| 時 間:平成12年7月6日(木) 17時58分〜20時11分 |
| 場 所:虎ノ門パストラル新館3階 あやめの間 |
| 1.開会
2.討議
3.次回の審議テーマ及び進め方 4.閉会 |
第5回教育改革国民会議第3分科会・出席者一覧(50音順、敬称略)
| 牛尾 治朗 | ウシオ電機会長 | |
| (主査) | 木村 孟 | 大学評価・学位授与機構長 |
| グレゴリー・クラーク | 多摩大学学長 | |
| 黒田 玲子 | 東京大学教授 | |
| 河野 俊二 | 東京海上火災保険株式会社取締役会長 | |
| 田中 成明 | 京都大学教授 | |
| 浜田 広 | リコー会長 | |
| (座長) | 江崎 玲於奈 | 芝浦工業大学学長 |
| 田村 哲夫 | 学校法人渋谷教育学園理事長 |
【木村主査】ただいまから第5回教育改革国民会議第3分科会を始めさせて頂きます。
(配付資料の説明)
【木村主査】まず、銭谷室長から配付資料について、簡単にご説明いただきたいと思います。
【銭谷担当室長】それでは、配付資料について御説明いたします。資料1は議事次第でございます。
資料2は木村主査の方でご用意いただきました『我が国を支えていく人材の養成〜各分野におけるリーダーをいかに養成するか〜』という木村メモでございます。
資料3は、今日ご発表いただきます黒田先生の発表資料でございます。
資料4は、同じく田中先生の発表資料でございます。
資料5は、田中先生のご発表に関連してご用意いたしました資料でございます。資料5の1ページは、大学院の修士課程、博士課程の在学者数の推移の表です。平成2年度に比べまして、修士、博士とも倍くらいに増えているという実態がおわかりいただけるかと思います。2ページは博士課程の学位授与数の推移でございます。近年増えているわけでございます。学位(課程博士)の授与率の推移についても、理系は大きな変化はございませんが、文系は、平成2年度の7.5%から9年度の19.3%まで少しずつ増えているという実態がおわかりいただけるかと思います。3ページは論文博士の授与数の推移でございます。4ページは一橋大学の大学院国際企業戦略研究科の概要でございます。5ページは専門大学院の一例として、京都大学医学研究科の「社会健康医学系専攻」の事例をご紹介申し上げております。6ページに専門大学院(プロフェッショナル・スクール)のイメージ図を載せております。
資料6−1は、平成12年度版の労働経済の分析、いわゆる『労働白書』の抜粋です。最近の若年者の雇用失業問題、就業状況等について記載しておりますので、内容についてはその時点でご説明させていただきたいと思います。
資料6−2は、データでそれらの状況を示した資料でございますので、これも後ほど説明させていただきたいと思います。
それから、資料ナンバーを振っていないいくつかの資料をご用意してございます。1つは、平成12年度の一橋大学大学院の国際企業戦略研究科の学生募集要綱でございます。最初が金融戦略コース、次が国際経営戦略コースの学生募集要綱でございます。
次に、最近、文部省の大学審議会から2つ報告が出ておりますので、それをお配りさせていただいております。1つが、平成12年6月30日の「グローバル化時代に求められる高等教育のあり方について」の報告であります。もう一つが、ことしの4月28日に出ました「大学院入試の改善について」の中間まとめでございます。これもご参考までにお配りさせていただきました。
あとは新聞記事やいくつかパンフレットをお配りさせていただいております。なお、それに加えまして、お机の上に第2分科会所属の藤田先生の最近の著書もお配りしてほしいということでございますので、お配りさせていただきます。
それから、同じく第2分科会所属の上島委員からおあずかりした最近の日本青年会議所の教育に関する活動例がわかる資料も2つほどお配りさせていただいておりますので、ご参考までにご覧いただければと思います。
本日、お配りしている資料は以上でございます。
【木村主査】ありがとうございました。それでは、早速でございますが、前回ご案内いたしましたとおり、まず「大学・大学院の具体的なあり方について」決着を付けたいと思います。これについては、第3分科会としてある程度のコンセンサスが得られるように思いますので、今日はそこのところを固めてしまいたいと思います。
それで、一つ、お願いでありますが、第3分科会の柱は「独創性・創造性」「リーダーの育成」の2本ということになっておりましたが、私も国民会議の第1回総会で指摘しましたが、最近マスコミ等でフリーターの問題あるいは職業観・勤労観の問題が大きく取り上げられております。前回の企画委員会で、この問題が大きな議論になりましたので、その意を受けまして、3番目の柱として「職業観・勤労観の育成」を立ててはと思いますが、いかがでございましょうか。時間もないことで、まとめる方としても苦しいのですが、3番目の柱として「勤労観・職業観の醸成」あるいは「勤労観・職業観を育む教育」というものを加えたいと思いますが、よろしゅうございましょうか。
ご了承いただけますれば、まず大学院の問題についてひとしきりご議論いただいた後、3番目の柱について資料を準備してありますので、そのご説明を受けました後、ご議論いただければと思います。
それでは、まず本日は田中先生と黒田先生にご準備いただきました資料をご説明いただきます。誠に申しわけございませんが、前回までは15分で御願いいたしていたのですが、今日は時間の関係で10分とは言いませんが10分強ということで御願いします。牛尾さんはいつも「具体的な提案をすべきである」ということをおっしゃっていますが、そういう観点を踏まえて10分強、お二方から御説明いただければと思います。まず田中先生、お願いします。
【田中委員】黒田先生の方から先にやってもらった方が……。文系の場合はいろいろ釈明とか、反省から始めなければならないので(笑)、あまり格好いい話はできないので。
【木村主査】田中先生からお願いします。
(田中委員の発表)
【田中委員】資料4により報告させていただきますが、文系と言いましても大学によって違いますし、人文科学系と社会科学系、社会科学系の中でも法学と経済はかなり事情は違いますが、主として法学を例にとりながら、文科系大学院全体について、レジュメの前の方は大体ご存じの状況だと思いますので、後の方を中心に報告させていただきます。
文系の大学院の状況というのは、そこに書いてあるとおりでございまして、専門教育を学部段階で完結的に行うというシステムが今でも続いておりまして、大学院というのは専ら研究者養成のためのグラデュエート・スクールで、職業人養成のためのプロフェッショナル・スクールには、大学の中の人もほとんど関心を示してこなかったという状況です。
そして、博士学位の授与数が少ないということですが、これは博士課程進学者も少ないし、学位を持っていても特に意味がないということが文系の状況でありました。
そういった状況が続きまして、特に60年代後半以降は理工系が大学院、特に修士課程を拡充しはじめたころから、理工系と文系の格差がどんどん広がってきたわけです。その間、文系でも何もやらなかったわけではなくて、例えば法学部5年制案を東京大学などが主張したのですが、そのころは「格差づけになる」ということで認められなかったということがありまして、このツケが今いろいろ回ってきているという面もあります。
文科系大学院が動き始めたのは、1991年の大学院審議会の答申以降の改革でして、文系大学院においても高度専門職業人養成機能の拡充ということが行われるようになります。レジュメにあげているような大学が始めたわけですが、しかし、文科系の大学院がプロフェッショナル教育へのウイングを広げる決定的な動きは、そこにありますように東大法学部と京大法学部が大学院修士課程に「専修コース」を設置して、同時に大学院重点化とセットにして行ったことでして、これが文系の場合、大きな展開のきっかけになったと思います。
社会人・職業人を受け入れてみますと、大学院教育の活性化になりますし、研究にも刺激を与えてプラスであるという認識が出ています。しかし、学部からそのまま進学してくる学生につきましては、国家試験制度とか企業の採用・人事方針などが従来のままなので、そううまくいっておらず、低迷状態にあります。入学者もモラトリアム的な学生が多いという状況です。そして、文学部などの人文科学系と違って、社会科学系の場合は、トップ層が大学院進学を希望しない。これは受け入れ体制が学部中心になっているからでございます。
それから、博士学位授与数は増えておりますけれども、依然として少ない。法学部などの場合は、博士課程を修了する前に優秀な学生はどんどん就職してしまうという状況でして、助手制度につきましても、法学部の場合には、学部を卒業した段階で助手に採用しないと後継者が採れないという問題があります。
こういう状況から始まって、数年間やってきた段階で、98年に大学審議会答申が出て、専門大学院の動きがはじまったわけです。答申で例示してある分野がいくつかありまして、一橋大学の国際企業戦略研究科の資料などが配布されておりますが、これが新しい専門大学院の具体例です。現在検討しておりますのが法科大学院でして、司法制度改革審議会から依頼を受けて、目下、文部省で具体案を大学関係者と法曹三者が中心に検討しているところです。これがうまくいくかどうかが文科系の場合、プロフェッショナル・スクールができるかどうかの鍵になっているということで注目を集めているわけです。
ごく簡単に、最後に付けている概念図を見ていただきながら、その概要を説明しますと、基本的には、大学の法学部段階だけでは、今の社会のニーズに合致した法学専門教育がもう十分にやれなくなってきているという面があります。それから、法曹人口が少ないということが問題になってきましたので、法曹人口を増やすという司法制度改革の問題と、大学の教育改革の問題の両方のニーズが重なりあって、こういう展開が出てきているわけです。基本的なコンセプトとしましては、法学部の上に修士課程2年あるいは3年の法科大学院を設ける方向で検討されています。これを専門大学院とするかどうかは、まだオープンでございます。
法学部卒業者だけではなくして、他学部卒業者、社会人も受け入れるプロフェッショナル・スクールを設置して、司法試験は、その法科大学院を修了した者が受験する仕組みに改めようというものです。
学部との関係は、法学部と法科大学院との関係をどの程度つなげるか、切り離せるかということが大きな争点になっております。
研究者養成コースとの関係につきましては、法学部の場合は、政治学の研究教育もやってきているということもありまして、それは法科大学院には吸収できないので、少なくとも政治学については従来型の研究者養成大学院は必要だと考えています。法学についても一部そういうところもあるのですが、法学の場合には法科大学院2年あるいは3年を終えた後、博士後期課程に入れるというのが多くの大学で考えられている案です。ですから、マスター段階でグラデュエート・スクールとプロフェッショナル・スクールを併置するということです。
こういう構想を考えた場合、どういう問題が出ているかというのは、これは法学系だけでなくして、文科系全体に言えることですが、大学の教員の意識改革が最大の問題でして、研究重視スタイルをどれだけ改められるか、また、能力的に実務志向型教育をどの程度やれるかということが非常に大きな問題になります。
それから、実践的教育を行う教員をどうして確保するかという問題も、理系よりは文系の方が大学教員と実務界との人事交流が弱いので、これは非常に難しいと思います。
学部・大学院の関係についても、大学院の開放性、自学部からそのまま上がっていくのではなくて、他大学、他学部からの受け入れをどの程度できるかというのも、実際に検討してみるとなかなか難しいというのが現状でございます。
それから、大学の中における位置づけについて、アメリカのロースクールなどは、財政的にもユニバーシティから独立しているのですが、そういう仕組みが日本で設計できるのかどうかという問題があります。
その他、大学間格差といいまして、法科大学院を設置できる大学とできない大学があるので、その格差をどうするのかという問題が出てきております。
外的な要因としては、資格制度、試験制度に結びついておりまして、法曹三者という非常に強力なギルド集団といろいろ協議しなければならないというのが最大のネックになっております。
