司法制度改革審議会

司法制度改革審議会 第30回議事概要



1. 日 時 平成12年9月12日(水) 13:30〜17:00

2. 場 所 司法制度改革審議会審議室

3. 出席者

(委員・50音順、敬称略)
石井宏治、井上正仁、北村敬子、佐藤幸治、竹下守夫、鳥居泰彦、中坊公平、藤田耕三、水原敏博、山本勝、吉岡初子

(説明者)
山田幸彦(日弁連副会長)、四宮 啓(日弁連司法改革推進センター事務局次長)
中山隆夫(最高裁事務総局総務局長)、白木 勇(最高裁事務総局刑事局長)
房村精一(法務省司法法制調査部長)、渡邉一弘(法務大臣官房審議官(刑事局担当))

(事務局)
樋渡利秋事務局長

4. 議題
@ 「国民の司法参加」について(法曹三者からのヒアリング等)
A 中間報告までの審議スケジュール等

5. 会議経過

@ 「国民の司法参加」について、審議用レジュメ(別紙1)の内容説明(藤田委員)に引き続き、ヒアリング項目(別紙2)を基に法曹三者からのヒアリングが行われた(法曹三者それぞれからの概要説明(別紙3ないし5)及び委員との質疑応答。質疑応答の概要は以下のとおり。)。

○ 法務省の陪審制度の導入の是非に対する考え方如何。
  (回答<法務省>:民主主義の理念に基づき主権者としての国民の判断に帰する問題であり、法務省自体として異を唱えるものではない。ただし、導入した場合の国民の負担や真相解明への影響など種々検討すべき問題があることを認識すべきであり、それなくしては真に国民の期待に応える刑事司法とはなり得ないものと考えている。)

○ 日弁連は、まず重罪事件に限定して陪審制度を導入するとの意見のようであるが、その後のスケジュールをどのように考えているか。
  (回答<日弁連>:まず、刑事の重罪事件等に限定して導入する。そうすれば、国民の間に司法参加に対する自信が芽生えてくるであろうから、その状況を見て、民事事件(国家賠償など)、行政事件、労働事件等の他の分野の事件に広げていくことが望ましい。)

○ 陪審制度を導入した場合、実体法、手続法の見直しは必要となるか。
 (回答<日弁連>:戦前、陪審制度が導入された際には、実体法・手続法の改正はなく、運用上特に問題もなかった。現行の刑訴法は陪審制を採る米国流のものであることに照らせば、現在の実体法・手続法の改正をせずとも、法曹三者等の協力によって適正な制度の運用を図ることは十分可能である。)
 (回答<法務省>:意見書でも述べたとおり手続法・実体法の全面的な変革が不可欠である。)

○ 戦前の陪審法の制定・停止の背景如何。
 (回答<法務省>:大正デモクラシーを背景として民主主義の理念に基づいて制定されたもの。施行に先立って政府としては国民への周知方に相当の意を用いたようである。しかしながら、次第に利用件数が減少し、戦争の影響もあって、陪審員の確保に困難を来たし国民への負担が過重となったことから、制度停止に至った。現在、陪審法自体は廃止ではなく施行停止という形になっている。)

○ 戦前の陪審制度の利用件数が減少してきた理由如何。
 (回答<法務省>:陪審裁判を選択すると上訴ができなくなること、有罪となった場合、訴訟費用を負担させられることなど制度上の原因が指摘されている。その他、職業裁判官の裁判を受けたいという者が多かったとか職業裁判官が被告人に陪審裁判を選択させないように誘導したとの指摘もある。)
 (回答<日弁連>:陪審制度を根付かせる努力・熱意が足りなかったことが最大の原因ではないか。国民が制度自体を嫌っていた訳ではないと思う。)

○ 戦前の陪審法は制定から施行まで5年余を要しているが、その間の政府の取組み如何。(回答<日弁連>:関係資料によれば、裁判官、検察官の増員、陪審法廷・陪審員宿舎の整備、全国各所での講演会の開催、啓蒙用パンフレットの配布や映画の上映など陪審制度実施のための準備を行っていたとのことである。)

○ 陪審制度については、いわゆる判断過程のブラックボックス化があるといわれる。裁判の使命としては真実を解明しその経過・結果を国民に明らかにすることが求められていると考えるが、陪審制度の下では有罪・無罪の結論が示されるだけ。それで国民に分かりやすい裁判といえるのであろうか。日弁連は、陪審制度における裁判の「理由」は両当事者の証拠調べと弁論の過程で明らかにされるというが、証拠の評価は総合的判断による場合(一人の証人の証言の一部が信用できるが、その余の部分は信用できないなど)が多いと思われる。そうした判断過程は、審理自体を見ているだけでは分からない。
 (回答<日弁連>:陪審制度の下では御指摘のような詳細な判断過程が外部には分からないことは事実であるが、それは制度の選択の問題であり、やむを得ないこと。ただし、陪審制度においては、少なくとも当事者の主張やそれをめぐる立証活動は法廷において一般の国民に分かりやすい形で進められる。御指摘の点は致命的なものとは思われない。)

