教育改革国民会議

教育改革国民会議第11回議事録



第11回教育改革国民会議・出席者一覧
(五十音順、敬称略)
 浅利 慶太劇団四季代表
石原 多賀子金沢市教育長
上島 一泰社団法人日本青年会議所会頭
 牛尾 治朗ウシオ電機会長
(座 長)江崎 玲於奈芝浦工業大学学長
 梶田 叡一京都ノートルダム女子大学学長
勝田 吉太郎鈴鹿国際大学学長、京都大学名誉教授
金子 郁容慶應義塾幼稚舎長
 河上 亮一川越市立城南中学校教諭
木村  孟大学評価・学位授与機構長
黒田 玲子東京大学教授
 河野 俊二東京海上火災保険株式会社取締役会長
 田村 哲夫学校法人渋谷教育学園理事長
 沈  壽官薩摩焼宗家十四代
 藤田 英典東京大学教育学部長
 森  隆夫お茶の水女子大学名誉教授
山下 泰裕東海大学教授

第11回教育改革国民会議議事次第

日 時:平成12年11月30日(木) 16:00〜18:00
場 所:内閣総理大臣官邸大食堂

  1. 開  会
  2. 討  論
  3. 閉  会

【江崎座長】ただいまから、第11回教育改革国民会議を開会させていただきます。
 本日は、森総理は国会開会中につき御欠席と伺っております。また、大島文部大臣、中曽根総理補佐官は後ほどお見えになる御予定です。
 教育改革国民会議は、今回を含め今後3回の会議を催し、最終報告の取りまとめを行いたいと考えております。前回お諮りいただきましたように、今回は前回審議した第1分科会関係を除く事項について論議をいただきたいと思っております。今回で一応の論議を終わらせることとし、次回はこれまでの論議を踏まえ、企画委員会で作成した報告案を論議し、12月22日には最終報告ができればと考えておる次第でございます。
 委員の皆様方におかれましては、年末の御多忙のところ大変恐縮でございますが、御協力いただき、精力的に審議していただきますようお願い申し上げる次第でございます。前回紹介がありましたように、公聴会での御意見、国民の皆様から寄せられた御意見を見ますと、中間報告に対する関心は大変高く、国民の皆さんやマスコミ、各政党等、各部門で教育改革について積極的な論議を巻き起こしてきたと言ってよろしいのではないかと思います。私としましては、最終報告も中間報告同様、骨太な国民の皆様にわかりやすい、しかも21世紀に向けて大きな希望が持てるような報告を目指したいと考えております。皆様には御協力をいただきたいとお願い申し上げる次第でございます。

(報道退室)

【江崎座長】それでは、議事に入らせていただきます。本日の審議では、前回お諮りいたしましたように第2分科会関係、第3分科会関係と教育基本法、教育振興基本計画、教育改革の基本理念について御論議いただきたいと思います。そして、次回の全体会議で本日と前回の論議を踏まえ、報告案について検討いただくことになっております。私は実はノーベル賞の授賞式に、黒田先生も同じかと思いますが、出席しなければならないので大変残念ですが、これは大事な会議なんですが欠席することになっております。次回の報告案の論議は前回と本日の審議を引き継ぐもので、論議をスムーズに進めるため前回同様、全体会議の会議をまとめていただきたいと考えている牛尾副座長に論議の司会をお願いしたいと思います。それでは牛尾さん、進めてください。

【牛尾副座長】それでは今、江崎座長からお話がありましたので司会を引き継がせていただきます。
 今日はかなりたくさんありますので、初めに第2分科会関係の、分科会報告の青い紙の4のところについて議論をしたいと思います。前回同様、御発言の方はネームプレートを立てていただいて3分以内で御発言を終えていただくということで、大変前回うまくまいりましたので前回同様のことで行いたいと思います。それで、前回もお配りしました「教育改革国民会議意見募集の概要」、「一日教育改革国民会議(公聴会)の概要」が配布しておりますので、参考にして御発言をしていただければありがたいと思います。
 第2分科会、第3分科会で40分ぐらいを予定しておりますので、まず第2分科会から入ります。第2分科会の報告についての追加事項、修正事項あるいは御意見についてあれば御発言をちょうだいしたいと思います。お願いいたします。詳しくは、この青いページの10ページでございます。

【藤田委員】私は第2分科会でも一貫して反対をしてきましたし、この中間報告の中でも後の方に異論があったということも書かれてはいるわけですが、今でも特に、学校を評価し、その結果を公表し、そして学校選択制を認める、促進するという、この提案については非常に強く反対したいと思います。ぜひとも削除してほしいと思っております。

【牛尾副座長】それは何ページかおっしゃっていただけますか。

【藤田委員】「4.新しい時代に新しい学校づくりを」の真ん中の◎の提言(2)です。「各々の学校の特徴を出すという観点から、外部評価を含む学校の評価制度を導入し、評価結果は親や地域に公開する。通学区域の一層の弾力化を含め、学校選択の幅を広げる」という提案と、それから第3分科会の提案のどこかに中高一貫校を半数近くにするという提案があったと思いますが、この2点につきましては、日本の学校教育の在り方、そして地域と学校との連携の在り方、さらには親御さんたちの学校というものに対する構えそのものに非常に大きな変化をもたらす。それは、保護者が積極的に学校に関わっていくというよりも、好ましくない学校を避けて自分たちの好みに合った学校を選んで行く、地元の学校はどうでもいいという、そういう構えを拡大するだけである。
 更に、特に中学校におきましては、学校選択の自由化というのは、日本の状況では特に都市部では、ほぼ確実に学校の序列化を促進する。なぜなら、例えば東京などでは、私立中学は特色ある学校であるはずなのに、それにもかかわらず序列がはっきりしており、そして激しい入試競争が展開しているわけですから、その1点を考えても、中学校の選択の自由化というのはそういう結果をもたらす可能性が非常に大きい。
 高校や大学でもそうでして、それぞれにカリキュラム面でも校風の面でも非常に特色があるにもかかわらず序列がはっきりついており、そのことの故に受験競争が加熱化してきた。しかも、この30年それを変えなければダメだといって改革を進めてきたと思いますが、それにもかかわらず、ここで更に中学校段階から、あるいは小学校段階からそういう状況を作り出すということが好ましいとどうして言えるのかまったくわかりません。ですから、そういう意味で私は、これは非常に危険な制度改革だと思いますので、できれば削除していただきたいと思います。
 それともう一つ、非常に重要なことですが、第1分科会の提案と絡んで奉仕活動の義務化等が言われてきました。私はそれについてはこれ以上反対意見を申し上げるつもりはありません。しかし、その趣旨はわかっているつもりですが、その提案の理由ないし背景として言われてきたこと、例えば青少年の非行や暴力や犯罪というようなこと、あるいは苛立ち、むかつくというような状況、その他さまざまなことが言われているわけですが、そういったさまざまな現象が欧米諸国と比べて本当に日本の状況が際立って悪いのかということをもう一度確認していただきたい。つまり、欧米諸国の方がもっと悪いのではないかということです。先日もドイツの研究者と話しておりましたら、ドイツにおきましては日本よりもはるかに青少年の犯罪や暴力は多い。日本の方がはるかに事態は健全であるという風に思われるのに、なぜその基盤になっていると思われる小中学校の教育の在り方を変えようとするのかわからない。ドイツにおいては、これまで学校を「学習の場」としてとらえる傾向があったわけですが、そういう考え方を改め、「生活の場」として再構成し充実するという動きが出てきている。これは国研の研究者の方も最近報告しておりますが、事実そういう動きがこの5年ほど強まっているところであります。そういうわけで、もし本当にこういうさまざまな青少年の問題行動や反社会的な行動というものの水準が日本のほうが低いとしたら、その低い理由は何かということを見極める必要がある。私は、それは1つには、日本の学校教育、特に小中学校の教育の在り方にある、日本の学校がこれまで支えてきた何かにあると思っていますが、そこのところをこの学校選択制や中高一貫校の拡大は大きく変えていく危険性があると思います。

【牛尾副座長】わかりました。この議論は第2分科会の時にも既に藤田委員の方から議論があって金子委員の方からも御答弁がありましたので、委員の御答弁はちょうだいしませんが、梶田委員どうぞ。

【梶田委員】それではもう結構ですが、ただ一言だけ。もう既に何度も申していますが最後ですから。
 色々な意味で保護者が学校を選択することを回避するというのは、そのために、選択の前提になる個々の学校についての情報を、学力も含めて知らせないようにするということは、非常に困る議論ではないか。私はやはりそのことをもう一度念を押しておきたいと思います。これはどういうことかと言いますと、結局その論議を推し進めていきますと、学校の選択を不可能にしてあらゆる意味で画一的にせざるを得なくなる。しかし、それはどうせやれるとしても公立だけのことなんです。今まで学校選択を回避した場合、例えば京都の高等学校がある時期それをやったわけですが、そういう場合どうなったかというと、みんな私学に流れたわけです。
 ですから、その論議は私はわからないではないけれども、結局は子ども達が私学に流れて、私学がそういうものを引き受けて、私学そのものが歪んでしまうわけです。私学が歪んで建学の理念を追求できなくなってしまう。結局、受験校になってしまう。ですから、私はこれは繰り返されたことですけれども、やはりこの段階で一言申し上げておきます。色々な意味での選択可能性は増やしていって、画一性は避けていって、保護者あるいは本人が賢く選択できるような、そういう仕組みにしていかなければいけないんじゃないかと思うので。

