う。

【藤田委員】人口10万人以上ぐらいの都市だったら、ほとんど確実に問題化すると思いますよ。4、5万人くらいでもその可能性があるでしょう。通学可能な圏内に幾つか学校がありますから。

【大宅委員】生徒に逃げられちゃったこっちの学校は、黙って指をくわえているんですか。

【藤田委員】それは、もちろんいろいろ努力するでしょうね。

【大宅委員】だから、そこまで待たないと、ずっとこっちへ行っちゃった子はかわいそうねという話じゃないと思う。それをやらないと変わらないですよ。

【金子主査】 河合さんは、今の議論はどういう御意見ですか。選択はなくした方がいいのか。

【河合委員】おっしゃっているとおり、日本人の序列志向というのは今の状態ではまず変わらない。しかし、変えることをどう考えるかということは我々考えなければならないけれども、今の選択方法によって変えるということは私はできないと思います。選択するとますます序列がきつくなるぐらいのことだと。といって、急に変えるわけにはいきませんから。

【大宅委員】やれば変わるだろうと思うんです。

【藤田委員】田村先生、江崎先生も言われたように、大学は今ものすごく変わっていますね。生涯学習社会だということで教育の機会もどんどん拡張し多様化しています。だから、上からどんどん変わってくると思うんです。それを待つ方がいい。それは下にどんどん広がっていくでしょうから。実際、高校生の意識は近年ずいぶん変わってきています。専修学校に対するオリエンテーションにしても、大学についての意識にしてもかなり変わってきています。上がどんどん変わっていけば下に波及していきますから、それを期待するほうがはるかにいい。

【金子主査】そうすると時間の問題という話ですね。今すぐやるのは危険だという話ですね。

【藤田委員】一面では時間の問題だと思います。しかし時間が経過しても、小中学校は現状のままで全然問題ないと思います。どうしても隣の学校に行きたければ、届け出れば認められるんですから、何も禁止されているわけではないんです。

【田村委員】ただ、藤田先生にお聞きしたいのは、要するに評価するということは、評価の結果を公表するということでなければ意味がない。私が考えた評価というのは、いいところを見るというふうに思っているんですけれども、それを公表した場合は、それを裏打ちする選択という行為が認められなかったら、これも全く意味がないんです。それだったら何で公表するんですかという話になるでしょう。だから、しなくていいじゃないかということで、学区になって決まっていたから、今まで評価してもちっとも公表しなかった。

【金子主査】 今、問題になっているのは、今の状態そのまま、国民のメンタリティをそのままにして選択制を入れると、当面かなり問題になるんじゃないかというお話ですね。

【田村委員】それはニワトリと卵の問題なんです。どっちが先かなんだ。

【金子主査】だから、どんな時間のスパンを見るのか。

【藤田委員】評価の問題、これは学校の評価についてもそうだし、教師の評価についてもそうですけれども、教師や学校の自己改革を促進するための評価というのがありますね。それから学校選択のための、あるいは教師を子どもが選ぶための評価というのもあります。子どもたちに先生方を評価させて、どの先生がいいか、つきたい先生のところに行かせるという選択のための評価ですね。私は、前者の評価なら、保護者や地域の代表の加わった学校評議会のようなものによる評価を含めて、いいと思いますが、後者には反対なんです。

【田村委員】脱線して申しわけないですけれども、評価をするのは税金でやっているんです。先生たちのお金でやっているんじゃないんです。つまり住んでいる人たちが払った税金でそういうことをやるんだから、税金を払った人が知るのは当然じゃないですか。だから、先生のための評価なんていうのは私は存在しないと思っています。先生が知ったっていいですよ。だけれども、基本的にその評価は税金を払っている人が知るというところに意味があるんです。先生たちがよくなるための評価なんていうことを考えたら、それは誤っていると思います。だって、その評価は税金でやっているんだもの。

