教育改革国民会議

第4回教育改革国民会議 議事録




【江崎座長】それでは、総理もお着きになったので、ただいまから第4回教育改革国民会議を開会させていただきます。
 委員の皆様方におかれましては、御多忙のところ御出席賜り、誠にありがとうございます。

 本日は、森総理も御出席いただいておりますが、御予定のため途中退席なされると伺っております。議事に入ります前に、総理から一言いただきたいと思います。

 では、総理、よろしくお願いします。

【森総理】教育改革に関する私の基本的な考え方は、去る4月14日の第2回会合の際に申し上げたところでありますが、今後、分科会を設けて具体的課題ごとに集中的に御論議いただくとのことでございますので、この際、私より一言御挨拶申し上げたいと存じます。

 私は、過去50年間にわたる戦後教育が、今日まさに問われていると受け止めております。

 昨今の社会状況を見てみますと、例えば官公庁や企業での不祥事など、社会の病理現象とでもいうべきものが現れております。とりわけ、中学生による恐喝事件や高校生による主婦刺殺事件、更に高速バス乗っ取り事件など、青少年による凶悪犯罪は我が国社会に大きな衝撃を与えておリます。それらの背景には、家庭でも、学校でも、また、社会でも、最低限守るべき規範が崩れていることがあると思います。私は、戦後教育を振り返った時に、この点を率直に反省すべきであると考えております。

 そのほかにも、我が国の教育に関しては、平等が行き過ぎた結果、個性が軽視され画一化が進んでいるなどの指摘もなされているところであり、戦後教育のあり方を見つめ直すことが不可欠になっていると存じます。

 私は、今後の教育の目標として最も大切なものは、人間としての全人教育であると思います。そして、個性や能力を伸ばしていけるような教育環境の整備が重要であると思います。今回、三つの分科会において、人間性、学校教育、創造性の問題を中心にご検討いただくということは、このような私の思いとも一致するものであると感じております。

 分科会ごとの検討事項例を拝見いたしますと、例えば、ボランティアや農業体験活動など社会体験・自然体験の充実、カウンセラーの配置など青少年・保護者の相談体制の整備、職業観、勤労観を養う教育の充実など、極めて重要な課題について種々ご論議いただけるものと考えておりまして、その成果に大いに期待をいたしたいと思います。

 教育基本法につきましては、既に委員の方々からご意見が出されているところでありますが、私といたしましても、教育基本法について見直すことが必要であると考えております。例えば、我が国の文化や伝統を尊重する気持ちを養う観点や生涯学習時代を迎える観点から、充分なものであるのか。あるいは、教育において家庭や地域が果たすべき役割が充分規定されているかなど、教育基本法についての議論を深める必要があると考えているところであります。皆様方におかれましては、この際、我が国の教育のあるべき姿について、是非根本的なご議論をお願いいたしたいと存じます。

 教育改革は、所信表明演説でお誓い申し上げた「心の豊かな美しい国家」を実現するために、まず最初に取り組まなければならない、待ったなしの最重要課題であると考えております。私といたしましては、今後の皆様方の議論の状況に応じて、可能なものから、できるだけ早急に改革に着手し、教育改革に全力で取り組んでまいる所存であります。どうかよろしくご協力を賜りますようお願い申し上げまして御挨拶に代えます。ありがとうございました。

(報道関係者退室)

【江崎座長】総理、どうもありがとうございました。それでは、議事に入らせていただきます。

 前回の会議において、分科会の名称、検討事項、審議内容につきましては御検討いただきました。先ほどの総理のお話の中にも分科会の名称も入れていただいたところでございます。企画委員会で案をつくりまして、今回、分科会についてお諮りすることにしたところでございます。

 前回の会議終了後、前回は4月25日でございますが、企画委員会を開催し、皆様の御意見を踏まえ、私と企画委員会で作成した案を資料2「教育改革国民会議の審議事項(案)」を皆さんのお手元に配布しております。この案について御意見をいただいた上で、各分科会の検討事項、審議内容、委員の所属、各分科会の主査等を決めさせていただきたいので、よろしくお願いします。

 また、企画委員会では、前回、議論がありました「ゆとり教育」と「学校教育の役割」につきまして、分科会での検討に入る前に、全体会として検討してはどうかということになりました。そこで、田村委員とクラーク委員にそれぞれ発表していただき、その後、議論をしたい、そう思っております。

 なお、資料6、これも先ほどの総理の話にございましたが、最近の青少年による痛ましい事件についての資料でございます。この点を含め、議論をしていただければと思っております。

 それでは、分科会についての検討に入りたいと思います。

 まず、分科会についての企画委員会の案について、皆さんにお配りしておる資料2、資料3に基づき、前回の御意見を踏まえ、修正した点を中心に説明させていただきます。

 はじめに資料2「教育改革国民会議の審議事項(案)」ですが、分科会の名称としては、第1、第2、第3分科会とし、大きなテーマをそれぞれ第1分科会は「人間性」、第2分科会は「学校教育」、第3分科会は「創造性」とサブタイトルを入れることにいたします。もちろん会議ではいろいろオーバーラップはあると思いますが、まず、そういう大まかなところを決めさせていただく。

 次に資料3「教育改革国民会議の分科会構成(案)」ですが、委員の所属につきましては、皆様の御希望どおりのものとしております。

 なお、各分科会の主査につきましては、○印を付した委員の方、すなわち第1分科会は森委員、第2分科会は金子委員、第3分科会は木村委員にそれぞれお願いできたらと考えております。

 それでは、分科会の審議事項について、御発言していただければと思っております。いかがでございましょうか。皆さんにお配りした各分科会の検討事項、審議内容、各分科会の主査等につきまして御意見を承れば幸いだと思います。

【藤田委員】ここに挙げられている項目につきましては、検討するということであって、ここに表記されている文言の方向で検討するという意味では必ずしもないですね。

【江崎座長】もし皆さんに、特に御異議がございませんようでしたら、大体ここに書いたもので検討するというのが趣旨でございますが、何かこの点、御意見が。

【藤田委員】例えば学校教育でありますと、これはもちろん委員の先生方によって意見が様々に分かれると思いますが、「選択可能で特色ある学校づくり」と書かれています。しかし、「選択可能で」ということについては、私は非常に大きな疑問を持っているものですから、その点について、これが議論の方向を枠づけるものではないということを確認させていただければと思うわけです。もちろん議論することに異論はありませんが。

【江崎座長】その点は大いに御意見していただいたらいいと思いますから、決して「選択可能」と決めてしまったわけではございません。

【浅利委員】2ページ目の「社会体験、自然体験の実施(ボランティア、農業体験の義務化等)」というのがございまして、「社会奉仕活動」や「ボーイスカウト」と書いてあるのですが、この中に「芸術文化創造活動への参加」というのを是非入れていただきたいと思っています。と申しますのは、数多くの先進国の中では、演劇を正課に入れているケースが多いのです。演劇づくりでは、いろいろな個性の子が一つの目的に向かって共同作業をします。例えば機械や技術の好きな子は、照明や音響など。絵心のある子や、お洒落な子は舞台装置や衣装のデザインをすることにより、好きなことを生かしながら、共同作業を続け、相互理解が深まります。また、演劇は言葉を中心にした芸術なので、言語に対する理解も深まります。

 私は演劇の専門家ですが、ほかの芸術分野でもそういうことが言えると思いますので、是非「芸術文化創造活動への参加」というのをお入れいただければありがたい。

【江崎座長】それは全く私も同感いたします。

【藤田委員】関連してですけれども、1の「人間性」のところで、たぶん1のところになると思うのですが、欧米諸国で最近非常に広まっている概念に「シチズンシップ・エデュケーション(市民教育)」というのがあります。イギリスなどでは、2002年からカリキュラムの5%をそれに割くということを決めておりますけれども、その概念を含めて御検討いただければと思います。

【クラーク委員】シチズンシップ・エデュケーション。

【江崎座長】シチズンシップ・エデュケーション、初耳(笑)。それでは、河上委員。

【河上委員】2ページのところで、私がきちんと書かなかったのは申し訳なかったのですが、最近の生徒の状況から、「基本的生活習慣をどこでどうつけるか」ということを是非検討していただきたいということがあります。

 もう一つは、欲望を抑えるということがとてもできにくくなっているという状況があります。あるいは逆に、非常につらいことや嫌なことに対して簡単にまいってしまうという状況があります。そういうような力をどうするかということについても1番のあたりで是非とも検討していただきたいんですけれども。

【江崎座長】人間性の問題ですよね。

【沈委員】こうした分科会でたくさんのことが論議されて決定されていくわけですけれども、しかし、対象になる家庭とか地域にどうやっておろしていくか。今までみたいに集めて、例えば 200万県民の中で2,000名しか集まらないような感じで問題をおろしていっても、所詮は浸透しないと思う。そのことも今度議題にしてほしい。

【江崎座長】 そうでございますね。やはりトップダウン方式だけではだめだということでございますね。

【沈委員】 メディアをもう少し活用しないと。

【江崎座長】 メディアもそうでしょうし、ボトムアップ的な、国民運動的なものが必要ではないかと私は思います。今おっしゃられたことは全くそのとおりでしょう。どうぞ、曾野委員。

【曾野委員】 私のような素人は、例えば、何か一つのアイディアを出させていただきます場合にも、それが各省の予算というかお金とどういう関係があるかということがちょっと計算しにくいわけでございますね。それで今まで、これは過去の臨教審のときでございましたけれども、木村治美さんが、お弁当をめいめい持たすようにしようと。つまり学校給食というものが家庭をちょっと切るところがあるので、お弁当を持たすようにしようということを提案なさっただけで、自治省から10万人のお弁当産業の人員をどうするということでものすごい力が加わったと漏れ承っております。直でございませんので、正確ではありません。そういうことをも計算に入れないと、ちょっとレポートを書きにくいところもございますのですけれども、これだけ立派な方々が見守ってくださいますので、お知恵を拝借することはできるのでございましょうか。

【江崎座長】 いろいろお知恵を持っておられるとするならば。

【曾野委員】 レポートの前にですが。

【町村総理補佐官】それは、どうぞ、事務局、銭谷室長以下おりますので、どんどん御疑問、御質問はいただければと思います。

【森総理】いいですか。

【江崎座長】総理、どうぞ。

【森総理】今の曾野さんの話で私思い出しました。今は全く自由闊達な御議論をいただくことになっていますが、あのときは、臨時教育審議会というものを設置する法案をつくるために2カ月間国会でやられたわけです。いろいろな注文をつけられた。この間のパーティーのときに申し上げた。手かせ足かせで何も言えない。その中の最大の足かせは何だったかというと、この教育改革によって特別に予算をつけるということはありませんよと。これは大蔵省がやられた。

 ですから今おっしゃるとおり、何かといえば、予算と何ですか、それはやらない方がいいですね、とこうなっちゃうわけです。今度の御議論はそういうことが前提になってないそうですから、御自由な御討議をやっていただきたい。

【江崎座長】今回はすべてフリーだということでございます。

【森総理】前回はそのことが全部、何かあると、お金、予算、それは特別にしないんですよ、という大蔵の答弁が全部入っちゃったんですね。そういうことがありました。ただ、今の給食のはちょっと反対の論が違っておりまして、もしお弁当をといっても、本当に家庭で弁当を持ってくるだろうか。

【曾野委員】それもございました。

【森総理】きっとパンを持たせるのはまだいい方で、ほとんどはお金を 100円か 200円持たせて、学校の前に、今オフィスビルにいっぱいあるような、ああいう弁当屋さんがずらっと並ぶことになるんじゃないかという議論の方が結果的には強かったですね。

【草野委員】私の記憶違いかもしれないのですが、最初は生涯学習というのは、たしか第3分科会に入っていたのではないかと記憶しているのですが、一番最初の原案では。今回第1の方になっているんですけど、恐らく相互に議論があるので構わないとは思うのですけど、生涯学習というのは、別にお年寄りのためのものではなくて、まさに職業と結びついた生涯学習という捉え方をしているものですから、たしか私の記憶では、原案では第3分科会でなかったかと思いますが、違いましたでしょうか。

