教育改革国民会議

教育改革国民会議 第7回議事録



日 時:平成12年9月6日(木) 16:00〜18:00
場 所:内閣総理大臣官邸大食堂

  1. 開 会
  2. 教育基本法についての審議
  3. 教育改革国民会議中間報告に向けての審議
  4. 教育財政、教育振興基本計画についての審議
  5. 閉 会

第7回教育改革国民会議・出席者一覧(五十音順、敬称略)
 今井 佐知子社団法人日本PTA全国協議会会長
上島 一泰社団法人日本青年会議所会頭
牛尾 治朗ウシオ電機会長
(座 長)江崎 玲於奈芝浦工業大学学長
 大宅 映子ジャーナリスト
梶田 叡一京都ノートルダム女子大学学長
勝田 吉太郎鈴鹿国際大学学長・京都大学名誉教授
河上 亮一川越市立城南中学校教諭
木村  孟大学評価・学位授与機構長
グレゴリー・クラーク 多摩大学学長
黒田 玲子東京大学教授
河野 俊二東京海上火災保険株式会社取締役会長
田中 成明京都大学教授
田村 哲夫学校法人渋谷教育学園理事長
沈  壽官薩摩焼宗家十四代
浜田  広リコー会長
藤田 英典東京大学教育学部長
森  隆夫お茶の水女子大学名誉教授
山折 哲雄京都造形芸術大学大学院長

【江崎座長】ただいまから第7回教育改革国民会議を開催させていただきます。

 委員の皆さん方におかれましては、御多忙のところ御出席を賜りまして、ありがとうございます。

 実は、今回を含めまして、この会合も今日を入れて3回、13日、22日には中間報告を総理に出すという段取りになってまりいました。

(プレス退室)

【江崎座長】それでは、ただいまから議事に入らせていただきます。

 前回、申し上げましたように、本日は、教育基本法と教育財政について御議論いただきたいと思います。

 教育基本法につきましては、まず、文部省の方から若干の御説明をいただいた後、第1分科会主査の森委員から、第1分科会の審議の報告につきまして概要を説明していただき、その後、議論する、そういう段取りにしたいと思っております。

 それでは、教育基本法につきましては、文部省の官房長から御説明願います。

【文部省官房長】文部省の官房長の近藤でございます。よろしくお願いいたします。

 教育基本法につきまして、お手元に資料2をお配りいたしておりますが、これに沿いまして簡単に御説明を申し上げたいと思います。

 御案内のとおり、教育基本法は昭和22年に公布・施行されて、新憲法の下、新しい時代における教育の理念と基本原則を定めたものでございます。第1条の前に前文が設けられておりまして、11条から成る非常にコンパクトな法律でございます。

 教育基本法の国会での昭和22年当時の議論でも一番問題になりましたのは前文と第1条の目的の規定でございまして、御案内のとおり、人格の完成を目指し、平和的な国家及び社会の形成者として国民が身につけるべき基本的な徳目などが示されているわけでございますが、当初からこの教育基本法を読む限りにおいて、よき日本人観あるいは我が国を愛する、そういう祖国観念の養成、涵養、奉仕的精神に満ちた国民の養成、理念、こういうものがこの教育基本法の中に盛られてはいないのではないかというような議論がございました。

 しかし、当時の国会の議事録等を読みましても、全体として読めば、ここに書いてございますように、前文に「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造」とあり、個性豊かな文化の創造の中に日本的な豊かな文化の創造ということが含まれております。

 あるいは第1条の(教育の目的)に、「平和的な国家及び社会の形成者〜」、それから、「勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」とあり、人間は国家及び社会の成員であり、形成者でなければならないということも、この教育基本法の人間観の基礎としているという趣旨の答弁がなされているわけでございます。

 それから、宗教教育についても議論がありました。特に「宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない」との規定は、憲法20条の規定を受けるものでございますが、もう少し宗教的情操の涵養をはっきりとこの中に盛り込むべきではないかという議論もあったわけでございます。

 そのほか、第10条の(教育行政)をめぐりましては「不当な支配に服することなく」、これが国の行政の関与を排除する規定ではないのか、あるいは第2項には、「この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行わなければならない」という規定があるわけでございますが、この規定については、国の教育行政は教員の配置でありますとか学校施設の整備確立、そういう外部的な整備確立にとどまるべきであって、教育内容に関与すべきではない、という主張も一部の方々からあったわけでございます。

 これらは最高裁判所の判決等で明確に否定をされており、教育内容にも国が一定の基準等を示すことは何ら問題がないということになったわけでございます。教育基本法をめぐりましては、成立当初以来、特に前文、教育の目的、先ほど申し上げました宗教教育、あるいはこの教育行政等々の規定をめぐりましていろいろな議論があったところでございます。

 それから、お手元の資料の2ページをお開きいただきますと、教育基本法制定の経緯がるる書いてございます。アメリカの教育使節団が来ていろいろ報告書を出して、種々書いてございますけれども、そこでは、教育基本法のごとき法律を定めようとするような内容は含まれておりませんでした。一方、昭和21年6月20日に田中耕太郎文部大臣が、「教育根本法のごときものの制定を考慮している」と答弁をされ、21年8月に内閣総理大臣の所轄の下に教育刷新委員会が設けられたわけでございます。この刷新委員会の委員長は、元文部大臣の安倍能成氏であり、副委員長が南原繁、当時の東京帝国大学の総長でございます。こういった当時の最高レベルの委員が38人集まりまして、いわば日本側の発意でもって教育基本法の制定の作業が進み、そして、帝国議会に教育基本法案が出され、成立した、という経緯があるわけでございます。

 3ページには教育基本法の性格を書いてございます。国会における提案理由説明をもとにまとめたものですので、これはお読みいただければ結構なことであろうかと思っております。

 4ページには日本国憲法の関係条文が掲げてございます。14条には「法の下の平等」が規定されています。20条の「信教の自由」、特に第3項の「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」との規定は、基本法の宗教教育の規定につながっています。26条には、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」、第2項に「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする」と規定されており、これを受けて、教育基本法では、第4条で9年間の義務教育について規定がなされており、このように憲法との関係があるわけでございます。

 また、我が国の教育を考えるときには、教育基本法を機軸といたしながらも学校教育法その他いろいろな法律があるわけでございまして、特に5ページの学校教育法では、教育基本法を受けまして、小・中・高等学校それぞれの学校段階の目標・目的を示しているわけでございます。例えば、第18条では、小学校の目標を規定しており、第2号では「郷土及び国家の現状と伝統について、正しい理解に導き、進んで国際協調の精神を養うこと」が規定されています。更に、小学校の学習指導要領で、郷土愛や愛国心が規定されております。学校では教育基本法、学校教育法、学習指導要領に則って教育が行われているというシステムになっているわけでございます。

 最後に6ページ以下は、各国の教育基本法についてでございます。私どもが調査した限りでは連邦国家であるアメリカとかドイツでは、連邦政府では、我が国の教育基本法に相当するものはございません。

 州につきましては、全州調べているわけではありませんが、私どもが把握している限りでは、例えばアメリカなどでは、我が国の教育基本法に相当するようなものは見当たらないところでございます。

 イギリスも我が国の教育基本法に相当するものはございません。

 フランスは1989年に教育基本法というものが制定されまして、6部36条ということで、我が国の教育基本法と比べますと、数値目標などを定めた細かなものになっております。

 中華人民共和国も社会主義国家建設ということで、ちょっと国柄が違うかと思いますが、1995年に教育法が制定されております。10章84条ということで、かなり中身の濃いものでございます。

 お隣の韓国でございますが、1948年に制定された憲法の精神に則りまして、49年に教育法が制定され、以来、38回にわたって改正が行われてきております。97年には全面改正され、3章29条となりました。我が国の教育基本法によく似ており、当初、我が国の教育基本法を参考にしてつくられたような跡があるわけでございます。国も近いですし、そういうところもあるのだろうと思っております。

 それぞれ国柄によって教育基本法の在り方、規定ぶり等々は違うわけでございます。

 大変、雑駁な説明で恐縮でございますけれども、教育基本法の説明にかえさせていただきます。また、何かあれば、質問に対してお答えをいたしたいと思います。

【江崎座長】ありがとうございました。

 それでは、引き続きまして、第1分科会の審議の報告について、御説明を森委員にお願いしたいと思います。

【森委員】それでは御報告いたします。前々回の全体会議で、一応第1分科会報告の一部として教育基本法については御報告しているわけでございますが、改めて報告させていただきます。

 結論から申しますと、第1分科会では、基本法改正ということが大勢の意見でございました。ただし、2点これから申し上げますが、第1点は、初めに教育基本法の改正をしようというスタンスでスタートしたのではないということであります。教育改革論を論じていく上で、その一環として、やはりこれは検討した方がいいということで検討したということをまず最初に申し上げておきます。

 第2点でございますが、教育基本法ができましたのは、ただいま近藤官房長から説明ありましたように、戦後、昭和22年でございますが、当時の日本の民主国家再生への新しい教育理念を示すものとして非常に役に立ったと思います。そういう意味では一応使命を果たしたと言えるのではないか。その後の50年の社会変化、教育状況を考えますと、いろんな問題が出てきているのではないかというのが我々の考えであります。

 そこで出されました意見、幾つか分科会報告にもございますが、申し上げますと、確かに理念は示されたのですが、例えば「普遍的で個性ゆたかな」とか、先ほど前文の御説明ありましたが、前文というのは、法律の目的で、第1条は(教育の目的)ですが、法律の目的と教育の目的がそういうふうに使い分けられているのではないかと思うのですが、普通の法律に比べて基本法には前文がある。憲法前文と比較しながら、これは普通の法規範より上位にあるのではないか、そういう意見もあったと思います。「準憲法的」と言っている人もいましたけれども、しかし判例などを見ますと、基本法は普通の法律と全く同じで、基本法に矛盾する法律があっても、これを無効とするものではないといった最高裁の判例もございますし、基本法も普通の法律と同じで名前が基本というだけである。

 ちなみにお手元の資料を見ますと、皆さんこういう資料(資料3「各基本法の法律構成の比較」)、教育基本法以外の基本法の資料でございますが、これは原子力基本法から観光基本法、男女共同参画基本法とかいろんな基本法があるわけであります。ですから、法体系の上では教育基本法だけが特別の重要な最高の規範だということではないのではないかと思うのですが、そういう議論はさておきまして、確かに理念としては立派なのですけれども、理念は立派過ぎるといいますか、山で例えれば、前回も申し上げましたが、エベレストといいますか、チョモランマのような最高峰を目指しているわけでございまして、そういう高い山に登るにはベースキャンプがしっかりしていなければいけないのに、どうもベースキャンプの規定が読み取りにくい。

 具体的に言いますと、家庭、郷土、国家でありますが、これは先ほど近藤官房長は、いや、よく読めば前文に読めるのだという説明が、近藤官房長の意見ではなくて、当時そういう説明がなされていたということなんですけれども、しかし、これは理念でも明記した方が私はいいと思う。今の教育が問題なのは、ベースキャンプがおかしいから問題なので、「理念」を実現するには「理論」が必要で、理論を実践に移すには「方法」が必要である。「理念・理論・方法」、この3点セットを考えていきますと、今現在、現場が荒れておりますのは、そういう具体的な方法論を確立するに強力なバックアップになるような理念・理論があいまいになっている点にもあるのではないかと思います。