【今井委員】私たちは保護者の立場からすると知りたいんです。

【田村委員】それは税金を払っているから知る権利があるわけです。そうじゃないでしょうか。

【藤田委員】いいですよ。ですから、評価の結果を保護者や地域の人たちに公表して、そして、学校をさらによくしていくにはどうすればよいかを一緒に考えてもらう。学校改善に参加してもらうということをすればいいわけでしょう。

【田村委員】そうそう。

【藤田委員】私はそれを別に否定していないですよ。

【田村委員】ただ、その際に選択というものも入って何の不思議もないんじゃないかと思うんです。

【藤田委員】ですから、選択が入っちゃうと、評価ということの質が変わってくると思うんです。駄目な学校だ、問題のある学校だ、と評価された学校は、その学校をよくするために評価されたのでなく、駄目な学校というレッテルを貼られ、忌避されるために評価されたということになります。選択が入るというのは、そういうことです。学校をある種の商品として見るということです。つまり購買対象になるということです。しかも、その商品価値というのは、選ぶ段階で決まっているわけです。この学校はこういう意味でいい学校だと。さあ、私はどっちを選びましょうか。この学校を選びます。そこに入るんだけれども、実は入った子どもたちだけで、その価値を実質的にさらに形成していくわけでしょう。学校の価値というのは入るときに決まっているんじゃなくて、卒業するとき、あるいは、ずっと将来にわたって、その価値は実現していくというものなのに、入る時点でこの学校はいい学校だと、この学校はそうでもない、だから私はこっちへ行きましょうという選択をするわけです。私的な財はみんなそうです。これは、高校、大学ではしょうがないと思うんです。だけど、小学校、中学校では、それはけっして好ましいことではない。

【金子主査】それはわかりますけれども、選択の自由を奪うことによって、それを解消しようというのは非常に後向きじゃないんですか。

【上島委員】小学校入学前に、あなたの子はこの学校へ行きなさいよと。

【大宅委員】現実は、悪いところへ行かされているということですよ。

【上島委員】そこへ必ず行かなければいけないわけです。そこに選択の自由はなし。

【金子主査】藤田さんの言うとおりにすると、よくない学校の近くにいる人はそこに行くしかないとなり、それこそ大変なことになる。

【江崎座長】藤田さん、こういう問題はどう思いますか。現在、私立の中学、私立の高校ができているわけです。これは父兄も自由に選択するわけです。一つだけ必要なのはお金というものが多分条件で、選択があるわけです。それと現在選択できないのが併存しているわけです。もう既に選択ということが現実的に行われていますね。だから、その選択は公立に関する限りはいけない。私立だったらいいという議論になる。

【河合委員】私はその程度の選択は許す。つまり、自分が私立に行きたいという人は選択して行きなさい。しかし、公立というものは、そこに行って、そこの評価が悪かったら、その学校をこれからよくすればいいんだから、例えばある小学校の評価が低かったとしたら、教育委員会としても、ここは問題だから、そこの校長先生をかえるとか、先生をかえるとかみんなで考えるべきであって、何でもかんでも選択というのは。

【江崎座長】パブリックとプライベートですね。

【金子主査】 高校入試とか大学入試をずっとやってきてだめだというのはあるけれども、だいぶ変化してきている。そこさえ変えれば、中学に波及する、小学校に波及するということは、少し時間があれば変えられるということにはならないんでしょうか。

【藤田委員】それは可能性はあると思います。ただ、現状では変わっていない。この50年間変わってこなかったわけです。

【金子主査】 すぐにやるということに対して反対ということですか。

【藤田委員】今の段階で、我々がそういうメッセージを発する必要は全くないということです。

【大宅委員】今公立しかなくて、私立を導入するか否かなんていう論議があったとしたら、先生は絶対反対ですね。だって、親の財力でもっていい学校が選べるなんてとんでもないと。