○ 日弁連の考え方によれば、陪審制度が民主主義の理念に基づくものとしながら(「民主主義の理念に基づき国民たる陪審だけが最終判断を下す」)、陪審による裁判に対して上訴でき、しかも控訴審において職業裁判官による裁判も可能とされているが、基本的な理念において整合性がとれていないのではないか。
 (回答<日弁連>:陪審の評決に誤りがあればそれを是正する機会を保障することも重要であり、国民主権とともに基本的人権の保障を原理とする憲法秩序の中では十分成り立ち得るものと考える。また、上訴審で陪審の判断を破棄するときでも、職業裁判官は、差戻しの上、再度、別の陪審に判断をさせることになる。)

○ 公益の代表者である検察官に上訴を認めないとすることは相当ではないのではないか。
 (回答<日弁連>:その問題は陪審制度を採ることからストレートに導き出されるものではなく、憲法第39条の二重処罰の禁止の捉え方によるものと考えている。)

○ 民主主義の理念との一貫性を考えるなら、上訴審において、職業裁判官が陪審の判断を覆すというのではなく、上訴審でも陪審による判断を行うということになるのではないか(ちなみに、フランスでは、最近の改正により、参審制を採る重罪院の有罪判決に上訴が認められるようになったが、上訴審でも参審制がとられ、その構成は一審より参審員の占める比率が高くなっているとのこと。)。
 (回答<日弁連>:制度として御指摘のような形のものもあり得るとは思う。ただし、陪審制度は非常に負担の大きいものであり、被告人に有利な方向での破棄である上、差し戻してさらに別の陪審にかけるということであれば、原理的な問題は残るものの、一つの制度の在り方として許容されるものと考えている。)

○ 最高裁は、陪審制度においては誤判の確率が高いと捉えているようであるが、それはこの制度に特有の問題なのか。
 (回答<最高裁>:陪審は誤判防止の対策にはならないと考えられる。陪審員の判断はしばしば不安定であり誤判が多いという報告は数多くある。また、陪審制度は伝統的に真相を解明するシステムではなく、検察官には無罪という結果を、被告人には有罪という結果を納得させるシステムであると表現する論者もいる。)

○ 法務省は、陪審制度をとった場合には偽証罪の実効化などが必要とするが、その理由如何。
 (回答<法務省>:陪審制度の下では証拠調べは法廷供述が中心となることから、陪審の適正な判断を確保するためには、虚偽供述の防止を図らなければならない。証人のみならず被告人にも証言義務を課すことが必要なのではないか。陪審制度を採る英米においては偽証や供述拒否に対して厳しい仕組みがあり、仮に我が国で陪審制度を導入するのであれば、そうした英米の制度を参考としなければならない。)

○ 陪審制度は世界的に見て拡大傾向にあるのか、それとも縮小傾向にあるのか。
 (回答<最高裁>:イギリスにおいては、陪審の対象となる事件は、民事、刑事ともに縮小される傾向にあり、また大陸法系の国でも陪審制度から参審制度への移行が見られ、全体として見れば縮小傾向にあると考えている。)
 (回答<日弁連>:陪審制度を採る国が数多く上っていることが日弁連の調査で判明し、特に、スペインやロシアでは最近陪審制度を復活させるなどの動きが認められ、日弁連としては世界的には拡大傾向にあると考えられている。)

○ 日弁連の提案では、刑事陪審で事実誤認を理由とする上訴を認めることになっているが、米国では法律問題に限って上訴を認めている。米国では、実質は事実問題であるのに、例えば経験則違背に当たるなどとして法律問題となるように構成して上訴をしているということなのか。
 (回答<日弁連>:米国では有罪の場合には殆ど控訴される。実質は事実問題であるのに法律問題に該当するように整理して上訴することは珍しいことではない。我が国の戦前の陪審制度の下でも、裁判官の説示に誤りがあることを理由として無実の人間を救った例もある。そうであれば、事実問題を正面から上訴理由にすることを認めてはどうかというのが日弁連の考え方である。)
 (回答<最高裁>:事実問題を法律問題に関係するように理由を構成して上訴をするのと、事実問題をストレートに上訴理由として認めるのとでは本質的に大きな違いがあると思われる。)
 (回答<法務省>:陪審の判断につき事実認定を理由とする上訴を認めることは制度としての一貫性から説明がつかないのではないかと考える。国民の代表者である陪審が判断した結果を職業裁判官が覆すことができるというのは制度本来の趣旨が損なわれることになる。仮に、改めて別の陪審が判断するという仕組みを採るとしても、前の陪審も新たな陪審も国民の代表者であり尊重すべきことに変わりはないのではないかとの困難な問題も生ずる。)