【江崎座長】当然、この第1、第2、第3の分科会はオーバーラップするところが大分ございますし、どういうふうに分けるかということを、大分事務局あるいは企画委員で腐心したのでございます。私はっきり記憶しておりませんけれども、生涯学習というのは人間性というものに、この前は第3でございますか、「創造性」というところよりも「人間性」というところの方に近いのではないかと判定したわけでございます。  これは後から申し上げますけれども、一応、第1、第2、第3に分けましたけれども、どの分科会にも、もし御希望だったら参加していただくということをいたしますから、その点、分類の方法は若干不手際のところもあるかもしれませんが、完全な分類はできないということを御了解いただきたい。金子委員。

【金子委員】テーマに関しては、別にこれは例示なので、分科会でそれぞれのテーマについて議論するということ以外何も決める必要はない。それでよろしいですね。このリストにないから、やらないということは馬鹿らしいことです。

【江崎座長】そういうふうに非常にブロードに了解していただければ幸いだと思います。○太田議員 草野さんは1でよろしいですか。

【草野委員】職業教育的なものも3に入ってますから、そこのところは結びついてくると思います。今の御指摘のように、分科会の中で議論していただければ結構だと思います。

【今井委員】4ページの「選択可能で特色ある学校づくり」のところで、2002年から、公立の小、中、高は完全学校5日制になるのですが、私立の方と、これが足並みが揃っておりません。そこの辺の兼ね合いについても議論をしていただければと思います。

【江崎座長】これは若干大きな問題のように私も思います。高等学校ではかなり私学が多いわけですから。

【今井委員】そこのところが違いますと、土曜日、日曜日、公立を開放しても、やはり塾に行く子どもたちが減らないのではないかと思います。

【江崎座長】それでは、一応御意見をしていただいたようでございますから、分科会につきましては、皆さんにこれまで申し上げたような検討事項、審議内容、それは先ほど金子委員がおっしゃったように、別にこれに書いてあるもの、ないもの、そういうことを余り気にしなくていいのでございますが、大体の方向としてこういう内容だということ。それから、各分科会の主査につきまして、御了解していただきましたでしょうか。

(「異議なし」の声あり)

【江崎座長】ありがとうございました。それでは、そうさせていただきます。次回から、各分科会に分かれての御審議とさせていただきますので、よろしくお願いします。

 なお、委員の皆様には、各分科会に所属していただきますが、先ほどちょっと申しましたように、他の分科会への参加も自由ということにさせていただきたいと思います。できるだけ違った日に分科会を開催するようにいたしますから、もし興味おありになる方はどうか御遠慮なしに他の分科会に。分科会にまた全員が参加されますと、これほどの多くの人間になるわけですが(笑)、そのときは考えます。では、そのようにさせていただきます。

【黒田委員】分科会に多分全員出るというのは大変だと思うのですが、分科会の議事録を全員に配っていただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【江崎座長】それは、また最後に申し上げますが、当然分科会の議事録はできるだけ早くお渡しします。それは了解いたしました。

 「ゆとり教育」と「学校の役割」について、議論に入る前に、若干時間をいただきまして、緊急アピールについて、御意見をいただきたいと思います。この緊急アピールは、昨日皆さんにお送りしましたし、先ほど総理もお話しになりましたように、最近青少年による凶悪な痛ましい事件が続いております。

 これを受けまして、企画委員の方から教育改革国民会議としても、緊急のアピールを出した方がよいのではないかという御意見をいただきまして、私としましてもアピールを出す必要があると思いました。それで本日の会議終了後、お手元の「緊急アピール(案)」のとおり、座長の緊急アピールを公表したいと思います。

 緊急アピールにつきましては、昨日、皆さんに案をお送りしましたが、その後、何人かの方々から御意見をいただきまして、それらの御意見を踏まえて若干修正したものが、今日皆さん方のお手元に配布したものでございます。その最初のところだけちょっと読ませていただきますと……。

【町村総理補佐官】皆さんたくさん資料があるので、ちょっとわかりづらい。クラーク先生わかりますか。

【江崎座長】袋の一番下に、皆さん大丈夫ですか。最初のところだけ読ませていただきます。皆さんもう既にお読みになったと思いますが、「青少年による衝撃的な事件が続いている。一連の事件も踏まえた検討を今後しっかりと行っていく必要があるが、私は、関係機関や国民の皆様に、今、特に次のことを強く訴えたい」、そう思っている次第でございます。これは文部省、教育委員会、学校、関係機関への緊急アピール。

 もう一つ、2ページの方は、「国民の皆様へ」のアピールでございます。

 この緊急アピールにつき、何か御意見ございましたら、お承りたい。大宅委員、その次に勝田委員。

【大宅委員】すいません、場所がよかったみたいで失礼します(笑)。

 本当にすごいというか、ここまで来てしまったかという感じがある中で、今、教育を考えている我々が黙っているというのはおかしいという気がさすがにするのですけれど、これが来たときに、すごく違うと、私はものすごく違和感を感じました。子どもというのは悩むものなんです。人間というのは悩むものなのですよね。それをだれかが制度をつくって、いつでも手を差しのべますよと、それで解決するというものではないと思うんです。例えば人を殺す経験をしたいと思っていた子がそう思ってしまったと。私どうしようと思って、先生に相談したりします?するわけがないでしょう。それを24時間体制つくったからといって、ああいう子が救えるなんて、私はどう考えてもおかしいと思います。

 親や兄弟とか友達とか、本かもしれない、映画かもしれない、隣のおじさんかもしれないんだけれども、前にも言いましたが、社会の教育力みたいなものが失せていることであって、こういうことをつくるという話が出てきたら、私は悩んでいる中にいる人たち、現場の人たちは、まだ、こんなこと言っているのかというふうになると思う。

 もう一つは、規範意識、もちろんそうなんです。善悪もわからない、人を殺しちゃいけません、人を殺してはいけないんですか、と神戸の事件の後に言った子がいて、それで驚いたのに、今度は「人を殺す経験をしてみたかった」と、そこまで、また、きちゃったかと思っているときに、こんなことはわかっているんです。どうやって、子どもたちに善悪をわきまえる、命が大事だということを教えるのかということを、今、問われているので、また、こんなことを呪文みたいに唱えたって、何の意味もないと私は思うんですけど、そんなこと言っちゃいけないのでしょうか。

【勝田委員】幸いにも、今日は大宅さんが一番最初に話されたので私としては気が軽いんです。私は決しておしゃべりではないんで、京大時代は寡黙な温厚な紳士でして、ここにおられる小野官房長も、私の講義を聞いたんだろうと思いますけれども、京大を退官しましてから、いろいろな大学の学長やっていて、脳みそはなくなったけど、面の皮だけ厚くなって大変申し訳ない。これからは余り発言しません。

 私、実は届けられたアピールの文章を読みまして、昨日大学で拝見したんです。先ほどの大宅委員のお話も、また、いろいろ私コメントをさせていただくなら時間がなくなりますから別の機会に。

 私が最初に思いましたのは、語弊がございましたら、どうぞお許しくださいね。学校秀才の、そつなく書かれた文章だなと、そういう印象を持ったんですよ。国民会議が、この際、アピールするというのでしたら、国民会議の人たちが、それなりに考えて国民に訴えかけたな、というしっかりした哲学、それから、人の心に食い込むような迫力が必要でしょうね。

 それと関連しますけれども、これは浅利さんとか曾野先生もおられるし、そういう方々が文章を整えていただいていい文章をつくるのが必要だと、そういうふうに思ったわけです。第1の、例えば哲学に関して、私、決して自分自身の意見に固執するつもりはございませんよ。単なるたたき台で結構ですけど、規範意識の必要性はよろしいです。そんなものは当然のことだといえばそのとおりなんですが、もっと具体的に、例えば、この際、国民の皆様各位に向かって、国民会議は、「しつけ三原則」を提唱したらどうでしょうか。非常に短い言葉で言いますと、1つは「甘えるな」、要するにこれは自分の欲望を自制せい、そして雄々しく生きていくようにという意味も含まれておりますね。2番目に「他人の迷惑になるな」。これは社会生活を営む上での基本的な最小限のルールですね。3番目に、これはちょっと長い文章になるかもしれませんが、「自分の生は自分の生であって自分の生だけではない。世の中のたくさんの人々のおかげをこうむって生かされているのである。そのことを自覚せよ」。余り長いと思われるなら、それを「生かされて生きるという真実に目覚めよ」と、こういう言い方でもいいと思いますよ。

 こういう三つの文言に絞って表現する―最後の訴え、それは言うまでもなく、宗教的情操の問題に関わってまいりますね。しかし、そういう宗教的心情がないところで、やれ、“人間尊重”だ、“生命尊重”だ、「人間の命は地球より重い」とか言っても、それはうつろに貧寒とこだまするだけであろうと思いますね。だから、やっぱり宗教的心情というものを踏まえて、そういう一つの哲学を―小難しい哲学ではなくて、わかりやすく国民に向かって提唱し、訴えていく必要があろう、そういう迫力のある短い文章に改めてもらいたいと思うんですね。

 一番最後に言いますと、これも、決して私は自分の意見に固執するつもりはございませんが、「規範意識を育てる教育を徹底する」と2ページ目に書いてあります、国民に対して。当然のことですよ。私はこれを一番最初に申し上げたい。私の言葉で言えば、短く表現するなら「子どもは国の宝である」。そういう子どもを大事にしようという観点から「他人の子どもも褒め、また、叱ろう国民運動、これを起こそうではないか」、こういう類の、人の心に訴えるような、もっと上手な言葉を考え出していただきたいのですが、それを試みてほしいなと思います。

 最後に大宅委員がおっしゃったようなことは非常に重要なことですけれども、これについてのコメントは長くなりますので・・・・、また。できるだけ今度からは沈黙いたします所存ですので。

【江崎座長】ありがとうございました。何かほかに。曾野委員、その次は河野委員、その次に藤田委員。

【曾野委員】大宅さんも簡潔におっしゃったのだろうと思いますので、大宅さんのお気持ちを必ずしも私は全部理解していると思いませんが、全く同感です。この第1のマルのところ、ああ、また、これか、と思います。これはない方がよろしいです。

 一番の問題は、こんなことを言う子だったら、親にすでにぶすぶす言っていますし、先生のところへも泣きつきに行ったりなんかしております。問題は言わない子ですから、制度をつくればいいなどということを書いたら、もうそれだけで、あなたたち、何していると言われると思いますですね。

 今、勝田先生がおっしゃいましたのは、「あらゆる失敗は回復できる。しかし、殺人と自殺だけは回復できない。」ということなんです。そういうふうなことをおっしゃっていただきたい。

 マル1のところは、どうにかしないと、外へは出せないと私は思います。

【江崎座長】次に河野委員。

【河野委員】本件は、前回の時もどなたかおっしゃっていたと思いますが、我々が想像する以上のことが連続して起きたのに対して、国民会議を今やっておるのに何も言わないのかというような議論があったと思います。国民というか世論に訴えるということがあるので、今、先生方の御発言がありまして、なかなか言いにくいのですけれども、私はこれでいいのではないかと考えます。確かに書き方として国民に訴えるのが先か、家庭が先か、どっちが先がいいのかという問題はあると思いますけれども、子どもなり、親なりが安心して相談するカウンセリングなどは必要ではないか、電話相談も含めましてそう考えます。

 私の会社でも、全支店にこういうカウンセラーのシステムを置いています。それは何も形式ばっていくというよりも、非常に気楽に使えるということと、プライバシーが守られるというようなシステムができると、これはかなり有効に活用できることとなります。確かに小さな子どもが自然に相談できるかということもあり、そのような場合は恐らく親が相談することになるのではないかと思いますけど、そういうファシリティーというのは、私はあっていいのではないかと考えます。そういう意味では、この文案の構成とか順序をどうするかは別にしまして、基本的にこういうアピールを出すことはいいのではないかと私は思っています。