【藤田委員】私立というものを初めて導入するならば、ということですか。

【大宅委員】現実の問題として私立が今なかったとすれば。

【藤田委員】私は私立は認めないわけにはいかないと思うんです。これは非常に悩ましい問題で、公教育というもの、それ自体がある種の無理を抱えているわけです。近代的な学校というのは、国家がある種の教育の機会をすべての子どもに保障するという考え方の下に、その責任を果たすためにつくられた一つの枠組みだと言っていい。これは世界じゅうどこの国でもそうですよね。そういう枠組みが構造的に持っている無理というのがあると思うんです。その無理を解消するためにも、部分的に私立という学校を認めないわけにはいかないと思うんです。ただし、それはあくまでも公教育を担っている限りでのことです。公教育という、ある広がりを持ったフレームワークの中で、それでも、公立学校とは違って、うちはこういう教育をしたいという、積極的な理念に基づいて行われる限りでのことです。私は、私立学校には、それぞれの理念があると思っているんですが、その理念に基づいてやっている限りにおいて、それを拒否するということはできない。

【金子主査】公立校は理念があってはいけないんですか。

【藤田委員】もちろん公立にも理念はあります。

【金子主査】じゃ、選んでいいんじゃないですか。

【藤田委員】その理念は地域や学校によって多様でありうると思いますが、公立の場合一定の枠があると思います。他方、私立においてはその枠は大きくて、それなりの特殊性があるのだと思います。極端な例は宗教教育の問題で、これは非常にクリアでしょう。あるいはまた、シュタイナー学校のようなものであったり、寄宿制の学校であったり、スポーツ選抜をしたり、英才教育をしたり、いろんなものがありうるでしょう。その多くは、公立ではできないこと、あるいは必ずしも認められないことでしょう。こういう極端な例を出せばわかりやすいけれども、その境界というのはなかなか難しい、曖昧だと思います。いずれにしても、そういう特徴をかなり自由に理念として掲げることが認められるべきだという意味で、私は、私立の存在を義務教育段階でも認めざるを得ないと思うんです。もちろん、高校以上については言うまでもないことです。

【金子主査】 学校をよくするというのはもちろん大事なんですけれども、僕も校長をやっていて、最近身にしみているのは、3年後にはよくなりますというメッセージは親にとってあまり意味がないんです。今、私の子どもが、いま、こういう問題があるから、それを何とかしてくれという問題で、幼稚舎は3年後はすばらしくなります、10年後はすばらしくなりますと言ってもだめなんです。ということは、学校をだんだんよくして自分が卒業した後によくなるんじゃなくて、今、選べるということがなければ、学校としてプレッシャーを受けないんじゃないんでしょうか。

【藤田委員】そうだとしたら、選んで行った子どもの学校だけがよければいいということを認めるわけにはいかないんじゃないですか。嫌われた学校はよくない学校でもいいんですか。

【金子主査】 それはつぶれるなり改善すればいいんです。

【藤田委員】学校というのはそんなに簡単につぶれるわけじゃない。つぶれるまでは駄目なままでもいいというわけにはいかないでしょう。それから、学校の善し悪しというのは、半分はティーチングスタッフの問題かもしれませんが、あとの半分は生徒自身や親たちの問題だということも忘れるべきでない。そのことを抜きにして選ぶということを前提にするようになったら、やはりおかしなことになっていくと思います。実際に東京23区内の公立小学校では、年度によって私立中学受験者数が極端に変わるということが起こっています。地元の中学が荒れているという噂が流れた年には、70%から80%が私立を希望するということが起こっています。それは明らかに、荒れている学校、嫌われる理由を持っている学校は嫌われるということを示しています。そうした嫌われるような学校をよくすることこそ、本当は教育政策や政策担当者のやるべきことなのに、選べるようにしてどこかに行けるようにすればそれでいいんですというような政策をとるべきではないと思います。