 そういう意味で、家庭のところを見ますと、第7条に(社会教育)とありますが、その中で「家庭教育及び勤労の場所その他〜」、ですから社会教育の一部として家庭教育が位置づけられている。

 ところが臨教審では「家庭はあらゆる教育の原点である」、「原点」という言葉を使っているのですが、また中教審答申では「家庭教育は教育の出発点である」と。「原点」、「出発点」同じ意味だと思うのですが、そういった問題の指摘はあったのですけれども、それに対する施策は残念ながらないわけでありますから、この国民会議としても、家庭教育を生涯教育論的に見ても、この原点の位置づけは教育基本法の中ではっきりさせるべきではないかという意見が一つございます。

 それから、その他、宗教教育、政治教育。また、先ほど10条の条件整備論の教育内容にかかわるとか、これは財政事項だけではないかといった議論、これらもいろんな議論がありますけれども、我々は逐条的にこれを審議したわけでありませんが、体制として見直して、現在のものに欠けているものを補うといいますか、そういう改正の方向もあるのではないか、あるいは全面的に変えた方がいいのではないか、また、変えるよりも、もっと財政基盤をはっきりさせればいいのではないかという意見いろいろございましたけれども、私は財政基盤をはっきりさせるためにも、この基本法を少し見直しておいた方がいいのではなかろうか。今よりより良くするために見直した方がいいのではないかという意見であります。

 その他、もう一点申しますと、日本語(表現)としておかしいという意見もございました。ですから、もし基本法改正の委員会ができるなら、そういう日本語専門家を入れるべきだ、そういった意見もあったことを補足しておきますが、大体前回申し上げましたことと同じことを繰り返しましたが、第1分科会としては大勢は改正ということでございます。以上です。

【江崎座長】ありがとうございました。

 それでは、教育基本法につきまして、御自由に御発言いただきたいと思います。どなたからでも結構でございます。最初は第1分科会でない人からの御質問をお受けしたいと思いますが、いかがでございましょうか。

【上島委員】ずっと全体会議、分科会でも議論していました中で、これからどういう人を育てていくべきかという前提になった中で、21世紀に向けて、若干、教育基本法の中で、時代の先を見るのであれば、例えば環境問題について、教育という中にもしっかり考えていくべきだろう。また、前文第1条の中でも、国際競争力に通じるような経済人というか経済という視点での人づくりというところも要素としては入れていくべきだろう。どういう人を育てていくべきかという議論をした上で、イメージとしては、若干、50数年たった中では少し時代にマッチしてきてないのではないか。どんな人を育てていくのかという要素で、今後見ていく中では、もっと環境や経済、国際競争力に通じるというような要素も入れていくべきだろうというのが1点です。

 それから、今後の教育のシステムを日本の枠組みの中で見ると、学校、家庭、地域の融合の時代で、みんなで育てていく。また、それぞれの地域の独自性も踏まえていきながら育てていくという観点からいくと、第6条、第7条の中で、特に第7条の(社会教育)というところをもう少し家庭という分野と社会というところを分けて、それぞれの役割を、第6条、第7条二つに分けてというところと、逆に6条、7条を関連づけて、それぞれの個々の3つの役割は持たすのだけれども、どう学校、家庭、地域が融合しながら教育をとらえていくのか、専門家ではないんですが、3つを今度は融合する条文も必要ではないかという感じです。現状でも、6、7条も、個々にはありますけれども、それをどう一緒に融合させながらシステムとして取り組んでいくのかというのも、若干時代の中ではずれてきておるのではないか。

【江崎座長】6というのは学校教育と社会教育ですね。

【上島委員】そうですね。ですから基本的には改定ありきではありませんが、まず変えないといけないというのではなくて、いろんな議論の中で、少し時代に合ってきてないので、私は改定していくべきだろう。

【江崎座長】ありがとうございます。いくら立派なものでも時間がたちますと、50年以上たっているんですか、53年ですから、いろいろほころびが出てくるのは当然でございまして、今、上島さんがおっしゃったのも一つのお考えでございますし、森さんはエベレストに登るにはベースキャンプが必要だとおっしゃった、全くおっしゃるとおりですが、サイエンスの方の人は割に少ないので、私、発言させていただきますと、サイエンスのエベレストはノーベル賞だとしますと、日本の今までのベースキャンプからは、ノーベル賞の上まで行くルートが余りはっきりしてなかったということですから、ノーベル受賞者が少ないということは言えるわけですね。道が途絶えているところがある。

 ただ、日本の歴史というものに頼るだけではなしに、21世紀を見据えたベースキャンプ、今、上島さんがおっしゃったことも含めまして、そういうことが必要でございます。

【藤田委員】私は前回から否定的な意見ばかり言っているので申し上げにくいのですが、もちろん改正を含んで検討していただくことは結構なことですし、ここでも検討されているわけですが、私自身、個人的には、この教育基本法は戦後50年たってようやく定着し、これをベースにしてさらに発展していくのだろうと、むしろ思うんですね。ですから、50年たったから変えるというのではなくて、50年たって、ようやくいろんなことに決着がついて、方向が定かになってきたのではないかと思っています。

 もう一点、ベースキャンプの重要性というのはわからないではないのですが、法律は、これは専門の方にむしろ発言していただきたいんですが、公的な権限が何らかの形で及ぶ問題に対して、どういうふうにこれを基本的に扱うのかということを定める。それが憲法を含めて法律の基本なのだと、私は思うのです。

 ですから家庭教育について、第7条(社会教育)のところに一言入っている程度でしかないというのは当然であって、それは重要なことだから「奨励されなければならない」と書かれているわけですが、それ以上のことを法律で規定する必要はない。特に基本法でそれ以上に規定するようなことだとは私は思わないんですね。教育というものの重要性を踏まえて、これだけのエッセンスが盛り込まれているわけですから、盛り込みたいと思われる内容は他にもいろいろあるかもしれませんけれども、何をどこまで盛り込むべきか、その辺の区別は非常に難しい。ですから、その点で区別する必要があるのは、やはり公的な権限なり権力というものが及ぶ範囲に限るのが筋ではないかと思うんですけれども。

【江崎座長】ありがとうございました。梶田委員、その次に浜田委員、西川オブザーバーの次に勝田委員。

【梶田委員】この問題、なかなか難しいと思うんです。というのは歴史認識、私は敗戦ショック以降の55年をどう見てとるかということがあると思うんです。私は、そろそろ敗戦ショックの呪縛から逃れなければいけない、そういうことを思います。それをしないと21世紀へ向かって新しい国をつくっていけない、新しい社会をつくっていけない、そんなことを思うわけです。

 私は、これが制定された53年前は基本的に意味があったと思っています。それは昭和初年から昭和20年までの、私から言うと、日本の歴史の中で非常に特別な時代にこれをくぐってきた、それが敗戦という結果を迎えた。歴史的な反省の上に立ってこういうものをつくったわけですから、これはその当時として非常に大きな意味を持っていた。だけど53年すれば状況は変わっている。最低、温故知新でいかなければいけない。温故というのは何かというと、中華人民共和国の基本法の第3番目にあるような、民族の歴史、文化、伝統の継承、高揚、これは教育の非常に基本的なところなんですね。日本の先人がやったことをほとんど知らないような、そういう教育をやってどうなるか。そういう意味での国際主義というのは、単なるだらしない、ねこぎにされた、そういう人をつくるだけであって、日本の伝統に根ざして、しかも国際的に活躍できる人、そういう意味で温故が必要である。

 知新というのは、今、21世紀に向かって、例えばジェンダーの問題、ただ単に男女が相互に敬愛し合いだけではなくて、お互いにいろんな意味での今までのいきさつを捨てて、女性が男性の補助であるとか、そういうような古い考え方を超えて、今、私は女子教育をやっているから特にそう思うんですけれども、もっともっと女性が日本の社会で活躍していかなければいけないときに、そういう方向を出さなければいけない。あるいは人権ということとか共生、違いは違いとして認め合いながら、共に生きていくような、そういう社会をつくるという意味で、私はまだまだこれからの課題がいっぱいあると思うんです。

 それから、いつも江崎先生がおっしゃっているクリエイティビティーを本当に日本の社会で備えていくためには、もう少し抜本的に考える。これは選択制を入れていくとか幾つか具体論はありますけれども、根本に考えなければいけない問題、21世紀に向かって、私たちははっきりと基本法に盛られてない課題を認識して、それを掲げて、その具体化をやっていかなければいけない。

 これが温故知新という意味でも、少し頭にあることを申し上げましたけれども、全面的にこの時点で考え直して、やはり21世紀の教育を導いていくようなものにしなければいけないのではないか。

【江崎座長】ありがとうございました。浜田委員。

【浜田委員】専門家の方々の立場からはいろいろ問題があるのかもしれませんけれども、私ども、そうでもない立場から、この基本法を何回読み返しても、なぜ、どこを変えなければいけないのかというのがなかなか理解できないという今状況であります。といいますのは、この中のどこが悪くて教育の現在の荒廃を招来したのかという因果関係がなかなかつかめない。しからば、改正必要論の中に民族的な歴史的な伝統、共同体的秩序、自己犠牲の精神、そういうのが抜けているのではないかという御指摘あるのですけれども、それではここに記載されているものをしっかり実現したのかということで、この(目的)というところを私なりに5項目に分けてチェックしてみたのですが、まず最初の「真理と正義を愛し」、「正義」という言葉などはほとんど死語になっていますからバツだなと。「個人の価値をたつとび」という次の項目は、戦後しばらくは全体主義から個人主義の方へ確かに移行して、しばらくマルだったけれども、後半、個人の前に自分というのがついて、自分個人の価値だけという方向へ来てますからバツだなと。それから、3番目の「勤労と責任を重んじ」というのは、「勤労」については何とかマルがつくかなと。だけど、「責任」というと、リーダー層の最近のうろたえぶりを見てますと、どうもこれもバツだなと。「自主的精神に充ちた」は、どうも他人のせいにする人が増えている、バツ。「心身ともに健康な国民」になっていれば、こんな国民会議なんか開かなくてもいいわけですからバツだなと。

 ほとんど目的に書かれていることが実現してないということは、一体どういうふうに我々は理解すればいいのか。会社の場合は、目的を定めて、目標を明示して、そして、それがどう実現したかしなかったかというのをチェックするのが習慣なんですけれども、そういう見方からすると、どうも教育基本法のせいではないのではないかという感じがするわけであります。

 ただし、最後に、したがいまして、反対ということではなくて、どうも賛成できる理由が自分に見つけられないというような意味でありまして、これに盛られてない何かをもって、今から進めなければいけない教育改革の起爆剤として、これが明確にこういうふうに役に立つぞというような形で改正が進むなら賛成ですという、ちょっと複雑な表現ですけれども。