【江崎座長】ありがとうございました。それでは、藤田委員、その次に田村委員。

【藤田委員】私は大宅さんと曾野さんの言われたことに基本的に全く同感でして、この時点で、これを出すことは、我々の知性と格調が問われることになります(笑)。かつ、今現在のセンセーショナルな状況に加担するだけだというふうに思いますので、これを今急いで出す必要性はないのではないかというのが基本的な意見です。仮にもし出すとしても、先ほど来、御提案がありましたような、ある種のスタンスを明確にして出していただいた方がより賢明なのではないかと思います。

 それから、今、河野さんが言われたスクールカウンセラーにつきましては、私は違う考え方をしています。確かにアメリカでは、スクールカウンセラーが定着しておりますけれども、一般の教師とスクールカウンセラーやディシプリン・ティーチャーやセラピストとの協調関係がいろいろ問題になっています。とくに問題の多い学校ほど、これがネックになっていると言われていまして、どうすればスクールカウンセラーは教師とうまく協調できるかということで、教員組合を一緒にして協同体制をつくるといった動きがこの10年ほど広まっているのが実情でもあります。ですから、そういったことも含めて考えるならば、ここで早急に、これをすべての学校に配置するということは入れない方が賢明なのではないかと思います。

【江崎座長】ありがとうございました。田村委員。

【田村委員】この文章を、私は少なくとも、この国民会議も税金で運営されているわけですから、全然知らん顔するというのはまずいと思います。やっぱり何か述べるべきだというのが一つ私の立場でございます。

 その際、相談について、大宅先生や曾野先生からいろんな御意見ございましたが、私はこういう話を思い出します。NHKの記者で、2年ぐらい前からずっと継続的に登校しない子、中退、あるいは最近で言うと、いわゆる定職につかない、フリーターですね。この手のことを集約して整理して取材している人がいるわけですけど、彼の話を聞きますと、登校しない子とかいろんな問題を抱えている子は、全然関係ない立場の人が聞きに行くと、やっぱり一生懸命言うんだそうですよ。例えば家庭で取材していると、お母さんなんかがいると何も言わない。廊下にお母さんが立っていて、二人だけで会うと、もう待っていたように一生懸命いろんなことを言うそうです。廊下に立っているお母さんはそれを聞いて、ああ、うちの子はこんなことを考えていたんですかということを、後でNHKの記者に言うというんですね。

 だから、間違いなく何かを言いたいんですよ、問題を起こしている子たちは。ただ、言いたいんだけど、言うという仕組みがなかった。それはいろんなことが原因だと思うんですけれども、やっぱり言いたいという気持ちは持っているということが確実にあるんですね。そこが解決のきっかけであることは間違いないんですね。

 ですからこの部分はどうしても、体制つくればいいとかというような簡単な話ではもちろんないんですけれども、学校でいえば、養護の教員ですと成績がつかないものですから、いろんな悩みを子どもが言いに来るというような実態がありますね。ですから、このことは外すわけにはいかないのではないか。ただ、聞く人が、学校の関係者や怖い先生ではなくて、全然関係ない、その辺の駄菓子屋のおじさんとか、おせんべい屋さんのおやじさんでも聞くんだというような雰囲気ができていると解決ができるのではないかというきっかけがあるのではないかということを含めて考えると、この文章をそう変えることはないのではないかと考えております。

【江崎座長】ありがとうございます。ちょっと待ってください。先ほど手挙げられた河上委員、その次に河合委員。

【河上委員】中学校の教師として、こういうアピール文を受け取ったときにどんなふうに感じるかということをお話したいんですけれども、私、1回目から、私の中学校の混乱している状況をお話しているわけですが、少なくともこの10数年で、学校というところが生徒に対していろんなことを教育したり、影響力を及ぼすことが非常に低下しているという現実をともかく理解していただきたい。そのことが第1です。

 その時に、例えば、1番に書いてある「規範意識を育てる教育」を学校で頑張ってやりなさいということについて言えば、これはある種のイデオロギーを持った人以外は反対する人、だれもいないですね。このことが大事だということは、教師は誰も否定しません。ところが、できないんだよということがあるんです。

 ですから、この10数年で学校の教育力が大幅に低下した状況の中で、教師は日々、生徒に対して、これはやっちゃだめなんだよ、こういうことをやると、人が悲しむんだよとか、そういう教育を一生懸命やっているわけですけれども、それが通らなくなっている状況がある。これはひいき目に見て、教師の力がなくなったというわけではないと思うんです。社会が大きく変わって、生徒が変わってきてしまったために、教師の言うことを受け入れようという素地がほとんどなくなっているということが根本にある。

 そのときに、ここに書いてあるように、例えば、「学校や教育委員会は、問題を正視して、悪いことは悪い、悪いことをしたら相応の罰が与えられることを子どもにしっかりと教える」というふうに、そういうことを学校で頑張りなさいと言われても、これは困るんです。やりたいんだけど、できないんだよということがあるわけです。こういうアピール出されても現実的ではない。私たちは受け取ったときに、何を絵空事言っているんだというふうに、まず反発があると思います。

 もう一つは、でも頑張ってやらなくちゃいけないと思いますね。しかしできない状況がありますから、追い詰めることになります。追い詰めるということは、一生懸命頑張ってやったことによって問題がもっとひどくなる場合もあります。例えば、生徒との暴力問題が起こることもあります。あるいは教師が追い込まれて病気になることもあります。ですから、できることをやれというのはいいと思います。それを、さぼっているからやりなさいというのも、私はそれは構わないと思います。でも現実として、学校の教師たちがこういうことを必死にやろうとしても、できにくい状況になっているということを考えた上で言っていただかないと、これは教師を追い詰めるだけです。

 それから、もう一つ言うと、これも町村さんがいらっしゃるところで申し訳ないんですが、「心の教育」ということを文部省は「いじめ」問題のときに言いました。あれも同じです。心の教育を一生懸命教師がやってないというふうに理解していますが、一生懸命やっているんです。ところがそれができる状況じゃなくなったということがあるわけで、そのときに、おまえたち、心の教育をしっかりやれよ、と言われても、これは困るよということなんです。

 そういう意味で言うと、最初に大宅さんがおっしゃったことに私は非常に同感します。もう少し私の個人的な見解を言えば、現在の状況は簡単にこういうことで何とかなる状況ではないということを、国民の皆さんや学校の教師にアピールすべきではないか。簡単な状況ではないのだから、それを冷静に見た上で、何10年かかかって何とかするんだよと。ここで持ちこたえるんだよというような感じだと私は思うんですね。

 学校の教師は、学校の中でこういうことをやろうとしてうまくいかず基本的には負けているんですけど、しかし社会が支えるから、あるいは国民会議もがんばるから、もうちょっと頑張ってくれというのだと元気が出るんですけれどもね。

 それは、家庭も同じだと私は思っています。言われてできるなら苦労しないよ、と親は言うのではないでしょうか。端的に言うと、バスジャックのお母さん、お父さんが、新聞報道ですけれども、説得できないからというのでおりましたよね。私なんかは非常によくわかります。できないんです。だから、できない親に対して、おまえたち頑張れよ、というのは、やっぱりまずいかなと。元気が出なくなるかなと、そんな感想を持っています。

 失礼なことをたくさん申し上げまして、申し訳ありません。

【河合委員】私もこれを見ましたときにすごくジレンマを感じたのですが、どういうジレンマかというと、大変なことが起こったので、我々としても黙っておれないという、これはあるんですね。ところが何を言うかということは非常に難しいと私も思います。

 ただ、先ほどからちょっと出ておりますが、カウンセラーのことが少し誤解されているように思いますが、実際、田村先生も言われましたが、親にも兄弟にも友達にも絶対しゃべってないことを我々はたくさん聞いているわけです。実際、他人には言えるということがあるんです。それから、自分が死にたいとか、人を殺したいとかという話は身近な者には絶対できません。しかし、だれも知らない関係だから、我々は聞くわけでして、それは聞いても、本当に大変なんですが、これはスクールカウンセラーたちはそういう話を実際に聞いて仕事をしているわけです。

 そういう意味で、私はスクールカウンセリングというのは大事と思いますが、ここに書くという、これがちょっと、一般的に言うと、対策で、これをやったらうまくいくのではないか。そういう考え方で我々がしたと思われたら非常に残念ですので、考えた末に、こういうこととか後のことが出てきている、河上先生おっしゃるとおり、我々としては、現状の難しさを非常によくわかっている。そうかといって、難しいから黙ってますというのも残念なんだと。

 そうすると対策としては、こんなことはということで、何かもう少し書き方を変えたらいいのではないかという気がしますけど、これを書くと、この二つのことを言えば、解決するというふうな姿勢に受け止められたら困りますので、本当に考えた末に、こういうことも出てきているのだと、そういうふうに私は受け止めております。

【江崎座長】ありがとうございました。それでは、クラーク委員。

【クラーク委員】これは後から話すことなんですけれども、河上先生に全く同感なんです。残念ながら受け入れる素地がないんです。昔はあったんですけど、今はなくなったのです。先生の言うことを聞かないんです。お父さん、お母さんの話も余り聞かない。ただ、カウンセラーの役割については、私、全く田村先生と同じ意見なんですけれども、子どもたち悩みが多いんです。自分の子どもを見て感じるのは、悩みが多いんですけど、親とは余り話しないが、学校でだれかいれば、どんどん、どんどんしゃべってくれる。もちろん人を殺すつもりだったらしゃべらないけれども、その段階の前に、カウンセラーと話できれば、多分あそこの人殺し段階まで発展しなかった。

【江崎座長】ありがとうございました。それでは藤田委員。

【藤田委員】私は必ずしもカウンセラーを否定するつもりはないのですけれども、養護教諭も含めて、そういう聞いてもらえる場所、相談できる場所があるということ、あるいはそういう人がいるということは決定的に重要ですから、そういう意味での体制整備は是非ともやっていただく必要があると思います。しかし、現在カウンセラーは、時給5,000円前後で配置されていますから、一般の教師との格差が非常に大きいわけですね。そういう状況の中で、心の相談だけを引き受けるカウンセラーが入っていってうまくいくとは考えにくい。

 ですから私は教師と同じような形で一緒に責任を持つという在り方が重要だと思います。もちろんプライヴァシーは守る必要がありますが。とにかく、子どもが自由に話に来れるような体制づくりは非常に重要だと思いますけれども、現状のような入り方は多分うまくいかないと思っております。もちろんカウンセラーそのものは専門家としての必要性は十分ありますから、そのこと自体を私は否定するつもりは毛頭ありません。

【江崎座長】わかりました。

【河合委員】藤田先生、ちょっと誤解がありまして、そういうことをよく言われるのですが、実際にアンケートをとりますと、カウンセラーの行っている学校では、それはそうではないのです。行っていない学校では、カウンセラーは来ると困るとか、養護教員と摩擦を起こすとか言っているんだけど、実際にスクールカウンセラーが入っているところの結果は、養護教員の人も非常によろしいと言っておられますし、教員の方も評価しておりますので、実際やってみると大分違ってますので、その辺の統計の結果もございますけど、日本でちゃんと統計とってあります。

【江崎座長】それでは、総理、途中でありますが、御予定のために退室されます。どうもありがとうございました。

(森総理退室)

【江崎座長】そこは見えない死角に当たっておりまして失礼しました。ちょっと声でも出していただければ。

【石原委員】いろいろ御意見が出ましたが、国民会議ですので、もしアピールをするならば、まず国民の皆様へとすべきで、その後、関係機関がこういうことに注意してとりくむべきとした方がいいのではないでしょうか。