以上のような法科大学院構想の問題点をふまえて、次に、文科系の大学院全体について、どういう問題、どういうネックがあるのか、どういう方向にいったらいいかということについて、これまで会議で話題になったことと重複する点もございますが、見ておきたいと思います。
やはり大学の教員の役割意識の改革が大事でして、教員は「研究中心で、教育は熱心ではない」ということが言われておりまして、我々も以前に合田大学課長に「京大は研究あって教育なし。個人あって組織なし」だと、概算要求の説明の際にしかられたことがありますけれども(笑)、そういうところがありまして、文系の教員に「教育に熱心になれ」と言うことはなかなか難しいのが現状でございます。全ての大学が「研究よりも教育を」と言われるのは抵抗がありますが、研究だけでなく教育にももっと留意すべきだという点はそのとおりだと思います。
教員だけでなくして、学生の勉学意欲を向上させるという点も大事でして、文系の場合はほとんど大学院に入ってくるまでは放ったらかしで、マスプロ教育をやっているというのが現状でして、それを改善しなければならない。
そうなりますと、基本的には入り口管理から出口管理ということになると思います。入試については今まで問題になってきたことですが、有力な国立大学がどの程度裁量的な選抜方式をとることを社会が認めるか、許容するかということで、客観的なペーパーテスト中心に対する信頼が強いので、そういう画一主義をどの程度脱却できるかという問題があると思います。
それから、成績不良者のキックオフ制度の問題。出口管理については、この前、黒田先生もおっしゃっていましたように、大学卒業時に分野ごとに到達度テスト的なものをある程度導入することも検討することが大切です。
いずれにしましても、文系の場合、専門教育を高度化する場合、高度化した結果、こういう付加価値を付けれるんだということをはっきり示して大学外の関係者の理解・支持を得る必要があるのですが、理工系の場合と違って、文系の場合はこの付加価値というのはなかなかすぐに示しにくい。やはり、文系の場合はいろいろな情報を集めて、それを知識化しても、実際、その知識を活用できるようになり、知恵となって結実するのはやはり経験とかオン・ザ・ジョブ・トレーニングということを終えないと出てこないところがありますので、マスターとかドクターを終えたから、すぐその段階でどういう付加価値が付くのかということを問われると、なかなか説明しにくいという問題がございます。
それから、教養教育と専門教育との関係の見直し、学部・大学院の関係の再編成の問題は、従来から議論されたところですけれども、総花的な教養教育でなくして、メリハリの利いた教養教育と専門教育の融合が必要であり、ダブルメジャー制度などを検討すべきだと思います。
学生の成熟度に応じた進路選択の段階化という観点から、3年間高度教養教育と専門基礎教育を融合的に行った上で、2年ないし3年のプロフェッショナル・スクールへ進む者と研究者養成大学院に進む者に分け、後者も5年を3年くらいに短縮することも可能な仕組みに再編成することが適切ではないかと考えております。
全ての大学がこの3つの役割を引き受ける必要はないので、各大学はそれぞれの学風とか能力に応じて、「自分のところはこれにウエートを置くのだ」という形で、棲み分けをする方向にいくべきだと思います。
いずれにしましても、こういった形で大学が進展するためには生涯教育に進出せざるを得ない。とりわけプロフェッショナル・スクールの場合には、そういう必要が非常に強いのではないかと思います。
それから、博士の学位取得促進策は、博士後期課程と国立大学の教官、特に助手ぐらいは両方やれることにして、助手をやりながら博士課程にも在籍する―私学は結構やっているのですが―これを国立でも認めるという形にでもしない限り、優秀な研究者が課程博士をとることをあまり期待できないと思います。
それから、外的条件の整備ですけれども、大学も心を入れかえていろいろ努力しなければならないと思いますが、やはり社会的な受け入れ体制がないと、特に法学のような実学の場合にはなかなか拡充しにくいということがございまして、国家試験、資格試験による誘導が必要だと思います。今のところ、司法試験にしろ、国家公務員試験にしろ、学歴制限など何もない、これが機会平等だと言われているのですが、プロフェッショナルリズムの観点から見て、本当にそれがいいのかどうか。国家公務員試験でも、試験さえ受かれば、それで1種と2種を分けるということでなくして、その前段階のプロセスとしての教育を踏まえた試験制度に改めるべきであり、ペーパーテスト一本の仕組みが、こういう国家試験、資格試験で残っているという問題があると思います。
それから、企業・官庁の採用、人事方針についても、やはり企業・官庁でも幹部要員はマスター、ドクターを持っている時代にいずれなると思われますので、そういうことに合わせていく必要があるのではないかと考えられます。
これは文系独自の要求かもしれないのですが、高等教育の振興という場合、科学技術の振興ということばかり言われるのですが、やはり文科系の人材養成にもバランスのとれた配慮をする必要があるのではないか。特に、COEは文科系に研究についてはかなりなされているのですが、教育についてもこういうCOE的な発想で、重点的に国際的な発信能力のあるリーダーを養成するというサポート体制を整備しないと、文科系の研究というのはどうしても個人技になってしまう。経済界とか政界で活躍される人もほとんど個人技になっているのですが、こういった人材養成をもう少し組織的に支援すれば、潜在的能力のある人をもっと育てられるのではないかと思います。
さらに、文科系・理工系という区別すること自体が、創造的・独創的な人材を養成することを阻害しているのではないかと思われるので、そのあたりは大学院だけではなくして、教養教育の段階からもう少し融合的に支援する方策を考える必要があるのではないかと思います。
大体、以上のようなことです。
【木村主査】先生の資料の一番最後の図は、黒田先生の資料にも出ていますし、私のメモにも少し出ていますが、後程、その辺のところでご議論いただきたいと思います。
それでは、黒田先生、お願いします。
(黒田委員の発表)
【黒田委員】テーマは理工系の大学院ということなんですけれども、大学院だけを考えたらだめだということで、学部さらに高校までどんどん下がってしまったので誠に申しわけないのですが、図は高校から続けたものを書かせていただきました。短大が入っていないのは、理工系についてということだからで、無視したわけではないのです。
文章で書いてあるので、後で配付資料を読んでいただければありがたいのですが、図を見ながら簡単に説明したいと思います。
教養教育に基づいた上での高い専門性と創造性を持った人材を理工系でどうやって育成することができるかということがポイントになります。時代背景とかが上に書いてありますが、ご存知だと思いますので、説明は省略いたします。
まず、前段階としての高校教育が大学入試だけを目的にしていて、少数の科目しかきちんと学習しないのはまずいのではないかと思っておりますので、この前お話したように、「達成度試験」をやることを提案します。ともかく全科目をやってもらおうということで、そこに書いてありますように、また、この間言ったことですが、もっといい点数になるように何回も受けられるとか、学年にしばられずに受けられるといった話です。また飛び級も可能にします。大学学部のところは色が微妙に変わっているのですが、大学はひょっとしたら3年でいいのではないかということで、4・2・3ではなくて3・3・3か3・3・2か、その辺は非常にフレキシブルなものを考えてみました。
大学は、やはりリベラルアーツ型の教養教育と専門基礎の2つからなるべきではないか。文系の学生も理系のことを学ぶし、理系の学生も文系のことを学ぶ必要があるし、かつボランティアも課してしまうというようなリベラルアーツ型の教育を基盤に置いて、その上に専門基礎1、専門基礎2と書いてありますが、ダブルメジャーでいったらいいのではないか。2つの専門基礎科目のどちらかにウエートを置くことも当然可能だという、そういうフレキシビリティは残しています。教養教育だけだと、先ほど話題になったフリーターが多い原因のひとつになると思います。結局自分は何をやりたいのか、やったらいいのかわからない学生が出てきていますし、高校卒業した段階で何をやりたいかわかっていない人がほとんどだと思いますので、専門基礎1や2などをやりながら、自分が何に向いているかということを探っていく、そういう時代にこの3年間をしたらいいのではないかというふうに考えています。ダブルメジャーは、文系と理系の壁を越えても構わないし、自分は絶対に将来生物をやりたいので、生物と化学をやるとかいうのでも構わないのではないかというふうに考えています。
この図の中には飛び級があちこちに入っているのですが、大学学部の飛び級の字があまり大きくないのは、高校からの飛び級よりも難しいと思うからです。つまり、リベラルアーツをいい加減にして専門基礎だけやってもらいたくないので、ここではあまり飛び級を認めない方がいいのかなという気持ちがあらわれて、小さいフォントで書いています。
その次、21歳を終えて大学院に行くところで色が違っているのは、大学院に行くところで切り離しをするからです。つまり、いろいろなところから入れる大学院にするので、学部からの囲い込みは禁止しようということを考えているからです。
ただ、続けていくことにもメリットがあると考えるところは続けるということを認めるということで、似た色が続いているのもあります。ただ、ここも競争的環境で、中から必ず行けるのではなくて囲い込みは禁止して、公正な試験をする。ただ、制度的に一貫したカリキュラムで教育をしたいというところはその可能性は残してもいいのではないかと考えています。
それから、黄色の一番右側に「専門課程」というのを加えてあります。全ての人が大学院に行かないわけで、3年で終わってしまうのではあまりにも専門の教育が疎かになってしまうかもしれない。そのときにさらに1年間、もう少し専門教育をやる4年制大学も可能として、例えばこのときには産業界との連携とか交流とか、インターンシップとか、そんなことをするということで、より専門性を増してそのまま社会に出てしまうという、そういうシステムもあってもいいのではないかと考えました。1年制の大学院というのもあるのですが、1年制の大学院というのは違う分野を1年間で集中的にやるもので、その意味ではこの4年制の大学とは少し意味合いが違う。連続した4年制のカリキュラムを組んでやる、4年制学部も理工系では必要ではないか考えています。
社会人はどこにでも入ってほしい。紫色で書いたのが高度専門職業人型、それからその左側のオレンジ色が研究者養成ということなのですが、ちょっと時間がなくて、上に行くほど幅が細くなるとか、1年制の大学院もあるとか細かいことまで図に書き込む時間がなかったので寸胴になっていますが、途中で出る―つまり、2年間あるいは3年間で出るということは当然考えています。
ともかく、大学から大学院に行くときには厳正な試験を行うということです。それから、飛び級も認める。それから、3ページの下の方からちょっと書いてあるのですが、修士課程修了から博士課程に類似のテーマで行く人は結構多いのですが、そのときには大部の修士論文を書くことに時間を費やさず、もう少し簡便な形式のものを書いて、そのまま研究を続ける。ただ、修士で大学院教育を終える者はきちんとした修士論文作成をする。これは、実は東大本郷の生物化学科で既にやっていることで、博士課程に行く人はプログレスレポートみたいな20ページのものを書きます。短く書くということも結構大変なんですね。何でも思う存分長く書いてしまう方が楽だともいえ、短く書くのが楽だということはないのですが、少し違う能力をつけるために、投稿論文を書くというようなことのために短いものにまとめて書かせるということを課しています。それは結構いいアイデアではないかと思うので、そういうことも可能にしたいということです。
それから、修士課程を終えた段階で、あるいはその途中からも自分は研究よりは高度職業人型に行きたいというような人がいたら、(文系と違って高度職業人というのが非常に曖昧なので、こんなに大きく書く必要はないのではないかと思うのですが、)もう少し実務に近いことにいくということは当然考えてもいいというふうに思っています。
