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タイ王国カオプラヴィーハン地域復興開発
地雷除去プロジェクト

人道目的の地雷除去支援の会(JAHDS)



タイ・カンボジアの平原の写真

タイ・カンボジア国境の平原


【はじめに】

 20世紀に人類が残してきた様々な負の遺産…その一つが地雷問題です。いつ爆破するかも知れずに、地中に眠り続けている地雷の数は、5千万とも一億個以上とも言われており正確な数は誰にも分かりません。いまこの瞬間にもどこかで、手足を飛ばされたり、命を落とす悲劇が発生しています。このように地雷に怯えながら危険と隣り合わせの生活をしている国が世界にはまだ72カ国もあるとの報告です。観光客で賑わうタイ国もその一つであることをご存知でしょうか?

 1975年クメールルージュによるカンボジア政権樹立以来、タイ・カンボジア国境に緊張が走り、1976年タイ陸軍との戦闘が勃発、1978年ベトナム軍のカンボジア侵攻によってクメールルージュはタイ国境の内側まで撤退、それをタイ軍が押し返すなど、長期に及んだカンボジア内戦で、攻防入り混じれておびただしい数の地雷が埋められました。2002年の調査結果で、タイは4国境すべての地帯で残留地雷の存在が確認されており、タイ全土の地雷原は東京都や神奈川県の面積よりずっと広い2,557平方KMと推定されています。中でもっとも深刻なのがカンボジア国境で、タイ地雷原面積の76%を占めています。カンボジア国境に沿って大阪府の総面積に相当する土地がカンボジア国境にそって帯状に立入り禁止となっています。このことは外国からの観光客はもとより、内陸部や沿岸部に生活するタイ人にも余り知られていません。

【タイ・カンボジア国境地雷除去事業第一段】

 2002年暮れに、バンコクから東300KMほどのタイ・カンボジア国境で、当会としてまた日本のNGOとして、初めて本格的な除去活動に乗り出しました。サッカーコート50面にあたる40万平米の敷地をもつクメール遺跡「サドック・コック・トム寺院」に埋められた地雷を完全撤去する事業で、2004年1月、予定通り一年の工期で無事・成功裡に完工することが出来ました。歴史的にも重要な遺跡ですが、地元民にとってはいわば村の鎮守様的な存在の遺跡が、瓦礫の中から日々蘇り、それまで人々を寄せ付けなかった境内に人々が集い、昔日の笑い声が戻ってきました。

 自らの足を使って事業地を選別し、自らの手で事業化を企画し、資金計画・調達に自ら奔走し、パートナー選び、チーム編成、専門家・スタッフ・除去員の雇用・労務を含み、立ち上げからレビューまで、すべて当会が先頭にたって主体的に運営・管理するという、ハードルの高い事業への初挑戦でしたが、国連・タイ政府機関・地元NPOなどとも連携し、支え・励まし合いながらのあっという間の一年余でした。緻密な計画、多様な技術手法、地元と現場で共に汗をかく協働姿勢、また無駄の少ない費用対効果に、昨年9月バンコクで開催されたオタワ条約会議に出席していた地雷除去専門家からも高い評価を頂き、少なからず日本の国際貢献をアピールできました。


カオプラヴィーハン寺院(カンボジア領)の写真

カオプラヴィーハン寺院(カンボジア領)全景


【クメール寺院「カオプラヴィーハン遺跡」】

 当会が次に選んだ現場は、ラオスにも程近いタイ・カンボジア国境の山岳地です。自然豊かで雄大な景観に抱かれた山頂の傾斜地に、長さ900mの山岳テラス型クメール遺跡がボロボロになって横たわっています。9世紀から300年かけて建立された「山上の聖なる寺院」と名付けられたこの「カオプラヴィーハン(KPV)寺院」は、アンコールワットに匹敵する唯一のクメール遺跡と評されながら、国境紛争や見境のない地雷の存在が人々を遠ざけて「幻の大遺跡」とも称され、世界的な遺跡観光ブームのなかで、ずっと置き去りにされてきました。

 カンボジア平原からは447メートル上空に見上げるタイ領土の山中に立地するため、寺院にはタイ側からしか出入り出来ない。周辺一帯は歴史上クメール王朝の支配下にあり、その複雑な地形的立地ゆえに、寺院の帰属を巡って両国は長らく小競り合いを繰り返してきましたが、1962年ハーグ国際裁判所は寺院の建つ敷地内をカンボジア領、小川越しの寺院入り口はタイ領と定めました。

