(日時) 平成12年7月6日(木)18時〜20時
(場所) 虎ノ門パストラル新館3階 あやめの間
(木村主査)
今回は、前回ご案内のとおり、大学・大学院の具体的なあり方について討議したい。また、先般行われた企画委員会において、離職者やフリーターの増加がきわめて重大な社会問題となっているとの指摘がされたことから、第3分科会の新たな柱として「職業観・勤労観の育成」というものを附け加えたい。これについてもご議論いただきたい。
まずはじめに、田中先生、黒田先生に大学院の具体的あり方についてご発表いただきたい。
【田中委員 資料4により発表】
【黒田委員 資料3により発表】
(牛尾委員)
カレッジレベルで就職する人については、3年間の教育で充分。
アメリカの場合、呼びものであるビジネススクール、ロースクールへ進む人は多く、これらのプロフェッショナルスクールを出ていれば、ほとんどの場合、試験(司法試験等)にパスしている。日本のように、大学での定期試験を受けるだけでは国家試験に合格しないという現状はおかしい。
ダブルメジャーも一般的で、工学部を卒業してMBAを取っている経営者も多い。 理系については、企業と大学の間に共通理解が非常に多いが、文系はそうではない。社会科学系をバックアップするには、欧米と同様、公務員はマスター必修ということにすればよい。そうすれば、企業も変わっていくのではないか。
(江崎座長)
これからの教師はプロフェッショナルと位置づけなければならず、教師も大学院レベルを修了する必要がある。
(河野委員)
将来的に大学は3年制になるのかもしれないが、現在は過渡期であり、4年制の大学もあってよいと考える。リベラル・アーツと専門基礎だけでは足りないのではないか。
(江崎座長)
現に、飛び入学後に特別なケアが用意されているように、高校3年生をスキップすることには無理がある。アメリカでは、高校段階で大学の授業に出席し、大学の単位を取ることができ、大学での飛び級の準備が可能となっている。
大学2年から3年に進級するときに、専門を一つにきっちりと決めてしまうのは問題である。メジャーとは専門ではなく、専攻科目のことである。
(田村委員)
きちんと教養教育も受けて、早い段階で国家試験に受かってしまうようなトップ層の学生は、ロースクールに行く必要がないのではないか。
(田中委員)
大学教育と資格試験とのミスマッチがある。試験一本での選別ではなく、大学での教育を踏まえた試験、プロセスを踏んだ上での能力判定にならなければいけない。
(木村主査)
一昔前の企業の工学部生の採用は、学卒が普通だった。ここ数年で採用側も院卒を評価しだしたので、同様のことが文系でも考えられるが、将来的に採用側がそれだけの文系院卒の学生を求めるかどうかは定かではない。
(浜田委員)
企業における専門職は、高い専門性を持った法律家など、ごく少数で構わない。文系の採用は、どの学部であろうとパーソナリティだけで決めているのが現状である。
(江崎座長)
グローバリゼーションということで世界の企業との競争を考えた場合、高い専門性を持った人材が活躍している欧米の企業と比較して、現状のままでは問題なのではないか。
(木村主査)
理系の場合、優秀な学生が大学院に進学したので、企業も院卒を採用したがるようになった。優秀な学生を入学させるためには、大学院のオープン化は絶対条件。大学院の入試というのは、学力試験もやれば、面接も行い、学部での成績も重視するなど、理想的な形になっているのではないか。
(黒田委員)
大学入学者は高校における学習達成度試験を合格した者及び同等の学力のある者(留学生、社会人等)とし、合格者を広く受け入れるような大学がある一方で、ある分野に特化するなど大学独自の目的にあった入学者選抜を実施するなど、各大学の多様性を認めるべき。
(江崎座長)
生徒のことを一番よくわかっているのは高校の先生であるのに、高校での成績を活用しないのは資源の無駄遣いである。また、大学の教官はこれによって、自分の教育や研究に専念できるようになる。
(黒田委員)
幅広い教養教育を一つの大学でカバーすることは困難なので、インターネット教育やマルチメディア教育等の活用や、優れた他大学のコースも活用し、広く単位互換を認める。これにより、教員も共通的要素の強い講義の準備及び講義等に時間を費やすことなく、むしろ講義の補足、演習などface-to-face教育に一層時間をかけることが出来るようになるのではないか。
(木村主査)
職業観・勤労観の育成について、将来を見据えたご議論をいただきたい。
(江崎座長)
大学教育と職業のミスマッチということはシリアスな問題であるが、フリーターの増加は、日本においても雇用のモビリティが高まっているというようにも考えられるのではないのか。
(クラーク委員)
問題はフリーターの態度である。外国ならばフリーターでもある程度プライドを持って働いていることが多いが、日本のフリーターは根気が弱いことが多い。
本分科会のテーマは創造性、独創性である。会社の中で定年まで働くよりも、自由に社会の中で行動しているフリーターなどの方がかえって創造力があるのかもしれない。独創性の根元は、知識だけではなく、豊富な経験である。
(河野委員)
パートは組織化されており、企業からいえば、安いコストで雇えるので効率的であるという背景がある。
(木村主査)
フリーターの議論は、将来彼らがどうなるのかということを見据えないと、危うい。ひょっとしたら逆に社会のダイナミズムに結びつくのかも知れない。
(浜田委員)
資料を見ると、フリーターを経て数年後は定職に就いている者が多く、そんなに問題ではないのではないか。積極的な意味で捉えれば、かつては食べるために否応なしに一つの職に就かざるを得なかったが、現在はいくつかの職業を経験しながら適職と思ったところへ定着しているとも考えられる。
(江崎座長)
アメリカに比べて日本は、モビリティがなく、ミスマッチが多い。実務志向の教育が日本には欠けているということは言える。
(田村委員)
バブル崩壊以降もフリーターが増加し続けているということは問題である。
(木村主査)
7割くらいの普通高校では、職業との関連のない教育が行われていることは問題である。職業教育の効果は、専門高校の離職率が減っていることから明らかである。
(黒田委員)
社会に出てどういう職業に就くかということが想像できていない。さきほどの4年制の専門課程ではインターンシップをするなど、実社会を1年間くらい経験することが必要なのではないか。
(江崎座長)
進路指導担当者がきっちりとした進路指導をしていないことも問題ではないか。ガイダンスカウンセラーが必要である。
(田村委員)
普通科でも半分くらいは就職するにも関わらず、ほとんど進路指導や職業指導をしていない。
(黒田委員)
職業教育を充実させる、実務志向を目指すという観点から、本分科会の柱として「職業観・勤労観の育成」を立てることに問題はない。
(河野委員)
通年採用が増えてきたなど、企業の側も変わりつつあるものの、社会的に見ると、企業の採用が諸悪の根元のようにいわれている。大学3年次あるいは4年次前期の成績表を提出しなければ、企業への就職ができないというように設定してはどうか。
(浜田委員)
企業の採用活動はフリーのままでよいのではないか。就職が先に決まるかどうかということと、学生がきちんと勉強をするかどうかということは別の問題ではないか。就職が決まっていようがなかろうが、ある学力レベルに達していない者は卒業を認めないといった毅然とした出口管理をすることが重要である。
(田村委員)
マスコミの採用が大学での勉強を完全に無視している。
(田中委員)
学校での勉強と職業観・勤労観の関係を結びつける必要はある。
[文責は教育改革国民会議担当室]
(注)本議事概要の内容については、今後変更の可能性があります。