それから、出た後のキャリアパスとして、ポスドクというものの位置づけと博士をとるということの出口管理―私はあまり“管理”という言葉は好きではないのですが、出口管理ということを考えてみますと、4ページの上から2つ目の項目で、研究者養成型の教育機関を卒業して、博士号の学位を取得するためには、各分野での国際誌への論文掲載など、(そういうものがない学科もあると思いますが)研究能力があることを厳正明確に評価する必要がある。博士課程の学生をとったら、そこの大学が管理して学位を出すということではなくて、恐らく理工系の多くの国立大学ではやっていると思いますが、国際誌にトップネームで論文が1つあるいは3つ受理されているということが博士を取る条件にしている大学は結構多いわけです。そういうことで、厳正な評価をして通るということにすると、博士号の価値は結構上がるし、簡単に博士課程をつくって、そしてどんどん博士号を出すというようなことにはならないのではないか。つまり、ある程度、博士号の質が保証されるのではないかと考えています。
そうすると、ポスドクというのは、このくらい厳密な評価を受けて学位を得たものが今度は研究の中核となって活動するという位置づけです。文部省はオーバードクターもポスドクも同じで「無業者」と分類されていて、本当にびっくりしてしまったのですが、ポスドクというのは「職業がない」人間ではなくて、私なんかよりも高い給料をもらっている人がいるくらい、いい人は月70万ももらっている人もいるわけで、そういうきちんとしたキャリアパスである。違いは、パーマネントかパーマネントでないかだけです。3年とか5年という区切りがあるということだけであって、そのうちに大学の教員のポストもみんなパーマネントでなくなってしまうかもしれないわけです。博士号取得から、より定着性のある職業につく前に通過しなくてはいけない重要なキャリアパスだという位置づけをして、そのことを社会で広く認知していただきたい。オーバードクターとは違う、研究を本当に支えている人なんだということをみんなで認識していただきたいということがそこに書いてあります。
それから、世界のトップレベルと伍していくことが必要な研究中心型の大学院については、それに見合うだけの資源の投入とインフラ整備が必要である。研究資金に関しては、いろいろな外部資金をとることができるのですが、設備、部屋、スペースとか、それから教官と院生数との関係、これも非常に重要なことなので、そういうところも少しウエイトを変えていただかないと、いい教育はできないのではないかというふうに考えています。
その次は、簡単に言うと、高度職業人専門の方も大体同じようなことですが、1年制の大学院もあって構わない。ただ、文系と違ってウエイトは研究者の方が多いのか、この辺は企業の方の意見を少し伺いたいと思っています。
5番目に書いてあることは、ダブったことも書いてありますが、お互いの連携ということなのですが、かなりフレキシブルにいきたいということ、多様性、出口管理、ウエイトを付けた資源配分をするけれども、そのかわり研究も教育もきちんと評価していこうということです。
リベラルアーツ教育を、どういう人が教えるのかという問題があります。どうしても日本では「教育より研究を重視する」考え方があるので、そういうことを払拭してもらいたいのですが、そういってもなかなかできないかもしれないので、例えばリベラルアーツ型のところを教える人は定年を長くして、研究をやったところから定年になった人が来てさらに教えるとか、実務経験をやった人が、別に定年でなくても構わないんですが、定年をのばすと魅力が増えると思うので、そういう長い経験に基づいた良い教育をリベラルアーツではするということをやってみるといいのかなと思って書いておきました。
大体、文章で書いてありますので、読んでいただければわかるのではないかと思います。表にすると結構誤解を生むところがいっぱいあるのですが、意図はわかっていただけたのではないかと思います。
(自由討議)
【木村主査】ありがとうございました。
資料2を御覧下さい。私のメモと書いてありますが、メモというほどのことはありませんで、これまで大学院について皆様方から出たご意見をまとめてみたものであります。リーダーを育てる機関として学部では無理だということは、ほぼこの第3分科会のコンセンサスであったと思います。また、今後のリーダーというのは高い専門性が必要だろうということも、ほぼコンセンサスが得られているのではないかと思います。
それから、学部についてですが、−これはお二人の話にも共通していると思いますが、教養教育と専門基礎をしっかりやる場所であるということで合意したと理解しております。
お二人の御話のシステムをどうするかということについて、一番最後に図がそれぞれ1枚ずつ付いておりますが、少しご議論をいただければと思います。よろしくお願いしたいと存じます。
田中先生、一つ質問があるのですが、先生のシステム図で一番最後の法学部のところで切れていますね。問題はどのくらいのプロポーションの学生が大学院へ進学するのか、その辺はどうですか。理工系の場合は、旧帝大とプラスいくつかの大学は大多数の学生が大学院に進学してしまいますから非常に考えやすいのですが、法学部の場合は、こういうシステムをつくったときにどれくらい進学するかという問題がありますね。また、学部を完成教育としてどうするかという問題も非常に大きい。その辺はどうですか。
【田中委員】一番難しいのは、法科大学院の場合には司法試験という問題があり、その毎年の合格者がようやく1,000人になったというところです。ところが、法学部の卒業生は毎年4万7,000人くらいですから、そのうちの1,000人しか合格しない。今から徐々に増やしていっても、多分、3,000人、4,000人まで行くにも大変だという状況です。
【木村主査】そうすると、主要部分は法学部のところで止まってしまうということですね。そこで進学してしまうことになりますね。
【田中委員】そうですね。その場合に、例えば国家公務員の法律職も法科大学院で養成するとか、あるいは企業の中の幹部要員も大学院から採用するというふうな形になっていけば、法学教育全体の大学院重点化ができるのですが、いずれにしても、今の法学部がすべて大学院をつくっても、それにあったニーズがあるとは思えないので、その問題が一番ネックになるんです。
【木村主査】黒田先生は学部は3年だという話でしたね。田中先生は、前から3・3ということをおっしゃっていましたが?
【田中委員】将来的には、やはり3・3にした方がいいと思うんですが。
【木村主査】御意見いかがでしょうか。
【牛尾委員】大学院、プロフェッショナル・スクールを軸に考えるともう3・3で十分で、しかも飛び級もあるというのがいいと思うんですが、今度は普通のカレッジレベルで就職する人は、あえて最後の1年間余計なことをしてもしようがない、すぐ働けという感じがしますね、実際問題として。
ただ、アメリカの場合を見ていると、マスターのMBAとロースクールは別組織になっていて、それは呼び物なんですね。ハーバードのロースクールとか、ハーバードのMBAというのは大規模で、事業までやっている。
しかし、インターナショナル・リレーション(IR)とか、ポリティカル・サイエンスとかエコノミックスというのは、日本に比べて圧倒的に規模が小さいです。エコノミストになる人なんていうのは、MBAの10分の1もいない。日本というのは、経済学部が圧倒的に多くて、商学部の方が少なくて、下目に見ているということがあるんですね。だから、ポリティカル・サイエンスからグラデュエートに行く人、IRからグラデュエートに行く人も非常に少ないです。カリフォルニア大学のポリティカル・サイエンスのグラデュエートに行っても、本当に14,5人でしょうか。IRもせいぜい20人くらい、エコノミックスも30人くらい、そのかわりMBAは200人とか300人、ロースクールも300人、400人でしょうか。
だから、アメリカというのは司法試験というのはすごい通るんでしょうね。州によって違うけれども、トータルしたら4.5万で、ハーバードのロースクールを出た人の8〜9割は司法試験を通っていますね。
【江崎座長】ニューヨークステートのなんか割合に通りやすいみたいだね。
【田中委員】そうですね。全体として大体7割か8割くらいの合格率だと言われています。
【牛尾委員】それから、ステート別の試験で、このカリフォルニアに来ても簡単に通ってしまうんですね。日本はやたらと難しくして。簡単に言えば、ハーバードロースクールを卒業していれば、試験はほとんど通ってしまうという感じですね。だから、自動車の教習所を卒業すれば技術試験免除というのがありますが、そのような部分があると思われます。そのくらい、自信があるのではないでしょうか。ハーバード等のロースクールというのは。
【田中委員】もっとローカルなロースクールでも、ほとんどそのくらいの合格率でやっていますから。
【牛尾委員】そのように国家試験にするよりも技術試験免除みたいな感じのものを持った方がプロフェッショナル・スクールの方は処理しやすいと思いますね。
【田中委員】大学としては、そうしてもらった方が非常にやりやすいんですけれども、なかなか強力なギルド集団がありまして(笑)。
【牛尾委員】ロースクールの卒業生は、概ね法律解釈ができるように教育しないとね。
【田中委員】ロースクールを出たけれども、司法試験に受かるのが1割とか2割というのでは詐欺商法に近いので、それは非常に困ると思います。
【牛尾委員】そうそう、別に勉強しているんですから、皆さん。大学の試験だけでは通らないわけですから、そこにすごい矛盾があるわけですね。
アメリカのMBAというのは、企業に入ったら確かに一段と役に立つんですね。プレゼンテーションまで勉強して卒業するわけですからね。実務的なアカウンティングも全部覚えている。
【江崎座長】会社の重役はほとんど全部MBAですね。
【牛尾委員】そうそう。だから、工学部の卒業生がダブルメジャーでMBAをとって、みんな企業に入ってくるわけですね、経営者になりたい人は。その割には企業に入ってから活かせない人が多いですけど、資格があればそれだけ給料が上がっていくわけですから、その辺はここに書いてあるように社会がそういう価値をつくらないといけないですね。
ただ、率直な印象を言うと、黒田さんがつくられた自然科学系の具体的なものに比べると、辛そうですね(笑)。
【田中委員】釈明をして、「今から努力しますから、ご理解ください」ということになります。
【牛尾委員】黒田さんの方は企業から見ても、非常によく理解できる。企業と大学の間に共通の非常に理解が多いから、とても論旨はよくわかるし、1年制の大学院はハイテク企業から言うと必要ないですね。
【木村主査】3年でいいということですか。
【牛尾委員】はい。
アメリカはMBAを1年でとるコースはあるわけです。サマーセッションを使って、懸命に勉強すれば1年で取ってくることもあるけれども、しかしそれほどみんな慌てないで、大体1年半でとるんですね。セメスター制ですから、何セメスターでとるかということでしょうね。ここまで整理したことは非常に私はいいと思います。
【木村主査】学部は3年にして、今までお話が出ていますように、そこで教養教育と専門基礎をやればいい。あとは大学院へ行く。行かない者はそこで就職してしまうということですかね。
【牛尾委員】それで、社会科学の方をバックアップするためには、中央も地方も公務員はマスターだというふうに言ってあげれば、プロフェッショナル・スクールは非常に助かるわけです。世界は全部そうなんですから、今。国際機関に入るのはマスターでないとだめなんですね。だから、日本の公務員は大学を卒業してから、各省で留学してマスターを取っているから就職できるけれども、普通の人は2級職員になってしまうんですね。だから、「公務員はマスター」ということにすれば、今度は企業の方も社会科学系はマスターということになるので普遍化してくるわけです。
【江崎座長】これは教育改革国民会議なので、教育者、先生も、私の子どもたちが行っていた高等学校、中学校は全部マスターを持っています。この他に、確かMATという学位が、マスター・オブ・アート・イン・ティーチングだったかな。教育ということは、要するに大学卒業だけでなしに、プロフェッショナルを考えなくてはいけない時代になってきた。ですから、先生の教育ということも大学院レベルで考える。
アメリカの高校の話だと、例えばケミストリーの先生などはちゃんとケミストリーのマスターを持っている、フィジックスも全部マスターを持っている。ただ、「博士号を持っているのがおるのだ」といって校長先生が自慢していて、「だれが博士号を持っているのか」と聞いたら、「心理学の先生だ」と。