【江崎座長】国民の皆様へ。

【石原委員】国民に今の深刻な状況を国民全体に責任があるということをアピールすることが大切だと思います。また、子どもに影響を与える立場にある大人や企業、この社会風潮に対して、例えばいろいろな商品、通信販売でもいろいろなものが買えますし、子どもへの大きい影響を与えている企業などにもアピールすることもどうでしょうか。国民自体にまずアピールをして、その後、教育委員会や学校や行政機関にという順番の方がよいと思います。

 相談の充実は、当然していくことが大切だと思いますし、同時に家庭内暴力など、家庭のことですから、どこも手を差しのべない。そういう意味では、緊急避難的な駆け込み寺とか、具体的に行動で救えるような仕組みを、各自治体などでできるとか、そういうことをまず解決の糸口としてして差し上げることも大事ではないかと思っております。

【江崎座長】ありがとうございました。森委員。

【森委員】私はこういういろんな事件が起きますと、それが例外現象なのか先行現象なのかということをいつも考えます。今度のバスジャックなどは例外的なことではないか。特に病気なのか正常なのか、グレーゾーン、境界領域といいますが、そういう事件を対象にアピールするのではなくて、そうではない、それ以下の、先ほど曾野委員がおっしゃった自殺と殺人以外のいろいろな諸問題を解決するためにこの機会にアピールをだす。

 そういう意味で、国民の目を子どもに見つめさせる、向けさせる、そのためのアピールというふうに私は理解していいのではないか。最初からホームランを打てなくても、シングルヒットでもいいから何かやった方がいいのではないかということです。

 私は子どもを見つめなければ規範意識も育たないので、「見つめよう、そして考えよう、指導しよう」、見つめて、考えて指導する、そういうホップ・ステップ・ジャンプでいつも考えているのですが、親という字は、木の上に立って、子どもを見るのだと、文字どおりそうなんだということは、昔からよく言われますけれども、子どもを見てないんですね。今や、ゴルフやパチンコやで、昨日もありましたが、車の中へ子どもを入れてパチンコやっている。だから、子どもをもっと見つめるということを喚起する。何か一つのことを訴えればいい。余りたくさんのことがあるので、「規範意識を育てよう」だけでもいいと思うんですが、それでそのとおりいかなくても、先程、中学ではできないとおっしゃいますが、できないということを国民全部が知らないので、できないことを国民に知らせる意味でもやった方がいいのではないか、こういうふうに考えます。

【江崎座長】ありがとうございました。曾野委員。

【曾野委員】カウンセラーのところに行ける子は半分ぐらい問題を解決していると思います。私などは全部私小説で話してしまうのですけど、ずっと生まれてからこの方いろんな人をカウンセラーにつくって、親だの友達だのといって愚痴を言って、そうすると圧が減りまして、それで人殺しも今日まではせずに来たということですけれども、一番の問題は表現力がないということなんです、一つは。つまり、どう言っていいかわからない。

 これは、今この際、17歳が犯罪を犯したから、いきなりどうにもできませんけれども、常日頃、表現力をどうつけるかです。これは浅利さんなんかの専門分野でもあるのですけれども、表現力をつける、この問題が一つ背後に非常に大きくあります。ですから言えない子が一番問題で、言える子は、私などは自分の体験から余り問題じゃないんですね。

 第2は、戦後は受けることばかり教えました。受けるのが国民の権利であると教えました。与えさせた途端にこういう心理は解決するのです。私は、障害者と一緒に旅行に行って帰ってきたばかりなんです。イスラエルでは全員をこき使うわけです。65歳以上のおじさまから、中学2年生、学校に届けを出して休んできた中学生まで肉体労働させる。申しわけないのですが喜んで下さいます。与えるということがその人を満たす。この感覚を一度、覚えさせたいです。

 この二つというのが割と背後にございまして、緊急にはどうにもなりませんけれど、一つのカギではないかと思っております。

【江崎座長】確かにおっしゃるように、こういう問題についてはショートレンジの問題とロングレンジの問題が当然あるわけでございます。

【山折委員】一言よろしいですか。

【江崎座長】はい、どうぞ。

【山折委員】私はこの国民会議が、今後いろんな形で国民の皆様方に対していろんなメッセージを発するようになると思いますね。その場合、一番大事なことは、国民の皆さんが、今、考えておられる、感じておられる不安や恐怖、そういう問題を、この国民会議自体が共有しているというふうに思っていただかないと失敗すると思いますね。

 そういう意味で、「ああ、あの国民会議は、我々の考えていること、感じていること、不安に思っていることと同じスタートラインに立っているよ」と、こういうイメージで受け取ってもらうことがものすごく大事だと思いますね。最初であればあるほどそれが大事だ。

 その信頼関係ができ上がった場合、ここに盛られているような声明を出しても、それは素直に受け取っていただける、そういう可能性が出てくると思いますけれども、まず、我々がやるべきことは、そのことではないかと思いますね。何となしに、竹林の七賢人が、首相官邸のどこかで集まって議論をして、それを上から下に流す、そういうイメージで受け取られたら、これは全部御破算だと思いますね。こういう会議をやる必要は私はないと思います。以上です。

【浅利委員】これを送っていただいて拝見したときに、最初の感想は「またか」という感じでした。新しい組織をつくるということを最初に書いてあるんですね。議論を広げさせていただきますけど、私はこの国民会議の目的は、第1は、心に働きかけることが一番大事なんであって、組織を上積みすることではないと思っているんです。教育基本法のなかで古びたシステムを見直すことはもちろん必要なんですけれども、金を使う、予算を使う、組織を増やす、この方向に議論が流れないことが大事です。今でも教育は国家の予算の相当部分、膨大な費用を使っているわけです。

 この案を見ていると、また、機構をつくりたがっているという感じがしたんですね。私は組織や予算の獲得の方向に議論が進まないで、むしろ小さな政府の実現の方向に進みたい。官の干渉、管理をできるだけ排除する方向に進めたい。

 カウンセリングの問題も重要だとは思います。しかし、これは分科会でじっくり議論をして、必ず現状が改善できるようなカウンセリングの方向を出して、そしてもし予算が必要なら思い切って使ったらいいと思うんですね。

【江崎座長】ありがとうございました。それでは、金子委員。

【金子委員】座長がどうおまとめになるのかというように関心を持って見ています。皆様方の意見と似たところがあるのですけれども、まず最初に、我々、国民会議がなんぼのものかというのがまずあると思います。どう選ばれたのか知りませんけれども、特に我々は国民を代表しているわけでも何でもない。ただ、そう言ってしまっては仕方ないので、こうやってみんな集まって時間を使ってますから、何らかのアピールをすることは大事だと思います。

 こうすれば何か解決するのだというようなことを打ち出そうとすること自体不信感を生むのではないか。そんな簡単なことではないよということだと思います。ですからそういう意味では、カウンセラーを配置すること自体がいいか悪いかということよりも、こういう制度をつくれば、何か今の状況が解決すると我々が思っていると思われれば、そんなことはないよと思われてしまうでしょう。ですから多分問題の共有ということなんですけれども、こうすれば解決するというような形で我々は考えてないといえばいいでしょう。

 これは、いつも私は幼稚舎で言うことなんですけれども、幼稚舎は問題のない学校をつくるのではなくて、問題があったら、それについて、みんながそれに寄ってたかって考える、そういう場をつくりたいと、いつも保護者に言っています。コミュニケーションすることに関しては、我々はあきらめない、だれでも訴えられるような、そういったコミュニティをつくるということぐらいまでを書くということでどうでしょうか。問題があったら、みんなでそれに寄ってたかって関心を持ち続けると。なかなかどうすれば解決するかは我々わからないけれども、具体的な案については、今後ここでもって、ない知恵を絞って考えようといったようなところまででしたら、皆さんの御意見を聞いていて、言った方がいいかなという気がします。

【江崎座長】私としてカウンセラーのことにつきましては、全般的に言いまして、これは、こういう問題が起こった、起こらないに関わらず、日本の学校にはカウンセリングサービスが非常に乏しいということだけは言えるのではないかと思います。

 これもアメリカの例、先ほど藤田さんもちょっとおっしゃいましたが、私の子どもたちが行っていた高等学校です。9年、10年、11、12、4学年 800人おりますが、カウンセラーと称される人、常勤の人、そうでない人が10人ぐらいおったように思います。そういう人たちは割合に活躍しておりまして、子どもたちもそういう人に相談する。やはりどこのコミュニティでも同じですが、例えば自殺者が出てくるような事件もございました。

 ですからカウンセリングをやりましても、決してすぐには問題解決しないことは、大宅さんや曾野委員ほかの人もおっしゃることも、私もそうだと思いますが、ですけれども、ロングレンジでは、こういうものをつくっていくというのはやはり常道ではないかと私は思っております。ショートレンジに、これでするというのではございませんが、こういう問題が起こった、この機会をとらえて、国民にアピールすることがやはり必要ではないかと私は思っております。

 ここに書いたこの文章は、余り上手でないという批判もございました。私もその点も若干同感いたしますが、何らかのアピールというものは、この際、この会議として必要ではないか。確かにこれがすぐに解決をする問題では決してございません。今まで言ったことと重複することにもなるかもしれませんが、アピールをこの際するのが、やはり我々としての責務のように私は思うんです。

【牛尾委員】 皆様の御意見は、別にアピールに反対しているわけではないので、言い方とか考え方が今議論されているので、私はアピールは、皆さんのお話を聞いていて、今、的確にすることが大事だというふうに理解をしました。

 もう一つは、一番わかりやすくは、山折先生がおっしゃった、世の中にある不安とか恐怖を我々は十分共有していると。皆さんはかなり河上先生をはじめとして絶望的な学校の状態を毎回聞きながら気分が暗くなるのですが(笑)、暗くなることもよくわかって、我々は今のたうち回っていると。マドリング・スルーをしているのだと。しかし一番大事なことは、我々は絶対にあきらめないぞという決意を表明することなんです。絶対我々はどんなに時間がかかってもあきらめないぞと。我々の国民会議はこれと取り組む用意があると。例えばと言って、こういう小さなサークルではカウンセリングが成功した例はある。こういうことは、企業では成功した例はある。しかし世の中がどんどん変わってきて、これから、こういう三つの分科会をしながら、こういう問題にあきらめず取り組むから、国民の皆さんも一緒に共有して頑張ってくれ、そういうアピールを出すことが非常に大事だと思うんですね。

 分科会の後、もう一回出したらいいと思います。カウンセリングに関してはこういう考え方を持つことになったと。どんどんそういう短編をこの国民会議は2回に1回ぐらい発表していくことが、国民に、見つめる、考える、指導しよう、ということになってくるのであって、そういうふうに座長も理解をされて、余り思い詰めていくことはだめですから、軽く毎回毎回、そのたびに変えていって発表したらいいと思います。

【江崎座長】その点も「今後しっかり行っていく必要があるが」と書いております。今、特に次のことを緊急に訴えたいと。

【牛尾委員】ちょっと文章が、逐語ごとに言い出すと全部言わなければいけないので、文章は、勝田先生のおっしゃるように、美しい言葉で、哲学を感じさせるような、しかも、共有しているという説得力のある文章を、官庁的でなく書かないといけないから、これは江崎先生が自分で書かれるか、それともどなたかを指名して、ひとりで書いた方がいいです。文章の合成だけは具合悪い。

【江崎座長】はい。それでは、黒田委員、次に木村委員、曾野委員、順番にやりますから、なるべく短くまとめてください。

【黒田委員】今、牛尾委員がおっしゃった「教育改革国民会議は絶望的な状況を認識しているから決してあきらめないで取り組む決意を表明するのはよいこと」を言いたかったのです。もう一つは、カウンセラーは、書いてある教育委員会とか文部省とかそういうところだけではないと思うんですね。やっぱりラジオ相談とか民間にもあるわけで、逆にそういうところだったら、子どもは電話かけるかもしれないわけです。別にカウンセラーをするのは教育委員会と学校関係者だけではないと思うんです。だからプレゼンテーションの仕方をどうするのということなんですけど、現状はこうで、みんな現状の大変なことはもうよくわかっている。とりあえずできることはと書くときに、みんなも子どもの悩みに耳を傾けるカウンセラーをやろうと。その中の一つとして、教育委員会とかそういうところもやってほしいということだと思います。これだけしか出てこないというのには、国民みんな反発をする。何でまた制度つくって、24時間の仕事が増えて大変だとか、そんな制度じゃ問題は解決しないよという反発が出てくるのは、目に見えています。送られてきたアピール文を見た途端に、私も大宅委員と全く同じことを実は感じたんですね。