【牛尾副座長】他の点も含めて御発言はございませんか。

【田村委員】藤田先生のお考えはよくわかるんですけれども、中高一貫のことを少し誤解しておられるんじゃないかという気がしますので、一言申し上げさせていただきます。
 中高一貫と言うと今、大体受験校でエリート学校でという印象が非常に強いんですね。それは代表的な学校にそういう学校があるというだけであって、基本的に現在行われている私立の中高一貫のほとんどは高校入試がないということがメリットになっています。そうでなければ、大学までくっ付いている。そんなにエリートということではなくて、安定した教育環境を12歳から18歳の間に選びたい。試験で追い立てられるのは嫌だという親の選択が基盤にあるわけです。ですから、お調べになればわかりますけれども、中高一貫校のほとんどがそういう学校なんです。それで、公立にそういう学校があってもいいんじゃないかと個人的に私は思っているわけです。高校入試があるというのが必ずしも良いとは思いませんので。ですから、ちょっとそこのところは現状に対する誤解がおありになるんじゃないかという気がします。

【藤田委員】私は、これは誤解というものではなくて、見方の問題だと思いますが、とにかく第2分科会で繰り返した議論をここでまたするつもりはありませんが、2点指摘しておきたいと思います。
 今、田村先生がおっしゃられたようなタイプの私立の中高一貫校におきましても、入試競争は激しいものになっていますし、その背景としては親御さんの意識や構えというものが非常に大きいということが1点。
 もう一点は、梶田先生は公立の小中学校は画一的だとおっしゃいましたけれども決して画一的ではなくて、それぞれの地域ごと、学校ごとに非常に個性がありますし、さまざまの努力をしていると思います。そういうさまざまな努力をしていくことができるように、個性的な特色ある学校づくりをしていくことができるように、もっと規制を緩和し、学校や地域の裁量権を拡大していくことの方が私は重要だと思います。

【梶田委員】それは誤解です。私はそういう風に思っていません。今、一生懸命一つひとつ学校が個性を出そうとしていると思って頑張っておりますし、むしろそれを押し進めていくべきだと思っています。
 ただ、さっきの競争を排除するという考え方は、せっかくここまできた個性化、学校の一つひとつが個性的な存在になろうと思って努力している、このことを結局は潰していくものであろうと、そういうことを申し上げたのです。

【牛尾副座長】それでは、勝田委員どうぞ。

【勝田委員】それでは、短く申し上げます。実は私、昨日私どもの地域の小学校の校長先生がお見えになりまして、教育の問題を色々聞いたんです。小学校でも本当にいじめが陰湿だと。それで、大人が考えるほど子どもは天使じゃないですよ、それどころかむしろ悪魔のような知恵を持っているとか、そのようなこともおっしゃっていました。
 それから、藤田先生にお聞きしたいというよりむしろ私の考えは、ドイツの場合はトルコ系など少数民族がかなりあって、日本と違った色々な荒廃現象が見えると思うんです。日本の場合はまだそういう少数民族問題はほとんどございません。そういう同質社会の中でもいじめが深刻なのか、本当に日本人同士でどうしてこんなにいじめるのか。これは真剣に考えなきゃならぬ問題だと思います。

【石原委員】第2分科会の中で、地域の信頼に応える学校づくりを進めるとありますが、これはそれぞれの教育委員会において、今国民的な合意の中で取り組んでいると思います。学校の評価制度のことでございますが、これにつきましては私ども公立学校を所管しておりますが、校長、教員、地域の特性によって、公立学校の場合は非常に違います。その意味で人事をどのように、つまり人事は県が任命権を持っておりますので、その人事についての仕組み、それから地域特性の仕組み、そういうものについての配慮が大変重要ではないかと思っております。
 2点目に、この中の(4)で親が学校の活動や子育ての時間を取れるようにするなど、企業も協力するということですが、企業の協力が私は是非とも必要で、国民会議でこれからの子どもを育てるのに両親が共に育てられるような社会的な合意形成と仕組みがほしいと思っております。相変わらずやはり母親しか子育てができないという環境で、しかも母親が最近は仕事を持っている中で、子どもの教育について家庭の基盤が非常に弱くなっているということを思っております。
 また、11ページの授業を子どもの立場に立ったわかりやすく効果的なものにするというところで、(1)教科によっては少人数や習熟度別学級編制を行う。このことは、特に子どもたちがこれから一人ひとりの能力を伸ばしていく時に大変重要なポイントだと思っております。これができるためには、やはりきちんとした人の配置や、あるいはそういうことができる財政的な裏付けがないと、幾らこう言っていても現実はできない。特に中学生ぐらいになりますと学力といいますか、それぞれの個に応じた能力の違いが出てきますので、このことをきちんと丁寧にしていくということが生徒指導の面でも大変重要だと思っております。やはり勉強がわからないという子どもが一日5時間6時間、毎日学校にいるということは大変つらいことで、それぞれの子どもに応じた教育ができるために是非この点は実現してあげることが、子どもたちにとってもこの教育改革が明るい希望を持つ一つの大きな点ではないかと思っております。
 今、中高一貫教育のお話が少しございましたが、中学校が地域における全入制、つまり全員が入れる。それから高校は定員制ですね。つまり、全入制と定員制の制度の難しさが現実にはあるということと、それから高校は例えば私どもですと県、それから中学校は市で、それぞれの予算がそれぞれの議会で別々のことを言うというのは、少し制度のところで連携がうまくできればいいのですが、また促進する場合にはそういう制度の問題が基本にあるのではないか。多様な選択としてこれもある程度の数はあってもいいのではないかとも思っております。以上でございます。

【牛尾副座長】それでは木村委員、その後、最後に金子委員にコメントしていただいて第2分科会は終わります。

【木村副座長】さっき藤田先生がおっしゃったように、たしかに子どもたちを取り巻く状況はドイツでは非常に悪い。全くおっしゃるとおりで、それに比べると事件の絶対数は日本の方がはるかに少ないと思います。
 これまで、アメリカの小・中・高の先生方1,800 人ぐらいと議論してきましたが、日本では、ここ数年の子どもたちのいじめ、それから登校拒否、暴力事件ですね。そういうものの上がり方の勾配はすごいものがあります。そこが問題なんです。そこを心配しているんです。ですから、絶対数で議論してはだめだと思います。

【藤田委員】今の木村先生の御指摘はそのとおりだと思いますが、そこの部分を含めて考えても日本の状況が学校の制度を変えることで改善されるというものだという風には私には思えないし、多くの欧米の研究者もそういう認識の人が多いと思います。
 それから、先ほどのことにこだわりますが、第2点についてですが、私は評価は必ずしもいけないと言っているわけではない。何らかの評価制度を導入し、その評価結果を含めて情報を親や地域と共有し、学校の改善充実を促進するというような提案に、できればしていただきたいと思っております。

【梶田委員】第2分科会の別のことで一言だけよろしいでしょうか。教育委員会制度で中間報告11ページの一番上の(3)、私も町の教育委員を8年やった経験から、ここに書いてあることは大事なことだと思いますが、これだけではなかなか活性化できないのでもう一工夫要るのではないか。この辺は後ででも石原先生にちょっと文言のアイデアを出していただければいいなと。つまり、教育委員の在り方ではなくて教育委員会制度そのものが今は形骸化していると思うんです。ですから、実際に地教委が町の教育を担っていくということに向けて、文言はまた石原先生に御相談するとして、この辺はもう一ひねりほしいという風に考えます。

【牛尾副座長】文部省の方でも両親のレベルの人を教育委員に入れるというようなお話も出ておりましたので、そういう点も考慮していって、最後に金子委員何かコメントがございましょうか。

【金子委員】藤田さんの御意見は、一貫しております。藤田さんの言っているある種の懸念というのは私もよくわかります。
 ただ、全体としては画一化をなくすとか、選択肢を多くということは全体の流れだと思います。藤田さんがおっしゃっているような、それから河合先生も多少そういうことをおっしゃっておりました、序列化が進み、それによってだめな学校がますますだめになるのがいいとは誰も思っていません。そこら辺は企画委員会の方で引き受けて何か表現を工夫したいなと思っています。

【牛尾副座長】では、第3分科会に入ります。第2分科会で議論が出ました企業が協力するという点では、日経連の河野委員も青年会議所の上島委員もいらっしゃいますので、協力の仕方についても十分やっていただきたいし、文言面でもう一言これを入れろというのがあれば後でも結構ですから事務局に是非お申出を願いたいと思います。
 それでは、第3分科会に入ります。第3分科会の御意見をちょうだいします。河野委員、どうぞ。

【河野委員】この前の中間報告の時も申し上げたんですけれども、やはりリーダーの養成の必要性をもう少し全面に出せないのかなと。教育の目的は、グローバル化の中で世界に伍していける人材、人材という言葉が適切でなければ人物でもいいんですけれども、そういうリーダーを作り出していくことだと思うので、中間報告のときも同じことを私が一応言いましてあきらめたんですが、今度は37ページにあるように、高い専門性と広い教養を備えた社会の各分野でリーダーとなる人材の育成というようなことを、もう少し全面に出していただきたいというのが再度のお願いです。

【黒田委員】今のことに関しては、中間報告を付けませんので、最初のところはプロフェッショナル・スクールの設置を進めるというところを、どちらかと言えばリーダーを養成するというようなタイトルに変えた方がいいのではないかと思っておりました。それで、河野さんが今おっしゃったことは、実はこの提言の上に書いてあることで、今以上に高い専門性と教養を持った人間の育成が求められるとうたってありますので、ヘッドラインの方もそれに合わせて書いた方がよりアピールするのではないかと思います。以上です。