【上島委員】その前に評価していろいろ中を改善していますから、みんなが安心して行ける中身にしていくわけです。

【田村委員】藤田先生のお話も非常にいいお話だと思うんだけれども、私の考えを申し上げますと、基本的に日本における教育は最初私立なんです。全部私立だったんです。歴史的には最初に私立があった。その後、日本が国として民族国家をつくるということで、国として必要なので、国のお金で学校をつくり出したわけです。その後に国立が、あるいは都道府県立ができてきたんです。それはそれでいいんです。国民がある一定のレベルに上がるまでは、そういうことが必要だからつくったわけです。それが教育の普及とか、水準の向上に大変役に立って今日になって、今日になったらどうだったかというと、その前に申し上げたいのは、別に公立があるけれども、私立は認められるなんていう存在ではないんです。もともと私立が先なんです。綜芸種智院を言うまでもなく、私立が先なんです。慶応は近代校では一番古いわけですね。国立、公立はその後にできた学校なんです。だから、私立を認めるのは当たり前だというのは我々の考えであるわけです。それはそれとして、次に来るのは、教育をすると親がどんどん知的水準が上がってくる、子どもたちも上がってくる。上がってくれば国がくれたものをお仕着せでもらうという意識はどんどん薄くなるわけです。自分たちで選ぼうとか、自分たちで変えていこうとか、自分たちで何とかしようという話になる。それが極端になったのが私立学校です。そこまでいかないにしても、公立もそうなってほしいというのが今の親御さんの気持ちだと思います。自分たちが意見を言って、自分たちが手を出して変えられないだろうか。変えるのに間に合わないんだったら、変えられる学校に行きたいというので、選択の話が始まっているんじゃないでしょうか。

【金子主査】 時間があと20分ぐらいになりました。今日はかなりいろんな議論が出たんですが、今日のお話を聞くと、教育方法についてこうというよりは、もう少し基本的にどうあるべきかが議論されました。選択をするかしないかは両論ありました。評価はセンシティブなものということをふまえてやるとか、地域ごとに独自性を持つということに対しては、これは前提条件だというようなところまでゆきました。公教育とは何かという問題とか、それから学校をよくするためのインセンティブはどういうふうに与えるべきかという形で、予算を多少配分するぐらいでいいのか、それとも選択されるということもなきゃいけないのか、それの意味合いとか、そういう議論が今日あったので、そういう形で具体的な提案を出していくというチョイスが出てきたかなというふうに思っているんです。そこで両論があったり、これは気をつけろとか、ロングレンジを考えれば肯定的だけれども、ショートレンジでは気をつけなればいけないという書き方をすれば、今日の議論としては比較的明確なメッセージがあるかなという気もしてきました。それで大体いいということになれば、もう少しこの話を続けて、それまでに私の方で整理をして、次回そのことについて少し議論して、その後「新しい学校」の議論をして、それをまとめるという形の提案をしたいんですけれども、いかがでしょうか。

【田村委員】次回もあるんですね。

【金子主査】 今日、このままあと20分議論を続けて、その中から今のような形で賛成できるところ、両論でいくところは少しこちらで整理をして、それを次回の冒頭で少し確認をする。それを実現するためにも新しい学校をつくるというようなことについて、次回は3分の2ぐらいの時間は使う。それで一応議論は一段落して、その後はもう一回見直すとか、メッセージの出し方を話し合うとかというようなことで。

【田村委員】全員一致じゃないということはわかるような文書の書き方にしたらいいですね。

【金子主査】 今日の話で一致していないというのは、どのぐらいロングレンジで見るか、今言ったってだめでしょうという議論だから、根本的な差異はあまりないような気がするんです。

【江崎座長】基本的には今日の議論でそれぞれの学校が独自性を持たそうということについては一致する。だから、校長にもう少しマネージメントの能力を持たさなくちゃいけないということがあるでしょうね。それからいろいろ新しい試みをするということについては、文部省がいろんなお金を出しておられるわけでしょう。

