教育改革国民会議

第11回教育改革国民会議・議事概要



(日時) 平成12年11月30日(木)16時〜18時

(場所) 総理官邸大食堂

○江崎座長挨拶の後、第2分科会関係の議論が行われた。概要は以下のとおり。

(藤田委員)
 学校を評価し、その結果を親や地域に公開し、学校選択の幅を広げるという提案、中高一貫校を公立学校の半分程度にするという提案については、今まで一貫して反対してきており、削除してほしい。この提案は、日本の学校教育の在り方や学校と地域社会との関連などに大きな変化をもたらし、積極的に学校と関わり自分の学校を良くしようというより、好ましくない学校を避けるという意識を拡大し、学校の序列化を促進することにつながる。
 奉仕活動を義務化する理由として、青少年犯罪など今の教育の問題点が挙げられたが、欧米と比べて日本の方が本当に問題が際立って大きいのか検証する必要がある。

(梶田委員)
 保護者が学校を選択できないとなれば、公立学校は画一的になってしまい、私学に流れてしまうだけではないか。

(田村委員)
 中高一貫校というと、エリート校と誤解されがちだが、それは一部の学校であり、ほとんどの学校は高校入試がなく安定した環境で教育できるからという理由で選ばれている。

(藤田委員)
 エリート校に限らず、中高一貫校においては激しい入試競争が行われているというのが現実である。また、公立学校が画一的であるというのは誤解であり、地域ごと、学校ごとに多様である。それぞれの地域が個性的な特色ある学校づくりができるように規制緩和していくことの方が重要。

(石原委員)
 学校の評価制度については、学校の人事の仕組みや地域特性についての配慮が大変重要。また、両親が共に子育てできるような社会的合意形成と仕組みが必要であり、「親が学校活動に協力できるよう企業側の努力が必要」という点については、特に強く訴えてほしい。
 中高一貫校については、中学校は全入制であり高校は定員制である点、また、中学校は市の所管であり高校は県の所管である、というような制度の違いはあるが、多様な選択肢を用意するという観点から、ある程度の数は必要。

(金子委員)
 学校評価、学校選択幅の拡大については、全体としてほぼ合意が得られた流れであると思うが、藤田委員の懸念については表現を工夫したい。

○つづいて第3分科会関係の議論が行われた。概要は以下のとおり。

(河野委員)
 高い専門性と幅広い教養を備えたリーダー養成の必要性をもっと全面に出してほしい。

(江崎座長)
 我が国はリーダーよりもフォロアーが多い社会であったが、これからの時代は、失敗を恐れず問題探求志向を持ったリーダーを作るような環境を用意しなければならない。

(藤田委員)
 大学・大学院の評価システムの導入については、画一的なものであってはならず、「多様な評価システム」とすべきである。

(浅利委員)
 教育機関が養成する人材と企業の求める人材とのミスマッチの解消については、小・中学校にまで求めるものではないので、表現に工夫が必要。

(西川議員) 
 リーダーを育成するためには、フォロアーの理解や受任ができるような土壌を作らないといけないことも付言すべきではないか。

(山下委員)
 日本には、高い信念を持ったリーダーが非常に少なく、その養成が非常に重要である。

○つづいて教育基本法について議論が行われた。概要は以下のとおり。

(牛尾副座長)
 教育基本法については、国民会議と一般社会の認識に落差があり、教育改革国民会議は教育基本法の改正問題のみ議論しているかのように誤解されている。中間報告では教育基本法の在り方について、国民的議論が必要というまとめ方をしたが、最終報告では教育改革国民会議としての考え方を具体的に示す必要がある。

(勝田委員)
 国民一般と教育関係者の間には教育基本法に対する理解のレベルにズレがある。中間報告に対して教育関係者からは、「対処療法だけであり哲学的な深みがない」「遠慮することなく基本法の改正を明言すべき」などの意見をいただいた。また、教育基本法の改正は、健全な開かれたナショナリズムというものの大切さを認識しているものであり、閉鎖的なナショナリズムに戻ることなどあり得ないということをもっと強調してはどうか。

