第5回 教育改革国民会議 議事次第
1.開 会
2.教育改革国民会議分科会の審議の報告について
| 浅利 慶太 | 劇団四季代表 | |
| 石原 多賀子 | 金沢市教育長 | |
| 今井 佐知子 | 社団法人日本PTA全国協議会会長 | |
| 上島 一泰 | 社団法人日本青年会議所会頭 | |
| 牛尾 治朗 | ウシオ電機会長 | |
| (座 長) | 江崎 玲於奈 | 芝浦工業大学学長 |
| 大宅 映子 | ジャーナリスト | |
| 梶田 叡一 | 京都ノートルダム女子大学学長 | |
| 勝田 吉太郎 | 鈴鹿国際大学学長・京都大学名誉教授 | |
| 金子 郁容 | 慶應義塾幼稚舎長 | |
| 河合 隼雄 | 国際日本文化研究センター所長 | |
| 河上 亮一 | 川越市立城南中学校教諭 | |
| 木村 孟 | 大学評価・学位授与機構長 | |
| グレゴリー・クラーク | 多摩大学学長 | |
| 黒田 玲子 | 東京大学教授 | |
| 河野 俊二 | 東京海上火災保険株式会社取締役会長 | |
| 田中 成明 | 京都大学教授 | |
| 田村 哲夫 | 学校法人渋谷教育学園理事長 | |
| 沈 壽官 | 薩摩焼宗家十四代 | |
| 浜田 広 | リコー会長 | |
| 藤田 英典 | 東京大学教育学部長 | |
| 森 隆夫 | お茶の水女子大学名誉教授 | |
| 山折 哲雄 | 京都造形芸術大学大学院長 |
【江崎座長】それでは、ただいまから第5回教育改革国民会議を開催させていただきます。前回は5月の中旬でございましたから、3カ月ぶりでございます。
委員の皆さんにおかれましては、御多忙のところご出席を賜りまして、誠にありがとうございます。
それでは、教育改革国民会議の第5回開催に当たりましてご挨拶申し上げます。教育改革国民会議の各分科会では、去る7月26日、「分科会審議の報告」を取りまとめていただきました。分科会主査をはじめ、各委員のご尽力に御礼申し上げます。
今後の全体会では、この「審議の報告」をたたき台として審議を進め、9月下旬を目途に森総理への中間報告をまとめたいと考えております。
我々人間は誰しも知と情、マインドとハートの二つの顔を持っていますが、報告書を読みますと、ある人はマインドを持って、ある人はハートの奥から改革を訴えられておられるように思われます。私の印象では第1分科会は比較的ハートが強く、第3分科会はマインド、それでバランスがとれていると言えるのではないかと思います。
また、報告書に目を通して考えられることは、教育改革の指針の求め方には二つあるということです。一つは温故知新、古きを訪ねて、そこに新しい道理を見出すということです。もう一つは、21世紀を訪ねて、そこに指針を求めるということです。我々は歩んできた20世紀を踏まえ、21世紀の夢を大きく持たねばなりません。そこにはこれまでなかった新しい世界が広がっているのです。決して20世紀の単なる延長線上ではありません。
更にもう一言、「個」と「全体」の問題を付言させていただきましょう。日本の教育問題を「全体」としてとらえてどうするかを論ずることも大切ですが、同時に、それぞれ生い立ちの異なる「個人」の差異に応じて個別化し、多様性を認めることも大事ではないかということを申し上げておきたいと思います。
ところで、今やグローバリゼーションの大波が世界中に押し寄せ、インターネットや電子メールなど情報通信技術・IT技術が進歩する中で、世界的な競争が激しさを増しております。こうした時代において、日本が、欧米のトップランナーを追うセカンドランナーとして、産業の発展、学術の振興を図ることは限界に至っております。これからは、欧米と互角の立場で、我々自身の創造力のもとに新しいフロンティアにチャレンジしなければなりません。それとともに、国際政治や経済、メディアの分野においても、世界に貢献できるようになる必要があると考えております。このため、多くの卓越したリーダーを育てることが求められていると考えております。
また、青少年の凶悪犯罪など教育を取り巻く厳しい状況の中で、子どもたち一人一人を、健やかに、心豊かに育むことが極めて重要な課題となっていると存じます。
私といたしましては、このような観点に立って、論議を進めることが重要であると考えております。今後の全体会におきまして、引き続き皆様方にご協力を賜り、自由で闊達な論議を通して豊かな実りを得られますよう、よろしくお願い申し上げます。
それでは、まず会議の開催に当たりまして、森内閣総理大臣からご挨拶をいただきたいと思います。よろしくお願いします。
【森総理】教育改革国民会議の第5回の会合の開催に際しまして、一言ご挨拶申し上げたいと思います。
7月26日に「分科会審議の報告」が取りまとめられまして、報告を拝見いたしました。各分科会からは大胆な提言がなされておりまして、私の従来から考えておりましたことと軌を一にしている内容も多く、また、かつて教育改革の最初でございました臨時教育審議会を設置いたしましたときのことなどとも照らし合わせましても、そのことを一つのスタートとして、更に大きく踏み込んでいらっしゃるなということを非常に感じまして、大変敬意を表する次第でございます。
今後、全体会において更に議論が深められることを期待いたしておりますが、まずもって、5月の分科会発足以来、精力的なご審議をいただきましたことに対しまして、厚く御礼申し上げます。
今も座長からお話ございましたように、最近の青少年をめぐる様々な問題を見ましても、今、教育に最も必要なことは、知識に偏重した教育ではなくて、「全人教育」を推進することにあると思います。分科会の審議でもこの点は強く意識されて、奉仕活動や自然活動について提言されているのも、その表れであると考えております。
私は、教育とは、人間が人間を全人格的に教えるということでありますから、教師に課せられた使命はますます重い、このように考えております。使命感に燃えた優秀な教師が、子どもたちのためにあらゆる情熱を傾け、教育現場を担っていくということにならなければなりません。そしてこのために何をなすべきかを考える必要があります。
分科会で議論されました、教員や学校への評価システムの導入も重要な課題であります。更に、教育委員会のあり方についても検討を加え、使命感を持った教師が存分に腕を振るえるような仕組みをつくっていくことも必要ではないかと考えます。
また、IT革命の進展は、教育を取り巻く環境を大きく変化させ、教育自体のあり方にも影響を与えるものであります。教育における通信情報技術ITの意味を十分に考えていかなければならないと思います。
制定して半世紀となる教育基本法についても、抜本的に見直す必要があると考えております。
なお、この会議につきましては、新たに内閣改造に伴いまして、与党三会派からは、既にこれまでご出席をされておられると思いますが、自由民主党の中曽根前文部大臣にご担当いただくことになっております。そして、公明党の山下栄一議員、今日はご欠席でございますが、保守党からは西川太一郎議員にご参加いただくことになっておりますので、どうぞよろしくお願いをいたします。
21世紀を目前にして、私たちは、心豊かな日本を築くべきときに至っていると考えております。そのためには、国民的な議論を踏まえながら、思い切った教育改革を推進することが不可欠であります。
皆様方におかれましては、趣旨をお酌み取りの上、中間報告に向けて、更に闊達な議論をなされますようにお願いを申し上げまして、ご挨拶に代えます。よろしくお願いいたします。
【江崎座長】どうもありがとうございました。
それでは、引き続きまして、大島文部大臣からご挨拶をいただきたいと思います。よろしくお願いします。
【大島文部大臣】文部大臣の大島でございます。国民会議に初めて出席をさせていただきますので、一言御挨拶を申し上げます。
先生方におかれましては、各分科会においてご熱心かつ精力的にご論議をいただき、先般、各分科会におきまして審議のご報告が取りまとめられました。先生方のご尽力に対して深く敬意を表します。私も拝見をさせていただきました。人間性、創造性の涵養、学校運営の改善等の視点から、それぞれの重要な論点につきまして議論が行われ、提言がなされていると受けとめているところであります。
ただいま、総理から教育改革の必要性などについてお話がありましたが、私としても、私が国の将来を担う子どもたちが、豊かな創造性と高い社会性を身につけ、たくましく心豊かに成長するとともに、国際感覚を持った日本人として自立できるよう教育改革を進めていくことが極めて重要であると、このように考えております。
特に、最近の少年による凶悪事件や問題行動、いじめなどの問題を考えますと、その背景には、青少年の世界の中に「孤」の世界が広がり、社会性が欠如していること、更に大人社会のモラルの低下が影響を及ぼしていることなどがあり、この問題の解決に向け、学校、家庭、地域社会が一体となって全力で取り組んでいかなければならないと痛感をいたしております。
本日も学校の現場の先生方と、約3時間御議論させていただきましたが、一層その思いがいたしました。
このような基本的な認識の下、文部大臣として、一層の教育改革の推進に努めてまいる所存であります。
教育改革を推進する上では、国民的な議論を重ねていくことが大切でございます。今後、中間報告の取りまとめに向け、引き続き先生方の積極的なご審議を期待いたしまして、私の挨拶といたします。
【江崎座長】どうもありがとうございました。
それでは、総理官邸から出席者及びオブザーバーの方々をご紹介いたします。
まず、総理官邸から出席者を紹介します。
中川秀直内閣官房長官、安部晋三内閣官房副長官、上野公成内閣官房副長官、古川貞二郎内閣官房副長官。
続きまして、皆様既にご案内のことと思いますが、新しくオブザーバーになられた方々をご紹介します。
中曽根弘文内閣総理大臣補佐官、西川太一郎衆議院議員。
なお、山下栄一参議院議員は、本日、海外出張のためご欠席でございます。
それでは、オブザーバーの皆様から一言ずつご挨拶をいただきたいと存じます。
【中曽根総理補佐官】7月18日に森総理大臣より総理大臣補佐官を拝命いたしました。文部大臣在任中には、座長はじめ委員の皆様方に大変お世話になりまして、心から感謝を申し上げます。
今後、西川衆議院議員、山下参議院議員とともにオブザーバーといたしまして、また、総理補佐官として、この国民会議の皆さんとともに教育改革に取り組んでいきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
【江崎座長】ありがとうございました。それでは引き続き西川議員。
【西川議員】西川でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
【江崎座長】ありがとうございました。
それでは、議事に入らせていただきます。
本日は、第1、第2、第3の各分科会から先日出されました「審議の報告」について、各分科会担当主査よりご説明いただき、その後、皆様でご議論いただきたいと考えております。
まず最初に、第1分科会−人間性−の主査である森隆夫委員よりご説明をいただきたいと思います。それでは、森委員よろしくお願いします。
【森委員】それでは、第1分会の報告をさせていただきますが、10分ということでございますので、ただいまあの時計が17分頃でございますから、27分頃に終わるようにいたします。
先ほど座長から、第1分科会はハートに傾斜しているようだというご指摘ございましたが、当然でございまして、人間性部会では、道徳教育、心の問題を中心テーマにしております。人間は心で行動するものだと私は思います。知識で行動するよりも心で行動していることが多いのではないかと思います。ごみを捨てないという知識はあっても捨てているし、年寄りに席を譲るという知識はあるのに譲ってない。つまり、そういう意味では知識も大切ですが、心が大事ではないかというのが第1分科会のスタンスでございます。
第1分科会では、他の分科会と異なりまして、人数が10名と比較的多いのでレポート方式といいますか、最初に各人にレポートを提出していただきました。レポートの中身は、各自が一番大切だと思う教育課題一つというふうに限定したのですが、結果的にはかなりたくさん出てきました。それとそれに対する具体的な方策であります。2番目は、教育基本法についてどう思うかということであります。
