一日教育改革国民会議

一日教育改革国民会議(第4回・新潟)



次   第
平成12年11月4日(土) 於:ホテル新潟
開会14:00 ・ 閉会16:30
  1. 開会
    ○中曽根弘文内閣総理大臣補佐官挨拶
    ○教育改革国民会議出席者紹介

  2. 意見発表(敬称略・五十音順)
    ○新井 康平  (放送大学学生)
    ○磯部 幸久  (高校教員)
    ○大島 誠   (会社役員)
    ○奥平 邦男  (医師)
    ○進藤 泰子  (主婦)
    ○田中 雅道  (幼稚園長)
    ○鯰越 溢弘  (大学教員)
    ○樋浦 晃治  (小学校長)
    ○松本 亮   (小学校教員)
    ○吉川 利夫  (民生委員)

  3. 意見発表者との質疑応答

  4. 閉会

教育改革国民会議出席者一覧(敬称略・五十音順)
  • 大宅映子(ジャーナリスト)
  • 梶田叡一(京都ノートルダム女子大学学長)
  • 河上亮一(川越市立城南中学校教諭)
  • 木村 孟(大学評価・学位授与機構長)
  • 河野俊二(東京海上火災保険株式会社取締役会長)
  • 田村哲夫(学校法人渋谷教育学園理事長)
  • 藤田英典(東京大学教育学部長)

  • 中曽根弘文内閣総理大臣補佐官



一日教育改革国民会議(第4回・新潟)議事概要



<中曽根補佐官よりの挨拶、出席委員紹介の後、意見発表者より意見の発表>

(新井 康平)
 教育基本法前文においては、個性と創造力を伸ばしながら国際協力の精神を伸展させようと意図しているが、基本法11か条の中には国際協力・国際理解教育の必要性は規定していない。また、郷土、伝統、自然の尊重という表記は欠落しており、改正の必要がある。7条で、学校・家庭の役割を明記すべきという意見には賛成。9条では、国公立学校の特定の宗教教育・活動を禁止しているが、これは、偏った宗教教育を禁止する趣旨。情操・徳育教育のためにも宗教教育は必要であり、仏教・神道・キリスト教に分かれて講師を校外から招くなどして宗教教育を行っていく必要がある。

(磯部 幸久)
 奉仕活動を学校教育に取り入れるという趣旨には賛成。生徒達を連れタイへボランティア研修旅行に行った。参加した生徒は国際、福祉問題に深い理解を示すなど驚くほど成長した。しかし、こうした活動は義務で行うのではなく、生徒に選択の機会を与えることが大切である。事前学習等様々な準備も必要。また、教員側も知識が必要であるが、そういった教員は現状では少なく、このままボランティアを導入しても、一部の教員への押し付け、施設任せ等の問題が生ずる。生徒への活動の義務化は時期尚早。まず教員の意識改革が必要であり、このためには教員のボランティアを必修化し、経験をつませるべきである。

(大島 誠)
 「いまなぜ教育改革か」の趣旨には賛同。ただ、誰が何をすべきかをもっと具体的にしてほしい。また、教育振興基本計画等を通じ提案を実効性のあるものにしてほしい。
 現在のゆとり教育、競争原理の排除は学力低下・学習意欲の低下を招き、生徒達が自分の特性を見つけようとする芽をつんでいる。基礎知識や能力に応じた教育はどのようなものか再度検討してほしい。創造力を育成するためにも基礎知識の習得は重要。
 インターンシップは賛成。働くことの意味・社会のルールを教えるためにも有効であり、中学・高校からの一定期間の実施を提案したい。地域が子供と触れ合う機会の提供という面でも有効であり、地域の団体と協力しながら実施してほしい。
 学校経営について、学校評議員制度は賛成。教育者としては優秀でも経営に不向きな学校長もいる。民間から学校長を選び、教科教育を担当する教頭と学校経営を担当する教頭を設けるなどにより、民間の経営手法を取り入れることを提案したい。