【江崎座長】おっしゃることはよくわかります。それでは西川オブザーバー。

【西川議員】今の浜田委員の御意見に誠によく似た意見なのでありますが、ここで話し合うべき諸先生が御努力をされている教育改革の具体的な御議論というものが、教育基本法の支配の下にいろいろと不都合な部分があって、それをどういうふうに変えれば教育改革につながるのかという御議論が率直に言って見えてこない。改革あるべしという御議論ではないとはおっしゃりながら、先生方の御討議の経過を拝見すれば、宗教教育についての御議論、または男女共学について実態に合わないというような御議論はございますけれども、具体的に、今、学校教育が逢着しているいろいろな問題について、この基本法がどういうかせになっているのかという御指摘が余りわからないような気がいたします。これを教えていただけないかということが一つございます。

 もう一点は、憲法改正が、今、具体的にタブーからそうでなくなったということは全てが共有している認識でありますが、この憲法改正議論と教育基本法の改正の議論というのは、この制定時と同じような関係、すなわち憲法と教育基本法というのはこんなに憲法に支配をされなければいけないのか。すなわち民主憲法、新憲法なるものを体現するために教育基本法というものが補助的に使われたというような認識に立つのか、それとももっとおおらかに太政官布告の時代に返って、すなわち憲法がなくても、教育について非常に熱心であった先人のそういうエネルギーを我々は取り戻すべきなのか、こういう議論を私たちはここでしっかりしておかないと、憲法改正議論の中に、せっかくの先生方の御努力が巻き込まれて薄められるというような心配を政治家として本能的に感じます。

 したがいまして、この辺の御議論をきちんと整理をしていただきたい。そして、森主査にその辺の御見解を御教示いただければありがたいと思います。

【江崎座長】それでは、その前に勝田委員。

【勝田委員】まず最初に、西川先生、私、大変忙しいのですけれども、浅利先生の御提言で、随分この問題については長い文章を書き提出しました。これをどうか、ひとつ虚心坦懐に読んでいただきたいんです。今、おっしゃった疑問は全部書いております。

【西川議員】わかりました。

【勝田委員】私、5月、6月あたりに、朝日新聞、更には毎日新聞社からしきりに電話がかかってきまして、そして、常にこういうことを言うんですね。国民会議の方に政治家が圧力をかけて、最初は小渕先生、次いで森先生、そういう総理大臣、更にまた当時の文部大臣であられた中曽根先生、そういった方々が委員の人々に圧力をかけて教育基本法の改正について発言させているのではないか、そういうたぐいの質問が執拗にかかってくるんですよ。

 それで、私は、私の年齢からすれば、かつての私の教え子の教え子の世代でしょうから、この若僧が何を云うかと思いながら、しかし言葉使いは丁寧に、いろいろ答えておりました。「決してそうではございませんよ」と。私はあえて言わせていただきますと、20数年前から教育基本法の改正の問題が、日本の教育を真剣に考える上で一番重要なのだ、そういうことをいろいろ論じているんですと。それについてもいろいろ書いておりますと答えています。やがて17〜18年ぐらい前に中曽根内閣ができまして、教育臨調が発足した。ちょうどあのときは、はっきり言いまして、産経新聞の正論に毎月一回という割合で10数年来ずっと書いておりました。更にまたラジオ関東、最近はラジオニッポンと言っているようですけれども、そこでも時間を持っておりましたから、毎週1回、教育基本法の問題を根本的に考えなければ、本当の意味の日本の教育はよくならないと、そういうことをしきりに言っておいた。

 なぜかと言えば、当時中曽根内閣は、教育臨調を開いたときに、教育基本法をさわらない。それをそのままにして、その枠内で教育改革を行うのだということを再三強調しておりましたから、そういうたぐいの教育改革ではお話にならないということをはっきりと申しておりました。無論、中曽根先生もその当時は、個人的には、「おっしゃるとおりだ、しかしながら実はこういう問題があるので仕方がない」といったたぐいのことを書いて下さっておられました。今や立場が逆になりまして、中曽根大勲位から、私はいろいろ叱られております。「どうしてもっとラジカルに考えてくれないのかといったたぐいの」、私はその意見に実は全く同感なんです。

 そこで、どうして教育基本法の見直しを真剣に考えなければならないのか。既に教育基本法ができ上がったその当時から、例えば、私自身の先生ですけれども、佐々木惣一(憲法学者)という立派な貴族院議員がおられました。「この法律をもってしては、祖国観念は到底涵養できません。祖国観念の涵養は期しがたい」ということを貴族院の中で堂々とはっきりと言われておりますね。また、衆議院議員の方でも「宗教的情操の教育」というものが必要であるといったことも決議をしております。

 そういうことで、我々の先人は、いわばアメリカの占領軍がやってきて、日本の教育にいろいろ干渉を加えた。それに対して、何とかして抵抗しなければいけないのだ。本当の意味での良き日本人。軍国主義とは無関係のよき伝統をもつ日本人、良き日本の美しい伝統を静かに体した日本人を育成するためにはどうしたらいいのか、それをわれわれの祖父たちの世代は真剣に考えたのです。

 結局のところは、こういうふうな教育基本法が米占領軍の影響、できまして、先ほど近藤官房長も半ば苦しいような、しかし半ばうまく御説明なさったのですが、確かに先ほど梶田先生もおっしゃったように、この法律ができたときの状況を考えれば、あの軍国主義的な日本の体制並びにそれに基づく教育、これを改めなければならないというのは当然のことでして、そういった意味では基本法も大きな役割を果たしました。

 しかし、他方において、はっきり申しますと、日本解体というと言い過ぎかもしれませんが、アメリカ占領軍の意図、これがいろんなところにあらわれているんです。それはたんなる教育法でなく、きわめつけの戦略的な文書なのです。それをしっかりわきまえて、先ほど梶田先生は「温故知新」とおっしゃった。まさしくそのとおりだと思うんです。温故が必要です。同時にまた知新も必要です。環境問題もそうでしょう。御指摘くださいました生涯教育、またIT教育、これは私にはよくわからないですけれども、そういういろんな新しい教育も、21世紀を展望して考えつつ、温故知新の知新を図っていく。そういった意味で、この教育基本法を断固として改正しなければならないのだ、そういうふうに私は論じております。

【江崎座長】ありがとうございます。それでは田中委員の後、皆さんの議論の後、森さんしてください。それでは田中委員お願いします。

【田中委員】私も比較的浜田委員の見解に近いのですけれども、法律の見方の問題もありまして、教育基本法というのはかなり特殊な法律であることは間違いないので、普通の法律では権利義務とか公的な権限の問題に関する規定がほとんどであるのに比べると、これは理念の問題に関する規定が多くて、議論して改正すべきところがあれば改正することにやぶさかではないのですけれども、伝統の尊重や家庭教育など、今まで指摘された議論を見てみますと、何か従来の条文のここがこうだから、これができないというようなことばかりが指摘されているのですが、法的な観点から見れば、基本法が原因かどうかは疑わしく、教育基本法をタテにあれができるとか、これはできないとかというような形で教育の在り方を議論してきたこと自体が間違いなのであって、教育をああする、こうするというときに、何でも彼でも法律がこうだからこれをしろ、あれをするなというような形でやる教育は余り好ましい仕方ではないと思います。

 むしろ問題は、教育の環境や条件が終戦直後と大きく変わってしまっていることでして、今の環境状況の下でどういうビジョンで教育システムを改革するかという観点から見た場合、確かにこの基本法は、ほかの基本法と比べてみると守備範囲が狭くて偏っている。法律ならば、本来、法制とか財政の裏打ちがなければ基本法として余り意味がないのに、そういう部分が欠けており、内容的にも学校教育に偏り過ぎていて、教育全体の守備範囲が非常に狭いということがありますから、何かそういう抜本的な教育システムを見直すビジョンをベースにして、具体的にあることをやるためには、この条項がぐあい悪いとか、あるいはこういう条項があればやりやすいといった、もう少し積極的な形で検討するのでなければ、意味はないと思います。

 これは中曽根議員が最初おっしゃったことに関係すると思うのですけれども、もう少し教育の守備範囲を拡げて、従来の基本法のこの条項がどうのこうのといった観点から討議するのではなくして、一つのビジョンを据えて制度的な設計の問題として必要があれば基本法も見直すというふうな形に、議論の仕方を変えないと、第1分科会の議論を見ただけでは、こういう観点が欠けており、森先生がおっしゃったような形で基本法の改正が必要だという話につながらないような感じがするので、改正するということのビジョンとか視点をもう少し強く出した上で、従来の法律にはこういう問題があるというふうに、ワンクッション置いた議論をする必要があるのではないでしょうか。

【江崎座長】後から教育財政の話があると思いますけど。

【田中委員】それとも関連づけて、それを含めたものとして議論すべきだということでございます。

【江崎座長】ありがとうございました。山折委員、河野委員、田村委員、その順序でいきましょう。

【山折委員】私もただいまの田中さんの御意見に賛成なんでありますが、教育基本法の問題を考える場合に、やはりどうしてもこれから30年後、50年後の日本の教育をどうするかといったようなビジョンとか理念に基づいて議論すべきだと思っておりました。事実そういう面からの私も発言をしたわけでありますけれども、それをかいつまんで2点に絞って、今少し申し上げてみたいと思います。

 一つは、第1分科会の主要テーマが「人間性」という問題でもありましたので、そういうところからいきたいと思いますけれども、やはりこれからの日本人をどう教育するかという点にかかわって重要な問題は人間観の問題だろうと思いますね。これまで我が国の人間に対する考え方の教育がどのように行われてきたのかという反省にまず一つ立つ必要があるだろう。その点に関して、この教育基本法がこの50年果たしてきた役割は、もちろんプラスの面もありますが、非常に足りない面が明らかになってきたと私は思います。どこが足りなかったかといいますと、私は大ざっぱに申しまして、細かいところを捨象して申しますと、人間観には2種類あると思います。

 一つは、いわばこの教育基本法に盛られている近代的な人間観といってもいいかと思います。これについて詳しく申しません。ここに書かれているとおりであります。

 もう一つの人間観と申しますのは、地上的なるもの、近代的な人間観を超えるような人間観がもう一つあっただろうということです。それは人間というのはそもそも未知なる存在である。人間未知なるものという、こういうテーマが、恐らく2000年、3000年の歴史の中でずっと、これは日本に限らず全世界どこででも議論されてきた、そういう人間観だろうと思います。人間というのは、文化の発展、科学の進歩によって、その存在の根拠のようなものが明らかにされてきたことは疑いもありませんけれども、しかし、にもかかわらず本質的に人間というのはわからない存在だという認識は、これは2000年、3000年変わらなかったと思います。しかるがゆえに哲学という学問が、これまた2000年、3000年の歴史を持っておりますし、ひょっとすると宗教という問題が人類の発生とともに存在してきたということの理由もそこにまさにあるだろうと思います。そういう人間未知なるものという、そういう人間観を、果たしてこれまでの50年間の我々の教育はきちんと教えてきただろうか、こういう反省ですね。そういう二つの人間観が私は大事だと思います。