この二つをテーマにしてレポートを出していただき、それを中心に順次審議したわけでございます。その結果を三つの報告書にまとめてございます。
1番目は「日本人へ」、2番目は「具体的な方策」、3番目は「教育基本法」についてであります。以下、簡単にご説明いたします。
まず「日本人へ」という訴えといいますかメッセージでございますが、背景には、現在教育問題を考えるに当たって、日本人全体が共通に認識しておかなければいけないことは何かということで、討議の結果を曾野委員に文責ということでまとめていただきました。フィヒテの「ドイツ国民に告ぐ」ぐらいの気迫が感ぜられるかどうかわかりませんが、そんなつもりで書いてございます。
「具体的な方策」の方は、最も重要なものを三つに分けまして、「家庭」、「学校」、「社会へ」としてまとめてございます。3番目は「教育基本法」でございます。
まず「日本人へ」でございますが、これは先ほど申しましたように、現在の教育問題を考えているときに、我々はどういう立場に置かれているかということが(物質的な豊かさと平和の中で)ということで、我々は冷静に判断する能力を失っているのではないかということがまず書かれております。
続きまして、家庭教育の重要性というところは、親は「人生最初の教師」であるのに、その自覚もなく家庭教育は今や崩壊している。これは臨教審で、家庭教育はあらゆる教育の原点であると言ったのですけれども、臨教審では問題を指摘しただけで、それに対する対策を述べていないわけであります。したがいまして、国民会議では、臨教審でできなかったことを、この家庭教育の分野でなすべきではないかと思います。先般、文部省から「学校新生プラン」なるものが出されましたが、「家庭新生プラン」が出ているとは聞いておりません。それについて、国民会議でどう考えるかということかと思います。
更に、「教室で道徳を教えるのにためらう必要があろうか」というところで、ここで一番大切なことは、5行目ぐらいのところでございますが、「人格のできていない人間は本来高等教育を受ける資格がない」、ここのところにアンダーラインして中間報告に出そうかと思っておりますが、二、三のマスコミの人と話し合ったときに、ここのところは初めてだ、読んでないという方が多かったのですが、いろんな社会問題、事件を考えたときに、この箇所が特に重みを持って響くのではなかろうかと思います。
その他、教師には知識とともに徳が大事だということが列記してあります。
なお、この「日本人へ」の中で、最後のページですが、「奉仕の志」というところがございます。これは「奉仕義務」としてかなりマスコミで取り上げられましたけれども、反対論、賛成論こもごもありますが、反対論にまた反論いたしますが、反対論には二つございます。一つは、本来、自発的・自主的であるべき奉仕を国が強制する義務とするのはいかがなものかという反対論。もう一つは、奉仕義務の前に、思いやりや社会性を育てる方が先で、思いやりの心や社会性があれば奉仕を義務にする必要はないというもの。一見もっともでありますけれども、私たちが考えていますのは、一つは「新しい義務観」ということであります。本来、自発的な奉仕性を義務にするというのは、国家が国民に強制する義務ではなくて、国民一人一人が、自分が自分に課する義務、そういう新しい義務観、つまり自己犠牲と自己実現が重なり合うような、そういったことを考えているわけでございますが、そういった意味で、憲法改正必要なしにこれはできるのではないかということであります。
議論は、小・中では毎年2週間、高校では1カ月、18歳になりましたら1年程度。最初は2年という意見も出ていたのですが、2年は長過ぎるので1年ということに今落ちついております。
もうひとつの、反対論は、思いやりの心や社会性を育てる方が奉仕義務より先ではないかという考えでございますが、思いやりの心や社会性が百年たっても育たないから奉仕義務によって思いやりの心や社会性を育てようと、順序が逆なのではないかということを考えているわけであります。そういった意味で、奉仕義務というのは、言葉をかえて言えば「体で学ぶ道徳教育」というふうに私は理解しております。
以上が「日本人へ」でございます。文章の表現は曾野委員にお願いいたしました。内容は分科会全員の討議の結果でございます。
次に「具体的な方策」に移りますが、「父母へ」、「学校へ」、「広く社会へ」となっております。
「父母へ」の方では、「家庭はあらゆる教育の原点」である。これに対する対策は何か考えられないかということで、家庭はくつろぎの場、「心の庭」というふうに考えておりますが、家庭に「心の庭」をつくる。キーワードは「会話」と「笑い」ですが、と同時に厳しいしつけの場である。この厳しさとやさしさ、家庭があらゆる問題の原点ではないかということで、家庭教育新生プランの中核になるのはこのことかと思います。
その他、各家庭ごとに「しつけ3原則」とか、親に人生最初の教師としての自覚を持たせるとか、家庭教育論についてはいろいろ考えればいいと思うのですが、子ども部屋をつくる哲学がないとか、お年玉はお金でやらない方がいいのではないか、いろんな細かいことありますけれども、省略いたします。
次に「学校へ」でありますが、「学校へ」につきましては、奉仕活動、これが一番問題でありますが、小・中2週間、高校1カ月。これは教育課程の改善で割合簡単にできるのではないかと思うのですが、将来的には満18歳の国民全てに奉仕期間を設定する。これは決して兵役ではないということでありますが、兵役と誤解する人もありますし、戦時中の労役という考えで反対する人もありますが、私は労働(レーバー)と仕事(ワーク)は違うと思うのです。労働は打算が働きますが、ここで言う「奉仕活動」はワークでありますから、奉仕性が基礎にあるのではないかと思うのですが、それを全ての国民が18歳までに体験する。これは子どもが18歳ぐらいまで大きくなってこれたのは、国家、社会、家庭、親のおかげであるという、その恩恵を社会に還元するという意味も込めております。昨今物のリサイクルが叫ばれておりますが、これはそういった意味では温かい心のリサイクル「心の循環型社会」と言ってもいいのかもしれません。
既に文部省では、これに近いことをやっておりまして、「合宿通学」、先般鹿児島県へ行って参りましたが、「ふるさと学寮」といったような形で、それに近いものが行われておりますし、新聞報道によれば、文部省は既にそれについてのパイロット的な実施をしようとなさっておるようで、大いに結構だと思うのでやっていただきたいと思います。
その他、教育内容については、古典の重視、言葉の教育、特に今、自己紹介ができない人が多いわけでありますけれども、これは幼稚園の課題として言語教育が私は非常に大事だと思うのですが、本当は家庭なんですが、家庭でできないので、これをどうするかということであります。
それから、最後のところですが、問題を起こす子どもの教育への対応であります。これは審議の過程では、40人のクラスの中で1人の子どもが騒ぐために39人の学習権が侵害されていると。この1人がいなければ39人の教育はうまくいくのだと。その1人をどうするかということで、排除論も出たのですが、排除ではなくて、そうした子どもにも教育の機会を個性に応じて考えるべきではないかというので、割合ソフトに書かれておりますが、そういう問題であります。
また学校にカウンセラーの問題がありますが、これは現在も進行しているようですが、私は、学校にカウンセラーを置くのではもう手おくれなので、家庭にこそカウンセラーが必要なんで、家庭のカウンセラーは親なんですね。だから、親の「人生最初の教師」の機能の中にカウンセリングがあるということを、何らかの形で明記する必要があるのではないかと考えております。
続きまして「広く社会へ」でありますが、社会に対しては、私は社会の教育機能というのは、これは無意識的な教育機能で、教育していると思わないのに結果的に教育されているというのが多いわけでございまして、そのことをマスコミの人がどのくらい理解されているか、それに対する対策が課題であります。
最後に有害情報の問題がありますが、これは悪い情報を排除するということでありますが、悪いものを排除するだけでは教育は成り立ちません。ルソーは、「子どもを悪から守れば教育できる」と言いましたけれども、こういった考え方はネガティブ・エデュケーション、消極的でありますので、積極的に有害情報を排除したら、有益情報をどう提供するかということもあわせて考える必要があるのではないか、こういうふうに考えております。
もう時間オーバーしたのですが、「教育基本法」については別途申さなければいけないのですが、要点は2点ございます。一つは、第1分科会では、教育基本法を改正しようということでスタートしたわけではないということであります。いろんな問題を検討した結果、教育基本法も改正した方がいいのではないかという、結果論での改正について、大勢は改正を支持するという方向になっております。
では、どこを改正するのかということでありますが、これは改良主義的な考え方と、つまり今、教育基本法に欠けているものを補うという改正と、全く新しく書き直すということがあるわけでありますが、ここでは教育基本法の使命は、戦後50年一応終わった。それについて新しい社会に対応した教育基本法を考えた方がいいのではないかということで、欠けている面というのは、国、郷土、伝統、文化、特に家庭であります。基本法には理想的なことは書かれているのですが、これは山に例えればエベレストでございますが、エベレストに登ろうと思ったらベースキャンプが必要なんですが、ベースキャンプについての言及がない。特に家庭、あるいは郷土、国家、そういう点をどうするかという問題。
それから、「教育の原点」と臨教審が言った家庭教育については、社会教育の一部で書かれているにすぎないということ等々がございます。その他、宗教教育についても、あるいは学校、家庭の役割も不明確だといった意見もございました。
いずれにいたしましても、従来は基本法は準憲法的であるから変えるべきではない、そういう先入観があったわけでありますが、準憲法的といういわれはどこにも法律的にはないわけで、判例でも教育基本法と他の法規とは別段違わないし、教育基本法が優位に立つといったようなことは触れられておりません。これは最高裁の判例ですが、そういった意味で改正の時期にきているのではないか。それには国民的合意が前提になるということです。
少し時間をオーバーいたしましたが、以上でございます。
【江崎座長】ありがとうございました。
それでは、引き続きまして、第2分科会−学校教育−、金子郁容委員よりご説明いただきたいと思います。金子委員よろしく、なるべく10分ぐらいで。
【金子委員】私は一昨年までは大学の教員を20年ぐらいやっておりましたので、夏休みは大体2カ月から3カ月あるものと思っておりましたが、去年から小学校の校長になったので急に1カ月になってしまって、もうそろそろ始まってしまうのですが、休み中でも子どもからは、毎日のようにメールをもらって、元気にしていることが確認されております。
つい、この間起こったことですけれども、ある2年生の女の子からメールが来まして、今日お父さんにパソコンを買ってもらったと。まず最初に、舎長先生にメールを出していると。胸キュンです。お父さんが手伝ったのではないかと思います。IT教育といいますと、まずはアルファベットを勉強し、ブラインドタッチを勉強し、ワープロをやり、それからメールというふうに考えられがちですけれども、多分、子どもにとっては、一番初めに、誰か自分の気持ちを伝える相手がいると。そこから何か返ってくるという、そういう実体を持ったものではないのかなと思う。相手がいる、返ってくる。つまり情報を出し、それに対して反応する。それに対して、また、意見が出る、そういったことが子どもの教育にとても大事ではないかと痛感しております。
ITというのは技術というよりも、こういう自由な情報の流れが今の学校システムにはなく、大分閉塞感を与えているのではないか、これは私の個人的な意見に近いのですけれども、そういうふうに感じております。
