教育改革国民会議

資料2
 戦後教育の総括 その2

第3回教育改革国民会議
平成12年4月25日

敗戦直後の教育改革を問い直す

京都ノートルダム女子大学
梶田 叡一

T 占領下の主要な教育改革

昭和20年(1945)8月日本政府 ポツダム宣言受諾。天皇 「終戦」詔勅放送
9月文部省「新日本建設ノ教育方針」発表
(国体護持、平和国家建設など)
10月GHQ「日本教育制度ニ対スル管理政策」指令
(軍国主義的教育の禁止)
12月GHQ 修身・地理・国史の授業停止と教科書回収を指令
昭和21年(1946)3月米国教育使節団来日
(4月 報告書で学校教育の制度改革、民主化を勧告)
12月教育刷新委員会 6・3・3・4制、義務教育9年など建議
昭和22年(1947)3月文部省「学習指導要領一般編(試案)」発表
『教育基本法』『学校教育法』公布
4月6・3制による新たな小学校、中学校スタート
5月『日本国憲法』施行
昭和23年(1948)6月 衆参両院『教育勅語』失効を決議
7月『教育委員会法』公布(公選制教育委員会)
昭和24年(1949)5月『文部省設置法』公布(権限の一部を地方に委譲)
−−−−
昭和26年(1951)9月『対日平和条約』調印(日本、独立回復)

U 敗戦直後の教育改革を貫く原理それ自体は今でも評価できる大切な方向ではあるが……

1 軍国主義から平和主義へ
………> 独善的一国平和主義
    (平和愛好の姿勢を示しさえすれば平和が実現する)
    (国防的意識の欠如、軍事面からの国際関係無視)

2 全体主義から個人主義へ
………> 連帯の中での自己責任の意識の欠如
    (他人に迷惑かけなければ何をやってもいい)
    (自分で責任をとるから親も教師も口出しするな)
3 日本主義から国際主義へ
………> 日本の伝統、先人の業績の忘却
    (伝統的な価値観を欠いた根無し草的な人格の形成)
    (アメリカ・モデルの無条件的全面的な導入・展開)
4 国家神道体制から社会の非宗教化へ
………> 宗教蔑視と人間の宗教的本性の無理解
    (急速な世俗化の進行、畏敬の感覚の喪失)
    (カルト的なものの波状的流行)

V 『教育基本法』見直しの視点

1 「教育勅語」は55年、「教育基本法」は53年。現状況との不適合の是正。

2 占領下であったため、「日本」「国」「伝統」が排除されていることの是正。

3 個人の人格的完成のみでなく、皆で社会を創っていくという共生・連帯・協働の精神の強調。

4 人格的完成への基本視点として、日本の伝統的価値観に基づく表現の工夫。