【金子主査】 文部省じゃなくて国民ですよ。文部省は我々がいわば雇っているんですから。文部省が出しているわけじゃないですよ。

【江崎座長】基本的には、それぞれ小学校なり、中学校なりで先生がこういうこをやろうということで。

【金子主査】研究開発校については、今年は2億円出ているんです。

【江崎座長】あのお金は大分増えたんですね。

【金子主査】増えました。

【銭谷教育改革国民会議担当室長】 基本的にいいますと、公立の小中学校については、経費の大半が人件費なんです。それは都道府県と国が半分ずつで出している。また学校を建てたりする経費があります。それは市町村が出して、国はその2分の1から3分の1を補助する。こういう仕掛けになっています。具体的な学校の運営費、例えば教材を購入したりする経費は市町村が出している。ですから、学校経費の大きな部分は教員の人件費です。

【江崎座長】校長に自由裁量が与えられた場合には、どういうお金が自由裁量になるんですか。

【銭谷教育改革国民会議担当室長】 校長の自由裁量というのは、市町村で随分違います。例えば、ある一定額の物品を購入する場合に、校長限りで決められる額の幅が非常に大きいところもあれば、会計処理の問題で、大変細かい金額まで教育委員会の承認が必要になっているところもあります。むしろ、それは地域によって非常に違うというふうに思っていただいた方がいいと思います。

【金子主査】 現行制度の下でもいろいろやっているんですけれども、それは要するに行政の裁量でやっているんです。裁量じゃなくてやりたい地域ができるというのがコミュニティスクールなんです。やりたい人がいて、いい評価を受ければできる。行政の裁量に任せるというのはよくない。だから、いろんな試みがあるのはいいと思うんですけれども、だれかがやりたいと言ってできるかというと、そうではないというところがある。

【銭谷教育改革国民会議担当室長】 ここで事務局からお願いがございます。今日、学校をよくするためのインセンティブということで、学校選択の話や、評価のあり方について御議論いただいたのでございますが、先ほど金子主査もおっしゃっておられましたが、親の立場から言うと、今自分の子が通っている学校が問題があるという場合、3年先もそうですけれども、今自分の学校をどうにかしてほしいという声も実は国民会議にはたくさん寄せられております。

 昨日もある母親からお話を伺ったのですが、自分の子どもが通っている中学校で、自習時間がとにかくものすごくうるさい。公立の中学校が、教頭先生が注意しに来たら、余りのうるささに教頭先生は頭が痛くなって帰っちゃったというような話でした。今の先生方の御議論を聞いていまして、選択ということは非常に大事な問題だと思いますし、評価の問題も大事ですので、それはぜひお詰めいただきたいと思いますが、それに加えて、もうちょっと国民や学校の先生がなるほど、そこを気をつければいいのか、あるいは、こういうふうに仕組みを変えるのかとか、そこの具体的な御議論をさらにお願いできればなというふうに思いますが。

【金子主査】 私の理解は小手先でやってもだめで、独自性を出すという前提がないといけないという話だというふうに思っています。それとは別に、今現在の、どうしたらいいのということに対して、何らかのメッセージを出すかどうかというのは別途議論しなければいけないと思います。今どうしてくれるのというときに、何かしら第2分科会としてメッセージを出すのかどうか。評価をやると言ったってすぐによくなるわけではないから、その点はやはり考えないといけないとは思います。

【藤田委員】今、銭谷さんが言われたことは重大な問題だと思うんです。やはり我々が国民会議で議論していることが、こどもや保護者はもちろん教職員も含めて多くの人たちの問題意識とずれているというわけにはいかないと思います。とはいっても、難しい問題だと思いますが、たとえば学級崩壊について言いますと、それは学校だけに責任があるとはは思いませんが、学校でできる対応の仕方という点では、多分私は80年代前半の校内暴力に対する対応と似通ったことしかないんじゃないかと個人的には思っています。当時うまくいった学校、激しい校内暴力が割と早く収束した学校というのは、ほとんどが保護者や地域の人たちが学校に来て、子どもたちや教師たちと一緒になって学校を何とかしなきゃいかんというふうにやっていったところだったと思います。ですから、学級崩壊の問題にしても、もっと親御さんたちが学校へ来て、実態を認識して、教師と一緒に協力していく必要があると思っています。もちろん親でなくてもいいんですが、ずっと監視するというか、見て歩くというようなことでもやれば、改善の可能性はあるというふうに思います。もちろん、それだけでなく、家庭での会話や指導を含めて、教師や学校へのサポートをしていくことが重要だと思っています。