 一つは、現在の教育基本法に盛られている近代的な人間観というものはもちろん大事だと思いますけれども、それと同時に、あるいはそれ以上に重要な問題が、人間未知なるものという、我々の人間の力を超えた、ある超越的な価値、力というものがこの世界には働いているのだという認識ですね。その前における人間の謙虚な生き方という問題を踏まえた人間教育、これがおろそかにされてきたのではないかと私は思いますね。これが第1点であります。その問題が教育基本法の中には十分に反映されていないということです。

 このことと関係があると思いますけれども、もう一つは、私は戦後の日本の教育は、これも何度も申しましたけれども、第1は、科学技術立国、科学技術というものを主軸にした教育がまず重視されてまいりました。これも当然のことであります。第2が、やはり社会科学重視の教育ではなかったかと思います。

 その二つの教育軸というものが、戦後の日本の教育のいわば主流をなしてきたわけですが、私はそれに対してもう一つ第3の教育軸というものが必要であると考えております。それは先ほどの人間未知なるものという人間観と深くかかわる教育軸だと思うのでありますが、文化、歴史、宗教、芸術、そういう領域の問題にかかわる教育を強化することが、私は同時に必要だったと思うのでありますけれども、それが戦後の50年の日本の教育においては、無視されてきたとは思いませんが、ただ、常に周縁的なところに位置づけられてきたと思います。

 そういう反省に立って、抜本的なこれからの日本の教育というものを考えていく場合に、先ほど申し上げました第1の教育軸、第2の教育軸に加えて、この第3の教育軸、あるいは文化、芸術、宗教と私は言っております、その領域にかかわる教育軸をきちんと位置づけ直すことが必要ではないかと思っております。

 そういう点に関する反省というか洞察が、この教育基本法には全くあらわれていないのです。私が先ほど申しました、人間未知なるものという人間観と、芸術、文化、宗教にかかわる教育が重要であるということは、戦後のあの教育刷新委員会における安倍能成委員長、そして南原繁副委員長のお二人の間では、きちんとそこは共通の理解として意識されていたわけですね。ただし、当時の戦後の様々な政治情勢、社会情勢によって、その問題が問題として議論されずに流産してしまったといういきさつがあります。これは南原さんご自身が言っておられることです。

 そういうことをも含めて、この際、やはり教育基本法の問題は、これからの日本の30年後、50年後の教育をどうするか、そういう観点に立って、理念とかビジョンという問題と絡む問題として取り上げていくべきだと思います。箇条的にどの条文をどう変えたら、どういうふうに現在の教育の問題に効果があるとかないとかという議論はこれはやるべきではないと思います。それはほかの部局でやればいいことでありまして、そう思います。

【江崎座長】ありがとうございました。今、おっしゃった1点と2点は、お互いに大変関係のあることですね。それでは、河野委員。

【河野委員】私も素人なので、それをまず申し上げたいと思いますが、50年前の、しかも占領軍がまだいる時代につくられたという意味は私は相当大きいのではないかと思うんですね。この時代の思想的な背景というのは普遍性を求めるというか、世界の哲学というか真理というか、そういう思想が相当強かったと思うのです。ある意味では非常に理想だと言えるのだと思うのですが、そして、今、現実の我々のこの50年を振り返ってみると非常に差が出てきている。今、お話のあったとおりだと思うんですね。

 私は21世紀というものを展望したときに、日本の国民が自ら考えてみる。直す、直さないは別の問題として、考えてみることは大変必要なことではないか。

 この第1分科会の12、13ページにあるように、初めから改正ありきというのでやり出したわけではないんですね。皆さんの議論を読んでみると、非常にまじめにというと、おかしいですけど、まじめは当たり前ですけれども、議論をされて、しかもメンバーも大変立派な方がいっぱいおられて、ここまでこぎ着けられたのだろうと私は思うんです。

 確かに今後論議するビジョンとか、そういうものは、それぞれ項目を掲げて論議をしないとまとまらないということは事実でありますから、これから以降といいますか、この中間報告を出した後は、それなりの専門家できっちり論議をするべきだろうと思いますけれども、この第1分科会、さっき森委員が言われたような方向性は、私はこれでいいのではないかと思います。

【江崎座長】ありがとうございました。それでは田村委員。

【田村委員】時間がありませんので、簡単に申し上げさせていただきますが、基本法については、申し上げるのはどうかなと思っていたのですが、やはりきちんと申し上げた方がいいかなということで今申し上げるわけですが、50年間変わらないということがやはりおかしいのではないかということは率直な感じとしてあります。ただ、先ほど御指摘がありましたように、何のために変えるのか、その部分をかなりはっきりと言わないと、つまり法律を一回つくっちゃうとずっと変わらないということの方が異常なので、状況によって変えていくということは普通のことなんだろうと思うんです。

 何のために変えるかというと、いろいろ考えてみますと、例えば、今進んでいる教育改革というのは、きっかけになったのは少子化であり国際化であり、更に言えば社会の成熟、社会の成熟というのは、具体的に言いますと、例えば消費税を納めるようになって、国民は説明責任に非常に敏感になってきたということがよく言われます。これはあらゆる官庁を支配し、日本の国民全部をそういう意味では説明責任をはっきりと求めるようになってきた。これは国際化の一環でもありますし、そのことによって世の中変わってきていることがあるのだろうと思うんですね。

 ここから先は田中委員と似ているんですけれども、そういった新しい時代を明確に説明をして、それに対して現在の教育基本法を必要に応じて変えるという議論をすることが大事だということをはっきりと提言する必要があるのではないか。ここで具体的にどうするということは議論し切れないと思います。ですから、その視点をはっきりさせることが大事ではないかと思っております。

【クラーク委員】皆さんの話聞いているとやっぱり日本は共産主義国家ですね。民主主義、先進国として教育基本法はちょっとおかしいんですよ。国が命令すべきではないです、人の教育。特に日本は規制緩和時代に入っているでしょう。別に内政干渉やりたくないけれども(笑)、本当に民主主義国家として珍しい基本法です。

 私、具体的なクレームがあるとすれば、第4条の(義務教育)なんですけれども、国は教育を受けさせる義務があるといっても、もし教育の内容が間違っていれば、子どもに受けさせる義務ありますか。具体的に英語教育、間違っている。

【江崎座長】ありがとうございました。それでは藤田委員、なるべく短くお願いします。

【藤田委員】私、山折先生の指摘された人間観、人間は未知なるものだという観点や、変えるためにはビジョンが必要だという田中先生の御指摘はそのとおりだと思うのですが、先ほども申しましたように、教育基本法のない国、クラークさんの言われたように、アメリカだとかあるわけですね。つまり、なくても教育はできる、実施可能なんですね。

 現行の教育基本法、私は必要があれば変えることにやぶさかではないのですが、第1条、第2条は目的と方針で、第3条から第5条までは、教育の機会にかかわる条項で、第6条と第7条は、その機会を保障するための学校教育と社会教育について書かれていて、そして8条と9条は、その教育の機会を保障するために学校教育、社会教育を行う場合に争点になる可能性のある問題、つまり政治教育と宗教教育について、その中立性というか、そのあり方についての規定があって、最後に第10条で教育行政について規定されている。

 ですから内容から言えば、私は必要なことを簡潔に書き込んでいて、非常に優れた構成になっていると思うのです。これ以上のことを書き込む必要があるようには思えないんです。先ほどから言われている情操教育とか全部重要だと思いますし、それは学校教育の中でもっと適切に扱う必要があるのでしょうし、歴史もきちんと教える必要があるとは思いますが、そうした内容にまで基本法で踏み込むべきだとは思わないんです。

【江崎座長】ありがとうございました。今まで発言しておられない方、何かございましたら、それでは河上委員。

【河上委員】私は中学校の教師ですから、法律のことについてはよくわかりません。ですから法律を変えれば現場は変わるなんて全く思っていません。それが一つです。

 二つ目は、山折さんが先ほどおっしゃったことが、私の中でうまく言葉でつながらないんですけれども、実感としては非常によくわかるんですね。どういうことかというと、例えば学校へ来れない生徒がたくさん出ている状況があります。13万と言っていますね。これの原因を明確にすることは、とても難しいと思うんですけれども、学校へ来れない生徒たちは、子どもたちの中で最も敏感な生徒ではないかという感じがするんですね。日本の社会がここまで来てしまったところで、その敏感な子どもたちが生きづらくなっている。生きるのがとても大変だということの反映ではないかという感じがします。ですから簡単にはいかないだろうと思っています。それは先ほど山折さんがおっしゃった戦後の日本の歩んできた方向の問題と重なるのではないかという気が強くしています。

 もう一つ、申し上げますと、第1分科会で議論になったことは、先ほど森さんがおっしゃっていましたけれども、最初から法律がどうのこうのという議論は全くしてないわけで、議論の中で、戦後の日本が歩んできた方向そのものが今非常に苦しい状態に来ていると。そのことが、例えば大多数の子どもたちの問題を引き起こしているのではないかという問題意識があったと思うんですね。

 もしそうだとすると、戦後、私たちがつくってきたものをもう一度根本から見直すということはどうしても必要だろうと。学校の制度も含めて、あるいは日本の国のかたちを含めて、あるいは大人たちのつくってきた社会も含めて、そういうものを総体として見直す必要があるだろう。

 そういうふうに考えると、教育基本法にはいいことが書いてあるから、これでいいのだというふうには思えないんですよね。ですから、教育基本法がすべて悪いというつもりは全くないですし、これだけが現在の問題の根本にあるとも私は思っていませんし、そうなんだけれども、しかし戦後総体をもう一度考え直すという意味では、このことについても、やはり根本から議論するということは、先ほど山折さんのおっしゃった意味で私は大事なのではないかという気がしています。

【江崎座長】ありがとうございました。それでは補佐官。

【中曽根補佐官】先ほどから先生方のいろいろ御意見に私も全く同感であります。田中先生や山折先生もおっしゃいましたけれども、新しい時代にどういう人材をつくっていくのか、そういうビジョンといいますか、長期的な理念というものがまずあって、そして、この基本法の議論があり、また現場での改革というものが出てくるのではないかと思っております。

 個々の各条文の御意見も参考になりますけれども、ただ、文部大臣経験者として、一言、参考としてお聞きいただければいいのですが、現実問題として私が非常に感じたことは、この基本法がいい、悪いということではなくて、今、教育に関する中長期のいろいろな計画があるわけであります。例えば教職員の配置改善計画、今度少人数学習が実施できるように改善を予定していますが、これは学級編成とか教職員の定数を定めるものであります。ちょうど来年度から新たな5カ年計画が始まります。あるいは情報化に対応するミレニアム・プロジェクトということで、皆さんも御承知のとおり、2005年には全ての教室のあらゆる授業でインターネットを使えるようにしようと、今整備計画を進めています。そのほかに留学生10万人計画などいろいろ教育に関する計画がありますけれども、これらは法律で定められている計画、あるいは閣議決定されているもの、また、審議会の答申に基づくもの、毎年度の予算で事実上決定するものなどばらばらであります。