【牛尾副座長】他に御意見ございませんか。

【江崎座長】一般的にサイエンスなどの面でグローバルに考えますと、どちらかと言ったら我が国はリーダーよりフォロアーが多い社会なんですね。だから、こういう表現は余り良くないんだけれども、日本は立派な兵卒を作るが優れた将校を作らないということで、アメリカは将校ばかりを作って兵卒がおらない国なんですが、日本は立派な兵卒がおるんだけれども将校がおらない国だということを一時申したことがあるんですが、これからの日本は私は今、河野さん、黒田さんがおっしゃったように、やはりリーダーを作るというメンタリティーというか、我々はリーダーというものを作ることを目指さない。リーダーの資格みたいなものは、私はあると思うんです。
 リーダーというのは自分の進む道を自分で開拓するとか、それから問題探求志向ですよね。フォロアーというのは知識習得を重視するんだけれどもリーダーは問題外、それからリーダーというのはやはりリスクを恐れないというので、日本人はリスクというものに対して非常に、英語にはデンジャーという言葉があるんですが、日本人はリスクというものはデンジャーだと考えているんじゃないか。確かにデンジャー的な面もあるんですけれども、これからのリーダーという人間は失敗を恐れないということで、日本自身が先ほどの教育の問題を考えましてもやり直しが効くということが私は大事だと思うんです。日本人はやり直しが効かない面があるわけですね。一回失敗するとだめだという感じで、私はアメリカに長く住んでいましたが、アメリカというところは非常にチャレンジ精神がいいんですけれども、クリエイティブフェイリアといういい言葉があるように、失敗するということを恐れない。シリコンバレーなどの人を見るとほとんど全部失敗するわけですから、やはり日本人がリーダーになるんだという気風というか、基本的にはもう少し日本人をアンビシャスにするということが必要じゃないかと思います。

【牛尾副座長】ここでもそういう文章は少し入った方がいいかもしれませんね。

【江崎座長】そうですね。Beanbiciousということですね。

【上島委員】最近我々の仲間ではサーバントリーダーという、人のためにとか社会のためにサーバントというリーダーを目指そうということで、ここでは当然リーダーという流れを作る人を育てようというところまではあるんですけれども、その人たちが本当にもっと社会の中で人のため、社会のためにもう一歩踏み込んで貢献するリーダーを育てるというところまで、ここは育てましょうというところまでは書いていますけれども、その人たちが本当に生かし、生かされ、言えば第3分科会報告の2.の(1)ぐらいの文章ですね。もうひとつ本当に社会の中に踏み込んで役に立つのを目指すというところぐらいまで書き込んでいくのがいいんじゃないかなと思いました。

【牛尾副座長】どうもありがとうございました。他に御意見ございませんか。

【藤田委員】批判的な意見ばかりで恐縮ですけれども、9ページの「◎大学にふさわしい学習を促すシステムを導入する」の(4)の大学の教育力向上のために、大学教員の評価システムの構築と、大学教員任期制の導入促進により流動性を向上するという、この提案自体には必ずしも反対ではないんですが、大学教員の評価システムについては、これは木村先生には申し訳ないんですが、大学評価・学位授与機構の評価というのは非常に一元的で画一的に評価するという傾向が強いと思いますが、大学が多様化し、特色ある大学づくりをするというだけではなくて、評価もまた多様で多元的なものであるべきだという風に思いますので、多様な評価システムの構築という風に、もし入れていただければ、かろうじて妥協ができるかなというところでございます。
 それから、繰り返して誠に恐縮ですが、8ページの1番目のところの先ほどの、(3)過度の受験競争を減らし、選択の幅を広げるため、公立学校の半分程度を中高一貫教育校とするというのは、私にはこれが過度の受験競争を減らすことになるという風には考えられません。いずれにしても先ほどのような理由でご検討いただけたらという風に改めてお願い申し上げます。

【浅利委員】9ページの一番最後ですが、(3)教育機関が養成する人材と企業の求める人材とのミスマッチ(不整合)を解消するため、企業、団体、官公庁、教育機関間の連携を図るという表現はちょっと曖昧じゃないでしょうか。私は小・中学校の教師から、我々もそういうことを考えて教育しなければいけないんでしょうかという質問を受けました。その疑問は当然で小・中段階ではこれはちょっと違うと思うんです。大学とか大学院とか最終の上級の教育機関はミスマッチ解消に配慮すべきだと思うんですが、どうでしょうか。ちょっと文章を直した方がいいと思います。ひと工夫していただきたい。

【牛尾副座長】わかりました。西川議員、どうぞ。

【西川議員】一般論で恐縮でございますけれども、リーダー論のことなんですが、リーダーを育成するということは相対的にフォロアーの理解力や受認力やリーダーをねたまないよう育てる、そういう空気がなければ立派なリーダーは育たない。そういう風土に日本はだんだん遠ざかっているような気がしてなりません。人の揚げ足を取ったり、寛容な心を失ってしまったり、私はそういうことは、ここに言われておりますのは専門的な知識と広い教養というのですが、そういうリーダーを生みやすい土壌、要するにフォロアーが受認できる、そういう土壌を作らないといけない。うまく言えませんけれども、そういうことをこの教育改革の中で何か表現をしていただけたら素晴らしいと思っております。

【牛尾副座長】ありがとうございました。他にございますか。

【山下委員】社会の各分野でのリーダーの人材の育成は大変必要だと思うんですけれども、日本を見ていまして、高い質を持ったリーダーというのが非常に少ないのではないか。これがやはりものすごく欠けているんじゃないか。ですから、この広い教養の中に高い思想というのが含まれるかもしれないんですけれども、これがものすごく大事じゃないかという気がしますので、一言申し上げます。

【浅利委員】志操の方ですか、それとも思想の方ですか。どちらですか。

【山下委員】高い価値観というんですか、やはり人間の背骨ですから。

【浅利委員】では、志操の方でしょうね。でも言葉が古いですか。

【山下委員】志と言うと、野望とか野心とかは入らないですか。それが今の教育そのものにも欠けていると思うんです。

【浅利委員】山下さんのおっしゃっているのは志操の方のように聞こえましたけれども。

【山下委員】高度な信念みたいなものです。それはやはり各界で日本を引っ張っている方々にちょっと欠けている、足りないんじゃないかと思います。

【牛尾副座長】これは言葉を考えましょう。ありがとうございました。それでは、第3分科会の座長としてどうぞ。

【木村副座長】大変多様な御意見をいただきましてありがとうございます。個人的には理解できることがほとんどでありますが、文章にそれをどう生かすかということが問題でありまして、その辺については少し検討させていただきたいと思います。それから、浅利委員の教育機関のところはまさにそのとおりでありまして、私も後で気が付いて、しまったと思ったのですが、このまま出てしまったのでその辺はきちんと直させていただきます。

【牛尾副座長】では、第2、第3分科会関係に関しましては今日の御発言を十分事務局の方で摘出の上、各主査に文体に織り込むことをやっていただいて、次のこの会議までに企画委員会がありますので、そこで最終文案をつくって議論に供するということで御理解をいただきたいと思います。
 次は、教育基本法について議論をしたいと思います。この問題に関しては国民会議と一般社会に認識度に落差がありまして、教育改革国民会議の外で色々な人に会いますと教育基本法の議論をする人が多い。あとは一切忘れて教育改革国民会議は教育基本法をどうするかということの議論だけしているように思っている人が多いくらい、特に政治の世界ではその傾向が非常に強いのでありまして、中間報告では第1分科会で相当熱のこもった議論をしていただいたにもかかわらず、やや問題を並べて国民的な議論の展開を待つということで一応終わったわけでありますが、その後、かなり教育改革の色々な論議が新聞、テレビ、雑誌等で展開されているうちの3分の1ぐらいがやはり教育基本法についてでありました。また、「もっとやれ」とか、「そんなものは要らない」とかという議論で非常に幅の広いテーマになっております。我々も国民が議論をして政治が決めるという原則だけを言っているのはやや足りないのではないかという気持ちがいたしました。これまでの公聴会や色々な投書、また一般の意見を網羅した上で、企画委員会でかなり熱のある議論を2回にわたって3時間ぐらいやりました。その結果、皆様のお手元に「教育基本法の見直しについて国民的議論を(案)」という案が一応できました。それで、これが出ますとすぐ新聞に出るものですから、新聞に出ないつもりだったのに2回目の企画委員会の翌日の某紙にまた少し出ておりましたので今、配ったということです。配ってもだめなことはだめだと思いますけれども、これは大変な苦労の上にまとめ上げたものでありまして、一応事務局からまずこの案を朗読をしてもらいます。

【山中副室長】それでは、朗読させていただきます。

(「教育基本法の見直しについて国民的議論を(案)」朗読)

【牛尾副座長】後は、皆様の御意見をちょうだいしたいと思いますので、再度名札を立てていただいて、これは語り出すと10分ぐらいはすぐ経ってしまいますので3分厳守を是非お願いをいたしたいと思います。

【勝田委員】一番最初に牛尾先生がおっしゃったように、確かに国民的な議論を起こす必要があるというものの、国民一般の教育基本法の理解の、言ってみればレベルと、それから教育関係者、大学の先生を含めてそういった人たちのレベルとはかなりズレがあるということも事実ですね。それで、私の場合にはどうしても教育関係者、特に大学の先生といったような人たちと話をする機会が多うございます。そういった人たちと話しておりましたことを、一つ率直に申します。
 中間報告を出されまして、中日新聞ですからいわゆる地方紙ですけれども、しかしかなり部数は多いですね。そこで梅原猛さんが、中間報告を読んだら、要するに一言で言えば「対処療法ばかりだ」と。次いで、「哲学的な深みがない」と。あの人は哲学者ですから“哲学、哲学”ということを盛んにおっしゃっているんですが、哲学的深みがないと。「本当に教育改革をやるためにはその原点である教育基本法をしっかり哲学的に論議しなきゃいけないんだ」と。そういう議論をなさっておられて、私はそれはその通りだと思いました。
 更に、私どもの気のおけない大学の先生とか教育関係者、高等学校の校長先生を含めて色々聞きますと、中には中間報告を読んだ時にも、委員の大部分は要するに改革が必要だと言った類のことが書いてある。ところが、すぐその後に国民的論議が必要であると言っている。どうもこれは腰砕けじゃないのか。自信がないんじゃないのかと。中にはこういう人さえいるんです。ここだから正直にはっきり申すべきでしょう。「この委員会の人たちは創価学会の池田先生に遠慮しているんじゃないのか」と。「そうじゃないよ」と私はもちろん言いました。そんなことはないよとはっきり言いましたけれども、そういう意見も中にはあったということを申し添えさせていただきます。
 2番目に、私は今日これを読ませていただいて、初めて私はもちろん読んだんですが、大部分私の意見と一致していると思っております。一部のちょっとした語句のことは別としまして、要するに教育基本法の改革というものを論議するのは決して過去の日本の国粋主義と言いましょうか、“閉じられたナショナリズム”に帰ろうなどということはこれっぽっちもないということを、もうちょっとここで強調していただいてもいいと思います。むしろ私どもは“健全な開かれたナショナリズム”というものの大切さを認識しているのだと、そういった点も書いて差し支えないのであって、その点を押さえていただいた方がいいと思います。