○ 参審による裁判に対する上訴を認めるかどうかについての考え方如何。
 (回答<最高裁>:最高裁としては、評決権のない参審制度を提案しているが、そのような制度の下では上訴も認められることになろう。)
 (回答<法務省>:参審制度には多様なパターンが考えられる。制度設計の中でより良いものを採用すればよいことで、上訴を認める参審制度ということも十分考えられる。)

○ 最高裁が参審制の憲法上の問題として考えているのは、第76条第3項の裁判官の独立ということであろうが、現行の合議制の下でも、裁判官の意見が分かれた場合、多数決によることが想定されており、それは裁判官の独立に反するとは解されていない。参審に評決権を与えると、なぜ裁判官の独立を侵すことになるのか。
 (回答<最高裁>:憲法上の疑義を残さないようにするため評決権のない参審制度が無難であるというのが裁判所の提案である。評決権がなくとも、裁判官と同様に審理に加わり意見を述べることで、国民の見方、意見を反映した裁判を実現することは可能である。

○ 日弁連は、陪審制度と憲法第76条第3項の裁判官の独立との関係につき、「裁判官は陪審の評決に拘束される」旨の法律があれば、そうした法律に従うだけのことであり、憲法上の問題は生じないとの考え方のようであるが、憲法の趣旨に照らしてそういう法律を制定できるのかどうかが正に問題となるはずではないか。
 (回答<日弁連>:日弁連としても法律を作れば何でもできると考えている訳ではない。憲法の下で裁判作用において国民が担えるものは担っていこうということを申し上げたかったものである。)

○ 陪審制度の下における報道規制の在り方について何かアイディアはあるか。
 (回答<法務省>:具体的方法について特段のアイディアを持つに至ってはいないが、陪審員の予断・偏見を排除するための措置が必要という観点から、検討をしていただきたいと考えている。)
 (回答<日弁連>:個々の事件の中で裁判官が規制を施せるような仕組みが相当。)

○ 審議会の論点整理においては、国民一人一人が統治客体意識から脱却して統治主体として司法へ参加していくことが必要であるとの合意がされており、その観点からは陪審制度が望ましいはずである。最高裁としては陪審制度に消極的意見のようであるが、そうした当審議会の問題意識を踏まえているのか。
 (回答<最高裁>:御指摘の審議会の論点整理は承知しており、最高裁としても、国民の司法参加の意義は重要であると認識している。その上で、どのような参加の在り方が考えられるかということで、裁判所としての意見を述べさせていただいたものである。)

○ 日弁連は重罪の否認事件に限ってしかも選択制として導入することを提案しており、日弁連の試算によると陪審の予想件数は580件程度にしかすぎない。それにもかかわらず、最高裁が、弁護態勢の現状からすれば陪審制度を実施することは殆ど不可能とまでいうのは如何なる理由によるものか。
 (回答<最高裁>:現行制度においても、弁護士の業務態勢は集中審理に対応できない状況にある。陪審制度になれば集中審理は必然であり、現在の弁護士の業務態勢を前提とすれば対応不可能と考えざるを得ない。仮に陪審裁判でなければ集中審理に応じられないとするなら筋違いとなる。)

○ 法務省が、陪審制度を導入する場合に刑事実体法の見直しが必要となるとする理由如何。
 (回答<法務省>:現行刑法は、故意、過失等の主観的構成要件を厳密に要求する大陸法系のものであり、これを一般国民に判断できるような単純なものに改める必要がある。陪審制度を採る英米においては、主観的構成要件を厳密に要求せず、また、外形的事実によって認定が可能となるような規定を設けるなど、陪審員が判断をしやすい仕組みを採っている。)
 (回答<日弁連>:戦前の陪審制度の下(当時も現行刑法が適用されていた。)で殺意が争われた事例があるが、特段の問題は生じていない。)
 (回答<法務省>:戦前の陪審制度についていえば、当時は旧刑訴法の予審制度の下での運用であることを頭に置いておく必要があることを付言する。)

A 中間報告までの審議スケジュールについて、別紙6のとおり了承された。
 また、中間報告の作成に当たっては、まず、どのような項目を盛り込むべきかについて審議会において議論をした上で、会長、会長代理を中心に具体的な案文を作成していくこと、その過程で各論点のブロック毎の担当委員と適宜相談・協力をしながら作業を進めていくことなども併せて了承された。

以  上
(文責 司法制度改革審議会事務局)

−速報のため、事後修正の可能性あり−