(奥平 邦男)
 人間はどうしてこの世に生まれてくるのか、本当の生き方とは何なのかにという問いに答えてくれる大人がいないことが価値観の崩壊を招き、現在の教育問題の引き金となっている。しかし、宗教的な真実によると、子供は自らの魂の向上のために親や環境を選んで生まれてきている。それに気付けば、被害者意識を持つことはなくなり、親も子供を別の人格と考えるようになり、問題解決の糸口になるだろう。子供にとって大切なことは、愛を与える生き方をすること、足ることを知ること、自己責任の大切さを教えることである。また、人生観や生死観の教育も必要である。近年、高校は適性を欠く子供が入学し、問題が起こっている。人には適性があり、幸せになる道は一つではない。奉仕活動を義務化することでこうした子供達を矯正しようとするのではなく、彼らの新たな自己実現の道を模索すべきである。奉仕活動により愛を与えられるようになるというが、幼少期に愛を与えられて育った子供は成長するにつれて、愛を与えられる子供に育つのではないかと思う。

(進藤 泰子)  
 息子は小学校時代いじめにあった。校長からは、いじめられる子供にも問題がある、先生もサラリーマンだから、と言われた。いじめから逃れるため息子に勉強させたが、結局追い詰められて学校にいけなくなり、息子の存在をありのまま受け入れることの重要性を痛感した。道徳の時間の大切さを再確認してほしい。いじめ問題は、いじめられた家庭だけで話し合うのでなく、いじめた子供の両親にもありのままを伝え、話し合って欲しい。子供の意識改革には先生の熱意が大きく影響している。また、教育改革は個人の意識改革であり、他者への思いやり、人とのかかわりを大切にすることが大切である。

(田中 雅道)
 現在の大学入試は、自分が残るためには誰かを落とさなければいけないという排他的な競争として機能している。しかし、競争は自らがどこまで高められるかという方向に機能すべきであり、入試も学業を続けるために必要な学力を有しているかどうかを測定する性格のものになるべきである。また、家庭の教育力の充実が重要であり、親が子供と時間を過ごす時間をもっと取れるような制度の導入が必要である。さらに、幼児期の子供にとって、学んだことを使っていくこと、生活の中から学ぶことが重要。教科書を早くから用いることは、本当の意味で学ぶ力・考える力を獲得することを妨げる結果になるものであり、5歳児就学は問題が大きい。

(鯰越 溢弘)
 これまでの大学教育は知識の伝授に重点を置き、職業訓練教育が欠如していた。我々は、大学教育を一生を通じての社会とのサーキュレーションの一環として捉え、インターンシップ、交換留学等様々な改革を行ってきた。社会の変化に対応した教育サービスを提供することが大学の使命である。また、高度専門職業人を養成するためにはプロフェッショナルスクールの設置も必要である。大学入試制度に関する提言については大筋で賛成。しかし、大学入学年齢制限の撤廃及び大学院へ学部3年修了者から進学することを一般化することには疑問。入試改革は、それぞれの大学・学部のアドミッションポリシーに基づいた多元的な方法を採用すべき。高等教育においては「出口管理」による卒業生の品質保証が大切であり、そのためには教育内容のミニマム・スタンダートの明確化、GPA制度の採用等が必要である。高等教育に対する公的な財政支出の改善は急務であり、特に学生寮の充実は重要。

(樋浦 晃治)
 奉仕活動は、奉仕・福祉の基本を教える上で大きな効果があるが、小学生の実践能力を考えれば限界があり、校種に応じた実施方法の検討が必要。また、家庭を中心とした地域で実践し、学校はこれに協力するのが理想ではないか。また、我々の学校では県教委の「チャレンジ21」事業を通じ、学校が課題を明確にし、学校が主体性を持って、保護者・地域とともにそれを解決していくことに取り組んできた。しかし、学校の外部評価とその公表が強く打ち出されれば、各学校の主体性・独自性が失われることを懸念する。校長の権限と責任において判断を下すという学校運営の確立のために、地域の実情を的確に踏まえた校長の強いリーダーシップが必要。義務教育開始年齢の弾力化は、多くが5歳児での就学を選択することになり、早期教育をよしとする風潮ともあいまって、子供に悪影響をもたらす恐れがある。慎重な検討を。

(松本 亮)
 学校改革は教員一人一人の意識変革が必要である。同じようなことが毎年繰り返される学校は変革が難しく、また、子供のためにという美辞麗句のもと、教師同士がかばい合うことも多い。学校現場は、年功主義に陥りやすく、やる気にあふれた教員が育ちにくいと言える。教員評価や個々人の教育活動のプロセスを評価するという提言は、やる気のある教員にとっては励みになるものであり、学校の活性化につながる。ただし、評価の方法や観点の検討は必要である。また、学校評価は教員の力を生かし、家庭との信頼関係を作る上で有効であるが、学校評価の公開と選択が結びつくと、学校間格差を生み、地域間の協調を失う危険性があり、慎重な検討が必要。パソコン・英語学習など新しい課題のためにも、各学校の創意工夫への支援体制を整備してほしい。