第2分科会の内容については、多分お読みいただいていると思いますので余り時間とりませんが、ちょっと雰囲気を申し上げます。今、森主査から家庭の問題がかなり出ましたけれども、我々第2分科会は家族のような雰囲気で行われました。ただ、家族は仲がいいとは限りません。余り仲のよくない家族でした。しかし会うと懐かしい感じがする。きつい親がいなかったので、兄弟(姉妹)げんかばかりしていたのですけれども、しかし、他の分科会からも、今井さんをはじめ参加者が来ていただきまして、大変充実した内容になりました。
我々としては、報告の一番初めの部分に書きましたが、本当は大学院までを含めての教育の問題をやりたかったのですが、時間がなかったので義務教育にほぼ絞って考えました。そして観念論でなく、具体的な方法論を提案するという形でやらせていただきました。
この報告書で、従来のこういった会議の報告書と違うのは、一つは必ずしも意見が収束しなかったものに関しても、これは中間報告の前の段階ですから、物によってはこういうご意見があったということを委員の名前を入れて、書きました。今、第1分科会の森さんもおっしゃったように、分科会だけでとどまるのではなくて、広く国民の議論に資するための材料を提供するという形でやらせていただきました。
第1分科会は、前半の方を曾野さんの文責でお書きになったということですけれども、第2分科会は全員の議論を尽くしながら書いたのですが、最後はどうしても、取捨選択があり、私が取りまとめいたしましたので、最後に「文責:金子郁容」としました。必ずしも全員の意見が反映されてない、しかし、私の責任でまとめたということでやらせていただいたということを示したわけです。
全体の内容なんですけれども、分科会のメッセージを見ていただきまして、全体がどういうところに来たかなというふうに考えますと、臨教審では「個性重視」という子ども一人一人の問題、中教審では「生きる力」ということで、授業の内容、進め方ということで、多分今は学校とか学校教育システム全体の組織的な運営や経営方法に来たのかなという気持ちがございました。ということで「−新しい時代に、新しい学校を−」ということで全体をまとめさせていただいております。
提案に関しては、二つの部分に分かれておりまして、一つの部分は、全国の学校に対する改善の提案、少し今風の言葉で言えば「学校のバージョンアップ」をしてくださいよということで、幾つかの具体的な提案、これは日本中の学校でこうしてくれということでまとめました。
その骨子は、先ほどちょっと申し上げましたように、どうも学校というのは、親の知りたい情報がなかなか出てこない。何か問題が起こるとそれをどうも隠したがる。それから、もちろん学校は企業とは全然違うのですが、しかし、そのままでいると、自ら改善するという力がなかなか働かない。それから、一生懸命やって効果を上げている人とそうでない教職員との差がなかなかつきにくいというようなことがある。そういうことを改善して、情報を出し評価を受け、ちゃんとフィードバックを受けて改善をしてくださいということを中心に書きました。詳しくは後ほど申し上げます。
2番目の提案は、全国の学校に向けた提案というよりは、そのようないろんな問題点を改善するための幾つかの飛び石のようなモデル校というか改革の窓口をあけておくということで、私立の学校はこれまでいろんな新しい試みをやってきましたが、もっとそれをつくりやすいようにしようとか、従来からある研究開発校を地域単位で受けられるようにするというようなこととともに新しいタイプの公立学校ということで、これは仮の名前ですが、“コミュニティ・スクール”を提案させていただきました。
全国の学校のバージョンアップに関しては、「教員」、「学校」、「学級編成や授業方法」という三つの部分から成っております。
「教員」については、冒頭で「学校教育で最も重要なのは、一人一人の教員である」と述べております。もちろん職員もいるわけですが、議論の中では、教員の方に時間をさきましたのでこのような言い方にしております。
マルのところで、「個々の教員の努力や意欲を認め、よい点を伸ばすという観点から評価とフィードバックをしよう」ということでございます。効果を上げている人とそうでない人を同じに扱わないということで、これは厳しい提案になりますが、最終的には何度フィードバックしても、効果が上がらない人にとってはきちんと処遇をするということまでしっかり考えようということ。教員は実践者でございます。いわばスポーツの選手ですから、一生ずっと実践をするということでなしに、いろいろな役割があるだろうということ。それとともに、今いる教員だけでなく雇用の形態を多様化し、いろんな採用の方法を考えてもいいのではないかということです。
私の校長しております幼稚舎では、来年度4人の教員を募集をしておりますが、この夏にホームページなどを使いまして公募したところ 200人ぐらいの人が集まりました。面接は来週からで、どんな人が来たか詳しくはわかりませんが、様々な人をこれからいろいろな方向で活躍する子どもたちの教育には、やはり同じような人ばかりではなくて、いろんな人がいるようにしようと思っています。それには採用方法の多様化が必要で、免許の更新制というのも検討していいのではないかという意見が一部で出ております。
「学校」についても、いわば教員と同じ問題点が入れ子になっているように思います。評価を受け、情報をちゃんと出す、フィードバックをする、自ら改革する、そうでない場合にはそれなりの処遇を受けるということでございます。
ただ、学校選択制に関しましては、これは当然のことだという意見と、学校選択制は余りやると競争意識をあおるということで意見が割れております。
最終的には学校の運営、教員の組織に、組織的なマネジメントの発想を持つと。このことは学校だけでなくて、実は教育委員会の組織についても同じことだということで、最後はまとめております。
「学級編成や授業方法」については、時間がありませんので省きますが、ITとか英語に関しては、そこに書いてあるように、例えばITだけで物事は済むわけではございません。しかし非常に有効な手段であることは確かなので、まず本物、実物に触れてもらう。先ほど冒頭で申し上げたように、相手がいて、その人とコミュニケートできるところから、ITや英語を考えたらいいのではないか。しかし、これはなるべく早いうちからやった方がいいという提案でございます。
「新しいタイプの学校」についてもそこに書いてあるとおりでございますが、コミュニティ・スクールと仮に申し上げているものに関して、ちょっと一言、二言申し上げます。学校は、やはり人の問題ではないかということで、起業家精神というのでしょうか、新しいタイプの人がどんどん教育界に入ってくるような、そういう魅力ある学校にしなければいけないのではないかと思います。
ここに書いてある一つの提案は、市町村がそのニーズに基づいて、私がやるぞという人を公募するなり、有志が集まって、そこで市町村立の新しい公立学校をつくるというアイディアでございます。それは様々な学校が考えられると思いますけれども、日本中全体の学校をだんだんと改善するとともに、このような新しいタイプの公立学校をつくるのが一つの突破口になるのではないかということで、議論の材料ということで提出をさせていただきました。
以上でございます。
【江崎座長】ありがとうございました。
それでは、引き続きまして、第3分科会−創造性−の木村孟委員よりご説明いただきます。木村委員よろしくお願いします。
【木村副座長】それでは第3分科会の審議の報告をいたします。
当初、創造性、独創性にあふれた人材をいかにつくるかということがテーマでありましたが、第1回目の審議の際に、もう少しテーマそのものを大きくとらえたらどうだろうかというご議論が出まして、その結果、25ページに書いてございますように、「今後、我が国が必要とする人材をいかに育成するか」、人材育成の立場からの議論といたしました。
26ページをごらんいただきますと、先ほど座長が、第3分科会はマインドに傾斜した議論のように思えるということでありましたが、半分ぐらいの議論は、実は、ハートの議論でありまして、そこのところが問題意識として冒頭に半ページほど書いてございます。
まず1番目の問題点は、戦後の高効率至上主義と、高等教育の大衆化路線から出てきた社会の画一性、そういうものが独創性、創造性に富んだ人材を生み出す素地を奪ってしまったという点。
2番目は、戦前の反省から、エリート教育が徹底的に罪悪視されて、いわゆるノブレス・オブリジーを実行できるエリートやリーダーが生み出せなくなっているのではないかという点。
3番目は、最近、盛んに新聞紙上等を賑わせております、勤労観、職業観の稀薄化の問題であります。
このような三つの反省から、基本テーマのところに書いてございますように、3本の柱を立てさせていただきました。時間の関係もございますので、かいつまんで、これまで余り中教審その他で議論されてないところだけについてご説明をしたいと思います。
まず1本目の柱、「独創的、創造的な活動ができる人材の育成」ということで、要するに大事なのは、子ども一人一人が持って生まれた才能をいかに見出し、それをいかに伸ばすかということであります。議論の中で度々出ましたのは考える力をいかにして育てるかという問題であります。そういうことから、「習熟度別学習」、「少人数教育」、「中高一貫教育の推進」について提案をしておりますが、これらの点については、中教審でも触れておりますので省かせていただきますが、その次に「高校での学習達成度試験の導入」という提案があります。これは我が国の文化的な背景というのでしょうか、評価をしないというところから、達成度試験みたいなものはこれまで避けて通ってきたところがございます。ところが他の諸国、殊にアメリカ等を見ておりますと、高等学校、あるいはその前の中学校レベルでも達成度試験を盛んにやっております。州単位でどんどんやるようになっている。そういうことからやはり評価の必要性があろうということで、高校での達成度試験を導入してはどうかという提案をいたしました。
それから、その次の27ページの下から二つ目の黒ポチ、アンダーラインでございますが、これまで17歳での飛び級ということを中教審等で提案してきましたが、ここでは思い切って、大学入学の年齢制限を撤廃してしまってはどうだということを言っております。これは個人個人の持っている能力等、非常に差があるということで、どうも日本の社会、先ほど冒頭申し上げた画一主義・画一性の問題から、その辺を殺してしまっているのではないかということからの発想でございます。
次に28ページへ参りまして、上から3行目のところに「大学の9月入学を積極的に推進する」というくだりがあります。これは第1分科会の議論を受けてもおりますが、委員の何人かのご意見として、日本の若者が成長していく過程で、モラトリアム期間がないのではないかいうご指摘が出ました。そういうことで、高等学校の卒業時期は変えず、大学だけを9月にして、その間に、第1分科会流に表現すると、社会奉仕でもよろしいのですが、そこをモラトリアム期間として使ってはどうだろうということからの提案でございます。
もう一つ、その後の「暫定入学制度の導入」のところでありますが、これも新しい提案であります。お読みいただければわかると思いますが、要するに日本では、大学入学者を一時で決めてしまうということをやっておりますが、そうではなくて一定の割合の者だけは大学で勉強させて、その結果、よければ正式入学させる、そういうふうな方法をとったらどうかという提案です。要するに学生を勉強させるための手段というふうにお考えいただければよろしいかと思います。
その次が、我が分科会の提案のメジャーな部分でありますが、これは後ろの表をごらんいただいた方がよろしいかと思います。31ページであります。“エリート”という言葉を使いたかったのですが、エリートということよりも、社会の各分野でのリーダーといった表現の方がよかろうということで、そういたしました。そういうリーダーをどう育てるかという問題です。これからは世界をリードしていくリーダーというのはどうしても高い専門知識がないとだめだと云う点はコンセンサスが得られました。アメリカにしろイギリスにしろ、どこでもそういうことが起こっておりますが、そういう観点から、大学、大学院のシステムの再編成を考えてはどうだろうかということであります。