【上島委員】教育の専門家でなければなかなか教育基本法というのは身近でもないですし、まず親とかは日常の生活にはほとんど関係ないと思うので、普通の考えでいくと「教育基本法の見直しについて国民的議論を」という題そのものも考えないと言えば考えないですね。今後の日本のどういう人材、教育を考えるからこそ「国民的議論を」はいいんですけれども、一般の人には教育基本法の見直しについて国民的議論をなぜしないといけないかというのはあると思うんです。
 それは前提ですが、ただ教育基本法の見直しについて、もし色々な意味で教育論を考えるのであれば、やはり私は議論というよりも見直していくのは必要だろうという個人的な意見であります。その中で特に具体的な部分で前からも言っておりますけれども、第7条のここの前文にも書いてありますように、やはり社会教育に含まれている家庭教育を独立させて家庭、社会、学校の連携というそれぞれの役割を持たせると同時に、その3つをどう連携させていくかというまた違う条文を入れるという、この前に書かれているとおりの部分はやはり必要だろうというのが意見であります。
 それからもう一点だけ、手身近に申し上げます。6条の第2項の、教員の皆さんの色々な意味での保護をされているこの条文に関しては、ちょっと今の時代にもそぐわなくなってきているのではないか。昔の私が聞いている限りでは、教育の自治を守るために色々な思想を外部から受けないがためにこの条文をつくったと聞いていますけれども、もうそういう外部からの思想のための教育の自治のために教員の方を保護するという条文は必要ではないのではないか。それよりももっと幅広く教員の方が本当にできる人、できない人が、例えばできない人はやはり一般の民間のように保護ではなくてそれをきっちり評価していくという流れに変えていくべきじゃないかと思います。

【藤田委員】私は、今のご意見の最後の部分には強い違和感を感じます。現代では多分おっしゃられるように余り問題がないとは思いますけれども、それでも教育の中立性や適切性を維持するためにも、この条項は必要だと思います。それを外すとか、十分なものとして保持しないということになると、さまざまな圧力等によって歪められていく危険性を宿すことになると思うんです。ですから、私は現在これが意味があるかどうかということではなくて、この条項はやはり入れておく必要があると思う。
 しかし、例えば今回の提案でも、問題を抱えた教師や、適性面で十分でない教師に対して別の道を探る方法を用意するとか、色々な提案をしておりますが、そういうことは、基本法で規定するというのでなく、もっと実際的なところで規定すべきだと思う。そういう措置をすることに対しては、世論の反対も無くなってきていると思いますから、その方が賢明だと思います。

【勝田委員】それは方法論の問題でございまして、それは書き方如何だと思います。私も決して教員を、それは小学校から大学に至るまで、ちょっと不適切な人だから辞めてもらおうと、簡単に辞めさせるといった、そういう風にしては良くないだろうと思います。しかし、だから任期制の導入だとか、あるいは小学校の先生や中学校の先生に関しては、一定期間社会の別の職業分野に研修に行ってもらうとか、分限研修でしょうか、そういった類の制度を導入するというわけでして、この文章に関してはどういう風に表現するかです。
 それよりももう一点だけ、この文章は大部分は私は賛成なんです。だけど、もう一つだけ、つまり今の教育基本法に一番欠けているところは、要するに田辺元先生の言葉を借りれば「種の論理」です。同時にまた、言葉を換えて言えば“日本人としての教育目標”が全く欠落しているんです。だから、新しい論議といいますか、つまり教育基本法を書き直す時には日本人としてどういう人間を作りたいのか。これをもっと打ち出していいんじゃないかと思います。

【江崎座長】席上配布した資料があると思うんですが、ちょっとこの説明をさせていただきたいと思います。
 教育基本法というものには今までのいきがかりとか、しがらみが大分あった。そういうものをこの際取って論議する必要があるんじゃないかと、私はまず一点思うんです。それで、ここに書いてありますように社会条件が著しく変化している。その後、色々なことが書いてあります。情報技術社会の進展、これはかなりシリアスに取らなくちゃいけないように思うんです。現在IT革命ですから、現在ITを普及することに日本の政府も一生懸命になっておられるわけで、こういうものとの整合性がやはり必要なように思います。それで、どういう風に社会のパラダイムが変化したかということを非常に単純化して書いたものがここに書いてあるわけです。いわゆる階層社会というものが徐々にネットワーク社会になりつつあるというわけですね。これはインターネット文化と言ってもいいかもしれないです。つまり、上下という今までのヒエラルキー、グループのヒエラルキーから横のつながりというものが重要になってくる。そういうことで、コミュニケーション集約社会、コミュニケーションが重要になってきて、英語というものがそういうところで重要になってくる。これは非常に大きな社会に違いが出てきたわけで、これは社会の価値観なども変わるわけですね。つまり、先ほど藤田さんと木村さんの論議のように、現在あるものが問題か、動きというものが問題か、両方の問題ですね。私は、現在の社会は大きく動いているから動きというものを考える必要があって、どうしてもそれは重要だと思います。それから、こういうネットワーク社会で活躍できるような若者を考える。
 それから、その次のページをめくっていただきますと、これはCPスノーのTwo Cultureをもじったわけじゃないんですけれども、我々はやはり2つのカルチャーの中に生活しているということを皆さんに知っていただきたいと思います。この中にも自然伝統文化の尊重ということが書いてありますけれども、簡単に文化ということも、つまりこれも非常に単純化することなんですが、古き良きものに憧れそれにとらわれる文化、伝統文化ですね。勝田先生などは、これに欠けているとおっしゃるんだと思うんですが、かた一方では新しい進歩を求めて変革してやまないというのもそういうカルチャーなんです。それで、世界的に見ますとAカルチャーよりBカルチャーの方がエンファサイズされる。このBカルチャーがなければ日本はサヴァイブしていけないということも考えていただきたい。ですから、ここのところにもう少し、一方で自然伝統文化の視点が欠落している。それだけではなしに、こういう文化が新しくなったということに対する捉え方が欠落しているのではないかと思います。

【牛尾副座長】Bについても表現はこの教育基本法は欠落しているわけですね。

【江崎座長】私はそう思うんです。どんどん変化しているということについて欠落していると思います。だから私は今までのしがらみにとらわれないで、全然とらわれない見方からこれを書いていくということをやっていただければと思います。

【牛尾副座長】大変貴重な御意見だと思います。

【勝田委員】おっしゃる意味は非常によくわかります。ただ、言葉の問題のみならず、私は安易に哲学という言葉は使いたくないけれども、哲学的概念というものを申しますと、カルチャーとはある民族固有の生き方の問題です。そして、その民族特有のいわば死生観といったものも表現しているわけです。それがカルチャーです。ですから、どうしても伝統的なものを感じるわけです。
 ところで、先生は先ほど移りつつある、IT社会に移行するというダイナミズムを表現しなければいけない。それは新しい「カルチャー」だとおっしゃった。そういう風に使ってしまうと、私はむしろそれは「文明」というものだと思うんです。だから、IT文明に通用するさまざまな知識、そういう能力、適用性、それを育成する。これは大賛成です。しなければ日本は滅びます。だけど、それを私はカルチャーと言ってしまうと果たしてどうかなと思うんです。

【江崎座長】だけど、私の小さい時の日本と現在の日本はやはり日本のカルチャーが変わっていますよ。文明だけが近代化されたかというと、そうではありません。やはり我々の生き方、人間の生き方が随分50年前から変わっていますよ。それはどうしても認めてもらわないと、それが余りしがらみにとらわれては困るということです。

【勝田委員】文明というものの推進力は、あくまでも科学技術というものなんです。それで、それによって現在の人々の物質生活、または快適性を高めていこう。それが文明というものの特徴なんです。ですから、極めて長いスパンでみて、文明が、民族の文化に作用し、影響することはありますから。おっしゃる意味はよくわかるんです。だから、あとは表現の問題だと思います。

【牛尾副座長】よく文明がハードウェアで文化がソフトウェアだと言う人がいるぐらい、言葉というのは色々な意味がありますからね。

【江崎座長】ちょっとだけ言いますと、サイエンティストはここで2人か3人のマイノリティーですから、マイノリティーとして発言します。

【黒田委員】今のところで、2段目のパラグラフで「教育基本法を考える際には、日本の伝統や文化など次代に継承」とあって、それからもう一つ、「情報技術、生命科学の進展、環境問題、グローバル化などの新しい時代に対応するもの」この2つ対峙したことが車の両輪みたいなもので、双方を視野に入れてということなんですけれども、ここのところは最初の方はちょっと詳しく書いたにもかかわらず、後ろの方は「21世紀に向けて新しい日本社会を築く」とただ流れてしまう文章なので、ここのところをもう少しふくらませて書き込むことでうまく入るのではないかと思います。