 そのため、この教育がどういう方向に行くのか、国は5年、10年という中長期的スパンで教育をどのようにしようとしているのかということが国民の皆さんにはわかりづらいのではないかという気がしていまして、文部大臣経験者として総合的な計画の策定の必要性を非常に痛感いたしておりました。皆さんの次元のお話と比べて技術的な現場の問題で恐縮ですが、目指すべき教育の全体像というものを国民の皆さんに明確に示すことが大事ではないかと思います。資料にも付いていますが、最近の各基本法には、平成になりましてからもたくさん制定されていますけれども、基本計画がどれも入っているわけであります。計画を策定するようにというような条文が入っているわけでありまして、仮に改正される場合でのことでありますけれども、そういうこともぜひ配慮をした方がいいのではないかと思っております。以上です。

【江崎座長】ありがとうございました。それでは、山下議員どうぞ。

【山下議員】私、第1分科会のときにも申し上げたのですけど、特に気になっているのは第1条でございます。これは先ほどもクラーク先生や藤田先生がおっしゃったことと通じることですが、法律を審議するのは国会の場でやるわけで、その大半が政党の代表としての国会議員が衆議院、参議院で審議すると。そのときに教育の目的を議論するということで、それを法律で決めるということになっていくわけですけれども、まさに今日の議論の教育の目的で、どんな人間を育てるとか、また、人間観にもかかわる話だと思いますが、これを法律で決めることはなじまない。教育の目的は教育の哲学上の問題であって、教育の理念にかかわる問題を法律に規定することはおかしい。それを党派性のある議員が審議をしていくと、これは最も警戒すべき状態になっていくということで、私は教育の目的ということは、法律にはなじまないということを確認することが国民会議の有識者の方々にとっての議論で大変大事なことではないかと前から考えております。教育改革国民会議の提言を、国民の皆さんに訴えることは大事なことだけれども、そういう目的を法律に書くか書かないか、どんな内容がいいかということは、全く別の議論ではないかと思っております。

 今、中曽根補佐官がおっしゃったことは、教育基本法にとっても大事な観点だろうと。要するに計画性のことですね。それも技術的、財政的な問題、国家としてこのような教育の条件整備についてどうかかわっていくか、そういう計画は大事だけれども、一番根本の理念は法律になじまないというふうに考えております。

【江崎座長】ありがとうございました。それでは沈委員お願いします。

【沈委員】短くいたします。先ほど河野先生がおっしゃったとおり、私もこうした問題では素人です。少なくとも一番遅く教育基本法の存在を知った人間だと思います。子どもが学校に入って、田舎のPTA会長に祭り上げられたときに大変ショックがありました。それは村の近くにある有名な神社に学校からお参りをするということがあって、そのときに、神社に着くまでは学校行事でした。階を渡るときに「学校行事終わり、これからはPTA行事に切り替える」と言って、PTA会長が先頭に立ってお参りをして、終わるとまた学校行事に返る。これがとても不思議でした。一緒に行った人々も、みんな何ていうこっちゃと言うのです。

 教育委員会に行って伺ってみたら、それは教育基本法第9条第2項である。昭和24年には公教育の者は神社なんかに参加してはいかんという次官通達も出ていると。だから、そういう芝居をしなければ、校長さんの身が危ないのだということを聞かされたときに、極めて教育基本法に対して素人らしい不信感を持ったわけです。

 その後、先鋭な先生方が何回もストライキを構えました。私は一PTA会長として、あるいは地域の長老として、先生方の間に話し合いを求めてかつがれてまいったことがありました。そのときに彼らが言っていることは、第10条による「何者にも支配されない」という、かつての戦争中の関東軍が統帥権を振りかざして勝手をしたのと同じような感じの論拠に立ってストを敢行しているということに非常に不思議でありました。もう少しまともに考えられないのかと言っても、これを見ろと言って、第10条を振りかざしてくる。

 私はそのときに、皆さん方が学問的、哲学的に論じている教育基本法が一番末端では、こんな歩きをしているのだということ、そこをまず把握していただきたい。そして、どう変えろということは私は申し上げませんけれども、少なくとも拡大解釈あるいは間違った勢力の武器になるような解釈にならないような文言のものを変えていただきたい。趣旨としては、山折先生や浜田さんの御意見に全く賛成ですけれども、誤解のないものをつくる。国民が等しく理解して、同じ方向で歩いていけるものに考えるべきだと思って、私は改正に賛成をしております。

【江崎座長】ありがとうございます。女性の発言が今日は何もないというので、今井委員お願いいたします。

【今井委員】今、沈委員さん、大先輩が先におっしゃってくださったんですが、私も専門家ではなくて今学校現場を支えている者として、日本PTAの中でそれぞれの県の会長さんたちとお話しする機会あるのですが、地域によって学校の現場に差があります。あるところでは、君が代も教えていただいてないとか、国旗も一応掲揚したという報告にはなっているけれども、それは実際掲揚してなくて、国旗を立てる三脚に立てているだけで、もうそれはクリアーしたとか、とても私たちの近くでは考えられないことなんですが、そういう現場の声を聞いておりますと、これから日本が新しい教育を目指していこうという中で、本当にそのように現場が動いていくのかということがとても疑問に思います。

 ですから10条にこだわりますけれども、拡大解釈されるような、そういう誤解があってほしくないということと、それとそういうところで育った子どもたちが、今、言う郷土のことや国のこととか、そういう中で生かし生かされ合っているとか、そういう感謝の気持ちが、学校の中で育っていくのか本当に疑問に思います。専門家ではないので詳しいことはわかりませんが、もし、そのようなことが、この基本法を変えることによって、そこのあたりの部分の風通しがよくなってくるのであれば、私はぜひ改正をしていただきたいと思います。

【江崎座長】ありがとうございます。あとはよろしゅうございますか。大宅委員いいですか。

【大宅委員】別にわざわざ女が発言してないからといって、それこそ差別だと私は思います(笑)。

【江崎座長】差別をしないということで、それでは森委員からリスポンスしてください。

【森委員】私、お答えする責任があるのかどうか疑問を感じながらいたしますが、西川議員から御指名で私の意見をということもありましたので、お答えさせていただきますが、皆さん全体会の最初のころの資料を思い出していただきたいのですが、教育基本法に関しては共通審議事項になっておりました。これは確認しておきたいと思います。たまたま第1分科会が関係があるから、まずはそこでやろうということでございます。

 したがいまして、皆さんの今日御意見あって当然で、私も大いに勉強させていただきましたが、西川議員の最初のことでございますが、例えば、具体的にどこかと言えば、私は家庭教育についての重要性は、今日の教育問題を考えた場合、だれも否定できないと思うのです。それについて、教育基本法を読みますと、家庭教育がいかに重要かということが全く読み取れません。そういう意味で、家庭教育の重要性を示す理念として、示すことだけでも非常に意味があると思います。これが第1点です。

 第2点は、憲法改正との関連でということでございますが、確かに憲法26条の規定と教育基本法第3条の規定似ておりますし、その他、類似の規定がたくさんございます。ですからもし憲法改正でそこが変われば基本法も変わらざるを得ないでしょうが、私はそんなことを言っているのではなくて、むしろ現在の教育基本法に何が欠けているか、何を加えた方がいいのか、そういうことを申し上げているのでございます。つまり教育的な付加価値をつけるなら、どういうものがあるだろうかということで議論しておりまして、新しいビジョンについては、田中委員とか山折委員とかいろいろ皆さんおっしゃいましたが、全く賛成でございまして、新しい理念からスタートするか、現在の基本法の理念に何かプラスして、新しい理念に持っていくのか、帰納法と演繹法の違いなので、私は全く皆さんのおっしゃっていることと違ったことをやってきたとは思っておりません。

 いずれにしても両者に共通しているのは、世の中には完全なものがないんですから、絶えず反省して付け加えるのが当然で、そのことを梶田さんは温故知新とおっしゃったのだと思うんですけれども、それが西川議員へのお答えであります。

 その他、皆さんの意見を聞いておりまして、どなたに対してどうだとは申しませんが、例えば家庭教育は公権力が及ばないとか権限が及ばないというのは従来の通説でございますが、私はだから家庭教育がだめになったと思うのです。つまり家庭教育は私事性の原則で公権力は介入すべきでないと、アンタッチャブルの精神が、今日の家庭教育をだめにした。

 私は教育というのは精神のパンだと思うのですが、パン(精神的福祉)の場合には物的福祉として民生委員その他で生活補助とか援助しているわけでありますから、精神のパン、教育についても援助すべきだと。日本は民主国家でないではないか、規制が多過ぎる、規制緩和、確かにそうなんです。行政というのは規制作用と同時に助成作用もあるんですね。だからブレーキとアクセルがあるので、アクセルの方を教育としてはやるべきなので、そういう意味で、エデュケーショナル・ディスアドバンテージ・トゥといいますか、そういうものに対して教育が何ができるかということをやるべきではないかというのが申し上げたいことです。

 次は、今の基本法はどこが悪いのだ。正義については、マル、バツとか御指摘がございまして、確かにそうなんですが、私は戦後53年これができまして、これから定着して発展していくのだからいいのではないかという意見ももっともなんですけれども、50年もやって実現できないというのは、理念の方も少し考え直す必要があるのではないか思うのです。どんな方法で今までやってきたのか。そのいい例が共産主義であります。ソビエトが80年実験してだめだったからあきらめたのですが、私はもっと早く理念を考え直すべきだったと思うのに、よくも80年やったと思うのです。

 そういう意味で、これからまたやれば、50年後にまた同じことを言っていると思うのですね。そういう意味で、私は教育的付加価値をつける意味でも考え直す必要がある。これは新しいビジョン論の帰納法でも演繹法でも結構ですから、そういう意味でやるべきだと。それが田村さんおっしゃった変えないこと、不変が変だという、そうなんです、不変が変なんです。やはり改良的にやるべきではないか。

 いずれにいたしましても、基本法には基本計画がついてなければいけないと思いますし、理念を実現する理論、具体的な現場の方策、こういったものがやりやすくなるように、ここらでもう一度見直すということ、これがショック療法にもなるのではないか。そういう意味では、財政的な基盤、援助が必要でございますから、それは次の課題に移っていくのではないかと思います。以上です。

【江崎座長】 ありがとうございました。それでは牛尾副座長。

【牛尾副座長】皆さんのおっしゃること非常にもっともで、どこかでまとめないと次へ行けません。教育改革国民会議の第1分科会の12、13ページの教育基本法の文章は、今日の話を本当に上手に最小限書かれてあると思います。その第1分科会の報告を尊重しながら、資料1に書いてある基本法に関する各委員の発言、皆さん信念を持ってらっしゃいますから、今日もこれと同じことをおっしゃっていますので、そういうものを尊重しながら、今日の特に山折さん、田中さん、浜田さん、その他がおっしゃった考え方の範囲を拡大します。

 また、現場における沈さん、河上さん、今井さんの話などのことも十分考えながら、そういう方向で新たな考え方といいますか、方向を示していくことを議論していくということで大体の合意だということで中間報告をまとめたいということでいいでしょうか。