その図で、白抜きのところに四つ項目が書いてございますが、大学入学年齢制限を撤廃する。先ほど申し上げたとおりであります。ここでは大学院へは3年で進学を一般的にするということを考えております。学部では、リベラルアーツ型教養と専門基礎の教育を行って、3年で大学院への進学を一般的にするということであります。
大学院の問題では、皆さん方、御承知のとおり、理工系の大学院は割合日本では機能しておりますが、問題は文系でありまして、そういうことから、プロフェッショナルスクールの整備をしてはどうだろうかということを考えておりまして、その斜線の部分であります。プロフェッショナルスクール、「期間は、1年〜3年間」と書いてありまして、そこを整備するという提案であります。
その他、細かいところでは、例えば成績評価の厳格化、これは大学審あたりでも言っておますが、その他「ダブルメジャー制度の導入」、できるだけ幅広い知識と理解力あるいは見識を持たせるということを考えますと、どうしても、シングルのメジャーではだめだということで、ダブルメジャーの制度を導入してはどうかという提案であります。
最後になりますが、「職業観、勤労観」の問題でありまして、これは最近、私、エンジニアとして痛感しておりますが、様々な事故が起こって、それを詳しく知れば知るほど、勤労観、職業観の稀薄化がそういう事故につながっているという気がいたします。そういうことから、ここではこの問題を取り上げさせていただきました。日本の高等学校、中学校も含めてですが、いわゆる職業観でありますとか社会における使命感、そういうものの教育が欧米に比べると極めて欠如しているということから、具体的な施策として“インターシップ”制を積極的に実施してはどうかという提案であります。これは既に言われていることでありますが、ここでも強調させていただきました。
それから、もう一つは、直接エンジニアリングに関わる事故と関係してくる「ものづくり教育、職業教育」についての提案です。最近少し傾向としてはいい方へまた戻ってきているような気がいたしておりますが、その辺をもっともっと日本としてやっていく必要があろうということを提案いたしました。
全体として、私どもの分科会は産業界の方がいらっしゃるということで、もちろん全員が賛成ということではございませんでしたが、ご反対の方も最終的には反対の意見をリザーブするということで、マインドの議論ができたのかなと思っております。
以上でございます。
【江崎座長】ありがとうございました。
教育改革国民会議としましては、ただいま三つの分科会の報告に基づいて審議を行いまして、9月の末、9月の20日過ぎでございますが、教育改革国民会議として中間報告をまとめたいと考えております。先日、企画委員会を開催し、今後の審議日程を検討いたしましたが、皆さんのお手元にあると思いますが、資料4にありますように、今回を含めまして5回の全体会議を開催することを予定しております。9月になりますと夏休みも明けるわけでございますから、大分働いてもらわなくてはいけないことになっておりますが、できれば9月22日の第9回の全体会議で中間報告をまとめたいということになりました。
このような日程で審議をしていただくと思いますので、皆様にも濃密なご審議をいただくようご協力賜りたいと存じます。その後、公聴会を開催するなど、広く国民の皆様のご意見を伺いたいと考えております。公聴会は10月を考えております。
次に企画委員会において、資料5にありますように、企画委員会に各分科会報告の起草に当たられた浅利委員、梶田委員、黒田委員、曾野委員の4人を新たに加わっていただくことにしようということになりました。企画委員会の構成につきまして、このようにしてよろしゅうございましょうか。
【江崎座長】ありがとうございました。それでは、そのようにさせていただきます。
では、三つの分科会の審議の報告につきまして、第1分科会から順番に皆様からご自由に発言いただきたいと思います。まず第1分科会の審議の報告につきまして、特に第2分科会の方に先に質問していただき、その次に第3分科会、これはそれほど厳密ではございませんが、していただきたいと思います。それではいかがでございましょうか。
それでは、ご自由に、第2分科会の方から、先ほどの森委員の報告について、ご意見をいただければと思っています。
【藤田委員】趣旨について、特に道徳性、社会性、人間性の形成ということ、また、奉仕活動体験の重要性ということについては、私もそのとおりだと思いますし、その重要性を強調することに基本的に異論はないのですけれども、ただ、たとえ2週間ないし1カ月であろうと、あるいは1年であろうと、義務化するということに違和感を感じてしまうのですね。現在でも、例えば修学旅行でありますとか、臨海学校、林間学校、その他様々のプログラムが学校教育の中には含まれておりますが、そういったものを含めて、こういう経験の重要性というものを、そういうプログラムの中に組み込みながら、各教育委員会なり、あるいは学校なりにおいて、そういったことを充実するというような、そういう方向性を考えられないだろうかということが一つ思ったことであります。
もう一つは、義務化ということで、全員参加という形になるとしたら、もう一つ疑問に思いますことは、その有効性についてです。これは私の友人なども時どき言っていることですが、反省会というのが学校でしばしば行われますけれども、反省会で反省する人は本当は反省をしなくてもいい人で、反省しなければいけない人は全く反省しない。こういう経験も、本当はその体験の中から何かを学んでもらわなければいけない人が何も学ばないというような、そういうことにもなりかねないというようなこと等を含めて、その有効性に疑問があります。具体的なあり方については、ここで議論する必要のないことだとは思いますが、そういったこと等を含めますと、一律に期間を決めて義務化するということに違和感があります。
【江崎座長】ありがとうございました。その他に何かご意見はございましょうか。河合委員。
【河合委員】私も基本的な姿勢は全く賛成ですが、やはり1年間の奉仕期間を義務化するということはよほど考える必要があるのではないかと思っております。むしろこれは第3分科会の方からお聞きしたいと思いますが、18歳の1年間の奉仕というのは、例えば、私のような教育学をやるような者や心理学をやる者は、社会の1年間の経験は非常に大切だと思いますので、それはいいなと。あるいは将来教師になるような方とか、これは非常に有用だと思うのですが、例えば数学、物理とか非常に先端的なことをやっていかれる人が、1年間の奉仕というのは、その奉仕の中に、まさに国の知能に奉仕するという意味で、すごい先端的な勉強というか研究に入っていくのも考えられるのか。あるいはそういうことを全然考えなくて、一般的にみんなが思っている奉仕を考えているのかというようなこともちょっと考えていただきたい。
これはむしろ木村先生に言っていただきたいと思います。
【木村副座長】多分、今の河合先生のご質問に一番お答えになるのにふさわしいのは江崎先生だと思うのですが、私もずっとそのことを考えております。例えばオックスフォード、ケンブリッジの卒業生で、すごい仕事している連中でも、若いときに、私が申し上げたモラトリアムの期間を経験している者がたくさんいるんですね。日本ではどうしても、18歳でストレートで大学へ行くのがいいという考え方が強いのですが、私、随分ケンブリッジの友人達と議論したのですが、英国では、後になってすごい仕事をした人が、17歳のときに、例えばフィジーへ行って英語教えていたとか、そういう経験をたくさんしています。
【河合委員】これは先生、18歳ときめるのがいいと思いますか、私はちょっと。
【木村副座長】私は年齢にこだわりません。
【河合委員】人によって違いますのでね。
【木村副座長】先ほども申し上げましたように、河合先生の問題提起について私ずっと考えているのですが、日本はどうも学問の世界については、少しでも若い方がいいといいますか、若いときにやらせた方がいいというような発想があるのですけど、どうも彼らを見ているとそうではないような気がするんですね。江崎先生どうですか。
【江崎座長】大変こういうふうなものはケース・バイ・ケースではないかと思いますね。ですから全体をいちがいにとらえるということは大変危険が伴うということが一つ。それから、例えば芸術家なんかも18歳、そのときに磨くというようなこと、ですから大変ケース・バイ・ケースで、これがいいのだという結論は私は出せないと思いますけれども。
確かに、こういう例はいいかどうかわかりませんが、私、アメリカにおりましたときには、いろんな国からポスドクが来ておりまして、イスラエルから来ているすごくよくできる男がおったんですが、これは兵隊に行きまして、ヘリコプターを操縦しておったという経験の人間なんですよね。彼は非常にタレントを持っている人間ですから、ヘリコプターの操縦と彼のタレントがどういうふうに関係するかわかりません。非常にケース・バイ・ケースでいいのではないか。
【田村委員】第1分科会のこのご提言は、私は全体としては全く賛成なんですが、ただ、具体的な問題として、今、藤田先生が指摘されたような、奉仕活動の義務化の問題の扱い方なんですが、私も同じような心配があったんですが、総理が施政方針演説で、「奉仕活動と自然体験」ということをおっしゃられたので、これなら問題ないのではないかと思いました。その辺、もしよろしければ、総理のお考えをお聞かせいただけるとありがたいなと思います。それから、スウェーデンがこれを実際学校でやっています。ただ、あそこは人口が 400万か 500万か非常に小さな国ですから、そう大きな問題なしにやられたのだろうと思うのですが、デンマークなんかで見ると、グルントビーといって、学校は運動を提唱するということで、国を挙げて、子どもたちが何か奉仕をやるという運動をやると。それを点数化するとか、それこそラジオ体操のノートみたいに判こを押してやるとか、そんなようなことをいろいろと地域によってやっているようですけれども、そういうやり方もあるのではないかと思います。だから強制的に奉仕活動と決めてやるのはどうかなという感じが率直にいたしました。それぐらいでございます。
それから、最後に、先ほどのエリートのような非常に優れた才能の人間がいろんなことをやるというのは、私のところの経験では、申し上げたかもしれませんが、オックスフォードの医学部に入学が決まっている子が、半年間、私どもの高校へ来まして、日本語を学びたいと。生活費等はアルバイトといいましょうか、英語を教えることで稼いでやりたいというようなことであずかったことがあります。非常に優秀な学生でしたが、日本語はほとんど使えるようになって帰りましたね。
だから、自分で選ばせるということも考えた方がいいのではないかと思います。どういう奉仕をやるか。奉仕と限らず、いろんな経験を、学校の生活以外のものをやるという、そういう機会を提供するというか、そういうふうに考えるといい結果が出るのではないかという気がいたしました。
【江崎座長】ありがとうございました。それでは、森総理、何か。
【森総理】いつも前のことばかり話して恐縮なんですけれども、臨教審のときに、実は私は半年ぐらいの奉仕、自然体験というのを提案をしたのですけれども、残念ながら話題になっただけで全然相手にされなかった。今のような教育環境の論議ができるときではなかったと思いますね。まだ非常に国会は左右の対決というのが非常に強いときでしたから、無理からぬことだった。
私はなぜそんなことを思ったかというと、今の高校生が大学へ入って来て、「なぜ、君はうちの大学に入ったのか」「なぜ、この学問するようになったのか」と聞いてごらんになったことがあると思いますが、まず明確に答える人は少ないのではないでしょうか。「親が行け」と言ったとか、「先生が行け」と言ったとか、「しょうがないから来た」とかで、目的意識を持って、「この大学の法学部へ来ました」とか「経済学部へ来ました」、そんなことを考えて入っている人というのは少ないのではないかと思いますね。