 ですから、そうではなくて、みんなもどうしたらいいか考えてもらいたいということが先で、その中で、できることの一つとして、どうだろうかというアプローチの仕方が重要である。皆さんも意見を出してくださいみたいな、そういう訴え方をしたらどうかと思います。

【江崎座長】そうですね。ありがとうございました。

【曾野委員】私はもの書きですので、署名のある文章で座長がお出しになるなら、このままで結構だと思います。文章というのは全員でつくることは不可能でございます。ですから座長が署名入りでお出しになるならけっこうです。ただ、印象を述べよと言われましたので、きっとみんな言ったんだと思いますが(笑)。

【江崎座長】ありがとうございました。それでは、木村委員。

【木村委員】私も全く同じ意見です。これにははっきりと、江崎玲於奈という名前が書かれていますから、私はそれで訴えて結構だと思います。

 先ほど大宅さんと曾野さんがおっしゃったことについてですが、今回の事件は私は突発現象だと思うんですね。ただ、それを支えるというと変なんですが、突発現象を支えている麓の部分があるんですね。そこをなくさなければいけない。そのためにはカウンセリングや子ども110番は有効だと思います。書き方が教育委員会とか関係機関になってますから問題なんですが、例えば、牟田さん達がやられている世田谷の子ども運動では、不定期的ですが24時間電話相談をやっておられます。凄まじい電話相談が来る。現実に大変効果が上がっています。これをしらけきって否定する必要は私はないのではないかと思っています。

 これは江崎先生のお名前ですし、私、文章そのものは変えた方がいいと思いますが(笑)、お出しいただきたいと思います。

【江崎座長】ありがとうございました。

【今井委員】先ほどからこの文面についていろいろ議論がされているのですが、私ははじめに見たときに、普通の一般の親からすると、ああ、自分たちの周りの環境整備をもっとしてくれるのかということについては安心をするような文面。ちょっと玄人っぽい人から見ると、先ほどからずっといろいろな意見が出ていますが(笑)、そういう子ども達の環境を整えていただけることは大変ありがたいと。

 それから、1のところの「学校や相談を受けた機関は、子どもや親の立場に立ち」とありますが、やはりいろいろ連携ができてないんですね。そして本当にたらい回しにされているケースがものすごくあるんです。そういう中で、子どもの状況がさらに悪化した部分もあります。ここで、私うれしかったのは、親や子どもの立場に立って相談を親身に受け取るということ。それから決してたらい回しにしないということと、見て見ぬふりを大人がしないということ。これは読んでいて気持ちがよかったので、そのあたりは強調していただきたいなと思います。

【浅利委員】会議のメンバーのひとりとして、座長名でも署名入りでもこの原稿を出されるというのはつらいですね。「貴方はあれにコミットしたのか」と言われると否定せざるを得なくなる。例えば、金子先生とか河上先生とか、委員の中から選ばれた方々に文章を書いていただいて、それをみんなで議論して出すというのはどうでしょう。

【河上委員】先ほどの繰り返しになりますけれども、皆さんがそういうことをおっしゃって、すごく心強くて、特に山折さんのおっしゃったことはすごくうれしいんですね。教師はやっぱり学校にいて、不安と恐怖が実際には毎日あるんですね。それから、親も子どもを育てるときにどうしていいかわからないという不安と恐怖を持っていると思います。

 簡単に何とかなるようなことではないみたいですね。こういうふうにすればうまくいくというわけにはいかない。きっといろんなことをいっぱいやっていって、長い期間かけて何とかしていこうということなのだと私は思うんです。そこのところを是非言っていただきたい。簡単にならないけど、もう少しみんなで支えようじゃないか、20年、30年かかるかもしれないけれども、腰をすえて一つ一つやっていこう。そういうアピールならば、私なんか教師や親も読んですごくやる気が出てくると思うんです。

【江崎座長】モラールサポートのようなもの。

【河上委員】5年後に何とかなりますかね(笑)。

【浅利委員】私は、牛尾さんのおっしゃった、我々は絶対にあきらめないということが骨子になればいいと思うけれども。

【牛尾委員】積極的にあきらめないことを決意すべきです。

【江崎座長】静かにお願いします(笑)。

【浜田委員】ちょっと言い方きついかもしれませんけれども、これを読みましたときに、これをこのまま出したら、教育改革国民会議の結構イメージダウンになるのではないかという感じを持ったのであります。どういうことかといいますと、悩み110番の提案の是非はちょっと別にしまして、あとは全部だれが読んでもそのとおり、こんなことわかっている。わかっているけど、できないのが今の状況の悩みであって、というところへ、一言で言えば、もっと良い子を育てましょう、もっと良い子になりましょうと書いてアピールしたというようなイメージに私はどうしても受けてしまう。また、これかと。現場のあの厳しい状況をほとんどわかってない、優秀なおめでたい人が集まって、机上論をやっているのかというイメージにとられかねない心配をしております。

 すいません、言い方きつくて。

【江崎座長】ありがとうございました。クラーク委員。

【クラーク委員】こういうペースでいけば、いつまでも議論は続きますから、座長のアピールを何かしなくてはいけない。今の時期で、何もしないと国民の税金は何ですかと。国民会議のメンバーの相談の上に、座長はこういうアピールを出すという形式でいけばどうですか。

【江崎座長】そうですね。相談の上。それでは、田村委員。

【田村委員】一つ、河上先生のお話もありますし、今の浜田先生のお話もありますが、基本的に先般文部省で発表された家庭教育の資料などを見ていると、諸外国と比較して、日本の家庭教育のしつけについての弱さがはっきりしているわけですね。例えば、うそをつかない、先生の言うことをよく聞きなさい、弱い者いじめをしない、というようなことを母親からも余り言われないし、父親からは言われたことがないという子がほとんどなんですね。これは日本では異様に多いんです。

 そういう意味の問題があった上でこういう問題が起きているわけです。ですから、それは知っていることだから言わなくていいということであればあれなんですけれども、そういう前提で起きている問題ですから、だれの責任でもないといえば、だれの責任でもないし、全員の責任といえば全員の責任なんですね。とにかく状況は状況でも、このことをすごく気にしていると、こういう形でアピールしていると。このことはすべてを解決するということではないけれども、とにかく気にしていることを、一応こういうことで表現しているというふうに考えて、私は賛成を申し上げたわけですけれども、何もしないのはまずいと思いますね。

【江崎座長】ありがとうございます。

【森委員】大事なことは私は繰り返してもいいと思うんです。なかなか実現できないこと、ああ、また同じことを言ったと言われても、第一弾のアピールとしては言うべきことは言った上で、次のアピールで具体的に、「見つめよう、考えよう、指導しよう」、何でもいいですけれども、そんな形で出していけばいいのではないかと思います。

【江崎座長】ありがとうございました。

【山下委員】手短に言いますけど、私はやはり黙っている場合ではないと思いますね。アピールした方がいいと思います。ただ、是非、石原さんじゃないですけれども、国民に、社会に訴えてほしいなと。そして、心に響くような文章でお願いできればと思います。

【江崎座長】ありがとうございました。それでは、皆さんの御意見大体わかりましたし、非常に個性的な方が多いということもわかりました(笑)。しかし、大体の大勢としまして、我々がこれを大変憂慮している、関心がある、座視しているわけではないということを示すために、皆さんに相談して、座長の名前で大体これに近いものを出させていただきます。一応そういう御了承をしていただいたものとします。ありがとうございました。

 それでは次に、今日の予定でございます二つの「ゆとり教育」と「学校教育の役割」に移りたいと思います。

 本日は、「ゆとりの中の充実した教育と生きる力の育成」につきまして、まず田村委員から、「道徳教育における学校、家庭、社会の役割」につきましてクラーク委員から、それぞれ15分間、大分時間が押してまいりましたから、15分というのを守っていただきたいと思います。

 それでは、まず初めに、田村委員からよろしくお願いします。

【田村委員】戦後50年を15分でやるのですから、かなり大変なんですけれども、できるだけまとめて御説明をしたいと思います。もっと見やすいように、戦後教育改革の流れをA3版に印刷をいたしました。これは眼鏡をおかえにならなくとも読めると思うんですけれども、ちょっとその表をご覧いただければと思います。

 この表が戦後50年の流れですが、この表をご覧になりながら、私は四つのことを申し上げます。第1が、この表の説明という意味で、制度・システムの流れ、事実を御説明します。2番目が、今抱えている問題という意味で、この抱えている問題を解釈するキーワードとしては、学習のモチベーションというキーワードで御説明をしたいと思います。学習のモチベーションの前提として、まず、今の社会がどういう状況にあるか。教育を論ずる前に、今、社会がどうなっているかということを簡単に説明をしたい。できれば4〜5分でやりたいんです。その次に、IIの2)になりますが、「ゆとりと充実そして学校の役割」の変化ということを、学習のモチベーションという切り口で、現状どういうことが求められているか。具体的にどういうことをしてほしいかということを御説明をさせていただいて、最後に3)「政策官庁への道」ということで、文部省に注文することを申し上げて、50年の総括にしたいと思います。

 まず表をご覧いただきます。「戦後教育改革の流れ」ということで、この表を見ていただいて大事なところですが、10年ごとに学習指導要領が変わりました。学習指導要領というのは、学習に関わる初等、中等教育の下限と上限を決めて、結果的には画一的な形になるのですけれども、そういう形で決められてきた。しかし、平成10年からその性格ががらりと変わってきたということをまず知っておいていただきたい。

 社会の変化としては、ちょうどこの真ん中あたり、つまりスタートして25〜26年のところで、日本の社会が貧乏な社会から豊かな社会に切り替わります。貧乏な社会から豊かな社会に切り替わったというこの変化は、学校教育に非常に大きな影響を与えているわけです。数字で言えば、68年、69年のイギリス、ドイツがGDPで出てきますが、ここで実は日本は英独に追いつき追い越すわけです。72年にはイギリスを1人当たりで追い越すわけです。この辺から日本はまさに豊かな社会に入ります。

 実は非常に大まかに言いますと、ヨーロッパ、アメリカ社会では、生涯学習あるいは生涯教育という考え方が主流になっていきます。これは65年からスタートしているわけですけれども、これはユネスコの「ポール・ラングランの提言」という大変有名ですが、これが実際日本の社会に提言されるようになったのが84年、臨教審になって提言されます。この間、20年差があるわけです。この差がどうしてできたかというと、これは私の解釈ですが、日本は高度成長社会であった。つまり社会の生産するパイがどんどん大きくなっていくわけですから、今がまんする意味が、社会の拡大によって説明がつくわけです。拡大しなくなると意味がないわけですから、学習のモチベーションを維持するために生涯学習という考え方に変わっていく、そういう理解を私はしています。

 それが全体の表の説明でありますが、時間がありませんので、続いて、抱えている問題の社会の変化について簡単に御説明をしたいと思います。

 近代社会が成熟していく中で、社会、制度も大きく変わっていくわけです。これはどういうことかというと、「基本的人権」という約束事を全員が認めて、現代の社会はでき上がっているわけです。基本的人権という考え方の中核の考え方は、権利ですが、これは人格的自律権であると言われております。人格的自律権というのは何かというと、人生はそれぞれ自分でつくる。自分が自由に決められる、これを保障する権利であります。そうなると生涯学習という学習の仕方とこの人格的自律権が結びつくことによって、子どもたちの学習のモチベーションが、社会が将来どうなっても、自分の人生という考え方で意味が出てくると。意味といいましょうか、学習のモチベーションがつくれると解釈できると私は考えています。

