教育改革国民会議

教育改革国民会議第2分科会(第6回)・議事概要



(日時) 平成12年7月10日(月)14時〜16時

(場所) 三田共用会議室 第一特別会議室

(金子主査)
 本日はこれまであまり議論のなされなかった「B−3 教育方法・授業内容・地域/家庭/学校の連携」を中心に議論することとし、その後で「C 新しい学校の試み」のうち、石原委員から提出された「C−3 研究開発校の拡大」を説明していただき、議論する。そして最後に「A 全体の方向性」について議論することとする。
 まず、B−3についてのフリーディスカッションから始めたい。

(藤田委員)
 教員以外のスタッフが減ってきており、学校の教員の仕事をスリム化し教員が子どもと過ごせる時間をもっと増やすべき。

(江崎座長)
 大学も同じだが、日本はアシスタントが少ない。教員一人あたりの生徒数という単純な比較ではなく、アシスタントがどれくらいいるかも考慮すべきである。

(金子主査)
 アシスタントについては、学校のマネジメントの中で運用スタッフの充実を議論しているので、次回報告案を検討するときに同時に議論できればと思う。

(石原委員)
  地方自治体の行政改革のため、補助的業務を行う職員などは削減の対象となり、市単独で増やすことは不可能。その中で、どうすれば教員が余裕をもって職務を行うことができるかを考えるべき。

(金子主査)
 「生活・学習集団の編成、少人数クラス、標準法の弾力化」についてはどうか。

(上島委員)
 これは、校長のマネジメントに関する裁量が増えれば解決できる問題。科目ごとの少人数クラスもこれから進めていくということなので、国民会議としては校長の裁量権をどうするかについて提言をすればよいと思う。

(田村委員)
 これまで、教員は、子どもにかかわっていさえすればいいという発想があった。教員の多忙感も教員に自分達が本来やらなくてよいことをやらされているという意識が強いからではないか。社会も変わっており、教員の意識改革が必要。これは校長のマネジメントの大きな部分を占める。また、アシスタントについては、日本はすべて自分でやるという考えが強く、これを受け入れる風土がない。

(藤田委員)
 子どもの数が減っているにもかかわらず、家庭の教育力が低下したと言われている。教育は子どもの数が減ったから楽になるという性質のものではない。問題状況が難しくなっていることを無視して教員の生産性が下がっているというべきではない。
 遊軍的なスタッフを増やすと同時に、クラスの人数を減らすことを打ち出した方がいい。そうすれば、特に都市部の状況は改善されるのではないか。

(江崎座長)
 1クラスの人数を少なくすることには賛成である。

(上島委員)
 従来の教員と非常勤の教員が入ってくることを認めた上での少人数学級には賛成。そこは校長の裁量の問題ではないか。非常勤や地域の人に入ってもらうべき。

(金子主査)
 私は、クラスサイズを一律に小さくすることには消極的である。合唱、体育、生活集団など人数が多い方がいいもの、教科、指導内容により小人数に分ける方がいいものがある。全国一律に減らすのではなく、少人数クラスも可能にしておいて、あとは校長なり教育委員会なりの判断によることにしてはどうか。

(藤田委員)
 一律にクラス人数を減らすのではなく教員配置の基準は1クラス30人編制として、どういうふうに学習集団を編成するかについては各学校の裁量によることとするのがよいのではないか。

(金子主査)
 英語教育・情報教育の検討に入りたい。

(田村委員)
 大学審ではインターネット上での授業を認めることが検討されている。これは必ず小中学校に影響がある。その点どう考えるかについて提言に入れてはどうか。インターネットは知識の伝達の手段としては非常に有効であると証明されている。義務教育も知識の伝達の部分はインターネットでやってみてはどうか。