【江崎座長】それでよろしゅうございましょうか。

【大宅委員】文句言いながらあれなんですが、家庭教育がだめだというのも重々賛成なんですが、じゃあ、家庭教育に関して公が関与するというのはどういうことなのかというイメージがよくわかないんですね。つまり学校教育も社会教育もうまくいっていれば、まともな親ができているはずで、まともな親なら人間つくってしまった以上、ちゃんとしつけして出そうと思うはずなわけですよね。それが今だめだから、じゃあ、お父さんは6時に必ずうちに帰りましょうとか、法律で決められるというのはどう考えても変で、家庭教育が変だから、私たち家庭の中でちゃんと子どもをしつけましょうという自発的に言うのはいいのですけど、それを文部省に旗振られるというのは、私はどう考えても嫌なんですけれども、森先生、その辺、どういうことなんですか。

【森委員】別に文部省に旗振れと言っておりません。私はおっしゃるように、ニワトリと卵なんで、それで臨教審も失敗したんですけれども、今の子どもが親になるのだから、今の子どもの教育からすればいいというのだけれど、その子どもの教育しているのは親、大人なんです。だから両方やらなければいけない。

 私はその一つの具体的な方法として、学校で子どもに、お父さん、お母さんの信念は何ですか。大宅さんの本にも「信念」は大事だと書いてありましたよね。だから信念調査をやればいいと思うんです。そうすると親は宿題で、お父さん、あんたの信念何と聞かれたら、信念のない親はハッとして、本でも読んで、何か難しいこと考えると思うんです。それだけでも効果があるので、これは30年後か50年後かもしれません。そういう意味です。ですから直接介入しろとは言っておりません。

【江崎座長】黒田委員、何か、最後に。

【黒田委員】最後ではないですが、何も言わないとまずいのかなという、圧力を感じましたので。国民が今一番関心を持っているのは、このままでは教育が危ない、どうなっていくのだろうかということです。来世紀の子どもたちの教育がどうなっていくかということが今非常に心配なんだろうと思うし、実際に皆さんそう思っていると思います。

 そのときに、教育基本法が悪しき原因であるとは、一般のみんなの気持ちにはない。それを変えたからどうなるというふうにも思っていないと思っているんですね。例えば家庭教育が非常に重要だというのは確かにそうなんですが、今の基本法に家庭教育をやっちゃいけないと書いてあるわけではないし、書かなければできないものなのか。

 私は法律の専門家ではないし教育学の専門家でもないのですが、そういうことを法律に書かなければいけないものなのか。書いたらうまくいくとはだれも思ってないと思うんですが、何か余りにそぐわなくて。教育基本法で一番問題になっているのは、さっきどなたかがおっしゃった拡大解釈が末端で起きてくること。そちらの方が問題になっていて、一番これをやらなければいけない。確かに家庭教育もそうだし、社会もそうだし、いろんなところが問題になっているのですが、それは書かなくたってできることであって、一番問題になっているのは拡大解釈が起きるようなことではないかと思うんですね。

 また、国家観というのも将来変わってくるだろう。戦後50年、50年と過去のことを言っているけれど、21世紀の世の中はITなんかでものすごく変わってくる。留学生10万人という話もありましたし。法律の寿命は30年、40年、20年ぐらいかもしれませんが、そのときの世の中は本当に今の延長線上の社会なのか?どなたかおっしゃったようにビジョンというものを考えて、その上で考えていくことがすごく重要なのではないかと思いました。だから家庭教育を目的に入れないからうまくいかないということはないような気がいたしました。

【森委員】一言。

【江崎座長】それでは一言だけ。

【森委員】書かなくても家庭教育できるのではないかとおっしゃいますけれども、書いてもできる人とできない人いるかもしれない。

【黒田委員】ほかにも……。

【森委員】それは頭のいい人とか立派な人はよくおっしゃることで、立派な人には法律要らないんですよ、刑法も、何もなくても本当はいいんですよ。なぜ、法律ができたかということを考えれば、できない人がいるからなんです。できない人をできるようにするには何か考えなければいけない。だから法律で理念を考えなければいけない。新しい教育のビジョンの一部に、生涯学習の中に家庭教育が原点であるということを考えれば、これは読み取れないんですよ、教育の理念というのは。

 だから、田中さんとか山折さんがおっしゃった、新しい21世紀の教育のビジョンを考えたときの家庭教育の位置づけがないと、それだけのことを言っているんです。

【黒田委員】そのときに拡大解釈などで、いろいろ意図していた方向にいかないことがないようなすばらしい文章を考えていただかなくてはいけないと思います。

【森委員】それはそうでしょうね。でも、書かなくてもできる人だったら、そういう拡大解釈をチェックできますよね。

【江崎座長】それでは、大分時間も迫ってございますから……。

【藤田委員】一言よろしいですか。

【牛尾副座長】今度13日に中間報告の最終の原稿を出すのですが、今、おっしゃったことは、第1分科会に微妙に皆表現されていますので、それを中心に、今日出た新しい範囲の拡大、考え方、視点を入れて、21世紀用に、そういう点について、もう一歩突き進んだ論議を提案をするということで御同意を願いたいと思います。

【江崎座長】それで合意していただきます。それでは、どうもありがとうございました。

 続きまして、教育財政、これも重要な問題でございますが、御議論いただきたいと思います。教育財政につきましては、文部省の方から若干の御説明をいただきたいと存じます。文部省の会計課長の徳永さん。

【文部省会計課長】文部省の会計課長の徳永でございます。

 それでは、お手元に資料4「教育財政に関する資料」というものと、参考2「平成12年度文部省予算額の概要」という2種類の教育財政に関する資料を用意してございますので、基本的には資料4「教育財政に関する資料」に沿いまして御説明申し上げたいと思っております。

 教育財政の資料は、基本的には学校教育に関するものを中心にまとめてございまして、いわば社会教育でございますとか、そういったものは入ってございません。また、この資料の中には国での歳出、地方公共団体の歳出等様々なものが入っておりますが、そういったものを一体的・統一的に把握をしている調査なり統計はございませんので、基本的には様々な資料から寄せ集めましてこれをつくったものでございまして、したがって、必ずしも統計学的にこれが正確であるということではございません。そのことをまず先に申し上げたいと思っております。

 では、資料4の1ページをごらんいただきたいと思います。「学校段階別負担区分別学校教育費」でございます。御承知のように、我が国では小・中学校、幼稚園といったものは、パブリック・セクターにおきましては市町村、高等学校につきましては、主として都道府県、高等教育につきましては、国、それぞれまたプライベート・セクターがございます。そういった形で担当しているわけでございます。

 基本的に学校の運営につきましては、学校教育法第5条によりまして、設置者が管理をし、設置者の負担において運営をすることが基本でございます。しかしながら、特に表の2番目にございますように、義務教育につきましては義務教育であるという特質にかんがみまして、国、都道府県、市町村が極めて密接に連携、協力をして運営することになっております。例えば義務教育の場合、国が34.8%、都道府県が37.9%、市町村が24.6%担当しております。もともと小・中学校の大半は市町村立学校でございますが、なぜ、国と都道府県がこんなに比重が多いのかと申しますと、公立の市町村立の小・中学校の教職員の人件費を国と都道府県がそれぞれ2分の1ずつ負担をしている、こういったことによるものでございます。したがいまして、市町村は市町村立学校ではございますが、支弁をしている経費は施設費、教材、教具の整備費あるいは運営費となっているものでございます。

 それに対しまして、3段目の段、高等学校につきましては、およそ7割が公立、3割が私立でございますが、その場合、公立学校につきましては都道府県が主として運営をしております。都道府県の財政規模能力といったことを考えまして、国としては基本的に公立高等学校に対する財政的な関与というものは行っていないわけでございます。したがって、高等学校の場合は大半が都道府県、そして残りが学校法人等となっているわけでございます。

 次に高等教育でございますが、全体として国立大学と私立大学で高等教育が成り立っているわけでございます。そういったことから、高等教育につきましては、国が35.5%、それ以外のものが55.2%でございます。

 ちなみに、最初に申し上げればよかったわけでございますが、これは負担の区分でございまして、最終的な歳出段階ではございません。したがって、例えば学校法人等に対する国庫補助といったものがございますが、そういったものは国が全て補助をしている、負担をしていることになっておりまして、歳出の最終ベースの区分ではございません。

 それでは、2ページをごらんいただきたいと思います。「負担区分別学校段階別学校教育費」でございます。これはそれぞれの国、都道府県、市町村、そして民間部門が主としてどういったものに財政的な力点を置いているかといった資料でございます。

 これにございますように、まず国の段階では教育費の62.6%を義務教育に投入しているわけでございます。これが先ほど言いました公立小・中学校の教員の給与費が大きいわけでございます。そして、34.9%が高等教育となっております。

 それに対しまして都道府県の場合は、半分を義務教育、残りの多くを高等学校に投入しているわけでございます。

 市町村につきましては、当然市町村立の学校でございますから小・中学校と同時に幼稚園に対するものが多いわけでございます。

 民間部門、主として学校法人等でございますが、この場合は幼稚園が多いということ。また、高等学校につきましても、一定の比重を占めております。ただ、一番大きいのが高等教育という形になっております。

 それでは、資料の3ページをお開きいただきたいと思いますが、「国の一般歳出総額に占める学校教育費の割合」、経年の変化でございます。昭和40年ごろでございますが、国の一般歳出の中で、学校教育費はおよそ11%を占めておりました。それが例えば平成9年度を見ますと、やはり学校教育費は11%ぐらいを占めているわけでございます。なお、若干、国の一般歳出、例えば、平成7年が大きいのは、補正予算等を含みました決算額で比較をしているわけでございまして、平成7年の場合は、阪神・淡路大震災に係る補正予算が全部計上されております。その部分が大きくなっております。

 ただ、一般的なトレンドといたしましては、昭和40年と平成9年度を比べてみますと、国の歳出が全部で12.9倍となっております。それに対しまして、学校教育費も12.4倍という形で、国の一般歳出の伸びとほぼ同様の増加傾向となっているわけでございます。

 次に4ページをお開きいただきたいと思います。これは「地方公共団体の普通会計における学校教育費の推移」でございます。これは負担のものではございませんで、地方公共団体における最終歳出ベースの数字でございます。昭和45年度を見ますと、都道府県が13.1%、市町村が 5.9%、合わせますと、およそ19%ぐらいが学校教育費となっております。

 それに対しまして、平成9年度の数字をごらんいただきますと、地方公共団体の総歳出が 100兆円強でございますが、そのうち市町村の歳出によるものが 2.7%、都道府県が9.1 %それぞれを学校教育費に充当しているわけでございます。したがって、地方公共団体の一般歳出に占める比重は、二つ合わせてまして、およそ12%ということでございます。地方公共団体の歳出の中では、このほかに社会保障費、公共事業費等ございますが、国の地方財政計画ベースで申しますと、単独の分野的な歳出費目としては、教育費が地方公共団体の歳出では最も大きなシェアを占めております。