 実際、現段階では、子どもたちがどうなっているかというと、意味を説明して、今厳しい、つらいけれども、将来、役に立つのだからがまんしてやれと言っても絶対に聞かない子どもが出てきている。これは河上先生がおっしゃるとおりです。そのかわり、楽しいこと、好ましいことは喜んでやる。これはまさにそういう社会が生み出した子どもの性格を前提にして教育を考えないといけないということを示していると言えると思います。

 同時に日本の社会は、先ほどからお話が出ているように非常に不安が満ち満ちております。その不安の最大の原因は、グローバリズム(国際化)でありましょう。これはまた説明すると長くなりますから飛ばしますけれども、この不安は、基本的に我々の社会を大きく支配しているものだろうと思います。

 同時に、マックス・ウェーバーが言うように、共同体は近代化によって破壊されていくわけですが、個人主義が日本の場合にはまだ残念ながら確立されていない。個人主義が確立されないままに下手な地域社会ができると、先般起きた音羽事件みたいな事件が起きるわけです。ですから、どうしても心の教育というのは、その意味で絶対大事なんですけれども、そのことを我々はこの会議で提言をしないと、長期的に見た我が国の教育の基本的なスタンディングポイントが示せないのではないかと考えているわけです。

 例えば、ドイツ国憲法には、前文に、それぞれが自分の人生を創り出す、その自由を行使する前提として、神に対して責任があるよという書き方がされているわけです。この神に対して責任があるという文章が幾つも出てくるのですけれども、この手の精神的自律を育む精神文化が残念ながら日本にはまだないんですね。アメリカなどでも、自己拘束をなすフェアというような考え方が社会を支配しております。

 こういったものを、ただ、これはうまく聞いていただきたいのですけれども、戦後は恐らく損得だけでやってきたのではないか。得するか損するかというだけで自己拘束をしていたとすると、これは破産をするのは目に見えていることだろうと思うわけです。

 そこで、学校教育は具体的にどう進めていったらいいかということに話が入るわけですが、「ゆとりと充実」という話にまず出ます。このゆとりというのは、余裕のあること、窮屈でないことという意味でありますが、これは豊かであるからこそゆとりが必要になる。豊かな社会は失うものがあります。それは人と人との連帯です。例えば、貧乏なところで農業をしているケースを考えていただければわかるのですけれども、親子・兄弟みんな協力して必死に稼がないと食べられない、生きられない。その生活の中で、だれも教えなくても、人と人との連帯、命のいとおしみとかそういうものを身につけるわけです。しかし、全くそれが豊かな社会の中では、それを感じるチャンスがなくなってくる。

 二つ目が耐える力、がまんする力、これも全く豊かな社会では経験するチャンスがないわけです。

 最後に、これは江崎先生の言葉をかりて言えば、クリエーティブ(創造的)な能力を育てるというものも豊かな社会では失われます。

 この三つを是非、この教育改革の中で、テーマとして取り上げて、学校教育、社会、家庭、地域、すべてのところで実施をしていくことが必要であろうと思います。

 学校の役割はしたがってそこで変わってくるわけですけれども、生涯学習という観点、豊かな社会という観点からすると、私は学校はこれからは知識や価値観の伝達というところの重点を一人ひとりの子どもの承認、セルフ・エスティーム(自尊心)といいますが、それを感じることができる場に移行していかなければいけないだろうと思います。

 今、子どもたちは「良い子症候群」といいまして、周りの人に、兄弟、友達、親、とにかく周りの人にいい子に見られたいという気持ちが非常に強い。これはまさに豊かな社会における人間の特徴でありまして、これを考えて学校教育をしなければいけない。具体的には、資料を、沢木耕太郎さんの「最初の人」という文章を付けておきましたけれども、後でご覧いただきたいと思いますが、その最後の方に、彼が指摘しているように、親が、あるいは大人が、次の世代に、教え子に与えることができるものがあるとすれば、それは「君は何者かになりうるんだよ」というメッセージだけではないだろうかと、こういう文章がありますが、これを後でご覧いただいて、考えていただければ大変ありがたいと思います。

 そこで、具体的に学校のシステムはどうなのか。ちなみに17歳の少年たちの事件、つまり神戸の首をとった事件がありましたが、あの子も、今、17歳なんです。連休中に起きた17歳の少年も全く同じ行動を示しているわけですが、彼らの手記に「透明な存在としての自分」という文章が必ず出てくる。つまり承認されたという経験が恐らくないんだろうと思うんですね。そのためにどうしたらいいかというので、今進めていることは、一律画一的平等教育からセーフティネット、つまり落ちこぼれを防ぐセーフティネットを張って、それは従来よりも大幅に下げて、そのかわり上の方も制限をとっちゃう。大幅に下げてという基礎・基本をどう考えるか。柳田国男さんは、基礎・基本の学習というのは新聞が読めればいいという有名な言葉を残していますが、どの程度かということは、今議論され、考えられているわけですけれども、セーフティネットを下げて張って、そのかわり、上は大きく幾らでも伸びるようにしていくと。別の言い方をすると、これはエリート教育という形になるんですけれども、したがって今回の改正は、エリート教育をやらないと改正する意味がなくなってしまうというまで私は思っています。

 エリート教育をやるためには、「エリートたらん」とする動機づけ、つまり学習のモチベーションという例を申し上げましたが、このことをどうやるかというのを社会的に、あるいは文化的コミュニケーションとして、ここで議論して生徒に伝える、学生に伝える、子どもたちに伝えるということを、実は日本では今までやってませんから、意識してやる必要があるだろうと思います。

 一つの例を申し上げますが、実は私の学校の生徒が、ミラーの実験をやって、それが評価されて、日本学生科学賞の内閣総理大臣賞をいただいたわけです。現在そのご褒美でアメリカに行っています。2〜3日前に、私のところへ電話が入ってきまして、えらい興奮しているんですね。「どうしたんだい」と言ったら「いや、実は先生、今朝ハーバードのギルバート先生から朝ごはんを招待されました」と。DNAの研究でノーベル賞をいただいた方ですね。そのギルバートさんが、自分の研究を見てくれたと、ものすごく興奮しているんですよね。これこそまさに「エリートたらん」とする動機づけのいい例だと思うんですね。こういうようなことを日本の社会でもこれから意識してやっていかなければいけないのではないかと思っております。

 もう一つは、日本の社会独特の問題ですけれども、エリートを生む一方、階層化にならないような工夫をここで考えなければいけない。つまりヨーロッパ社会は、階層化、階級社会を割に受け入れる前提があるのですけれども、日本はそれができませんから、これは多様なエリートという考え方でいくとできると私は思っています。

 そこで最後に政策官庁としての文部省に注文ですけれども、4点ほど一応考えてみました。一つは、学校5日制を、先ほど御指摘がござましたけれども、きちんとその意義をもっと運動して、私立学校も含めて5日制をきちんとやれるような社会をつくっていくということを文部省はもう少し真剣に頑張ってほしい。5日制について反対する人がいますが、例えばお医者さんの仕事を見ると、ついこの間まで、医者は24時間、日曜日なしでみんなやっていたんですね。ところが今はお医者さんは勤務時間があって土日は確実に休みますね。それを医術だから、人のためだから、がまんしろといっても、それはだれもやらないんですから、そういう社会ではなくなっているということを前提に考えなければいけないのだろうと思います。

 2番目に、そのことを考えると、「ゆとりの中の充実」というテーマで、現在の学校教育は教員の問題が大きくあります。どうやっていいかわからない。例えば遊びの時間というと、先生は職員室で休んでいる、子どもたちが校庭で遊んでいる。これが遊びの時間なんですね。全然違うと私は思うんです。それから、夏休みの宿題一切出さない、これがゆとりだと勘違いしている。これはまさに間違っているわけで、本当にちゃんと教員の養成・研修をしていただきたいと思っています。

 3番目が教育条件の整備。これは教育条件が整備されてないからやらないという先生がいるのですから、それを考えると、余りこれを強く言うとかえって具合が悪いと思うんですけれども、整備されなくてもやらなければならないことがあるんですけれども、しかし、整備されることによって、更にいい方向に行くと考えておりますので、やっていく。 4番目が、学校における評価です。これは「生徒」の評価と「学校」の評価があります。これは相対評価ではなくて、絶対評価といわれるようなもの、あるいは個人内評価、学校に関しては到達度評価等を含めての学校評価というものを公表するという意識で進めていかないと、教育改革はうまくいかないと考えているところであります。

 簡単なんですけれども、以上で、「ゆとりと充実」についての話をさせていただきました。

【江崎座長】どうもありがとうございました。割合短い時間にまとめていただいて、あとクラークさんの話がございますが、その前に、忘れないうちに、何か田村さんに御質問、御意見ございましたら。

 私から質問させていただきますと、牛尾治朗委員がたしかおっしゃったと思いますが、日本は貧しいときはいわゆる哲学を持っていたけど、豊かになったら哲学がなくなったということをおっしゃいましたけど、私は、豊かになった哲学というのは教養だと思うんですよね。リベラル・アーツ・エデュケーションみたいなもの。日本の文化というのは、貧しい文化のように思うんですよ。それはいい例かどうか知らないけど、例えばパチンコというものがあれほど流行る社会というのは、世界中どこにもないんですよね。パチンコは必ずしも悪いことはないかもしれませんが、余り高い文化の国にはないのではないか。そういうことで、リベラル・アーツ・エデュケーションのことで、何か田村委員ございますか。

【田村委員】リベラル・アートで言いますと、アメリカの大学の例が非常に参考になると思うんですけれども、つまり学校制度で言うと、世界中が羨望の的にしているシステムというのは、今アメリカの大学なんですね。これはどういう意味かというと、希望する人が全員入れる。浪人がだからアメリカにはいないわけです。にも関わらず、アメリカの大学には世界を代表するようなエリート大学がたくさんある。このシステムが可能になるために、アメリカが何をやっているかというと、大学で徹底的に教養教育をするわけです。命の大切さとかフェアというのはどういう考え方か、歴史も含めて、そういうことをきちんと学校の場で教育していく。高等学校でも多少やっていますけれども、だから、それを学校では引き受けなければいけないのではないかと思います。知識の量を決して競うことではないと思っております。

【江崎座長】ありがとうございました。特に一番最後に書かれた評価ということを、私は教育界で重要だと思います。実は今朝午前中は、科学技術基本計画の論議がございまして、大学の評価、その他論議しておりまして、研究の評価ということは大変重要だということがありました。多分教育におきましても、やはり評価ということが重要であると思います。

 何かほかにございませんか。もしございませんようでしたら、引き続きグレゴリー・クラーク委員にお話をいただきたいと思います。

 それでは、クラークさんよろしくお願いします。

【クラーク委員】学級崩壊とか校内暴力、これは日本だけの現象ではないです。外国もあります。ただ、外国人の目から見て、日本の場合二つ目立っている不思議な点があります。

 まずスピード。昔、日本の教育制度は一つのモデルだったんです、我々にとって、80年代まで。それが急に崩壊した。もう一つは中産階級。外国だったら下の階級だったら、銃の乱射とか毎日のことなんですけれども、中産階級の中ではそういう現象が起こるのはちょっと不思議ではないか。

 理由は、一つは文化なんです。日本の文化はけしからんという意味ではなくて、しかし、今、日本の文化は非常にあいまいです。日本では、道徳は、山本七平さんの言葉なんですけれども、空気とか伝統、国民感情とか、そういうもので決められちゃうんです。これは具体性に欠けるんです、宗教とかイデオロギーと比べれば。その結果は、うまくいけば、すごく優秀な道徳なんですけど、崩れやすいんです。攻撃に対して。特に現代の日本の道徳はひどいテレビ番組やゲーム、ビデオからの攻撃にさらされています。それで、その攻撃に弱いんです。