【江崎座長】しかし、正当な子どもたちが、ああいうエモーショナルにディスターブされるということは、家庭に基づくケースが非常に多いわけでしょう。

【藤田委員】そうだと思います。

【江崎座長】そうすると、これはアメリカの例なんですが、やはり学校にソーシャルワーカーみたいな者を雇って家庭との連絡をつける。学校がそして、必ずサイコロジストを雇っています。それからカウンセラーには2種類あって、アカデミックなカウンセラー、つまり、おまえはどういうところに進むか、何をやりたいかというのと、もう1つは精神的な心の治療をするカウンセラーという者がおります。これも早急にはできないけれども、そういうカウンセラーみたいなものを、小学校なんか、暴れる子どもがいると、それはどうするんだといったら、その子どもをつかまえて、そういうカウンセラーのところとかに行って、同じ教室で同じようには教えられない場合はそれは特別な扱いをするということを言っている。日本でもそうしないとおさまらないんじゃないか。もちろん家族が出てくるということは、それは大変いいわけです。

【金子主査】それについては、前回かなり議論いたしました。

【河合委員】今の親は相談するところがすごく少ないんです。自分の同級生の親に言うと、自分の子どもが変だと思われて損する。担任の先生に言うと、成績が悪くなるというので、地域との関係がものすごく薄い。だから、我々がびっくりするような本当に簡単なしつけのことなんかでも、誰にも相談できなくておられるような親が多いんです。それが割と簡単に相談して、そういうときはしかったらいいんですよと言ってもらうだけで変わるんです。先生がおっしゃるようにカウンセラーというか、今のスクールカウンセラーについても家族の相談がものすごく多いんです。しかも僕らもびっくりしたことは、ものすごく簡単な相談がすごく多いんです。今では親に相談したり、地域の人に相談したりやっていたことができなくなっているので、そういう意味でも、そういうことがどんどんできるようにということは考えねばならないと思います。ただ、藤田先生もおっしゃるように、親も先生も一緒になってという態度は非常に大事だと思います。

【田村委員】実はこういう話が前から出ていまして、現実にどういう課題があるかということを調査してきたんです。何校か聞いてきました。

 まとめてパッと申し上げますので聞いていただくと、まず第1は全教科担任がそろわない現場がいっぱいある。これは小規模校が多いために、どうしても1教科を3人で担当したり、免許状がない人が授業をしたりということがそんなに珍しくないということがあるんです。これが1つです。

 それから2番目が小規模校でも大規模でも、出張数、研修数が同じなものだから、小規模校ですと先生がいなくなっちゃう。これは非常に悩む。

 それから部活動が指導できない先生がどんどん増えていって、指導できないために生徒との信頼関係が薄れていって非常に困る。人事異動は基本的に教科優先になるために、部活動を全然考えないでやっている。人事のためにそういうことが起きている。

 それから道徳教材がテレビ、ラジオ、CDゲーム、アニメ等で成長した子どもたちに、道徳の教材に出てくるような場面が理解できないということが非常に多いです。つまり昔の話が出てくるんです。そんなことは考えられないというんです。あかぎれができて血が出てきたということは何だろうと。

【大宅委員】そんなものを使っているんですか。

【田村委員】現場はそうらしいですよ。昔のを使っているということですから。

 それから、年間学級時間数が達成できない。これは授業数が不足するということです。これは受験があるために行事が多過ぎるということだそうです。

 それから自由選択ができることと、わがままの違いがわからない生徒が、現状はみんなそうだと。

 書いてあることをみんな言いますので。それからゆとりのある生徒の生活とゆとりのない指導者、こういう組み合わせがはっきりしている。ゆとりのなくなっている最大の理由は、教師が少ないということもあるかもしれないけれども、基本的に働く教師と働かない教師がはっきり分かれちゃっている。働かないやつは徹底的にやらないそうです。校長もあきらめちゃっている。だから一人で二人前、三人前働かなきゃいけないから、できる先生は物すごく忙しいんだそうです。それが多忙という形で表に出ている。それから地域の差で生徒指導に差が出るので、これは学校の悩みである。全然やらないで済むところと、物すごくやらなきゃいけないところとある。