この間も、たまたま私の郷里の高校生が国会へ来た。校長先生と指導の先生と3人の先生で、生徒が20人ぐらいいましたか、「何しに、君ら東京に来たの」と言ったら、大学を回ったと言うんです。ちょうど就職のときに自分の行きたい会社をいろいろ回りますね、会社訪問。あれとよく似ているんですね。それで、大学回って雰囲気見たりなんかしているというんです。「君はどこへ行きたいの」と言ったら「○○大学」。「あなたは」と言ったら「○○大学」。「なぜ、そこへ行くの」、「いいえ、わかりませんけど、先生がそう言ったから」。「何をやりたいの」と言ったら「いやあ、○○学部」。「何でその学部に行くの」と言ったら「わかりません」。
彼らはそういうふうに何を目標にして、どうしていいかということがわかってないわけです。ですから、私は大学に入る前も一つの方法だろうと思うんですけれども、大学を出て社会へ入るときに慌ててどこかの会社へ飛び込むのではなくて、半年ぐらい、これは1年なら、なおいいと思いますが、せめて、そのときぐらいはいろんな体験をして、自分の進路を決めて、そして会社へ行こうと思うか、あるいはもうちょっとこういうことをやってみようと思うか、少しそういうことを考える余裕を与えてあげる。何かばたばた、ばたばたと押されるようにして、周りに負けるまいと思って、あっという間に迷路に入り込んでいるという感じがどうもするので、そういうことを少し考えてあげる。小学校から勉強、勉強、勉強とやらされてきているわけですから、社会へ入って、人間というものを少し見てみる、人生というのを少し見てみる期間を、15歳から18歳の時期は、私は与えてあげることが一番大事なのではないか。
まして、今の人生は80年なんて言っているし、我が内閣は「70歳まで働けることを選べる人生」と、こういうふうに申し上げているわけですから、1年や半年ぐらいはいろんな体験をされたらいいのではないか。
河合先生がさっきおっしゃったお話もありますが、あのオウム事件にかかわった人たちは学問だけはすごいんだけど、人を殺すことについては何の抵抗もなかったとするならば、それはどんな学問を積み上げられても徳がなければどうしようもないんだということはよくわかるわけであって、そういう意味では、そういうモラトリアム期間をつくってほしいなということを非常に感じます。
国際社会の中で、皆さんはそれぞれのお立場で活躍しておられる方ですけれども、さっき自己紹介ができない子どもということをどなたかおっしゃいましたね。今、自己紹介どころか礼、挨拶ができないんじゃないですか。まず挨拶ができません。青少年団体が外国へ行きますと外国の青年と交流します。私も何回かそういう機会がありましたけれども、スポーツなんかでもそうですが、外国の選手紹介をすると、子どもたちはパッと気をつけして、ぴしっと敬礼するところもあるし、いろんなタイプがある。
日本は確かにバスケットもバレーもできるのでしょうけれど、自己紹介をして紹介を受けると、きちんと挨拶ができないわけでしょう。これは学校が教えることなんでしょうけれども、なぜ、教えなかったのだろうか。いずれにしても、子どもたちが成長する過程の中に大人たちは余りにもずさん過ぎるような気がするんですね。そういう意味で、子どもたちにもいろんなことを考えてもらうためには、ぜひ、そういうモラトリアム期間をつくってあげてほしいなという気持ちは私はあります。
日曜日、たまたま珍しく私は家に帰ってテレビを見ましたら、のど自慢をやっていました。そのときに、小学校の先生が3人出てきた。物すごくカッコよく、今はやりのタータータッと踊るんですよ。私は、今の小学校の先生、これは人気あるだろうなとこう思ったんですけれども、一方で、私の世代からもうちょっと上の方から言うと、先生があそこまでやっちゃっていいのかなという見方と両方あると思う。私はどっちがいいかわからない。明るくてとてもいいなあという見方もあるし、先生があそこまでやるのという見方とあると思う。ただ、救われたのは、その先生方が、最後に後ろに回ったら、背中に「知・徳・体」と書いてあった(笑)。そこがちょっと救われた感じがした。
それから、もう一つは、これは家内が見たんですが、私は飛行機の中だったので見なかったのですが、「朝まで生テレビ」というのをやっていて、教育問題をやっていたそうです。そのときの議論の中で、最終的に出たのは、国会議員たちの意見だったそうですが、何を目標にやるのかという目標が与えられてない、子どもたちは何をやっていいのかわからないのではないかということが、最後のところのどうも意見だったらしい。我が党の関係者と野党の関係者の言うのはそこが違っていたので、野党の皆さんは、要はコミュニティを大事にするということをやればいいのだと。自民党の方はコミュニティというのは結果的に社会だろうと、社会をよくするのは国家じゃないかと言ったら、国家なんて言う必要はないんだという議論になるというんですね。国家までは考える必要はない。地域社会ならいいんだと。地域社会に奉仕したり、地域社会のために活用できる有用な人間になるということが目的で、国家のために有用な人間になるという、そこまで考える必要はない、そこまで言う必要はないという論議になっていたというんですね。
相も変わらずだなという感じはするんですけれども、家庭を構成する社会、社会を構成する、結局国家なんですね。国家のために有用な人間になるか、何をやるのかということが、全くこれまで論ずることはできなかった教育だったのではないか。たまたま二つのテレビ番組からそんなことをちょっと教えてもらったんです。
私が横でしゃべると皆さんの審議にご迷惑になるからできるだけ話さないようにしているんですけれども、ぜひ、ひとつお考えいただきたいのは、教育基本法の話になると必ず変えるな、変えちゃいかんという意見が出る。しかし、なぜ変えちゃいけないんですかという論点が余りないんですね。
今の国会も、憲法改正なんて言おうものなら、すぐ大問題になっていたのに、憲法改正の調査会ができるようになったぐらい変わったでしょう。どうぞ、教育基本法というのは変えちゃいけないよという皆さんは、なぜ、変えたらいけないんですかということを、私はその視点をひとつぜひお考えいただきたい。
これはある方の話を聞いたんですけれども、「義務教育」という言葉は本当にいいんですかと。義務教育というのは経済的にまだ日本が立ち行かなかった頃に、子どもたちをちゃんと学校へやりなさいよという親に義務づけたところから始まりましたが、今、「義務教育」というネーミングはいいのかどうかということを考えてみる必要があるのではないでしょうか。例えば「基礎教育」であるとか「基本教育」という見方だってしていいのではないか。どうも「義務教育」という言葉が、かえって義務教育をおかしくしてしまっているのではないか。
同時に、今井さんいらっしゃって恐縮ですが、私もずっと戦後PTAというのを見てきたけれども、PTAとは何だろう、ペアレント・ティーチャーの会だと。しかし、学校の先生は本当にPTAを大事にしたのだろうか。先生がPTAの活動に参加せず、親にまかせっきりになっているのではないか。かつては先生が非常に主体的だったんですが、ここ近年になりまして、お母さんも皆高学歴社会へ入りましたから、先生が自信なくなってきたんですね。というようなことで、親対学校というのではなく、PTAの本来のあり方というのをよく考えるべきではないか。
また、教育委員会のあり方についても、石原さんのような立派な教育長がいらっしゃるんですが、教育委員というのをどういう選び方をしていますかということでしょう。市町村長が選ぶわけですよね。知事さんが県の教育委員を選ぶでしょう。それが本当に教育に対してどういう考えを持っておられるか、どういうことをされているかというのではなくて、むしろ知事に頼まれたから、市長、村長に頼まれたからなっているようなケースがあるのではないでしょうか。また、例えば、国旗・国歌の取扱も、教育委員会はきちんとこういうことでやるんですよということを、先生にきちんとやれば、校長先生も勇気持ってやれる。教育委員会がきちんと責任を果たすことが必要なのです。
ですから、そういう少し基本的なお話合いもぜひしていただければ大変ありがたい。余計なことを申し上げましたけれども、そんなことを皆さんの報告を拝見しながら、その辺の視点も少し入れていたただいたらいいのかなという気がします。よろしくお願いします。
【江崎座長】どうもありがとうございました。また、お時間ありましたら、参加してください。
【森総理】はい、ありがとうございます。
【江崎座長】それでは、第1分科会につきまして、何かまだ意見ございますか。石原委員。
【石原委員】2点ございます。一つは11ページに「学校へ」と書いてあるところで、通学学習とか合宿、あるいは問題を起こす子どもへの対応と書かれてございます。特に第1分科会、家庭教育が一番基本であるということを指摘しておりますが、具体的に実際には家庭の養育機能が非常に崩壊している場合がある、あるいは家庭そのものが多様化しているという中で、特に小中学校の子どもたちは、人格形成の基礎において、家庭の養育機能が十分でない場合があります。はっきり言いますと崩壊している家族に育てられる子どもの問題は、18歳ぐらいでの奉仕活動より、そのもっと以前の段階で、基本的な倫理観やしつけ、生活習慣を身につけることができません。親がほとんど家にいない、あるいは親が夜勤めているために子どもは常に夜一人で置かれているということも少なからずあります。そういう意味では、学校教育をきちんと支えていくための、いわば21世紀の子どもの新しい福祉のニーズといいますか、家庭の養育機能衰弱、崩壊に伴う支援施策をどうしていくかということが強く求められています。けれども親権が非常に強いという中で、非常に学校現場も私どもも困惑することが多うございます。今できることが非常に限られておりますもので、これからの21世紀の子どもたちの教育を考えるときに、そういう教育と福祉と家庭への、この三つをセットとした教育機能支援のあり方を、とくに家庭への総合的な施策が必要ではないかと思っております。また、それがないと、なかなか18歳まで持ちこたえられないのではないかと思います。
もう一つは、中卒以降の話でございますが、進学も就職もしない、無職のいわゆる少年が増えてまいりました。高卒から大学へ行くのも、かつては就職するか、進学しなくても浪人ということで、次年は、進学するということでございましたが、いわゆる無職の青少年に対する問題は、ここの中で学校、家庭、社会へといってもなかなか難しい問題が出てくると思います。この無職の青少年の問題は、かつてイギリスなど先進国で若年失業者の問題が教育問題とも深くかかっていました。すなわち3年失業していると、人格崩壊をおこしていくといわれる若者が増加する社会は、不健全な社会です。この無職の青少年たちに、社会の仕組みとして、今後どのように仕事を与え、生きがいを与えていくか、そういうチャンスを確保していくことがまず必要で、18歳の奉仕活動ということももう少し社会的な状況の中で判断が必要かと思います。
ちなみに平成8年度、高卒の求人は 164万人くらいいましたが、昨年(平成11年)は37万が高卒の求人で8割減でございます。そうしますと高校生自身が、いわゆる就職については、できるかできないかというような、つまり先の見通しが非常に若い世代にとっても不透明であるという中で、これは教育だけでなく、むしろ国民会議という場で、若い世代の仕事・職業、産業構造にかかわるだけに、そういうことをきちんとどう国として取り組むかということが必要です。10代後半から20代を無職で過ごすということを「失業問題」としてきちんと取り組んでほしいと思います。そういう青少年と中学生のグループのつき合いも最近大変強うございますし、そういう意味での、いわゆる経済と教育の両方の領域にまたがる問題を、また、ここで具体的な施策として何かご議論いただけたらというふうに思っております。
【牛尾副座長】家庭が崩壊したケースや、中学・高校の卒業生が進学も就職もしないケースは全体の何%ぐらいなんですか。
【石原委員】崩壊家庭をどの基準でとるかは難しいのですが、それはどの学校にも見られる、公教育における地域全入制のなかでの日常的な事態でございますし、地域によっては、その率が非常に高い。
【牛尾副座長】文部省で調べられるんですか。
