| 昭和41年 | 野村万作の長男として生まれる 祖父・故六世野村万蔵および父に師事 |
| 昭和45年 | 「靱猿」で初舞台 |
| 昭和59年 | 「三番叟」を披く |
| 昭和62年 | 「狂言ござる乃座」を主宰。以降年2回のペースで公演を続ける。 |
| 昭和63年 | 「釣狐」を披く |
| 平成元年 | 東京芸術大学音楽学部邦楽科卒業 |
| 平成3年 | ジャパン・フェステイバルUKに「法螺侍」で参加 |
| 平成6年 | 曾祖父・五世野村万造の隠居名"萬斎"を襲名 文化庁芸術家在外研修制度により渡英 |
| 平成7年 | 「花子」を披く |
| 平成9年 | 「電光掲示狂言会」を演出、出演 |
| 平成11年 | 「藪の中」の演出で芸術祭演劇部門新人賞受賞 「子午線の祀り」の演技で読売演劇大賞優秀男優賞受賞 |
| 平成13年 | ジャパン2001に「まちがいの狂言」(演出・出演)で参加 |
| 平成14年 | 映画「陰陽師」の演技でブルーリボン賞主演男優賞、日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞 8月より世田谷パブリックシアター芸術監督に就任予定 |