 それから9番目がカウンセラーに戸惑う現場。これは心弱き子どもたちのために配属されたスクールカウンセラーが、面談を授業中に実施したり、面談内容は教員には知らされない。これは言っちゃいけないということになっていますから言わないわけです。そうすると教員としては非常に戸惑う。

 それから生徒は授業サボりのためにスクールカウンセラーを利用している場合が少なくない。それから不登校でみんな保健室に行っちゃうから、本当に具合いの悪い子は保健室に行けなくなっちゃった。みんな弱くなって本当に困っちゃっているんだということ。

 それから不登校者に対応できない教員の多忙。これは先ほど申し上げたように、アドホックで地域地域で臨時に派遣できる教員というのを確保して、そこでそういうのが出たらさっと行くという仕組みを考えていただくと随分できる。

 簡素化できない書類の山。今でも大体全部手書きだそうです。

 それから担任が生徒個々と会話が持てないんだそうです。大体学級担任と会話する時間が1日に30分ぐらいじゃないか。本当は子どもは愛情に飢えているので、ぜひ話したいんだけれども、実際にできない。そのことを親は全然理解してくれていない。

 それから、しつけが全くできない親がいっぱいいる。ピアスとか、茶髪、たばこなんていうのは親が子ども部屋に灰皿を用意しているそうですから、家に行くとびっくりするそうです。誰にも迷惑をかけていないんだから別に問題はないというふうに親は言うそうです。

 それから善悪の判断より好き嫌いを優先するという子どもたちが非常に増えてきている。これは非常に大事なことだ思うんですけれども、現場では個性を生かすといいながら、やはり自由化、現場の裁量でやるというカリキュラムの結果、本当に必要な音楽とか、美術とか、芸術科目がどんどん減らされている。受験科目にどんどんシフトしている。それから理科の授業では実験に割ける時間がない。

 それから中学校の評価は、本来相対評価を含む絶対評価ということだけれども、現実には高校入試があるために全部相対評価になっている。それで、不登校の生徒の多くが1と2ということになるわけです。ですから成績がどんなに悪くても、登校さえしていれば3か4がつく。これはつけている教員として非常に矛盾を感じるということです。これは問題だけを言っていますから、余り気になさらないで聞いていただきたいと思います。

 それから公立の中学校ですと学校に対して何をやっても許される。見捨てられないと思っているから、やりたい放題にやっているということです。

 これに応える答えが出せるというのは大変なことだと思うんですけれども。

【金子主査】 先ほど出た問題で、我々として第2分科会でどうするのか。今井さんにお聞きしたいんですけれども、とにかく今、こうしよう、ああしようということで対応策が出た方が親は安心するのか。それとも今日のような議論で、もう少しそれには地域の独自性とか、選択するかどうかはこれからの問題として、学校がそれぞれやるとか、親が参加をするというようなメッセージが出れば、安心するのか。それとも、そんなことは現場の感覚と違う、今クラスが荒れていることについて何かしてくれということとどちらでしょうか。