(吉川 利夫)
 教育改革のためには、大人の改革が必要である。自らの子を自信と責任を持って育てられない親、聖職としての自覚と勇気を持って教えることのできない教師、地域の子供に無関心な地域社会の大人、表現の自由を楯にするマスメディア、世界の中の日本の位置付けを信念を持って示せない政治家。大人の改革のための施策こそが教育改革の要である。

<以下、質疑応答>

【木村委員】
 どうしてボランティア活動の場として環境の全く異なるタイを選ばれたのか。親がどのように同意されたのか。

(磯部 幸久)
 一つは、自分達が恵まれすぎていると考えられるよう、東南アジアを選んだ。もう一つはタイにはこれまで何度も行ったことがあり、私が引率する自信があった。保護者の中には怖い、危険だと反対する人もいたが、何ヶ月もかけて説明することにより、理解を得ることができた。

【梶田委員】
 教育改革のためには、学校の教員が変わることが必要である。教員免許取得においては福祉施設などでの体験が必修となった。取得後についても、こうした体験をしないと免許を更新しないとすることについてはどのように考えるか。

(磯部 幸久)
 教員に研修を課すことについては賛成であるが、本人に選ばせるべきである。

(大島 誠)
 一般的な職業体験を取り入れるべきである。また、ボランティアにくる人への教育には時間がかかり、それに対する支援をどのように行うか考える必要がある。

(樋浦 晃治)
 教員の職場体験は必要。教員免許法の改正などにより、多くの教員が外に出るようになった。受け入れのための条件整備をやっていただきたい。

(松本 亮)
 教員には日々の仕事もあり、研修期間中それをどうするかという問題がある。また、行きなさい、と言われて行くのと、行きたいと思って行くのでは全く異なる。奉仕活動でもそうであるが、すればなんとかなるというものではない。

【藤田委員】
 奉仕活動は広く社会体験、職場体験の中で捉えた方がよいという考えについてはどうか。また、2週間共同生活をさせることについて、現場の教員の方はどのように考えるか。

(大島 誠)
 地域の中で地域の学校としていくためには、社会の人がもっと子供と接する必要がある。今の子供は保護されており、何のために学んでいるか分からず、職業に対する認識の幅も狭い。そのためにも職場体験が必要であり、地域の企業に教育の重要性を理解をしてもらう必要がある。その際、地域の団体と協力することが必要である。また、2週間という期間については、学業をその間やらなくてもやるべきである。一日だけ来られても職場見学にとどまり、実際は迷惑になる。ある程度の期間行うことが必要である。

(進藤 泰子)
 こうした活動は目標をもってやらないと意味がない。目に見えることから始めることで、実際に体で考え行動することの積み重ねができるものと思う。

(樋浦 晃治)
 奉仕活動の内容がはっきりしていないことが問題。平成14年度から始まる新しい学習指導要領の中では、指導内容や授業時数からも2週間というのは難しいのではないか。また、共同生活についても、多くの準備が必要となり、小学校段階では難しいだろう。

(松本 亮)
 現在の子供は人との関わりが大変不足しており、共同生活をさせることは大切である。子供達に奉仕活動をやらされるとどうか、と聞いたところ、やらされるとストレスがたまると言っていた。奉仕活動をどのように子供達の心に落としてやらせていくかを教師自身が考える必要があり、そのためには教師が変わる必要がある。

(磯部 幸久)
 継続的にやらなくても、累積していきトータルで2週間とか1ヶ月とする方が前の経験も生かせるのでよい。「共同生活」もクラス単位で動くのでは意味がない。4人、5人とシャッフルしてやるのがよい。また、受け入れ側の条件整備は必要であるが、行く側は条件が整っていなくても出ていった方がよい経験になると思う。今の子供に最もかけているのは心を通わせることであり、経験をさせることが必要。