(石原委員)
 情報教育は子どもの各発達段階で何が重要かという点に留意して採り入れるべき。実物を知らないのも問題だし、今教えているテクニックが将来そのままとも思えない。また、非常にコストがかかるもの。社会全体が早く動いていることをふまえた情報教育のありかたについて提言すべきである。
 英語教育については、金沢市は平成8年から国際理解教育として小学校のゆとりの時間に英語教育をやっている。地域の人の協力と、市単独で雇ったALTでやっているが、自然なコミュニケーションができると非常に好評であった。

(田村委員)
 ネットワーク教育のコストは近い将来低くなると思う。学校の先生ではできない部分があるし、先生によって質があることを考えると、情報教育については言及する必要がある。

(金子主査)
 教員の教育をネットでできるようにしておく必要がある。実物教育は重要だが、情報教育をやらないという選択肢はない。

(江崎座長)
 しかし教員は忙しいから、勉強すると言ってもなかなか時間がないのではないか。研修期間を設けたり、授業等の負担を減らすことなどが必要。

(上島委員)
 ビジネス社会が先生がいなくても子ども達が自分で学べる英語やインターネットの学習ソフトを開発し、先生は管理だけしていれば子ども達が自分で学ぶ時代がすぐに来る。国民会議で情報と英語教育についてつっこんだ議論をしておかないと、報告を出したときには遅くなっている。

(藤田委員)
 10年先20年先の教育の中にインターネットがどのように位置づけられているかについての明確な見通しをするだけの議論はできないのではないか。

(上島委員)
 ツールとしての情報化、ネットワーク化はいいが、それで世界が広がったからと言って自分のアイデンティティが生まれているわけではない。そこが問題。

(河合委員)
 インターネットは知識の伝達には非常に便利であるが、教育には知識の伝達だけではなく、創造性を育てたり、アイデンティティを確立させることなども必要。インターネットで全てできるわけではないという認識を持つことが必要。

(金子主査)
 今、情報化は教育の場面にもどんどん入り込んで来ており、また、子ども達の生活にも入り込んで来ている。10年先は分からないが、好き嫌いではなくやっておかないと大変なことになってしまうし、教員も私はできないではすまない。

(藤田委員)
 情報化がどんどん進んでいる現状をふまえれば、それにきちんと対処する意味で情報教育のことを書くことには異論はないが、インターネットやパソコンを使った授業ということになると、それをどう受け入れていくかをきちんと考える必要がある。 

(大宅委員)
 英語教育の問題は教え方。英語は道具であり、「英語を」教えるのではだめ。また、英語は理解しているだけではだめで、何度も繰り返すことが必要。今の英語の授業は6年間やっても本人が話すのはほんのわずかしかない。それでは話せるようにはならない。

(金子主査)
 英語教育も情報教育も現在の教員ができないとなると、学校外の人に任せたり、ソフトを導入したりする必要があると思うが、その点についてはどうか。私は積極的に使う方がよいと思う。

(藤田委員) 
 英語教育を小学校でやるなら繰り返ししゃべらせることが必要だと思う。

(石原委員)
 LL教室よりもALTが入って対面でやる方が効果が高いと言われている。語学教育は、人に接するという学習環境のモチベーションをどうやって子どもに与えていくかが必要。

(金子主査)
 人がいて、その人に伝えたことがかえってくるという経験をたくさんつくることが大切である。

(上島委員)
 英語で大切なことは、文化の違いを教員がどこまで教えられるかである。

(金子主査)
 教員自身ができなくても、それができる人をコーディネートできればいいのではないか。

(江崎座長)
 英語は発音が重要。最初はネイティブに教えてもらった方がいい。また、より早いうちに発音を教えた方がいい。

(河合委員)
 ALTが大切である。

(大宅委員)
 日本人全員が英語を話せる必要があるのかは疑問。

(金子主査)
 校長、学校の方針でやればよいのではないか。

(石原委員)
 英語が話せるという素養を与えておくことが義務教育の水準確保になる。そうすれば、自己責任で選択できるようになったときによりよい選択ができる。

(藤田委員)
 言葉は日本の文化やアイデンティティの問題をはらむ。小さい頃から日本語や日本文化をきちんと学習していくことが大切である。

(金子主査)
 B−3でこの他に是非取り上げたいものはあるか。

(今井委員)
 「地域/学校/家庭の連携」について、子どもがクラスでどういう状況にあるのか親は知りたくても、現在はその情報が伝わってこない。学校の先生がクラスのことを家庭に知らせていくことが地域と学校と家庭の連携の第一歩。