(上島委員)
 教育基本法は保護者の日常生活にはほとんど関係のないもの。「国民的な議論を」と呼びかけても、「なぜ」と問われてしまう。しかし、見直す時期にきている法律だと思う。具体的には、第7条の社会教育に含まれている家庭教育を独立させ、家庭、社会、学校の連携とそれぞれの役割を明確にすべきであると考えている。また、第6条第2項の教員の身分を尊重するという条文は、過剰な保護の根拠になっており、今の時代には合わなくなっている。

(藤田委員)
 第6条2項は、教育の中立性を保つためにも必要であり、教育基本法の改正のように基本的な規定ではなく、例えば今回の提案のように、問題を抱えた教員や適性の十分でない教員に対する措置のような実際的な規定をする方が賢明である。

(勝田委員)
 今の教育基本法に一番欠けている点は、日本人としてどうあるべきかという教育目標であり、教育基本法見直しの際には、この点をもっと打ち出していいのではないか。

(江崎座長)
 教育基本法には、戦後のしがらみがあったが、それを取り払って議論しなければならない。「古き良きものに憧れ、それにとらわれる文化」だけでなく、「新しい進歩を求め、変革して止まない文化」ももう一つのカルチャーとして存在しており、後者の視点がも今の基本法には欠けている。

(黒田委員)
 「日本の伝統や文化など次代に継承」の部分と、「21世紀に向けて新しい日本社会を築く」の部分をもう少し膨らませて記述することによって読み込めるのではないか。

(藤田委員)
 教育基本法見直しについて、国民会議で提案する分には異論はないが、これまで基本法について世間一般で問題があったというわけではない。「なぜ今この時期に」という理由として、「制定から半世紀経過し、新しい時代に合わないから」というだけでは弱い。
 自然、伝統、文化を尊重することや家庭教育、宗教的情操は重要であり、それを教育の中で何らかの形で実現していくことは必要だと思うが、それらは教育の内容に関わる問題として、教育基本法ではなくて学習指導要領やその他関連法令や規定等で定めるべきことであって、学校教育を中心にした基本的な理念法である教育基本法にそういったことを盛り込む必要性があるとは思えない。

(金子委員)
 「家庭、郷土、国家などの視点」の表現で、「国家」というと「政府」と直結してしまいがちなので、「国」とした方が誤解がないのではないか。

(森 委員)
 教育基本法が国民一般に議論されないのは、非常に高邁な理念が述べられているから。もっと身近なものにするためには、教育の原点であり一番重要な家庭教育など身近な理念を強調した方が良い。また、報告案の第2パラグラフで「教育基本法を改正すれば直ちにいじめが減少するとか、青少年の凶悪犯罪が発生しなくなるというものではない」とあるが、直ちにいじめがなくならないにしても、いじめを減少するように非常に効果のある身近な存在感のある教育基本法にするべき。
 第6条2項の前段「法律に定める学校の教員は全体の奉仕者であって」というところは、私学を含めて教員が全体の奉仕者であることの根拠であり、今後も必要。

(西川議員)
 報告案の「タブー視」との表現は、教育関係者や一部反対勢力に過剰に配慮した表現であり、改めるべき。「なぜタブーなのか」というのが一般的な考えであり、タブーなどと言いながら「国民的議論を」という方がおかしいのではないか。

(田村委員)
 国際主義、グローバリズムの視点をもっと膨らませて入れてほしい。憲法に関わる難しい問題とは思うが、私立学校に対する教育費補助についても考慮すべきでは。

(黒田委員)
 基本法を変えたからといって、いじめや青少年の凶悪犯罪がが発生しなくなるというものではない。問題なのはそれらの根底にある無気力、志がないこと。ネガティブな表現だけではなく、夢を持った青少年を育てるためにも、というポジティブな面を是非書いていただきたい

(浅利委員)
 教育改革国民会議は今日の教育の荒廃を前にして、何をすべきか、対策を議論してきたのだから、中間報告の提言が「対処療法だけ」と言われるのはむしろ評価されていると言うべき。マスコミなどでは教育基本法ばかりがクローズアップされており、私は中間報告前には、教育基本法の議論は抽象的すぎるからまだすべきでないと意見を述べたが、17の提案が出て、世論を喚起している今こそ、基本法について思い切って踏み込むべき。
 教育基本法見直しは、改正、改悪ではなく、社会情勢の変化に対応した補強、修正の問題であり、具体的なイメージがわく法律にすべき。
 報告には、戦後教育にも評価すべき点があるが、欠けている部分はこういうところだということを指摘するとともに、もっと強力に基本法の見直しが間違った方向に行かないように十分な歯止めをかけるべき。
 また、教育基本法をより具体的なものとするためにも、教育振興基本計画との接続についてもっと強調した方が良い。

