教育改革国民会議

第6回教育改革国民会議・議事概要




(日時) 平成12年9月4日(月)16時〜18時

(場所) 総理官邸大食堂


○山下議員挨拶に引き続き、前回の会議で出された第3分科会の「審議の報告」に関する意見について、第3分科会主査である木村副座長よりコメントがあった。概要は以下のとおり。

(木村副座長)
 今井委員から、義務教育開始年齢を弾力化し、異年齢の子どもが入ってくると、いじめが助長されるのではないかという指摘があったが、逆に、同じような子どもが集まるから、いじめが起こるとも言える。また、どういう人がエリートとなるのか、ということについてだが、モチベーションを持った人がなるべきであり、当然、多様なパスを作り、やり直しのきくシステムを作ることが重要である。
 森委員からの、創造性が科学技術に偏っているが、創造性を発揮させるためには、文学的なロマンを教えることも必要という意見については、教養教育の重視など議論されていると考えている。片仮名が多いということについては、ご指摘のとおりだが、日本語にはないものもあるので、ある程度は仕方ないのではないか。
 大宅委員の「人材」という表現に違和感を感じるという意見については、これは「ヒューマン・リソース」の和訳であって、他に名案がないので、今後考えたい。
 藤田委員から、大学の9月入学に関連して、今の日本の大学生は十分にモラトリアムを謳歌しているという指摘があったが、大学教育を充実させることについても議論している。また、中高一貫に対する疑義があったが、学校の選択肢を増やすことは大変重要なことだと考えている。

(今井委員)
 飛び級をしなかった子どもや授業についていけない子どもに対する支援も重要である。

(藤田委員)
 中高一貫校について、中学段階から学校選択ができるということは、必ず学校の序列化につながる。

(木村副座長)
 危険性があるからといって、改革を進めないわけにはいかない。

(勝田委員)
 大学教員の任免、任期制についての議論はされたのか。大学の自治の下、どんな教官でも、一度採用されたらそのままということではいけない。

(木村副座長)
 その点について、第3分科会では議論していない。

○中間報告について、起草委員を資料2のとおり、企画委員会を構成する委員をもって充てることを了承。

○「共同生活による奉仕活動の義務化(特に小・中学校2週間、高校1ヶ月)」についての議論の概要は以下のとおり。

(藤田委員)
 「奉仕活動」の具体的イメージや形態はどのようなものか。

(森委員)
 体を使う農作業、森林整備、町の清掃、高齢者介護などをイメージしている。社会体験活動も含むが、第1分科会としては、「奉仕」に意味があると考えている。

(河合委員)
 兵庫県の「トライやる・ウィーク」では広い社会体験も含まれている。

(梶田委員)
 奉仕とボランティアを混同して議論がされている。単なる社会体験活動ではなく、人のために何かすることに意義があると考えている。これから高齢化社会に向かう中で、高齢者に対してサービスする体験などを積み重ねる必要がある。今回の提言では、共同生活も含むことを考えており、これが「トライやる・ウィーク」と異なる点である。

(河野委員)
 基本的理念には賛成だが、今の段階で、義務化としてしまうことには抵抗があるのではないか。年齢によって、様々な活動が考えられ、例えば小学生ならば、ゴミ拾いぐらいから始めてもいいのではないか。国民に受け入れられるようなものから始めて、時間をかけて試行錯誤していくべき。

(江崎座長)
 義務には「当然なすべきもの」と、「国家が法律で強制するもの」がある。「社会に奉仕する義務がある」と言えば前者であり、「18歳で1年間の奉仕活動をやれ」と言うと後者になってしまう。「奉仕」の意味をもう少しつめる必要がある。

(河上委員)
 学校の中で共同作業をさせたり、社会性を育てることが困難になっている。共同生活により奉仕活動を義務化するということは学校としてとても有り難い。個人主義的傾向が強まっている教師にとっても良い経験だと思う。また、活動をバックアップするスタッフが必要である。

(今井委員)
 社会体験、自然体験を含めて考えているが、1週間から2週間の活動となると、学校教育への父親、地域の参画が得られる。指導者の育成にも役立つ。

(上島委員)
 奉仕活動は、広い意味での社会体験・自然体験と捉えた方がよい。義務化となると、やらない人に対するマイナス評価になりがちだが、やった人のプラス評価につながることが重要。