【河合委員】家庭崩壊の定義が難しい。その数が非常に少なくても、その人のやることが大きい場合は物すごい大変なことをやる。新聞見たらわかると思います。
【牛尾副座長】教育の範疇外の特別対策になりますよね。
【河合委員】教育の一環ですね。
【江崎座長】家庭教育を何かの方法でサポートする。崩壊を防ぐんですか。
【牛尾副座長】家庭が崩壊しているわけだから。
【石原委員】家庭の養育機能がない子どもに対して、従来型の福祉施策では対応できない部分が既にあるということと、非常に崩壊に近い状況の中で育つ子どもに対して、学校教育だけでは既に手当てができない現実があります。家庭教育で倫理観をつけましょうとか、しつけをしましょうという以前に、家庭教育そのものが遂行できない家族に対しての基本的な施策あるいは支援策みたいのは必要ではないかということです。
【河合委員】象徴的なことですけれども、今、スクールカウンセラーが言っていますが、スクールカウンセラーの部屋に入って来るときに「ただいま」と入ってくる子がいるんです。そして、ずっといて、そして「行ってきます」って。
【金子委員】うちに帰ってくる。
【河合委員】スクールカウンセラーの部屋に「ただいま」と言って帰ってくる。
【江崎座長】それはホームの。
【河合委員】思っているんでしょうね。それは小学生ですよ。
【江崎座長】ホームだと思っている。かわいそうだね、しかし。
【河合委員】そして、出て行くときが「行ってきます」です。
【江崎座長】しかし、考えようによっては非常にいいスクールカウンセラーですね(笑)。
【河合委員】それはそうです。その意味はあります。つまり象徴的なこととして、そういう例があります。
【大島文部大臣】江崎座長、先ほど牛尾さんがおっしゃった点に関して、高校卒業生のうち、就職しない、どこにも行かない生徒が約1割。
【牛尾副座長】就職しない、進学しない。
【江崎座長】高校卒業生で就職しないのが約1割。
【牛尾副座長】今の話、中学卒業生についての話ではなかったでしょうか。
【大島文部大臣】中卒でどこにも行かないということ自体がほとんどありませんから。
【江崎座長】進学率が97%。
【牛尾副座長】今のお話は就職や進学をしない中学卒業生ですか。高校の卒業生ですか。
【石原委員】高校に行っても退学してしまう。
【牛尾副座長】これはどうしようもありません。
【石原委員】あるいは退学させられるというのもそうですね。
【河上委員】第1分科会でも発言していいですか。
【江崎座長】もちろん結構でございます。
【河上委員】石原さんがそういうことを言われて現場としては非常にありがたいと思います。本当に親権が強いです。例えば、小さいときからきちんとした育て方をされてなくて、学校の枠組みや社会的な生活ができないで、物すごく混乱させる生徒が具体的に相当数いますね。そのときに学校としては本当に何も権限がないんです。
今、石原さんがおっしゃったように、福祉の支援が必要だというのは全くそのとおりです。例えば家庭での養育ができないときに、小さいときから別の場できちんとした養育ができれば、ひょっとすると、その子は中学生や高校生になったときに、社会生活を営めるような力を持てるようになるかもしれない。しかし、現在それは全くないんですね。
そうすると、先ほど河合さんおっしゃったように、たった一人でも、その生徒がひどい行動をすれば、学校全体が大混乱するという現実があるわけで、それは両方とも不幸なことです。そういう点を考えると、今おっしゃったことは、本当に必要なことだと思います。
【江崎座長】そのことも若干おっしゃっているわけですね。問題や対応をあいまいにせずにと、それはおっしゃっているわけですね。
【河合委員】第1分科会では、いわゆる教育のレベルだけではなくて、寄宿舎をつくって、そこで養育したらどうかという意見も何人か出ていたと思うんです。それはきっと教育の分野を少し逸脱するような部分があると思うんですけれども、そのことはかなり大事なことだと私は思っています。
【江崎座長】そういう子どもを特別に補導するような施設みたいなものを考える。
【河合委員】お金をたくさんかけても、特別にゆっくりと手厚く教育や保護をするような場所が私は必要だと思います。
【江崎座長】はい。黒田委員先に、その次に藤田委員お願いします。
【黒田委員】ちょっと違う観点なんですが、これから益々グローバル化してくるということで、また、多分日本人の労働人口が減ってくるということになると、将来、欧米及びアジアからいろんなレベルの労働者が日本に入ってくる状況になるだろうと思われます。
今朝の新聞に出ていたのですが、うろ覚えで、今急いで調べようと思ったら、持っていたのは今朝の新聞でなかったんですが、新宿区では35人に1人が日本人以外の親を持った子どもが生まれているということが書いてあったと記憶しています。その数の多さにびっくりしました。多分新宿区だけのことだったと思うのですが。
「日本人へ」ということはこの人達には当然当てはまらないわけですね。この流れから考えると、国家観とか国という考え方は、多分21世紀にはかなり変わってくるであろうと予測される。そういうときに、この人たちのことはすっぽり置いておいて、今のような議論だけしていていいのだろうかというような議論が、第1分科会ではなかったのであろうか。そのくらい増えてきているとなると、この人達を置いておいて議論することはまずいのではないか。そういう視点の議論もぜひやっていただきたいと思いました。
【森委員】最後にまとめて、第1分科会の答えを言いたいと思いますので、今お伺いして黙って聞いております。
【江崎座長】それでは藤田委員、時間の関係がありますから手短にお願いします。
【藤田委員】先ほどから出ている多くの議論に必ずしも異論があるということではないし、問題の重大さもわからないではないのですが、その考え方の基本的なところに、なにかしっくりこないものがあります。一連の提案が21世紀の日本のあり方として好ましいのかどうかという点で。例えばイギリスの場合ですと、先ほどの崩壊家庭の問題でありますとか、外国人子弟が集中している地域の問題は、ソーシャル・エクスクルージョンというふうに言われて、いろんな対策が講じられています。というのも、いろんな問題の集中している地域というのがある。いろんな問題が地域レベルでかなりクリアーに出ているものですから、政策はそこにターゲットを絞って行われる傾向があると思うのですね。
ところが日本では、それが比較的拡散しているだけに政策のターゲットを絞りにくいところがあるように思うのです。しかし、私は問題そのものは、そういうソーシャル・ポリシーといいますか、そういった視点から広く対応していく必要性が強まっているのであって、教育政策だけでは難しいのではないかと思います。
そうなりますと、学校教育でできること、しなければいけないことも、少し違うのではないか。先ほどのように、2週間とか1カ月とか1年間の奉仕体験をある時期に行うようにすれば、それで何とかなるという問題ではないんじゃないか。いろんな問題を抱えている層、集中的に抱え込まざるを得ない層に対して、どういうふうに適切なケアなり、サービスなりを提供していくのか、どういう対応をしていくのかということもあわせて考える必要があると思います。
【江崎座長】先ほどおっしゃった家庭崩壊などの問題を含めてですね。
【藤田委員】含めてです。
【江崎座長】それでは、大宅委員、お待たせしました。
【大宅委員】例の奉仕活動の話なんですが、曾野さんと上坂(冬子)さんの対立でわかりますように、つまり、あれはニワトリと卵なんですよ。曾野さんがお書きになったのは、「個」の確立なんて何十年言ったけど、だめだったと。だから、これは強制でやらなければいけない。
さっき総理大臣もおっしゃったように、自分の意思がないわけですよね。つまり選択肢を出して自分で選ぶんだという説の人に対して、自分で何を選んだらいいかわかりません、何も考えたことがありません、という人たちの方が多いと。では、こうなったら、やるしかないのではないかという話で、ニワトリと卵なんだというふうに私は思うのです。
もう一つは、教育というのは、どこかで教育する側に人間が変わるわけです。ずっと子どもは子どものままでないから。さっき、18歳から奉仕活動なんてやらせても間に合わないとおっしゃったのですが、18歳は子どもの終わりと考えるからであって、18歳は親の始まりだと考えれば、18歳からやればいいのではないかと私は思う。つまり18歳からというのは親にも教師にもなる可能性のある年代、どこからやるかという話だと思うんですよ。このメンバーの中にいて言うのもおかしいのですけど、外の人から見て、こんな羅列されるだけ羅列されて、思いつきばかり並べているようだと言われてもしようがない気が私は全体に関してするんです。
問題は優先順位だと思うんですけれど、その優先順位の物差しをどこに置くのかというのをはっきりしないと、みんな国民のそれこそ、そうだなと思って動いてもらえることにならないと思うんですね。有効性なのかやりやすさなのか、有効性といってもどうやってわかるのという話にもなりますけれども、これをやった上でやらないと、一つずつ、これはこういう意見がある、これはおかしいとやったら、何百年やっても何も動かないと思うので、ぜひ企画委員会の方でそれを。
【江崎座長】要するにプライオリティに対応するということですね。
【大宅委員】プライオリティを決めてやっていただきたい。頭からつくってやっても難しいと思う。
【江崎座長】どういう立場からプライオリティをつけるかということをまず論議して、それでプライオリティをつけると。
【大宅委員】そうしていただきたい。
【江崎座長】ありがとうございました。
【浅利委員】さっき森さんがおっしゃいましたけど、第1分科会ではかなり議論が詰まっているんですね。ですから簡単に5分ぐらいで、この問題はこうです、この問題はこうですとお話しできると思うんです。ぜひ今のご質問に対して、第1分科会の議論に参加した側からのご返事という時間を後でとっていただきたいと思います。
【江崎座長】今日は時間が6時までということになっておりますから、まだあると思いますが、第1分科会だけで今日終わるわけではございませんし、ごく簡単にやってもらいます。
【森委員】第3分科会から第1分科会に対する意見はもう終わったんですか。それを終わってから、私、お答えしようと思ったのですが。
【江崎座長】第3分科会からも、クラーク委員。
【クラーク委員】第1だけでなく、第2、第3、みんな奉仕活動取り上げていたんです。だから非常に共通しているテーマなのです。それで義務化すべきかどうか、非常に大事な問題で、既にマスコミで取り上げられている。私自身は大賛成なんですけれども、非常に導入しにくいんです。だから、奉仕活動は、参加は自由意志にしても、そのチャンスを広げなければいけないんです。アメリカは一番いい例なんですけれども、一流大学へ入りたければ奉仕活動をある程度やらなければいけない。それで人格として評価される。ああいう調子で日本でいけば一番理想的なんですけど、アメリカの場合は選択肢がいっぱいある。ロータリー、ライオンズ、ボーイスカウト、日本はほとんどないですよ。だから、まずあの次元でスタートして、それでうまくいけば、だんだんと強制的にもやってもいいと思います。
【森委員】それは議論しています。よろしいですか。
【江崎座長】ごく簡単にやってください。また、次のもございますから。
【森委員】幾つかの問題にお答えします。まず第1点は、奉仕の義務化、小・中の義務教育ですから、義務ということをおっしゃったのですが、教育課程の中に、そういう奉仕活動を入れれば、義務教育というのは算数でも国語でもみんな義務にしているわけですからいいと思うんです。それと修学旅行はやめてもいいというようなことも議論していますので、林間学校とかそれとのダブりは調整できると思うんです。
第2点は、こういうことをやった後の反省会で、反省しなくてもいい人が反省して、反省しなければいけない人がしない。これはあらゆる教育で言えるのです。PTAもそうで、あらゆることで言えるのですが、教育というのは未来に対する準備ですから、そのときに反省しなくても、将来気づいて必ずいつか役に立つのです。それは「体験を通じての無意識的学習」と言っているのですが、そういうことがありますから、そのときには反省できなくても将来反省できる、それだけでも意味があるのではないか。