【牛尾副座長】これは余りにもさらっとし過ぎていますね。もう1か月経ったら21世紀ですから。

【藤田委員】私はこの「20世紀に云々」という部分について特に異論があるわけではありません。それから、例えば教育振興基本計画策定に関する規定が教育基本法の中にあっても確かに悪くはないという風にも思いますし、先ほども言いましたように、改正の議論が国家至上主義的考え方や全体主義的なものになってはならないということについてもそのとおりだと思います。それから、見直しの議論をするということ自体、これをしてはいけないなどと言うつもりはありません。ですから、ここで多くの方が賛同されている以上、国民会議で提案することに私は異論はありません。
 しかし、世間一般には、もちろんこういう考え方に賛同なさる方もおりますけれども、もう一方で憲法改正論とは違って、教育基本法についてはこれまでほとんど議論されることはなかった。その意味で一般に問題あるいは争点があったわけではないんです。ですから、なぜ今この時期に改正なのか、という気がします。制定から半世紀経過したとか、新しい時代だからという理由だけでは私は弱いと思います。そして、これは前にも申し上げたことですが、いわゆる自然伝統文化の尊重でありますとか家庭教育の重要性、宗教的情操の重要性ということは私も重々承知しておりますし、それを教育の中で何らかの形で実現していくことは重要だと思いますが、だからといって、そういうことを基本法に盛り込むべきだとは思いません。自然や文化ということはともかくとしても、宗教的情操や、あるいは家庭教育というようなこと、そういったことについては教育の内容に関わる問題として、教育基本法ではなくて、学習指導要領でありますとか、その他の関連の法令等でむしろ定めるべきことであって、学校教育を中心にした教育の理念と枠組みをさだめた基本法にそういったものを盛り込む必要性があるという風には私自身は考えておりません。

【牛尾副座長】どうもありがとうございました。他に御意見ございますか。

【金子委員】内容というよりは書き方なんですけれども、観点という言葉と視点という言葉と意見という言葉が3段階のヒエラルキー的になっているという風に読める。
 下から2番目のパラグラフですね。一番最後のパラグラフの前にスペースがあって、その上に「これらはいずれも教育基本法を見直す際の観点として重要なものであり」「欠かすことのできないものであると考える」とある。「欠かすことはできない」というのはかなり強い主張ですね。その場合、この3つの観点は外すなと言っているのか、それともその中の意見そのもの、色々なさっきの宗教の問題とか家庭の問題、それまでも欠かすことはできないのかと言っているので意味が違ってくると思うんです。多分これを書いた趣旨は、3つの観点は今後しっかりやろうと。視点とか意見に関しては今後検討するための材料にしようということだと思う。それをはっきりさせた方がいい。
 それからもう一つ、これは細かい話ですが、自然、伝統、文化、家庭、郷土、国家の、「国家」の「家」を取って「国」にする方が私はいいと思います。どちらでもいいんでしょうけれども、一応この会議の性質上、国家と言うと「政府」ということに直結してしまうのかもしれないので、その辺の誤解をとるためにはわざわざ国家と言うまでもないかなという気がいたします。

【牛尾副座長】どうもありがとうございました。観点、視点、意見というのは朗読する時も皆さん朗読する人が間違って非常に混乱しているようですが、しかし意外と大事なところでありますので、これは事務局できちんとしていただきたいと思います。しかし、今おっしゃる意見は全くそのとおりだと思います。

【森委員】教育基本法がなぜ国民一般に議論されないのかということを考えますと、これは人類普遍の原理とか、非常に高邁な理念が述べられているので、普通の市民にとっては何か遠くの雲の上の存在としか考えられていない。そういう意味で、もっと身近なものにするには身近な理念を強調した方がいいのではないかと思うんです。身近な理念の一つに先ほど来出ている家庭教育、家庭の問題があると思うんですが、私は何も基本法で家庭教育の中身を書けと言っているのではなく、家庭教育が生涯学習の観点から見ても教育の原点で一番重要なんだということを、社会教育の中の一部に置くのではなくて独立させるぐらいで、その指摘だけでもいいと思うんですが、そういう身近な理念を見れば国民も基本法の中に身近な家庭が入っているということで関心を呼ぶんじゃなかろうか。そういう理念があって初めて概念が生まれてくるので、そういう概念が結び合って理論が形成されていくと思うんです。そういうことを考えると、教育基本法に家庭のことを強調して特出するということは、私は将来の家庭がボトムアップとなって家庭から国家へ、あるいは日本人へといったように発展していく可能性も期待したいということが第1点です。
 第2点は、先ほど上島さんが第6条2項の教員のところ、これは要らないんじゃないかとおっしゃったんですが、私はこれは後段を問題にされたんだと思うんですが、前段は絶対なくしてはいけないと思うんです。「法律に定める学校の教員は全体の奉仕者であって」というところは、この「法律に定める学校の教員は」で初めて私立学校の教師も全体の奉仕者だということが生きてくるので、これは憲法でいう公務員は全体の奉仕者というのではちょっと狭いので、そういう意味では私は前段、後段区別して議論されないといけないんじゃないかと思います。
 それで、教育基本法については私はもう一点申し上げたいと思います。いじめのことが少し出てくるんですが、第2パラグラフでいじめはすぐになくなるとは思えないといったところがありますね。直ちにいじめが減少するとか、犯罪が発生しなくなるというものではないと。それは現在の教育基本法ではそうだと思うんですが、改正した教育基本法では直ちにいじめはなくならないにしても、いじめを減少するように非常に効果のある身近な存在感のある教育基本法になるべきじゃなかろうか。それでなければ存在する意味がないので、ただ飾っておくだけならばおかしいので。ですから教育振興基本計画の中にもそういうことが少しでも入ればと思うんですが、総じて言えば私は一口で、現在の教育基本法を批判すればベースキャンプなき登山隊と評価したいと思うんです。高い山に登るにはベースキャンプが必要なのに、それが整備されていないということは前にも述べました。以上です。

【牛尾副座長】ありがとうございました。後は西川議員にお話を願って、それから田村委員、黒田委員、浅利委員、それが終わったところで今度は4回目の方へまいります。では、どうぞ。

【西川議員】私は、タブー視するという言葉にすごく引っ掛かっているんです。すなわちここのところは何回読んでも、お書きになった先生には大変あれなんですが、私は頭が悪いせいか、非常によくわからない。つまり、自信がないのか、おずおずとこのことを、こういう姿勢も政治的なテクニックとしては必要なのかもしれないけれども、なぜタブー視しなきゃいけないのか。その教育基本法について議論することがタブーであるというのはプロの教育分野の人は素直に、「これはやばいんだよ、今、議論しちゃ」というような空気は文部省や、そういう関係はわかるかもしれないけれども、国民的な立場に立つと「何がタブーなのか」と。それをタブーなどと言いながら国民に議論しろという方がおかしいんじゃないかと、素直に私はそう思うんですが、このタブーという言葉を取った方がいいような気がします。

【田村委員】2点ございます。1つは先ほど黒田委員が指摘されたことに関わってで、これは江崎先生が最初からおっしゃっておられましたが、国際主義といいますか、グローバリズムといいましょうか、この観点を今回の基本法の見直しには、この会議そのものの性格の中に入れるということを強くおっしゃられまして私も大賛成なんですが、そういう視点をやはりちょっとふくらませるところで是非入れていただきたいということでございます。これは実は前にも申し上げましたが、田中耕太郎先生がおつくりになって10年後に『教育基本法の理論』という本を書き上げたんですが、その最後のところに、10年経って読み直してみると「この基本法には国際主義の観点がなかった。これは今後直してほしい」というようなことを書いておられますので、是非この点は触れていただきたいと思います。
 それから2点目なんですが、これは憲法改正に関わってきますので表現をどうしていいか、何ともわからないんですが、私立学校に対して例の89条の問題があるわけです。これをどうするかということで、義務教育の教育費負担の問題との関わりもありますし、触れなければ触れなくてもいいかなとも思うんですけれども、余り大き過ぎる問題かなという気がしますが、その2点について意見を言わせていただきました。

【黒田委員】教育基本法を変えたからといって、先ほどのいじめが減少するとか、青少年の凶悪犯罪が発生しなくなるというものではない。前にも、ちょっと企画委員会で申し上げたのですが、ちょっとネガティブな表現なので、現状はそうなんですけれども、更に今、問題になっているのはそれらの根底にあることです。例えば無気力な人、それから先ほども出ていましたが志がないとか、夢がないとか、そういうことなので、志や夢を持つような人を出すためにもというポジティブな面を是非書いていただきたいと思います。