(浜田委員)
 小・中・高を通じて「奉仕」とすることには、世論の反発もあるのではないか。小学校では、屋外での遊び、中学校では勤労体験、高校生で奉仕活動など段階に応じた活動とするべきである。

(森委員)
 子どもの場合と大人の場合の義務化は分けるべき。子どもには「当然なすべきこと」がわからないので、義務化してやるしかない。義務教育でやっている全てのカリキュラムは義務であり、教育課程に入れて行うことは可能である。自己犠牲が自己実現と重なり合う点を求めるべきであり、社会性を育てるための奉仕ということにこだわりたい。社会性の育成が重要と言われているが、具体的方策が出ておらず、共同生活による奉仕活動の義務化は是非やってほしい。

(浅利委員)
 今すぐ、18歳で1年間の奉仕活動ということは難しくても、小・中学校から取り組み、社会的認知を高めて国民的合意を得ようという趣旨。「奉仕」という言葉の範囲・是非が議論になっているが、「社会体験」「自然体験」では平板で受動的である。子どもが他人のために働くことにより社会性を育むということになると、「奉仕」という言葉が必要。社会体験活動では育たない。「奉仕」を変えるべきではない。

(藤田委員)
 共同生活を学校レベルでやるのか、地域レベルでやるのか。日本全国一斉にやるというのであれば、個性化・自由化を進める他の分科会と矛盾する。また、学力低下が問題となっている中で2週間を奉仕活動に費やすのか。

(沈委員)
 異年齢の交流を通じて社会性を育てるという「共同生活」を行うことの方が奉仕より大切だと思う。

○「義務教育開始年齢を保護者の選択と学校の判断により1年程度早めるか遅らせる」についての議論の概要は以下のとおり。

(藤田委員)
 義務教育就学開始年齢を前倒しすることの意味とねらい、形態と内容について聞きたい。

(木村副座長)
 幼児の就園率が高いのであればこそ、就学を前倒しし、日本人が苦手な「選択すること」を提起したかった。

(河合委員)
 幼児期の選択は、親の意志しかなく、また、5歳の年齢であまり勉強に熱心にならない方がよい。早くから勉強した方が勝ちと思われても困る。

(上島委員)
 義務教育について保護者の選択を拡充し、地域の独自性を出す、学校の判断に委ねるという議論を第2分科会でした。このような義務教育に選択を入れるという意味からも、就学開始年齢にこだわるのはいかがなものか。

(浅利委員)
 基本的生活習慣を身につけていない子どもの入学を1年間遅らせることを可能にするということが選択制の前提である。しつけをきちんとしてから小学校に入学してほしい。

(大宅委員)
 義務教育開始年齢を早くするということはインパクトはあるが、ニーズは余りないと思う。むしろ、しつけの問題もあり遅らせる方に国民のニーズがあるのではないか。

(今井委員)
 塾通いが低年齢化するので、5歳児からの入学は反対。自分の子育てに自信が持てない若い親は、周りと同じことをしようとする。

(河上委員)
 学校がこれまでやってきた生活や教科を教えることを捨てるわけにはいかない。手のつけられない子どもが学校に入ってきているが、幼児期には、生活や学習に対する構えを育て、基礎的な能力がないと義務教育を受けられないということをはっきりさせるべき。幼稚園の社会生活に耐えられない子どもも多いと聞いている。

(河合委員)
 幼稚園において社会生活に耐える力を身につけさせることをハッキリいうべき。

(田村委員)
 幼稚園が教育してないということではない。親が変わってきており、幼稚園は親の思いをしっかりと受けとめて教育も変えてきている。むしろ幼稚園の先生は、小学校の先生は、親が変わったのに全然変わろうとしない、と考えている。

(藤田委員)
 選択制にするとなれば、それだけの予算がかかる。この時期の教育にこの予算を使うべきか他の時期に使うべきかを考える必要がある。この20年、しつけを重視するカリキュラムにネガティブな評価がされており、幼保のカリキュラムを考え直していく必要がある。

(浅利委員)
 親や家庭に対するメッセージとして義務教育開始年齢の弾力化を入れるべきではないか。

(梶田委員)
 この提案が出てきた背景には、これまでの日本の義務教育があまりに画一的だったので、選択が必要という形で提案されていることと、幼児の発達と教育制度にギャップが生じているのではないかという議論が混在している。

(木村副座長)
 このままで提案すると、5歳で入学させようという心理がはたらき、混乱してしまうだろう。義務教育開始年齢の弾力化は、もっと親自身に子どもについて考えてもらう必要があるという思いで入れた。