(石原委員)
 「地域」について、「地域」とは誰なのか、誰が責任者なのかという問題がある。また、「地域の教育力」というが、学校の先生は自分の勤める学校のある地域か自らの住んでいる地域かどちらにアイデンティティを持っているかという問題もある。さらに、地域の人は自分で働いているから専門的な教育を学校に信託しているという考え方もある。学校規模も学校の文化を規定する要因となっている。地域については、大切な概念であり、国民にとって分かりやすい提案をすることが必要である。

(田村委員)
 学校と地域の連携は、効果をあげているのも事実だが、難しい。教育は地域がつくりあげていくものであるという意識を教員が持つことが必要。

(石原委員)
 地域は住んでいる人の数だけの考え方がある。だからこそ、地域全体で大人自身が教育についての合意を形成することが必要。

(上島委員)
 学校は地域と一緒につくりあげていくのだというメッセージが必要。また、現在はサービス産業従事者が増え、土日も働く人が増えている。企業も地域の一員である以上、学校教育についての意識を高める必要がある。

(金子主査)
 地域といって安易にそこに頼るのはよくない。また、漠然と地域というのではなく、どういう場面で何を頼むのか、具体的な人なり団体なりをその時々で特定する必要がある。

(今井委員)
 新しい教育を推進し、地域社会が学校支援を理解していくためには、コーディネーターのような人が地域に必要である。

(藤田委員)
 古典的な「地域」には、@spaceA地域に住む人々のinteractionBwefeelingの3要素があると言われてきた。@については、安全が確保されていることが必要であるが、それを支えるためには住民が自覚を持つ必要がある。Aはどんどん希薄になっており、それを補う新しいネットワークづくりが必要。Bについては、自分の学校を自分がつくっているという意識が必要。

(河合委員)
 地域というとき、日本では企業のことを考える必要がある。親を企業がかかえ込んでしまっている。大企業もその自覚を持つことが必要。

(上島委員)
 教育の日を定めればその状況を改善するムードづくりのきっかけになるのではないか。

(田村委員)
 「発見型授業」を学校に導入できないか。

(金子主査)
 これから石原委員の提案による「研究開発学校」の拡大について説明をいただきたい。 (石原委員より説明)

(田村委員)
 中高一貫校との関係はどうなるのか。

(石原委員)
 中高一貫校とは別である。小中は設置者がいずれも市町村であるためやりやすい。将来的には高校にもつなげていければと思っている。

(河合委員)
 校長の任期も非常に重要な問題。

(江崎座長) 
 いい教員をどうやって集めるのか。給料を高くしないとだめなのではないか。

(石原委員)
 教員定数を使って非常勤を雇うなども、小さい学校ではできないが、大きい規模の中では考えられる。また、中学校の教員が小学校を兼務して英語を教えたり、総合学習などについても地域を核として取り組むことができるなど先駆的な試みが可能。小学校は現在全教科対応型の教員が多く英語や情報は難しいが、中学校や高校にはそれらを教えられる教員がいる。小中でそうした交流が活発になることにより、変化の大きい時期の子ども達の発達を全体に見ていける仕組みがあればと思う。

(金子主査)
 石原委員の提案は、現行の制度の中で既存の学校がやるもの。それだけでは現行の改善しかなく問題は解決しないと思う。コミュニティスクールはこれをもっと広げ、現行制度とは違う新しい制度を作ろうというもの。