【牛尾副座長】今、少数のネガティブな人を救うためというよりも、もっとポジティブにするために教育をということですね。

【黒田委員】はい。そういうことを入れていただきたいと思います。

【浅利委員】この文章は、気持ちはよくわかるんだけれどもこれだけ難しい問題を議論するんですから企画委員会で、日本語としてもう少し練った形に直すよう一生懸命やりたいと思います。
 それから、さっき勝田先生のお友達が、この中間報告を対処療法にすぎないとおっしゃられたということですが、私はこの言葉はおほめをいただいたという風に理解しているんです。なぜかと言いますと、この会議ではまず今、混乱している教育現場に対してどういう対応をしてあげるのが必要なのか。母親や教師が苦しんでいることに対してどういう対応をするかということが第1の問題だと思います。それを考えたからこそ小渕さんが教育改革国民会議を設定したんだと思うんです。我々もだから引き受けた。ところが、最初に「教育基本法をどうするんだ」という議論が政治家の中から出、マスコミの中から出、そればかりになってしまいそうになりました。この議論を始めてしまったら教育改革国民会議の、まず本当に必要な議論はすっ飛んでしまう。
 ところで私は初めにこの問題は、法律が抽象的過ぎるから今は議論しない方がいいという風に申し上げました。しかし現在すでに、17の提案が出、大きく世の中に浸透していっている。であれば今度は基本法を議論すべきだと思います。なぜかというと、戦争が終わってから50年。この問題には一回も踏み込まずに来た。今回こそ思い切った議論をすべきだと考えます。踏み込む時に絶対必要なことは今、これを改正するとか改悪するとかいう次元じゃなくて、補強とか修正の問題だという視点をもつべきです。社会情勢が変化し、男女共同参画社会ができてくる。又国際化など色々な問題がある。これを組み込んで21世紀を生きる人を育てる点からも、具体的なイメージがわく法律にすべきなんだと思います。
 私は、戦後教育にはそれなりの評価があっていいと思います。国民のかなりの数の人が戦後教育はよかったとも思っているし、この気持ちがまた教育基本法見直しに情緒的に反対する理由にもなっています。戦後教育にも評価すべき点があったということを入れて、しかし欠けている部分はこういうところだということを指摘するのです。大事なことは、これは戦前の価値観に復帰するのでもないし、右傾化するのでもない、国家主義的になるのでもないということを強調すべきだと思います。勝田先生はナショナリズムとおっしゃったけれども、郷土を愛する心とか、家庭を大切にする心とか、それから兄弟とか親とのつながりを大切にする心とか、それは大切なことです。しかし、どんなことがあっても間違った方向に基本法の見直しがいかないように十分な歯止めをかけることが大事だと思うんです。それが、この国民会議に課せられた義務だと思います。
 この文章はちょっと及び腰ですよ。やるのならばはっきり物を言うべきだというのが私の意見で、今3分過ぎましたのでこれで終わります。

【牛尾副座長】大変明快ですが1つだけわからないのは、いいラブレターをどのスタイルにするかということで、いいラブレターでも色々な種類のラブレターがあるから。
 では、梶田委員、中曽根補佐官とどうぞ。

【梶田委員】私の申し上げたいことは今、浅利先生がおっしゃった通りのことです。私は本当に大賛成です。ただ、やはり実際にはおずおずした書き方にならざるを得ない点が最後まで残るかな、ということはあると思うんです。と言うのは、マスコミがあれだけ騒ぐにはそれなりの今までのいきさつというのがあるわけですから、余り勇ましいものにするという訳にもいかないのかなと。ただ、これで国民会議の最終まとめを出して終わりじゃないので、これから色々な場で論議されて、それでそれをどういう風に実現していくかということがやられていくわけですから、その時にどうしてもこれは欠けてはいけないという視点だけは入れていかざるを得ない。そうすると余計おずおずになるような感じもありますが、やはり入れていかなきゃいけないのかなと思っております。そのことが1つと、もう一つは1行開けで「教育基本法を考える際に」と、これは簡単に書いてありますが、実はここのところは非常に大事なので、先ほどから色々な方の御指摘がありますが、これを少しふくらませていってはどうか。江崎先生のおっしゃる伝統に深く根差したものですね、これをやはり次の世代に伝えなくては日本の教育ではないわけです。それと、全人類に開かれた、しかも未来へ向かってみんなが手を握っていけるような普遍主義の在り方を追及するということと、これはもう少しはっきりといいますか、今ここに一応は出ていますけれども、これははっきりともう少し積極的に書かなければいけないのかなと、そんなことを思いました。

【浅利委員】言い忘れたので10秒で申し上げます。教育振興基本計画とのつながりをもっと非常に強く打ち出すべきだと思います。それが具体策ですから。

【牛尾副座長】わかりました。それと今、梶田委員のおっしゃった21世紀に向けてのという後段の方は、逆に今ある教育基本法の存在感を大いに認める効果もありますね。今あるものを認める効果もあるわけだから、そういう意味ではいいかもしれません。西川議員の政治家の方のタブーなどと言っておどおどするなという激励の言葉もあったのですが、現実はなかなか厳しいところがありますね。

【西川議員】私は言葉が足りなかったかもしれないけれども、タブー視している勢力があることは十分承知しているんです。だけど、それに気を使い過ぎてやるんじゃ何のための教育改革国民会議かと。我々から見ると、これは文部省の作文としか見えないんです。それを言いたいんです。

【中曽根総理補佐官】2点ほど申し上げたいと思います。一点は先ほどお話がありましたタイトルについてでございます。「国民的議論を」ということは先ほどの話にもありましたけれども、教育の専門家あるいは関係者と国民の皆さんの間には教育基本法についての認識に差があるということでもございましたし、基本法についての報告の結論は「国民的議論を」ということではないと私は思います。ですから例えば、「教育基本法の見直しについての取組を」といった見出しにすべきではないかということが一点です。
 もう一点は先ほど金子先生がおっしゃった国家という言葉についてのお考えで、私も国という言葉を使うのがいいかなと一時は思ったのですが、「家庭、郷土、国家」であれば言葉のバランスが取れていますが、「家庭、郷土、国」となるといかがなものでしょうか。「国家」という言葉に気を使うことは大切だとは思いますが、国家目標や福祉国家といった言葉が一般的に使われています。また、衆参には国家基本政策委員会が設置されています。一番最後に国家至上主義的考え方はよくないということも書いてあるわけですので、国家という言葉は堂々と使ったら良いのではないかと思っております。

【金子委員】基本法に関しては、私は当初からそんなにこれを議論することはないんじゃないかということを述べてまいりましたが、時間をかけて今日の議論などを聞いていますと、かなりしっかり議論はできたなという風に思っております。ここまでやったならば、中間報告のときのように途中までとせずに、もう少ししっかりと書いてしまった方がいいかなと思います。今のものは、さっき西川さんの言ったとおりで、ちょっとその道のプロのことを意識し過ぎてしまって、国民に対する呼び掛けになっていないのかなと。「時代に合った具体的でポジティブなものに」というようなもので検討しろというのでもいいかもしれない。すぐにやれということではないにしてもですね。だから、「国民的議論を」というよりはもう少し時代に合っているポジティブなもので役に立つ具体的なものということを打ち出してしまってもいいのかなという気がします。そうすると、「タブー視しない」とか、「いじめがなくなる」ということよりも黒田さんのおっしゃったように、ちゃんと望ましいものをやるような基礎になるものをこれからつくろうよと、ネガティブなものを直すのではなくて新しく作るわけですから、そういう風にするならそれで打ち出せばいいと思う。これだけ議論したから合意できる範囲でしっかり打ち出してしまうのもいいかなと思います。

【牛尾副座長】国民会議の中でこの議論というものはかなり行き渡って、金子委員のおっしゃるようにもう少しきちんと言っても大丈夫な考え方というものは国民会議の中にはかなりできてきたと思うのです。それを今度は対外的に発表した時に、国民がそういう風に受け止めてくれるような仕組みについては相当な技術が大事だろうと私は考えております。
 特にもう一つは黒田委員のおっしゃっている、落ちこぼれの人だけを直すために教育基本法を作るのではなくて、輝かしい21世紀を作るためにもっと教育によってみんなをポジティブな日本人にするためにというのが最大の目的であるという点については、やはり17歳問題とか子どものいじめのことが頭に入り過ぎてややいじけているというところが非常によくわかります。そういう点ではこの議論をもう一歩進めることについては、上島委員は帰られましたけれども、教育基本法の持っている理解の浅さというものを現実として認めなければ、それを認めて対処しないといけないし、対処療法であるとか具体的であるというのは浅利委員からもおっしゃってもらったように企画委員会が確信犯でそれをやっているわけであって、それから色々な高度の哲学や考え方の論争をしなければ患者が死んでしまうということで、患者の処理を終わってから東京大学医学部の研究室へ持って行こうじゃないかというような話でありますから、そういう点も非常に意味があったと思います。
 あとは勝田委員、真打ちにしようかと思ったのですが、どうぞ。

【勝田委員】今おっしゃったことを私は言いたかったんです。それでもういいんですけれども、ですから具体的に言えば江崎先生の発想はそのとおりなのであって、文章としましては「国際化の時代に適応できるような能力と知識」と言いましょうか、積極性ないし、活力と言いましょうか、そういった言葉も入れてほしい。
 2番目に、環境問題というのは非常に重要だと思うんです。だから、環境問題に関しても適切な対応というか、生活態度や知識も必要でしょうし、そういったこともうたってほしいと思います。
 次いで、色々意見が出ましたのでほとんど私も申し上げることはなくなってきたんですけれども、あえてこれまで出なかったことを申しますと宗教教育の問題ですね。これは後ろの方に書いてございます。

【牛尾副座長】4行にわたってあります。主にこれは山折委員のご意見に対して書いた部分が強いです。

【勝田委員】大体において私は賛成ですけれども、「特定宗派の宗教教育に落ち込まない形での宗教性の教育の在り方」と、それはそれでいいんですが、もっとはっきりと「宗教的情操の教育」という風に改めた方が一般にはわかりやすいと思います。
 そこで、宗教的情操がなぜ必要かといいますと、本当にばかばかしいことがあったんですよ。御承知かもしれませんけれども、この夏頃だったか、富山県のある小学校かどこかで給食の時間にこれまでは「いただきます」と言っていた。「いただきます」と言うのは宗教に関係するからと言ってやめさせたと、そういうばかばかしいことが行われているんですね。だから、宗教的情操の教育と言えば、「宗教性」と言うとちょっと多義的で難しいですから、そういう一つの言葉の問題として考えていただきたいということです。
 次いで『「教育は不当な支配に服することなく」という規定(第10条)が不当に拡大解釈され、政治的に利用されてきた、などの意見がある』と、これは言おうとするところはよくわかるんです。日教組左派とか、そういう政治集団ですね。しかし、私は21世紀をかんがみますと政治的あるいは政府、「上からの権力」による支配の弾圧、これはもうほとんどなくなるだろう。むしろ“社会的な支配”といいましょうか、社会的な介入が多くなるだろう。特定の宗教集団とか、特定のさまざまな色々な社会集団とか、右からか左からかは別としまして、こういったものがありますから、これは政治的というよりもむしろ「社会的な不当な支配」に服することなくとか、そういう風にも表現していただきたいと思います。