【河野委員】どこかに書いてあったと思いますが、私も社会に出る方は4年もあってもいいのではないかと。牛尾さんが言うように、恐らくこの日本の社会も終身雇用も弱まって、だんだん近代的な経営手法が必須になっていくだろうと思うんです。今、おっしゃるように、採用したはいいけれども使えないというのでなく、グローバルな時代ですから日本もそういう人が要る時代になりつつあるわけです。そういうことからすると、初めから3年で出て大学院等に行ってまた入る人もいるなどいろいろになると思います。
というのは、リベラルアーツというのはリベラルアーツだけでいいのかと。確かに基礎の専門はやるのだと思いますけれども、もう少しやってもいいのではないかというのが私の考えです。
【木村主査】河野さん、今出ていたご意見については、資料2に私が書いておきましたのですが。
【河野委員】ただ、私のもともとの意見は教養2年、法学部3年だったんですが。4年でもいいと思って申し上げたのです。
【木村主査】ここに書きましたのは、今まさしくおっしゃるとおりで、原則として4年システムなんですね。
【牛尾委員】この資料2はね。
【木村主査】理工系の特定の大学になりますけれども、3年で大学院に行けということです。勿論行かない人もいてもいい。学生を見ていると、3年で進学出来ても4年で行きたいというのもいますから、そういうオプションを残しておくのが良いと思います。現在の学部の最後の1年間は、理工系の場合は、卒論というものが非常に機能しています。この期間に、何とか自分でやるという習慣がつきますから、そこのところは残してもいいのではないかと思うんです。
ただ、私がわからなかったのは、文系の方で3年で、例えばロースクールでも大学院でもいいですけれども、行きますと、4年で何をするかという点です。これについて先程、事務局で話をしていたら、理工系と同じようなことをやったらどうだという案が出て来ました。そこで専門教育をきちんとやれば良い。たとえば非常に密度の濃い、充分なパーソナルコンタクトのできるような、理工系の卒論、そういう感じのものをきちんと専門の上に乗っかってやらせたらどうかという案です。
【河野委員】私は、牛尾さんに半分加勢しているのは、要するに将来的にはそうなるんだと思うんです。ただ、その過渡期というのは要るのではないかと。
【牛尾委員】旧制中学や大学のようなときには、小学校から旧制中学に出るけれども、もうちょっと勉強したいという人に高等小学校というのが2年間余分にあったんだね。しかし、小学校6年生で働く人もいるし、高等小学校に行って働く人もいるし、旧制中学校に行くという、そういうチョイスがあったわけです。
私は最終的には、公務員採用と一般企業の事務系採用と、教師採用も基本的には大学院の卒業生を採用するということになってくると、やはり大学4年制、3年制を問わず、やや専門学校的な採用−短期大学の採用みたいな感じになりますから、それだったら初めからハイスクールで働こうかという人も出てくるだろう。
ごく30年前は中卒が50%占めていたわけですが、今は3%か4%しかいない。高卒も最近どんどん減ってきた。入ってもすぐ定時制に行くとか、大学に行くという、事実上、大卒が非常に増えてきているわけですから、こういう制度ができればプロフェッショナル・スクール出身の人は急激に増えてくるのではないでしょうか。
【木村主査】文系と理系の整合性―取る必要はないかもしれませんが―を取るとすると、田中先生のは修士2年ですね。その中に中身が2つあって、研究者養成といわゆる高度職業人養成の2本ありますね。職業人の方はそこで出ていってしまう。一部研究者養成の方に来てもいいけれども、研究者養成はその上に立っているということですね。
そうすると、黒田さんは3年説だけれども、2年説にしておけば、理系と文系はコンシステントにはなるんですね。
【黒田委員】飛び級を許しているから、どちらをメインにするかというのが違うだけではないかという気はちょっとしているんですね。
私がなぜ学部を3年にして、4年の方にエクステントを付けたかというと、高校をもうちょっとしっかりしてくれたらという前提があるところはまずいのですが、つまり今みたいに2科目とか3科目しかやっていないというのではなくて、ともかく全国の国家試験を受けたということが、達成度試験を受けたということがあるとすると、絶対に1年半くらいリベラルアーツをやってもらいたいと思います。その上に専門基礎をやって、1年半をやるんだけれども、そこで例えば工学をやりながら、MBAで全然違う−私のプロフェッショナル・スクールというのは文系でも構わないですが、そこに1年行くというのと、そうではなくて今の自分の専門はこれだと決めたのをもう1年やるけれども大学院に行かない、きちんと卒業研究もやってという意味で4年制を残したいということなんです。
だから、それを当たり前として、飛び級で行くんだというふうにいってもいいし、結局、同じことだと思うんです。だけれども、こういう制度は絶対必要で、3年で大学院に行かないで出てしまうのが大多数となる、そこではちょっと心配だということです。
【牛尾委員】今後10年くらいは、やはり4年制を残しておいた方がいいと私は思います。河野さんと同じ意見です。過渡期は流れを見た方がいいと思います。
【黒田委員】みんなが飛び級で行って、4年制に行かないというんだったら、3年制にしてもいいけれども、今はちょっと心配です。
それから、理系というのは積み上げなんですね。ダブルメジャーで、実は文系と理系と両方やってみたんだけれども、やはり自分はこれがいいと思ったといっても、すぐ出なければいけないことになる。でも、大学院には行かないかなという人にとっては、4年制のこの専修コースではないですけれども、そういうところで研究をもう少し深くやって、自分で書いてみたり、考えたり、調べたりする、そういう1年間は重要だと思います。
【木村主査】そこから大学院に入っていっていいわけでしょう?
【黒田委員】全然構わないんです。矢印がごちゃごちゃして書けなくなったので文章で書いてあるのですが、そこから大学院に行ってもよくて、そのときは大学院1年振り替えてしまってもいいし、最初から入っても、飛び級で上に行ってもいいし、結構、フレキシブルにする。一番早くドクターをとるのを、私は24歳でとれるとどこかに書いておいたと思うんですが。
【木村主査】私の案もそうなんです。
【黒田委員】でも、私のは高校の飛び級も入っているかもしれません。
【木村主査】皆さんがおっしゃったのは、高校の飛び級が入っていなくて、3年で大学院に行って、3年でドクターをとってしまえば24と。そうすると企業も使うだろうということですね。
【黒田委員】私は、リベラルアーツというか、この学部の3年間というのはあまり飛び級をしない方がいいかなと思っている。どうしても専門だけを重要視してしまうけれども、私はこれからは文系の人も理系を、理系の人も文系を学び、そしてもっと「人への思いやり」とか、ボランティアを課したいと思うのは、そういうところがどうしても抜けているからです。高校までにそれをやってきてくれればいいんですけれども、もしやっていないのだとしたらここでしかやれないと思うと、やはりここの3年はあまり譲れないので、よほどの人でなければ飛び級をしてほしくないという思いが入っています。
【江崎座長】それはどこですか。
【黒田委員】19、20、21のところです。飛び級のフォントが小さく書いてあるところです。黄色い飛び級のところです。
そうでないと、リベラルアーツをあまりやらないで、専門基礎ばかりやってしまうという人が多くなって、受験勉強して大学院に行くという人が出てきてしまうのではないかと思うんです。
【牛尾委員】昔は、旧制高校というのは18歳から20歳までとったけれども、高校1年生、2年生は理科系でも全部リベラルアーツを議論したんですね。それで3年生になるといよいよ大学を目指して大体方向が決まってくるから、四六時中、大学に出入りしたいんだけれども、自由にリベラルアーツというものを文科系も理科系も一緒になって議論するのは18歳ということですね。
【江崎座長】ほとんど3年間近くやった。
【木村主査】それから、文転、理転も随分あったようですね。
【牛尾委員】そう。早い人は16歳そこそこからその世界に入るわけですね。
【黒田委員】だから、そういうものすごく変わったというか、文系は全然だめだけれども、オタクみたいな人もいるわけで、そういう人のために飛び級を少し残してはいますけれども、あまりメジャーになってほしくない。
【江崎座長】ちょっとコメントしたいのは、高等学校で今の日本の3年生をスキップするというのは若干無理がある飛び級ではないかと僕は思う。またアメリカの例をとりますと、アメリカの高等学校は大学のコースを随分高校で取れるんです。そうすると、基本的には大学124のコースのうち、高等学校のときに10いくつとってしまうという子どもが大分いるわけです。実質的には飛び級はしないんだけれども、大学で飛び級する準備をするわけで、その方が自然のような感じがする。だから、飛び級は飛び級なんだけれども、今のようなのとちょっと違った格好の飛び級ですね。
【黒田委員】今、千葉大学なんかでもやって……。
【江崎座長】やっているのは無理があるわけ。そういうものは飛び級ではないんです。あれは3年生をスキップしてしまうわけですから、僕の言うのは高等学校で……。
【黒田委員】飛び入学を先生は反対だとおっしゃるわけですか。
【江崎座長】反対というよりも、無理があるように思う。随分、大学としてテイクケアするのに、3人、5人なり。
【黒田委員】私も、それは飛び入学の本質に反するということを言っているわけです。放っておいても平気な人は行ってください。
【牛尾委員】まあ、そうだね。
【江崎座長】もう一つ、質問したいのは、東京大学なんかは1年、2年は駒場でジェネラルをやるけれども、多くの大学は専門をここでやってしまわなくてはいけないということですね。
【黒田委員】いや、リベラルアーツも……。
【江崎座長】リベラルアーツはしますけれども、専門を決めてしまわなくてはいけない。だから、普通はリベラルアーツの後、専門を決めるべきなんだけれども。
【黒田委員】「そうしてください」と言っているんです。
【江崎座長】東京大学みたいなものだったらいいわけですか?
【黒田委員】そうですね。東京大学は、教養学部で、その上に大学院もあるのでそのようなシステムは端っこで色が上までつながっているところで表していますけど。
【江崎座長】東京大学が一つの模範ですね(笑)、そうすると。
【黒田委員】いや、そこまでは……。
【牛尾委員】教養学部のジュニアの部分はいいんでしょう。文科、理科に分かれていて、教養学部が縦にベースにね。
【木村主査】進学振り分けがあるから、勉強するんだと思いますよ。
【黒田委員】文転、理転もできていますし。
【江崎座長】文転は非常に難しいよね。
【黒田委員】でも、今でもあります。
【牛尾委員】理転は難しいけれども、文転はできる。文科系の人は理科系ができないから文科系へ行く人が多い(笑)。
【黒田委員】その心は、リベラルアーツがあって、その上にダブルメジャーで2つ立ててくださいという感じです。
【木村主査】事務局とも話をしたのですが、例えばということです。何年のときに専門を決めるかというふうなことは今度は書くのはよそうと考えています。それをやると、大綱化をやって大学を変えたのに、また戻すのかという議論が出てくるので、そこのところはぼんやりさせておいた方が良いのではないかということです。要するに学部ではリベラルアーツ+専門基礎というふうなことでいいのだと思います。
【牛尾委員】資料2と3の図を示すだけでいろいろなことがわかるから、それをきちんと説明すれば十分答申になるんじゃないですか。それ以上説明しないで。
【木村主査】そう思います。
【牛尾委員】あとは各大学の責任者が自由に解釈すればいいんですから。これが基準だということを書けばね。
【黒田委員】網かけがしてあるのは、いろいろ考えてやっています。
【江崎座長】もう一つ、コメントさせてほしいんだけれども、東大方式が必ずしも良くないという一つの理由は、2年から3年に行くときに専門を決めてしまうわけです。つまり、メジャーというようなアメリカのコンセプトを導入するべきで、専門というものを一つ詰めるというのは僕はいけないと思う。あなたが言うダブルメジャーは、そういう意味のメジャーですか?