(江崎座長)
 核となる人はどのような人か。

(金子主査)
 地域でいろいろ考えている人や意欲のある校長、きちんとしたフリースクール経営者などである。

(田村委員)
 私立学校ならともかく公立では難しいのではないか。

(石原委員)
 スペシャルニーズに対応した学校となると公立学校が条例設置による以上難しい。

(金子主査)
 現存の制度では集まらないような核になる人を教育に引き込むもの。分科会として「何かが変わる」というメッセージを出すために必要。

(田村委員)
 内容は私立で費用は公費というのは難しい。

(藤田委員)
 これをやる目的は、現在の制度に風穴をあけることか学校の改善に主たる目的があるのかいずれなのか。前者であれば、私立を巻き込んで日本の教育制度が将来どうなるかに関わるので、原理的な問題をクリアする必要がある。後者が目的なのであれば、研究開発学校などで積極的に実験してやっていけばいい。

(金子主査)
 どちらが目的かは設置する地域が決めればよい。結果としては風穴があくことになる。段々改善しろというだけでは国民会議が出すメッセージとしてのインパクトがない。

(石原委員)
 私学でやらないとできないと思う。予算権を持つのは首長である。

(金子主査)
 そういうことをやりたい首長がやればよいのではないか。

(上島委員)
 大都会では公立私立という選択の自由がある。私学のない地方でも選択ができるようにすればいい。

(石原委員)
 特殊なニーズに公的なものは適合しない。私学は特殊なニーズに応えるべく一つの制度を持っているので、補助金で補える仕組みが必要。私学は公的な規制から自由であるのが一つの特色である。公的なものは議会や予算の制約がある。また、校長に人事権を与えるというのは現実には無理。

(金子主査)
 現制度内ならそうだが、この会議では現行制度内でやらなくてはならないという決まりはない。むしろ新しいことの提案こそが求められている。

(藤田委員)
 学校教育は入った子どもが最後までいるのが普通であり、しかも毎年生徒が入ってくる。5年ごとに評価をしてだめだったら変えるという経営上の不安定さを抱えた学校では、生徒はどうなるのか。本当に特色のある学校や地域に開かれた学校をつくりたいのであれば、既存制度の枠内でそういう先生を集めるやり方を考えればよい。

(金子主査)
 現行での公立学校が素晴らしいのなら、ここで会議を開いている必要はない。少しずつやっていこうというだけではインパクトが少ない。何かが変わるというメッセージを入れたい。当面は研究開発学校を少し拡大するような形で広がっていくのが中心と思うが、それでは微々たる改善で、条件が整えばできるということを言う必要がある。

(石原委員)
 市町村立にするのであれば、市町村の意志決定が必要である。国民会議として市町村にそういう意志決定をせよというのはおかしいのではないか。

(金子主査)
 設置せよという提案ではなくて、やりたいところがやればいいという提案である。

(藤田委員)
 この制度は一歩踏み出したときの弊害が非常に大きいのではないか。公立のシステムの中に人事や予算が全く違う学校を入れてもうまくいくものではない。

(大宅委員)
 できるのであれば既にやっているはず。進まないからどうか、と言えば少しは意識が揺さぶられるのではないか。

(石原委員)
 義務教育は全ての国民が学校に行くことを前提としているのに対し、コミュニティスクールはある地域の特殊ニーズの人が学校をつくって公立化する、それは全部が学校に行く仕組みとは異なる。全国民の義務教育の改革にはならない。今の公立学校ではこうした教育ができないというイメージがはっきりしないと、単にスペシャルニーズと言っているだけでは難しいのではないか。

(金子主査)
 全国につくれと言っているわけではない。

(藤田委員)
 風穴をあけると言っても、それが政策として展開していく時には、システム全てを変えていく可能性がある。学校選択の問題と並んできちんと議論しておく必要がある。

(金子主査)
 全体の方向性については、次回議論することとする。報告案についても私の方で書いてくるので、それをもとに具体的に意見等があれば言っていただくということにしたい。

[文責は教育改革国民会議担当室]

(注)本議事概要の内容については、今後変更の可能性があります。