(森委員)
 学校教育・教科中心にシフトしている幼稚園教育を再考し、本来の機能である家庭教育の補完としての幼稚園教育に改める機会となる。

(沈委員)
 保育園では、幼児は生活時間のほとんどの時間を過ごしている。もっと保育園の教育的要素を充実すべき。

(今井委員)
 幼稚園における親の活動は、園の行事の支援が中心。教育そのものに参画し、親がお互い学び合うような支援を行政の側からも提言してほしい。

(田村委員)
 幼稚園でも延長保育をやっており、保育園も幼稚園と同様、教育的要素を充実すべきという提案には賛成。

(藤田委員)
 集団生活・共同生活によって社会性が身につくということはなく、欧米では、個別教育で社会性を身につけさせている。

(木村副座長)
 そんなことはない。イギリスでも、社会性を身につけさせる観点から、多くの子どもは、共同生活をするプログラムで教育を受けている。

○「教育委員会制度の在り方」について、文部省教育助成局長からの説明があった後、議論を行った。概要は以下のとおり。

(今井委員)
 学校現場と教育委員会との関わりは希薄であり、PTAにとっても教育員会制度の変革が必要だと思っている。教育委員にPTAや女性を加えてほしい。

(田村委員)
 民間の市民運動が盛んな自治体では、地域の要請が学校教育にすぐ反映されるという良い面がある一方で、子どもや親に迎合しすぎているという悪い面もある。教育委員・教育長は、名誉職ではなく、良い人材を得る方法を考えるべきで、やはり教育に対する専門性、教育に対する資質や現場へ意見が反映されているかということも考慮するべき。また、教育委員会の情報を公開し、透明性を高めることも必要である。

(江崎座長)
 教育委員会に対する評価のシステムも考えなければならない。

(河上委員)
 ここ20年ほど、学校現場に教育委員会の指導主事などの事務局が介入してきている。学校は、地域住民に共通的な要請については対応できるが、親の個人的な苦情が教育委員会事務局経由で寄せられ、とても対応できない。教育委員会事務局は、学校が対応すべき問題かでどうかバランスのとれた判断をしてほしい。また、教育委員会は、このような実情を知らないのではないか。

(勝田委員)
 教育委員会は教科書の採択権を持っているが、実際は専門家の調査委員会に丸投げにしている。もっと教育に見識のある人が選ばれるべき。

(森委員)
 ポピュラリズムとプロフェッショナリズムの矛盾は問題ではなく、両者のバランスを取ることが重要。教育については、全国民が学校教育を直接体験しているので誰でも専門家になりうる。

(田村委員)
 教育長を行政職のいわゆる「あがりのポスト」と考えることは問題である。

(藤田委員)
 知事部局の影響力が強まっており、教育委員会と事務局の役割分担を再検討する必要がある。

(沈委員)
 委員の任期が4年以上のケースが40%を越えており、40%以上の人が再任されていることとなる。「再任も可」ということを削るだけでも変わるのではないか。

(江崎座長)
 アメリカの教育委員会は、スクール・タックスによって学校を運営しているので、住民のニーズを反映するために大変な仕事をしている。形骸化しているものを活性化させる必要がある。

(浅利委員)
 教育委員会の問題は大変複雑なので、如何に人材を得るべきか、人選の基準に問題を絞って提案をしてはどうか。

(河野委員)
 現在の制度では難しいのかもしれないが、現場の教員も教育委員になった方がよいのではないか。

(山下議員)
 教育委員会制度は形骸化しており、機能してこなかった。地域と学校と家庭の距離を埋めてこなかったことは問題。

(黒田委員)
 教育委員会は、学校、社会、家庭をつなぐ重要な役割を担っており、見直しが必要。第3分科会における義務教育開始年齢の早期化の議論は、飛び抜けた才能を持つ人に対するものとして提案されたものである。一律主義が必ずしも平等なわけではなく、早く進めばよいということでもない。

(勝田委員)
 各分科会の提案はバラバラに見えてしまう。危機的な状況の中でどういう新しい青少年を育てようとしているのかという共通の哲学が必要。

以上
[文責は教育改革国民会議担当室]

(注)本議事概要の内容については、今後変更の可能性があります。

草野委員(欠席)より、8月25日付けにて、意見書が提出され席上各委員に配布した。