【黒田委員】そうです。専門科目のことです。
【江崎座長】そうすると、現在の学科というものは壊さなくてはいけないね、東京大学で。つまり、工学部にしても、21という専攻があるので、嫌々ながら、変なところにはめ込まれるんだよ、勉強しなければ(笑)。しかも、そういう需要がないところにも、先生のためにそんな需要を置いているというのは……。
【黒田委員】別に進振がいいとか、そういうことを言っているのではなくて、1、2年の教育と広い専門基礎が必要だと言っているのです。
【木村主査】もし、ディビジョンをやる必要があれば緩くやる。あまりガチガチにしてしまうとダブルメジャーもできなくなってしまうんです。
【牛尾委員】こういう議論があるところだけはちゃんと書いておいた方がいいね。メジャーが大事で、ディビジョンではない。
【黒田委員】基礎教育、専門教育をやると書いているわけで、ダブルメジャーだって書いてあります。
【木村主査】専門基礎というのは、学科を細かく分けたら意味がなくなってしまう。
【江崎座長】メジャーということをもうちょっと説明なすって、“メジャー”といったら専門だと皆さん思うんだけれども、アメリカのメジャーは専攻です。科目なんだね。だから、いくらたくさんとってもアクセプトできるんだよ。
【木村主査】そうしておかないと、田中先生のアイデアが実行できない。つまり、法学大学院へ他の学部の卒業生も来いということにならないんですね。緩くしておけば、いろんなバックグラウンドの人が入ってくるんですね。
【田村委員】田中先生にちょっとご質問していいですか。
これは、どうしたらいいか私もわからないんですが、ここに出ておりますように、法学部ではトップ層が大学院に行かないですね、現実に。ということは、はっきり言うと、ちゃんと教養教育も受けて、法学部2年で公務員試験も司法試験も受かっているというのがかなりいるわけです。そういう層はごく少数ですけれども、全然ロースクールに行く必要はないんですね、現状でも。それはどうするんですか。しかも教養もちゃんと受けている。
【田中委員】それが試験の弊害でして、一発勝負の試験だけでやりますから、大学に入っても教養や法学の授業を聴くのではなくて、公務員試験の予備校とか司法試験の予備校に行って受験勉強をするということになるわけです。
【田村委員】でも、東大だったら駒場のときには教養教育を受けていますね。
【田中委員】それも学校に出ているだけで、司法試験などを受ける人はほとんどダブルスクールで予備校に行ってやっているんです。
【田村委員】いや、それは3年になってからやっていますよ。
【田中委員】今はもうほとんど1回生から行っているんです。
【木村主査】1年のときくらいから行っているんです。
【田中委員】3回生くらいから行くならまだしもいいんですけれども、要するに大学受験と同じ発想で、公務員試験も司法試験も全部やってしまうというパターンに今なってしまっているんですね。
【田村委員】僕らの知っている範囲では、3年になってやっていましたけどね。
【木村主査】今は若いんです。入ったらすぐ行く。
【田中委員】企業の面接についても、企業受験の予備校がある時代です。
【田村委員】強制的に、少しゆっくりさせなければいけないということですね。
【田中委員】プロセスとして、大学できちんと教育したことを踏まえて試験をやるというふうに母集団をはっきりさせないと、試験だけで判定できる能力には限界があります。
今は、いろいろな試験制度が、学歴偏重は良くないというので、受験資格をオープンにしているんですが、しかしそれは結局のところ、公平なように見えるけれども、試験で計る能力だけで評価しているとなっているわけで、受験者の母集団にきちんと教育した上で、これだけのことをやっている者の中から選んでいくという態勢をつくらないと、適正な人は選べないのではないかというのが基本的な発想なんです。
【田村委員】強制的に、ゆっくりやれと。
【田中委員】そうなんです。プロセスとしてきちんと教育をやった上で、ある部分については能力判定を受けるという形にしたい。要するに、試験勉強だけしかやらないという受験中心の姿勢がそのまま続いてしまっている感じになってしまって、それが一番ネックになっています。
【田村委員】でも、それは議論を呼びますね(笑)。
能力に差がありますでしょう。だから、本当にゆっくりやっていても平気で通ってしまうというやつも知っていますし、そういうやつはロースクールに行かされたら気の毒だなという気がしますね。
【田中委員】それはそうです。今、司法試験の合格者の平均年齢が高く、大学にいるうちに受かる人から、苦節10年とか20年もかかってやっと受かる人とかいろいろなバリエーションがあって、エリート的にさっとやってきた人が受かるところと一種の敗者復活戦的なところとがまじりあっています。学歴に制約がないから、公平でオープンな試験だということで能力判定しているというのがデッドロックになってしまいまして、それを何とか打開しなければ、法曹人口を、質の維持・向上をはかりつつ、増員することはむずかしいというのが大方の理解です。
【木村主査】公務員がエグザンプルとしていいのかどうかわかりませんけれども、試験のやり方といいますか、そういうことに対しても国民会議としてアピールしますか。
言わないと田村さんのご指摘のようなことが依然として起こるわけですね。
【田中委員】基本的には参入制限の問題なんですね。医者の場合でも、毎年8,000人近く医師試験に合格しているのと比べると、少なすぎるわけです。
【江崎座長】こういうもののレベルアップということは大変緊急の問題で、そういう意味だったら、大学院を卒業して。
【木村主査】教員でしょう、それから?
【江崎座長】公務員。この辺に立派な公務員はいらっしゃるけれども、公務員もやはりレベルアップするということは必要だと思うよ。
【田中委員】数を増やす必要があるけれども、同時に質の問題があり、そうなってくるときちんとしたプロセスを経た教育をした上で選別する必要があり、試験一本でいろいろ選別しているという制度はやはりおかしいということがあると思いますね。
同じ大学卒業者の公務員でも、1級、2級どちらでも受験できるわけで、要するに試験で1級に合格したか2級に合格したかというだけでいわゆるキャリアかどうかと選別しているわけですから。こっちはマスターを持っている、こちらは学士だという方が国際的にはリーズナブルなところがあると思います。
【木村主査】はっきり試験をどうこうしろということは言わなくても、公務員とか、高い専門性を要するものについては、大学院卒が当たり前だというふうな記述はできますね。
各分野でリーダーになるためには、高い専門性が必要だということは、皆さん異議はありませんから、そういうふうな基調で書けば書けますね。
【田中委員】学歴主義と言われないためには、やはり中身の問題が重要で、こういう形で教育内容を高度化すればこういう付加価値がつくから、そういうものをベースに試験をやって選別していくということにならないといけないと思います。
【木村主査】司法試験も少しは変わるんでしょう?
【田中委員】何とか変えようとして、大学・文部省と法曹三者の間で綱引きをやっている段階でして。
【江崎座長】数は若干増えていますね。
【田中委員】500人から1,000人まで増えましたが、それは規制緩和推進計画の具体的項目に指定されて、やむを得ず増やしてきているという面もありまして。
【江崎座長】そうですね。でも、あれは社会の体質によるんだけれども、一つは、アメリカは弁護士が多過ぎると日本人が言うんだけれども、それは本当ですか。多過ぎることが弊害につながるんですか。
【田中委員】アメリカの場合は確かにそういう面はあると思うんですが、日本は数を増やして弊害があるという段階以前の話で、決定的に足らない状況です。
医者と比べたらはっきりわかるのですが、医者が毎年約8,000人、法律家が1,000人、これで同じプロフェッションとしていろいろなニーズを満たしているかどうかといいますと、今までは法律家にかかってもしようがない、かからない方がいいんだという文化だったと思うんですが、これからそれではいかない。
【江崎座長】やはりグローバリゼーションということを考えたら、いかないと僕は思うね。
【田中委員】それから、大学の場合、いくら大学が努力しても資格試験とのミスマッチがありまして、資格試験だけでなく、官庁や企業の受け入れ体制と合わせて改革をやらないと、なかなか文科系の場合、高度化しにくいということです。
【田村委員】優秀なやつは大学院に行かないというのが長く続いていましたからね。
【田中委員】そうなんですね。司法試験を受ける人でも、大学院に行って司法試験を受けるのではなくて、学部で留年してやる。京都大学法学部の場合は、4年で卒業するのは3分の1ちょっとくらいで、あとの3分の2は留年しているという状況で、専修コースをつくれば少し大学院に来るかと思ったんですが、やはり来ないんですね。
【木村主査】工学部も昔はそうですよ。
【田中委員】そうなんです。
【木村主査】大学院に行く者は変わり者だという話だったのに、いつの間にかごく普通になってしまったんですね。別に何のインセンティブもないんです、あれは。学生たちが卒論をやって、おもしろいから行こうということで行った。そうしたら、だんだん採用側が認め出して、採用するのが普通になったから、ワーッと増えたんですね。
【田中委員】文系の場合もそういう方向で努力すれば何とかなったかもしれませんが、やはりその段階では法律家がそれだけ要るという社会的なニーズもなかったんですね。
【木村主査】国策としてエンジニアはたくさん要りましたからね。
【田中委員】やっと最近になって、法律家がいないと困るんだということになってきて、そういった意味では、文系は今からあの当時、理工系の先生がやられた努力を一生懸命やらないといけないということだと思うんです。
【木村主査】今、先生がいみじくもおっしゃったように、法律家といいますか、法学部を出た人をそれだけ社会が要求するかということは大問題ですね。
エンジニアはたまたま国として拡大の時期でしたから、いくらでも需要があったのですね。
【田中委員】しかも、司法試験が一種の参入制限機能を果たしておりますから、あれは非常に大きな問題でして、あそこが自由になれば大学としてもビジネススクールと同じような形でロースクールを展開できるんですが、資格とつながっていますから、大学の判断だけではできないというところがあります。
【江崎座長】法学部を卒業した学生が民間企業に就職していますね。どのくらいですか。
【田中委員】もう圧倒的に民間企業です。
【江崎座長】ですから、それが大学院出身の人の方がより多く活躍できるということがわかれば、有能だということがわかれば、企業は当然その人たちをとる。そういう原理で、今の木村さんが言った、工学部が増えたわけだからね。
【浜田委員】それは、今、座長がおっしゃったようになりそうにありませんね(笑)。
【江崎座長】それは教育の問題ですか。日本の社会がまだ高度になっていない?
