タイトル
小渕少年が生まれ育った群馬県中之条町は、山に囲まれた緑豊かな町です。
貧苦の中から製糸工場を興した父・光平、母・ちよの二男として、
恵まれた環境のなかで育ちました。小学校時代は仲間と野山をかけまわる少年でした。
また冗談話が大好きで、いつも仲間が集まっていました。教育熱心な父親から
学習院中等科への転校を勧められ、13歳の時に上京しました。
高校は都立北高校をみずから選び、のちに早稲田大学に進学しました。
大学時代に政治家になることを志し、雄弁会や合気道で心身をきたえました。
写真
4歳のころ
群馬県中之条町の自宅庭で、
3歳年上の姉・多喜子と。

写真
16歳のころ
東京都立北高校へ進学しました。
写真は友人らとの富士登山。

写真
22歳
早稲田大学文学部英文学科に入学。
その後、政治家を志し同大学院政治学研究科に
進学しました。雄弁会に入会する一方で、
体力づくりのために合気道も始めました。

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26歳
昭和38年の衆議院議員選挙に群馬旧3区から立候補、
26歳の若さで見事初当選を果たします。
早稲田大学大学院在学中の学生代議士の誕生でした。
年譜

斜体字は社会の出来事を表しています

[昭和]
12年6月

群馬県吾妻郡中之条町で製糸業を営む光平・ちよの二男として生まれました。恵三という名には、「天の時、地の利、人の和」に恵まれるようにという父・光平の願いが込められています。

19年4月
中之条小学校に入学

20年8月15日
終戦

21年11月3日
日本国憲法公布
(施行は翌年5月3日)

24年1月
父・光平衆議院議員に当選

25年3月
中之条小学校卒業。教科では、理科と算数が得意でした。また小学校時代6年間を通して級長を務めました。

   4月
中之条中学入学

    
父のすすめで学習院中等科に編入。現在の住まいである東京都北区王子へ転居。

26年9月
サンフランシスコ講和条約調印

31年12月
国連総会で日本の加盟可決

33年5月
父・光平、衆議院議員に返り咲くが、8月に急逝。政治家になることを決意し早稲田大学雄弁会に入会。

34年4月10日
皇太子殿下(現天皇陛下)ご成婚

37年3月
早稲田大学卒業。近い将来の立候補を考え、同大学大学院政治学研究科に進学しました。

38年1月
世界旅行に出発。9月に帰国するまで9カ月間で、アジア、中東、ヨーロッパ、南北アメリカ、38カ国を訪れました。旅行途上、ロバート・ケネディ司法長官(当時)との会見に成功。「政治家になってワシントンでまた会おう」と激励されました。

   11月
第30回総選挙に立候補、最年少の26歳で当選しました。


プロフィルINDEX

写真提供・上毛新聞社 共同通信社