(梶田委員)
 表現が及び腰になってしまうのは、これまでのいきさつから言うと仕方ないものがあるが、どうしても欠かしてはならない視点については入れていかなければならない。

(中曽根補佐官)
 問題点を列挙して、「国民的議論を」という題名で呼びかけることは難しい。「取組を」など、中身が反映された表現が適切である。
 また、「国家」という言葉は、文中に「国家至上主義的考え方はよくない」との表現もあるので、使うことを控える必要はないのではないか。

(金子委員)
 教育基本法見直しについては、これまで十分に議論してきており、時代に合った具体的でポジティブなものにするなら、もっと前向きに変えていこうというトーンで打ち出していいかもしれない。

(牛尾副座長)
 教育基本法見直しの最大の目的は、輝かしい21世紀に向けて、教育によってポジティブな日本人を育てるということ。国民に受け止めてもらえるような打ち出し方を考えなければならない。原案では教育基本法のネガティブな部分をリカバリーすることに専念しすぎている。

(勝田委員)
 「国際化の時代に適応できるような知識」「環境問題に対する適切な知識」「宗教的情操の教育」などを盛り込むようにしてほしい。また、「不当な支配」という部分は、これからの時代は、政治権力の上からの支配だけではなく、いわば横からの「社会的諸勢力からの不当な支配」が考えられるので、表現に工夫が必要。

(沈 委員)
 第5条が、「男女共学にしなければならない」と解釈されてしまう実態があるが、男女別学も必要である。

(藤田委員)
 現行の教育基本法は、学校教育を中心にしてその制度設計の基本、その運営、教育実践の基本的なフレームワークを定めているものであるが、今、議論されていることは、日本の教育の在り方についての理念、信念、方針といったようなことが中心であり、その観点から基本法の見直し等をするということは、ある種の精神的な構え、価値観についても基本法に全面的にこれを盛り込み、充実するという発想に立っている。その点で基本法そのものの性格の変更、転換という方向に行きかねない。また、タイトルはこのままにしてもらいたい。

(森 委員)
 最高裁判例が教育基本法も他の教育関係法規と同格であると示していることを、報告に盛り込むべき。

(田村委員)
 教育基本法に教育振興基本計画に関わることを積極的に盛り込むべきとの意見は多い。

○つづいて教育振興基本計画について議論が行われた。概要は以下のとおり。

(江崎座長)
 日本は教育に対する投資が十分でないが、一人ひとりの素質を引き出すようなカスタムメイドの教育のためには、お金は必要条件。教育基本法と連動した格好で教育振興基本計画を作るべき。

(勝田委員)
 国際交流の観点からも、日本に来ている留学生に対しもっと手厚く支援をするべきである。

(石原委員)
 未来に対する明るい提言をするという意味から、また実際に保護者から多くの期待が寄せられているということからも、教育振興基本計画は盛り込み、実現してほしい。

(河上委員)
 現場にいると、必ずしも明るい未来が待っているとは言い難いが、大きな動きを作ることは是非とも必要。
 学校現場の生徒や親の意識と新聞等の論調との落差は非常に大きいが、国民会議としては言葉にならない親や子どもたちに届くようなものをもっと大胆に出していいのではないか。

(藤田委員)
 教職員の配置、サポートスタッフの充実など既存の教育基盤の充実を図るような提案と、ボランティア活動がやりやすくなるような条件整備を強調してほしい。

(牛尾副座長)
 第2、第3分科会関連と教育基本法並びに教育振興基本計画については大方の意見が出た。企画委員会で再度検討して、次回会議(12月11日)に全体の案を提示する。

[文責は教育改革国民会議担当室]

(注)本議事概要の内容については、今後変更の可能性があります。

欠席の今井委員、草野委員より、意見書が提出され席上各委員に配布し た。