【牛尾副座長】それでは沈委員、どうぞ。初めての方を優先しますので。

【沈委員】第5条の男女共学の問題であります。認めなければならないと柔らかに書いてありますけれども、現実に男女共学にしなければならないというような解釈になって福島県辺りでは非常に名門の女子の高等学校が男女校にほんの1、2年前に変わっていくということがあります。こんな時代ですから男女別学も十分必要だろうと思いますので、殊更に第5条の男女共学を残すべきかどうか、御検討いただきたいと思います。

【牛尾副座長】それはそうですね。わかりました。それでは、藤田委員どうぞ。

【藤田委員】私は先ほどから言っていますように見直しの議論をすることにやぶさかではありませんし、それをすることは悪いことではないと思います。したがって「教育基本法の見直しについての国民的議論を」という、このタイトルはできればこのままにしていただきたいと思います。それで、先ほどからの議論を聞いていましても、今日の提案の内容を見ていましても、教育基本法の性格そのものが変わるということを念頭に置く必要があると思います。少なくとも浅利さんが言われたように、現行の教育基本法を一部修正あるいは補強するという程度のことであるならまだしも、今までの議論は必ずしもそうではないように思います。今、議論されていることは、基本的に学校教育というよりも、日本の教育の在り方についてのある種の理念、信念、そしてまた方針といったようなことが中心になっていると思うんです。そうしますと、言葉は適切でないかもしれませんが、戦前の教育勅語はそういう性質のものだったわけですが、そういう性質のものになりかねない。ですから、浅利さんの言われたように、国家主義的な考え方や、あるいは全体主義的なものになってはいけないということは非常に重要な点だと思いますが、それにしても、こういう観点から基本法の見直しをするということは、基本的にそういうある種の精神的な構え、価値観、考え方について基本法に全面的にこれを盛り込み、あるいは充実するんだという発想に立っているように見えるわけです。現行の教育基本法は、学校教育を中心にしてその制度設計の基本、その運営の準則、教育実践の基本的なフレームワークを定めているものだと私は思っているわけですが、その点で基本法そのものの性格の変更といいますか、転換という方向に行きかねないという気がするものですから、その点についてのある種の歯止めということを御配慮いただければと思います。

【森委員】簡単なことで、第1点はタブー視の問題ですが、これは現にマスコミなどが基本法は不磨の大典とか、あるいは一部の学者が準憲法的とか、それも新聞が書くからそれに対する意識があってこういう表現になったと思うのですが、これはおっしゃるとおり変えた方がいいと思います。変え方なんですけれども、私は教育基本法は他の教育関係法規と同格なんだということをソフトに何か表現すれば、絶対これは最高の法規で変えてはいけないという信念の人がたくさんいますから、その表現は難しいんですが、最高裁の判例も同じだよと言っているというようなことを何か国民にわからせると少し認識も変わるんじゃないかなということが第1点です。
 第2点は、真ん中の方で「私たちは、今後」云々のところで「まず、昭和22年」とあって、それから3行置いて「次に」があって、7、8行置いて「更に」とあるんです。この「まず」「次に」「更に」という書き方ですが、この「次に」の中身が非常に具体的な論点なので、ここのところをもっと整理して、先ほどの別学も入るかもしれませんけれども、工夫した方がいいんじゃないかということが第2点です。
 それから第3点をちょっと忘れましたので、後で気が付いたら言います。

【牛尾副座長】それでは、田村委員どうぞ。

【田村委員】これは意見というよりは報告なんですが、今日午前中に2,500 人ぐらいの人が集まった会があって、それに出てしまったものですから遅刻してしまったんですが、そこで教育基本法の問題の一般的な話をしている中で、やはり全体の感じとしては教育振興基本計画の策定に関わる規定を是非基本法に盛り込んでほしいというような意見が圧倒的に多かったんです。それで、色々な話をしても余り関心がないんですけれども、そのことを言うとものすごく反応があるんです。ですから、これは今回改訂の際に浅利委員がおっしゃったように是非入れていただけないだろうかと思っております。

【牛尾副座長】それでは、最後になりましたが浅利委員どうぞ。

【浅利委員】さっき勝田先生が触れられたナショナリズムの問題について一言申し上げたいと思います。日本だけを見るナショナリズムじゃなくて、一層国際化していく社会の中での日本人のアイデンティティの追及、確立という観点は非常に重要だと思います。そこのところをちょっと区別しないといけないかなと思います。

【牛尾副座長】それから、教育振興基本計画とのつながりを教育基本法にという議論が出ましたが、今日は事務局の方からブルーの12ページにある教育施策を相互に振興するための教育振興基本計画についてももう少し強く入れる必要があるかどうかという議論が出ておりますので、これについても御意見をちょうだいしたいと思います。座長が特におっしゃっていましたが、振興の費用がとにかく少ないわけですね。

【江崎座長】こういう例は良いか悪いか知らないけれども、科学技術基本法というのが出てきて、それからその後、科学技術基本計画が出て、基本法ではなしに基本計画の方で日本の政府がバックアップしてお金をもっと出そうと、最初の7年間は17兆で、今、論議されるのは24兆というお金で、私はこういう科学技術もお金の問題だけではありませんけれども、お金というのは必要条件なんです。ですから、教育についても国際的に日本の政府は公共資材を十分に出していない。それで、やはり教育基本法とできれば連動したような格好で教育基本計画を作るべきだと、そういう意味で私が言った将来進むべきものを入れなくちゃ、必要なものにお金をつけるということが必要だと思います。これは是非、金額的に幾らということはあれですが、現在に比べて日本の教育はお金がないというところからの貧困というのがあると思います。
 それからもう一つは、私も私学の学長をやっているのですが、日本の高等教育の普及というものが私学主導で行われた。もちろん立派な私学はいっぱいありましてそういう私学はいいんですが、全体的にながめるとやはり私学の教育は貧困なところが多いということです。そのためにどういうことにすべきか。教育の問題というのは何か問題があって、それの解決策を講ずればいいんですけれども、やはりどこに問題があるかということをもう少しアイデンティファイして、それに対する対策で、教育の多様性ということを言われて我々の学校教育ではその答えは1つあるという考え方があるんですが、決して答えは1つじゃない場合があるわけですね。そういう多様性というものを認めるということもものすごく私は必要なように思うんです。ですから、そういう多様なものを満足するような教育政策ということを進めるべきで、私が言っているカスタムメイドの教育ということになりますと、これはどうしても一人ひとりの素質を引き出すわけですから、今までよりもお金がかかるようにも思うので、そういう点をやっていただきたいと思います。

【勝田委員】江崎先生のおっしゃったことと関連するんですけれども、私も国際大学という大学におりまして痛切に感じますのは、これからますます国際化の時代になるということも関連しますけれども、留学生ですよ。留学生に対してもっともっと面倒を見てやらなきゃいけません。本代も生活費も含めて、大した金ではないじゃないですか。ODAの橋を架けたり何かするという金にほんのちょっと増せば5万人、10万人の経済的面倒・配慮ができます。
 私は若いころ、これは長い話になるからやめましょうか。いずれにしてもアメリカに助けられて、ロックフェラー財団から2回も実に寛大な奨学金を支給されたんです。だから、私はちょっと世界でも稀な、やっている人がいないような極めて地味なロシヤ法史とロシヤ精神史の研究をずっと4年近く米国のみならず、フランス、イギリス、オランダでやりました。それを考えるとアメリカは時々、このアメリカめといった気持ちになりますけれども、だけどあの時のアメリカはよくやってくれたなと。今のままでしたら、日本は、反日的な感情を持った中国人やインドネシア人とか、結構それを大量生産している。是非文部省はこの点を考えてたくさん援助金を付けてください。

【牛尾副座長】国際交流にもう少し力点を置くわけですね。

【勝田委員】そうです。もっとたくさんですね。

【牛尾副座長】わかりました。どうぞ、石原委員。

【石原委員】是非、教育振興基本計画を実現してほしいと思っております。と申しますのは、中間報告が出てからロータリーとかライオンズ、保護者も含め、色々な会合でお話をしたんですが、非常に関心を持ったのが実は教育振興基本計画なんです。これについてはやはり戦後50年、豊かな日本と言われながら、市民が日本の特に若い親たちが担っている義務教育について、ヨーロッパなどにPTAで海外に行くと向こうの方がやはりいいと。つまり、向こうがいいという感覚を持っている傾向があります。日本がこれからの先進国の中で自信を持って日本の教育がいいというイメージが貧困であります。
 そういうことも含めて、日本の教育にもっときちんとした、しかも義務教育の場合は親は若く収入は割と低い。そして、子どもに色々なことをこれからしていくという意味で、子どもの教育条件の向上には教育振興基本計画が必要ではないかという質問がたくさんありました。是非こういうことについて、21世紀の未来を担うという意味の明るい一つの具体性のある、江崎先生がおっしゃいました未来への投資という、その明るいイメージを国民会議が出していくという意味でも大変重要ですし、これからITなど今、学校現場へ入りますが、このランニングコストやそれからの維持費を考えると従来と違った膨大なお金が必要になります。そういう意味の新しい時代の教育のハードを支えるという部分で戦後の黒板等、決まり切った教室の中でする、そのハードに基づいた財源から、新しい時代のIT革命にも対応したグローバルな時代へのきちんとした投資をしていけるような計画を是非お願いしたいと思っております。