【浜田委員】法律の専門的な知識素養を専門的に生かす部署でずっとやるんだったら、おっしゃるようになるかもしれません。だけれども、現在は文系は概ね、法であろうと、経であろうと、文であろうと、その人のパーソナリティのみで、その人の後のコースが、自ら開拓するというか、会社と協力して一つのキャパシティを作る。
【江崎座長】それは社会が高度化する―つまりグローバリゼーションで世界の会社とやりやった場合には、日本の会社がそんな状態だったら立場が悪いんじゃないですか。アメリカあたりのロースクールを出た人間で固めているアメリカの企業が来た場合には、やられる可能性があるんじゃないですかね。
【浜田委員】そういう意味で、いくらか法律の専門の人たちを、レベルの高いのを従来よりはいくらか余計に(笑)。
【江崎座長】しかし、IBMの本社なんかは、ロースクールを出た人間でいっぱい固めていますよ。
【浜田委員】どうも、あればちょっと表面的な学歴社会。
【河野委員】昔は法学部を出れば、弁護士の資格があったわけですね。
【田中委員】ずっと昔ですね。
【木村主査】英国がそうですよ。
【河野委員】その辺のメカニズムがちょっと変わってしまったというか……。
【田中委員】昔は、大体企業に入っても、あまり使い物にならない者を法務部に回して、法務部は何をやっているかというと、法律実務だけではなくて、総会対策ということで、総務部と同じようなことをやっていたわけですね。やっと、最近、法務部も重要視されるようになりましたが、企業法務もやっている人は営業とかいろいろやっている人と比べると、せいぜい取締役くらいで、アメリカと違ってトップにはいかないんですね。
それがだんだん最近変わってきて、やはり幹部になる人が増えてきて、そうでないとやっていけないところが出てきているようです。
【河野委員】昔は、ある大学の法学部を出れば、それだけの能力があったのかというと、そんなに違わないんじゃないかなと私は思うんですけどね(笑)。狭めているのはやり方の問題だという……。
【木村主査】さっき工学部のことを言いましたけれども、もう一つ、工学部は成績のいい学生が大学院に行ったんですね。これが決定的だった。
その前はそうでもなかったのだけれども、世の中が変わってきて、成績のいいのが学問的興味で行き出した。だから上がワーッと膨れたんです。
【江崎座長】だから、浜田さんのところも、優秀な人間は大学院卒業しかとれないということになったら、とるということになるわけで、そういう傾向に工学部の場合はあったわけですね。
【田中委員】文系も文学部なんかは一番優秀な層が大学院に行くというので、競争になっていますね。法学部だけがそうならない(笑)。
【河野委員】出口管理をぴっしりやればね。
【田中委員】法学部も経済学部も大学の後継者を残すのも大変でして、優秀な層が大学院に来ないものですから、学卒から助手にして残していかなければならないという状況です。
【木村主査】牛尾さんはじめ、皆さんおっしゃったことですが、大学院はできるだけオープンにして、自由競争にするということが絶対条件ですね。
私もこの間、突然気がついて、何で?と思ったんですが、大学院の入試は学力試験もやるが一種の推薦入試もやる。それから学部の成績は必ず見るし、インタビューもやる。そういう意味でいうと理想的な試験をやっているんですね。
入り口の方はどうしますか。大学院が、ここで議論されているようにきちんとしてくれば、学部はあまり問題でなくなってくるような気もするんですけれども、さはさりながら、日本的なカルチャーがありますので、学部の入試の問題も少し議論しておかなければいけないと思います。
【黒田委員】私が提案していたのは、2ページにちょっと書いておいたんですが、「高校における学習達成度試験を合格した者及び同等な学力のある者とし、合格者を広く受け入れるような大学がある一方で、ある分野に特化するなど大学独自の目的に合った入学者選抜を実施する」―ここのところで、それこそ面接だけでやる大学があってもいいし、ともかく達成度試験で何科目どういうのをとったかというのがある程度保証されていることがあれば、もう少しきめ細かな入学試験ができるのではないかと思っているんです。
【木村主査】教育課程審議会で、実はアメリカの達成度試験の実情を調べているんです。たまたま、今、200人、先生方が来ておられるので、私が提案して、東北大学のアライ君、国研にいたのが先生方を集めてインタビューをしたのですが、アメリカはどんどん到達試験が増えていますね。州によりますけれども、11学年で試験をして、到達試験に合格すると卒業証書をもらえるんです。卒業証書をもらうと、他の大学が見ていてそういう人たちを受験資格にするのですが、おもしろいことに卒業試験に到達しなくても、きちんと出席していれば修了証書をもらえるんです。修了証書だけで採る大学もあるんです。
【黒田委員】「広く」と言ったのはそういうことなんです。ただ、合格ではなくて、グレードを付けるから、例えば自分は数学を失敗したらもう一回数学を受ける。つまり、年に何回かやってくれるので、数学だけもういっぺん受けて、前はDだったけれども、今度はBになったとか、そういうふうなものがいいのではないかと思っています。
【江崎座長】到達度試験は賛成だね。
【田中委員】賛成ですね。今の大学入試の一環としてやる共通試験というのはあまりよくないと思います。
【黒田委員】それに科目を減らしているから、理系だったら文系は本当に何も知らないとか、医者になるのに高校で生物をやっていないとか、もう目茶苦茶なことになっていて、大学教育が成り立たなくなっているんです。
【木村主査】到達度試験―高校での出口管理みたいなものは主張しますかね。
【江崎座長】それは主張して……。
日本の高校が3年ということが問題なんだけどね。ですから、3年生が大事だということで。アメリカあたりは、今、木村さんが言ったように、イレブンスグレードが終わった時点でするわけだから、随分、余裕があるわけです。それで実施して、その試験に基づいて大学がやればいいわけですからね。
子どもというのは、僕は高等学校の先生が一番よく成績を知っているわけだから、その重要な情報を入学試験に無視するということは、それこそ情報化社会にもっての他の話なので。
【木村主査】それと、資源の無駄遣いですよ。
【江崎座長】教育も研究もやらないで、受験対策ばかりやっている大学の先生もいないことはないわけですからね(笑)。試験というものから、大学の先生を解放するんだろうね。
【黒田委員】それから、その一つ上に書かせていただいたのは、リベラルアーツといってもそんなに全部の大学で教えられないので、共通の教養教育みたいなものは、インターネットとかマルチメディアを使って、いわゆる今の情報を使った教育をやる。だけれども、それに時間をかけないけれども、そのかわりもっとフェース・ツー・フェースでフォローアップのチュートリアルをやるとか。(私は演習という日本語に直しておいたのですが)講義の補足に使うということにして、同じ授業を全部の大学が一からやらなくてもいいようにしたらどうかという提案をその上に書いておきました。そうすると、先生も余裕ができる。
この間、私たちは外部評価というのをやったんですが、その時に他の先生の講義を一緒にきく機会がありました。文科系の学生に理科系の先生が教える講義があったんですが、あんなにうまい講義はとてもではないけれども教えられないなというほど、いい先生に今教えていただいているのですけれども、そういうのをいろいろな大学に単位互換ということでもいいし、使ってもらって、そのかわり空いた時間を先生が学生と話す、チュートリアルをやる、あるいは課題を与えてやるという少人数教育に使ってもらいたいと思います。
そうすると、「リベラルアーツなんてできない」ということも少しはなくなるのではないかと思うんです。
【木村主査】システムで、例えばTAとか、それをもっと重視してもらって、先生方が教育にディボートできるようにするとかね。
【黒田委員】そういうことだったんです。実は、ここに鉛筆で書き加えたんですが、タイプに打つのが間に合わなかった(笑)。
「TAの活用」というのはすごく重要で、TAにとってもいいんですね。
【木村主査】そうですね。
それでは、大学院については以上のようなことで、あとは主査と副主査と事務局でまとめさせていただいて、次回にこの場でまたご議論いただくということにしたいと思います。
2「職業観・勤労観を育む教育」について
【木村主査】冒頭申し上げましたように、職業観・勤労観について、資料6を銭谷室長からご紹介いただいて、具体的方策について少しご議論をいただきたいと思います。
室長、よろしくお願いいたします。
【銭谷担当室長】資料6−1と6−2でございます。先ほど木村主査からお話がございましたけれども、きっかけはこの6月27日の読売新聞の記事でございます。
6月29日に企画委員会が開かれました。そのときに企画委員の中から、「フリーターが151万人いる」とか、「悲壮感薄い若者の失業」とか、「働く意味をもっと考えよう」とか、最近の若年者の労働意識の変化と実態が大分変わってきているということは、少し検討の必要があるのではないかというご意見が出ました。主査ともご相談いたしまして、職業観の育成あるいは職業教育ということを第3分科会でもご議論いただいたらということになりました。
今までの「創造性・独創性の育成」「社会の各分野でのリーダーの育成」は一人一人の持って生まれた才能を伸ばしたり、トップレベルの人材育成に絡むわけですが、多くの者はいずれにしても職業人になるわけであります。そこで、教育全体を通じて、職業観・勤労観をどう育成するのかという問題もご議論いただければということで、『労働白書』から抜粋いたしまして、資料6−1、6−2の資料を用意させていただきました。
資料6−1に「第2章 若年者の雇用・失業問題」「第1節 若年者の就業・失業と学卒労働市場の実態」が書いてあります。
「学卒労働市場は厳しい状況にあるが、職種等のミスマッチも存在する。学卒無業者比率は高卒で3割を超えている。大卒では約4分の1で、これは需給関係だけでは説明のつかない増加となっている。また若年の失業は自発的離職による失業が最も多く、親等の経済的支えがそれを可能にしている側面もあると思われる。若年者の自発的離職率の最近の高まりは、フリーターなど離転職の多い非正規労働者のウェイトの上昇によるところが大きい」と書いてあります。
資料6−2の第35図には、1997年に新規大卒の方が高卒の就職者数を上回ったという状況が示されております。36図では職種別にみた変化が示してあります。例えば事務従事者は、92年と99年を比較しますと、ものすごく高卒の人は減っている。高卒で事務職というのは、本当に最近は少なくなっている状況があります。ただ、高卒の女子の希望職種は依然として事務職が非常に多いといったような状況もございます。
資料6−2の第38図は学卒無業者の増加の状況が示されております。無業者比率は高卒で約3割、大卒で約4分の1という状況であります。
若年の失業率は今10%を超えているわけでありますけれども、第39図の失業の理由では、自発的な離職が最近大変増えているということでございます。第40表の離職理由別失業者数は、15歳から24歳の失業者のうち日本では82.1%が自発的離職。アメリカは33.3%、フランスは4.8%。日本の場合はさっさと自分の意思でやめてしまうという人が失業者の中でも多いということでございます。
41図は、失業している人が世帯主とどういう関係にあるのかということを見た図でございますが、「その他の家族」というのが非常に割合として多いと思います。要するに若年失業者で親と一緒に暮らしている人が結構失業している。いわゆるパラサイトシングルという感じの傾向がうかがえるのではないかと思います。その結果、42図にありますように、フリーターと呼ばれる人がここ数年で非常に増えている。新聞記事は、この数字をつかまえて、フリーター151万人と出したわけでございます。
第43図では、フリーターの年齢は、20代前半の人が非常に多いわけですが、20代後半の方もまだ結構いるということであります。
なお、フリーターの最終学歴では高卒が4割くらい、大卒が2割くらいということでございます。
なお、若年者の離転職は、大学あるいは高校を出て就職後、3年目までに離職する人が高卒で約5割、短大卒で4割、大卒で3割という傾向であります。
第48図は、今の20代前半の人が最初に会社に就職するときに、どういう理由で就職先を選んだかという調査であります。12、3年前と比べますと、「会社の将来性がある」ということで選んでいる人が少なくなっております。多くなっているのは仕事の内容、職種であります。解釈は色々できますが、一生、その会社とともに頑張っていこうとか、そういう将来性ということはあまり考えていないとも思えます。
総じて言えば、最近の傾向として、フリーター志向が非常に強いし、離転職も非常に簡単にする。「生涯、どういう仕事をするか」といったようなことをあまり考えない。現実の就職状況と自分の能力、置かれた立場のミスマッチが最近非常に目立つようになってきているということが『労働白書』の中では言われているということでございます。
【木村主査】ありがとうございました。
容易ならざる事態になっているのですが、どうしたらいいか難しいところでありますけれども、少しご議論をお願いしたいと思います。