【大宅委員】
 樋浦さんは学校が選ばれることで学校の主体性がなくなるといわれた。それほど頼もしい校長ばかりなら、これほどの状況にはならなかったと思う。中間報告では、学校・校長に対し、現状ではその職責を果たしていないとも言えるほどの厳しい批判を行っているが、それに対する反論を伺いたい。また、今の状況で校長の権限と責任が機能しないのであれば、その状況をお聞かせ願いたい。

(樋浦 晃治)
 現場の教員は時間をいとわず目の前の子供を大事にして一生懸命やっている。批判については世間の状況を見ればそうした批判もあるのかとそれほど問題にしなかった。

(松本 亮)
 教員が変わらないといけないと感じている教員は多いが、なかなか一歩が踏み出せないというのが現状。しかし、頑張っている学校も多い。そこを見てほしい。

【田村委員】
 なぜ学校の評価を公表してはいけないのか。今までも学校評価はやっているが、それは教育委員会しか知らない。それで学校が変わるのか。

(樋浦 晃治)
 提言だけからは「外部」や「公開する範囲」の内容が不明確であったので、そのように聞こえたのかもしれない。しかし、現在でも評価は地域、保護者と共にやっているし、授業策定についても一緒に考えている。

【河野委員】
 鯰越さんは学部3年の修了を原則とすることについて疑問を呈された。社会に出て学校に帰る、ロースクールなどを出て社会に出るという制度が定着すればよいが、右ならえの習慣がある日本では、そういう制度が定着するには時間がかかる。提言の趣旨としては、学部で社会に出る人については、通常プラス専門教育を1年行い4年で卒業するという風に理解していただければと思う。

(鯰越 溢弘)
 学部で終えて社会に送り出すなら学部3年の教育では不十分。オルターナティブとして考えた方がよい。進路と学生の成熟度に応じ複数の道が用意されることが必要。

【河上委員】
 大宅委員、田村委員の質問に対し、現場の教師として答えておきたい。現在学校が直面している状況は危機的状況であり、教師が対応できる限界を超えている。教師は必死に頑張っているが、それがうまくいかない現状では、これまでの日本がつくってきた学校そのものを考え直す必要がある。外部評価は今の状況を突破するため必要である。学校が直面している問題を外に出して、父兄、地域、マスコミも含めて論議を始めることが必要であり、外からの評価を待っているのでは遅いと思う。

(鯰越 溢弘)
 我々はインターンシップにおいて、様々な会社の様々な部署へ学生を派遣してきたが、受け入れ側からどのように教育すればよいのかという質問があった。企業にも学んでもらうプログラムも必要である。また、生徒にもそれぞれ向き不向きがあるので、実施に際してはアンケートと面接を行っている。

【藤田委員】
 私は地域や保護者が行う評価は内部評価、外部評価は学校の運営に責任を持たない者が行う評価と考えており、後者については反対である。学校の評価をどのように取り入れるかは大きな問題である。学校の自己改革の努力は進んでいると思うが、どのようなきっかけがあったか。

【田村委員】
 学校のあり方もグローバリズムの中で変わっていく。外部から評価されることを学校が受け入れない限り、学校はその流れから取り残されていくのではないか。

(樋浦 晃治)
 我々は、以前から地域の教育力をいかすための取り組みを行う中で、保護者、地域と一緒になって取り組んでいくことが大切であると思っていた。

(松本 亮)
 総合学習がきっかけとなった。次々と施策が打ち出されると、現場としては閉塞感を感じてしまう。何が大切か考えるべき。

【木村委員】
 西欧の親に比べると日本の親は自らの子供に対する満足感が低いというデータがある。日本人のこうした傾向についてはどう思うか。

(奥平 邦男)
 子供を別の人格をもつものとして受け入れるかどうかという人生観の違いがある。

(進藤 泰子)
 それに気付くことが大切である。こう育ってほしいと親は望むが、子供には生まれ持った能力があることに気付いてほしい。

(田中 雅道)
 愛情を持っている人は少なくない。ただ、日本の場合、不安感が先に出てしまうのではないか。また、愛情が溺愛になってはいけない。子育ては大変なものであるという認識のもと、親に対して一定の負荷をかけ、それを共に乗り越えていくこうとするスタンスが必要である。そのためには、地域の教育力も重要である。

(新井 康平)
 日本の親は子供を甘やかし過ぎている。子供はそれぞれの家族のものであるだけでなく、社会全体の宝であり、社会全体で育てるのだという認識が必要である。

[文責は教育改革国民会議担当室]