 遺跡本堂の建つ断崖絶壁の頂から遠くラオスまで見渡せる立地はまさに天然の要塞であり、1975年からのカンボジア内戦時に、ポルポトはこの台地に軍事的要塞を構えました。ここはポルポト派最後の地としても知られており、戦火は紛争終結の日まで続きました。この間双方の攻防用に、無数の地雷が埋められました。和平後も両国が緊張するたび毎に、遺跡ゲートの閉鎖を繰り返し、歴史の流れに翻弄されて「山上の聖なる寺院」は皮肉にも国境紛争の象徴的な存在でした。


カオプラヴィーハン寺院の写真
遺跡付近のJAHDS地雷除去予定地の写真

カオプラヴィーハン寺院

遺跡付近のJAHDS地雷除去予定地


【タイ・カンボジア国境地雷除去事業第二段】

 最近になって「幻の大遺跡」を世界の桧舞台に出そうと、やっと両国間で「観光資源化」に向けての話し合が行われるようになりました。アンコールワットやアユタヤで両国が経験しているように、カオプラヴィーハンが世界遺産に登録されれば、各国から観光客が押し寄せ、両国にもたらす経済効果は計り知れません。

 2003年6月、タイのタクシン首相とカンボジアのフンセン首相の両国首脳間で「プレヴィヘール(カオプラヴィーハンのカンボジア名)寺院の世界遺産登録」共同作業が基本的合意に達しました。時を同じくして、タイの地元自治体やサドックコックトム寺院で昨年協働したタイ国地雷活動センターから、当会に対して、カオプラヴィーハン周辺地における地雷撤去作業についての協力要請が寄せられました。

 世界遺産登録には、なによりも安全確保の地雷撤去、道路・治安・観光設備などの環境整備、さらに廃水処理を含む保健・衛生など各種のインフラ整備が不可欠です。両国に跨っての遺跡ゆえ、それらの整備作業は一国だけの努力だけでは完遂しません。2004年3月、両国首脳がバンコクに集い、カオプラヴィーハン周辺地を両国が一緒になって共同開発する両国の国家計画とする旨の二国間協定に調印式が行われました。

 過去の怨念を乗り越え、国境紛争の象徴を和平のシンボルの地とすべく、やっと重い腰をあげた瞬間です。カンボジア領である遺跡を見上げる森林部と遺跡の敷地内では、すでにカンボジア側の手でNGOによる除去作業が開始しています。

 両国和平の国家事業という大枠の中で、先ずタイ側が担うべき役割として、当会は遺跡入り口まで徒歩圏内にある丘陵地に埋められた地雷の撤去を担当することになりました。地元自治体は、地雷除去が完了し次第、跡地に広大な自然公園「エコパーク」の建設を決定しています。建設予定地はタイの国立公園内の風光明媚な自然保護区にあり、エコパークには、訪問客が公園内の崖から眼前に遺跡を眺めたり、1KMほどの勾配を巡る過酷な見学で疲れた足を休め、喉を潤し、汗をぬぐい、また明日の遺跡再訪に備えて寝泊りができる設備が整います。この周辺しか生息しない野生の動植物をあるがままに鑑賞できる散策路を数キロに亘って巡らし、中心部には、自然豊かな緑と澄んだ空気の中で、専門家から文化や歴史、また環境保全の尊さを学ぶ多目的ホールや野外ステージも建てられます。

 エコパークの開発総面積は250万平米ですが、当会では先ず一期工事として中核となるメインゲートに通じる35万―45万平米を、タイ国地雷活動センターと地元NPOとともに、今年の7月から一年間、地雷除去の協働事業を実施します。炎天下、インフラの乏しい山中での一年間は楽ではありませんが、地元の人々とともに励ましあい、笑い、時には価値観の相違による衝突、お互い何かを学びながらの現場作業、また事業完成が近づくにつれてこみ上げてくる達成感と満足感は何事にも変えがたく、今後とも当分終わりのない地雷との戦いに、牛歩のごとく挑戦し続けていきます。




リンク : 認定NPO法人 人道目的の地雷除去支援の会(JAHDS)ホームページ