 それではどうすべきか、申し訳ないけど、この国民会議の中でちょっと感じている印象なんですけど、古き良き時代に戻ればいいなとか、学校や家族がもっとしっかりすれば良くなるというけれども、本当に可能であるかどうか、疑問を非常に感じています。

 昔と比べれば、四つの大きな変化があります。子どもたちの成熟、昔より早くなった。素直さがなくなったんです。進学率が高く、例の落ちこぼれ問題、つまり50%は大学に入れない。昔は3%だけ入って、残りが大多数だったんですけど、今は競争激しくて落ちこぼれとギブアップ精神はだんだんと広まっているのではないか。家族と学校は前より明らかに弱くなった。お父さんいない、学校の先生の質も低下している。さっき申し上げたように、テレビ、漫画、ビデオ、森総理大臣もおっしゃったゲームの悪い影響。さっき田村さんにもう一つ付け加えれば、豊かな社会、バブルによって、日本人の価値観はかなり崩壊したのではないかと思っています。あとは少子化問題、兄弟少なくて、お父さんもいない。立教大学の先生の言葉なんですけど、母子カプセルの中で育てられております。明らかにこれは好ましくないです。

 北ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアと比較するとどうですか。我々も全く同じ問題あります。少子化は日本ほど進んでいないけど、テレビ番組は日本と比べればはるかにひどいんです、暴力的、ポルノ的。にも関わらず、特に中産階級の中では道徳、日本ほど急スピードで崩壊しなかったのです。なぜか。一番大きな原因は、子どもたちをとりまく周りの環境は、家族、学校だけではなくて社会も大きな役割を果たしているのです。

 宗教については、日本人が思っているほど、我々外国人にとって、特に今の世代にとって、宗教はそんなに大きな影響与えていないです。アメリカは確かですけど、オーストラリア、イギリスは、子どもの形成の中では10%、20%だけではないかと思います。田村さんの話を批判するつもりはないですけど、同じ学園なんですけれども。我々外国人も、神に対しての責任の意識はほとんどないです。けれども社会に対しての責任が非常に強いことを強調したい。つまり若いときから社会の中に出る。スポーツは学校の部活ではなくてコミュニティスポーツなんです。あとは奉仕活動・ボランティア、ボーイスカウト、これは特にオーストラリアでは大きな役割を果たしている。また新聞をよく読んでいる。

 それでオーストラリアはもう一つ、すごくいいのは、中産階級はボーイスカウトとかいろいろやるけれども、下の階級は、ポリス・ボーイクラブに参加している。警察がつくったクラブで、その中で特に柔道がはやっています。放っておけば不良になる子どもにとって、すごくいい影響を与えております。その結果として、子どもには悪い面、テレビとか漫画とかから悪い面の影響は入っています。しかし同時に社会のいい面の影響とぶつかっているんです。

 日本の子どもの悲劇は悪い面ばかり入っているんです。学校と親たち、それに抵抗できない。さっきの河上先生のお話のように、話を聞かないんです。カウンセリングの問題です。子どもは人の言うことを聞きたくないけど、大人に自分の言うことは聞いてもらいたいんです。アメリカ、オーストラリアの場合も同じ問題なんです。家族は日本と比べれば、ちょっと影響強いんですけど。一番大きな影響は社会に出ることによって生まれる。そこでわかってくるんです。世の中には悪い面もちろんあります。プロスティテューションとか暴力もあります。だが同時にいい面もあります。奉仕活動、ロータリーとかライオンズ、ボーイスカウト、それで子どもはバランスのとれた判断力ができるのです。日本の子どもはほとんど社会に出てなくて、そういう社会のいい面をわかっていないだけではなくて、社会のルールもわかってない。

 特に不思議なのは援助交際。アメリカ、オーストラリア社会は、どんなに崩壊しても、これは考えられないことです。というのは社会のルールが若いときからわかっている。明らかに日本の子どもは社会のルールを知っていない、申し訳ないけど、真空地帯です。日本の子どもは社会と接触するチャンスが非常に少なくて結局悪い面だけに影響されています。

 これは、私のワイフの話なんですけれども、ワイフは日本人なんですけれども、親はどんなにすばらしい人であっても、どんな立派な親であっても、社会の悪い面、テレビとかゲームの悪い影響に抵抗できないです。

 これからどうすべきか。私、具体的な九つのポイントを申し上げる。日本で評論家やろうと思えば、ポイントは三つなんでしょう。私、三つの3倍になっていますけれども、申し訳ないけれども(笑)。

 学校は働き過ぎる。河上さんの話にすごく影響されます。かわいそうなんです。負担が多い。だから原点に戻って、学校は教育(学問)をやる、もちろんある程度は道徳も教えるけれども。というのは、日本は宗教がないから、ある程度学校かだれか教えなくちゃならない。だがそれ以外の広い社会ルールはもっと社会が負担すべきなんです。では、どうすべきか。日本の文化の魅力を理解しようと思えば、私にとって一番大きな影響は日本の自然です。山とか農業社会とか、子どもをもっと外へ出すべきなのではないか。学校は「一校一山」、学校は一つの山を「自分の山」にして、掃除して、畑をつくったりして世話をする。奈良や京都の修学旅行をやめて、とにかく週末の間はそういう活動やキャンプをさせる。ロータリー、ライオンズは、外国は大人だけではなくて子どもが入って活動しています。日本は余り入ってないです。

 そして、教育制度は、4、5、6。入学試験地獄に対して、もうちょっと皆さん真剣に考えなくちゃいけない。何かしないといけない。まずAO方式の導入。アメリカだったら奉仕活動をやらないと一流大学へ入れない。

 もう一つは、大学は暫定入学をちょっと考えてください。今、文部省は建前の話ばかりです。入口を広くする、出口は狭くすることは、今の制度の中で変えるのは不可能です。入学定員があるんです。そこで私は、入学定員は1年生に対してもう少し広くして、合格ラインに近い人は入りたければ入っていい。それで入学金もらわない。入学金もらえば、4年間の教育をやらなくちゃいけないですけど、もらわないで、1年終わって、足切り試験をやって当落を決める。そうすれば1年ぐらい一生懸命よく勉強しますよ。それも教科書の暗記ではなくて、1年間ぐらいかけて大学の教育にふさわしいかどうか試験する。この制度を導入するのは非常に簡単です。近いうちに、うちの大学は文部省にアピールしようと思っています(笑)。とにかく、もうちょっと入学試験問題を考える必要があります。

 それから、私立大学でも文部省の指導に違反したら、補助金をカットすべきではないかと思います。

 あとは英語教育は、高校でやめて、大学に入ってからやりましょう。そうするとゆとりが出てくるんです。みんな「ゆとり」のある教育と言っておりますけれども、5日制ではできないです。既にカリキュラムは過密化している。英語教育は高校はやめて大学でやる。外国では常識です。小学校、中学校はちょっとやっていいですけど、高校はもう少しまじめなテーマ、物理学とか数学をやればいいのではないかと思います。

 最後は、私は木村委員と全く同じ意見ですが、大学入学は9月にすれば、学校終わって、6カ月間自由にさせて、海外旅行とかボランティア活動、自分を磨くためにチャンスを与えるべきです。

 もう一つ、日本は青年海外協力隊あります。その参加者とよくつき合っていますが、すばらしい男たちなんです。どうして「国内協力隊」をつくらないか。穀倉地帯に入って、農民たちを手伝って、そうすると自分の国の文化の良さがわかってくるだけではなくて、体も鍛えられるし、いずれにしても魅力的なアピールを持つ。

 最後は、私は言わなかったけど、田村先生と全く同意見で、確かに日本はエリート教育が必要なんです。だが、今の子どもは目的がない。とはいえ、あらためて制度をつくるのは非常に難しいんです。だが一つ、簡単に導入できることがあります。飛び入学です、17歳で。一生懸命勉強すれば、17歳で大学へ入れるなら、やれると思います。

 以上でございます。内政干渉終わります(笑)。

【江崎座長】ありがとうございました。大変含蓄のあるお言葉でございました。余り時間ございませんが、今の田村委員とクラーク委員の話につきまして、何かコメントございましょうか。

【田村委員】1つだけ、時間をせかされていたものですから、落ちてしまったんですけれども、実は先ほど申し上げた大きい表の「教育の現代化」という1968年の、このときに日本の初等、中等教育は教える量としては一番増えるわけですが、1971年、全国教育研究所連盟の有名なレポートが出るわけです。これは何かというと、「7・5・3」という現象が報告されるのです。つまり小学校卒業生の7割しか小学校のことがわかっていない。中学校ですと5割、高校ですと、高校卒業生の3割しか高校のことがわかってない。

【江崎座長】7・5・3ですね。

【田村委員】実はこれが1998年(平成10年)も文部省から同じような数字が出ています。ですから、ここのところ20年間全然変わらないんですね。ですから「ゆとり」というのは、それを解消するためというふうに誤解されてよく言われているわけですが、私は御説明したように、もっと根本的なところがあるというふうに御理解いただきたい。

【江崎座長】7・5・3の問題は、それを解決する一つの方法は、習熟度に応じた教育で、あるいは画一教育の一つの弊害だと思うんです。みんなに同じことをやる。やはりアカデミック・タレントはそれぞれ違うわけですから、その問題だと思います。

 それから、先ほどのクラークさんのお話、大変含蓄のあることなので、いろんな活動、クラブ活動みたいなものをやれという話、これはアメリカで、私の子どもたちが育った経験を申しますと、子どもたちは、親から独立、自律することが日本よりは早いということ、もう一つは、子どもたちのコミュニティ、つまり中学、高校では、子どもたち同士のコミュニティは、日本よりも非常に身近にある。それを通じて、つまり学校だけに教えられるのではなしに、子どもたちとの交流を通じて人間が成長していくということは、私はアメリカで思いました。

 いろんなグループがありまして、一番いいグループは、ジェットセットとか自動車が乗るのが好きなグリーサーとかいろんなグループがありまして、どれに属するかというようなことも、子どもたちにとっては大変重要です。それから、よくスランバーパーティーというのがございまして、これは子どもたちがお互いの家で一緒に寝るわけです。ですから子どもたち同士のそういうものが日本では非常に少ない。先ほどクラークさんは、マザー・チャイルド・キャピトルという言葉、それとは反対のようなものがアメリカでやるということでございます。

【江崎座長】大分時間が迫ってまいりました。それでは、今日申したいことは、分科会につきまして、配布をしていただけますか。次回からは三つの分科会に分かれまして審議いただくことになっておりまして、皆さんに今配布しておりますように、7月の、これも先ほど日本人はハードに働き過ぎるという御不満もございましたが、これも大変ハードスケジュールのようですが、7月初めまでに4回程度ずつ会議を開催して御審議していただきたいと思います。その後、全体会議を開催して、各分科会の議論を踏まえて、各分科会の審議事項について議論をしたいと思っています。

 また、各分科会の開催日程は、すべての委員の皆さんに御連絡するようにいたします。所属されている分科会以外の他の分科会の出席を希望される場合には、出席できるようにさせていただきますので、連絡していただきたいと思います。

 各分科会ごとの審議概要等につきましても、でき次第、すべての委員に送付することにいたします。これは先ほど黒田委員の要求があったと思います。

 なお、分科会での論議の過程で、全体的に議論が必要なことなど、会議全体の運営につきましては、各分科会の主査の委員と企画委員とでよく調整させていただき、弾力的に運営していただきたいと思います。委員の皆さんの御意見を踏まえ、教育改革国民会議として適切な運営ができるよう心がけてまいりたいと思いますのでよろしくお願いします。

 本会議では、なるべく8月頃までには中間報告、中間報告は多分今日以上の議論があると思いますが、8月頃まで中間報告をまとめたいと思いまして、その点、御協力をお願いしたいと思います。

 各分科会の第1回の日程につきましては、皆さんにお渡ししましたお手元の資料の「分科会の運営について」ということで、皆さんの出席が一番多い日を考慮して決めさせていただきまして、細かい日程等につきましては、事務局から説明していただきます。