今、思い出したのですが、15年ほど前に、どなただったか覚えていないのですが、今かなり偉くなっている方がある会議で、自分の会社でやっている新入社員の意識調査の結果をご披露になったことがあります。その後、「将来、日本はえらいことになるぞ」とおっしゃっていました。その会社は大企業で立派な企業ですが、「一生勤めたい」という人が確か3割くらいで、終身雇用の考え方がどんどん音を立てて崩れている、だから、えらいことになるぞというふうにおっしゃっていたのですが、まさしくそうなってきましたね。
【黒田委員】会社を変えるのではなくて、職種を変えるんですか。
【銭谷担当室長】53図の「職種の移動」では、正社員ですと6割くらいが同じような職種へまた移動しております。いわゆるパートの方は半分くらいです。あとは関係ない別の職種へ移動するという状況です。ですから、自分はこういう技能や知識を持っているから、もっと条件のいいところというわけでは必ずしもないですね。
【黒田委員】アメリカは、若年層ではないけれども、もうちょっと上になったらよりいいところに行くので、むしろ離職率というか、転職率は多いのではないかと思っていたのですが。
【銭谷担当室長】54図は、転職した場合の賃金を示しておりますが、「変わらない」や「減少」というのは結構多いようです。「増加」ももちろんありますが、必ずしも有利な転職ばかりではないという状況もあります。
【江崎座長】ちょっと質問してよろしいですか。
このごろは日本でもそうなんだけれども、テレコミューティングみたいなものが盛んですね。つまり、在宅勤務と。在宅勤務はこれには入っているんですか、入っていないんですか。アメリカでは、インターネットなんか盛んですから、最近の労働者の10%くらいはもうテレコミューティングをやっている。それはこれには入っているんでしょうか。
【銭谷担当室長】在宅でも正規雇用なら入っているんでしょうけれども、そうでなければ入っていないと思います。
【木村主査】テレコミューティングというのは正規雇用ではないんじゃないですか。
【江崎座長】それが一つの全体の傾向だよね。これを非常にネガティブに見てしまう−ネガティブな面が僕は非常に多いだろうと思うのですが、全体の情報革命などの一環のようにも見られるということね。
もう一つは、文部省としては非常に統計がとりにくいんですが、本当に軽薄な人がこうなっているのか、そうではないアン軽薄な人がそうなっているのか(笑)。軽薄な人がこうなっているんだったら大変重大な問題なんだけれども、そうでなければそれほど大きな問題ではない。つまり、日本の今までの固定的な雇用のモビリティが高まったということになるわけで、これは木村さんの意図に水をさすわけではありませんが、そういう意味でどこにこれがあるのか。「もっとよく生きたい」という信念みたいな、希望みたいなものがあってやめてするのか、極端に言ったら仕事をするのがあまり好ましくないからやめてしまうのかということ、多分両方あるだろうね。
【銭谷担当室長】フリーターの意識は多様だということは言われております。自分のやりたいことがある、自己実現するために今はフリーターをやっているという人、定職や正社員にはつきたくないというような人、あるいはたまたまいい仕事がないからやっている人とか、それはさまざまだと思います。
【江崎座長】木村さんなんか、これの原因の一つが大学教育と職業教育のミスマッチだと。ミスマッチはシリアスな問題だということでしょう。もう一つは、豊かになってきた、だれかサポートしてくれる人がいるというような、甘えみたいなものも当然あるわけですが、この中でミスマッチの面をここで取り上げるべきだということですね。
【木村主査】そうです。
【田村委員】江崎先生のお話は、50表、「リーダーの類型化」ということで触れています。この自己実現型というのは、そう心配はないわけですね。実は、将来不安型で、それが男性の半分以上いると。要するに、学校での教育が自分の職業とほとんどかかわっていなかったということですね。
【木村主査】クラーク先生は日本の現状をどうご覧になりますか。
【クラーク委員】この統計はちょっと……。実際、フリーターは臨時労働でしょう。日本とアメリカ、日本とフランスのギャップ、この40表ですが、非自発的離職は、アメリカだったら臨時労働は非離職、日本だったら自発的離職−−比較は難しい。
外国では臨時労働者は多いんです。日本はそういう概念はないです。だから、あなたはフリーターだ。だけど、実際は臨時労働者です。だから、外国では半年とか1年だけ働く人が多いです。
それで、フランスの場合は、「自分は自発的に離職」と言えば、失業保険はもらえないかもしれない(笑)。だから、認めないんですね。外国では日本のフリーターに当たっている人が多いです。日本はだんだんキャッチアップしているんです(笑)。
けど、問題は態度なんです。根気が弱いとかね。外国だったら、ある程度プライドを持ってフリーターのようにやっています。日本の場合、プライドを持ってフリーターをやっている人はある程度尊敬すべきです。根気が弱くてフリーターになるという人は、多分、半分くらいかな。根気が弱い、フリーターになるという人が一番怖いんです。
【木村主査】もう一つ大事な点は、先ほどありましたけれども、臨時労働者ならいいんですけれども、ろくろくお金を稼いでいないで、親が支えているケースが日本の場合は非常に多いんです。
【クラーク委員】給料足りない?
【木村主査】もちろん、給料が足りないんですけれども、働く意欲もないかもしれないし、親が支えるというカルチャーですね。
【河野委員】パートというんですか、これがものすごく日本は組織化されているんですね。企業から言うと、安いコストでというので、正社員からどの会社もパートに切り換えているわけです。
【木村主査】それが背景にありますね。
【江崎座長】フリーターという言語はないわね。これはだれがつくった英語?
【黒田委員】日本語。
【クラーク委員】我々の分科会のテーマを忘れないでください。「創造力と独創性」でしょう。ああいうふうに、自由に社会の中で行動している人は、もしも積極的にそういうふうにしているのであれば、かえって会社に入って定年まで一生懸命働く人よりも、多分、創造力・独創性があるんですね(笑)。
いずれにしても、独創性の根源は、知識だけではなくていろいろな経験も必要なんです。だから、「なぜフリーターになったのか」、その動機が一番大事です。
【木村主査】フリーターの議論はちょっと危険だなという気がしているのは、この間ご紹介したように、これは、若年層ですね。将来、彼らがどうなるかということをよく見据えないと、うっかり結論は出せない。今おっしゃったように、それが逆に社会のダイナミズムに結びつくかもしれないし、その辺の問題がありますね。
【浜田委員】この43図なんですけれども、私がこれを見てホーっと思ったのは、15年前も20〜24歳、このピークのところが、15年前の82年だってもう10万人もいたんだと。それから、10年前の87年でも20万人いたんだというところですね。それが97年で35万人超えていると。
それでは、この点線の真ん中の87年の20歳から24歳のピークの20万人は、その後、10年後の姿がこの統計数字が正しいとすれば、一番上の実線の右の30〜34歳のここになっているわけですね。横へ引きますと、5、6万ですか。かつて25万いたフリーターは10年後は定職についているのか、ホームレスになっているのか知りませんけれども、固定職についている統計図だなと。
そうすると、35万人いても、この人たちの10年後はほとんどが何らかの定職についているというプロセスをこの図で読めるから、そう大騒ぎすることでもないのかなと思ったり……。これは社会現象としては、ぜいたくというか、食うために職につくという意識がほとんどなくなってきていて、自分に適した職を探すんだと。「適した職を探す」という言い方で求めつづける限り、適した職というのは10人中9人は永久にないと私は思います。1人や2人は、「これが適職だ」とどこかでとまる人がいるかもしれないけれども。
【江崎座長】アメリカと比べると、日本はミスマッチが多いです。そうあるべきでない人がそういうポジションに座っておったり(笑)。やはりモビリティがあってね……。
【浜田委員】だから、いくらかあるのは私は構わないと思います。
【江崎座長】その方が社会としても、会社としてもいいわけですから。
【木村主査】今、河野さんがおっしゃったような社会的な変化はありますね。どんどんパートに切り換えている。だって、スーパーマーケットなんて、正社員はほとんどいないのでしょう。
【田中委員】フリーターを問題の手がかりにするというのは、その勤労観・労働観の問題と教育の関係を検討するときに、ちょっと危険な感じします。
【江崎座長】ある程度あると思うので、実務志向の教育というものが日本には欠けているという、そこのところだと思う。これは全部そうだというわけではありませんけれども、やはりそこにはもう少し取り組む必要があると私は思うんですけどね。
【河野委員】それよりも、むしろ若い層が将来に対して思っている自分の親の時代より良くならないという日本の統計がありますね。そちらの方がむしろ問題なんじゃないかと思うんです。これ自体だけで論じていいのかどうか、私もちょっとわからない。
【浜田委員】いい意味に解釈すれば、かつてはどこかに就職して、ある職種について諦めながらやっていたのが、自分に適した「適職探し」のプロセスが結構ぜいたくになって、そしていくつかの職業をやりながら適職と思ったところへどんどん定着してきているではないかというふうに理解すればいいのではないかなと。
【木村主査】日本は、学生のときのモラトリアムの期間がありませんね。それをここで実現しているという見方もありますね。それにしても小学校、中学校、高等学校で、7割通っている普通高校で、そういうことを全く教えていませんからね。その方が非常に大きな問題だと思います。
【田村委員】もうちょっと細かく見た方がいいと思うのは、今、浜田先生が87年と97年という数字をおっしゃったんですけれども、実は日本の高度成長というのは91年のバブルの崩壊以降、とまっているんですね。それと全く関係なしに、どんどんフリーターが増えているわけです。10年後にこれだけ減っているというのは、87年が10年後に97年の30〜34になったという推計で出しているんですけれども、さらにどんどん進んでいくとしますと、どんどん増えてくる。それが10年後にということは、全体がどんどん上がっていくということです。そうすると、5万くらいだからどうということはないということは、ちょっと危険なんじゃないかと思います。
ですから、フリーターが出ているということを将来に引き付けて考えるとすれば、その傾向は非常に危険な兆候だというふうに考えないと、教育の部分で取り上げていかないと、少なくともバブル崩壊以降もどんどん増えているというのは、これは異常だと思うんです。今後、増えないかというと、私は増えていく一方ではないかという気がしてしようがないんです。
【木村主査】親の経済的余裕がなくなれば、また話は別になるのではないかと(笑)。
【浜田委員】これ、教育でアプローチできるテーマなんでしょうか。心配ですね。
【木村主査】ある程度は、僕はできると。
【田村委員】でも、それをやるところがないんですね。
【木村主査】転職が悪いか良いかは別にして、最近明らかに変わってきた傾向があります。専門高校の人たちの離職率が前はすごかったんですが、ところが、最近は普通高校の人たちが多くなっている。専門高校の卒業生の職業に対する定着率は上がっているんです。普通高校の非定着率がものすごく増えています。
職業高校では、きちんと職業教育をやっているわけですね。そこのところで職業定着率が高くなっているというのは、やはり教育の効果が出ているんじゃないですか。こういう世の中になればなるほど。
【黒田委員】“就職”なのか“就社”なのかとよくあるけれども、本当の就職で変えているなら、モビリティが増えていてまだいいかなと思うんですね。ただ、会社や企業に行ってどういう職業に就くのかということが想像できないと思っているんです。先ほどの私の配付資料の3ページの上にも書いておいた「専門課程」という4年制のところでは、インターンシップとか、もっと産業界と連携、交流を重視、卒業してすぐに社会において活躍できるような、そういう実社会を見る1年にもしてほしいというふうに書いたんですが、ここで卒業するとわかっている人はそういうことをやらないと、全然思ってもいない生活が待っていたということになるのではないかということは一つあると思います。
ただ、もう一つ、「朝早く起きるのが嫌だ」とか、何とかとか、そういうのがあるので困るんですけどね(笑)。フレックスタイムの方がいいとか、社会がだんだんそうなってきていますね。
【河野委員】そうですね。豊かになっているというかね。
【江崎座長】46表を見ますと、「高等学校の進路指導担当者の指摘」というのが書いてある。しかし、これはもっての他だよ。進路担当者がするべきことをしていないから明らかだよ(笑)。「自分の希望職種が自分で決断できない生徒が多くなっている」、それをさせるのがガイダンスだね(笑)。「生徒の職業に対する意識がはっきり決まらない」「自分の職業を決めるのを後回ししている」、そんなのもっての他だよ。先延ばしさせないためにガイダンスがあるわけでしょう。これは問題だよ。