3番目は、議論を整理しますと、原則と例外ということと、我々は原則で議論していますので、例外的なことについては、これはまた細目、またケース・バイ・ケースで考えなければいけないということが一つ。もう一つは、対策は消火対策と防火対策があるんです。今の中卒の無職者をどうするかといったような問題と奉仕活動はどうなのか、これは消火対策なんですね。我々が考えているのは、18歳で奉仕活動を義務にするということは、将来の親がより立派な親になるということです、30年後に。更にそういう親が子どもを育てれば、60年後にもっと立派になっていくだろう、そういう長期的な防火対策を考えていますので、対策というのは必ず原則と例外があり、消火と防火があると思う。そういうことを区別して提案するときは提案しなければいけないということが一つ。
それから、自己紹介もできないという話なのですが、日本比較教育学会という学会があるのですが、教育の国際化を議論したときの結論は、一人一人が自己紹介ができるようにするのが教育の国際化の第一歩だと、それが出てみんな大笑いしたことがあるのですけれども、笑えない事実がそういうことです。
また、家庭が多様化しているときに、家庭が崩壊といってもどうなのだということなんですけれども、私はいかに家庭が多様化しても、どんな家庭でも共通性はあると思うんです。それは何かといいますと、人間が一緒に生活しているということです。この「一緒に」が、ウィズwithの精神というんですが、これが大事なので、シングルマザーの家庭にも子どもと親が一緒に生活しているわけですから、そういうシングルマザーの家庭には教育機能としてダブル機能が必要なのですが、そういう点を明示してやればいいのではないかということであります。
もう一つ、最後になりますが、「日本人へ」ということなんですが、これも外国人労働者も確かにいるのですけれども、これは今のところは35人に1人ですから例外と見ていいだろう。だから我々は、今、原則をまず議論しようということで「日本人へ」ということをやっているので、例外はまた別途考えればいい。以上です。
【浅利委員】奉仕について、18歳で1年というのは現実論ではないんです。第1分科会ではかなり議論しました。ただし、今の文部省の教育課程の中でも、小・中で2週間、高校で1カ月はやれるんですね。まずやれるところから手をつけようという考えです。それを頑張ってやってもらう。成果が出てきたときに、18歳で1年間ぐらいやるべきではないかという議論を積み上げていこうではないか、という方向です。
それから、今、森さんがおっしゃいましたけど、あえて「日本人へ」でいいのか、外国人だっているのではないかという議論も出ました。しかし、まず日本人の魂に呼びかけるのが先ではないかということで、あえて「日本人へ」にさせていただいたわけです。
【江崎座長】ありがとうございました。まだまだいろいろ議論あるかもしれませんが、大分総理の話も長かったものですから(笑)。
それでは、第2分科会の審議に移りたいと思います。特に第1、第3分科会、その順序でございますが、できるだけ端的に手短にやっていただければ幸いと思います。それでは、どなたか、いらっしゃるでしょうか、第2分科会の審議で、まず第1分科会の人からやってもらいたいのですが、必ずしもそうでなくても結構です。それでは森委員から。
【森委員】第2分科会の議論はなかなかいい点もあると思うのですが、私は全体として教育内容論がちょっと弱いのではないかということを第1分科会との関連で思うのですが、もう少し教育の中身についてご検討いただけたらという希望であります。
【江崎座長】内容が弱いというご希望です。その他に何かございましょうか。クラーク委員。
【クラーク委員】総理大臣のポイントは非常に大事なポイントだった。義務でなければ、学校の改善とか選択問題は自動的に解決できる、暴れている子どもに対してどうすべきかとか。義務でなければ。その立場からもうちょっと第2分科会の皆さん。
【江崎座長】義務教育でなければ……。
【金子委員】義務を外したらどうかという話。
【江崎座長】義務を外してしまって自由に。
【クラーク委員】より自由に。
【江崎座長】つまり、河上委員などがおっしゃっているような、そういう制約がなくなるというわけですか。
【クラーク委員】なくなる。だから、うちの国民会議は、賛成か賛成ではないか、賛成すれば、第2分科会の議論は。
【江崎座長】義務教育でやっても、そういう子どもたち、河上委員がおっしゃったような、秩序を乱すような子どもたちを、何か他に補導する方法、そういう制度をつくれば考えられるわけですね。ですから「義務」という名前を落とす落とさないは、それほど末梢的なことで、義務であっても、そういう制度さえつくればいいのではないか。
【クラーク委員】総理大臣のアイディアはすごくいいアイディアかどうか、まず。
【牛尾副座長】「基礎教育」という言い方が……。
【クラーク委員】もし、この会議で、これがいいアイディアとなれば、大分変わりますよ。
【江崎座長】総理大臣のご意見を尊重する立場ですね、クラークさんは。
【勝田委員】コミュニティ・スクールということが第2分科会で強調されております。私も賛成なんですが、どういうふうな内容なのか。アメリカではご承知のように、いわゆる落ちこぼれとか非常に個性の強い子どもとか、そういった児童をオルタナティブ・スクールという別の学校に収容する、そういうことがございますね。
【江崎座長】あります。
【勝田委員】こういったたぐいのことも、ここのコミュニティ・スクールでお考えになっておられるかどうかですね。
【金子委員】イエスです。
【勝田委員】最後に、私、個人的なことですが、比較的最近、5月ごろでしたか、広島県の安浦町の町長さんが私の大学に来られて、うちの町立の新しい学校、第3セクター的な学校をつくりたい、ぜひ理事になってくれということなんですね。いろいろお伺いしておったら、広島県の教育が非常に荒れている。安浦町というところは呉に近いものですから自衛隊員のご子息がたくさんいる。それを日教組の先生方が、自衛隊員の子どもに対して非常に勇気を失わせるような授業をすると。これでは困るということで、町で第3セクター方式で新しいコミュニティ・スクールをつくりたいのだと。それでひとつ理事になってくれと。賛成です、やりましょうと。
そのときに、広島県は日教組の組織率も非常に強いけれども、実は日教組に入っている人たちでも、本当は嫌だという先生方も随分多いんですよと。だから、私どもの町がこういうコミュニティ・スクールのようなものをつくれば、はじめからそれをねらっているわけではないけれども、結果として日教組の勢力が分断されていくのだと、そうおっしゃっておられました。
後から調べてみたら、津川(雅彦)さん、今、『葵・三代』の徳川家康やっている人とか、作曲家の都倉(俊一)さん、外交評論家の加瀬英明さんなど、いろんな人が理事になっていて、おもしろい学校ができるなと、そういう印象をもちました。こういう学校が全国につくられると日本の教育も多様性が生じておもしろいですね。
【江崎座長】ありがとうございました。その他に、第2分科会、もちろん第3分科会の方も、全員どなたでも構いませんが。
【沈委員】私は第1分科会に所属しております。多分、幼児教育の問題が今回の答申の中にはほとんど出てきていないんです。それで、これは第2分科会でおやりになるかなと思って、きのう答申を拝読したわけですが、余り触れておりません。
ただいま今井先生のお話を承っておりました。小学校に行く前の子どもは、文部省系列の幼稚園、あるいは厚生省が所管する保育園に二つに大体収容されて、そこで勉強していくわけです。保育園は拘束10時間、朝7時から働きに行くお母さんが子どもをあずけていきます。幼稚園は大体決まりとして4時間です。そうすると子どもとして、目がさめて親とも、10時間もつき合うという暮らしはないと思うんです。保育園こそまさに10時間、子どもの幼児教育のすべてを支配する時間ではなかろうか。ただ、それは厚生省の所管である。ですから文部省ほど保育士の試験等については厳しくない。お母さんが保育士であれば、子どもも一緒に保育園に来る。その先生の子だから、子どもが小さなけんかも根深く残っていくということで、非常に保育園の大事さの中に教育的な手が届かない部分があるような気がする。
10時間拘束するんですから、そこでスポンサーは厚生省で結構だと思うんですが、教育ですから、何省に関係なく、やはり10時間、幼児を拘束する保育園の中に教育的な機能を高めていくことは一番大事ではないか。厚生省と文部省が相互乗り入れをしてやっていただくような配慮を願いたい。そうしないと、子どもはあれほど大人と触れるのは一生ないと思います。お願いをいたしたいと思います。
【江崎座長】ありがとうございました。たしか幼児教育の問題は、今回誰も取り扱わなかった問題のように思います。その他に。それでは金子さん、コメントございますか。
【金子委員】時間ございませんので簡単にですけど、教育の内容に関してはまさにそのとおりです。第2分科会では時間切れになりました。最後の方でやろうということになったのですが。全体からすると、内容の方は学校とか地域に任せるというふうに言っており、そこでおしまいになってしまった。実は我々としても少しそこは薄いなというふうに考えております。あと、全体会議でまたご提案があればと思います。
義務教育の「義務」をとったらという話は多少話題にはなりましたが、我々としては、今の教育制度をどうやってバージョンアップするか、ないしは新しいタイプの学校をつくるかというところに特化しました。今考えると、その話も扱ってしかるべきだったと思っています。
コミュニティ・スクールについて、勝田さんのご指摘はまさにそのとおりで、いろんな考えの人が地域のニーズに沿って学校経営をできるようにしておこうということでございます。そういうことが、全国で全部そうなるのではなくて、そういうことができればおもしろいなということです。
幼児教育に関しても、これも我々、大学、高校の問題も取り上げたかったのと同じように、実はその話題も出たのですが、なかなかそこまで話は回らなかった。河合さん少しお話いただけますか。
【河合委員】いや、いいです。
【金子委員】そういうことで、我々としては、小学校、中学校(初等・中等教育)に絞って、組織やシステムの問題というところに特化をし、その中で十分に審議をしたということでございます。今のようなご指摘があれば、また全体会議で取り上げていただければと思います。
【江崎座長】ありがとうございました。
それでは、大分時間も迫ってまいりまして、次に第3分科会の審議報告に移りたいと思います。これもどうか、第1、第2分科会にとらわれず、どなたでも結構ですから、ご意見を賜れば幸いと思います。どうぞ、今井委員。
【今井委員】今井です。保護者の立場からなんですが、これから一人一人に合わせたということで、エリート教育等が入ってくるということは基本的にはわかっているつもりですが、ここの中に、27ページですか、子どもたちの身体的成長が早くなっているということが書いてあるのですが、私どもが気にしますのは、精神的な部分で、今でさえ同じ学年の中でもいろいろないじめ等がありますが、これが異年齢の子どもが入ってきたときに、そういうことが受け入れられるものかどうかということ、それから、どこでエリートかどうかということをきわめる判断基準、そういうようなものがあるのかどうか。普通の学校でどのくらいの割合でこういうのが出現するのか、大変初歩的な問題かもしれませんが、お尋ねします。
【江崎座長】ありがとうございました。その他に。梶田委員。
【梶田委員】これはこれでいいんですけれども、我々の周りの者で、第3分科会のテーマはこれから日本のために非常に重要なのでということで論議をしていて一つ出てきたのが、今、研究者に与えている科学研究費ですね。あれを一つは、大々的に拡充して、もう少し若手にもっともっと当たるようにならないか。