【銭谷教育改革国民会議担当室長】それでは、分科会の日程等について御説明をさせていただきます。

 ここにございましたように、第1分科会は5月25日16時から18時、第2分科会は5月19日10時から12時、第3分科会は5月26日12時から14時30分の開催を予定をいたしております。

 各分科会の会場は、私どもの教育改革国民会議担当室のあります虎ノ門第10森ビル5階会議室を予定をいたしております。会場への地図等詳細につきましては、改めて御連絡をさせていただきたく存じます。

 なお、本日配布いたしております資料7でございますけれども、「有識者から寄せられた教育のあり方に関する意見」は、公表することに同意が得られました有識者の皆様方の御意見を掲載をしたものでございます。なお、根本中央教育審議会会長の御意見につきましては、委員の方への配布にとどめていただきたいということでございましたので、資料7とは別に配布をいたしております。

 私どもの方からの連絡は以上でございます。

【江崎座長】ありがとうございました。先ほどの緊急アピールを、緊急に皆さん方に今お渡ししたいと思います。先ほどの皆さんの全部の御意見を応用したわけではございませんが、意見を聞きまして、緊急に緊急アピールを新しい文章をつくったものでございます。一応皆さんご覧いただき、こういうものを皆さんと相談してアピールするのだということを、記者会見をするときに申し上げたいと思いますから、皆さん御了承いただければ幸いでございます。

 先ほどよりもよりシンプルにしております。やはりスクールカウンセラーにつきましては、一言入れておきたいというのが、こちらの方の考えでございます。先ほど申しましたように、これは国民の皆さんに訴えるという線でございます。こんなことですが、この辺のところで、妥協していただけるかと思いますが、ひとつ。

【浅利委員】スクールカウンセラーの問題は、分科会でよく議論して出されたらどうでしょうか。公約のように今出されるのはあまり適当ではないように思います。

【江崎座長】だけど、カウンセラーがロングレンジに必要だということは、これは必要ですよ。

【浅利委員】ですから、それは御議論をされて、それでどういうふうにするかを考えて実施されるべきで、これで出すとカウンセラーを置けば、問題が解決するように誤解を受けると思います。

【江崎座長】皆さん、今のことについて、どなたか。

【藤田委員】私もできれば、外していただけたらと思うんですが、理由は、今回の、例えば5,500万円恐喝事件もバスジャック事件も、豊川市の事件も、すべてスクールカウンセラーを配置したからといって、対処できるような性質の問題ではないと思うんですね。もちろん、例えば不登校の問題とかいじめの問題などの中にはスクールカウンセラーが非常に大きい役割を果たしているということも実際あるとは思いますが、最近の一連の事件に対応した緊急提案の中にこれを入れるということは、問題に対する我々の認識をある程度反映するというふうに思いますので、そういう意味でもちょっとどうかなというふうに思います。

【江崎座長】わかりました。ほかの皆さん。

【大宅委員】 これだけ本当にそぎ取ってよくできたなというふうに思うんです。その中で、これだけ妙に具体的なので、ものすごいアピールが強くなっちゃうと思うので、私は「相談できる、考えてほしい」で切って、「相談を受けたら、決してたらい回しにしないでほしい」でも構わないというふうに思います。

【河上委員】 私もそこのところは具体的すぎるので除外した方がいいと思います。スクールカウンセラーについて、私も現場の教師ですけど、いろいろ問題がないわけではありません。ですから、そういうことはかなり議論した上で、良い点も悪い点も評価した上で出していくという方がいいのではないかと考えます。

【田村委員】 反対の御意見が多いので、私は賛成の意見を言わせていただこうと思っているのですが、どちらでもこだわりませんけれども、スクールカウンセラーの全校配置というようなことは、今進められている政策の一つであることは間違いないわけですから、そのことの意味をやはり国民に喚起をうながすという意味では文章に入れておいてマイナスはないのではないか。

 今、文部省はこれをやりたいということで、いろいろ御意見はありますけれども、現場の支持は基本的には得られているんですね。入れることによってマイナスが起きるとは思えないんですけれども。

【江崎座長】 今のこの部分を、例えばスクールカウンセラーの全校配置、24時間相談できる子どもの悩みなどを進めてほしいという文章を切ってしまうか、あるいはこれはこのまま残しておくか。切る場合には、「子どもの悩みを相談できるように考えてほしい。相談を受けたら、決してたらい回しにしないでほしい」と、この文章だけを残すわけですね。

【浅利委員】 何か慌てて記者会見したくて、セットされているもので、無理やりつくっているという感じがするんですね。そういうものの考え方は、この会議全体の民主的討議の方向にふさわしくないように思います。十分議論されてからなるほどということをアピールされたらいいのではないかと思います。

【町村総理補佐官】 今の2〜3行の「例えば」という、ここを落としまして、また、「子どもに関わる社会のそれぞれの場で、子どもの悩みを相談できるように考えてほしい」。その一文飛ばして、「相談受けたら、決してたらい回しにしないでほしい」。

【浅利委員】それにしても、もう少し練った方がいいのではないでしょうか。何でそんなに慌てなければいけないんですか。

【江崎座長】いや、これは先ほどから論議されているように、こういういろんな問題が起こって、我々がそれに大いに関心があり、何とかしなくちゃいかん。

【浅利委員】教育改革国民会議に出席している人間が、今起こっている事態に関心を持たないと世間は思っているのでしょうか。そんなことあり得ない。

【江崎座長】思っているということを、やはり我々が唱えた方がいいんじゃないかと。

【曾野委員】私、このままの文章でよろしいと思うんです。それは江崎先生がお書きになったのでございますから。それで浅利さんは、そうは思ってないと、大いに新聞記者におっしゃればよろしい(笑)。それは非常に穏当な力関係を示すように思いますけど。よろしいんじゃないでしょうか。

【浅利委員】民主的でないように思うんですね。今の議論の進め方、会議の進め方は。

【曾野委員】署名原稿ですから、それで、「例えば」と書いてありますね。このカウンセラーの、これで大分力が落ちている。

【浅利委員】署名原稿なら、何で会議に諮る必要があるんですか。

【曾野委員】と思います、私も。会議に諮らなくていい。ただ、印象を言えとおっしゃったと私思ったんですね。

【クラーク委員】だれか子どもの内面聞くべきだと、みんな反対ではないでしょう。スクールカウンセラーだけではなくて、親たち、学校の先生たち、場合によってスクールカウンセラー制度でも、そういう調子で書くのは。

【江崎座長】あと、何か御意見ございましたら。

【藤田委員】さっき言いましたが、私としては座長の名前で出すということで構わないと思うんですが、できることならば、先ほど町村さんの言われた「例えば」以降の、この具体的なところは取っていただいた方がいいと思います。それと同時に、これは今後の議論にある程度影響を及ぼす可能性もありますので、ここの部分はできれば取っていただければと思いますけれど。

【中曽根文部大臣】私が発言していいかどうかわからないんですが、スクールカウンセラーの、これを入れる、入れないは皆さんに御議論いただくとして、この中で、私が一つ感じたのは、この第3番目の「子どもに関わる社会のそれぞれの場で、子どもが悩みを相談できるように考えてほしい」と。それから、「相談受けたら」という後段もいいのですが、子どもに積極的に語りかけてほしいというか、子どもの悩みを聞いてほしいというか、接触してほしいというか、そういう大人に対して問いかけを、関心を持ってもらって、ここで言っているのは、子どもが問題を考えたときに受け皿をつくってくださいということだと。

 そうではなくて、私なんかは、家でこういう立場になってから、息子たちに嫌がられるぐらい、「学校どうだ」、何だかんだと聞いているんですね。そうするとやっぱり様子はわかってくるんですけれども、高校生2人いるんですけど、せっかくこういうふうに1行目、「また、考えてほしい」まで非常にいいので、この後に、是非「子どもに語りかけてほしい」とか「悩みを積極的に聞いてほしい」とか、そういうふうなことを入れていただいたらいいのではないか。余計なことかもしれませんが。

【江崎座長】ありがとうございました。

【クラーク委員】それだったら、親とか先生とか、場合によってはカウンセラーでもスムーズに入れるじゃないですか。

【江崎座長】そうですね。

【クラーク委員】みんなで役割を持つべきでしょう。

【中曽根文部大臣】それから、すいません、ついでで申し訳ないんですが、また、スクールカウンセラーの入れる、入れないじゃないですが、とにかく携帯電話の普及がものすごいです。ですから子どもたちは、親のいないところでいつでも電話できるようになっているんですね。私はこれは見逃せないし、子どもたちにラベルでも何でもいいから渡して、本当にいつでも電話できるような、部屋でできるんですから、携帯持っていて。だから、私はこれを使わない手はないと一つは思っています。

 それから、もう一点は、この間の名古屋の5000万円の恐喝事件は、けがをして病院に入って、同室か何か知りませんが、そこであかの他人の人に打ち明けたんですね。これはさっきからお話があるように、親や先生に話せないけれどもということ。これはいい例だと思うんですね。

 ですから、そういう意味で、そういう点を考えますと、子どもたちが悩みを打ち明けられるような体制づくりというのは本当に大事だと思います。

【町村総理補佐官】今の御意見、入れられるものは、また今から急遽、座長の下でお考えいただくことにして、御議論が浅利先生はじめいろいろあるのはわかりました。座長から、是非国民の皆さんにこういう問題を我々も受け止めているんだと。具体的な答えはこれから出していきますよと。しかし、とりあえず今こうやって受け止めて議論しているのだということを国民にアピールをするという意味合いで、こういう形で座長のアピールというのを出させていただくことでひとつ御理解いただければと思います。

 それから、先に帰られました太田さんから、いろんな議論が先ほど前段ありましたが、ああいう議論をしているということを国民にいち早くわかってもらうことが多分共感を呼ぶ一番のポイントになるのではないかということで、とりあえず今日会見では概要を申し上げますが、今日の御発言をもう少し正確に文章に起こして、もし手直しする部分は手直しして、文章にして、あるいはホームページ等に載せて、こういう議論を我々はやっているのだということを国民に広く知ってもらうという努力を、これはアピールに付して、できるだけ早くそういう努力をしたいなと、こういう思いますので、ひとつ御理解をいただければ、そういうことにさせていただきたいと思います。

【江崎座長】今の補佐官のおっしゃったことの続きになりますが、この問題について、今日1時間余り議論をしたということは、それ自身、私は有意義な時間だったように思います。もちろんこのものに反対される議論も、当然それはそれなりに価値がある議論であったように思いますし、ですから、こういう議論をするというのが、全部が同じ意見ではないということ、それがこの国民会議の一つの価値がありまして、今後大いに論議を分科会でたたかわせていただければ幸いだと思います。

【勝田委員】最後に一言だけいいですか。

【江崎座長】はい。

【勝田委員】この文章は、いろいろ御意見もあるでしょうけれども、前よりはすっきりしたとは言えましょうね。ただ、一番重要な問題は、きれいさっぱり削除されているのですね。つまり「規範意識」の必要という言葉がございましたが、つまり、現行のモラルの崩壊ですよね。学級崩壊の前に、あるいはそれと並行してモラルの崩壊が進んでいる。どういうふうにして、それを押しとどめ、さらにモラルを再建するか、これは非常に難しい問題です。第1、第2、第3、の各分科会で、この一番難しい問題を論議して、また国民への訴えを出そうではありませんか。

 とりあえずは、御不満もあるでしょうけれども(笑)。まあこれでよいでしょうかね。

【江崎座長】もちろん最初に書いてございますように、我々は急にこれを出したわけですから、これは十分に論議した結果だとはだれも思うはずがございません。非常に性急な面もありますが、やはりこういうもので出すということ自身、世の中にアピールするという……。

【勝田委員】だから、時々これから重要な問題について、またアピールを出そうではありませんか。

【江崎座長】ありがとうございました。

 それでは、今日は時間10分ばかり延長いたしましたが、どうも長い間ありがとうございました。

【町村総理補佐官】どうもありがとうございました。