【木村主査】教師もプロでないんです。
【江崎座長】そう、教師もプロでない。これはガイダンスカウンセラーを必要とする。これを見つけ出すのが、高校の先生あるいはカウンセラーの目的で、進路指導をしていないんだよ。だから、実務志向とか、これがフリーターの一つの根底になっているね。もし、問題にするんだったら、ここだよ。ちゃんと教育していない。
【木村主査】今、進路指導については、文部省もかなり気を使っていて、例えば理科教育並びに産業教育審議会においては、今江崎先生が言われたような進路指導の重要性が盛んに議論されました。職業高校では、相当きちんとやっていますね。その辺の効果もあるんでしょうね。
【田村委員】それが普通科には全然ないんです。数は圧倒的にそこが多いから、こういうふうになってきちゃうんです。普通科で進学している人は半分くらいしかないんですから。だから、残りは就職なんですね。ところが、進路指導として職業教育、職業指導は全然やっていない。だから、こういう問題が起きてくるのは、言ってみれば当たり前という感じですね。
【クラーク委員】外国と比べると、外国では、中学校卒あるいは高校卒は、自分はまず徒弟制度。日本はやったことはないですね。
【木村主査】なくなったんです。
【クラーク委員】外国はまだ生きている。だから、そういう人たちにとってクラフトが欲しいんです。別に三菱商事に入って偉くなるというのがなくて、クラフト的教育。日本は非常に乏しいです。大工と板前だけ。そういう教育を受けにくいんです。
【木村主査】それが多少行われているのは工業高校です。
【クラーク委員】だけど、外国と比べればちょっと少ないのではないか。だから、フリーターが多いのではないか。
【木村主査】江崎先生のご解釈、私も積極的な解釈をしないでもないのですが、どうも実態はちょっと違うのではないかという気がしていて、その辺のところ、どうしましょうか。「柱として設ける」と冒頭申し上げたのですが、どうしたら良いでしょうか。
最近のいろいろな技術上の事故などを見ていると、職業観の欠如みたいなものがあるような気がしてしようがないんですが。
【黒田委員】そこにフリーターを出さない方がいいと思います。
【木村主査】確かにフリーターは出さない方がいいですね。フリーターは、さっきクラーク先生がおっしゃったように、ひょっとしたら将来につながるかもしれないし、私もそう思っている。むしろ、大事なのは職業教育ですね。
【江崎座長】職業観とかは構わないけれども。
【黒田委員】そう、職業観の養成とか職業教育をもう少しきちんとやろうということで出すのはいいかもしれない。
【江崎座長】実務志向をもう少し持てということですね。
【クラーク委員】例えば、オーストラリアの場合は、クラフト教育、大工とか、徒弟をやりながら、そういう学校に通っています。それで、3、4年たって一つの資格を付けるのです。日本はそういう意味で、ああいう教育が足りないのではないか。
【江崎座長】実務志向、学校の先生の問題だね。
【木村主査】最後に河野さんお願いします。
【河野委員】ここでもクラークさんと浜田さんも論議したのですが、会社の就職試験が今までも高等教育の諸悪の根源だという話もありましたし、私は反論したのだけれども、企業は随時採用もやっているし、企業はどんどん変わっているので、必ずしも私はそう思いませんけれども、しかし企業の採用ということが社会的に見ると諸悪の一つをかついでいるみたいにとられていることは事実なんです。
ご承知のように就職協定というのが昔からあって、何べんもやめたりして、実際問題としては97年に廃止しているわけなんです。ただ、それはなぜかというと、これは日経連が指導しているのですが、結局、初めから守られないような協定をやる、しかも学生にやらせることはおかしいではないかということで最終的になくなったわけですが、ここでもう少し考えてみて、皆さんの意見もあったし、大学というものが−これはちょっと技術的な問題もあるので、そこは詰めたいと思うのですが、3年次あるいは4年次の第1期というのか、その成績表を持たなければ企業の就職はできない、学生を就職に行かせないということで、10月1日なら10月1日ということを設定すればある程度は防げるのかなと。
ただ、もちろんこれは大学も企業も学生も協力しないとできない話でありますし、またいくらこういう協定をしても守らなければ何もならないので、そういうことが前提になるわけですけれども、できれば文部省とか、そういうようなところとも折衝もして、そういうことができれば、私はどちらかというと協定ということでなくてやってみたらどうかなと。先生方からすると、3年になると就職にソワソワして学業に身が入らないというのが一つあるのと、先ほどから出ている、自分に本当に適した就職を見つけるのに非常に短時間に集中的にやっておりますので、そういう意味の余裕もないという現状を打破できるのかなというふうに思いまして、そういう提案をしているわけです。
【木村主査】それをこの中に盛りますか(笑)。
【浜田委員】私はちょっと違うものですからね。その辺はフリーでいいのではないか。どこの国でしたか、高等学校を卒業するころ、就職はもう決まっていて、それから4年間大学に行って勉強して、4年後はそこに約束どおり就職する制度というか、国があるやにちょっと聞いたんですが、就職が先に決まるということと本人が勉強するかしないかということは、勉強ってそういうものなんでしょうかねという疑問があるものですからね。
【河野委員】これはどちらかというと日本の横並び体制というのの表れなんですね。
【浜田委員】規制をやるべきなのかどうかですね。私はこの前も申し上げたように、就職が決まっていようが、決まっていなかろうが、ある学力レベルに達していない者はこの大学のこの学部は卒業は認めないというのを毅然としてやるということはできないのかなと。それでなぜいけないのだろう。
【木村主査】それは日本のカルチャーを軽視し過ぎですよ。
【浜田委員】そうですか。でも、日本のカルチャーを変えなければいけないでしょう、改革というのは。
【木村主査】僕らの時代は、大学の生活と社会の生活と全く違っていたんですね。非常な覚悟をもって社会に出ていったんですけれども、今は子どもたちの時代から就職ということを考えて大学へ行くんです。大学で勉強することよりも就職が先に来てしまうんですね。そこのところなんです、問題は。
【浜田委員】さっきのフリーターというのとどういうあれがあるのか……。就職というのは、ここで言う将来性のありそうな、有名な安定したところに行くということですね。
【木村主査】今はね。
【河野委員】それを目指して勉強していると。
【浜田委員】そうすると、決まったらもう勉強しなくなると。
【木村主査】それもそうだし、職探しのために、それこそ今はもう何十社と受けるわけです。問題はそこなんです。1つか2つ受けて、それでスポッと入ればいいんですが、何十社も受けなければいけない子たちがたくさんいるんですね。
【浜田委員】受からないから何十社も受けるのか、それとも受かっているのを在庫をためながら、最後にどこにしようかなと。
【木村主査】両方ありますね。そのため大学教育がだめになっていると云われています。確かに、就職と勉強というのは別なんですけれども、今は就職が最優先事項になっていますので、そこが問題なんですね。
【河野委員】成績表を付けるということが成績至上主義になっては困るので、そこは就職活動の条件だと。
【木村主査】以前は、大学からの推薦状が必須の条件でした。ところが早く試験をやりたいというところが出て来た。それに対して我々は推薦状を出さないということで抵抗したんですが、それも突破されてしまった。推薦状がなくても皆さん、お採りになってしまうようになっていってしまったので、あっという間に負けちゃったんです。
浜田さんが言われるように、大学も毅然として臨めば良かったのかも知れませんが。
【田村委員】マスコミが全く無視している。マスコミだからだれも攻撃しないんだけれども、全く無視していますね。
【木村主査】就職協定が壊れたのはマスコミが原因ですよ。マスコミのところで壊れてしまった。説明会、講習会とか云う催し物をやってその参加者の中から狙い打ちで採用する。
【浜田委員】マスコミはまた人気職種だから。
【田中委員】そういう問題は、さっき先生がおっしゃった勤労観の問題とつなげて、勉学と勤労の関係についてきちんとした意識を植えつけることで対応する必要がある。社会の方にも植えつけてもらわないと困るんですけれども。
【木村主査】理想的な姿は浜田さんのおっしゃったとおりだと思うんですが、それがなかなか現実的には難しい。
【浜田委員】むしろ改革というのは、ある部分は理想を求めてそのとおりやってみて、かえって悪くなってそこからというワンステップを踏んでもいいのではないかと。
【江崎座長】試行錯誤ですね。
【浜田委員】ええ、上の方の高等教育と就職のこの辺のあたりはですね。
3歳、5歳、10歳という子どものあたりで失敗したら絶対にいけないと思いますけれども、この辺まで来たところは少々乱暴にやっても、どうでしょうかね。
【木村主査】英国などを見てみますと、大学というのは就職に殆ど関係しないんです。学生が自主的に企業を呼んで、企業説明会をやらせている。大体スチューデント・ユニオンが牛耳っているようですね。
【江崎座長】これから大学院が重視されるということになると、大学院生の就職というのはまたちょっと違いますね。その辺のところも視野に入れる必要があるでしょうね。修士の人はかなりかつての学部卒業のような状況になってきたけれども、やがてその他のプロフェッショナル・スクールの卒業生、田中先生がおっしゃった法科大学院ですか、そういうプロフェッショナルな卒業生の就職という問題は大学生の就職とはまた違ったものであるべきだと。
【田中委員】そうですね。
【クラーク委員】ちょっとよろしいですか。大学院教育、私、コメントするチャンスがなかったので。
【木村主査】すみませんでした。
【クラーク委員】江崎さんのコメントはもう少し考えるべきだと思ったんです。アメリカとか、特にイギリスは頭のいい英才教育を高3で大学に入る前にかなり高校でやっているんです。それで、これは英才教育のすごく大事な部分なんですが、日本は不可能でしょう。文部省は絶対に許さないでしょう。許しますか。
【木村主査】今は可能ですね。
【クラーク委員】可能だけれども、実際にはほとんどやっていない。
【木村主査】それは、むしろやる側の問題です。制度としてはできるようになっているんです。
【クラーク委員】いずれにしても、外国で非常に普及しています、日本はほとんどない。それだったら、早く大学に入って、飛び入学しかないと思います。いずれ、どちらか。
【木村主査】今は制度的には完全に可能です。
【クラーク委員】できるけれども、あまりやっていない。
いずれにしても、大学院教育のプレゼンテーションの中では、できるだけ頭のいい人は早く卒業、特に日本の社会はファーストコース、ファーストトラック、もっと考えるべきではないかと思います。
【江崎座長】それから、もう一言言っていいですか。
大学教育の質が問われるのですが、日本の大学はご存じのように国立大学、公立大学、私立大学、日本の大学全体の質を高めるということは国立大学だけにフォーカスを合わせないで、私立大学も全般を見る必要がある。私立大学の中には、非常に質の良くないものもある。そういうものの質をよくするということは、日本の将来に対して大変重要だということを申し上げたいと思います。
【木村主査】そうですね。それはなかなか微妙なところで(笑)。だから、私立大学も悪いところがあるから良くする、大学全体を良くするということでいかないと。
【江崎座長】まあ、現実、そうだからね。その辺のところも考慮するべきだと私は思っています。
【木村主査】たまたま泉議員も私も大学は違いますが、同じ学科を出ているのですが、我々の分野だけはどういうわけか、昔から夏休みに長期間現場実習をやっています。私は5週間でしたが、泉さんはどのくらいでしたか。
【泉議員】約1カ月ですね。
【木村主査】必ず実習に行くんです。その影響だと思うのですが、その後の転職者が非常に少ないのです。そういうインターンシップを本当にきちんとやれば、将来の職業選びにはものすごく役に立つと思いますね。
【江崎座長】実習に行った会社には行きたくなくなる? そこが問題だ(笑)。
【木村主査】いや、先生、これは両方あるんです。そこへ行きたいという学生と死んでも嫌だという、両方出てくるんです(笑)。
3.次回の審議テーマ及び進め方
【木村主査】それでは今後の予定を申し上げたいと思います。
今日は大変活発なご議論をいただきましたので、これを起草委員の主査と副主査とでまとめまして、第6回のときに非常に粗いドラフトになると思いますが、それをお出ししたいと思います。そして26日にできればかなりのところまで仕上げたいと考えています。多分、26日もたくさんご意見が出るでしょうから、27日以降に加筆訂正して、それを8月末の教育改革国民会議全体会に提示するということにしたいと思います。
予定された会議は26日で終わりですが、ひょっとするともう一度お願いするようなことになるかもしれません。その辺はご容赦いただきたいと思います。今のところはその可能性は低いと思って思いますが、そういうことでご了承いただきたいと思います。