もう一つは、小学生対象、中学生対象、高校生対象、大学生対象にも、ああいう科学研究費のようなものをつくって、これは国というより地方自治体の方がいいかもしれませんが、例えば個人としては50万とかグループでやったら 300万とか 500万、そういう小さいときからプロジェクトを組んで、それを提案して、それでお金もらって、それで成果を上げて、その成果を世の中に問うということを小学生、中学生、高校生、大学生のときからもっといわば当たり前にしたどうかと、そういう話が我々の中で出ておりまして、ちょっとお考えいただけますか。
【江崎座長】今、あると思いますけれども、それをうんと拡張しなくてはいけないという議論だと思います。
【上島委員】十分にご議論されたと思うのですが、職業観とか勤労観とかというところで、あえて起業家精神といいますか、もっとゼロからいろんな子を生み出していくという視点が大切でしょう。ものづくり、職業教育大切と言っていますけれども、あえて、そういうところはもう少し強く私は訴えていくべきではないかと思います。
【江崎座長】ありがとうございました。
【勝田委員】大学あるいは大学院について、新しい編成をつくる、これも大賛成です。分科会でご議論なさったのだろうと思いますが、大学及び大学院の先生たちの任用の仕方、また、その任免のやり方、あるいは任期制の導入とか、そういったことに関しては何もご議論はございませんでしたか。
【江崎座長】それは、例えば、tenure制をとるかとらないか、そういう問題がありますね。これは私から質問したいのは、日本の大学の大衆化というのは、私学主導で行われたわけですね。これは他の国とは大分違った状況だと思います。現在、私学に大学生は、約8割ぐらい、その8割のことについてはこれに余り論じられておらない。ご存じのように、日本には立派な私学がたくさんございますが、その他にやはり私学の財政という問題が必ずしも財政基盤のいい学校とは限らないわけですね。そういう学校に対して当然評価というものを前提にして、独立行政法人化としてお金を持ち込むという可能性、そういうものを若干考える必要があるのではないかと思います。
先ほど「日本人へ」ということがございましたが、これは大学においてやはり外国の留学生のことについては一言触れる必要があるのではないかと思います。これは35人に1人どころではなしに、もっとたくさんおるわけですから、国際性という意味でそれはやっていただくことにします。
それでは、森委員から始めて、その次、藤田さん。
【森委員】2点ございますが、一つは、“創造性”というクリエーティビティーの問題を検討する上で、私はイマジネーションの方の想像力が前提にならなければいけないのではないかと思うんです。ですから「創造性」というと、すぐ科学技術、大学院、それはそれで結構なんですが、その前にイマジネーションの方の「想像力」ということになりますと、これは文学とかロマンとか、そういうものが特に小、中、高の段階で重視しなければいけないのではないか、そういうロマンの中から研究の仮説が生まれると。
ですから、これは江崎座長にお伺いしたいのですが、ノーベル賞の仮説はどこから得られたのかなと。私は福井謙一先生に聞いたことがあるんですが、福井謙一先生は、そのとき、夏目漱石の『夢十夜』が愛読書だった、夢があったんですよね。だから、ロマンや夢がなければ、研究の仮説も生まれないのではないかと思うんです。
だから理科教育を重視するだけではなくて、文学とかそういうロマンがなければいけないのに、今はプラトニックラブもなくなって、全然ロマンのない時代ですから、そういうことをどういうふうに考えたらいいのか。大学院レベルの問題だけではなくて、小・中は基礎教育を徹底すればいいのだとか何かしていただきたい。これが第1点。
第2点は、第3分科会が一番片仮名が多いんですけれども、国民会議の議論として、国民すべてが議論するには理解できなければ議論できないので、何か難しい言葉が出てくる、例えば26ページに、“ノブレス・オブリジー”、これをみて何だろうとわからない人は、もう飛ばしちゃう、こういうことになりますので、なるべく使わない。第1分科会は片仮名使ってないんです。
第2分科会ではコミュニティ・スクール、これは最も誤解を招くと思うんです。従来のアメリカにあるコミュニティ・スクールと、金子さんおっしゃっているコミュニティ・スクールは、私は中身違うと思うんですが、そうするとチャーター・スクールとの違いはどうとか、すぐ教育学者が議論してくると思いますので、その辺を日本語に全部翻訳してやっていただけたらという希望であります。以上です。
【藤田委員】第3分科会の最後の「大学、大学院の再編成イメージ図」というのは、これは、もしこういう改革が少しでも実現可能性があると考えられるのであれば、検討に値するものだと思うのです。ですから総じてそんなに異論はないのですが、2点ちょっと疑問があります。一つは、初等・中等教育システムについて触れてある中で、中・高一貫校の推進等につきましては、私は個人的には異論があります。これにつきましては、小・中学校段階の基礎教育部分は、各学校の中での弾力化、自由化ということを進める方が懸命であって、学校間の差異化を促進するというのは適切ではないと思います。
それに対して高校以上の教育については、自由化、弾力化あるいは多様化というのを積極的に進め、若者たちの選択の幅を、あるいは試行錯誤する機会、モラトリアムの機会を充実する方向で改革を進めればいい。事実、高校以上ではそういう提案が多いと思いますので、その点ではほとんど異論はありません。ただし、1点だけ申し上げれば、大学の9月入学を積極的に推進するということに関連してですが、先ほどのご説明では、日本の若者にはモラトリアム期間がないというお話でありましたけれども、私の理解では、日本の大学生というのはほとんど限りないモラトリアムをエンジョイしている。問題はむしろ制度の問題ではなくて、内実の問題だという気がするんですね。
しかも最近は、先ほど高校生の問題が出ましたが、大学生におきましても、いわゆるフリーター的なものの存在が非常に増えておりますし、そういった意味では制度的には、あるいは構造的にはむしろモラトリアムにあふれている。だから、9月入学を促進することに必ずしも反対というわけではないのですが、それよりも、若者たちがもっと積極的にいろんなものにチャレンジしていくような機会や仕掛けを充実することの方が重要だと思います。クラーク先生が言われたいろんなボランティア活動、ロータリーであれ何であれ、そういう場を充実することを含めて。また、高校教育などにおきましても、アメリカではガイダンス・カウンセラーが各高校に配置されていますが、その主要な役割は、若者たちがどういう進路選択をしていくのか、どういう人生設計をしていくのかということについて親身になって、高校1年に入ったときから相談に乗るということにあります。そうしたことを含めて、モラトリアム期の内実をどうやって充実するのかということが重要なような気がします。
【江崎座長】わかりました。それでは、金子委員の質問を最後にしまして、リスポンスはこの次でもよろしいですね。それでは金子委員。
【木村副座長】そうですね。
【江崎座長】それでは金子委員。
【金子委員】全体的に原則として賛成なんですが、私は個人的体験からしますと、飛び級とかをどんどん早くやるということに関しては余り賛成はしません。私がスタンフォードの大学院にいたときに、同じクラスにいた Ph.D.プログラムの学生が18歳だったりしたのですが、急ぎすぎても余りいいこととはないなと思いました。この間も15歳のアメリカ人でインターネットで商売やっているという子どもに会ったのですが、とりたててすばらしく面白い子どもというわけではありません。ただ、そういう人がいることは私は全然構わないと思います。ですから、多分この第3分科会は、みんなこうしろというのではなくて、そういう人はやれということならば賛成です。
【江崎座長】もちろんそうです。
【金子委員】私も今、慶應大学で新しい学部をつくる設置にかかわっているのですが、設置は非常に厳しいんですね。いろんなことを課されます。それはいいのですが、一遍設置しちゃうと、後は野となれ山となれということで、木村さんなんかがやっているような形で、どんどん情報を出して評価をしていって入る方が選べるようにすれば、これは大学ですから、ちゃんとしたところを選ぶようにすればいいと思います。大学改革をどうせやるのだったら、例えば国立大学はステート・スクール、一部のいい学校を別にして、集中して、あとはアメリカの各州のイメージなんですけれども、カリフォルニアならユニバーシティ・オブ・カリフォルニアとステート・カレッジのような形で2種類作る。一部以外は誰でも行けるように。これは私立でもいいんですけど、国立でこそ、そういうものをどんどんつくって、誰でも行けるよと。そうなると高校時代にもうちょっとリベラル・アーツとかゆっくりとできるという可能性が出てくる。
国立大学は大学の中ではマジョリティでないのですけれども、もし施策をやるとしたら、私立大学はどっちかといえば、情報開示で評価をきちんとやると。国立に関しては、一部の幾つかの“エリート校”という言葉をあえて使いますと、それ以外はそういうふうな形で誰でも行けるようにして、ここから十分に教育をするというようなことぐらいを提案をするといいのではないかと思っています。
【江崎座長】ありがとうございました。
【大宅委員】すいません、一言だけ。申しわけないんですが、“人材”という言葉が嫌なんです。人材というのは明らかに管理する側が使いいいようなものをつくり出すという言葉ですよね。せっかく国家に振り回されなくて済む時代になったのに、自分たちが自分らしく生きられない人たちばっかりになっちゃったということで、さっき森さんが「国家のために」とおっしゃった。国家の目標は終わりなのと私は聞きたかったわけですね。それがないからみんなぐじゃぐじゃなわけです。だからといって国家の目標を変なのをつくられても困るんですけれども、少なくとも今は私たちが自分たちで生きたいように生きるということができるようになった時代だということにしないと、“人材”というのが嫌で、パック詰めにして何か送られる感じです。すいません。
【江崎座長】大分宿題が木村副座長に来ましたが、リスポンスはこの次やっていただけませんか。時間が6時までですので。
【木村副座長】忘れるかもしれませんけれども。
【江崎座長】それでは、座長の不手際で、時間が参りましたが、どうもありがとうございました。本日はこのくらいにさせていただきまして、次回につきましては、本日の議論を踏まえまして、各分科会の審議の方を続けたいと思います。
なお、教育基本法、教育財政等の共通的審議事項とされた事項につきましては、次々回、7回の全体会議で集中的に行いたいと思っております。
それでは、事務局から何かございますか。
【大島文部大臣】座長、最後にお礼の言葉を。
【江崎座長】それでは文部大臣の方から。
【大島文部大臣】初めて、各先生方の様々なご意見をお伺いしました。たった一つだけ、私の立場でお願いをし、申し上げたいことがございます。それは、先ほど子どもたちが、幼児、小学校、中学校、高校とございますが、自分の意見を持っていないとか、言わないとかというご意見がございました。私は違うと思うんですね。みんな持っていると思うんです。ただ、それぞれの持っている意見を大人社会がある意味では抑えている。もっと言えば、家庭が抑えている。あるいはひょっとしたら、我々なんかが抑えている。要は子どもたちの意見を我々が感受して、そしてそれを育てるという、その視点がないと、私はいけないような気がして、それだけはちょっと所感として申し上げさせていただきます。拳々服膺して、また立派なご報告をちょうだいしたいと思います。
【江崎座長】ありがとうございます。確かに今おっしゃるように意見あるんだけれども、何か社会がそれを抑えているというような面もあるというご意見でございます。
それでは、事務局の方から何か事務的なことがございましょうか。
【銭谷担当室長】次回、第6回の会議は、9月4日午後4時から6時の開催を予定しております。詳細はまたご連絡させていただきますので、よろしくお願いいたします。
なお、本日は分科会で使いました主な資料を冊子にした資料集と分科会の審議の報告に関する新聞記事をあわせて用意しておりますので、後ほどごらんいただければと思います。
【江崎座長】それでは、どうも長い間、ありがとうございました。