 次に5ページをごらんいただきたいと思います。これは今申しましたようなことをトレンドで「負担区分別学校教育費の推移」ということでございます。昭和45年度に一番下の青い横線は国の歳出、真ん中の白が都道府県、その上のピンクが市町村、一番上が学校法人等民間部門でございますが、シェアがどういう形で変移をしてきたかということでございます。昭和60年ぐらいから国の歳出が減りまして都道府県の負担が少し増えております。これは、かつては小・中学校の教員の旅費、小・中学校の教材費を全て国庫負担をしておりました。こういったものを廃止をいたしまして、全て都道府県なり市町村の負担としたといったこと、そういう地方分権の観点からする補助金の整理といったことの結果によるものでございます。

 次の6ページが国際的な比較でございます。若干比較をしている年度は国によって異なります。97年のものもございますし、95年のものもございますが、簡単に申しますと、それぞれ日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツにつきまして、国民総生産に対する公財政支出学校教育費の比較をしてございます。日本の場合が国民総生産に対する公財政支出学校教育費が 3.6%、アメリカが 5.0%、イギリスが 4.6%、フランスが 5.6%、ドイツが 4.6%でございます。それぞれ初等・中等教育段階での比較、高等教育段階での比較がございます。

 ただ、この数字、なかなか比較が難しい面がございまして、一つは、7ページにございますように、それぞれの国におきまして、国民総生産に対するそもそも一般政府総支出が違うわけでございます。例えば、フランス等では、かつて国営企業が多かったようなこともございまして、国民総生産に対する一般政府総支出が57%を占めております。それに対して日本の場合は35.3%でございます。

 また、同様に租税負担率、国民所得における国税、地方税の割合でございますが、フランス、イギリス等では30%を優に超えておりますが、これに対しまして日本では23.3%となっております。

 こういったことが、全体としての国民総生産に対する公財政支出学校教育費の違いともなっているわけでございます。

 あるいは、またちょっと参考2という資料をごらんいただきたいと思います。2の一番最後の方に、各国の児童生徒学生数の総人口に占める割合がございまして、もちろん教育費といったものは、児童生徒学生数に依拠する部分があるわけでございますが、これをごらんいただきましてもわかりますように、日本の場合はアメリカ等に比べまして、小・中・高等学校の子どもの数が少ないということもございます。基本的にそういったものを勘案して、国際比較をしなければいけないと思っております。

 それから、必ずしも十分でない公財政支出かもしれませんが、国全体、地方を通じて厳しい財政状況の中ではございますけれども、参考資料2の2ページ、3ページ、4ページには、先ほども御論議の中で出ましたように、文部省が、ある程度計画的に進めてきております施策の変化がございます。例えば、小・中学校の学級編制基準あるいは教職員定数につきましても、参考2の2ページにございますように、今まで計画的に改善を図ったものでございます。あるいは3ページにございますように、幼稚園就園奨励費、育英奨学事業、私学助成、留学生経費、こういったものにつきましても、計画的に伸ばしてきているという状況がございます。

 大変雑駁な説明でございましたが、以上でございます。

【江崎座長】ありがとうございました。それでは、今、徳永さんがおっしゃったことをベースに、教育財政について、御自由な発言をお願いしたいと思います。どなた様でも結構です。それでは田村委員、その次には河野委員。

【田村委員】実は最初に、この国民会議が開かれるところで、私発言させていただいたのですが、家計においてエンゲル係数というのがあるように、国とかある社会でどの程度教育や文化にお金を使っているかということを何らかの指数で示す必要があるだろう。その指数を、当時は「小渕指数」と言ったらどうだというのを申し上げたのですが、今は「森指数」ということでいいだろうと思うのですが、やはりそういうようなものをつくって示して国民の理解を得ると。

 その数字が直ちにそのとおりになるということは考えないにしても、一応の目標のものとして理解を得るために提言することが会議の重要な使命の一つではないかということを申し上げたわけですが、議論の中で、その意見は変わってないのですが、牛尾副座長の言葉をかりて言うと、ザルに水をそそぐようなことはだめよという話が出まして、それはおっしゃるとおりだと思いますので、それに加えまして、現在、進行中の教育改革というものがあるわけですが、改革が進められるように、財政支出を使用すると。ですからエンゲル係数の示した数字までいかないにしても、改革が進んでいくことが国民のためになるというふうに考えます。つまり、今の改革というのは、日本の国が置かれている状況が、国際社会の中で、早急に改善しなければならない問題として、少子化、国際化、あるいは先ほどちょっと触れましたけれども、社会の成熟ということでクリエーティビティーが求められる社会の要求が非常に強くなってきている。あるいは説明責任というものをあらゆる分野で要求される。

 学校なども、日本の社会は大体そうなんですが、入口管理だったわけですね。入学試験がえらい難しい。それを通れば大体いいよということだったのですが、それを出口管理に切り替える。別の言葉で言えば説明責任を果たす。そういったことを大学から始めて、学校のあらゆる分野で実行するところに重点的にこういった費用を使っていくことによって、日本の社会構造の変革、比喩的に言いますと、金融は今必死になって改造をやって何とかいきそうなんですね。メーカーと言われるところはどんどんそれが進んできている。まだ進んでないところもあるようですけれども、教育もいよいよそういう改革を進めていくことが必要だろうと思いますので、この指数を提言することによって、そのこととからめて新しい時代に求められる多様な教育システムを選択できるようなポートフォリオを形成していただけるきっかにしてもらえれば大変ありがたい。ですから、エンゲル係数にかわるような、何でもいいのですが、江崎係数でもいいんですけれども、ぜひ、これは提言していただくことをお願いしたいと思っております。

【江崎座長】ありがとうございます。それでは河野委員。

【河野委員】全体というより、やや具体的になるのですが、私は第3分科会に属していたのですが、この前、森委員から、たしか留学生についてはどうかというようなお話があったように思うんですけれども、いずれにしても、海外の子女教育というものに携わっておりまして、その問題と留学生に対する問題と2つというか3つお話をしたい。

 御承知のように、海外に今長期滞在している人は子女も込めて今51万人おります。これは義務教育の年齢の人が約5万人います。これはバブルのときと今とそう変わっていない数字です。義務教育というのは、御承知のとおり国内に適用されておるものですから、海外は別という意味で、文部省、外務省は、子女のためにいろいろ尽力はしていただいているのですけれども、財政的には大変現地は苦しいということもあります。原則的に補助というのは私立校並みいうふうに今運営されておるわけです。

 そこで、前にもお話しましたけれども、日本としてみると、グローバルの進展の中で、個性が確立をしているとか、そういう環境の中で育った子女は、これからの21世紀に大切な人材ではないかと思っておるのですが、そこで、私立並みということも含めまして、現在どういうふうになっているかということを説明いたしますと、日本人の教職員の派遣というのは国内基準の80%になっています。これは日本人学校に対する派遣です。それから、補助授業校は現在 100名在籍していると1名、それが今度は 400名を超えるともう1名出せる。そういう状態なので、国語とか現地の学校に行ってない人のカリキュラムを補充するという意味で、臨時の講師を雇っているようですが、これが大体半分の人には定額は出せるけれども、それ以上は現地では出せないというようなことがあるようです。

 それから学校の校舎の建設は、借り上げについても同じなんですけれども、大体2分の1しか国庫補助をしてない。借り上げの場合も50から60。

 それから、スクールカウンセラーというのが、この間から新聞にも載っていましたように、各校に配置したということですが、この辺は海外で非常に緊迫というか緊張感がある中にしては、この配置は非常に少ないというのが現状でございます。

 また、地域的な問題もあって、通学ができない子に対して通信教育をやっているわけですけれども、これの経費というものは、今、国庫が持っているのは17%しか持ってない。そういう問題があります。

 それから、現地に行ってみて、皆さんもおわかりだと思いますけれども、現地の日本の学校が、その地域のコミュニティとのつき合いが非常にあって、文化の伝達とかそういうようなことも一つにはやっていますけれども、そういうものに対しては一切何もないというようなことでありまして、これも義務教育期間ということもあって、もう少し国としてしっかりとした援助をしていいのではないかということでございます。

 もう一つは、日本の留学生でございますが、これは非常にここの会議でもいろいろ出たように、アメリカに御留学の方は楽しい思い出といいますか、そういうお話も随分あったと思うのですが、日本に来ている人はどうもそういうファンになるというような人がむしろいないようでございまして、その一番の問題は寄宿舎の問題です。なかなか留学生というものを素直に受け入れてくれないという事情もあるようなんで、そういう寄宿舎制度をもう少し充実することができないのか。

 もう一つ、最後に外人の今児童が、日本に5歳から19歳というレンジでとってみると、18万8,000人います。そのうち、外国人の学校に行っている人は2万6,000人ぐらいおります。その他の人、日本人の学校に行っている人が8万7,000人いて、行ってない人が7万4,000人いる。そうすると合わせると16万人の人が日本人の学校に行っているか、就学してないかということになるわけです。しかも学校に行っている8万7,000人の中でも、2万人の人は言葉の問題で非常に不自由をしているというのが現状なようです。

 したがって、この辺も具体的に言いますと、日本の学校への外国人児童生徒の受け入れの環境をもう少ししっかりと整備をしてもらいたい。これによりまして、充実するのは、地域と学校が一体となって円滑な受け入れをしてもらいたい。教育相談の充実や外国人児童生徒の教育内容の充実・強化、日本語の充実、進路指導の指導、そういうことをひとつぜひお願いをしたい。

【江崎座長】ありがとうございました。今の河野さんおっしゃること、私もよくわかるので、筑波大学の学長やっていたときに1,000 人の留学生おりまして、どれほど留学生たちにいい寮をつくるかということ。それから、この間、クリーヴランドに行って参りました。私はあちらこちらへ行くと日本学校に招待されるのですが、100 人の児童が 100人以下になりそうだということで、文部省からの派遣が切られそうだと、今、河野さんのおっしゃったことを感じた次第でございます。

 それでは梶田委員。

【梶田委員】これは文部省の人にもお聞きしたいことなんですが、資料の5ページ目に負担区分別学校教育費の推移というのがあります。これを見ますと、民間セクターの負担の割合がどんどん増えているわけですね。例えば昭和50年(1975年)だと15%だったのが、この10年は22〜23%になっておる。この問題、これを考えますと、科学技術の振興が、ずっと民間セクターにおんぶしてやっていたのを、科学技術振興法ですか、できて……。

【江崎座長】科学技術基本計画。

【梶田委員】基本計画ですか。これで少し国もてこ入れしないといけないということになった。ちょっとお聞きしたいのは、学校教育について、そういう論議やそういう計画があるのかどうか。私、意見として申し上げますと、まだ小学校・中学校、トイレなんか汚いですね。あるいは大学でも、東大は少しきれいになったけど、京都大学なんかごみ溜めですよ。そういう基本的な施設設備の整備も不十分だと。