【牛尾副座長】河上委員、色々とお話を聞かれて、現場から見ておおむね良好かどうか、いかがですか。

【河上委員】第1分科会で話し合ってきたことと、第2、第3分科会で話し合ってきたこととのズレがかなりあると思うんです。それで、発言をひかえていたのですが、私は現場の深刻な状況の中にどっぷり漬かっていますので、必ずしも明るい未来というわけにはいかないということがあってずっとお話を伺っていたんです。ただ、こうすればうまくいくかどうかわからないにしても、ともかく動きを作るということが絶対に必要だということははっきりしていると思うんです。先ほどから西川さんがお話になっている、及び腰で何となく最初から防御の姿勢で批判を恐れるような形で出すんじゃなくて、もっと明るくて、金子さんがおっしゃっていますが、あっけらかんとぱっと、そういう出し方がいいと思うんです。
 それともう一つは先ほどからかなり出ていましたけれども、私がつき合っている生徒や生徒の親の思いと新聞等の論調との落差はすごく大きいんです。私がつき合っている親たちは、言葉をはっきり持つというところまで至っていない方が多いのですが、現在の状況に非常につらい思いをしているということがあるわけです。ですから、私たち国民会議としてはそういう心情的につらくても言葉を発しない親たちに届くようなものをもっと大胆に出してもいいんじゃないかという感じは強いんです。

【牛尾副座長】わかりました。それでは藤田委員、時間が押していますし大臣のお話もありますので1分ずつぐらいにしてください。

【藤田委員】教育振興基本計画については先ほどから出ていることにすべて賛成ですが、併せてここに既に書いてありますが、教職員の配置やサポーティング・スタッフの充実等、ベーシックな既存の教育基盤の充実を図るような提案を是非とも強調していただきたいことと、もう一つは、さまざまな民間のドーネーションといいますか、そういったものやボランタリーなサポートがやりやすくなるような条件整備のようなことを書き込んでいただけたらと思います。

【森委員】簡単にですが、先ほど勝田委員が留学生問題とおっしゃいましたが、私は日本の留学生問題というのは帰った後のアフターケア、アフターサービスが余りやられていないんじゃないかと思うんです。私はドイツに何回か行きましたが、フンボルトではいまだに手帳と、つい最近までカレンダーを送ってきますが、ネクタイも来ますし、ドイツの雑誌が永久に送ってくる。2つドイツの雑誌を送ってきますので、日本もそのくらいのお金を出して情報提供した方がいいんじゃないかというのが1つです。
 それから、先ほど3番目に私が忘れたと言ったのは基本法に戻りますが、「教育基本法の見直しについての国民的議論を」というタイトルですが、この「議論を」と言わなければ議論しないような、そう言われて議論することでは大した議論がないので、議論と書かれていなくても中身を見て、これは大変だと言って議論するのが本当の議論なので、だからタイトルには「国民的議論を」などというのは要らないんじゃないか。大体人間というのは人から考えろと言われて考えてもろくな考えは出ないんですから、自分で気付いて考えるもので、気付かせる中身にした方がいいんじゃないか。以上です。

【牛尾副座長】大変に色々と、しかも丁寧な御意見もちょうだいしました。第2、第3分科会の報告と教育基本法並びに教育振興基本計画については大方の御意見が出たと思いますので、あとは文体を中心として言葉の使い方をよく検討した上で起草委員会で再度もみまして、最終的に12月11日に今度は全体の案を提出していきたいと思います。それで、大変これは難しい作業でありまして、どこに焦点を置いて書くかということはなかなかどなたにも御満足いくようにはまいらないのでありますけれども、一応起草委員会、特に3つの分科会の主査の方にはこれからもまた手を煩わすことになりますが、その辺で我々も参加してできるだけいい案を11日に出したいと思いますので御協力をお願いしたいと思います。
 あとは、文部大臣と今日は文部次官もお見えになっていますので、御意見や御抱負もちょうだいをして終わらせていただきたいと思います。

【大島文部大臣】大変ありがとうございました。まず第1に今、科技庁長官としてクローン法の議論をやっており、今日採決いたしました。先ほど江崎先生のお話がございましたように、激しい科学技術の変化というものと、我々人間としてそれにどう対応するかという議論がこのクローン法の規制の問題についても問われているわけでございまして、ヨーロッパの在り方、アメリカの在り方と日本の在り方の根底では、まさにその精神構造というものが問われているのでございます。多分21世紀という世紀はそういうものが、政治家は当然でございますが、一人ひとりの国民に問われる時代になるのではないかと思います。
 そういう状況の中にありまして小渕前総理、森総理、この長きにわたって先生方に大変な国民的な教育の議論をしていただきました。要は、この議論の成果を政治の場できちんと責任を取るというのが皆様方に対する最大の使命であると、私は思っております。先ほど浅利先生が御指摘されましたが、基本法だけをやるのではない、まさに今すぐやらなければならないのだという思いでやってきたのだという御所見は、肝に命じて政治政府として受け止めなければならない皆様方の御意見の結論であろうと思います。したがって、中間報告をちょうだいして、総理から文部省として勉強しなさいという宿題を与えられ、勉強しておりまして、総理は来年の通常国会は教育改革国会だと高らかに挙げたのは決して政治的な意図があって言っているのではなくて、スピードというものが大事だし、皆様方の御所見についてしっかり結果を出すという気迫と気概であろうと私は思います。
 今そういう状況の中で粛々と私どもも中間報告、最後には最終答申をちょうだいしながら政治日程に入れるべきものは何かということを議論しておりますが、この17の御提言の相当な部分は通常国会に盛り込むことができるのではないかと私は思います。しかし、それだけではなくて、今やるものはここだけれども、このこともやっていかなければならないし、こういうこともやるんだよという方向性を全体像を示しながら、今の通常国会ではここでやりましょうという提案を国権の最高機関である国会に出すことが私どもの使命だという思いで一生懸命努力をさせていただき、またその結論は先生方にも御報告をさせていただきたいと思います。
 今、基本法の問題について、先生方に御議論いただいて、この案はそういう形でおまとめをいただくことは大変尊重して受け止めさせていただきますが、御意見を伺いまして、もったいないと私は思います。というのは、先生方それぞれの教育に対する思い、御意見が出された時に、できますれば先生方の御意見を無記名でもいいと思いますが、こういう御議論があった上でこういう風にまとまりましたというように、先生方の所見を付則でも何か別途でも結構ですので示していただければと思います。そのことが実は国会議員の皆さんにも各政党の皆さんにも一つの御議論をいただくことになるだろうし、国民の皆さんにもなるほどこういう御議論をいただいた上でこういう御結論になったのかという意味でとても貴重で、かつ大変高い識見の御意見でございますから、これはむしろもったいないという思いで率直に申し上げておりますが、そういうことをオープンにしていただければ、もっともっとこの基本法の議論というのが広がっていくのではないかという思いを持ちました。
 いずれにしても、本当に大変な御努力に改めて敬意を表するとともに、私どもとしましてもそのことを政治の場においてしっかりと結論を出すことが大きな宿題であり、仕事であるということを申し上げてごあいさつに代えさせていただきます。

【牛尾副座長】これは、議事録が全部名前入りで公開されます。それに色々と配付をされておりますので、皆さんに読んでいただくように是非いたしたいと思います。

【文部省事務次官】今、大臣から申し上げたとおりでございますが、私ども事務局といたしましても先生方の御意見を踏まえて、目に見える形で学校が良くなる、教育が良くなるということができるように、法律あるいは政省令の改正、具体的な指導など、さまざまな形で皆様方の御意見を具体的に反映していきたいという風に思います。ありがとうございました。

【牛尾副座長】後は、今日は皆さんもあらぬ疑いをかけられるのはお嫌でしょうから「教育基本法の見直しについて国民的議論を」のテーマは全数回収をさせていただきますので誠に申し訳ありませんが。
 では、ここからの議事を座長よろしくお願いいたします。

【江崎座長】本日はどうもありがとうございました。時間の関係もございまして、本日の議論はこのくらいにさせていただきます。次回は12月11日の第12回全体会議でございます。前回お諮りしましたように、企画委員会が起草いたしました報告案について検討していただきたいと存じます。私は次回の全体会議には参加できませんが、企画委員の報告案の作成に参加いたします。最終報告も中間報告と同様、国民の皆様に教育について真剣に考えていただくインパクトのあるものにしたいと思います。先の中間報告、これは自画自賛かもしれませんが、かなり大きなインパクトを国民に与えたということだけは事実で、かなり多くのものについては賛同を得たと我々は感じています。
 それでは、事務局の方から何かございますか。

【銭谷室長】ただいま座長からお話もございましたように、第12回の会議は12月11日午後4時から6時開催の予定でございます。詳細につきましては改めて私ども事務局の方から御連絡をさせていただきます。
 それから、本日は配付資料2といたしまして、先日行いました委員の皆様方による学校視察の概要を配付しております。御参加いただきました委員の皆様方には大変ありがとうございました。
 なお、先ほど牛尾副座長からお話がございましたように、「教育基本法の見直しについて国民的議論を」というペーパーは回収ということで、席上に置いていっていただきますようお願いを申し上げます。事務局からは以上でございます。

【牛尾副座長】マスコミ対応に関しては、教育基本法についてはかなり深い議論をしたが、そういうことを含めて次回に最終的な案が出ると。今日はテーマで議論をしただけであるという程度で、そこだけが新聞に先に出る可能性が強いので、そういう風に御対応をお願いしたいと思います。

【江崎座長】それでは、ありがとうございました。これで散会いたします。

−以上−