【今井委員】欲張りですが、両方言えると思います。だから、カウンセラーだけじゃなくて、もっと複合的な相談体制があるといいと思います。今、子どもの問題行動に、親は大変不安をもっているのでそのような相談体制はあった方がいい。学校に預けていて問題があるというところは安心すると思います。PTA役員もこの10年で問題が変わってきたんです。例えば山口で起こった問題なんですが、200 万円の恐喝事件があったんです。それが、恐喝した側と被害者の方の取られた側という関係になるんですけれども、表面的に見ればそうなるんですが、その子どもというのは、被害者の家というのが商売をしていて、小さいころから子どもを監視していなくて、レジからお金を取っていたみたいなんです。それでお金が結構自由になるので、子もどたちにふるまっていた。それがそのうちに恐喝され始めて、200 万円という金額なんですけれども、この事件が発覚するまで親は全然わからなかったんです。子どもはいわゆる犯罪を犯しながら被害者の立場なわけです。この被害者、加害者の立場というのが子どもはクルクル変わるんです。そういう複雑な中で、私たち自身も学校を支えるということで、私たちの力だけではとても解決できないことも多い。

【金子主査】学級崩壊に関しては相談するところがあるというだけではだめですね。

【今井委員】学級崩壊は何度も言いますけれども、やはり先生方が自分たちの限界を見極めて、早くオープンにされて、私たちと一緒にやっていくというスタンスを学校側がとっていただくことが一番だと思います。

【金子主査】 そういうことがあればすぐにも安心するということですね。

【今井委員】はい。

【河合委員】ガチャガチャやっていると長引くんです。大人全体の姿勢というものがピチッと決まれば。

【今井委員】そういう子どもたちがいることを前提に体制を整えた方がいいと思います。

【藤田委員】ほかの国は十分に知らないんですけれども、アメリカとイギリスとでは、そういう問題に対するスタンスが違うんです。アメリカは非常に個人化していて、カウンセラーにしても、ソーシャルワーカーにしても、サイコセラピストにしても、個人の問題として扱う傾向がある。イギリスもそういう傾向がないわけではないんですが、学校教育について言えば、どらかというと、コミュニティなり、カルチャーの問題としてトータルにそれを問題にしていかなければだめだというスタンスですね。だから、いじめの問題とか、学級崩壊的な問題に対しては、コミュニティや親が参加して、カルチャーそのものを一挙に変えていくということをやらないとだめだというスタンスなんです。だけれども、もう一方で、心理的な問題も、それから先ほどの非行、犯罪のような問題も、どれだけ頑張っても、それでも出てくるものなんです。アメリカでは各学校に配置するという方式が一般的だと思いますが、イギリスはむしろ巡回方式であったり、コミュニティセンターの中に、そういう担当者を配置して、そこへ自由に相談に行けるようなシステムにするという方向にあると思います。もちろん、そこにはサイコロジストもいれば、カウンセラーもいれば、精神科医や小児科医や、あるいはソーシャルワーカーとかもいます。それから、もう1つは、エデュケーショナル・アクション・ゾーンという方式が最近採用されています。これは、いろんな問題が集中していて、コミュニティそのものの再生という視点が必要だという考え方に基づくものと言えます。そういういろんなアプローチがありますが、日本なりの適切な方法を工夫していく必要があると思うんですね。

【金子主査】むしろ、ヨーロッパ型でしょうね。

【藤田委員】私も、その方向が日本では有効なんじゃないかと思うんです。

【大宅委員】中にじゃない方がいいですね。

【金子主査】学校の中に一人だけいても十分ではないかもしれません。

【大宅委員】外にあった方がいいですね。

【江崎座長】この間アメリカの学校へ行ったときに、こういう張り紙がしてあった。日本語で言いますと、「生徒の皆さん、何か難しいこと、大変困ったことに出会ったときには、必ず周りを見回し、そこにいる先生をつかまえて話しかけるよう心掛けてください(In every difficult or truble time a student ought to be able to look around and see a teacher standing in his or her corner )。」こういうビラ、こういうものを日本でも張っておくことがいいのでは。

【金子主査】 今話を聞くと、そういう問題は国が解決するというよりも、広い意味でコミュニティが解決することかなと思います。

 時間が過ぎましたので、私の判断としては、次回の冒頭ではそのことをもう一回やって取りまとめをしようと思います。その後Cの「新しい学校」として、今日お話ししたことを少し統合する、ないしは実験校にするのはどうかということでよろしいでしょうか。

 ありがとうございました。