 そういう段階で、小さな政府で、民間セクターの方に財政負担を、例えば学校教育の方を任せることができるのか。まだまだ少し考えなければいけない。この数字の推移を見ると、どういうふうに考えたらいいか、私は意見を交えて思います。もし、何かそういう論議がありましたら教えてほしいと思います。

【江崎座長】科学技術基本法では、過去5年の17兆を今度は24兆にする、そういう計画があります。今、梶田さんは、教育の方にもそういう計画があるのかどうかという御質問ですが、何か。

【文部省会計課長】明確にそういった形で、全体の計画としてのものはございません。ただ、先ほど言いましたように、教職員定数でございますとか留学生でございますとか、個別な分野についてはそれぞれ計画を立ててやっています。

 また、具体的に梶田先生、御指摘いただきました施設費の関係でございます。先ほどの参考の2というところの4ページにございます。正直申し上げれば、国立大学の施設につきましては、昭和40年代から50年代に行っておりました無医大県解消計画によります新設医科大の整備といったものにかなり文部省は支出をいたしました。一方では、なかなか全体として施設費がそれほど十分には伸びていないという中で、既存の大学の施設整備がかなりおくれていたという状況は確かにございます。そこにございますように、近年では、当初予算についてはともかくとして、補正予算、その他公共事業予備費等を導入していろんな形で一定の整備水準を維持したいと考えております。

 平成13年度概算要求におきましても、当初要求におきまして、久々に 1,000億円台の要求をしたところでございますので、そういったことについては、また、私どもとしては重点的にかつ計画的に整備をしていきたいと思っておるわけでございます。

【江崎座長】 ありがとうございます。藤田委員、その次は西川議員。なるべく短くお願いします。

【藤田委員】 私はここはぜひとも積極路線で提案をしていただきたいと思うんですが、確かに今社会保障費の問題、あるいは国債の償還とかいろんなことで財政事情が悪いことはわかっておりますし、田村先生も言われたように、合理的な投入をしなければいけないのはそのとおりだと思いますが、それにしてもGDP費のこの支出が国際比較で見ても経年変化で見ても低下していますし、支出割合自体も国際的に見て少ない。これは国の教育に対する基本的なスタンスを象徴するものだと思うんですね。そういう意味でも、私はこれを上げるということを積極的に提言していただきたい。教育にもっと資源を投入するということを基本方針として打ち出していただきたい。

 もう一つは、最低限、小学校において、30人以上の学級をなくすというぐらいの提案をしていただきたいと思います。

【江崎座長】 ありがとうございました。全般的に教育ということを見ますと、私、細かく知っているわけではございませんが、一般的に教育、金をかければ良くなるというわけではございませんが、金というのは十分条件ではございませんが、やはり必要条件でございまして、これからそれぞれの個人を育てるということをやっていただくためには十分な教育予算というもの投入していただくのは重要だと思います。それでは西川議員。

【西川議員】すいません、たびたび恐縮でございますが、私は開かれた学校という金子先生の分析による文章を拝見しましたが、これは主としてソフトな面で地域社会に開かれた学校というふうに思うのでございますが、ハードな面で地域社会に開かれた学校というのは、細かい話をして恐縮でございますが、今、財政が地方も非常に大変な時期に、教育にお金をたくさん使うことは私も賛成でございます。基本的にまずそれは申し上げておきます。

 しかし、同時に効率のよい使い方をするという意味では、1単位の投資で多目的なハードな施設を地域社会と共有できるような形の学校運営は、特に公立の小・中・高あたりは必要ではないか。と申しますのは、今、子どもが少なくなりましたから大した問題にはならなくなりましたけれども、しかし潜在的にあることは、学校それ自体が、昔は学校があるということは地域の環境のためにいいとか評価をされたのですが、今は逆に迷惑施設のように思われている部分も率直に言ってございます。古い例で恐縮ですが、手短に話しますが、兵庫県の須磨にあります高倉台小学校というところは、学校施設を例えば午前中は学校で、地域の公園と校庭がリンクしておりまして全部使うのですが、午後3時以降になると、地域のおじいちゃん、おばあちゃんが散歩に入ってきて、そのまま学校の中に入って来られるような相互交流ができて、プールも使える、家庭科教室は地域のお母さんたちのお料理の講習会にも使える、図書館は大人の本と子どもの本をちゃんと上手に仕分けてあって使えるようになっている。

(古川官房副長官退室)

【西川議員】事故がいつも心配される。河野委員がおいでですけれども、団体生命保険と団体傷害保険に宮崎市長は提案をして、校長先生を中心に地域の管理の町会長さんや何かでチームをつくって、そして事故を防いでいる。ところがこれが何十年も前にスタートしたのに一向に広がらないんですね。なぜかというと、結局、何か事故が起こったりしたときに校長先生や学校の教職員の方々の責任問題になるんですね。これに対して教育の公的な、教育委員会も含めて責任をとろうとする体制がない。

 私はそういう意味で、ちょっと話が迂遠になりましたが、1単位の投資で多目的なものを達成できるというのは、財政有効主義というか、そういう意味でも、また、地域に開かれた学校をつくることによって、ソフトな開かれた学校を助長するという意味でも、この研究は大いにするべきではないかというふうに、教育改革の中でぜひこれを取り上げていただきたいと思います。

【江崎座長】ありがとうございました。大分時間も迫ってまいりましたが、そのほか、何か。田中委員、その次に河上委員。

【田中委員】ごく簡単なことですが、資料では学校教育の費用だけしか出てないですけれども、社会教育とか家庭教育とか、ボーダーは難しいですけれども、そういうものに関する支出がどういうふうに増えてきているかということも検討の資料として出すべきだと思います。ここで教育の守備範囲を広げようと議論しておきながら、データが学校教育だけしか出てこないというのはちょっと問題です。

【文部省事務次官】範囲をどこまで捉えるか難しいですが、努力はしてみます。

【田中委員】難しいですね。

【江崎座長】家庭教育と社会教育。

【田中委員】ボーダーは難しいと思いますけれども。

【文部省事務次官】次回、資料を用意できるように努力してみます。

【田中委員】あった方がいいと思います。

【江崎座長】文部省に努力していただくということで、それでは河上委員。

【河上委員】先ほど梶田委員から話があったのですけれども、学校はもう古くなっていまして、施設は非常に悪いです。将来の子どもに金をかけているという実感はほとんどありません。トイレなんかはとんでもない状態ですから。一時期、予算がかなりあった時期は、例えば20年ぐらいたつと、物すごいお金かけて補修したんですね。ところが最近はそのお金がないですから補修に手が回らなくて、かなりひどい状態で生徒は授業を受けています。市町村で格差が広がっているのではないかという気がすごくするのですけれども、ですから市町村に施設は任せればいいというのでは多分だめなのではないかという気がします。

【江崎座長】そうですね。ありがとうございました。私、32年間、日本におらなかったですけれども、32年間、日本のすべての部分はよくなりましたけど、学校だけは32年前と同じだという、何かほかにございますか。

【大宅委員】学校の施設の話みたいのは重々そうだろうと思うんですけれど、さっきおっしゃったように、お金かければよくなるというのは見えてこないですよね。例えば、クラークさんお得意の英語の先生の話ですけれど、外国人の教師を連れてきたら飛躍的に英語教育は伸びると思うんですね。それはお金かからないんですよね。みんなの意識が、今の英語の先生をクビにしていいということになれば、お金の問題でなくできる。そういうことはできないですね。

 それから、今のお金の使われ方見ていても、かなり働いてない先生とか、ちょっとおかしい先生がそのままクビにできないで、お金を食っているという状況はそのままにしておいて、それこそザルに水というのはどうも……。

【江崎座長】それは学校だけを非難しないで、ほかの部分も広く考えて、そういうむだがあるということだと私は思います。

【大宅委員】そうなんです。だから、その辺を考えないと、ただ、こうやって見ていて、何か一人頭の教育にかけているお金が少ないから、お金増やしましょうと国民会議が訴えたときに、みんなから「そうだよね」と言われるとはちょっと思えないです。

【木村副座長】私のおります機構は、大学評価を新しい仕事として附加されまして、私、大変な悪人になっておりますが、私も今、大宅さんの言われた評価ということをどうしても入れておかないと国民は納得しないと思います。さきほど藤田さんの言われたこと、私もずっと同じようなことを言い続けているのです。GDP比を増やせと。しかし、その議論は受け付けてくれないですね。ですから評価をして、それこそ牛尾さんの言われたザルに水をやらないようなシステムをつくらないと絶対だめですね。

【勝田委員】私が言いたいことを実はすでにいま木村委員がおっしゃった。本当に評価ということをしっかりやってください。もう既におっしゃったんですけど、もう一度くどいようですが、私の大学は国際大学で留学生が随分おります。その留学生を見てみますと、やっぱりアルバイトに追われているんですよ。いわゆる後進国、後進国という言葉使ってはいけないんですか。途上国から来る学生が多いですから、せめて本代と、大したお金ではないですよ。ODAで、橋や道路をつくるよりは、もっとそういうふうな留学生を大事にして人材育成に金を出してください。それは長い目で見て日本の国益にもなるのです。是非とも、この点を高らかに中間報告でもぜひ訴えてください。

【江崎座長】わかりました。それではなるべく手短にお願いします。田村委員。

【田村委員】先ほどの効率的にということで申し上げますと、例えば研究所、大学の研究を含めて独立行政法人化というのが今進んできていますね。あれは評価を入れようとして、木村先生がやっていることですね。あれはやったところはお金出すとか、そうすると非常に効率が上がるという感じがしますね。

 もう一つだけ、私ここで年来の主張なんですが、教育は無償では絶対できないんです。だから義務教育は無償だというようなことは憲法に書いてあるけど、あれは間違いなんですね。かかっているんですよ。だから、何でかかっているかというと税金で使っているわけです。だから、表現をこれから変えていかなければいけない。お金はかかるのだと。そういう意味で言いますと、私は消費税を導入されてからは、学校教育の中で税金教育というものをかなりしっかりやらなければいけないというふうに思っています。

【江崎座長】ありがとうございます。

 それでは時間が参りましたが、本日の御審議はこのくらいにさせていただきたいと思います。中間報告に向けて、全体会議の議論は、本日までの議論で終了させていただき、今後は中間報告案を御議論いただきたいと思います。

 全体会議では、第5回、第6回、第7回と論議をしてまいりましたが、この3回の論議を踏まえまして中間報告の案文作成に入りたいと思います。

 案文につきましては、前回お諮りしましたように、起草委員である企画委員会が作成することとしたいと思います。

 次回は、中間報告案を皆さんにお諮りし議論していただきたいと思いますので、よろしくお願いします。

 次回の全体会の日程につきましては、9月13日、場所は官邸2階の、ここではなしに上の方で開催を予定しております。

 事務局の方から何かございましょうか。

【銭谷担当室長】次回第8回の会議は、来週水曜日の9月13日、午後4時から6時まで、2階の官邸大客間での開催を予定しております。詳細につきましては事務局から御連絡を申し上げます。よろしくお願いいたします。

【江崎座長】それでは、本日どうもいろいろ有益な御議論があったと思います。ありがとうございました。